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第十一話 『危急の出来事』

 目を瞑っていても分かる眩しさによって、眠りから目を覚ました。

 半目を開けると、カーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。

 鳥の囀る音が外から聞こえてくる。


「……もう朝か」


 目を覚ましてすぐに体を起こし、深呼吸して意識を覚醒させる。


 寝起きは悪い方だったが、勇者として旅をしている間に、起きてすぐに意識を安定させる術を身に付けた。

 眠っている時に襲撃されたことが、何度もあったからな。


 眠気はなく、疲れもすっかり抜けている。

 どうやら久しぶりに、夢も見ない深い眠りにつくことが出来たようだ。

 裏切られてからというもの、物音一つで目を覚ましてしまう程の浅い眠りが多かった。


「久しぶり、か……」


 布団を散らかし、隣のベッドで寝息を立てているエルフィに視線を向ける。

 奈落迷宮を出てから何度もこいつの隣で眠ったが、その時は警戒のせいで寝不足が続いていた。

 だというのに、いつの間にかこいつが隣にいても、普通に眠りにつけるようになっている。


 むしろ――。


「俺は………」

「んー……伊織」


 知らない内に口に出していた呟きにエルフィが反応する。

 寝ぼけた声を出し、ゴロリと寝返りを打つ。

 涎を垂らした間の抜けた顔が露わになった。


「シェフを……呼べ……。……いや……悪くはない。むしろ良い。もっと食べたい……」

「…………」


 どういう寝言だ。

 まあ……こんな無防備な奴に対して警戒を続ける、というのが難しいな。

 

「まったく……」


 寝相のせいでズレた布団を掛け直し、部屋の電気を消す。

 朝日のお陰で外はすっかり明るくなっている。

 これなら、暗闇に怯えることはないだろう。


 部屋を出て、屋敷の中を歩く。

 既に使用人は起きており、朝食はどうするかと尋ねられた。


「連れが起きてから一緒に食べます」

「エルフィ様ですね。はい、分かりました」

「そうだ。あれから、カレンさんはどうしていますか?」

「……寝ずに作業を続けておいでです。お昼頃になったら、結界の様子を確かめに行くと仰っていました」

「そうですか……」


 確かにカレンには、まだやらなくてはならないことが残っている。

 急を要する物も多いだろう。

 だが、あの精神状態で一睡もせずに続けるのは体に障る。

 一度、しっかりと休息を取ったほうがいい。


 使用人と別れ、直接カレンの様子を確かめるため、彼女の自室に向かう。

 昨日やってきたカレンの部屋の扉が見えてきた時だ。

 

「おはようございます、伊織さん」


 別の部屋から出てきたジャンとばったり出くわした。

 大事を取って休養していると聞いていたが、ジャンは従者服を着ている。


「お体はもう大丈夫なんですか?」

「はい。元々、記憶が少し曖昧なだけでしたからね。大事ありません。それに、この大変な時に、休んでいる余裕はありません」


 一晩寝て、ジャンは普段通りに働いているらしい。

 他の使用人はジャンと違ってもう数日は休むようだ。


「お話は、伺いました、伊織さん……ご迷惑をお掛けして、申し訳ありませんでした。洗脳されていたとはいえ、私は大変なことを……」

「全て、あの女が仕組んだことです。ジャンさんが謝罪する必要なんてない」


 頭を下げようとするジャンを止める。

 既に元凶であるオリヴィアは地獄に落とした。

 この件はそれで終了だ。

 

 カレンもそれを理解しているから、ジャンの行動は不問にしている。


「オリヴィアは……"事故"で死亡したと聞きました。ありがとうございます。これで……ガッシュ様方も……ッ」

「……ジャンさん」


 ガッシュを守れなかった自分を攻めているのか、オリヴィアに憤っているのか。

 ジャンは拳を握りしめながら、礼の言葉を口にした。

 

「……伊織さんはカレン様の所へ?」

「はい。ずっと寝ていないと聞いて、一度声を掛けておこうと思いまして」

「そうですか……。先ほど私も声をお掛けしたのですが、今は忙しいので放っておいて欲しいと仰られていました。他の方にもそう伝えて欲しい、とも」

「……そうですか」

「申し訳ありません。伊織さん方の報酬についてはもう少しだけお待ち下さい」


 申し訳無さそうにするジャンに礼をして、その場を後にした。

 今は誰とも話をしたくない、という事なのだろう。

 

 カレンは今、自分のことだけで精一杯なのだ。

 報酬は迷宮へ入れてもらうことと、情報の提供。

 何が何でも今すぐに、という訳ではない。

 昼になったら結界の様子を確かめに行くと言っていたし、その時にまた声を掛けよう。



 それから一度部屋に戻って、まだ眠っているエルフィを起こした。

 寝ぼけ眼のエルフィと共に朝食を食べ、書物庫で情報収集を行う。

 調べているのはこれから俺達が挑むことになる"死沼迷宮"についてだ。


「そういえば、伊織は死沼迷宮を一度突破していたんだったな」


 隣に座っていたエルフィが、ふと呟いた。


「ああ。パーティを組んで、帝国からのバックアップを受けてな」


 死沼迷宮はその名の通り、迷宮の中に沼がある。

 それもただの沼じゃない。

 触れれば体が溶け、沼が放つ瘴気を浴びるだけで死に至る程の凶悪な毒沼だ。


 毒の沼がある洞窟のような横穴が、死沼迷宮だ。


 毒を防ぐ魔力付与品を使用して、俺達は中を進んだ。

 沼の瘴気には魔力を削ぐ効果があり、水魔将と戦った時に魔力が不足して苦戦した覚えがある。


「ふむ……だが、最近の書物を見る限り、迷宮の構造は大きく変わっているようだな」

「……ああ」


 エルフィの言う通り、これまでで得た情報によると、迷宮の構造がそれまでと異なっている。

 出てくる魔物の数が増え、至る所に罠が仕掛けられている。

 そして迷宮内部も、洞窟のような物から、城のような建造物が続いているらしい。


「オルテギアか、今代の水魔将が改造したんだろうな」

「改造……か。なぁ、エルフィ。迷宮ってそんな簡単に作り変えたり出来るのか?」

「簡単というわけではないが、普通に出来るぞ」


 エルフィが言うには、迷宮とは"魔王紋"を持った魔族――つまり魔王によって生み出された一種の魔物らしい。

 生みの親である魔王ならば、大量の魔力を消費することで、迷宮の構造を弄ることが出来るようだ。


 また、魔王に認められた者には迷宮内の魔物は服従するらしい。

 それを利用すれば、魔王でなくても、迷宮に罠を仕掛けたり、構造を変えることが出来るようだ。

 あまり疑問に思っていなかったが、土魔将や炎魔将が他の魔物に攻撃されないのはそういう理由があったからなのだろうな。


「もし改造したのが水魔将なのだとしたら、知能の高い厄介な相手だろうな」

「……バルギルドのような知能の発達した魔物か、もしくは魔族か」


 ガッシュの残した迷宮に関するような手記に、こんなことが書かれている。

 時折、迷宮の入り口から、傷だらけの魔物が出てくると。

 まるで何かから逃げるようにして、結界を破ろうと暴れることがあるらしい。


 迷宮内の魔物同士で争っているか、もしくは水魔将に痛めつけられているのか。

 前者なら、それだけ迷宮内の魔物が凶暴だということだ。

 後者なら、水魔将はよほど気性が荒い奴なのだろう。


 もしくは、魔物を甚振って楽しんでいるのか。

 

 どちらにせよ、今回の迷宮も一筋縄ではいかなさそうだ。


 険しい顔をしていると、ポンと肩を叩かれた。


「安心しろ。私がちょちょいと水魔将を倒してやる。伊織はいつも通り、時間を稼いでくれればいい」


 キリッとした表情で、エルフィはそんなことを言ってきた。


「……ああ。ある程度魔力が戻ったから、それなりに時間を稼げるはずだ」

 

 魔石無しでも、いくつか魔術を使うことが出来る。

 翡翠の太刀と紅蓮の鎧のお陰で、身体能力と防御力も申し分ない。

 残り少ないが、そこに魔石の力を加えれば、魔将が相手とも戦えるはずだ。


「万が一のことがあったら、伊織は私の後ろに隠れていろ。腕が戻ったお陰で、接近戦も出来るようになったからな。魔眼が間に合わなくて、腕を使えば戦える」

「あの技か……。確かに威力は高いが、消費魔力が大きいんだろ?」

「威力を抑えれば、何回かは使えるさ」


 頼もしい限りだ。


 こんな具合に、死沼迷宮について予習しつつ、戦闘方法について話し合った。

 毒に関しては、温泉都市にいる時に二人分の備えをしてきている。

 帝都でも、解毒ポーションを購入したし、備えに問題はないだろう。


 そうしている内に、太陽が中天に近づきつつあった。

 そろそろ昼の時間だ。

 カレンが結界の様子を見に行く頃だろう。


 本を片付け、埃を払って部屋から出ようとした時だった。

 カンカンカンカン、と外から鐘を鳴らす音が聞こえてきた。


「騒がしいな」


 鐘が聞こえてきてから、屋敷の中が少し騒がしくなった。

 ドタバタと走り回る音が聞こえている。

 

 また、窓の外からも人の叫ぶ声がしていた。

 誰かが何かを叫んで回っているらしい。

 鐘の音のせいで、屋敷の中からでは何を言っているのか聞き取ることが出来ない。


「……タダ事じゃなさそうだな」

「外で何かあったのだろう」

「エルフィ、確かめに行くぞ」

「ああ」


 部屋を出て、すぐにカレンの姿が見つかった。

 使用人ではない、領民らしき男と会話しているのが見える。

 男は血相を変えており、相当に慌てている様子だった。


「どうしたんですか?」


 駆け寄って声を掛ける。


「伊織さんとエルフィさん……。大変なことが、起こっています」


 カレンの顔色も悪い。

 相当に良くないことが起きているのだろう。


「一体、何が……」


 カレンが深刻な表情をして言った。



「――迷宮の結界が、"水魔将"によって破られました」

更新が遅くなってすいません。

遅くても、2~3日に一度は更新出来るよう頑張ります。

更新時間は21:00から23:59の間です。



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