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第五話 『罠に嵌める』

 

「ぐ……あぁ」


 城の中庭で、リューザスは激痛に身悶えていた。


 落下した際に打ち付けた背中が、鈍く重い痛みを発している。

 反応が遅れたせいで、落下の衝撃を完全には殺しきれなかったのだ。


 それ以外にも、砕かれた鼻、斬り付けられた腕や肩がジクジクと痛みを発している。

 その激痛に、呼吸もままならない。


「はぁ、はぁ、クソ……クソ、クソがァ……ッ!」


 数分後、僅かに痛みが引いた所で、リューザスは体を起こした。

 息を荒らげながら、リューザスは口汚く喚き散らす。


「あのクソ野郎……ッ! 調子に乗りやがって!」


 利用されているとも知らず、甘くて下らない理想を掲げていた馬鹿なガキ。

 リューザスから見て、伊織はそういう存在だ。

 そんな滑稽な道化に良いようにされるなど、許せる訳もない。


「動揺さえしなければ、あんな雑魚……ッ!」


 死んだ代償か、二度目の召喚の影響かは分からないが、伊織からは魔力を感じなかった。

 勇者の力さえなければ、伊織など軽く縊り殺せる。

 今回はただ、不意を突かれただけなのだ。

 

 リューザスは魔術工房の方を見上げ、騙し討ちをした程度で調子に乗るなと、吐き捨てる。


「く、くくッ! 後悔させてやる。二度と蘇らないよう、徹底的に殺してやるよ!」


 動揺した隙を狙われたが、二度と同じ無様は晒さない。 

 歪な笑みを浮かべながら、リューザスは傷を治癒魔術で癒していく。

 この程度の傷を治すなど、造作も無いことだ。


「あいつが行くとしたら――」


 魔術が使えなければ、この王国から逃れることは不可能だ。

 ならば、何か特別な手段で移動するしかない。


「儀式の間か」


 儀式の間には、王国にのみ伝わっている“召喚陣”が存在している。

 別の場所に移動する“転移陣”と似た構造だ。

 伊織の知識があれば、召喚陣を利用して転移できる可能性が高い。


「絶対に逃さねえぞ、アマツ!」


 あれからまだ、十数分しか経過していない。

 伊織がどれだけ早くても、この短時間で城を去ったとは考えにくい。

 まだ城の中にいる筈だ。


 リューザスは、蹴破るようにして城の中へと飛び込んだ。


「おい! 誰かいないのかッ!」


 リューザスの叫び声に、待機していた騎士達がやってきた。

 困惑する騎士達についてくるように命じ、儀式の間へと慌ただしく向かう。

 その形相に、騎士たちは口を挟めぬまま、リューザスに従った。


 儀式の間に到着し、リューザスは封印が解除されていることに気が付いた。

 遅れてやってきた騎士達も、それを見て「どういうことだ」と騒ぎ出す。


「クソがッ!」

「リューザス殿!?」


 封印の間の中へ、リューザスが踏み込む。

 中には灯りがついており、部屋の中央に伊織が立っていた。

 

「な、何故勇者殿がここに……」

「どうやって封印を破ったんだ!?」


 勇者の姿を見て、騎士達が動揺を露わにする。

 中へと踏み込んできたリューザス達を見ても、伊織は冷静な表情を崩さない。


「早かったな、リューザス」


 そう呟く伊織の格好は、リューザスが工房で見た時と大きく変わっていた。

 上等な魔術服、腰に差してある宝剣。

 どれも城の宝物庫にしまわれてある筈の一品だ。


「てめぇ……!」

 

 伊織の格好を観察する中で、リューザスは彼の周囲に石が転がっていることに気付いた。

 ただの石ではなく、魔力が封じ込められた特別な鉱石、『魔石』だ。


 これを肩代わりにすれば、魔力が無くとも魔術の発動が可能となる。

 伊織は魔石を使い、召喚陣へと魔術で干渉していた。


「アマツ、貴様ッ! 召喚陣から離れろ!!」

「あ、アマツ!? リューザス殿、何を言って……」


 予想通り、伊織は召喚陣で転移するつもりだとリューザスは悟る。

 召喚陣は既に、伊織によって書き換えられていた。


 想像以上に準備が整っていることに焦り、リューザスはアマツの名を大声で怒鳴り散らす。

 それに驚く騎士達に、リューザスは気が付いていない。


 冷たい表情の伊織と、焦燥したリューザスが睨み合う。


 その時だ。

 

「何事だリューザス! 一体何をしている!!」


 儀式の間の中へ、複数の騎士を引き連れた国王がドカドカと踏み込んできた。

 そしてすぐに伊織の存在に気付き、「な!?」と驚愕の表情を浮かべる。


「へ、陛下、これは……」

 

 この状況に関して、リューザスが慌てて弁解しようとした時だ。


「助かったよリューザス。お前のお陰で封印を解けたし、召喚陣の使い方も分かった」


 工房での憎悪に滾った声色とは一変。

 親しみを込めた口調で、伊織がリューザスにそう呼びかけた。

 その場にいた人間の視線が、一瞬リューザスへと移る。


 その瞬間だ。

 召喚陣が眩い輝きを放ち、儀式の間を光で染め上げる。



「――また、会いにくる」


 

 そう呟いた直後。

 その光によって、伊織の姿が飲み込まれた。


「ま、待てアマツ!!」


 咄嗟に魔術を放とうとするも、間に合わない。

 どうすることも出来ず、儀式の間から伊織の姿は掻き消えていた。

 その場にいた全員が、先ほどまで伊織の立っていた場所を見つめ、呆然と立ち尽くす。

 

 その中で、最初に我に返ったのは国王だった。


「リューザス! 封印の解き方を教えたとはどういうことだ!!」


 憤怒の形相で、国王がリューザスへと詰め寄る。


「な……ち、違います、陛下!」


 後退りながら、リューザスが弁解しようとした時だ。

 バタバタと慌ただしく、儀式の間に騎士が入ってくる。


「陛下! 何者かによって宝物庫の封印が解かれ、中の物の多くが奪い取られております!」

「なんだと!?」

「蓄えていた『魔石』、宝剣や魔術服などの魔力付与品マジックアイテム、更には国宝である『防魔の腕輪』『強魔の指輪』までもが無くなっており……!」


 その報告に、国王の表情が蒼白になる。


 『魔石』は城内の灯りから、大規模魔術の発動まで、色々な事に使用される重要な資源だ。

 魔力付与品はもちろん、『防魔の腕輪』を始めとした国宝も、代々王国に受け継がれてきた貴重な品。

 これが奪われるなど、前代未聞の出来事だ。

 

「――リューザス」


 宝物庫や儀式の間の封印には、宮廷魔術師たるリューザスが関与している。

 リューザスならば、封印を解くことは容易いだろう。

 ならば当然、疑いが掛かるのは――。


「お、お待ち下さい! ひとまず、勇者がどこへ行ったのか突き止めます!」


 このままでは不味いと悟り、リューザスは挽回するため召喚陣へと駆け寄る。

 陣へと手を触れ、転移していった伊織の行き先を読み取る。

 いくら伊織でも、行き先の隠蔽までは出来なかったらしい。

 リューザスは瞬時に、伊織の転移先を理解した。


「くく……!」


 相変わらず、甘い奴だ。


 内心でそう笑い、行き先を国王に伝えようと召喚陣から手を離した時だった。


「は――?」


 バリンと音を立てて、召喚陣が粉々に砕け散った。


「な、なぁ!?」

 

 その時になって、リューザスは召喚陣に『自壊』の魔術が組み込まれていたことに気付く。

 伊織以外の人間が触れれば、陣が砕けるようになっていたのだ。


「古くから伝わる、召喚陣が……ッ! リューザス貴様!!」


 だが、それが分かったのはリューザスのみ。

 他の者からは、リューザスが召喚陣を砕いたようにしか見えていない。


「宝物庫と召喚の間の封印を解き、勇者を逃し、更には召喚陣まで破壊するとは、貴様は一体何を考えている!?」

「陛下! 違います! 俺じゃない! アマツが……あいつがやったんだ!!」


 そう口にして、リューザスはようやく自分が先ほどから『アマツ』の名前を口にしていたことに気が付いた。


 リューザスへの、伊織の親しげな態度。

 お前のお陰で封印が解け、召喚陣の使い方も分かったという言葉。

 まるで庇うように召喚陣を砕いたリューザス。


 そんな自分が、かつての仲間である『アマツ』の名前を口にしていれば。

 同じ勇者である伊織とアマツを重ねあわせ、協力したと取られて当然だ。


「今すぐにリューザスを捕らえよ!!」


 儀式の間に、国王の号令が響き渡る。

 その瞬間、慌てて弁解しようとするリューザスへ、騎士達が殺到した。

 どうすることも出来ず、リューザスは地面へと組み伏せられてしまう。


「あ……あぁッ!」

 

 その時になって、リューザスはようやく気付いた。

 自分が伊織によって、嵌められたのだということを。

 

「く、クソがぁあああ!!」


 リューザスの絶叫が、儀式の間に響き渡った。


 


 転移の最中、寸前までの光景を思い出し、俺は小さく笑っていた。


「本当に、ベストなタイミングでやってきてくれてラッキーだったな」


 軽い思いつきだったが、あそこまで上手く行くとは思わなかった。

 演技とはいえ、あいつに親しげに話し掛けたのは反吐が出そうだがな。


 あの展開なら、今頃リューザスは国王に詰問されている頃だろう。

 責任問題とかになって、牢にでもぶち込まれていれば最高だ。


 そんなことを考えていると、不意に転移の光が消失した。


 視界が開くと、俺は薄暗い洞窟の中に立っていた。

 地面は壁もゴツゴツとした岩壁で、空間を照らしているのは空気中に浮く無数の粒子だ。

 

「成功だ」


 召喚陣の術式を、瞬間的に遠方への移動を可能とする転移陣へと書き換える。

 急造ではあったが、無事目的地に到着することが出来た。

 あの城での目的は、リューザスへの復讐を除いて、完遂できたと言える。


 魔術工房から出た後、俺はまず最初に宝物庫へと向かった。

 そして封印を解き、中にあった物をいくつか頂いている。

 

 王国が蓄えていた、大量の魔石。

 防御の魔術が付与されたローブや、大量の魔力が付与された宝剣。

 “収納魔術”が付与されており、大量に物を詰め込めるポーチ。


 そして、厳重に保管されていた『防魔の腕輪』と『強魔の指輪』も頂いた。


 『防魔の腕輪』は受けたダメージを軽減、

 『強魔の指輪』は装着した者の魔術を強化する力がある。


 どちらもかなりの価値がある、魔力付与品マジックアイテムだ。

 書庫で目にした資料には国宝指定されていると書かれていた。

 これが奪われていると知ったら、今頃大騒ぎだろう。


その他にも復讐する為に必要な道具を幾つか盗んだ。

その内の一つはリューザスに使用するのがベストだったのだが、それについては後で考えよう。


 これらの魔力付与品を装備すれば、以前には遠く及ばないものの、ある程度の戦力は取り戻せる筈だ。


 それから、儀式の間へと侵入して、召喚陣の術式を転移出来るように変更。

 その過程で、誰かが陣に触れたら自壊するように組み換えておいた。

 書き換える為の魔力は、魔石を使用することで補っている。


 宝物庫が漁られ、王国に伝わる召喚陣も壊れた。

 今頃リューザス達がどうなっているのか、直接反応を見られないのが残念だ。


「さて」


 改めて、自分の立っている場所を確認する。

 やはり、目的地で間違いない。

 

「前に来た時と、構造はあまり変わっていないようだな」


 ここは王国の端に存在する迷宮――『奈落迷宮』だ。

 大量の魔物が犇めく、魔王軍の拠点地の一つ。


 かつて、俺が仲間と共に突破した迷宮でもある。

 この三十年の間に、魔王が作りなおしたらしい。


 何故、そんな危険な場所にやってきたのか。

 それは――勇者としての力を取り戻すためだ。


 現在、俺の右腕にある『勇者の証』は殆ど機能していない。

 どういう訳か、魔力を使用するための部分が塞がってしまっているらしい。

 これを正常に機能させようと思ったら、大量に魔力を摂取して、強引に証を起動させるしかない。


 最初は魔石でどうにかしようと考えていたが、とてもじゃないが足りそうにないかった。

 思っていた以上に、必要な魔力量は多いらしい。


 そこで目をつけたのがこの迷宮だ。

 

 迷宮の最奥部には、『迷宮核』と呼ばれる魔力の塊が設置されている。

 これが迷宮中へと『魔素』と呼ばれる気体を充満させ、魔物を生み出しているのだ。


「最奥部にある迷宮核を手に入れ、かつての力を取り戻す」


 そのために、俺はこの奈落迷宮までやってきた。


「――――」


 ほんの少し前まで、抱いていた夢を思い出す。

 戦争を終わらせ、全ての種族が共存出来る、平和な世界を作りたい。


 その夢を嘲笑う、仲間達の顔を思い出す。

 

 ――異世界からやってきた分際で、この世界を救う? おこがましいとは思わなかったのですか?

 

 ――そんな目標を持って戦ってたのは、てめぇだけだってことだよ。


 ――夢は寝て見た方がいいんじゃないかなぁ?


「後悔させてやる」


 リューザスも、ディオニスも、ルシフィナも、裏切った亜人共も。


「その為に、力がいる」


 亜人達を殺す力が。

 リューザスを殺す力が。

 魔王軍にいるという、ルシフィナとディオニスを殺す力が。


 元の世界に帰る為の方法は、復讐の後で考えればいい。


「そのために、迷宮核を手に入れる」


 迷宮核を手に入れるために、最奥部まで行く必要がある。

 道中には魔物がいるだろうし、何より最奥部には迷宮核を守る魔族も控えているだろう。 

 サクッと突破して、目的の物を戴くとしよう。


「行くか」

 

 今後の方針を確かめた後、俺は迷宮の奥へと足を踏み入れた。


次話→21:00


そろそろヒロイン登場します

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