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第四話 『聖都シュメルツ』 

「ふっ――、はっ」


地面を踏み砕き、木々を避け、エルフィの"魔脚"で霊山を降って行く。

 目まぐるしく変わる風景の中、背後からの追っ手を警戒するが、選定者達が追ってきている気配はない。

 あの落星で殺せなかったのを警戒して、様子見に移ったのかもしれないな。


 数分後、何事も無く霊山の麓へと到達した。

 

「はぁ……はぁ……」

「……大丈夫か?」


 相当な体力と魔力を消耗したらしく、エルフィの息は荒い。

 滝のように汗を流している。

 ポーチから布を取り出し、ゴシゴシと汗を拭ってやる。


「はぁ……想像してた三倍くらいしんどかった」

「……助かった。ありがとう」


 侮っていたつもりはないが、あの攻撃は想定外だった。

 あの落星一つならばエルフィと俺で対処出来ていたが、心象魔術がなければ二つ目はどうにもならなかっただろう。


 十中八九、ほぼ確実にあれはリューザスによる攻撃だ。

 選定者の中にリューザス級の実力者がいた可能性はあるが、王城にいた時の情報収集には引っかからなかった。

 あの野郎が使った魔術と考えるのが妥当だろう。 


「ふぅ……」


 しばらくして、エルフィの呼吸が落ち着いてきた。

 水を飲ませてから、リューザスに関する話を始める。


「"妨害結界マジックディスターバー"や喪失魔術の事を考えると、連中は相応の準備をしてきたはずだ。それも恐らく、今回の襲撃である程度使いきっている」


 あの落星級の手札を残していたなら、すぐに次の手を打ってきただろうからな。


「……とすれば、すぐに次の襲撃はないということか」

「もしくは、すぐに襲撃があったとしても、あの落星級の魔術は連発してこられない可能性が高い。……どちらにせよ、油断は出来ないがな」


 霊山を見上げ、歯噛みする。

 リューザスが近くにいるというのに、すぐに殺しに行けない。

 こんなに苛立たしいことはない。


 だが、返り討ちにあっていては目も当てられない。

 今の状態でも心象魔術が使えれば殺せるが、より念を入れて迷宮核をもう一つ吸収しておきたいな。

 接近出来れば良いが、さっきのように距離を取られていれば一方的に狙い撃ちされるだけだ。


「悪いが、しばらくの間は周囲の警戒を怠らないでくれ。俺も自分で策敵するが、エルフィの魔眼の方が効率がいい」

「うむ、任された。伊織は龍に乗った気持ちで復讐方法でも考えておけ」

「ああ、そうするよ」

「……う」

「……っと」


 エルフィの体がよろめいた。

 咄嗟に手を伸ばし、エルフィの体を抱きとめる。


「大丈夫か?」

「う、うむ。三十年ぶりに全力で足を使ったせいで……見ろ、膝が笑っている。はぁ……これは絶対明日筋肉痛だ……」


 ……魔族にも筋肉痛とかあるんだな。


「あまり無理はするなよ?」

「ならばその言葉、ありがたく受け取ろう。伊織よ、聖都まで私をおぶっていくがよい」


 膝をガクガクと震わせながらも、エルフィは尊大に胸を張ること忘れない。

 なんだろうな。

 こういう"王様っぽい"ことをしている時よりも、戦っている時の方が魔王っぽいっていうのはいささか問題な気がする。


「……分かったよ」

「!? 本当か!?」


 自分から言い出しておいて、エルフィは酷く驚いたような表情を浮かべた。

 

「……何だそのリアクションは」

「こういう時、伊織はいつも私の言うことを聞いてくれないからな。爪とか、食事とか」

「当たり前だ! あんな風に言われて『分かりました』って答える奴なんかいないぞ。というか、料理は俺が作ってるだろう」

「む……そうだな。だが、伊織がやってくれないから爪は自分でやっているのだぞ! 見ろ! 昨日適当にやったら変な風になった!」

「…………」


 この女は……。

 無視して、エルフィの体を持ち上げる。


「おわっ」

「もう分かったから、先へ進むぞ。ここに長居するのも危険だ」

「ま、待て。まだ話は終わっていないぞ!」

「うるさい、黙れ」

 

 元魔王だの何だの言いつつ、エルフィの体は見た目相応に軽かった。

 これなら、大して負担にもならないな。


 聖都までここから一日も掛からないだろう。

 今日の夜には到着しているはずだ。

 

 騒ぐエルフィを背負い、聖都へ向かて歩き出した。


 

 聖都シュメルツ。

 ペテロ教国が誇る、神に縁があるとされる聖なる都の一つ。

 聖都の中でもトップレベルの大きさで、人口も多い。


「ようやく見えてきたな」

「……んっ。寝てない、私は寝てないぞ」

「…………」


 霊山の麓から街道を進み、半日と少し。

 日が傾いてきた頃になって、俺達は聖都シュメルツに到着した。


 道中、警戒は怠らなかったが、リューザス達からの襲撃はない。

 監視されている気配もなかった。

 この周囲は開けているため、相手も警戒して距離を取っているのだろう。


 聖都シュメルツは、青々と広がる草原地帯の中に存在する。

 都市は純白の大聖門にグルリと覆われており、入るには東西南北に存在する四つの入り口からしか入ることが出来ない。

 

 体力を取り戻したエルフィを地面に下ろし、大聖門の入り口で手続きを行う。

 エルフィの魔力付与品マジックアイテムは優秀で、門兵に見破られることはなかった。

 こうして無事に大聖門を越え、俺達は都市の中へと足を踏み入れた。


「……ここに来るのも久しぶりだな」

「伊織は来たことがあるのか?」

「ああ……。前に、一度だけな」


 この聖都を色で表すなら、間違いなく白だろう。

 王都や帝都のような勇ましさは感じないが、他にはない清潔さ、美しさを感じる。


「……ほぅ」

 

 茜色に染まった純白の都を見て、エルフィが息を呑んだ。

 

「……この都を見たのは初めてだが、綺麗な街だな」

「ああ。俺も初めて来た時は驚いたよ」

   

 教国の街並みは、基本的に白で成り立っている。

 "聖光神"メルトが身に纏っていた色が白らしく、それを大事にしているのだろう。

 そのため、他の国では出せない統一感を感じられる。


 感心するエルフィと共に、都市を進んでいく。


 この都市はいくつかの区画に分けられている。

 俺達が今いるのは『商業区』と呼ばれる区画だ。

 名前の通り、『商業区』には宿場や飲食店などがある。

 外から来た人間の大半が最初に向かうのが『商業区』だ。


 "聖光神"メルトを祀る大聖堂や教会、聖堂騎士団の拠点地なんかは、『聖光区』にある。

 他にもいくつか区画があるが、俺達には関係ないだろう。


 ここにいる間は、それほど襲撃を気にしなくても良いだろう。

 聖都を荒らしたとあれば、聖堂騎士団が黙っていない。

 リューザス達でも、連中と事を起こすのは避けるだろう。

 勇者召喚については隠しておきたいだろうしな。


「ひとまず宿へ行くか。情報収集は明日にしておこう」

「私はお腹が減ったぞ。屋台で何か買うぞ」


 屋台の商品を買い占める勢いのエルフィをなだめながら、適当に夕食を取り、俺達は宿へ向かった。


 

 宿場街の周囲は聖都といえど雑多な雰囲気だった。

 温泉都市程ではないが、活気があり、人も多い。


「さっきから亜人を見かけるが、あんなに堂々と街にいて大丈夫なのか?」

「三十年前だったら聖堂騎士団が飛んできただろうが、今は昔ほどキツイ差別はしてないらしい」


 亜人迎合派っていう派閥が出来てるくらいだからな。

 『聖光区』への立ち入りは流石に禁止されているが、他の区画を歩くぐらいなら問題はないようだ。

 まあ、排斥派からすれば鬱陶しいことこの上ないだろうけどな。


 しばらく宿場街を歩き、エルフィが選んだ宿に入った。

 『麗しの青林檎亭』というらしい。

 エルフィが選んだ理由は、当然「美味しそうだから」だ。


 聖都の近くで採れた青林檎を使った美味しい料理を出すのがウリの宿らしい。

 少し高価だが、清潔な所だ。

 

「兄ちゃんら、部屋はどうする?」

「部屋はふた――」

「面倒だ、一つでいいぞ」

「あいよ」


 ……まあ、リューザス達の襲撃を警戒しなければならないから、同じ部屋の方が都合がいいな。

 

 それから青林檎のパイなどの料理を堪能し、一日を終えた。


 

 翌日、朝早くから宿の外へと繰り出す。

 

 寝る前に、今日中にやるべきことはまとめておいた。

 用事は三つある。


 一つ、死沼迷宮で手に入れた"覇王烏賊クラーケン"の魔結晶を使って新しい装備を鍛冶屋に依頼する。

 二つ、復讐対象の情報収集。

 三つ、教国の五将迷宮である"忌光迷宮"の情報収集。 

 

 心象魔術が使えると言っても、ほんの数秒の間だけで、しっかりとした発動条件も不明瞭だ。

 戦闘能力はまだ完全からは程遠い。

 装備を少しでも良い物にしておくに越したことはない。

 

 情報収集は教会と図書館が一体になった教会図書館という場所で行うつもりだ。

 神に関しての資料が多いだろうが、復讐対象と迷宮の情報があるといいな。

 孤児院と忌光迷宮の情報はもちろん、都を守る聖堂騎士団の情報も欲しい。

 死沼迷宮でディオニスを拷問した時に、聖堂騎士団の一人の名前を出していたからな。


 やることを頭の中に浮かべながら、エルフィを連れてキビキビと行動する。

 まず向かうのは、『商業区』の中にあるという武器屋だ。

 宿の店主に聞いた所、聖堂騎士団御用達の良い武器屋があるらしい。


「……武器屋か。ゾォルツ達を思い出すな」

「あの偉そうな男か」

「だからお前が言うな」

「私は、偉かったの!」


 過去形で騒ぐエルフィに苦笑しながら、温泉都市の事を思い出す。

 ミーシャやニャンメルは元気にやっているだろうか。

 

「――――、……はは」


 そこで、思わず笑ってしまった。


 俺は今、他人を思い出して、心配するような事を考えたのだ。

 いつの間にそんな余裕が出来たのかと、自嘲する。


「……少し、温くなりすぎたか」


 雑踏に紛れる程度の声で、小さく呟いた。


 こんなことでは、いざという時に動けなくなる。

 『助けたい』という心象きもちを思い出したのはいいが、俺がやるべきことは復讐だ。

 情に絆されている暇はない。


「私は別に、良いと思うがな」


 聞こえていたのか。

 エルフィが、穏やかな口調で言った。

 

「その感情と復讐心は矛盾しないだろう?」


 矛盾しない。

 そう、だろうか。

 

 誰かを助けいたいという気持ちと、誰かを殺したいという気持ち。

 これは、矛盾しないのか……?


「……ま。伊織が答えを出せるまで考えるといい」

「……ああ」


 労るような、優しい声でエルフィはそう言った。

 復讐は決定事項だが、それ以外の所で悩み過ぎだな、俺は。

 くだらないとは言わないが、初心を見失いようにしなければ。


 ……まったく、こいつは本当に分からない。

 ただの腹ペコ大魔王に見えたり、威厳ある元魔王に見えたり。

 安定しない奴だ。


「それはそれとして伊織、私はお腹が減ったぞ」

「朝食食ったばっかりだろうが」


 ああ。

 やっぱ腹ペコ大魔王だ、こいつは。


 それから、目的の武器屋に到着した。

 街の景観を損なわないよう、白を基調とした看板に青で文字が書かれている。

 教国の誇る最強戦力である聖堂騎士団御用達の店ということで、外装はしっかりしていた。


「らっしゃい」


 中に入ると、店員に出迎えられた。

 今度の店員は人間だ。


「……って言いたいとこなんだが」


 俺達を見るなり、店員は申し訳無さそうに言った。


「わりぃが、今は品切れだ」

「……品切れ?」

「ああ。聖堂騎士団が武器や防具を大量に購入してくださったんでな」


 聖堂騎士団が購入、か。

 この時期に武器を大量に集めるとなると、用途は限られるな。

 まあ、おおよその検討はつく。

 あまり、ノロノロはしてられないようだ。


魔力付与品マジックアイテムの製造は出来ないのか?」

「あー……出来ないことはないが、取り込む素材がもうないんだ」


 ならば、と俺はポーチから魔結晶を取り出した。 

 薄く青い光を放つ、"覇王烏賊クラーケン"の魔結晶だ。

 ブツを見て、店員が目を剥いている。


「お、おお……!? なんつう上玉だ、ぱねぇな! これなら大抵のモンは作れると思うが……何が欲しいんだ。剣か? それとも鎧か?」

「いや、靴を頼む」


 剣も鎧ももう間に合っている。

 今の俺に必要なのは機動力だ。

 そのために、上等な靴の魔力付与品マジックアイテムが欲しい。


「了解だ」


 それから足のサイズを測り、こちらの要望を伝えておいた。

 三日ぐらいで完成するらしい。

 また取りに来よう。


 店内をフラフラするエルフィを引っ張り、外へ出た。



 次に『商業区』の北部を目指して歩く。

 北に進んだ先に『聖光区』があり、教会図書館は『聖光区』よりの『商業区』にある。

 武器屋から徒歩で三十分くらいの位置だ。


 人混みを避けながら、歩いていた時だ。


「……ッ」

「きゃっ!?」


 曲がり角から飛び出してきた少女とぶつかった。

 悲鳴をあげ、少女が地面に尻餅をつく。

 リューザスからの襲撃かと、翡翠の太刀へ手を伸ばす。


「いったぁ……!」


 だが、少女は尻餅を付いたまま涙を浮かべている。

 何か武器を持っている気配もない。

 後ろでエルフィが魔眼を使っている気配があるが、何も言わない所を見ると襲撃者ではないらしい。


「……大丈夫か?」


 警戒を解かぬまま、少女へ声を掛ける。


「もう、どこ見て歩いてるのさ……!」


 少女は文句を言いながら起き上がった。

 ぶつかってきたのはそっちなんだがな。


 涙目のままプリプリと怒っている少女に視線を向ける。


 ピンク色という派手な髪の色をした少女だった。

 黒のチューブトップにグレーのスカート、膝まである長いブーツに太腿を覆うニーソックス。

 少女は黒みがかった桃色の瞳に涙を浮かべながら、上目遣いで俺を睨んでいる。


「怪我はないか?」

「あのね! ボクの綺麗な体が傷付いたら、キミはどうするつもりだったのさ! まったくもう!」

 

 この様子なら怪我はなさそうだな。


「行くぞエルフィ」

「む……いいのか?」

「ああ」


 時間は有限だ。

 今日の予定の内、まだ一つしか達成していないからな。

 早いところ情報収集を始めなければ。


「よくなぁい!!」


 だが、先を進もうとした俺を少女は遮ってきた。


「……まだ何かあるのか」

「ある! 大ありだよ! ていうか! こんな可愛い女の子を転ばせておいて、キミちょっと冷め過ぎじゃない!?」


 こいつ、ちょっとエルフィに似ているな。

 自分で綺麗とか可愛いとか言い出す辺りが。


「……な、なんだこの女は。変な奴だな、伊織」

「お前が言うな」

「えぇ……物凄く解せぬのだが」


 とにかく! と少女が指を突き付けてくる。


「可愛い女の子の体を傷付けたんだから、こう、もうちょっとあるでしょ! じゃないと罰が当たるぞ!」

「そうか。悪かったな。次から気を付ける。これでいいか?」

「ふふん、分かればいいのさ」


 ……こいつ本当にエルフィに似てるな。


「それじゃあ、俺達はもう行くから」

「うん。それじゃバイバイ……ってちょっと待って!」


 やけにしつこい女だな。

 何か企んでいるのか? 

 敵意はないようだが、リューザス達の仲間で、俺達をここに釘付けにする要員の可能性があるな。

 気配はないが、狙撃でもするつもりか?


 裏路地へ連れて行って尋問した方が良いかもしれないな。


 そう考えながら、少女の方へ振り返る。


「――――」


 桃色の双眸が、俺を覗き込んでいた。

 エルフィが放つような威圧感も、敵意も悪意も何も感じない。

 あるのはただ、心を覗かれているような感覚だ。

 無意識に手が翡翠の太刀に手が伸びる。


「……何だ」

「ううん、何でもない。ただ、そうだね、キミ達に忠告しておいてあげよう」

「……忠告?」

「この場所から、早めに離れた方がいいかもよ」

「なぜだ」

「ちょっと八つ当たり気味に、この街に長く滞在しすぎたからね。ま、他にも理由はあるんだけどさ」


 何を言っているのか要領を得ない。


「……どうしてそれが離れた方が良い理由になるんだ」

「それはね、」


 一呼吸置き、


「――ボクは災いを呼んじゃうからさ」


 少女はそう言った。


「――――」


 固まる俺へ、何てね、と少女は舌を出した。

 片目を瞑り、いたずらっ子のような表情で笑うと、


「じゃ、またね!」


 こちらに手を振ると、来た時と同じように走り去っていってしまった。

 

「……またね?」


 何だったんだ、あいつは。


「エルフィ。念のために聞いておくが、何も感じなかったか?」

「……うむ。大した魔力量ではなかったし、特別な魔力付与品マジックアイテムを持ってもいなかった。ただの変な女だな」

「そうか」


 俺も特に何も感じなかった。

 意味深な事を言っていたのは気になるが。

 

「まあ、気にしていても仕方ない。行こうか、エルフィ」

「うむ!」

「……? 少し機嫌が良さそうだな」

「そうか? まあ、伊織の他者への態度を見て、少し思う所があっただけだよ」

「…………?」


 こいつもよく分からないな。


「気にするな。ほら、先へ進むぞ」

「あ、ああ」


 気を取り直して、教会図書館へ向かって一歩歩き出す。

 早いところ、今日中に必要な情報を収集し、ピックアップしなければ。


 そこで、ふいに周囲が暗くなった。 

 一瞬太陽が雲に隠れたのかと考えたが、すぐにその考えを否定する。


「……影か」


 何か大きな物が、空を飛んでいるのだ。


「なんだと……」

「……あれは」

 

 空を見上げると、"翼竜ワイバーン"が飛んでいた。

 大聖門を越え、聖都上空へ複数の翼竜が飛来しているのだ。

 

「……馬鹿な。この辺りに龍種は生息していないはずだ」


 翼竜は小型の龍種だ。

 炎龍や岩窟龍には遠く及ばない者の、厄介な魔物として知られている。


『――ギァアアアア!!』


 空で甲高く翼竜が吼える。


「な、龍!? 龍だ!」

「そんな!? どうしてここに翼竜が!?」


 周囲の人間が、遅れて翼竜に気付いた。

 空を見上げて固まる者、ただ叫び声を上げる者、我先にと逃げ出す者。

 一瞬で街がパニックに陥る。


「あいつの仕業か……?」


 あの少女はここから離れた方が良いと言っていた。

 それは、この襲撃を予見していたからか?

 あいつが魔王軍の関係者だったのなら、あらかじめ知っていてもおかしくはない。

 

 少女が去った方を見るが、当然もうあのピンク髪は見当たらなかった。

 やはり、捕らえるべきだったか?


「……来るぞ!」


 思考を切り裂くエルフィの叫び。

 上空にいた翼竜が、一斉に地上に向かって降りてきた。

 耳を劈く咆哮をあげながら、逃げ惑っている人間へ喰らいつこうと牙を剥く。


「……チッ」


 翡翠の太刀を抜き、龍と人の間に割り込んだ。

 "魔毀封殺イル・アタラクシア"で、翼竜の突進を受け止める。

 ある程度の魔力が戻り、強化された盾は翼竜の攻撃を完全に防いでいた。


「おい、早く逃げろ!」

「は、はい……!」


 巨大な爪を持ち上げ、翼竜が振り下ろしてくる。

 邪魔者を逃し、"柔剣"でそれを受け止めた。

 衝撃を地面に逃し、即座に翡翠の太刀を振るう。


『ギイイィイッ!?』


 刃が片目を抉り、翼竜が悲鳴を上げる。

 

「――横に避けろ!」


 そこに、エルフィが魔眼を撃ち込んできた。

 痛みに悶えていた翼竜は躱すことも出来ず、勢い良く四散する。


『ガアァアアアアアア!!』

『ギィィイイイ!!』


 仲間の死を見て、他の翼竜の注意がこちらに向いた。

 咆哮しながら、一斉に向かってくる。


「エルフィ、魔眼で動きを止めてくれ。俺が一網打尽にする」

「分かった」


 頷き、エルフィが"重圧潰"を放とうとした時だった。


「――神聖な都を穢した罪、贖って貰うぞ」


 声と共に、鋭い斬撃が翼竜に襲いかかった。



 斬撃を放ったのは、蒼銀の鎧を身に付けた男だった。

 龍の片翼が切断され、地面に落ちる。

 そこへ、鎧の男の背後から無数の魔術が雨のように降り注いだ。


「あの鎧、"聖堂騎士"か」


 教国が誇る、最高戦力。

 神へ仇なす者や異端を排除する、熟練の騎士達だ。

 聖堂騎士であることを表す蒼銀の鎧は、魔族にも恐れられていた。


 気付けば、あちこちで蒼銀の鎧を身に纏った者が戦っていた。

 ある者は魔術で龍を撃ち落とし、ある者はそこへ斬撃を撃ち込み。 

 それぞれが高い個の力を見せながら、連携の取れた動きで翼竜を屠っていく。

 

 その中央にいるのが、最初に斬撃を放った男だった。

 騎士たちを率い、男はあちこちへ的確な指示を出しながら戦っている。


 迷宮都市で見たAランク冒険者達よりも、この騎士たちは強いかもしれない。

 かなりの練度だ。


「私達の出る幕はなさそうだな」

「ああ」


 それから瞬く間に、龍は殲滅させられた。




「私は聖堂騎士団・第二番隊副隊長……レオ・ウィリアム・ディスフレンダーという。龍種の殲滅へ協力しれくれたことを感謝する」


 全ての龍が殲滅されてから、藍色の髪の男がこちらへやってきて、礼を口にした。

 二十代半ばくらいの、ショートカットの長身の男。

 身に纏う蒼銀の鎧には、他の騎士とは違う紋章が刻まれている。

 名前の間に入っているウィリアムは、恐らく洗礼名だろう。


「ふん」


 レオは礼を言った後、小さく鼻を鳴らした。


「だが……ここは神聖な聖都。我々聖堂騎士団以外が剣を振るうのは好ましくない。君たちは余所者だろう? 次からは戦わず、我々聖堂騎士団にまかせてくれたまえ」

「……貴様、私達は」

「以上だ。もう安全だから、好きにしてくれていい」


 一方的に捲し立てると、レオは仲間の元へ去っていった。

 こちらが口を開く間すらない。


「なんだあいつは。無礼だぞ!」

「……頭に来るのは分かるが、相手しない方がいい。聖堂騎士団と絡んでもろくなことはないぞ」


 エルフィが魔族とバレれば、あいつらの剣が向けられるのは俺達だからな。

 魔族が相手となれば、見境なしに向かってくる連中だ。

 負けるとは思えないが、タダではすまない。


 関わらない方が良い。

 一部の例外を除いて、だが。


「それにしても、今日は邪魔がよく入る日だ」


 あの少女といい、龍といい、厄日だろうか。

 溜息を吐き、聖堂騎士団の方へと視線を向ける。

 先ほどのレオと、もう一人の男が騎士団へ指示を出していた。


 レオが副隊長と名乗っていたことから、もう一人は隊長だろうか。


「……?」


 隊長らしき視線を向けて、既視感を覚えた。

 あの男をどこかで見たことがある……?


 五十代ほどの、壮年の男だ。

 短く揃えられた黄緑の髪、不機嫌そうな青色の瞳。

 よく鍛えられており、ガタイは非常に大きい。


 見れば見るほど、既視感を覚える。

 それに俺は、この既視感を知っている。

 少し前に、経験したばかりだ。


 召喚されてすぐに、老いたリューザスを見た時のような――――。



「……そうだ」

「……?」


 三十年前の、聖堂騎士団の物資運搬を担当していた男。

 名をマルクス・ピエトロ・サンダルフォンといったか。

 リューザスの記憶には出てこなかったが、ディオニスを拷問した時に出てきた名前だ。


 俺に渡るはずだった『身代わりの護符』を、ディオニスに買収されて渡した男。


「……聖堂騎士団と絡まない方が良いと言ったが、そうもいかなさそうだな」

「……?」

「また、調べることが一つ増えた」


 他人の空見、もしくはマルクスの弟、親戚、という可能性もあるが。

 それは調べればすぐに分かることだ。


 選定者を率いてやってきているリューザス。

 聖都近郊に住んでいる孤児院の老夫婦。

 そして、聖堂騎士団に所属している男。


「良くもまあ、ここまで集まってくれたもんだな」

 

 思わず、笑みが溢れてしまう。

 どうやら、教国で一気に復讐を果たすことが出来そうだ。


 

 


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