第五話 『ジョージ・イグナス・エルヴァナヒト』
かつて教国で出会った、二人の錬金術士のことを思い出す。
ジョージ・イグナス・エルヴァナヒト。
リリー・ファミナ・アンブラム。
イグナス、ファミナと聖都の名から取った洗礼名を持つ二人は、当時聖堂騎士団に所属していた。
ジョージは四番隊の隊長、リリーは四番隊の副隊長だった。
「お会いできて嬉しいです。私はジョージ・イグナス・エルヴァナヒト。四番隊の隊長を務めています」
「同じく四番隊の副隊長の、リリー・ファミナ・アンブラムです」
パーティと共に教国にやってきた俺に、二人が話し掛けてきたのを覚えている。
ジョージは恰幅の良い中年の男で、リリーは神経質そうな三十代前半くらいの女だった。
二人は聖堂騎士団に所属する傍ら、錬金術を利用して、人の為になる実験をしていると言った。
「アマツ殿、単刀直入に言います。我々に貴方の髪や血などといった体の一部を提供していただきたいのです」
二人は言った。
錬金術は金を作るだけの魔術ではないと。
「我々は今、人体の一部を作り出す研究をしております」
「内臓、それに手足が完全に欠損してしまった場合、治癒魔術では失った部位を取り戻すことは出来ません。それを、錬金術でカバー出来ないかと考えているんですよ」
二人の研究は秘密裏に行われていた。
メルト教信者の者が見れば、人体を人工的に生み出すなど、神への冒涜だと考える内容だからだ。
「メルト様への冒涜になるのかもしれない。……それでも私達は、戦争や事故、病気で肉体を欠損した人達を救いたい」
「そのために、高い魔力を持つ貴方に協力して欲しいんです。お願いします、アマツ殿……!」
そんな二人の懇願に、俺は当然の如く答えた。
メルト教団の事情は知らないが、二人の研究は人を『助ける為』に行われている。
だったら、自分が断る理由はないと、喜んで研究に協力した。
髪、爪、皮膚、血液、唾液、それに魔力。
俺はそれを、連中に惜しむこと無く提供した。
人の助けになるのなら、と。
「流石、人々を救うために立ち上がってくれた我らの救世主――"英雄アマツ"殿だ!。心から、感謝いたします」
「ありがとうございます。これで私達の研究は、次の段階に進むことが出来ます!」
他言はしないで欲しいという二人の願いも、当然のように受け入れた。
「アマツ殿は世界の平和を求めていると聞きました。貴方の理想を叶える為に、協力させて欲しい」
「聖堂騎士団の一員として、尽力致します」
そんな台詞を聞きて、俺は喜んでいた。
今思うと、ただの馬鹿としか思えない。
会って日のない連中の言うことを丸っきり信じるなど、正気じゃない。
黒歴史というにはキツすぎる失敗だ。
結局、その研究がどうなったのかを俺は知らない。
ただ、三十年たった今でも、欠損した肉体を修復する術はない。
……まあ、そういう事なのだろう。
あいつらが俺の体を何に使っているのかは分からない。
分かるのは、あいつらが自分の私欲の為に俺の殺害に加担したということだ。
その条件は、俺の体を研究材料として渡すこと。
同じ条件を出していたオリヴィアとは折り合いが付いていたらしい。
もしかしたら、ジョージ達はあの女と繋がりがあったのかもしれない。
「ならば、我々はアマツ殿に送る装備に細工をしよう。魔力耐性を低くし、脆くしておくとする」
「ああ、あと当日の聖堂騎士の動きもお伝えします。他国の方と協力して、城に入るのが遅れるようにしましょう」
「当日、最初に突撃していくのは一番隊と二番隊だろう。連中の装備に細工するのも良いな。時間経過で発動する魔術を仕込んで、戦闘中に手足を吹き飛ばせば面白い事になりそうだ。流石にアマツには感づかれそうだから、使えないだろうが」
「まだハッキリは言えませんが、利用できそうな者がいないか、探しておきますね。魔力付与品の運搬係を抑えれば、色々と仕込めそうですから」
リューザスの記憶で見た会話。
その中で、一番記憶に残っているモノがある。
涎を啜るような。
丸々と太った豚のステーキから滴る、肉汁のような。
欲望に塗れきった表情で二人は言っていた。
「何故、アマツの体を求めるかですかな?」
「あら、そんなこと、決まっているじゃないですか? ねえ?」
「はははは、その通りだな」
「「――金になるからに、決まっているじゃないですか」」
◆
翼竜の襲撃があった日から、二日が経過した。
教会図書館と都市での情報収集により、知りたかった情報の多くが手に入っている。
まず、忌光迷宮の情報について。
前回の召喚で突破した時と、さほど変わってはいないことが分かった。
迷宮への対策は、前回と同じで良さそうだ。
ただし、魔物は強化されている。
エルフィとのタッグでも、苦戦は覚悟した方が良さそうだ。
それから、聖堂騎士団が迷宮の討伐に向けて準備をしていることも分かっている。
王国、連合国、帝国と各国が迷宮を討伐しているのに感化され、教国でも討伐への機運が高まっている。
大方それを受けた教国の上層部――メルト教団の連中が他国に負けられないと、聖堂騎士団へ討伐命令を出したんだろうな。
聖堂騎士団の戦闘能力は、他国の戦闘組織と比べても高い水準にある。
以前の魔王軍との戦いでも、聖堂騎士団には何度かお世話になってた。
現在の実力は分からないが、迷宮への対策を万全にした聖堂騎士団が『全滅を恐れず』に迷宮に挑めば、あるいは討伐が可能かもしれないな。
具体的にいつ討伐に向かうかまでは分からないが、聖堂騎士団の動向には注意しておこう。
他には都市で定期的に行方不明者が出ており、聖堂騎士団が調査中だということが分かっている。
まあ、これは俺達の行動には関わりがないだろう。
次に復讐対象の情報について。
聖堂騎士団・第二番隊隊長の名前が分かった。
マルクス・ピエトロ・サンダルフォンだ。
俺の既視感は正しかったらしい。
つい最近に前任の隊長が死に、その後任としてマルクスが隊長の座についたようだ。
それ以外は、大した情報は手に入らなかった。
この男については、もう少し情報が欲しい所だな。
そして、俺がここに来る原因となった孤児院について。
シュメルツから少し離れた所に、小さな森がある。
その森に囲まれた場所に、例の孤児院が存在しているようだ。
主に戦争などで身寄りを失った子供を引き取っているらしい。
孤児院を運営しているのは、かつて聖堂騎士団に所属していた夫婦。
ジョージとリリー。
ルシフィナ達の提案に乗って、俺を裏切った奴らだ。
錬金術士らしく俺を殺そうとあれこれと細工してくれやがったクズ共。
しかし、それとは裏腹に連中の評判は良かった。
引き取った子供の為に尽くす、親切な夫婦。
帝国でカレンから聞いた、聖父母という評判そのものだった。
『孤児院? ああ、ジョージさんの所ですか。身寄りのない子供を無償で引き取っている……本当に良い人達ですよ』
『前に子供を連れて街を歩いているのを見たよ。子供達はとても楽しそうにしていたよ』
『ああ、知ってるとも。聖父母、なんて呼んでいる人もいるくらいだからね』
誰も彼もが、肯定的な意見ばかり。
……ふざけるな。
私欲の為に人を裏切るような連中が聖父母だと?
あの欲望にまみれたクズ共が?
冗談じゃない。
信じられる訳がない。
だから、孤児院の様子を直接見に行くことにした。
◆
聖都シュメルツを離れ、孤児院へ向かう。
孤児院は北東の方角にあり、徒歩でもさほど時間は掛からない。
「はむ……はむ」
隣にはエルフィが歩いている。
麗しの青林檎亭で貰ったリンゴパイのようなモノを食べながら。
「…………」
……俺は今、苛立っている。
間接的ではあるが、俺を殺した連中を多くの人が褒めている。
こんなに腹立たしいことがあるか。
聖父母などという表現には、吐き気すら覚える。
だから、なるべく一人で行動しようと思ったのだ。
偵察にいくだけだから自由にしていいと、エルフィに伝えて。
その時のエルフィの呆れた表情は今でも思い出せる。
『馬鹿者。お前を一人にして、そこを王国の連中に攻撃されたらどうするつもりだ』
そう言われて、ようやく冷静さを失っていることに気付いた。
あの二人に気を取られすぎて、襲撃される可能性を忘れていたのだ。
英雄時代もそうだが、一つのことに集中しすぎて視野を狭めてしまうのは大きな欠点だ。
苛立つのはどうしようもないが、視野を狭めない努力はしなくてはならない。
「あむ……。うむ、これはいいものだ。生地の外はサクサク、中はトロトロ、という食感がたまらん。林檎のシャクシャク感もたまらんな」
エルフィには、感謝しなくてはならないな。
「伊織よ。そんなに私を見つめて、どうかしたか?」
「……いや、なんでもないさ」
「む。さてはお前、やっぱり私に惚れているな? 奈落迷宮の時から怪しいとは思っていたが」
「違う」
「ふふん、照れるな照れるな。この青林檎のパイのように麗しく聡明な私に惚れるのは必然だ」
その例えがもう既に聡明じゃない。
「私のセクシーな体を見ることを許そう。感謝するが良い。部下なら泣いて喜んでいただろうからな」
「違うって言ってるだろ」
「大丈夫だ、分かってる。ほれ、もっと見るが良い。ほれほれ」
「…………」
「ほれほれ、ほれほ、あいたぁ!?」
エルフィのお陰で少しだけ、苛立ちが収まった。
素直に、感謝しておこう。
俺の苛立ちを紛らわす為に、わざとイライラするように迫ってきたのだろう。
……多分。恐らく。きっと。
それから数十分後。
「……あそこか」
孤児院があるという森が見えてきた。
森といっても、王国と連合国の間にあったウルグスの森ほど深くない。
ほとんど魔物が生まれない程に、小さな森だ。
「この辺りで……"英雄アマツ"が目撃されているという話だったな」
情報収集の中で、聖都の近辺で目撃されたという俺の情報も耳にした。
灰色の髪の、長身の男性。
それが、何度かこの辺りで見かけられたらしい。
だが、これだけ聞くとただ俺に似た男を見ただけ、と思わなくもない。
灰髪で長身の男だど、この世界にも腐るほどいるだろうからな。
思わなくもない、が……。
偶然の一致とも思えないな。
「連中に殺されたアマツの怨念が、この森に現れているのかもしれんぞ」
「だったらここにいる俺はどうなるんだよ」
「…………アマツは二人いた?」
そんなわけあるか。
森の中を進む。
会話しながらも、警戒は怠らない。
「……あちこちに"土巨人"がいるな」
エルフィの魔眼で、森のあちこちに土巨人がいることが分かった。
近付いても攻撃してこないことから、監視用なのだろう。
情報収集の時にも、この森には極稀に生まれる魔物や、迷子になる子供を守るために土巨人がいると聞いている。
あちらは、既に俺達に気付いているだろう。
今回はあくまで偵察だ。
バレても問題ない。
監視の方法や、位置、数などを把握しながら先へ進む。
次にここへ来る時に、バレずに侵入出来るように。
それから十数分後、俺達は何事もなく孤児院に到着した。
「……外見は、普通だな」
森の奥にあったのは、極々普通の孤児院だった。
夫婦で運営しているというだけあって、規模はそれ程大きくない。
庭には遊具が並んでおり、子供が遊んでいるのが見えた。
特に、おかしな様子はない。
外見を眺めていると、中から人が出てきた。
緑髪の三十代後半くらいの、神経質そうなツリ目の女性だ。
以前より、かなり太っているが……外見の若さがほとんど変わっていないだと?
……これは。
「……どうかされましたか?」
やってきたリリーが声をかけてきた。
明らかに、こちらを警戒している。
それに、俺達はあらかじめ決めていた台詞で対応した。
「すいません。シュメルツの近くに孤児院があると聞いてきたのですが、ここで間違いないですか?」
「ええ、そうですよ。何か用でも……?」
「はい、ここに知り合いがいないか、と思いまして」
「……知り合い?」
リリーに対して、嘘の名前と設定を語っていく。
自分達は以前、教国のある村に住んでいた。
しかし、魔王軍の攻撃によって村が滅び、皆バラバラに散ってしまった。
だから、村の知り合いを探して、教国にある孤児院を見て回っている、と。
「そうでしたか……」
リリーは気の毒そうな表情で、俺達の話を聞いていた。
それが、苛立つ。
リューザスの記憶で見たような、欲望にまみれた表情が嘘のようだ。
「分かりました。中へお入りください」
思惑通り、孤児院の中に入れて貰えることになった。
断られることも想定していたのだが、驚くほど上手く言った。
……スムーズ過ぎる。
悩む素振りも見せないなんてな。
「ああ……申し遅れました。私はリリー・ファミナ・エルヴァナヒトと申します。この孤児院を主人と共に運営しております」
やはり、リリーで間違いないか。
「ご評判は伺っています。聖父母と呼ばれているとか」
「そんな大げさな。私達はただ、自分達の為に孤児院を運営しているに過ぎません。子供の顔を見るのが好きなんです」
「それは素晴らしい……。どうやら噂に違わぬ人達のようです」
自分で言っていて吐きそうだ。
それから、気になってことを聞いてみた。
随分と、お若いんですね、と。
あれから三十年経過している。
だというのに、ほとんど老けていない。
オリヴィアも、そうだった。
俺の言葉に、リリーは嬉しそうに笑っていった。
子供と触れ合っていると、若さが貰えるんですよ、と。
◆
結果から言おう。
魔術的な仕掛けはいくつも見つけたが、おかしなモノはなかった。
やや監視の目が多かったが、トラウマを抱える戦争孤児が多いここでは不自然ではない数だ。
唯一怪しかったのは、奥の方にあった厳重に封印を施された部屋だ。
さり気なくリリーに尋ねると、自分達は錬金術士だと説明した上で、あれは錬金術の実験室だと答えた。
研究の結果を売って得た金と、教国からの支援で孤児院を運営しているらしい。
危ないから、子供が立ち入り出来ないようにしているようだ。
説明に、おかしな点はない。
ここにいる子供にも、変わった点はなかった。
小さな子供達は、元気そうにしていた。
亜人の子供が何人か見かけたが、亜人に対する当たりが弱くなった教国ではそれほど珍しくはない。
こっそりとエルフィと共に話し掛けたが、変なことをされている風でもなかった。
それどころか、
「二人はとっても優しいんだよ!」
「おやつたくさんくれるし!
「二人が僕の家族を見つけてくれたんだ! もうすぐ会えるの!」
「昨日、シーナが家族に会いに行ったんだよ」
と、かなり、好意的なようだった。
念の為に洗脳されている線で調べたが、それもなかった。
ジョージにも会った。
こいつも、かなり若々しかった。
当時とほとんど外見が変わっていない。
だが、おかしな点は、それだけだ。
二人は孤児の為に尽くしており、子供達も幸せそうにしていた。
普通以上に、良い孤児院だった。
何も、なかった。
◆
当然、孤児院の中に知り合いがいるはずもなく。
俺達は礼を言って、帰ることになった。
「ファミナの方にも孤児院があります。そちらにも行ってみたらどうでしょう」
「お力になれなくて申し訳ない。お二人が同じ村の人に出会えるのを祈っております」
別れ際、二人は申し訳無さそうな表情でそう言っていた。
俺を殺した時とは違う、善良な夫婦に見えた。
「……善良、過ぎる」
「作り物かと思える程にな」
何もなかった。
しかし、あいつらが何もしていない訳がない。
何か、裏で悪事を働いているはずだ。
「……だが」
そんな思考は、エルフィの一言に断ち切られた。
「子供達は、幸せそうにしていたな」
「――――」
「……どうするんだ?」
静かに、エルフィは聞いてくる。
あの二人を殺すのかと。
その意味が分かるのか、と。
「…………」
「もし、あの二人がお前を裏切ったことを悔いていて」
「…………」
「その償いとして、この孤児院を運営しているとしたら。伊織、お前はどうするんだ?」
俺は。
あいつらのせいで、死んだんだ。
あいつらに殺されたんだ。
後悔して、償いなどしていたとしても、それは変わらない。
憎い。
後悔していようが、自己満足の償いをしていようが。
何も変わらず、俺はあいつらが憎い。
今すぐに戻って殺してやりたいくらいに。
だけど。
本当に二人が償いの為に、この孤児院で子供を育ててるとしたら。
俺があの二人を殺したら、子供達はどうなるんだ。
「伊織がどんな選択をしようと、私はそれを尊重する」
俺は。
「それでも、俺は……」
結局。
その言葉の先は、シュメルツに到着しても、出てこなかった。




