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第三話 『大地裂く五爪』

 血走った目をこちらへ向けながら、泥熊マッド・グリズリーが接近してきた。

 向かってきた二匹を、俺達は迎え撃つ。


 泥熊は凶暴な魔物だが、同時に臆病でもある。

 相手から攻撃を受けた時、その痛みで怯む。

 更にダメージを負わせれば、その場から逃げていくはずだ。


「はッ!」

 

 力任せに振り下ろされた一撃を躱し、掬い上げるように一閃。

 血が吹き出すも、切断には至らない。

 痛みに唸りながら、泥熊は再度腕を振り下ろしてきた。


 ステップを踏んで回避。

 躱すと同時に、先ほど斬った部分へ攻撃を集中させる。

 血がこぼれ落ち、右腕の動きが落ちてきた。

 

 そこでわざとひき、泥熊の攻撃を誘う。

 地面に叩き付けられた腕へ向けて、上段から太刀を振り下ろした。

 泥熊の右腕が地面へ落ちる。


 腕一本を失うダメージを負わせれば、泥熊は逃げようとするはず――


『――――』


 と、残った左腕で薙いできた。

 翡翠の太刀で受け流し、その反動を利用して後ろへ跳んだ。


「この泥熊達、様子がおかしいな」

「ああ。私も軽く魔眼をお見舞いしてやったが、怯むどころか向かってきている」


 六匹の泥熊の視線がこちらへ向いている。

 馬車に乗っている者達よりも、俺達を脅威と見做したらしい。

 エルフィの魔眼を喰らい、体の一部を失っている泥熊もいるが、まるで痛みを感じている様子はない。


「三十年の間に生まれた新種かもしれんな」

「それもあるかもしれないが……」


 六匹の泥熊が同時に動き出した。

 四足で地を走り、半月を描くような陣形を作る。

 明らかに、こいつらは連携を取っている。


「ひとまず、私の腕で排除するとしよう。伊織は下がっていろ」


 エルフィが前に踏み出した。


「さぁ、刮目しろ。(元)魔王の実力の一旦を拝むことが出来るのだからな……!」


 ボソッと小声で元を付けながら、エルフィが気炎を吐いた。

 双眸ではなく、魔力が右腕に集中していく。

 五指を開き、爪を突き立てるような構えを取ると、



「――"魔腕・壊裂断かいれつだん"――」

 


 腕を覆っていた魔力が、巨大な五つの爪を形成した。

 そのまま、エルフィは向かってきた泥熊達へ右腕を薙ぐ。


 龍種のそれを連想させる爪が、正面から突っ込んできた泥熊達に触れると同時。

 五匹の泥熊の胴体がズタズタに引き裂かれ、吹き飛んだ。

 地面にも五つの深い傷跡が刻まれ、衝撃波が周囲の草木を激しく揺らす。


 まさにオーバーキルだ。

 回避出来たのは、唯一出遅れていた一匹だけ。

 それもエルフィの衝撃波を受けて吹き飛ばされている。


『――――』


 最後の一匹は、グルリと体を反転させると、俺達から馬車へと標的を変更した。

 先ほど、俺が右腕を斬り落とした個体だ。 


 馬車の人達は、エルフィの一撃に気を取られていたらしい。

 反転した泥熊に不意を突かれ、反応が遅れてしまっている。

 

 ……仕方ないな。


「ふッ――!」


 四足で馬車へ駆ける泥熊の後ろ足へ、二本のナイフを投擲した。

 背を向けていた泥熊の後ろ足へ、ナイフが深々と突き刺さる。

 ゾォルツが鍛ったというナイフなだけあって、かなりの鋭さだ。


 ナイフが刺さったことにより、泥熊が動きを止めた。


 エルフィの横を通りぬけ、泥熊へ肉薄する。

 体をこちらへ向け、迎撃しようと口を開く泥熊。


 魔力を集中させ、岩石を放とうとして――、

 

「――フッ!」

 

 その魔術が放たれることはなかった。

 

 何故なら、それよりも早く、こちらの一閃で絶命していたからだ。


 口を開いたままの泥熊の首が、ズルリと地面に落ちる。

 

 街道を騒がせていた六匹の泥熊が全滅し、戦闘は終了した。

 



「ありがとうございましたっ!」


 泥熊との戦闘後。

 馬車から一人の女性が勢い良く飛び降り、大声で礼を言ってきた。

 そのまま、俺達の方へ走って向かってくる。


 走ってきているのは、ドレスを着た二十代くらいの女性だ。

 ドレスの他にもネックレスや指輪などの装飾品を身に着けている。

 格好からして、恐らくは貴族だろう。


「……多分貴族だ。怒らせると面倒だから、失礼な行動はするなよ」

「無論だ」


 小声でエルフィに釘を刺すと同時、女性が目の前までやってきた。


「はぁ……はぁ……。危ない所を助けてくださり、本当にありがとうございましたっ!!」

 

 手入れされていることが分かる長い赤髪と、大きな茜色の瞳が特徴的な女性だった。

 薄く化粧をしており、唇にも紅が引かれている。

 香水を付けているようで、ふんわりと甘い匂いが漂ってきた。

 ……初対面の筈なのだが、何故か既視感がある。


 それとは別に、彼女から異質な魔力を感じた。

 人間の魔力というよりは、エルフィ達魔族に近い。


「礼には及びません。そちらは大事ありませんでしたか?」

「はい。危ない所でしたが、大した怪我をした者はおりません」

 

 女性の話によると、馬車で街道を通っていると、突然泥熊に襲われたらしい。

 この辺りは整備されていることで、魔物があまり出ない。

 そのため、大した戦力もなく、俺達がいなければ危ない所だったようだ。


 声は大きいが、所作や口調から育ちの良さが伝わってくる。

 だが、王国貴族のように傲慢な態度は取ってこなかった。

 それだけで中々に好印象だ。


 あの連中なら、「何故もっと早く助けなかった!」を初っ端から怒鳴ってくることすら考えられるからな。


「カレン様!」


 馬車から、従者らしき男がこちらにやってきた。

 三十代手前の、黄髪の男性だ。


「安全かどうかも分からないのに、動かないでください」

「大丈夫です! この方達が魔物を倒してくれたのですから、安全です!」

「…………」


 女性をカレン様と呼んだ男が、チラリとこちらに視線を向けてきた。

 その視線からは、どこか棘のようなモノを感じる。


「……服装からして、この辺りの人ではありませんね。失礼ですか、どこの人ですか?」


 不機嫌そうな表情のまま、男が身分を問うてくる。

 「身分の卑しい者がお嬢様に近づくな」とでも言いたいのだろうか。

 結果的にとはいえ、助けた相手に随分な態度だな。


「……俺達はこういう者です」


 それを顔に出さず、俺はポーチからギルドカードを取り出した。

 こういう時の為に、冒険者になったのだ。


「連合国の冒険者……。それも、お二人ともAランクなんですか……!」


 女性が口元に手を当てて驚いている。

 男は目を細め、無言だ。

 これで少くとも、舐められることはないだろう。


「申し遅れました。私はカレン・レイフォードと申します!」

「……カレン様の従者、ジャンです」

 

 カレンは帝国貴族で、この先にあるレイフォード領の領主の娘だと名乗った。

 レイフォードという姓を俺は聞いたことがある。

 先ほど、カレンを見た時、既視感を感じたのは、まさか……。


「お尋ねしたいのですが……ガッシュ・レイナードさんをご存知ですか?」

「それは父の名前ですが……父をご存知なのですか!?」

「――――」


 ガッシュ・レイナード。


 三十年前、帝国に来た時に知り合った貴族だ。

 共に戦ったこともあり、印象に残っている。

 ひと目会ってみたいと思った者の一人だ。


「古い……知り合い、のようなものです」

「そうなんですか……」


 俺の言葉に、何故かカレンは表情を暗くした。

 少し、嫌な予感が胸を過る。


「もしかして、ここを通っていたのは父に用があったからでしょうか?」

「いえ、偶然です。死沼迷宮の方に用がありまして」


 カレンは一度口を噤むと、首を横に振った。


「……冒険者ですし、迷宮を討伐しに来てくださったのかもしれませんが、あいにく今は迷宮に入ることは出来ません」

「…………何故ですか?」


 面倒事の予感がする。

 エルフィが目を瞑ったまま、小さく息を吐くのが聞こえた。

 俺も同じ気分だよ。


「……迷宮に結界が張られてしまっているからです」

「結界、ですか」


 カレンは言った。


 魔物を外に出さないために、結界が張られている。

 そこまでは良い。

 王国の迷宮にも、結界は張られていたはずだ。

 

 カレンの口ぶりからして何か複雑な事情があるようだが、それもいい。

 だが問題なのは、次の言葉だった。


「迷宮に結界を張っているのは――――」


 迷宮に結界を張っているという、貴族の名前。


「――オリヴィア・エリエスティールという貴族の方です」


 ふらり、と少し体が揺れる。

 カレンに見えないよう、口元を抑えた。


「……伊織?」


 助けた女性が、かつての知り合いの娘だったというのには驚いた。

 嬉しい偶然だ。

 だがまさか、その女性からこの名前を聞くとはな。


 オリヴィア・エリエスティール。

 

 俺を裏切った、女の名前だ。


 




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