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第五話 『聞く価値もない』

 それから俺達はカレンの馬車に乗せて貰い、レイフォード領へ向かうことになった。

 依頼を受けている間、また俺達の用事が終わるまでは、カレンの屋敷に滞在しても良いとのことだ。


「…………」

 

 カラカラと車輪が回り、窓から見える風景が通り過ぎていく。

 死沼迷宮まで歩いて進むつもりだったから、馬車に乗ることが出来たのは幸運だった。


「そういえば、伊織さんはお父様と知り合いだと仰られていましたが、どのようなご関係だったのですか?」

「……昔、ガッシュさんに命を救われたことがあるんです」


 カレンの問いに答えながら、以前彼と会った時のことを思い出す。

 

 ガッシュは心優しい性格をした魔術師だった。

 温厚で、血を見るだけで震えてしまうような臆病な男でもある。

 

 そして同時に、混ざり者……"半魔"でもあった。

 魔族と人間が交わり出来た者や、魔族の血が流れている者を、人は侮蔑の意味を込めて混ざり者と呼ぶ。


 ガッシュは貴族ではあったが、混ざり者だったために酷く中傷を受けたらしい。

 だが、ガッシュは折れなかった。

 差別をはねのけ、己のやるべきことをやり、多くの人に認められることになった。

 彼が沢山の領民に慕われているのを目にしたことを覚えている。

 

 そして、ガッシュは戦うよりも守ることを得手としていた。

 レイフォード家に代々伝わる、『要石』という結界魔術の効力を高める魔力付与品マジックアイテムを使用して、攻め入る魔王軍から人々を守っていた。


『僕はアマツさんのように戦うことが出来ません。血を見るだけで、震えてしまう臆病ものですから……』

『でも、こんな僕でも結界魔術という取り柄がある』

『戦えなくても、家族を、仲間を、領に住んでいる人々を――大切な人を守ることは出来る』

『だから、アマツさん。僕は僕に出来ることで精一杯戦います』


 会話した時に、ガッシュはそんな事を言っていた。

 それまで穏やかな表情をしていた彼が、息を呑んでしまう程の気迫を放っていたことを覚えている。


 それからしばらくして、俺とパーティは四天王"千変"の策略に嵌まり、窮地に陥った。

 連戦で消耗している所に、"千変"と大量の魔物が押し寄せてくる。

 他の者達も、"千変"が差し向けた魔族によって身動きがとれない。


 その時に、助けに来てくれたのがガッシュだった。

 戦うのが嫌いな筈なのに、兵を率いて、駆けつけてくれたのだ。

 彼の張った結界によって俺達は体勢を立て直し、"千変"を撃退することに成功した。


 あの時、ガッシュが来てくれなければ俺は命を落としていただろう。

 ルシフィナとディオニスは、何か策があったのだろうが。


「…………」


 カレンの話では、母……ガッシュの妻は亡くなってしまったらしい。

 ガッシュ本人も、行方不明になっている。

 あいつは、まだ無事でいるのだろうか。


 あの時に思ったんだ。

 彼のような"勇気"を持った者こそ、俺なんかよりも"勇者"に相応しいのではないかと。

 誰に流されるでもなく、確固たる信念を持ったガッシュ・レイフォードのような男が。


「…………」


 それから数時間後。

 日が傾きかけてきた頃に、俺達はレイフォード領へ到着した。



 

 久々に見たレイフォード領は、以前よりも活気がなくなっていた。

 上手く説明出来ないが、前に見た時は領全体がイキイキしていたような印象を覚えたのだ。

 夕暮れ時なのが相まってか、今は寂れてしまったかのように見える。


 ……無理もないか。

 領内で魔物の被害が出て、更に行方不明になっている者もいるという。

 領主であるガッシュもその一人だ。

 そんな状態で、活気がある方が変だろう。


 案内され、俺達はレイフォード家の屋敷にやってきた。

 流石に三十年も経っているからか、外装は大きく変わっている。

 

 馬車を降り、屋敷の中へ入る。

 俺達が寝泊まりする客間を案内された後、食堂で少し早いが夕食を取ることになった。

 使用人の数はそれほど多くないようで、数人がせっせと料理を並べていく。


 そこへ、ドレスからゆったりとした服装へ着替えたカレンと、ジャンがやってきた。

 カレンの手には、一枚の書簡が握られていた。


「カレンさん、それは……」

「……皇帝陛下からです」


 その書簡には、レイフォード家当主代理として、カレンが帝城に来るように記されていたらしい。

 迷宮封印の任に関して、伝えなければならないことがあると。

 カレンの顔色からして、あまり良い報告が聞けそうにないな。


「……迷宮の封印には、レイフォード家に伝わる『要石』という魔力付与品マジックアイテムを使用してきました。名前の通り、結界の要となる石のことです」

「それは今、どうしているのだ?」

「オリヴィアさんが迷宮を占拠した際に、彼女に持って行かれてしまったのです。『これは結界を張るための道具。だからこれから結界を張る自分が使うべきだ』と言って」


 カレンは再三、要石、そして占拠している迷宮の返還を要求している。

 だが、オリヴィアはそれを完全に無視し、結界を貼り続けているようだ。


「迷宮封印は、レイフォード家に与えられた命です。父と母がいなくなった以上、私が領を守らなければなりません……!」


 心細いだろうに、カレンは気丈にそう言った。

 ……ガッシュにそっくりだな。

 彼に似て、カレンが領民を強く想っているのが伝わってくる。


「しかし……そのオリヴィアっていう女は、何故そんな無茶苦茶なことをしだしたのだろうな」

「心当たりは、あります」


 カレンは目を瞑り、感情を抑えるように言った。


「伊織さん達は、もう気付いておられると思いますが……私は混ざり者です」

「……まぁ、魔力の質から、ただの人間ではないと気付いていた」

「オリヴィアさんは、人間以外の種族を酷く嫌っているようで。……それで目を付けられたのではないかと」


 ガッシュとカレンに魔族の血が流れているのに加えて、レイフォード領には亜人や半魔が複数暮らしている。

 魔王軍によって住む場所を失った者をガッシュが受け入れたのだという。


 以前、オリヴィアは亜人や半魔を「汚らわしい家畜」と言っていた。

 カレンやガッシュ達が気に食わないから、というのも考えられない話ではない。

 他にも何かあるかもしれないが、それは身動きを封じ、拷問しながらジックリと聞き出せばいい。


「全く……今度の相手もまた、ロクでもない奴のようだな」

「そもそもロクな奴がいた試しがないしな」


 会話しながら、夕食を頂いた。

 王国の貴族だったら、食事のマナーがどうだとか、平民と一緒に食えるか、とか言い出すだろうが、カレンは何も言ってこない。

 後ろに控えている従者は、無言で俺達を睨みつけているが。


「明日、帝都へ向かわなければいけません。依頼したばかりで申し訳ありません」


 帝都、か。


「その帝都に、私達も連れて行ってくれないか?」


 エルフィがそんなことを言い出した。

 

 ここまでの話では、オリヴィアはカレンにも狙いを定めているようだ。

 カレンと共に行動すれば、あの女の動向を掴めるかもしれない。


「もちろん、構いませんよ」


 図々しいお願いではあったが、カレンは笑顔で了承してくれた。

 ただ連れて行って貰うだけではなんなので、護衛として着いて行くと提案する。

 カレンは「是非お願いします!」と頷いた。


 こうして、俺達も帝都へ行くことになった。


 夕食後、浴場を借りて汗を荒い流し、俺達はそれぞれの部屋へ向かった。


 部屋に来る前に聞いた話だが、オリヴィアは帝国を襲撃していた魔物を退治したことで、貴族の位についたらしい。

 

 帝国は実力重視の国だ。

 当初は亜人や半魔を排斥していたが、ある時皇帝が病に掛かって死にかけた時に、亜人だか半魔だかがその病気を治して見せたことによって、それ以来、亜人も半魔も受け入れている。

 人間でも亜人でも半魔でも、結果を残せば認められる。

 

 オリヴィアが貴族になっているのは、魔物退治の功績が皇帝に認められたからだろう。

 今は軍を抜け、貴族としてエリエスティール領に引きこもっているらしい。


「……あの女へ、どうやって復讐するか、今の内に考えておくか」


 明日の帝都で、それに役立つ物が見つかるかもしれないからな。

 そんなことを考えながら、俺は眠りについた。



 翌日、朝一番で馬車に乗って帝都へ出発した。

 馬車に乗っているのはカレンと従者、そして俺達だ。

 護衛も引き受けていたが、行きでは魔物に遭遇することはなかった。


「つきました!」


 グランシルク帝国、帝都ヴァンデル。

 帝都は頑強な城壁で覆われており、城殻都市とも呼ばれている。

 三十年前の戦いでも、この城壁の存在は大きかったな。


 帝都への入り口である大城門は門番によって守られているが、カレンのお陰ですんなりと中に入ることが出来た。


「ほう……」


 大城門を潜った先にある帝都は、温泉都市以上に栄えていた。

 魔術研究が盛んというだけあって、至る所に明かりを灯す魔力付与品マジックアイテムや、結界が設置されている。

 維持するだけで、かなりのコストが掛かっているだろうな。


 エルフィも感心したようで、その光景を見て吐息をこぼした。


「伊織伊織! あそこに美味そうなパン料理が売っているぞ。魚の卵を挟んだものらしい!」

「ああ、そうだよな」


 ああ、知ってた。

 お前が見るのはそっちだよな。


「ひとまず、帝城へ向かいますね」


 ジャンは反対していたが、俺とエルフィも付き人として帝城へ入れて貰えるようだ。

 国王とか皇帝とか、旅の途中に何度も謁見した経験があるが、付き人として行くのは初めてだな。

 エルフィは早速、明太子フランスパン的なモノを買ってバクバクと食べている。

 ボロボロと破片をこぼすから、服についたそれをぱっぱと払ってやる。


「伊織さんとエルフィさんは、何故か兄妹みたいですね」


 それを見て、カレンが笑みを零す。


「な、逆ならともかく、私が妹だと!?」

「ふふ、そうです。実際は兄妹、ではないんですよね?」

「ええ。こいつと俺は縁あって一緒に旅しているだけで、血の繋がりはないですね。一緒に行動するようになったのも、つい最近で」

「まあ、そうなんですか? とても仲が良く見えたので、長い付き合いなのかと思っていました」


 私は妹などではない、と言いながらもエルフィはパンくずをポロポロこぼしている。

 こいつ、実年齢絶対俺より上だろうけどな……。

 なんでこんなに残念なんだろう。


「カレン様、そろそろ帝城です」

「……そうですね」


 そうこうしている内に、帝城へと辿り着いた。

 魔術に強い素材で作られた、白金と城だ。

 城壁と同じように、防御の魔術が刻まれているため、上級の魔術をぶっ放してもびくともしないだろう。

 王城にも引けを取らない荘厳さだ。


「ふ……私の城とは比べるまでもないな」


 勝ち誇るエルフィの手からパンを取り上げ、袋に入れてからポーチにしまう。

 城の中でポロポロをパンくずをこぼされたらたまったもんじゃないからな。

 流石に分かっているとは思うが、念のためだ。


 城を入る前に、カレンが兵士に名乗った。

 レイフォード家の家紋と、皇帝から届いた書簡を見せるとすんなり入城許可が降りる。


「そちらの方達は?」

「私の付き人です。彼らにも入城許可を頂けますか?」

「はい、大丈夫です。ですが、武器は全て預からせていただきますね」


  兵士から身体検査を受け、武器や魔力反応があるものは全て渡した。

 トラブルがあると怖いので、値打ちのある物はあらかじめポーチにしまってある。

 エルフィも正体を隠す指輪を嵌めているが、検魔眼クラスのチェックに掛けないと見分けがつかないようになっているようだ。

 指輪のことは悟られず、城に入ることが出来た。


 案内を受け、俺達は城の中を進んでいく。

 謁見の間の近くまで来て、俺達とジャンは止められた。

 ここから先は、皇帝の許可が下りていなければ入ることが出来ないのだ。


「では、行ってきます。ジャンと伊織さん達はそこで待っていてください」

「はい、分かりました」

「いってらっしゃいませ、カレン様」


 そうして、カレンは謁見の間の方へと歩いて行った。

 残った俺達は、待合室的な所で待機することになる。

 部屋の外には見張りがいるので、自由に歩き回ることは出来ない。


「…………」


 部屋に入ってから、ジャンは黙りこくっている。

 相変わらず、不機嫌そうだ。

 話しかけてみたが、返事も返さない。


「この男、一体なんなのだ……」


 エルフィは嫌そうな顔でジャンを見ている。

 俺は柔らかなソファにもたれかかり、天井のシャンデリアを見ながらあることを考えていた。


 内容は、今回の一件についてだ。

 といっても、もうおおよその予想はついているのだが。

 あくまで予想の域だが、あの女ならこれ・・くらいはやりそうだからな。

 後はその確証を得るだけだ。


「なぁ、ここに来る途中に変わったポーションが売ってたよな」

「ああ。あの治癒効果が持続する奴だろ? あれがどうかしたか?」

「いや、帰りにいくつか買っておこうと思ってさ」

「ふむ……?」


 純粋に役立つのもあるが、ある使い道・・・を思いついた。

 これを使えば、面白いことが出来そうだ。


 そうこうしている内に、カレンが帰ってきた。



 戻ってきたカレンの顔色は悪かった。

 蒼白で、相当なショックを受けているらしい。

 

「カレン様、どうなされたのですか!?」

「……レイフォードは……迷宮封印の命を解か、れました」


 震え声で、カレンは謁見の間であったことを語った。


 皇帝直々に、迷宮封印の解任を言いつけられたようだ。

 レイフォード家の代わりに、オリヴィアに迷宮封印の命が与えられたという。


「……『要石』も、オリヴィアさんに譲渡せよとのことでした」

「そんな……」


 母を失い、父親が失踪し、残った自分が領地を守らなければとカレンは気丈に振舞っていた。

 だが、今回の件は流石にキツかったのだろう。

 顔は青白く、体も震えている。


「カレンさん、大丈夫ですか……?」

「だ、大丈夫、です。それより、帝城から出ましょう。もう、用事は終わりましたから……」


 覚束ない足取りで、カレンが部屋から出て行く。

 掛ける言葉が見つからず、俺達も彼女に続いた。

 ジャンはカレンの少し後ろで、難しい顔をしている。


「あらあら、そこにいるのはカレンさんではありませんか」


 部屋を出て、少し歩いた時だ。

 後ろから、カレンを呼ぶ声があった。

 その声には、聞き覚えがある。


「……お出ましのようだな」


 立っていたのは、長い茜色の髪を縦巻きロールにした女性だった。

 薔薇を思わせる赤いドレスを身に着けている。

 街中ですれ違えば、思わず目で追ってしまう程の容姿もある。


  二十半ば・・・・のその容姿に息を飲む。


「…………ッ」


 オリヴィア・エリエスティール。

 三十年ぶりに見る裏切り者の容姿は、どういう訳かあの頃と一切変わっていなかった。


「御機嫌よう、迷宮封印の命を解かれた気分はいかがですか?」

「……オリヴィア、さん」

「これで名実ともに、迷宮封印はわたくしの役割になった訳ですね。いやぁ、流石陛下ですわね」

「……それ、は」

「貴方のような混ざり者に封印を任せて、これ以上わたくしの領民に被害が出てはたまったものじゃありませんわ」


 勝ち誇ったオリヴィアの言葉に、カレンがブルブルと体を震わせる。

 

「まあ、当然の結果ですわ。領主サマも、無責任に失踪してしまっていますし? 一体全体、貴方のお父様はどこにいらっしゃるんでしょうねぇ?」


 悪意を剥き出しにして、オリヴィアが嗤う。

 アマツとして話した時とはまるで別人だ。

 これが本性なのだろうが。


「迷宮をちゃんと封印していていなかった罰があたったのかもしれませんわねぇ! 混ざり者で、無責任で、与えられた命もロクに果たせない! 当然の結果だとは思いませんか、カレン・レイフォードさぁん?」

「……ッ」


 その言葉に、オリヴィアに背を向け、カレンはその場から走り去っていってしまった。

 無言でオリヴィアを見ていたジャンも、その跡を追っていく。


「あらあら、図星を刺されて逃げていってしまいましたか」


 そんなカレンの後ろ姿をオリヴィアは笑う。


「…………」

「あら、貴方方は」


 そこで初めて、オリヴィアはこちらに視線を向けた。


「冒険者ですか。粗雑な余所者をつれて歩くなんて、ろくな従者もいないんでしょうねえ。ま、あの薄汚い混ざり者には相応しいですわね」


 俺の正体には気付かず、オリヴィアはそう罵ってくる。

 

「行くぞ、伊織」

「ああ」

「あらあら、無視ですか」


 言葉を聞く価値がない。

 お前が口にしていいのは、謝罪と後悔、苦痛に歪んだ断末魔だけだ。


 背を向け、俺達はカレンを追った。


 

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