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第十二話 『現れた標的』

「水魔将に、結界が破られた……?」

「……はい。結界を砕いた水魔将と思わしき魔族が、複数の魔物を率いて村に向かっているそうです……!」


 その襲撃にいち早く気付いた領民が鐘を鳴らし、避難を呼びかけているらしい。

 領民達はオリヴィアとカレン、両方の屋敷へ使いを送ったようだ。


「か、カレン様……私達はどうしたら……」

「領民の方達は急いで避難してください。水魔将と魔物は私がどうにかします」

「逃げ遅れた領民がいるんです……。カレン様、どうか……!」


 屋敷にやってきた領民を避難させると、カレンはテキパキと指示を出し始めた。

 領地内の兵を集結させ、死沼迷宮の方へ向かうようだ。


「カレンさん、俺達も同行します!」

「いえ……。これ以上、伊織さん達に迷惑を掛ける訳にはいきません。迷宮から外へ出てきた魔物は私が責任を持って討伐します。ですので、伊織さん達は領民の方と一緒に避難してください」


 同行の提案は、カレンによってすげなく断られてしまった。

 万が一のことがあった時に、避難先の領民を守って欲しいと言い残し、カレンは走り去っていってしまった。


「…………」


 カレンの顔色は悪い。

 体調も、精神状態も最悪だろう。

 あんな状態で、まともな指揮が取れるのか……?


「迷宮を守っているはずの水魔将が、わざわざ外に出てくるなんてな……」

「何か外に用事があったのだろうな。……例えば、倒さなければならない敵がいる、とか」

「……俺達が、原因っていうのか?」

「分からん。だが、無い話ではないだろう」

「…………」


 エリエスティール領にも兵はいるだろうが、主がいない状況では迅速な行動は無理だろう。

 領地の外に助けを呼んでも、到着するには数時間が掛かってしまう。

 つまり、今水魔将に対処することが出来るのはカレンだけなのだ。


 レイフォードの兵士がどれ程の練度なのかは分からない。

 だが、どれだけ屈強な兵士が揃っていようとも、水魔将に勝てる程ではないだろう。

 このままカレンが水魔将と戦えば、間違いなく敗北する。


「どうする、伊織?」

「決まってる。水魔将の所へ向かうぞ。これは絶好のチャンスだからな。わざわざ厄介な迷宮から、水魔将が外に出てきてくれたんだ。ここで仕留めれば、迷宮の攻略が格段に楽になる」

「うむ、お前ならそう言うと思っていた」


 部屋に戻り、準備を整えた。

 水魔将を相手取る為のフル装備だ。


 準備を整えて屋敷の外へ出る。

 カレンはまだ兵士を集めている最中だ。

 迷宮の方へ向かうには時間が掛かるだろう。


 水魔将は相手にするなら、エルフィも本気を出す必要がある。

 全力を出すには偽装の魔力付与品マジックアイテムを取らなければならない。

 そのことを考えると、カレンが兵士を集めるのを待っているよりも、二人で迷宮へ向かった方がいいな。


「……行くぞ」

「ああ」

 

 屋敷を後にし、俺達は迷宮の方角へ向かった。




 領地は混乱に陥っていた。

 先ほどまで鳴っていた鐘は既に止まり、その代わり人々の怒声があちこちから聞こえてくる。


「迷宮の傍に居を構えているから、豪胆な者が多いと思っていたが、これを見る限りそういう訳ではなさそうだな」

「それまでは結界が破られるなんてことはなかっただろうからな」


 混乱の最中を走り抜け、疾走する。

 "加速アクセル"を使ってかなりの速度を出しているが、エルフィは顔色変えずに付いてきている。

 まだ足は取り戻してないというのに、相変わらず人間離れしたスペックだ。


「……あそこか」


 しばらく疾走を続けていると、魔物の姿が見えてきた。

 逃げ遅れた人達の悲鳴と魔物の咆哮が響き、空には民家から吹き出た黒煙がたなびいている。

 水魔将の姿は確認することが出来ない。


 濁った緑色の液体が、一つの民家に入ろうとしていた。

 その直前、勢い良く扉が開き、剣を握った男性が飛び出してきた。

 

「お、お父さん!」

「お前は家の中にいろ!」


 付いてこようとしている少女を、男性が家の中に押し込む。

 そこに、緑色の液体が飛び掛かった。

 あれはスライム種――沼地に生息する"スワンプ・スライム"だ。


「うおおおッ!!」


 剣を振り回して、男性がスライムを迎撃した。

 スライムの体が攻撃を受け、その一部がビチャリと潰れる。

 だがそれも一瞬で、次の瞬間に飛び散った部位がスライムの体へと戻っていった。


「く、くそッ!」


 スライムが男性を取り込もうと、飛び上がった。


「――"魔眼・灰燼爆"」


 その寸での所で、エルフィの魔眼がスライムを爆散させる。

 体内のどこかに浮かぶ核ごと吹き飛んだため、その体が再生することもない。


「あ……あんた達は」

「冒険者です。大丈夫ですか?」

「あ、ああ……」


 尻餅をついている男性を立ち上がらせ、村の現状を聞き出す。

 魔物の襲撃があったのは、ほんの十数分ほど前の事らしい。

 準備に手間取っていた者は逃げ遅れ、既に数人が犠牲になっていると男性は震え声で語った。


「お前、水魔将は見たか?」

「い、いや。いるのは魔物だけで、それらしいのは見てない」


 魔物の姿はあるのに、水魔将の姿はない。

 結界を破壊したことに満足して迷宮に戻っていったのか?

 それとも、どこかで様子を伺っている?


「ッ」

「うぉ!?」


 言い掛けたタイミングで、視界の端で動きがあった。

 男性を引き寄せ、その場から飛び退く。

 さっきまで立っていた場所に、液体が直撃した。

 ジュッと音を立てて、地面に生えていた草木が溶けていく。


 攻撃を仕掛けてきたのは、酸撃大蛇アシッド・スネークだった。

 他にもさっきのようなスライムや、地面を這う歯蟲など、迷宮から這い出てきた魔物がこちらに集まってきていた。


「ともかく、すぐにここから離れて――」

「俺はまだ逃げられない! 娘が家に取り残されてるんだ!」


 民家を指差して、男性が叫ぶ。

 家の扉から、少女が顔を覗かせているのが見えた。


「……分かりました。俺達が魔物を引きつけます。その内に娘さんを連れて来てください」

「す、すまない……!」


 男性が背後にある民家に向けて走っていく。

 それに飛び掛かろうとした酸撃大蛇の頭部をナイフで地面に縫い付けた。

 その攻撃が合図となり、周囲の魔物が一斉に襲いかかってきた。


「偽装を解かなくても大丈夫そうか?」

「無論だッ――!!」


 エルフィの双眸が紅蓮に煌めく。

 続いて、小規模な爆発が連続して発生していった。

 魔物が爆ぜ、肉が飛び散る。


 その隙間を縫って襲ってくる魔物は俺の獲物だ。

 飛びかかってきたスライムを躱し、内部にある核の位置を見定める。

 再び飛び掛かろうと身を屈めた瞬間に、翡翠の太刀で内部の核を突き砕いた。


 俺達の攻防に、あっという間に魔物の残骸が散らばっていく。

 骸が重なり、小さな山のようになっていた。

 土蜘蛛や炎龍クラスの魔物はおらず、飛び掛ってくるのは雑魚ばかりだ。 

 この程度ならば、俺とエルフィの二人でどうとでもなる。


「もう大丈夫だからな!」


 男性が民家にたどり着き、自分の娘を抱き上げた。

 壊れ物を守るようにして腕で覆うと、俺達の方に向かってくる。


「もう怖くない……?」

「ああ! あのお兄さん達が助けてくれる! それに何があっても、お前は父さんが守ってやるッ!」


 エルフィの魔眼が、父娘に魔物を近寄らせない。

 それで出来た隙は、俺の剣技でカバーした。 

 民家の方から、すぐ目の前まで二人がやってきた。


 包囲網を破って、一旦あの二人をこの場から逃がすか。

 目の前の魔物を斬り伏せ、エルフィの声を掛けようと視線を向ける。

 その一瞬――。




「――だったら、守ってみなよ」



 

 天から響いた声と同時、男性の体に魔力の塊が直撃した。

 バチャッと湿り気を含んだ、何かの爆ぜる音が響く。

 悲鳴を上げることもなく、左半身を大きく損傷した男性が地面に倒れ込んだ。

 腕に抱えていた少女が投げ出され、地面を転がった。


「……お父さん?」


 少女が這って、男性に近寄る。

 だが、男性は何も言わない。

 最初の一撃で、既に絶命しているからだ。


「凄い凄い。あの一撃から子供を守るなんてやるね!」

「あ……ああああ!」


 男性の骸に縋り付き、少女が泣き叫ぶ。

 髪を振り乱し、父の名を何度も呼んで。


「泣かないで。大丈夫。すぐにお父さんと同じ所に送ってあげるからね」


 嘲りと喜色のこもった声の直後。

 少女に向けて、空から無数の水の弾丸が降り注いだ。


「――ッ!!」


 少女の前に割り込み、落下してきた弾丸を斬り落とす。

 狙いが逸れた弾丸がすぐ近くに着弾し、地面を大きく穿った。

 人が喰らったら一溜まりもない、凶悪な一撃。

 

 空を見上げるも、攻撃してきた者の姿はない。

 だが、空中にありありと、隠蔽魔術の気配を感じる。

 

「……姿を現せ」


 魔力の先に鋒を向け、そう呼びかけた。

 クツクツと、鋒の先で笑う気配があった。


「ああ、ごめんね。久しぶりの再会だってのに、これじゃ僕が誰か分からないよね」


 隠蔽魔術が解除された。

 ペリペリと魔力が剥がれ、風景と同化していたその男が姿を現す。


「――――」


 姿を現したのは、一人の青年だった。

 適度な長さに整えられた藍色の髪に、優しげな印象を与える顔立ち。

 体付きは一切の無駄な脂肪がなく、華奢と呼べる程に細い。


 しかし。


「……てめぇ」


 その身に纏っているのは、魔王軍所属を示す漆黒の軍服。

 そして、青年が気取った風に髪を掻き上げた際に見えた、額から生えた一本の角。

 

 この青年が。

 こいつが誰なのか、分からないはずがない。

 この俺が、こいつの顔を忘れるはずがない。


「ディオニス……!」


 かつての裏切り者。

 ディオニス・ルーバルクが、空中でニッコリと微笑んでいた。

真打ち登場

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