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第九話 『出来損ない』

 

 封鎖された扉を切り刻み、アマツとミシェルは地下室から上階へ上がってきた。

 ミシェルの視界に広がるのは、見慣れた孤児院の風景。

 それが今は、異世界のように感じられた。

 上の階ではまだ、子供達が何も知らずに眠っている。

 

「…………」

「今はぼく達だけで逃げるんだ」

「……うん」


 いくらアマツでも、自分という足手まといがいては戦えない。 

 今は一刻も早く孤児院の外に出て、街に助けを呼びに行くべきだ。

 ミシェルはそう自分を納得させ、今は先へ進むことに決めた。


 孤児院を後にし、二人は周囲を囲む森の中に踏み入れた。

 夜闇に覆われた森の中を、木々の隙間から差し込む月光が薄っすらと照らしている。

 ここまで全力疾走でやってきたミシェルの体力は既に限界を迎えており、二人は一度森の中で呼吸を整える事に決めた。

 樹にもたれ掛かり、荒い呼吸と心臓の鼓動を抑えこむ。


「……妙だ」


 ポツリと、樹に持たれず周囲を警戒していたアマツが呟いた。

 青白い月光に照らされたアマツの表情はどこか厳しい。


「……どうしたの?」

「地下の途中から、当然追撃の手が緩くなった。今も、周囲に何の気配もない」


 それは良い事じゃないか、とミシェルは思った。

 もしかしたら、リリー達はアマツの強さに諦めてしまったのかもしれない。

 そうアマツに尋ねると、


「それはないと思うよ」


 険しい表情のままアマツはそう答えた。


「彼らはこれくらいで諦めるような人達じゃないからね」

「……じゃあ、どうして攻撃してこないんだろ」

「分からない……。まだ何か、隠している手があるのかもしれない」


 森からの脱出は万全を期そう、とアマツは言った。

 呼吸を整えて体力を回復させた後、全力でこの森を離脱する。

 そのまま近辺の街に駆け込んでミシェルが助けを呼び、アマツはシーナ達を助けに孤児院に戻る。

 そういう計画を立てた。


「……もしここから出られたら、私はどうなるんだろう」


 住む場所もなく、家族がどこにいるかも分からない。

 シーナ達を助けられても、自分達を引き取ってくれる場所はあるのだろうか。

 今後のことを考えると、恐ろしくて体が震えてくる。


「生きて、いけるのかな……」

「……大丈夫さ」


 ミシェルの頭に、アマツの温かい手が乗せられた。

 おずおずと、少しためらうような手つきで、アマツは頭を撫でてくる。

 不器用だけど、優しさを感じられた。


「外の世界は広い。君達が生きていける場所もきっとあるはずだよ」

「……そうかな」

「そうさ。しっかりモノのミシェルなら、外でもやっていける」


 優しげな口調で、アマツは喋る。


「それに孤児院なんて、ここ以外にもたくさんあるしな」

「…………?」


 不意にアマツの口調が変わった。

 まるで、その目で見てきたような、そんな口調だった。


「お兄さんは、外の世界を見たことがあるの?」

「――え?」 


 不意を突かれたかのような、呆気に取られた表情だった。


「いや。……あれ、おか……しいな」


 困惑した様子で、アマツは自分の記憶を辿るように顔に手を当てる。

 それからすぐに、「いいや」と顔を上げた。


「……本当はね、外に出たことはないんだ。あの地下室の培養器の中が、ぼくにとっての全てだったから」

「じゃあ……外に出たのは、今日が初めて?」

「よく考えると、そうだね。必死で気付いてなかったけど……。月の光とか、風とか、揺れる葉っぱとか、全部初めて見たよ」


 初体験だ、とアマツは嬉しそうに顔を綻ばせた。

 同時に、ミシェルにはその顔は悲しげに見えたいた。


「全部初めてで、何も知らないぼくだけどね。一つだけ、強く思っていることがあるんだ」

「……なに?」


 遠い日のことを思い出すような表情で、アマツは告げた。


「この世界にはたくさんの幸せがあって……ぼくは、それを守る為に生まれてきたんだって」

「お兄さん……本当に、お伽話の英雄さんみたい」


 ミシェルの何気ない言葉に、アマツは痛みを堪えるように顔をしかめた。


「ぼくは……そんなんじゃない。英雄なんかじゃ、ないんだ」


 誰かの声を、アマツは思い出す。

 生まれてから、ずっと聴き続けてきた言葉を。


 ――今回も失敗作のようだな。英雄には程遠い、ただの出来損ないだ。


 ――あれだけの材料を無駄にさせるなんて……ゴミそのもね。恥を知りなさい。


 ――えぇー、こいつ失敗作なのぉ? 偽物の出来損ないなんて、何のために生まれたのか分かんないねぇ。


 そう、言われ続けてきた。

 アマツ/ホムンクルスは英雄ではないのだと。

 偽物で、出来損ないの、無価値な失敗作なのだと。

 

「……僕は本物の英雄アマツになりきれない、偽物の出来損ないなんだから」


 偽物。出来損ない。

 アマツの口から零れ落ちるその言葉に、ミシェルは首を傾げた。


「お兄さんは、偽物なの?」

「……うん、そうだよ」


 アマツは肯定した。

 それに対して、ミシェルは問いかけた。


「――それって、駄目なことなの? 」


 え、とアマツが固まる。

 言葉を出せずにいる彼に、ミシェルは言葉を続けた。


「お兄さんは私を助けてくれた。偽物とか、関係ないと思う」

「……でも、ぼくは」

「私を助けようとしてくれる心も、ニセモノ?」

「それは……」


 それは――違う。

 違う、はずだ。

 曖昧な意志とは裏腹に、アマツの心は違うと叫んでいた。


「だったら、それでいいと思う」

「――――」


 小さく微笑みを浮かべたミシェルの言葉に、アマツは絶句した。

 それから、


「……ありがとう。ミシェル」


 そう礼を告げた。


「それは変。お兄さんが礼を言うのはおかしい」

「いや、変なんかじゃないよ」

「ううん、変。おかしい。ついでに格好も変。ほとんど裸だよ」

「し、仕方ないよ。逃げるときに、咄嗟にカーテン破って服にしたから……」

「露出多い。お兄さんは変態」

「……そこまで言う?」


 それは、地獄のような場所で、確かに交わされた会話だった。



 呼吸を整えた二人は移動を開始した。

 暗い夜道を、アマツは迷いなく進んでいく。

 樹の根っこなどが露出した足場の悪い場所も、何の問題もなく走り抜けていってしまう。

 ミシェルがついていけるのは、アマツがゆっくり走ってくれているお陰だろう。


 どうして夜道を進めるのかとミシェルが尋ねると、「生まれつきなんだ」と答えが返ってきた。

 アマツは"英雄アマツ"を再現しようと生み出されたホムンクルスらしい。

 そのため、元から身体機能は高く、夜目も効くようになっている。


「……魔術はほんの少ししか使えないけどね」


 "英雄アマツ"は強大な魔術を幾つも使用できたというが、アマツに使用出来るのは二つの魔術だけ。

 "変容"と"硬化"。

 体を変形させる魔術と、固くする魔術だけらしい。


 人間とは構造の異なるホムンクルスだからこそ、習得できた魔術。

 英雄どころか魔物や魔族のようだと、アマツは自嘲するように言った。


「それでも、お兄さんは十分凄い」

「……そうかな?」

「そうだよ。その魔術があったら、冒険者とか聖堂騎士になれるよ」

「冒険者……、聖堂騎士か……」


 走りながら、アマツはミシェルの言葉に考え込む。


「……子供達を皆助けたら、なってみても良いかもしれないな」


 しなよ、とミシェルは頷いた。

 アマツならきっと、どこへ言っても有名になれる。

 たくさん人を救えるだろう。

 もし冒険者になったら、Aランクにまで上り詰めてしまうかもしれない。

 

「……外に出たら、そうやってたくさんの人を助けてみたいな」


 噛みしめるように、アマツは呟いた。


「……! ミシェル、来るよ!」


 その直後、樹の影から巨大な人型が姿を現した。

 地下で見かけたのとは違う、巡回型の土巨人ゴーレムだ。

 あちこちから二人を囲むように、小さく地面を揺らしながら土巨人が押し寄せてくる。


「……不味いね。ミシェル、こっちだ」


 その数を見て、アマツは不利だと判断し、即座に離脱を開始した。

 ミシェルの手を引いたまま、土巨人の包囲網の隙間を潜り抜けて前進する。

 後ろから、大量の土巨人が追いかけてくる音が聞こえた。


「――――」


 腕を変容させ、アマツは背後にある木々を纏めて斬り裂いた。

 倒れていく木々が土巨人に激突し、その足取りを緩める。

 

「……よし、後ちょっとだ」


 アマツは外に出たことはない。

 それでも、この孤児院周辺の構造はリリー達から教え込まされている。

 記憶と地形を照らし合わせ、アマツは森を進む。

 土巨人との遭遇も想定の範囲内、逃走したルートは通れた道では最も出口に近いモノだった。


「はぁ……はぁ……」


 手を引かれて走るミシェルの顔は真っ赤で、珠のような汗を浮かべている。

 呼吸も荒く、限界が近いのが見て取れた。


「ミシェル、あと少しだ。頑張って……!」

「う、うん……っ」


 あと僅かという言葉に、ミシェルは緩みそうになった足に力を入れる。

 ぬかるんだ足元を踏み越え、露出した木の根を飛び越え、二人は森を進む。

 

「よし、あと少――――」


 そう、言葉を紡ぐよりも先に、近くにあった樹が爆発した。

 直後、アマツの右腕が肩口から切断され、宙を舞う。


「う……ッ」

「お兄さん!?」


 痛みに堪えながら周囲を探索し、アマツは理解した。

 粉々に砕け散った樹は、爆発したのではない。

 足場に使われた衝撃に耐え切れず、弾け飛んだのだと。


「おいおいおいおい、反応遅すぎんだろ!」


 頭上から降り注ぐ、若い男の声。

 ミシェルにはその声に、聞き覚えがあった。

 何故なら、それは――――


 樹の上から、誰かが降ってくる。

 地面を砕き、落下してきたその人物は。


 月光を浴びて輝く、灰色の髪。

 スラリとした長身に、獰猛に歪んだ漆黒の双眸。


「君は……っ」

「……お兄さんが、もう一人!?」


 アマツと生き写しのようにそっくりの、一人の青年だった。


「――よっ、出来損ない」


 しかし、彼が浮かべる表情はアマツとは似ても似つかない。

 悪意と敵意で塗りつぶされたような瞳はまるで獣のよう。

 犬歯を剥き出しにして嗤いながら、その青年は言った。


 

「英雄が来てやったぞ?」

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