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第二十話 『ディオニス・ハーベルク』

文字数と場面転換多めです。

 ――見下されるのが、我慢ならなかった。


 魔王軍からは裏切り者だと罵られ、人間や亜人からは信用ならないと疎まれる。

 そんな運命を背負わされた鬼族に僕、ディオニス・ハーベルクは生を受けた。


 鬼族には皆、生まれつき二本の角が生えている。

 二本の角で、魔力を制御するのだ。

 しかし、僕の額には一本の角しか生えていなかった。


 魔術を使うのにも、他の鬼族よりもかなりの手間がかかった。

 体も弱く、年下にすら力負けしてしまう。

 ふざけた体だ。


『角が一本でも、お前は立派な俺の息子だ』


 図体のデカさしか取り柄がない癖に、ゴミの父親は僕にそう言った。


『ディオニス。貴方が健康なだけで、私は嬉しいわ』


 角が一本ないだけで健康じゃないというのに、そんなことも理解できないクズの母親はそう言って僕に微笑んだ。


『お兄ちゃん! 私に魔術教えて!』


 角が二本生えている癖に、特技である水魔術すら奪おうとするカスの妹は、僕に甘えながらそう言った。


「ふざけるな」


 村の連中は誰も彼もが、角が一本しか生えていない僕を哀れんだ。

 それが気に食わない、酷く苛立つ、吐き気がする。

 角のない欠落者の自分を、どいつもこいつも馬鹿にしやがって。


「どいつもこいつも、僕を見下しやがって」


 見下されるのが、我慢ならない。

 だから僕はあらゆる事に手を付けた。

 僕には才能があった。

 剣も魔術も体術も、少し練習しただけで人並み以上に身についた。


 魔術の制御と筋力は、その分技術で補った。

 ほんの数年で、僕は村最強になった。

 角一本分のハンデがあるというのに、村の連中は僕より弱かったのだ。


 全く、笑ってしまう。

 どいつもこいつも、能なしのゴミだったんだから。

 むしろ、僕が憐れんでしまうよ。


『ディオニスは凄いね。凄く、かっこいいよ』


 そんな自分を何も知らないくせに、知った風で近づいてくる幼馴染の淫売、シャーレイが気に食わなかった。


 それからしばらくして、僕は最強の水使い――"水鬼"と呼ばれるようになった。

 掃き溜めのゴミ共に崇められるのは、それなりに気分が良かったな。

 それから僕の視線は、鬼族の外へ向いた。


 いつまでも鬼族ぼくを見下す劣等種共が鬱陶しい。


 その時から、僕決めていた。

 自分以外の全てを見下してやると。

 踏みにじり、辱めて、嘲笑ってやると。


 だから、人間の分際で偉そうにしているアマツを裏切った。

 ルシフィナの誘いに乗って、魔王軍に付くことにした。


 力が無ければ何も出来ないゴミの分際で偉そうに借り物の理想を語るアマツが気持ち悪い。

 人間の癖に僕より強いなんて、あってはならない。

 あいつも村の連中と同じように、自分を励まし、憐れみ、見下している。


 だからこそ、裏切られた時のあの泣きそうな顔を見た時、絶頂するかと思うほど気持ちよかった。

 自分は利用する側だと考えているリューザスを切り捨てた時も爽快だった。

 以前アマツが助けた人間や亜人どもを虐殺したのは癖になるほどの快感だった。


 他種族だけでなく、自分に服従しなかった鬼族は皆殺しにしてやった。

 両親も、妹も、泣き喚く姿を嘲笑し、ぐちゃぐちゃの肉塊にしてやった。

 容姿だけは良かったシャーレイは絶望と激痛の中で殺し、標本にしてやった。


 地に這いつくばり、靴を舐めたベルトガだけは生かしておいてやった。

 "炎鬼"なんて分不相応な称号を持っていたのは気に食わなかったけど。

 いつか殺してやろうと思っていたから、煉獄迷宮で死んだと聞いた時は落胆したな。


 アマツを殺したことで、魔王軍の拠点地、迷宮を任されるまでになった。

 だが、こんな所で終わるつもりはない。

 魔王城でふんぞり返っている魔王を殺し、自分を見下す全ての種族を踏み躙ってやる。


 "鬼化"が使えるようになった。

 喪失魔術ロストマジックも習得した。

 今の僕は誰にも負けない、最強の存在だ。


 これまで沢山見下されてきたんだから、これからは自分が見下してやる。

 人間も、亜人も、魔族も、全てを奴隷にしてやる。

 全てを踏み躙り、絶望の中で殺してやる。


 そして全てに満たされて、僕は安らかに死ぬんだ。

 魔力に混ざるなんて耐えられない。

 満ち足りた死を迎えて、冥界で個を保ち続けるんだ。


 幸せな死を迎えてやる。

 それが、それこそが――――。


「――――ぁ?」


 体の揺れで、目を覚ました。

 何故か、全身が傷んでいる。

 どういう訳か、魔力が欠乏している。


「僕は、何を……」


 記憶が曖昧だ。

 ゆっくりと目を覚ます。


「――おはよう、ディオニス」


 そして視界に入ってきたのは。

 悪魔のように優しく微笑む、アマツの姿だった。


 


「ひっ」


 俺の顔を見て、ディオニスが小さく悲鳴を上げる。

 後退りしようとして、足を縛り付けている鎖に阻まれた。

 鎖に引っ張られ、地面に倒れ込む。


「な、なんだよ、これ」

「鎖だよ、見れば分かるだろ?」


 逃げられないよう、呑気に寝ている間に付けさせてもらった。


「……ッ! こ、こわれない……!?」


 ディオニスが破壊しようと力を込めるが、鎖はジャラリと音を立てるだけだ。


「……ッ! アマツ、僕をどうするつもりだ!? い、一体何を……」

「落ち着けよ。取り敢えず、自分の額を確かめて見たらどうだ?」

「額……?」


 疑問を浮かべ、ディオニスが額に手を伸ばす。

 そして、そこにあるべきモノがないことに気が付いたようだった。


「あ……あぁああ!?」

「お前の角、案外脆いんだな。エルフィが軽く握っただけでへし折れたよ」

「僕の角がああああッ!?」


 鬼にとって、角はかなり重要な器官だ。

 鬼族は魔力の調整を角で行っている。

 だから角が無くなれば、今までのように魔術は使えなくなってしまう。


「な、なんでこんな……!」

「起きてから攻撃されたら困るからだよ」

「だからって、酷すぎるッ! こ、これじゃあもう魔術が使えないんだぞ!?」


 藍色の髪を振り乱し、ディオニスが泣き喚く。

 寝起きだからか知らないが、面白い事を言うな。


「安心しろよ、ディオニス。すぐに魔術が使えなくても、困らないようになるから」

「へ……?」

「エルフィ」


 合図を出した瞬間、ディオニスの体が宙に浮いた。

 空中に吊り上げられたディオニスが悲鳴を上げた。


「ひぃ……!」

「ふむ。便利だな、この鎖」


 鎖の先は空中に浮遊しており、魔力に応じて反応する。

 それを今、エルフィが制御しているのだ。


「お前にどうやって復讐してやるか、結構悩んだんだ」

「ふ、復讐……?」


 宙吊りになったままのディオニスに、ゆっくりと語りかける。

 

「純粋に痛めつけるか、持続式ポーションで延々と苦しめ続ける、沼の毒を飲ませる……」

「そ、そんな事を僕にするつもりなのかッ!? どうかしてる!!」

「……あぁ。だからそんな酷い手段は取らないよ。お前に相応しいのは、『水』だ」


 合図を出す。

 瞬間、エルフィが制御する鎖が動き、宙吊りになっているディオニスを水の中に叩き落とした。


「せっかくこの部屋には大量の水があるんだし、それを使わない手はないからな」

「が、ぼッ」


 水に叩き込まれたディオニスが水の中で藻掻く。

 足を縛られているせいで、ディオニスは手をバタバタと動かすことしか出来ない。

 やがて息が切れ、思わず水を飲み込んでしまった辺りで、自身の体の変化に気付いたらしい。

 

「が……ぼッ。ご、ごぼぉ!? ごぉおおお!!」


 自由になる手で腹を抑え、必死の形相で絶叫する。

 その間にも、大量の水を飲み込んでしまっているようだ。


「ごおぉ……ぉ」

「ふん」


 白目を剥き出した辺りで、エルフィが引き上げた。

 地面に叩き付けられたディオニスが、ありえない程の量の水を口から吐き出す。


「……伊織。見るに耐えないのだが」

「我慢してくれ」


 眉を顰めるエルフィに苦笑して、ゲボゲボと水を吐き出すディオニスに視線を向ける。

 水を吐きながら、腹を抑えて藻掻き苦しんでいる。


 普通に水を飲んだ程度では、ここまで苦しむことはないだろう。

 だが、今のディオニスには少し特別な仕掛けを施してある。


「なんっ……なんだよ、これぇ!!」

「寝てる間に、お前の胃に仕掛けをさせて貰った」


 胃には食べ物を消化するという役割があるが、備えている機能はそれだけではない。

 機能の中には、十二指腸の方に食べ物を調整して送るというモノがある。

 胃の末端にある『幽門』という部位の機能だが……その辺りの機能を、"治癒魔術"で意図的に働かないようにした。


 つまり今のディオニスは、水を飲んだら、そのまま水が十二指腸の方にダイレクトに流れていってしまうって訳だ。

 腸の方に、勢い良く水が入り込むんだ。

 それがどれだけ苦しいかは、想像に難くない。

 

「幽門……? ぼ、僕の胃……?」


 詳しく説明してやったが、ディオニスはよく理解できてないようだった。


「要するに、好きなだけ水を飲めるってことだよ」

「……ね、ねぇ、アマツ。さっきから、何を言ってるのか分からないんだけど。ぼ、僕を一体どうするつもりなのさ……?」

「聞くまでもない。決まっているだろう」


 ディオニスの問いに、鎖を持ち上げながらエルフィが呟く。 

 全くもってその通りだ。

 聞くまでもない。


「――地獄の苦しみを味あわせてから、無様に殺してやるんだよ」


 ディオニスが絶望の表情を貼り付けたのを確認してから、エルフィが再び水の中へ叩き落とした。





「がっ……ごっ」


 ディオニスがジタバタと水の中で悶えている。

 鎖で足を縛られているため、開いている腕を振り回すことしか出来ない。

 角が折られたせいで鎖は破壊できず、また魔術も使えない。


「アッ……アマヅ! 助け……!」


 頑張って顔を上げ、必死に息を吸っている。

 その合間に助けを請うて来るのがどうしようもなく可笑しい。

 さっきまでの威勢の良さはどこに行ったんだ。


「お前は"水魔将"で"水鬼"だったよな。称号に水、水って付いてるんだ。水が好きなんだろ?」

「あばぁ! が、ごぼぼッ」

「これは俺達からの贈り物だよ。存分に水を飲むといい」

「……ッ! ……ッ!」


 どうやら、気に入ってくれたらしいな。


「やめ……ッ! 別に、水が好きな訳じゃッ!?」

「ふむ、水鬼よ。遠慮することはないぞ?」


 顔を上げたディオニスに、エルフィが魔眼を使う。

 加減した"重圧潰"で、呼吸しようと上げた顔を水の中に落とす。

 ガボガボと水の中で藻掻くディオニスを、エルフィは酷く冷めた表情で見ている。

 

 水を飲み込むまいと口を閉じるが、息が苦しくなったことでディオニスは口を開いてしまう。

 その度に大量の水を飲み込み、悶え苦しむ。

 その繰り返しだ。


 エルフィも慣れたもので、ディオニスが力尽きる少し前に魔眼を解除している。 

 気絶することも出来ず、ディオニスは水攻めに苦しんでいた。


「ぃ、がああ」


 ディオニスが重力に抗って、必死に顔をあげようとしている。


「どうした? 頑張って顔を上げろよ」

「ひっ……ひっ……」

「『お前ら劣等種は僕に見下されてればいい』んだろ? だったらほら、顔を上げないと見下せないぜ?」

「……ッ!」


 俺の言葉に、まだ苛立つ気力が残っていたらしい。

 歯を食いしばって顔を上げながら、こちらを睨んでくる。


「ああ、悪い。それじゃどうあっても、俺を『見上げる』ことしか出来ないな?」

「アマヅ! ふざけボッ……ガブ」


 言葉の途中でディオニスが水の中に沈められる。

 

「ばっ……ひゅっ……はぁはぁ……」

 

 それから、十五分程経っただろうか。

 ディオニスは既に、嗚咽を漏らして俺達に助けを求めている。

 髪はグシャグシャに乱れ、顔は水と涙と鼻水と唾液でベチャベチャになっていた。


 このまま延々と続けるのも芸がない。

 だから、エルフィに合図して、ディオニスの拘束を少しだけ緩くして貰った。

 それによって、ディオニスは手を伸ばせば、ギリギリ足場に手が届くようになる。


「良かったな。手を伸ばせば、水から顔を上げていられるぞ?」

「っ……!」


 もう言葉を発する余裕もないらしい。

 泣き顔のまま、ディオニスが手を伸ばしてくる。

 必死に顔を水面にあげながら、どうにか足場に手が届いたタイミングで――


「ぎゃっ!?」


 足場を掴んだ手を、ナイフで軽く刺す。

 痛みに手を引っ込み、再び水の中で藻掻くことになる。

 

「ど、どぼして……?」

「助かりたいんだろ? だったら、頑張れよ」

「――――」


 俺の意図に、ディオニスは気付いたらしい。

 最初から、足場を掴ませるつもりなんてない。

 

「~~~~~~!!」


 それを理解していても、ディオニスは手を伸ばさざるを得ない。

 時折、エルフィが魔眼を使って水面に沈めるからだ。

 苦しみから逃れるために、掴めない足場へ手を伸ばす。


「俺の世界だと今のお前みたいな奴を指して、溺れる者は藁をも掴むって言うんだったけな」


 足場を掴む。

 ナイフで刺す。

 足場を掴む。

 ナイフで刺す。


「やべて……手がぁ! いだい痛いッ!」

「両腕両足を剣で突き刺した相手を前にして、よくナイフで刺されたくらいで泣き言が言えるな」

「ガボッ……ばっ」


 ディオニスの両手は刺し傷でボロボロになり、水面が赤く染まっている。


「じぬッ! じぬじぬじぬしぬ死ぬ……ッ」


 やがて、足場を掴む握力も無くなったらしい。

 手を伸ばすことも出来ず、ディオニスはまた水の中で藻掻くことしか出来なくなる。

 

 さて。

 そろそろ、次の段階か。





「うばっ……げほッ……おぇえええッ」


 再び、ディオニスが水から引き上げられる。

 嘔吐するようにして、口から大量の水を吐き出している。


「流石、"水魔将"。魔術も使わず口から水を出せるなんてな」

「助けて……助けてくれ……!」


 こちらの言葉が耳に入らないという様子で、必死の命乞いが始まった。


「盗んだ石は返す! め、迷宮核も、エルフィスザークの体の一部も渡す! 他の裏切り者についても教える! アマツ! あ、いや、アマツ様ッ! 許して……! 許してください!!」

「……ふむ。伊織、こう言っているが?」

「じゃあ、まずはその裏切り者の話とやらを聞かせて貰おうか」


 ペラペラと、ディオニスは早口で仲間の情報を売っていく。

 その大半が、既にリューザスの記憶から抜き取っていたモノだった。

 だが、収穫はあった。

 あの場にいた面子以外にも、ルシフィナとディオニスに協力した奴がいたらしい。

 その名前は、しっかり記憶に留めておいた。


「それで、他に何か情報はないのか?」

「あ、ある! あります! エルフィスザーク様の仲間の話なんですが……!」

「……ほう」


 エルフィの仲間は、確かにオルテギア達によって虐殺された。

 だが、それは全員ではなかったようだ。

 人数は分からないが、虐殺の場から逃げ仰せた者がいるらしい。


「…………」


 エルフィは目を瞑って、考えるように黙り込んでしまった。


「ほら……沢山話したから!! 助けてください!」

「……そうだな。じゃあディオニス。良い提案があるが、聞くか?」

「聞く! 聞く聞く聞かせてっ!」


 ブンブンと首を振るディオニス。

 仕方ないので、提案してやった。


「地面に這いつくばって、上目遣いで床を舐めながら、『自分は格下を甚振ることしか出来ない無能のクズです。裏切って申し訳ありませんでした』って謝罪すれば、命だけは助けてやるよ」

「な……っ」


 その提案に、真っ青だったディオニスの顔が僅かに赤らむ。

 まあ、内心では激怒してるんだろうな。

 格下、格下、と見下していた相手にそんなことを言われるんだから。


 どうでるか、と見ていると。


「――――ッ」


 ディオニスが、地面に這いつくばった。

 そしてプルプルと震えながら、床に舌を伸ばす。 

 涙を零しながら、床をべろべろと舐め回し、


「ぼ……僕は格下を甚振ることしか……出来ない……む、無能のクズ……です。うら……裏切って、裏切って……申し訳、あ、ありませんでした……ッ!」


 本当に、こちらの言う通りの謝罪をしてきた。

 少し、驚いたな。 


 こいつのプライドの高さから、「そんなこと出来るか」と怒り出すことも想定していなのだが。

 ここまでしても、死にたくないらしい。


「ア、アマツ、様……。言われた通りにしたから……た、助けて、くれるよね?」

「あぁ」


 卑屈な笑みを浮かべ、ディオニスが手を伸ばしてくる。


「――嘘だよ」


 翡翠の太刀で、伸ばしてきた手首を斬り落とした。


「ぱっ……?」

「助ける訳ないだろ。さっきお前、言ってたじゃないか。『なんで他人の言うことを無条件で信じられるんだ? 僕には理解できないよ』って」

「はぇ……いいぃいいい!?」

「俺にも理解できないな。この期に及んで、まだ自分が助かるって信じてるお前の神経がさ」


 腕を抑え、ディオニスが泣き喚く。


「あの時、俺を裏切らなければこんなことにはならなかったのにな。それに」

「ああああああああ」


 続いて、ボンッと音がなった。

 ぼたぼたと赤い塊が雨のように周囲に落ちる。


「はえ?」


 ディオニスのもう片方の腕も、手首からなくなっていた。


「――私の部下を殺さなければ、こうならなかっただろうにな?」


 エルフィが、目を紅くしてそう言った。


「ば……ぶ、ぶ……ぶ」


 赤い泡を吹いて、ディオニスが痙攣を始める。

 情報も聞けたし、かなり甚振ることが出来た。

 あともう二段階踏んで、終わりにしよう。


 ポーチから魔石を取り出す。

 魔石で魔力を肩代わりして貰いながら、俺はディオニスの頭に手を伸ばした。



「ぁ」


 仕掛けが終わった頃に、ディオニスが目を覚ました。

 それと同時に、斬り落とされた腕の痛みに呻き出す。


 ディオニスは今、大の字の状態で宙吊りになっている。

 こいつがそれまで散々作ってきた標本のように。

 

「そろそろ終わりにしようか、ディオニス」

「うぅ……! まって……殺さないで……! 僕達、仲間だろ……?」

「……あんまり笑わせないでくれよ。仲間な訳ねぇだろ」


 小さく悲鳴を上げ、ディオニスがエルフィスザークに視線を向ける。


「僕が悪かった。……! め、命令されたんだ! 君の仲間を殺すよう、オルテギアに……! 全部あいつが悪いんだよ!」

「……伊織。リューザスという男もそうだが、お前の知り合いというのはどうしてこうも往生際が悪いんだ?」


 俺が知りたいよ。

 「死にたくない、死にたくない」とディオニスが泣き喚く。

 

「お前らはいつもそうだよな。他人を踏み躙り、傷付けている時はゲラゲラ笑ってる癖に、いざ自分がその立場になると泣いて助けを請い始める。なぁ、お前はそうやって助けを求めてきた奴を助けたことがあるのか?」


 ワナワナと体を震わせ、ディオニスが叫んだ。


「……ッ! 僕はなァ、天才なんだよ! 人間とか他の亜人とか、劣等種とは違うんだ! ゴミを掃除することの何が悪いんだよッ!」

「……最後の部分には同感だな。お前というゴミを掃除することに、俺は何の罪悪感も覚えないよ」

「ひっ……!」


 最後の仕上げだ。

 身動きの取れないディオニスに向けて、翡翠の太刀を向ける。


「三十年前、俺は魔王城でお前に胸を貫かれたな。その借りをここで返させて貰う」

「ひっ?! 嫌だッ! 嫌だ嫌だ嫌だァ! そんなことしたら死んじゃう!」

「ああ、死ぬんだよ、お前は。このまま胸を貫かれて、水の底に沈んでな」

「死にたくない死にたくない死にたくない! 僕は満ち足りた死を迎えるんだ! 幸せに死にたいんだ! 僕は冥界に行くんだよぉお!! 死にたくない、やめろおおおおおおおおッ!!」


 ズプリ、と剣が胸を貫いた。

 

「ひゃ、ふ」


 息を吐き、ディオニスの体が力を失う。

 鎖を足に縛り付けたまま、ディオニスは水の中へ落ちた。

 水面を赤く染めながら、水底へ消えていく。


「あれで良かったのか?」


 尋ねてくるエルフィに、頷く。


「ああ。勿体無いが、必要なことだからな」





 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!

 

 水底へ沈みながら、奥歯に仕組んであったポーションを噛み砕く。

 念の為に取っておいた、最後の保険。

 胸に開いた致命傷の傷が僅かに塞がり、少しだけ魔力が回復する。

 

 殺す殺す殺す殺すアマツもエルフィスザークも全員殺してやる絶対に許さない殺す殺す殺す殺す。


 手首を前に向けて、水の中を進む。

 角がなくても、ほんの少し魔術が使えればそれで事足りる。 

 手首を向けた方向に魔術を使い、少しずつ前に進んでいく。


 僕は"水魔将"で"水鬼"なんだ。

 この程度の窮地簡単に潜り抜けてやる。

 

 部屋にあった水の奥には、外へ通じる隠し通路がある。

 そこまで泳いでいければ僕の勝ちだ。 


 傷を癒やして、あの二人を殺してやる。

 僕が味わった数千倍の苦しみを与えてやる。

 何が復讐だ、仇討ちだ、馬鹿共め。

 止めを刺さないからこうなるんだ、無能共が。


 僕は絶対に満ち足りた死を迎えるんだ。

 こんな所で死んでたまるか。

 冥界に、僕は冥界に行くんだ。


 隠し通路が見えてきた。 

 あそこから脱出して、僕は――――


「――――」


 何だ?

 視界が一瞬、白く染まって……


「――ッ!?」


 視界一面に、目が広がっていた。

 目。


 目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目。


 どれもこれも、僕を見ている。

 僕を見下している。

 嘲笑っている、馬鹿にしている。


 やめろやめろやめろやめろッ!


「ひっ」


 振り回した手。

 そこに、ビッシリと目がくっついていた。

 いや、それだけじゃない。

 服、肌、全てに目がある。

 全部、僕を見下している。


「あああばおあがぼッ」


 呼吸が乱れ、水が口の中に入ってくる。

 息ができない。


「ぼがああああッ!?」


 水が胃の奥に入ってくる。

 冷たい痛い痛い痛い痛い冷たい痛い痛い!


「んごおおおおおお?!」


 一面に広がる目のせいで、隠し通路が見えない。 

 どこが前で後ろで上で下なのかも分からない。


 水が入ってくる。

 目が僕を見下している。

 やめろやめろやめろやめろやめてくれ!!


「んんんんッ!」


 口を閉じても、酸素を求めてすぐに開いてしまう。

 その度に、水が入ってくる。

 意識が薄れかかってきた。


「ぼ……がああああ」


 なのに目が消えない。

 目だけが鮮明に残り続ける。


 嫌だ。

 嘘だなんだこれありえない。

 嫌だ嫌だ死にたくない死にたくない死にたくない!


「んおお……おお……ッ」


 僕は満ち足りた死を送るんだ!

 僕は"水鬼"ディオニス・ハーベルクなんだぞ!?


 こんな無様に死にたくない嫌だ。

 嫌だ怖い怖い助けて誰か助けて僕を助けて!

 ルシフィナ、リューザス、アマツ、エルフィスザーク誰でもいい誰か!


 暗い暗い暗い暗い怖い怖い怖い怖い!


 あああああああああああ。

 僕が悪かった、裏切った僕が悪かったからぁ!

 頼む、お願いします、アマツ様エルフィスザーク様助けてくださいお願いします!

 ルシフィナのせいだ、あいつの口車に乗せられたから、ああああああ嫌だ嫌だ嘘だあの時、裏切らなければ、こんな嫌だ嫌だ誰か僕を助け――


「ぉ」


 死にた――――





 洗脳魔術。


 オリヴィアから盗んだ技術を、ディオニスに使わせて貰った。

 ディオニスの脳内に、強いイメージを植え付けてやった。

 あいつは見下されたくないようだったから、『見下す眼球』のイメージをたっぷりと。


 そのせいで、手持ちの魔石を大量に使うことになってしまった。

 時間もかなり掛かったしな。


 胸を刺す時、あえて致命傷から外した。

 死なないように、治癒魔術も少し掛けた。

 どうしてそうしたかというと、あいつを恐怖と絶望の中で殺したかったからだ。


 魔力の欠乏と、極度の疲労。

 そのせいで、意識が遠のきかけている。


「終わったな」

「……ああ」

 

 エルフィの言葉に頷いて、意識を保つ。


 ディオニス。

 お前は確か、満ち足りた死を送りたかったんだよな。

 死後の世界――冥界に行くために。


 冥界へ行く条件は、後悔のない満ち足りた死。


「なぁ、ディオニス」


 静かになった水面に、俺は問うた。


「満ち足りた死を迎えられたか?」


 聞くまでも、ないだろうけど。

メリークリスマス!

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― 新着の感想 ―
[一言] このクズを殺しても良いものか。悩ましいものですね、転生というものが存在する世界というものは。
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