第四話 『オリヴィア・エリエスティール』
オリヴィア・エリエスティールは魔術師だ。
戦闘魔術は勿論、オリヴィアは治癒魔術や精神魔術などあらゆる分野の魔術を使いこなすことが出来る、万能型の魔術師。
その腕を買われ、あの女は帝国軍の魔術部隊に所属していた。
それと同時に、精神を安定させたり、身体能力を高める魔術の研究も行っていたらしい。
あの女と会ったのは、パーティと共に帝国にやってきた時のことだ。
「私はオリヴィア・エリエスティールと申します。"英雄アマツ"様……お会いできて光栄ですわ。ずっと前から、ひと目会ってお話したいと思っておりました」
貴族ではないようだが、言葉遣いは綺麗だった。
容姿も整っており、人当たりも良かった。
魔術の腕も良く、美人で、礼儀正しい。
それが最初に俺が会った時のオリヴィアへの印象だ。
まあ、例の如く、俺にはあの女の本質が見えていなかっただけの話なのだが。
オリヴィアの本性を知ったのは、それから数週間ほど後のことだ。
彼女が指揮していた魔術部隊が、オリヴィアを除いて全滅した。
その代わり、魔王軍四天王の側近を討伐することに成功していた。
帝国は実力、結果を重視する国だ。
部隊を全滅させたものの、側近を倒したという功績は大きく、オリヴィアは大きく評価された。
それだけなら、良かったのだが。
「アマツ様に見て貰いたい魔術がありますの」
側近を倒した作戦で、彼女はある魔術を使用していた。
その名を"洗脳魔術"。
その効果は、対象の脳から恐怖や苦痛といった概念を取り除き、敵を倒すことだけしか考えられなくなるというものだった。
「洗脳……魔術?」
「ええ。今回の功績で、この洗脳魔術が有効なことが証明されましたわ。四天王の討伐作戦で、私はこの魔術の使用を提案しようと思っておりますの」
オリヴィアは、洗脳魔術の効果を語った。
心底、嬉しそうに。
固まっている俺に気付かず、オリヴィアは言葉を続ける。
「私の魔術があれば、人間側の勝率は大きく上がるはずですわ。ですので作戦会議の折、私の提案が通るよう、是非アマツ様に口添えして頂きたいのです」
オリヴィアの言葉に思考が追いつかない。
彼女は何を言っている……?
「それは、そんなのは……」
頭の中に、オリヴィアの部隊にいた人達の顔が浮かんだ。
今回の作戦前に、俺は彼らと会話していた。
家族を守るために軍に入ったという男性、弟を養う為に戦っている亜人。
「まさか、仲間達にその魔術を……?」
「ええ、勿論です。敵を倒すことだけしか考えられなくなりますので、皆死んでしまいましたが。まぁ、必要な犠牲でした」
俺が住んでいた世界とは、全く異なる価値観。
勝利の為に、部隊を全滅させておいて、オリヴィアは悲しむ素振りすら見せなかった。
「彼らは……洗脳魔術を掛けられることに、同意していたのか?」
「同意……? 何故そんなモノがいるんですの? 彼らは大した取り柄もない凡百の魔術師ですのよ?」
必要な犠牲。
大した取り柄もない、凡百の魔術師。
微笑みすら浮かべて、彼女は死んだ仲間をそう言った。
「それに、中には亜人や混ざり者がいましたわ。薄汚い家畜が私達人間の為に死ぬことが出来たのですから、本望でしょう。ですから同意など必要ありませんわ。そんなことより――――」
オリヴィアの目を、言葉を聞けば分かった。
彼女は自分の部隊にいた人間を、仲間などとは思っていない。
ただ、利用するための道具程度にしか思っていない。
見る目がない俺でも理解できた。
この女は、自分のことしか考えていないと。
仲間を食い物にして、自分の地位を上げることしか考えていないと。
理想を夢見て、正義感に満ちあふれていた頃の俺は彼女を弾劾した。
そんなふざけた魔術が認められるかと、お前は仲間を何だと思っているのだと。
「な、何を怒っているのか分かりませんわ」
オリヴィアは理解できないといった表情を浮かべていた。
それどころか、服をはだけさせ、俺を誘惑しようとしてくる始末だ。
俺は帝国側にこの事を告げた。
勇者にそっぽを向かれたら、困ると考えたのだろう。
オリヴィアの研究は禁止され、洗脳魔術は禁術指定されることとなった。
そして、それからしばらくが経過し。
オリヴィアは俺の殺害に加担した。
実験材料として、俺の体を渡すことを条件に。
「私の魔術で、人間軍の指揮系統を崩します。まぁ、何百人、多ければ千人単位で死人が出るでしょうけど、必要な犠牲ですわ」
「あの男の体を使って今度こそ、私の研究を認めさせてみせましょう」
「"英雄アマツ"は、魔王さえ倒せれば用済みですからね。裏切られて無様に死ぬのも、"必要な犠牲"ですわ」
利用価値のなくなった英雄は、ただの"食い物"に過ぎないと。
そう言って笑うオリヴィアの姿が、今も脳裏に焼き付いている。
◆
父親であるガッシュが行方不明になったこと。
迷宮がオリヴィアによって封印されてしまっていること。
それらを俺達に説明した上で、カレンは言った。
「……お二方は、冒険者でしたよね。依頼したいことが、あるのです」
「カレン様!」
カレンの名を、従者のジャンが咎めるような声で口にする。
「このような者達に依頼する!? 一体何を考えておられるのですか!」
「では、座して状況を見ていろと言うのですか?」
「しかし……!」
やがてカレンがジャンを言いくるめ、話を聞いてくれないかと言った。
「伊織に任せるよ」
「……分かった」
エルフィは目を瞑ったまま、そう言った。
頷き、考える。
オリヴィアの名前が聞けたように、何か有力な情報を得ることが出来るかもしれない。
断ったからといって、ブチ切れて何かしてくるようにも思えない。
よし。
「依頼内容が分からなければ、承諾することは出来ません。依頼内容について、お話して貰えないでしょうか?」
取り敢えず、話だけ聞いておくことにした。
◆
立ち話も何だからと、カレンの馬車の中で話を聞くことになった。
ジャンは無言だが、不機嫌なのがもの凄く伝わってくる。
カレンは気付いていないのか、依頼したい事情について話始めた。
レイフォード家は、皇帝から迷宮の封印を命じられている。
死沼迷宮がレイフォード領のすぐ近くにあることと、ガッシュが優れた結界魔術師だからだ。
オルテギアが五将迷宮を新たに作り出して以来、ずっとガッシュが結界を張っていたそうだ。
結界のお陰で魔物の被害は出ず、一応は平和が続いていた。
だが、数カ月前、
結界が張られている筈の迷宮から魔物が溢れ、レイフォード領を襲った。
領民から数人の犠牲がでてしまい、更にカレンの母親も死んでしまったという。
それから数日後。
ガッシュが結界を張り直したのにも関わらず、再び魔物が外に出始めた。
今度はレイフォード領ではなく、隣の領地。
オリヴィア・エリエスティールの領地で、魔物の被害が出てしまった。
戦争が終わってから、どうやら彼女は功績を出し、貴族になっていたらしい。
「レイフォードの結界は信用出来ないから、自分が結界を張るとオリヴィア様は言ってきたのです」
ガッシュはそれを断り、更に厳重に迷宮に結界を張ろうとしていたが、その途中で行方不明になってしまった。
「だから……お父様の代わりに私が迷宮に結界を張ったのですが……」
再び、オリヴィアの領地で魔物の被害が出た。
そこで、オリヴィアが迷宮を占拠し、勝手に結界を張ってしまったらしい。
それからは、一度も魔物の被害は出ていない。
「父様の結界にも、私の結界にも、不備はありませんでした。それまで十数年、ほとんど被害を出さなかったのに……」
「…………」
ガッシュを捜索しながら、カレンはオリヴィアに占拠している迷宮を返すように意見した。
何度も会いに言ったが、相手にされていないようだ。
「その帰りに、この街道で魔物に襲われたのです……」
「それは……作為的なモノを感じますね」
「……はい。お父様の失踪や、魔物の被害に……私はオリヴィア様が絡んでいると考えています」
事情は大体分かった。
何となく、今回の事件がどういうものなのかも見えてきている。
「それで、お前は私達に何を依頼したいのだ?」
「キサッ」
エルフィの言葉遣いにジャンが怒鳴ろうとしたのを、カレンが止める。
改まった口調で、カレンは告げた。
「お父様の捜索……それと、一連の出来事の捜査を依頼したいと考えています」
「…………」
「もちろん、相応の報酬は出します」
俺は思い出していた。
カレンの父である、ガッシュの事をだ。
彼には一度、命を救われたことがある。
そのガッシュが行方不明になり、また娘が何か困っている。
力を貸してやりたいと、少しだけ思った。
だが、今俺達がしているのは人助けの旅じゃない。
目的を見誤ってはいけない。
力を取り戻し、復讐を成す。
それがこの旅の目的だ。
ならば。
「相応の報酬、といいましたね」
「はい」
頷いたカレンに、依頼を受ける条件を口にした。
一つ、依頼終了後に俺達を迷宮に入れること。
二つ、家の力を使い、こちらが求めた情報を渡すこと。
これが俺の出した条件だ。
「分かりました。その報酬をお約束します」
今回の依頼は、十中八九オリヴィアが絡んでいる。
あの女に復讐するには、もってこいの話だ。
ならば、利用しない手などない。
「でしたら、微力ながらそのご依頼、受けさせていただきます」
こうして俺達はカレンの依頼を受けることにした。




