表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/165

第十七話 『――私は絶対に』

 地獄のような紅蓮の光が視界を覆う。

 轟音が迷宮を揺らし、熱風が吹き荒れる。

 爆発が収まった後、爆煙と共に焦げた臭いが部屋に充満した。

 

「……何とか、上手くいったか」


 爆心地から離れた場所で、俺は荒い息を吐きながら作戦の結果に呟いた。

 ディオニスの油断と過信を利用した策――かなりの負担を強いられたが、無事に成功した。


「……っ」


 無理な身体強化で骨の折れた右腕に顔を顰め、ポーションを嚥下する。

 飲んで数秒の間を置き、右腕や戦いの中で痛めた全身の筋の痛みが少しずつ和らいでいく。


「大丈夫か、伊織!」


 ディオニスを魔眼で吹き飛ばした事で、水の大蛇は消えていた。

 遮る物が無くなったことで、エルフィがトテトテとこちらに駆け寄ってくる。


「ああ。何とかな」


 迷宮に入る前に、ディオニスを倒すための策は考えてあった。


 エルフィが『大声で魔眼の発動を宣言』、その隙をついて俺がディオニスにダメージを与え、エルフィの魔眼で止めを刺す。

 エルフィの宣言に若干のわざとらしさがあったが、ディオニスが何も気付かなくて良かった。


「強化魔術の重ね掛け……かなりの負担が掛かったようだな」

「全力で剣を振ったら、同時に骨が砕けたよ。ポーションを飲んだから、すぐに治るけどな」

 

 あの状態で無理をしたら、流石に死ぬな。

 "三重加速"の上に、もう一度重ね掛けをすることが可能だが、絶対にやらないでおこう。


「……仕留めたのか?」


 爆煙を指差し、エルフィに問う。

 それにエルフィは首を振り、答えた。


「鬼族の生命力なら、致命傷ではないだろう。手足の数本は吹き飛んでいるかもしれながな」

「ああ、安心した」


 あの爆発で死なれていては、俺の気が収まらないからな。

 すぐに死んでしまわないようにポーションで軽く回復させて、じっくりと復讐させて貰おうか。


 ポーションのお陰で、体のダメージが癒えていくのを感じる。

 最上位のポーションを揃えておいて良かったな。


「さて」


 ちょうど、前方の爆煙も収まりつつある。

 ディオニスがどの程度のダメージを負っているのか確認するか。

 カレンの為に、『要石』も回収しておこう。


 腕の骨が回復したのを確認し、立ち上がった瞬間だった。


「伊――――ッ」


 爆煙へ視線を向けたエルフィが血相を変え、何かを叫ぼうとした。

 だが口を開いた直後、すぐ隣にいたエルフィの姿が消えた。


「エルフィッ!?」


 いや、違う。

 それまで立っていた場所より少し後ろ。

 膝を着いたエルフィの腹部に、複数の剣が突き刺さっていた。


「何が……!」


 攻撃された。

 その事実を理解し、飛び退こうとした瞬間。


「……ッ!?」


 爆煙の中から飛来した剣に、左足の肉をごっそり削り取られた。

 バランスを崩し、地面に倒れ込む。


「が……」


 最初に訪れたのは熱だ。

 熱い。

 火で炙られたのとはまた別の熱さ。


「ぐ……うぅッ」


 パックリと開いた傷口を目視した瞬間、熱が激痛に変わった。

 抉られた肉の間から、体内を走る神経や、骨が覗いている。

 あまりの激痛に、視界が何度も白く点滅する。

 

 欠ける程に歯を食い縛り、手持ちのポーションへ手を伸ばそうとして――――


「は……がァああ……!?」


 ヒュンと風切り音。

 続いて、ポーチへ手を伸ばした右手が飛来した剣によって地面に縫い付けられていた。

 手の甲を刃が貫通しているのが見える。


 手に突き刺さっていた剣が、一瞬光ったかと思うと、跡形もなく消滅した。

 残ったのは、穴の開いた右手だけだ。


「なん……だ、これはッ」

「……僕としたことが失念していたよ。小細工を弄するのは雑魚の専売特許だもんね」


 爆煙から、ディオニスが姿を現した。


「な……!?」


 エルフィの魔眼は直撃したはずだ。

 だというのに、その体には爆発によるダメージが一切なかった。

 俺が斬り裂いた傷口も、既に塞がっている。


 馬鹿な。

 あれを喰らって無傷など、あり得る訳が……。


「……これを付けておいて良かったよ」


 こちらの疑問に答えるようにディオニスが懐から取り出したのは、一枚の札だった。

 次の瞬間、その札が黒く燃え上がり、ボロボロと灰になっていく。


「『身代わりの護符』。覚えてるかな。魔王城へ乗り込む前に、君に渡されるはずだった魔力付与品マジックアイテムだよ。念の為にポケットに手を突っ込んでおいて良かった」

「装備品が届かなったかったのは……やっぱりてめぇらの仕業か……!」

「君が嫌われ者なのがいけないのさ。君の人望の無さのお陰で、命拾いしたよ」


 ディオニスが手を振る。

 直後、唐突にその背後に一本の剣が現れた。

 それがひとりでに、俺に向かって銃弾のように放たれた。


「……ッ」


 使える左手と右足で体を動かし、回避動作を取る。

 躱し切れず、左肩を刃に抉られる。


「は……づッ」


 刃に抉られた激痛に、酩酊しているかのように視界が歪む。

 あいつは一体、何をしてやがる……!?


「アマツの小細工には特に言うことはないが……うん、エルフィスザーク。君はいいね」


 ディオニスの視線がエルフィへ向けられる。

 腹部を複数の刃に貫かれたはずのエルフィだったが、いつの間にか剣が消えていた。

 貫かれたのが分身体だったお陰で、それほどダメージは受けていないようだ。


「あの魔眼、素晴らしい威力だ。全盛期の君には遥かに劣るが……それでもここ三十年間手付かずだった保険を僕に使わせた。驚いたよ。ごめんね、君を舐めていた」

「……黙れ」

「――だから、君には僕の全力を見せよう」


 ディオニスの纏っていた雰囲気が変わる。

 密封されているはずの部屋に、風が吹いている。


「まず、一つ目。僕が鬼族最強であることの証明だ」


 ディオニスの額――前髪に覆われて見えなかった角に変化が現れた。

 バキバキと何かが軋む音が響く。

 直後、ディオニスの角がナイフの刀身程の長さに伸びた。


「――鬼化"。身体能力と魔力量を一時的に極限まで高める、鬼族の奥秘だ。大昔、鬼族がまだ魔王軍に所属していた頃に伝わっていた技術。今の腑抜けた鬼族には誰一人使える者がいなかったが――僕はこの境地に達した!!」

 

 ディオニスから漏れていた魔力の量が激増する。

 細かった図体が、一回り大きくなったのが見えた。


「……かつての四天王"金剛"が使っていたという秘術か」


 心当たりがあるのか、エルフィが険しい表情で呟いた。


「まだ終らないよ」


 ディオニスはエルフィから視線を外し、俺を見た。

 尊大に顔を持ち上げ、ディオニスは憎らしげな表情を浮かべる。


「僕はずっと気に食わなかったんだよ。あのパーティで、僕だけが魔術の極地に達していなかったことがね」

「……なんだと?」

「君には『勇者の証』を利用した固有魔術があった。リューザスは"喪失魔術ロストマジック"が使えた。ルシフィナは"心象魔術"の使い手だった。何も持っていなかったのは、僕だけだ」


 けどそれは三十年前の話だと、ディオニスは猫撫声で言った。


「研究に研究を重ね、大勢の人間を実験体にして、僕が使えるようにアレンジを加えて!! ……僕は辿り着いたんだ。魔術の極地の先にね」


 ディオニスの周囲に魔力が集まっていく。

 そして、誇るように、ディオニスはその魔術の名を口にした。



「――"喪失魔術ロストマジック壊刃装填ブレード・トリガー"――」


 

 その瞬間。

 三十を越える数の剣が、ディオニスの周囲に現れた。

 

 間近で見た事で、唐突に現れた剣の正体にようやく気付いた。

 剣をどこかに隠していたのではない。

 ディオニスは自身の魔術で、瞬時に剣を創り出している・・・・・・・・・のだ。


「喪失魔術……だと」


 喪失魔術。

 心象魔術と並び、魔術の到達点とされる大魔術。

 魔術師の多くが目指す魔術の極地。


 それを身に付けたディオニスが叫ぶ。


「今の僕は、かつてのお前らを凌駕する!!」


 叫びと同時に、浮遊している剣が俺へと向けられる。

 ディオニスが腕を振り下ろすと同時、全ての剣が弾丸のように射出された。


「……ッ」

「――お前は傷を癒せ!」


 無数の刀身が煌めいた直後。

 叫びと共に、エルフィが俺の前に飛び込んできた。

 

「――"魔腕・壊裂断 かいれつだん "」


 魔力の爪を使い、エルフィは剣の嵐へぶつかっていく。

 エルフィの腕が振るわれる度、複数の剣が弾き飛ばされ、魔力の粒子となって消滅していく。

 その猛攻に、剣の一本すら俺に届かない。


「ふん。水弾を連発するのと、何も変わらないな」

「……そうかな?」


 新たに剣を追加で生み出し、ディオニスが発射する。

 剣の嵐の先にあるディオニスの悪意に歪んだ表情を見て、俺は理解した。


 ――アレはやばい。


「躱せ、エルフィィイイイッ!!」

「!?」

「遅いんだよ、のろまァ!!」


 飛来した無数の剣。

 それをエルフィが爪で弾く直前だった。

 その全てが一斉に禍々しい光を放ちだす。


「――"壊魔ブレイク・マジック"」


 愉悦の篭った、ディオニスの詠唱が耳に届いた。

 直後。

 全ての剣が爆発し、視界が白く染まった。





「エル……フィ……!」


 爆風に吹き飛ばされ、地面を転がりながら、俺は何が起こったのかを理解した。


 ディオニスが生み出しているあの剣。

 その全てが魔力付与品マジックアイテムなのだ。

 内部に魔力を内包した剣――だから当然、"壊魔"を利用して爆発させることが出来る。


 自身の魔力だけで魔力付与品マジックアイテムを創りだすなど、規格外にも程がある。

 剣自体は魔力を維持出来ずに数秒で消えているが、それでも"壊魔"の威力を考えると、十分過ぎる程に凶悪だ。


「う……ぐ」


 視界の先で、全身に大きな火傷を負ったエルフィの姿が見えた。

 膝を付き、今にも倒れそうになっている。

 

「今のを喰らって死なないなんて、流石元魔王! ……それに比べ、元勇者の無様さったらないね」

「て……めぇ」

 

 ほぼ無傷のディオニスが、こちらを指差しながら笑う。

 

「あは、アマツ。まだ戦うつもりかい?」

「あたり……前だッ」

「諦めない心は大切だけど、時には現実を見ること大切だよぉ?」


 言われるまでもなく、状況は最悪だった。

 俺はまだ、剣で抉られた傷を癒せていない。

 エルフィも爆発をモロに喰らい、かなりのダメージを受けていた。


 ……どうする。

 どうしたらこの状況をひっくり返せる。


 まず何をしようにも、手足の傷を治さなければ動けない。

 ディオニスがそれを待ってくれるか? 

 ……ありえない。


 無事な方の手で"魔毀封殺イル・アタラクシア"を展開すれば。

 ……無理だ。

 喪失魔術ロストマジックを防げる程の強度はない。

 

 ならエルフィに……。

 いや、不可能だ。

 あの爆発をモロに喰らって、エルフィは動けない。

 

「……ッ」

「分かったかな、アマツ。君たちの負けだ」

「ディオニスッ……!」

「あはははははははははッ!!」


 持続式ポーションの効果で、少しずつ傷が癒えている。

 この効力でせめて足が癒えるまで、時間稼ぎをすれば……!


「アッマッツゥ! 良い提案があるんだけど、聞くかい?」

「……何だ?」

「地面に這いつくばって、上目遣いで床を舐めながら、『自分は英雄の器じゃありませんでした。借り物の力がなければ何も出来ない無能のカスです』って謝罪したら、命だけは助けてあげるよ?」

「ふざけ……ッ」


 いや……待て。

 これは、チャンスだ。

 あいつを悦に入らせて、その間に傷を癒やせば――


「うっそー」

「が……ああッ!?」


 瞬間、右足に剣が突き刺さった。

 衝撃に、血を撒き散らしながら地面を転がる。


「あはははははッ」


 俺を指差し、腹を抱えながらディオニスが大声で笑う。


「――助ける訳ないだろぉ!? なんで他人のいうことを無条件に信じられるかなぁ? 僕には理解できないよ」

「……ッ」

「君に生きる価値なんてない。けど……」


 君は別だよ、とディオニスがエルフィに視線を向けた。


「――元魔王の君なら別だ」

「……な、にを」

「僕が君を魔王にしてやる。アマツを切り捨てて、僕と組むんだ」


 その提案に、エルフィが怒鳴り返した。


「ふざ……けるな!」

「僕は圧倒的な力を手に入れたけど、これだけじゃ足りなくてね。この戦いで理解したよ。君なら、僕と手を組むに値する」

「誰が……貴様なんぞと……!」

「いいや、組むんだよ。君はね」


 やれやれ、と聞き分けのない子供を諭すような口調の後。

 エルフィの胸に、剣が突き刺さった。


「が……ふッ」

「僕とアマツ。どちらと組むのが利口なのか、君に教え込んであげるよ」


 倒れこんだエルフィにディオニスが近寄っていく。


 そこから行われたのは。

 戦いにすらならない、一方的な暴力だった。



「君はオルテギアに復讐したいんだろう? 実は僕もオルテギアを殺したいと思っててさ」


 最初にエルフィの両目が真一文字に斬られた。

 魔眼を封じられ、エルフィが呻く。


「弱ってるくせに偉そうにしてさぁ。気に食わないんだよね」


 それから何回も何回も、ディオニスはエルフィの体を剣で斬り付けた。


 「魔王軍の連中も、陰で僕を『鬼族風情が』と笑っている。それは許せないんだ。だから魔王を殺して、僕の力を見せ付けてやる。後悔させてやる。……けど別に魔王になりたい訳じゃないんだ。面倒くさいしさ」


 小さなナイフ程の剣が、エルフィの腹部をかき混ぜる。


「だから協力してくれれば、魔王の座は君に譲ろう。エルフィスザーク。エルフィスザーク・ヴァン・・・・ギルデガルド」


 ヴァン。

 それは、魔王にのみ与えられる称号だ。


 ザクザクと剣でエルフィを抉りながら、ディオニスが繰り返し囁く。

 僕の仲間になれと。


「組んでくれるのなら、君に負わせた怪我はすぐに治療しよう。僕が殺した君の部下についても謝罪する。それ所か、君の部下に関してある情報を持っているんだ、それを教えてあげても良い」


 ふざけてやがる。

 だがエルフィを助けようと、俺が動こうとすると、ノータイムで剣が飛んで来る。

 致命傷を避けるのが精一杯だった。


 どうすることも、出来ない。

 今は傷を癒やすしか……。


「凄いね。斬り裂いた眼球がもう治ってる。これが最上位の魔族の力なんだね。殺しても蘇るっていうのも、嘘じゃなさそうだ」


 そう言ってディオニスは、再びエルフィの両目を斬り裂いた。

 

「……ッ」


 エルフィは悲鳴をあげず、くぐもった声を漏らすだけだ。


「ここ三十年、奴隷を作る過程で学んだよ。どんなに強い意志があったって、痛みには勝てない。死の恐怖には抗えない。誰だって、自分の身が一番大事なのさ」


 甚振りながら、一方で優しくディオニスがエルフィに囁く。


「恥じることはない。誰だってそうなんだ。アマツを裏切っても、誰も君を攻めたりしない」

「…………」

「痛いのは嫌だ。誰だってそれは同じさ。だから、ね?」

「…………」

「ここで僕に延々と甚振られるのと、僕について再び魔王の座につく。君ならどちらが利口な選択か分かるはずだ。エルフィスザーク・ヴァン・ギルデガルド。もう一度この名前を名乗りたくはないかい?」


 ――だから僕と手を組め。


 何度、ディオニスがエルフィにそう囁いただろうか。

 両目を抉られ、全身を剣で突き刺され、内臓を刃で掻き混ぜられ。

 やがて、エルフィが口を開いた。


「……本当に」

「……ん?」

「本当に……私を魔王にしてくれるのか?」


 か細い声で、エルフィがそういうのが聞こえた。


「――――」


 俺の思考が止まる。


「勿論さ。君の手でそこに転がっているアマツを殺してくれれば、僕の仲間だと認めよう」


 エルフィが解放された。

 全身に傷を負い、息を荒くしながら、エルフィがこちらへ視線を向けた。

 斬り裂かれた瞳が、ほとんど治りかけている。


「……エル、フィ」

「――――」

「エルフィ……ッ!」

 

 呼びかける。

 だが、返事はない。

 

「あはははは! 僕達に裏切られたばかりだってのにさぁ、ほんっと進歩がないよね! 三十年経って、まだ理解してないなんてさぁ! なんで分からないの!? 君みたいなクズ、利用価値が無くなったら捨てられるだけだってさぁ!!」

「……あ……」


 エルフィが立ち上がる。

 俺を見ている。

 瞳を紅にして、魔眼を発動して。

 殺される。


「…………ッ」


 リスクは容認していた。

 こうなる可能性も、十分に理解していた。

 けれど、こんな。


 だが……エルフィは助かる、のか?

 あいつの口ぶりからして、エルフィを利用しているのが本当だとすれば。

 あいつが助かるのなら……。


 馬鹿な。

 仮にこの場は生き延びられたとしても、あいつに待っているのは使い潰されて殺される未来だけだ。


 クソ、俺は何を考えている。

 こんな所で死ぬ訳にはいかない。

 まだ復讐を果たしていない。


 俺は。

 俺は、また裏切られて死ぬのか。


「復讐者同士だってのに慣れ合うのがそもそもおかしいのさ。アマツ、君は傷を舐める相手が欲しかったんだろう? だから、まぁた信じてしまったんだろう? 残念! その結果、君はまた裏切られることになるのでしたぁ!」


 嘲笑が響く。


「伊織」

「――――」

「私はこんな所で終わる訳にはいかない」


 死ぬ。

 そう思った瞬間だった。


「――だが、仲間を裏切るくらいなら、死んだ方がマシだ」

「は……?」


 ぐるりとエルフィが勢い良く振り返った。

 その視線の先には、呆けた表情のディオニスがいる。

 紅蓮の光が、ディオニスを吹き飛ばした。


 唖然とする俺へ、エルフィが近寄ってくる。


「ひどい顔だな、伊織」

「……エルフィ」

「言っただろう?」


 優しい声音だった。

 薄く微笑んで、エルフィは言った。


「――私は絶対にお前を裏切らないと」

「……ぁ」


 思い出した。

 奈落迷宮で交わしたエルフィとの言葉。


 ――お前が私の仲間である限り、私はお前を裏切らない。


「ふざけ……やがってェ! エルフィスザーク! 僕が差し伸べた手に唾を吐きやがったなァ!!」


 吹き飛ばされたディオニスの憤怒の叫びが響き渡る。


「殺す……! 殺してやる!」


 ディオニスの魔力が吹き出した。

 これまで、いかにあいつが遊んでいたのかが分かる程の魔力量。

 俺達が万全の状態であったとしても、あれに勝てるか分からない。


「やはり、あの一撃では倒しきれなかったか」


 だというのに、エルフィの声音は妙に落ち着いていた。

 一度だけ俺を振り返り、ディオニスの方へ視線を戻す。

そして、小さく息を吐き、こう言った。


「ここから逃げろ、伊織」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 主人公さんたちがやられるパートは物語が始まる前に終わっているのでは? 復讐を仕掛ける側という圧倒的な優位性を持ってこんなにボコられてるのはどうなのか
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ