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第十五話 『君の全てを踏み躙る』

 広い円形の一室。

 その最奥部には赤を貴重とし、黄金や宝石で過剰なまでに装飾された玉座が置かれている。

 ただ無造作に高価な物で作り上げたとしか思えない、その悪趣味な玉座の上に座すのはディオニス・ハーベルク。

 

「意外と早かったね。戦った感じから、途中の覇王烏賊クラーケンに勝てるかどうか、怪しい所だと思ってたんだけど」


 敵が最深部にまで侵入してきているというのに、ディオニスは悠々自適に足を組み、肘をつきながら余裕の態度を崩さない。


 部屋全体に注意を配るが、ディオニス以外の気配はない。

 エルフィが横目を向けながら首を振っていることから、罠もないようだ。


「警戒するのは勝手だけど、この部屋には何もないよ? 魔物も罠もいない。魔物なんて入れたら汚いし気持ち悪いでしょ? 自分の部屋に罠があるってのも、気が休まらないしね」

「最奥部にまで侵入されているというのに、随分と余裕だな」

「当たり前だろ。だって、僕がいること以上の警備なんてないんだから」


 睨み付けるエルフィに対し、ディオニスは未だに席を立とうともせず、見下すように顎を上げながら唇を歪める。

 外での戦いでこちらを圧倒出来たことで、余程自信を付けたらしいな。

 侮ってくれるのは好都合だ。

 こちらの策は、あいつの油断と隙を狙う物なのだから。

 

「伊織」

「ああ。手はず通りに」


 これ以上聞く意味もないと、戦闘に入ろうとした時だ。


「おいおい、せっかくゆっくり話せる機会なんだからさぁ。そんなに急ぐことないんじゃない」

「……黙れ。てめぇと話すことなんてねぇよ」

「そう言わずにさ。アマツ、君に見せたい物があるんだ」


 ディオニスが指を鳴らす。

 乾いた音が部屋に響き渡ると同時、玉座の周囲に複数の結晶が現れた。

 人ひとり分程の大きさの、透明なひし形の結晶。


「――――」


 絶句した。

 二十は優に越えるであろうその結晶の一つ一つの内部に人が閉じ込められていたからだ。

 人間、亜人、魔族、様々な種族がいる。

 その全てが女性で、誰一人として衣服を身に纏っていない。

 素肌を晒した女性達は大きく手足を広げた状態になっており、意識はない。

 手のひら、足首には深々と剣が突き刺さっており、まるで虫の標本のように結晶の中に貼り付けられていた。

 その痛みを表現するように、全ての女性の顔には絶望が張り付いていた。

 

「どうかな? これ、ここ三十年で僕がコレクションした標本なんだ。君に見せたくて、わざわざ持ってきたんだよ」

「ふん……悪趣味、ここに極まれりだな」

「ああ、反吐が出る」


 眉を顰め、嫌悪感を剥き出しにするエルフィに同意する。

 「つれないねぇ」とディオニスが苦笑し、小さく指を動かした。

 浮遊していた結晶の幾つかが、前に出てくる。


「せっかく、君の知り合いも連れて来てあげたっていうのにさ」

「……何?」

「見覚え、ないかな?」


 前に出てきた結晶の中の一つに視線を向ける。

 その中で貼り付けにされていたのは、ディオニスと同じ鬼族だった。

 茶色の髪に、浅黒い肌、額に見えるへし折られた痛々しい二本の角の残骸。

 あの鬼族を俺は知っている。


「シャーレイ……?」


 シャーレイ。

 ディオニスやベルトガと共に、人間の軍と共に戦っていた鬼族の魔術師。

 世話焼きで、勝ち気な女性だった。

 会う度にディオニスに小言を言っていた、あいつの幼馴染。


「正解! 流石アマツ、覚えてたみたいだね」

「仲間じゃ、なかったのかよ」

「えっ、違う違う。嫌だなぁ、やめてよね。こんな雑魚は仲間じゃないって」


 ディオニスが指を鳴らす。

 シャーレイの入っている結晶が後ろに下がった。

 代わりに複数の結晶が前に出てくる。

 その中に入っていたのは全てが鬼族で、全員に見覚えがあった。

 

「この子達は、人間なのに普通に接してくれるアマツに憧れてたらしいよ? 良かったね、感動の再会だよ」


 ……何だ、これは。


 ディオニスが指を鳴らす。

 別の結晶が現れた。


「この子達は……ちょっと難しいかな?」

「――――」


 年端もいかない少女と、少女によく似た顔立ちの女性。

 十代くらいの少女、その少女をそのまま大きくしたような女性。

 少女。女性。少女。女性。少女少女少女少女少女。


 彼女達の顔立ちに、薄っすらと覚えがあった。


「お前――これ……」

「覚えてないかな。帝国を旅してる時に、立ち寄ったじゃないか。――"ラームの村"にさ」


 ――この辺りに、ラームの村ってありますよね? 今、どうなっていますか?


 ――もう三十年近く前に、魔族によって滅ぼされてしまいました。


「じゃあ……お前、が」


 ディオニスが指を鳴らす。

 別の結晶が前に出てくる。


「"シーナ村"」


 聞き覚えがある

 見覚えもある。


「"レオス領"」


 聞き覚えが、ある。

 見覚えもあった。


「"グルスの村"」「"クルス山の亜人の集落"」「"アルレーヌ領"」「"クルス山の亜人の集落"」「"ペテロス山で君が見逃した魔族達"」「"ブギエル村"。ほら、君が助けたあの子だよ」「"セルル傭兵団"」


 旅の途中で行った場所。

 そこで、出会った人々。

 助けた人達。


「――――ねぇ、覚えてるでしょ?」


 ディオニスが嗤う。

 

「全部、僕達の旅で出会った人達だよ。懐かしいね」


 覚えている。

 魔族に襲われていた村や領地。

 共に戦った傭兵団。


「魔王城の一件の後にね、僕とルシフィナで暇を見つけて旅をしたんだ。君やリューザスと一緒に旅した土地にね。そこにいた人達にアマツの死と、僕達の裏切りを伝えてから、皆殺しにしてあげたよ」


 彼女達との出会いで、俺はより強く、救いたいと思うようになったのだ。


「あ、皆殺しって言っても、殺したのは男と死に損ないのババアやブスだけだよ。僕の目に叶った女性は、こうして標本にしてあるんだ」


 浮遊する結晶の表面を愛おしそうに撫でて、ディオニスがうっとりとした口調で言った。


「君を殺した時に気付いたんだ。信じていた人に裏切られて死ぬ奴の顔は、見ていて最高に楽しいってさ」


「信じていた英雄の死に、英雄の仲間による裏切り。それを知った彼らの死に顔は、たまんなかったよ。アマツ、君にも見せてあげたかった」


「旅した場所全部は流石に無理だったけど――分かるかな、アマツ」


 ディオニスの意図は、嫌でも分かった。

 単純に、一言で言ってしまえば、嫌がらせ。


「君が『助けたい~! 救いたい~!』って言いながら、借り物の力で救ってきた人達の末路が」


「皆、みぃんな、絶望の中で死んでいったんだよ。君が正義感を振りかざして、助けたばっかりに、僕達に目を付けられてね」


 英雄として俺がやってきたこと全てへの否定だ。

 お前があんな考えを持たなければ死ななかったのだと。

 『お前のせいで死んだんだよ』とディオニスは言っている。


「どうしたの? 何か言いなよ。感動の再会に感極まっちゃったかな?」


「なぁんてね」


「ねぇ、どんな気分だい! ねぇ、アマツ!!」


「あはははははッ! 教えてよ!! 今どんな気分だい!? 君がやりたかったこと、君がやってきたこと!! それが全部全部全部全部ぜぇえええええええんぶッ!! 君の仲間である、僕とルシフィナによって、踏み躙られた気分はさぁ!?」


 裏切られて、嘲笑われて、殺された。

 これ以上無いぐらいに、ディオニスを憎んでいるつもりだった。


「ねぇねぇねぇ! 教えてよ、この僕に!! 自分がしてきたことが全部無意味だったって知って、今どんな気分なのさ!?」


 だが、考えを改めよう。

 憎しみってのに際限はないのだと。


「あっははははは!! ねぇねぇねぇねぇッ! 今、どんな―――――――」


 

 地を駆ける。

 強化し、加速した状態で、玉座に座ったままのディオニスへ肉薄する。

 今の状態で出せる最速の一撃を、ディオニスへ振り下ろした。


「……チッ」


 刃に弾かれる手応え。

 ディオニスが手元に置いていた剣を抜き、こちらの刃を受け止めていた。


「……人が話してる最中に攻撃するとか、常識がないんじゃないかなぁ?」

「てめぇの常識なんて知らねぇよ」

「それは、躾が必要みたいだ……ねぇッ!」

「……ッ」


 刃の競り合いで、あっさりと力負けした。

 押し飛ばされた所に、追撃がくる。

 刃鳴りと同時に、連続して火花が散った。

 

 強化の魔術を使っても、今の俺では流石に押し負けるか。


「……ッ」

「太刀筋がさぁ、腑抜けてるんだよ!」


 押し負け、バランスを崩すと同時。

 凶相に顔を歪め、ディオニスが剣を振り下ろしてくる。


「――――!」


 そこに、エルフィの魔眼が炸裂した。

 紅蓮の閃光が瞬き、爆発する。

 部屋をぐるりと囲む水が揺れ、激しく飛沫をあげている。


 俺はその直前、倒れ込む振りをして横へ大きく飛び退いて爆発を躱している。


「……エルフィスザークッ」


 爆煙が斬り裂かれ、ディオニスが姿を現した。

 服が汚れているだけで、ほぼ無傷だ。

 表情を怒りに歪め、エルフィを睨みつけている。


「下らん事を言って悦に入るのは良いがな。私を忘れるなよ」

「はっ……部下の仇討ちだっけ? あとはどうせ、自分の体を取り戻しに来たんだろう? 力を失ったアマツを利用するなんて、君も案外ちっちゃいよねぇ!」


 ディオニスが指を鳴らすと、浮遊していた結晶が消えた。


「ねぇ、アマツ。君は本当に成長しないよね。人間と亜人に裏切られたからって、今度は魔族かい? あれだけ手酷く裏切られたのに、どうして仲間なんて作ることが出来るのかなぁ? 相手は魔族、それも元魔王なんだよ? なんでそんな相手の言葉を信じられるのか、僕にはとてもじゃないけど理解出来ないよ。君の利用価値がなくなったら、また裏切られて殺されるとは考えられないわけ?」


 ペラペラと流暢に舌を回し、ディオニスがまくしてたててくる。


 また裏切られて殺される?

 考えてないわけねぇだろうが。


「俺は決めたんだよ」


 俺一人では、復讐の完遂は難しいから。

 裏切られるリスクを容認して、エルフィと手を組み。


「絶対にてめぇらに復讐するって」

「ああ、そう」


 その時になって、ようやくディオニスが玉座から腰を浮かせた。


「君、目の前にいるのが誰か理解出来てないようだね」


 立ち上がり、ディオニスが嗤う。


「魔王軍"水魔将"にして、鬼族最強の"水鬼"」


 無数の水弾が、展開される。


「数分後に、もう一度聞いてあげるよ。一体、誰に復讐するの? ってさぁ!!」



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