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第十一話 『偽らざる摯実の咆哮』 

 ――咆哮が天を衝く。

 

 アマツから溢れ出る魔力の奔流に、森が啼いた。

 魂を揺さぶるような叫びが向かう先にいるのはただ一人。

 自身は英雄ほんものだと嘯く青年へと、その咆哮は収束していく。


「馬鹿な、心象魔術だと!?」


 現実世界へと流出する強大な心象の存在に、オルガは初めて焦燥を顔に浮かべた。

 一握りの魔術師しか使うことの出来ない大魔術を行使するアマツへ、驚愕を隠せないでいる。

 

「こんなもの……!」


 全身を最大限に"硬化"し、その上でオルガは魔力の鎧を纏った。

 自身が誇る膨大な魔力量に物を言わせた、圧倒的な魔術防御。

 上級魔術ですら防ぎきる鉄壁は――しかし。


「が――!?」


 咆哮が突き刺さった瞬間、オルガの視界が白く染まり、聴覚が奪われる。

 更に全身に雷のような痺れが走り、その一切の動きを封じてしまった。

 魔力器官にも障害が発生し、回復魔術を行使することも出来ない。


 全ての動きを封じ込める"楔"を打ち込まれたのだと、その時になってオルガは悟った。


「……っ!」

 

 硬直したオルガの前に、絶叫を終えたアマツが降り立つ。

 その双眸に刻まれた意志の強さは、先ほどまでの比ではない。


「――――」


 アマツには、二つの楔が埋め込まれていた。


 一つ目は体に刻まれた、リリーとジョージが反逆を防ぐ為に付けた、魔力量の抑制機能。

 使用出来る魔術に変化はないが、魔術の出力は抑さえられる。

 アマツの能力を拘束する魔術的な楔。

 

 二つ目は心に刻まれた、自身は偽物であるという負い目。

 自身の思いは偽物で、偽物では何も出来ない。

 そう自身の心を抑えつけていた心理的な楔。


 ――心象魔術【偽らざる摯実の咆哮インデリブル・ロア】――


 それら二つの楔を砕き、アマツは偽らざる心象りそうを世界に吠え立てる。


 自らの心象りそうを証明するため。

 助けを求める少女を守るため。


「あぁ……」


 地に伏し、痛みに堪えながら、ミシェルはその光景を見て思う。

 やっぱり、偽物などではない。


 ――その叫びは、確かに本物だった。


「――行くよ」


 そして、アマツの全力が放たれる。

 アマツの体から複数の刃が生まれ、オルガの体へと突き刺さっていく。

 無事な右腕だけではなく、切断されたはずの左腕が再生し、一本の刃としてオルガへと叩き込まれていた。


「な、めるな……!」

「――――!」


 刃が当たった瞬間に、アマツはその体の異常な硬さに気付く。

 対象の全ての動きを封じる"楔"を打ち込まれてなお、オルガは強引な魔術行使を可能としていた。

 全身に魔力を行き渡らせ、"硬化"を行っているのだ。


「はァああああ――!!」

「ぐ、おおおおおッ!!」


 アマツの打ち込む無数の刃と、オルガの誇る鋼の防御が激突した。

 鋼と鋼、魔術と魔術とぶつかり合い。

 金属同士の激突音が、魔力が荒れ狂う森の中に響き渡る。


「が……頑張って、お兄さん……!!」


 それに掻き消されまいとする、ミシェルの声援があった。

 戦いながらも、その叫びはアマツの耳に入る。

 歯を食いしばり、アマツは最大の一撃を放った。


「――――」


 放たれた巨大な刃が、オルガの防御を突破する。

 鋼の肉が引き裂かれ、鮮血が噴出した。


 そして、アマツはミシェルに振り返り、言った。


「――逃げてくれ、ミシェル」

「え……?」


 ――お兄さんの方が優勢なのに、何故……?


 直後。


 打ち込まれた楔を完全に砕き、オルガが憤怒を叫んだ。

 大きく抉られた傷が、逆再生するかのように塞がっていく。

 再度アマツの放った刃が、オルガの一閃によって砕け散った。


「弱え」


 全身を震わせながら、オルガが嗤う。


「弱え、弱え、弱え、弱え、弱えッ! はッはははははははははははははは!!」

「――――ッ」

「それが心象魔術? それが? そんなモノが!? おいおいおいおい、笑わせんじゃねえぞ、偽物ォ!!」


 直後、オルガの姿が掻き消えた。

 瞬間移動のように、オルガはアマツの目の前にいた。


「魔術の到達点、一握りにだけ許された極地――ああ、そんな大魔術でも、出来損ないのお前が使うと、こうも弱くなるんだな?」


 アマツが身構えた時には、オルガの動作は終わっていた。

 まるで過程を無視したかのように、剣が既に振りぬかれている。

 知覚した時には、肩口から脇腹に掛けてを、大きく引き裂かれていた。


 心象が破られ、アマツが傷口を抑えてよろめく。

 倒れない。

 倒れないが、それはただ立っているだけだ。


「何が偽物じゃない、だ。こんな雑魚のどこに本物がある? 本物ってのは、こういうものなんだよ」


 オルガの剣がブレる。

 アマツには、その切っ先を目で終えない。

 直後にアマツの右腕が切断されていた。

 それだけでは終わらず、全身の肉が惨たらしく削ぎ落とされる。


 血を吐きながら、アマツは膝を付いた。


「お前は幸せだなぁ、偽物? こうして本物の力を直に見せて貰えるんだからなぁ」

「……っ」

「はは、面白い顔だな。偽物に相応しい、醜くて不細工な顔だよ」


 意識を保とうと堪えるアマツを、オルガは甲高い声で嘲笑する。


「全く、思い上がりも甚だしい。カスで、雑魚で、グズの、出来損ないの偽物が、心象魔術なんて名ばかりのカス魔術を使って、おれに勝てるとでも思ってたのか?」

「……そんなことは思ってなかったさ」

「はぁ?」

「最初から……勝てるなんて、思ってなかった」


 【偽るざる摯実の咆哮インデリブル・ロア】は自身を楔から解き放つ魔術だ。

 新たな力を得るわけではなく、自身の持っている全てを引き出す魔術。

 故に、勝敗など最初から決まっていた。


「……それ、でも」


 誰にも譲れない、心象りそうがあるから。


「ぼくは、君と戦わなくちゃならないんだ!!」


 ズタボロになった体に活を入れる。

 まだ体は動く。

 アマツは勝敗など関係ないと叫び、


「あ、そう」


 オルガの放った致命的な一撃を受けて、呆気無く地に沈んだ。

 自らの血溜まりに押して、ドシャリと音がなる。


「勝てないけど、頑張って戦った! なるほどなるほど。だからなんだってんだ? 何か得られるモノは、あったか?」


 アマツの頭に蹴りを叩き込み、オルガが嗤う。


「教えてくれよ。なあ、なぁなぁなぁなぁ!」


 何度も、何度も、オルガは執拗にアマツを踏みつける。

 もはや、それに対抗する力すら、アマツには残されていなかった。

 

「……ありがとう、ミシェル」


 だというのに、アマツはそう口にした。


「あ……?」


 その言葉の真意を探ろうと、オルガはミシェルを探す。

 そして、森の出口へ逃げようとするミシェルの姿を発見した。


「お兄さん……! 私がすぐに、助けを呼んでくるから!」


 涙で顔をグシャグシャにし、ミシェルはそう叫んだ。


「だから……死なないでっ!」


 そして、振り返ることなく、走り出した。


「ッ! あの売女ぁ! 逃がす訳が、ねえだろうがよぉ!」


 ミシェルを追おうと、オルガが跳躍しようとした瞬間。

 オルガの足に何かが絡まった。


「行かせ……ない」

「お前ぇ……!」


 死に体のアマツが、オルガの足に纏わり付いていた。

 

「離せよ、雑魚が……!」


 魔力を込めた蹴りを、オルガはアマツへ執拗に叩き込む。

 一撃ごとに、グチャグチャと致命的な音がした。

 しかしそれでも、アマツの拘束は外れない。

 

「君は……ぼくが足止め、するん……だ」


 だから、ミシェル。


 ――君だけは、逃げてくれ。



 走る。

 森の出口を目指して、全力で。

 ペースなど気にせず、ただひたすらに走り続ける。


「はぁ……はぁ……っ」


 ミシェルは泣き出してしまいそうになるのを必死で堪え、流れそうになる涙を擦る。

 アマツは自分を助けるために、ボロボロになっても戦ってくれた。

 彼を死なせたくない。


「誰か……っ!」


 森から出ても、街まではしばらく掛かる。

 今のミシェルの足では、街に辿り着くまでにアマツが殺されてしまう。


「……どうしたら」


 膝から崩れ落ちてしまうような絶望感に抗いながら、ミシェルが森から外へ出る直前だった。


「――――!」


 目の前に複数の人影があった。

 土巨人ゴーレムではない、生身の人間だ。

 腰に武器を構え、フードで顔を隠した何人かの男性。


 走ってきたミシェルを見て、その先頭に立っていた人物がギョッとした表情を浮かべた。

 フードの中から、短く揃えられた黄緑の髪、細い青色の瞳が見えた。

 日常的に体を鍛えているのか、ローブの上からでも分かるほどにその男は逞しい。


「君は、孤児院の子供か……? こんな所でどうしたんだ」

「助けてください……!」


 藁にも縋る思いで、ミシェルは男達に事情を話した。

 孤児院の地下で行われていた実験。

 自分はそれから逃げてきたこと、自分を逃がすために戦っている人がいること。


「……なんていうことだ」


 拳を握りしめ、その男は歯を食いしばる。

 孤児院で行われている非道が許せないと、体を震わせていた。


「分かった。今すぐに孤児院へ向かおう。戦っているという君のお友達も、我々が助けてみせる」

「本当……!?」

「もちろんだ。だから、そのお友達がいるという所へ案内して貰えないか?」

「分かった……!」


 アマツの元へ案内するため、男に背を向けた瞬間だった。

 ガッと鈍い衝撃が走り、ミシェルの体から力が抜けていく。


「……え?」


 倒れ込みながら、ミシェルは振り返る。

 男は汚らわしいものでも見るような表情を浮かべ、いつの間にか剣を抜いていた。

 剣の柄で殴られたのだと、ミシェルは悟る。

 

「チッ、面倒な。ジョージさん達は何をしてやがるんだか。こんなガキを逃がすなんてどういうこった」

「どうするんですか?」

「クソ怠いが、こいつを運んでいくしかねぇだろうさ。おら、こいつ担いで歩け」

「はい、了解しました。――ル(・)ク(・)ス(・)さ(・)ん(・)」


 薄れゆく意識の中、そんな言葉を聞いたような気がした。




「面倒を掛けたようね」

「ええ、気を付けてくださいよ。脱走者なんて出たら洒落じゃ済まなくなる」


 森の奥には、ジョージとリリー、そしてフードを被った男達の姿があった。

 気絶したミシェルは土巨人ゴーレムに抱えられ、ぐったりとしている。


「それで……今日は何のようだ?」

「例の処分はどうなったか、それといつもの報酬を頂きたくてですね」

「……今日はそれどころではない。色々面倒ごとがあってな。処分は済んだが、報酬はまだ準備できん」


 悪いが出直してくれ、というジョージに、フードの男は露骨に顔をしかめる。


「当然、脱走者を捕まえてくれた礼も兼ねて、報酬はまとめて渡す」

「……分かりました」


 それならばと頷くと、男達はその場を後にした。

 森の中に隠してある"転移陣"を使って帰るのだろう。

 ふんと息を吐くと、ジョージとリリーは気絶しているミシェルに視線を向けた。


「まったく、手こずらせおって」

「オルガが殺そうとした時は冷や汗が出たわ」


 ダーティスは、無傷での状態を所望している。

 オルガが殺してしまえば、最愛の息子の願いを叶えられなくなってしまう。

 それだけは許容出来ないと、二人はわざわざ孤児院の外にまで出張ってきたのだ。


 オルガは既に、地下室へと戻らせてある。


「ふん、出来損ないが」


 ジョージが地面に転がっていた物体へ蹴りを入れる。

 そこに合ったのは、全身をズタボロにされたアマツの残骸だった。

 辛うじて息はあるが、もはや修復出来ないレベルで体が壊れてしまっている。


「心象魔術を使った時は少し期待したが……結局は期待はずれだったか」

「役立たずは、最期まで役立たずだったわね」

「せっかく仕掛けたトラップを破壊されているんだ。役立たず所ではないな。この、ゴミが!」


 苛立ちをぶつけるように、ジョージが何度も蹴りつける。

 しかし、アマツは僅かに呼吸しているだけで、何の反応も示さない。


「ふん」

「コレ、どうする?」

「放置で良いだろう。死んだらすぐに魔力の粒子になって消滅する」

「それもそうね。じゃあ、ダーちゃんの元に帰りましょうか」


 可愛い息子が待っている。

 二人はステップを踏むように、その場を後にした。




 もう何も見えない。

 眼球は機能を失い、目蓋が開くこともないだろう。

 全身が切り刻まれており、這うことすら出来ない。

 辛うじて、残った左腕を僅かに動かせる程度だ。


 ミシェルは逃げられなかった。

 このままでは、ミシェルは死ぬよりも悲惨な目に合うだろう。

 なのに、自分にはもう助ける力が残っていない。


 時間はもう、残されていない。

 数分と経たない内に、アマツは絶命するだろう。

 死が迫る中で、ミシェル達をたすけられなかった無念さに苛まれることしか出来ない。


 その時だ。

 すぐ近くで人の足音がした。

 どうやら二人いるらしい。


 ジョージとリリーが、止めを差しに来たのだろう。

 何もせずとも、自分は死ぬというのに。


「――――」


 近づいてくる足音。

 息を呑む音がした。

 

 おかしい、とアマツは思う。

 ジョージとリリーならば、自分を見て驚くことなどないからだ。

 だとしたら、この足音は。


「そこ……に、いるん……ですよね……」


 辛うじて無事な喉を必死に震わせる。


「こどもを……たすけて、あげて、ください……」

「…………」

「あの……孤児院は、……こどもを、実験につかって……殺してる……」


 縋るように、アマツは誰かに向かって手をのばす。

 自分の死まで、残り数秒。

 これが自分に出来る、最後のことだと。


「いま……も、おんなのこ……が、ひどい目に、合わされて……いるんです……」

「…………」

「おね、がい……します」


 そう口にして、全身から力が抜けていくのを感じた。


 時間切れだ。

 もう、声がでない。

 伸ばしていた手から、力が抜けていく。


 そこにいる誰かは、何も喋れない。

 自分みたいな不審な者に助けを求められても、普通は信じられないだろう。

 当たり前だ。

 

 当たり前、だけど。


「……みしぇるを……たすけて、あげて……」


 動くはずのない喉が、最後にそう絞り出した。

 喋る力など、体のどこにも残されていないというのに。

 どうしてもミシェルを助けたいという一心だけで、アマツは最後にそう言った。


 手から力が抜ける。

 あげていた手が、地面へ落ちる、その直前。


「――――」


 誰かが、アマツの手を掴んだ。

 力強く、温かい手のひらの感覚。


(……ぁ)


 何故だろうか。

 その手を、アマツは知っていた。


 手が届かない程の遥か遠くにあって。

 一番近くにあった、何か。

 ずっと求め続けていた本物そんざい


(あぁ……)


 彼になら、任せられる。

 

 そう、安心して。

 


 ――アマツは、眠りに付いた。





 

 誰かを助けるために、必死に伸ばされた腕。

 それを強く握りしめながら、



「――あぁ、任せろ」



 天月伊織は、そう言った。

 

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