表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/165

第二十一話 『決定の結果を信じて』

 目を開くと、赤髪の女性が俺の顔を覗き込んでいた。


「ッ!?」

「きゃっ!」


 思わず体を起こしてしまい、お互いの額がぶつかり悶絶する。

 その痛みで意識がハッキリし、自分がカレンの屋敷にいることに気付いた。


「うぅ……」


 ……涙目で頭を抑えているのが、カレンだということにも。



 あれから、俺は迷宮核を、エルフィは己の体を回収した。

 手持ちのポーションを全て使い切り、無理やり体を動かしていたが、そこで限界が来た。

 俺はその場で気絶してしまったのだ。


「お二人が生きていて、本当に良かったです……!」


 赤髪を揺らしながら、カレンが震え声でそう言った。


 カレンの話によると、カレンの率いていた兵士が、俺達をここまで運んできてくれたらしい。

 迷宮が停止してすぐに、恐慌状態になった魔物が迷宮の外へ逃げ出した。

 それを待ち構えていたカレン達が全滅させ、その後迷宮の中へ踏み込んだようだ。


 内部の毒沼は迷宮核が無くなったことで、無害になっていたらしい。

 他の罠も、動いていなかった。

 迷宮が停止してから半日程度で、俺達は救出されたようだ。


 それから二日以上、俺は眠っていたらしい。

 そこで、あいつの事を思い出した。


「……そうだ。エルフィは……?」


 部屋の中にエルフィの姿はない。

 あいつは俺以上に、ディオニスに甚振られていた。

 ポーションを飲んだ後は、俺と一緒にディオニスに復讐していたが……。


 まさか、とは思うが。


「エルフィさんは、伊織さんに重なるように倒れていました」

「……それで、今は?」

「半日程前に目を覚まして、今はお食事中です」


 ……ああ、元気らしいな。


「村の方は、大丈夫ですか?」

「はい。今は落ち着いています」


 だが、やはりディオニスの襲撃で何人かの犠牲者が出てしまっているようだ。

 二つの領地が荒らされており、今は復興作業を行っているとカレンは言った。


「……そうですか」

「そんな顔しないでください。この程度の被害で済んだのは、伊織さんとエルフィさんのお陰なんですから」


 そう言うカレンの顔からは、疲れはあっても、前のような絶望は感じられなかった。


「お二人のお陰で、私の領地……いえ、沢山の人々が救われました。それに帝国を脅かしていた迷宮も取り除いてくれて……本当に、ありがとうございました」


 頭を下げるカレンに、言葉に詰まる。

 俺はただ、復讐の為に動いただけだ。

 ここまで礼を言われる権利なんて、ない。


「……そうだ。これ、水魔将から取り返しておきました」

「『要石』……!」


 ディオニスを殺す前に、しっかりと回収しておいた。 

 カレンが受け取った要石を手に取り、目を伏せる。


「迷宮が無くなったから、今渡しても遅いかもしれませんが……」

「いえ」


 カレンは首を振り、言った。

 

「この石は、『民を守りたい』という私達レイフォード家の人間の意志の結晶です。取り返してくれて、ありがとうございました」

「そう、ですか」

「でも……そっか」


 カレンが要石を抱きしめながら、ふと呟いた。


「もう、迷宮を封印しなくても良いんですね」


 気が抜けたようにカレンが膝を付く。

 

「そっか……そっかぁ……」


 ポロポロと、彼女の瞳から涙が零れ落ちる。

 

 両親が死に、領主としての役目を果たさなければならない。

 その重荷から解放された一人の女性の嗚咽を、しばらくの間俺は聞いていた。

 





 炎が放たれる。

 並べられた犠牲者の亡骸が、瞬く間に燃えていく。

 黒い煙が、空へと立ち昇っていくのが見えた。


 ディオニスと配下の魔物によって亡くなった人々。

 そして、ディオニスによって標本にされていた女性達が弔われている。


「…………」


 結晶に閉じ込められていた人々は、既に絶命していた。

 俺やエルフィでも、彼女達を助ける方法は思いつかなかった。

 

 彼女達が閉じ込められてから何年も時が経過しているだろう。

 ディオニスの口ぶりから、家族や友人、住んでいた村はもうない。

 助けられた所で、彼女達を余計に苦しめるだけなのではないだろうか。


「……いや」


 それは身勝手な生者の理屈だ。

 誰も、死にたくなかった。

 助けて欲しかった筈だ。


 俺が救ったから、皆殺しにしたとディオニスは言った。

 殺された人々は、俺を恨んでいるだろうか。

 分からない。


 俺にはただ、彼女達の安らかな眠りを祈ることしか出来なかった。


「……すみません」


 不意に、背後から声を掛けられた。

 立っていたのは、見知らぬ女性と少女だ。

 

「貴方方が、水魔将から母を解放してくれたんですよね」

「………」


 標本にされた女性の一人が、この村に住んでいた人の母親だった。

 目の前の女性は、魔王軍の襲撃に合う前、村から離れていたらしい。

 だから、一人だけ助かったのだと。


「母を救ってくださり……ありがとうございました」


 女性に頭を下げられる。

 

「…………」


 女性の隣にいた少女が、俺の服の裾を掴みながら言った。


「お祖母ちゃんを助けてくれてありがと!」


 青い空に、黒い煙が立ち昇っていた。

 遠く、高くまで。




 カレンの屋敷で目を覚ましてから、三日が経った。

 その間、カレンにはディオニスから得た情報を元にある人物を探して貰っていた。


「その方でしたら、今は教国で孤児院を運営しているそうです」

「……孤児院、ですか」

「はい。地図だと……この辺りですね」


 カレンの指差した場所に、次の復讐対象がいる。

 それも、二人。

 夫婦として、そこで暮らしているらしい。


「お二人とも、昔はかなり優秀な錬金術士アルケミストだったそうですね。今は身寄りの無い子供を育てている、聖父母のような方だと聞いています。伊織さん達のお知り合いですか?」


 聖父母、ね。


「……ええ。そんな所です」


 ああ、三十年来の知り合いだよ。


「なるほど。……ですが、この辺りは変な噂がある所なので気を付けてくださいね」

「妙な噂……?」


 あくまでただの噂ですが、と念を押して、カレンは言った。



「この辺りで何度か――"英雄アマツ"が目撃されているらしいんです」


 

 それは、全くの予想外の言葉だった。


「…………」

「……ほう」


 お二人なら何が起きても大丈夫でしょうが、とカレンが苦笑した。




 レイフォード領を離れ、俺達は東に向かって歩いていた。


「帝都に呼ばれていたが、行かなくても良かったのか?」


 数日前、レイフォード領に皇帝からの使いがやってきた。

 迷宮を討伐した俺達に、ひと目会いたいとのことだった。


「お礼とは名ばかりで、どうせあれこれ聞かれるだけだ。行くだけ無駄だろうさ」


 だから、俺達はそれを丁重にお断りした。

 皇帝側の物分りが良かったお陰で、強引に引き止められることもなく、こうして次の目的地へ進めている。


「はむ……はむ」


 隣から、エルフィの咀嚼音が聞こえる。

 ハグハグと食べているのは、焼いたイカだかタコだか貝だかにタレを塗って串に刺したものだ。

 それをさっきから何本も食べており、手や口がタレでベトベトになっていた。


 ……汚ねぇ。


「……そうだ。迷宮じゃ、どのパーツが戻ってきたんだ?」

「両足だ」


 ポンポンと膝を叩きながら、エルフィが答えた。


「じゃあ、これで頭、両腕、両足が戻ってきたことになるのか」

「うむ。残りは胴体と心臓だけだな。そういう伊織は、どうなんだ?」


 エルフィが聞いているのは、俺の魔力の事だろう。

 俺は三つ目の迷宮核を吸収した。


「……正直まだ、本調子からは程遠いな」


 以前よりも、更に使える魔力は増えた。

 大体、全盛期の四割程度だろうか。

 全く魔力が使えなかった頃に比べれば、かなりマシにはなった。


「……ふむ。あ、そうだ。じゃあ、あの心象魔術は何だったんだ?」

「……あれか」


 "英雄再現ザ・レイズ"。

 あの時、頭の中に自然の浮かんできた心象フレーズだ。

 咄嗟だったから、細かいことはあまり覚えていないが……。


「多分……英雄時代ぜんせいきの頃の俺の力を再現する魔術……だろうな」


 俺はただ、流されて行動しているだけだと思っていた。

 けれど、エルフィの言葉のお陰で、そうではないと知った。

 俺には『助けたい』という気持ちがあって、行動していたのだと。


 ……その結果で得た心象魔術が、あの英雄を再現する技っていうのも少し複雑なんだけどな。

 俺はもう、勇者にも英雄にもなりたくないんだから。


「今も使えるのか?」

「……微妙だな。使えないことはないだろうが、あの時程の感覚がない」

「そうか。まあ……何はともあれ、お前の心象のお陰で助かった。礼を言うぞ、伊織」


 足を止め、エルフィが俺を見据えてくる。

 それを正面から受け止め、俺も口を開いた。


「……礼を言うのは、俺の方だ」


 エルフィがディオニスに勧誘された時、俺は裏切られるのかと思った。

 また、仲間に裏切られて殺されるのだと。

 だけどエルフィは言ってくれた。

 仲間を裏切るくらいなら、死んだ方がマシだと。


 それに、心象魔術を使えたのだって、エルフィがいてくれたからだ。

 あの言葉がなければ、俺はあのまま絶望して、全てを諦めていた。


 だから、礼を言うのは俺の方だ。


「エルフィがいてくれたお陰で、俺は諦めずに済んだ。流されていただけじゃないって、思うことが出来た。だから、ありがとう」

「……ふ、ふん。当然だな」


 そっぽを向いて、エルフィが尊大に腕を組む。

 

「前に言ったよな。信用できるかは、自分で決めろって」

「……うむ」


 ディオニスは言っていた。

 復讐者同士で慣れ合うのはおかしいと。


 俺も、そう思う。

 目的は同じでも、所詮は裏切られた者どうしで、慣れ合うなど単なる傷の舐め合いだと。

 

 それでも。


「お前となら、最後まで復讐もくてきを果たせると、思った」


 だから。


「――俺はお前を信用するよ。エルフィスザーク」


 遅いわ、とエルフィが笑う。

 その顔が海鮮串のタレで汚れていて、色々台無しだけれど。

 それでも俺は、ディオニスに復讐することで、また一歩先へ進めたと思う。


 ――だから。


 オリヴィア、ディオニス。

 これで、四人に復讐出来た。

 だが、まだ復讐対象は何人もいる。


 手に入れた心象魔術を使えば、リューザスの"因果返葬"を突破出来るだろう。


 待っていろ。

 残りの復讐対象も、残らず殺す。

 

 ――俺が、先に進むために。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 成る程、戦闘パートで苦戦して復讐対象にいい気になってもらった方が復讐パートで盛り上がると言う手法ですね。良い感じです(灬ºωº灬)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ