第十四話 『死沼の先へ』
「ディオニスの戦い方、お前から見てどう思った?」
「相手に隙を与えない連続攻撃。厄介だが、あれだけならやりようはある」
迷宮へ向かう道中での会話。
「だが、あれだけではないのだろう?」
「ああ」
ディオニスの戦い方はよく知っている。
あいつは水属性の魔術、体術、剣術など、基本的な戦闘スタイルをそれぞれ高い水準で修めていた。
そのため、状況によって前衛と後衛のどちらもこなすことが出来る。
「あのふざけた性格とは違って、堅実な戦い方という訳か」
「そういうことだ。とはいえ、あいつは致命的な短所が無い代わりに、ずば抜けた長所がない」
戦い方に隙が無いため、実力で勝る相手には絶大な力を発揮する。
裏を返せば、格上に対して逆転の一手を打つ力がないということだ。
仲間だった頃も、ディオニスは格上相手には時間稼ぎしか出来ていなかった。
また、総合力で勝っていても、相手が突出した切り札を持っていた場合にもあいつは敗北している。
格下には強いが、格上、もしくはあいつの総合力を上回る一撃には弱い。
それがあいつだ。
「三十年前のあいつになら、今の俺達でも正面から戦えば勝てる」
エルフィ一人でも、距離を取って最大火力の魔眼を撃ち込めれば勝機はあるだろう。
「だが……」
「問題は、三十年前とは違うということだな」
先ほどの戦いでの水弾の連発からは、あいつの実力の変化は読み取れなかった。
ただ破壊を撒き散らすあの戦法は、相変わらず格下にしか通じない物だからだ。
だが、一度だけ見せた、無手の状態からエルフィの足に剣を突き刺したあの魔術。
何をしたのか、パッと見ただけでは理解出来なかった。
「数年一緒に戦ったが、あんな魔術をディオニスが使っている所は見たことがない」
「……となれば、この三十年の間に身に付けた芸当ということか」
「エルフィはあれが何か分からないか?」
「……何もない空間から剣を出すだけなら、幾つか心当たりがある。ありすぎて、逆に特定出来ないくらいだ」
エルフィの言う通りだ。
隠蔽の魔術で剣を隠していた、収納魔術から取り出した。
幾つかの手段は思いつくが、そのどれかまでは分からない。
「さっきは水弾に気を取られて喰らっただけだ。特定できずとも、魔眼を使えば対処出来る」
黄金の瞳を指して、エルフィが自信満々にそう言い切った。
どういう攻撃か分からないのはやや不安ではあるが、最初から警戒していれば躱せるだろう。
戦い方はいつもと変わらない。
俺が前衛で、エルフィが後衛だ。
あの水弾を潜り抜ける術は、用意してある。
残る不安は、あいつのフィールドで戦わなければならないことだが、これ以上考えても埒があかない。
ここの兵士では俺達に付いてこれないだろうし、外からの応援を待っている時間もない。
迷宮の情報は手にしているし、出来る限りの装備も揃えている。
後はディオニスに復讐するだけだ。
破壊された『要石』の台座の横を通り、迷宮の入り口の前までやってくる。
中は暗く、外からでは様子が伺えない。
「――行くぞ」
俺達は、死沼迷宮へと足を踏み入れた。
◆
死沼迷宮の様子は様変わりしているという事だったが、入り口は以前と大した違いはなかった。
入り口には魔素が来ていないようで、暗闇が続いていた。
「お前、暗いのが苦手だったよな。大丈夫か?」
「馬鹿者。だから言っているだろう。私は暗くて静かな場所に一人でいるのが嫌なだけだ」
「…………」
「……だから、今は大丈夫だ」
魔術で周囲を照らし、洞窟のような迷宮を、俺達は進んでいく。
迷宮に入ってすぐに、エルフィは『偽装の腕輪』を外した。
封じ込められていた魔力が一気に溢れ出してくる。
隣にいるだけで、その凄まじい魔力量が伝わってくる程だ。
腕を取り戻して、更に魔力を増している。
「……毒沼か」
しばらく進むと、前方に紫色の沼が見えてきた。
それほど深くはないが、周囲には紫色の煙が充満している。
触れれば肉が腐り、骨が溶ける。
沼が放つ煙を吸っても助からない。
厄介な毒沼だ。
だが、事前に毒対策はしてきている。
複数の解毒ポーション、そして装着しているだけで自身に毒を無効化する小さな結界を張ってくれる『無毒のネックレス』を購入しておいた。
既に『無毒のネックレス』は嵌めており、煙を吸っても何も起こらない。
足元に気を付けながら、泥沼へと足を踏み入れた。
冷たく滑った感触が伝わってくる。
毒の影響は無いため、ただ動きにくいだけだ。
「……ヌチャヌチャして気持ち悪いな。分身体解除して、首と腕だけで移動したくなるな」
「絶対にやめてくれ」
生首と腕だけで隣を浮遊されたら、魔物の襲撃に会った時、間違って斬りかねん。
それに何かあった時、分身体なしだと反応しきれないだろう。
それに、この迷宮の魔将はディオニスだ。
魔力付与品を嵌めただけで無効化される沼を良しとする筈がない。
「エルフィ。多分、そろそろ罠がある地点だ。何かあるか?」
「…………左右の壁に薄っすらと魔力がある。罠だな」
目を凝らすも、壁には何も感じられない。
エルフィの言われた場所を魔力で念入りに調べて、ようやく存在に気付けるレベルだ。
上級の魔術師でなければ、あの罠を見抜くことは出来ないだろうな。
慎重に進み、罠の部分に到達した時だ。
左右の壁から、無音で細いレーザーが発射された。
「――ッ!」
「ふん」
それ自体は大した威力はなく、翡翠の太刀で弾くことが出来る。
エルフィなど、素手で防いでいるくらいだ。
嫌らしいことに、レーザーは『解毒のネックレス』を狙って放たれた。
破壊されてしまえば、毒沼で死ぬことになる。
更に、レーザーは様々な角度から異なるタイミングで発射される。
初撃に気付いて躱せば、その先に向かって別の場所からレーザーが放たれる仕組みだ。
躱せたと安堵した所で、魔力付与品を破壊されてお終い、という事だろう。
「なるほどな。この暗闇でこの罠は確かに効果的だ」
エルフィが感心したように呟いた。
読んだ書物にも、ここのことは記載されていた。
だが、ここは初見殺しなだけで、仕掛けが分かっていればそれほど危険ではない。
奥へ進むと、空中に魔素が漂い始めた。
魔素のお陰で迷宮内が照らされ、灯りが不要になる。
「この先から、毒沼の性質が変わる」
「魔力付与品を腐食させる効果、だったか」
人体へ猛毒なのはもちろん、この先の毒は魔力にも作用する。
長時間の間毒沼、もしくはその瘴気に触れていると、魔力付与品が働かなくなるのだ。
「五時間くらいが限界だ。それよりも早く、この毒沼地帯を越えるぞ」
視界の先にあるのは緑色の沼だ。
それに加え、道幅が狭くなっている。
それに比例するように、沼は深くなっていく。
迷宮にやってきた帝国軍は、この狭い道に手こずり、魔力付与品を腐蝕させてしまったせいで毒にやられたことがあるようだ。
緑色の沼へ足を踏み入れる。
「魔物だ、伊織」
「ああ」
前方の沼から、"酸撃大蛇"の群れが飛び出してきた。
それに続くようにして、天井からバラバラと"歯蟲"が落下してくる。
魔物に構っている余裕はない。
俺が先行し、魔物へと斬りかかった。
◆
鬼族は過去に魔王軍についていた。
だが、その残虐さについていけず、魔王軍から離反。
それ以降は常に中立という立場を取っていた。
魔王軍からは『裏切り者』、人間からは『過去の敵』と嫌われ、鬼族は住む場所を追われ、数も減った。
そんな状況を打破するため、鬼族は人間側に付くことしたのだ。
その鬼族の代表がディオニス・ハーベルクだった。
穏やかな口調と、優しげな風貌。
鬼族達からは『努力で最強になった男』として、彼は慕われていた。
「僕はこの戦いを終わらせ、仲間が傷付かない世界を作ってみせる……!」
ディオニスは仲間を思う、強い気持ちを持っていた。
その実力を買われ、俺達のパーティに入った時も、よくそんな願いを口にしていた。
だが他者を下に見る所があり、
「覚悟が足りないんだよ。僕からすれば、君が死ぬ未来しか視えない」
足を引っ張ってしまった俺に対して、苛立ちながらこんな事を言ったこともあった。
部下であるベルトガがそれに賛成し、険悪な雰囲気になったのを覚えている。
それでも戦いの中で、徐々にディオニスは俺を認めてくれた――
「君は強い。確かに最強の勇者だ。アマツになら、世界を平和に出来ると僕は信じているよ」
「俺だけじゃ、無理だよ。……だからディオニス。俺に協力してくれないか……?」
「全く……そういうのはいちいち口にするものじゃないだろ、アマツ。当たり前だ。君はもう、僕の大切な仲間なんだから」
――そう信じていた。
◆
押し寄せる魔物を斬り伏せ、迷宮の奥へと進む。
この迷宮には階層はなく、ただ横へ横へと広がっている。
迷宮に入ってから一時間半が経過した。
魔素の濃さから、三分の一程度には進んできたはずだ。
ここに来るまでの間、何度も罠が仕掛けられていた。
入り口でのレーザーから始まり、奈落の底へと通じる落とし穴、底なし沼、どこかへと通じている隠蔽された転移陣など、色々な物があった。
落とし穴や底なし沼には魔力が無いため、エルフィでは見抜けない。
何度も迷宮に潜った経験を活かし、魔力のない罠は俺が発見している。
「エルフィ。あの場所、さっきから魔物が避けて通ってる。多分罠だ」
「了解した」
そうして二人で協力し、先へ進んでいく。
道幅は更に狭くなり、俺と小柄なエルフィがやっと並んで歩ける程度だ。
それに対して、前方から魔物は続々とやってくる。
大勢で来ていれば、後衛が上手く機能せず、前衛が真っ先にやられていただろうな。
俺達が難なく進めているのは、個の力が高いからだ。
しばらく歩くと、ふと魔物が出なくなった。
前方には大きく開けた部屋が見えている。
部屋にはドーナツ型の陸地があり、中央には緑色の巨大な沼があった。
「帝国軍が到達出来たのは、この先までだ。この部屋に、龍種複数体クラスの強大な魔物が出る」
ここまでで時間を食ってしまった帝国軍は、この先にいる魔物を討伐しきれなかった。
過半数が魔物に殺され、撤退。
その過程で更に半数が死に、迷宮から出ることが出来たのはほんの数人。
「魔物を無視して通ることは出来ないのか?」
「部屋に入ると、その魔物が出入り口に水の結界を張るみたいだ。破ろうとしている間に、攻撃されるだろうな」
出てくる魔物は、他所なら魔将になれるレベルの巨体を誇ると記述されている。
無視しようにも、逃げきれるかどうか分からない。
「出来る限り、俺が魔石で対応する。倒せたらそれで良し。駄目だった時に備えて、エルフィは魔眼の準備を頼む。無視出来そうなら、無視してもいい」
「うむ、了解した。伊織、無茶はするなよ」
「わかってる」
エルフィと共に、開けた部屋へ足を踏み入れた。
何も起こらない。
反対側に奥へ続く通路が見える。
何も起きなければそれでいいと、ドーナツ型の地面を少し進んだタイミングだった。
「……やっぱ、通してはくれないか」
部屋が振動する。
パラパラと、天井から土煙が降り注ぐ。
中央の沼地が大きく盛り上がっていく。
走って反対側の通路へ向かうが、四分の一まで来た所で、出入り口に水の結界が張られた。
『――――――』
沼から、巨大な頭部が姿を現した。
紫色の飛沫が飛び散る。
「うわっ、口に入った。……苦ッ」
「馬鹿、口閉じてろ」
『――――――』
姿を現したのは、巨大な烏賊だった。
三角形の凧のような胴体に、その下にある紫色の巨大な眼球。
建物を一撃で粉砕出来る程の足が複数、頭部の周囲から生えてくる。
「……見たことのない魔物だ。エルフィ知ってるか?」
「"覇王烏賊"だ。人間の攻撃によって、その大半が滅ぼされてしまった希少種だな。私が魔王だった頃に食べたが、最悪に不味いぞ」
希少種食べてんじゃねえよ。
『――――――!!』
不味いという言葉に反応した訳ではないだろうが、覇王烏賊が攻撃を仕掛けてきた。
多方向から、見上げる程の足が降ってくる。
「躱すぞ!」
全速力で落下地点から離脱する。
直後、立っているのが困難な程の震動に襲われる。
そこへ追撃のように足が振り下ろされる。
「……"壊魔"!」
投擲した魔石が、ビッシリと吸盤のついた薄緑の足を粉々に吹き飛ばした。
『――――――!!』
覇王烏賊が体を震わせる。
だが、それからすぐに、吹き飛ばした足が盛り上がり、再生を始めていく。
「なるほど、帝国軍が倒せない訳だ……!」
「伊織、眼球を狙え! 足はいくら攻撃しても、すぐに再生するぞ!」
「……ああ!」
魔石の残数は残り二十個。
この化物相手に、どれ程節約できるか。
覇王烏賊の巨大な双眸を睨み付け、次の魔石を握りこんだ。
◆
最終決戦の前夜。
俺、ルシフィナ、ディオニス、リューザスの四人は一つの部屋に集まっていた。
「なぁ、アマツ。何持ってんだ? ポーションか、そりゃ?」
「鬼族に伝わるポーションらしい。ベルトガに貰ったんだ」
「ああ。僕も何度か飲んだことがあるよ。効き目はバッチリだから、早めに飲むと良い」
明日に備え、ベルトガから貰ったポーションを、ディオニスに進められて飲み始めた。
通常のポーションとは違い、妙に甘ったるい味がした。
だが、仲間に貰った物だからと、最後まで飲み干した。
「……どうでしたか、アマツ様」
「ん? ああ……何というか、変わった味だった」
「そういう物さ。これで明日への備えは万全だね」
「ええ」
「ああ、ちげぇねえ」
ディオニスが、ニッコリと微笑む。
その万全という意味に、満足気に頷くルシフィナとリューザスに、俺は気付けない。
「いや……万全と言っても、届くはずだった幾つかの装備が届いてないらしいぞ」
最終決戦のために、幾つかの装備が届くはずだったが、途中で何者かの妨害にあって届いていない。
その中には、大昔に発掘された『致命傷を肩代わりしてくる宝石』など、かなり有用な物も含まれていた。
「は、どうせ魔王軍の仕業だろうさ。あいつらも焦ってんだろ」
「……だろうな」
それ以外にも、届くはずの情報が届かなかったり、到着しているはずの軍がまだ来ていなかったりと、色々なトラブルが重なっている。
その時の俺は、『魔王軍の妨害工作だろう』としか思っていなかった。
それから、作戦の見直し、相手の兵力の確認などを行った。
「そろそろ、明日に備えて眠った方が良いと思います」
それら全ての見直しが終わった所で、ルシフィナとその言葉で全員が立ち上がろうとする。
それを止め、俺は彼らにこんな事を聞いたのだ。
「戦いが終わって平和になったら、その後に何か夢はあるか」と。
それに対して、
「あぁ? 特にねぇな。魔術の研究、後は妹に会いに行くくらいだ。なげえこと、一人にしてたからな」
リューザスはぶっきらぼうにそう答えた。
「……私はしばらく休養がしたいですね。興味のある娯楽が出来たので」
ルシフィナはおっとりとそう答えた。
「僕は鬼族の皆に伝えたい事があるから一度戻って、それから差別が無くなるように各地を旅したいな」
ディオニスはそう答えた。
どうして聞いたのかというと、特に意味は無い。
ただ、ふと聞いてみたくなっただけだ。
「俺は――――」
俺の言葉に、三人は口裏を合わせたように答えた。
「叶えられたらいいね」と。
◆
「――さぁ、焼きイカになるがいい!」
俺が両目を潰したことで身動きが取れなくなった覇王烏賊に、エルフィの魔眼が炸裂した。
頭部が爆ぜ、肉片が飛び散る。
複数の足がビチビチと暴れ回り、水しぶきが部屋全体に飛び散った。
何とか、エルフィの魔眼使用は一度に収められた。
その代わり、魔石の残数は十四個にまで減少してしまっている。
「伊織、結界が解けたようだぞ」
「ああ」
出入り口の結界は消え、自由に通れるようになった。
迷宮に入って三時間分程度経過した。
残り時間は二時間だが、魔素の濃さからいって残りは少ない
覇王烏賊の死骸から転がった極大の魔核だけ回収し、先を急いだ。
魔物を蹴散らし、合間合間にポーションを飲んで魔力と体力を回復する。
しばらく進むと、小さな部屋があった。
「恐らく罠がある。気を付けろ」
「うむ」
警戒し、中には入った瞬間、出入り口が塞がった。
ぐらりと部屋が揺れたかと思うと、勢い良く天井が落下してくる。
「――ッ」
「任せろ!」
エルフィがグッと身を屈め、勢い良く飛び上がった。
「――魔王パンチ!」
握りしめた拳が天井へ突き刺さる。
ヒビが入り、次の瞬間には粉々に砕け散った。
「何だその技」
「ん? 魔王が繰り出すパンチだぞ。それより、行くぞ伊織」
「……ああ」
天井を破壊すると、閉じていた出入り口が開いた。
そこから見える風景は、それまでの洞窟のような物とは一変していた。
床は大理石の石畳、壁には彫刻が施され、天井にはシャンデリアのような灯りが設置されている。
「……魔王城を思い出すな」
迷宮というよりは、城といった方が似合う外見だ。
だが、外見に反して漂う魔素の量は更に増加している。
その通路には、何の仕掛けもなかった。
魔物すら出てこない。
しばらく進むと、巨大な扉があった。
赤色の扉で、淵には金で装飾が施されている。
「……ここだな」
考えるまでもなく分かる。
――この先に迷宮核がある。
◆
ディオニスがこんな事を言っていたのを、思い出した。
「――後悔せず、満ちたりた死を迎えたいな」
「なんだよ、それ。死亡フラグっぽいぞ」
「死亡フラ……? ……ほら、僕は死んだら冥界に行きたいんだよ」
冥界。
死後の世界のことだ。
この世界には死後の世界、冥界があるとされている。
そこには後悔のない、満ち足りた死を迎えた者が行くと言われている。
「後悔して死んだらどうなるんだ?」
「さぁ……? 前に聞いた話だと、冥界に漂う魔力に溶けて消えてしまうらしいよ」
だから、とディオニスは言った。
「僕は誰にも見下されない世界を作って、満ち足りた死を迎えるんだ」
◆
ギィィと重苦しい音を響かせて、扉が開く。
先にある部屋から、ひんやりとした空気が漂ってきた。
それまでと同じく、装飾の施された城のような内装。
部屋は円形で、周囲をぐるりと綺麗な水が囲み、その中央に足場が存在している。
部屋の最奥へ続く、赤いカーペット。
その先にあるのは、悪趣味なまでに装飾の施された玉座。
その上に座る人物を見て、思った。
裏切られてから、心に誓ったことがある。
絶対に、お前に満ち足りた死は迎えさせない。
お前は後悔と絶望の中で、殺してやると。
「――やぁ、待っていたよ」
玉座の上で、悠々とディオニスがそう言った。




