表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/165

第二話 『街道を歩む二人』

 ダルドス帝国。

 レイテシア南部に位置しており、大きく海に面してる。

 その環境の為、レイテシアの中で最も水産業や造船業が発達している国だ。


 連合国を立ち、俺達は帝国にやってきた。

 港町であれこれと買い物をした後に一泊。

 現在は港町と目的地を繋ぐ街道を歩いて進んでいる。

 

 街道というだけあって、連合国へ行く時に通ったウルグスの森よりも道が整っている。

 雲はほとんどなく、燦々と降り注ぐ日光が気持ちいい。

 魔物もあまり出没せず、潮風のせいで髪がややベタつく事を除けば快適と言えるだろう。

 

「帝国か……もぐもぐ。確か、ここは魔術に秀でた国だったか?」

「秀でているというか、魔術の研究が盛んだな」


 新しい魔術を発明するのは、大抵の場合が帝国だ。

 かなり大雑把に言うと、帝国が新しい魔術を発明し、王国や教国が改良・簡易化する、という流れになる。

 "心象魔術"の存在を世に広めたのも、確か帝国だったか。


「帝国はかなりの実力主義だから、他国の優秀な魔術師に声を掛けて集めているんだと。リューザスの野郎も、帝国から声を掛けられたと自慢してやがったな」

「んぐ……。"大魔導"だったか? 確かにそれなりの魔術師だったが、アレは卑怯な小物にしか見えなかったぞ?」

「実際にそうだが、魔術の腕だけは別だ」


 人間性はともかく、並み居る帝国の魔術師を差し置いて、"最強の魔術師"と呼ばれた実力は本物だ。

 今は衰えているようだが、三十年前は間違いなく人類最強の一角だった。

 魔術師の典型である後衛タイプだったから、前衛がいなければ実力を発揮できない奴ではあったがな。


「はむ……。どんな魔術師だったんだ?」

「広域殲滅型って言えばいいのかね。あのオルテギアにすら通じる威力の魔術をぶっ放してた」

「はむはむ……なんと」


 だからこそ、あいつは俺抜きでもオルテギアを倒せると踏んだんだろう。


「ま、あの野郎のことはどうでもいい」

「はむはむ……んぐ?」

「……どんだけ食うんだよ、お前」


 ご機嫌にステップを踏みながら進むエルフィの両手。

 連合国で買い占めていた温泉まんじゅうは消滅し、今は魚介串が握られている。

 こいつ、迷宮出てから常に何か食ってんな。


「いや伊織。獲れたての魚介の美味さを舐めるなよ。お前も食ってみろ」

「ん……。いや、確かに美味いけども」


 こいつ、迷宮討伐で貰った報酬を食い物にしか使ってないんじゃないか……?

 俺が連合国や帝国で冒険用の道具などを購入してる間も、ずっと何か食ってたしな。

 

「忘れたか? 今の私は体質的に腹が減りやすいんだ。常に分身体を維持している分、常時魔力を消費している訳だしな。消せば、ある程度食欲も抑えられるぞ」


 キョロキョロと周囲を見回すと、唐突にエルフィが分身体を消した。

 空中浮遊する生首と、その両脇に浮かぶ二本の腕。 

 ただの化物じゃねえか。


 シューティングゲームのラスボスみたいな風貌だ。


「ほれ」

「ほれじゃない、早く戻れ」


 そんなやり取りをしながら、街道を進んだ。



 歩いている内に日が暮れてきた。

 ウルグスの森の時と同じように、二人で分担して野宿の準備を進める。

 一度やっているだけあって、エルフィも手際が良くなっていた。

 野宿用の道具を購入しておいた為、前よりも快適に過ごせそうだ。


 連合国で買った鍋を使い、魚介類を入れたスープを作った。

 エルフィの頭に結構な食材が入っているため、料理の材料には困らなかった。


 あれだけ魚介串を食べていたというのに、エルフィは皿いっぱいにスープを注いで飲んでいる。

 食べ物を食べている時のこいつ、ずっと顔が緩んでるな。


「このスープッ! 伊織! シェフを呼べ!」

「だから俺だって言ってるだろ」


 どうやらお気に召したらしい。


「ふぅ……」


 食事を終え、一息つく。

 聞こえるのは虫の鳴き声と、さわさわと木々が揺れる音だけだ。

 

「なぁ、伊織。お前、この世界に来るまでは何をしていたんだ?」


 焚き火をジッと見つめていたエルフィが、唐突にそんな事を聞いてきた。


「何というか、お前はアンバランスだ。成熟している部分もあれば、幼い部分もある。それだけの技術と強さがあれば、普通は何かしらの境地に達している筈なのだがな」

「…………」


 それは自分でも自覚がある。

 見る目がなく、仲間を信じきって、甘い理想に浸る。

 肉体ではなく、精神が酷く未熟だ。


「……学生だよ」

「ガクセイ?」

「学校……学園に通ってたんだ」


 ここに来る前は、十六歳で、高校生をやっていた。

 周囲に流されて、何となくで過ごす日々。

 両親が事故で死んでしまっている……という点を除けば、意思の弱い普通の学生だったはずだ。


「戦いはなかったのか?」

「全くない訳じゃないけど、少くとも俺の国は平和だった。魔族とか魔術とかなくて、争いとは無縁だったな」


 誰かに手酷く裏切られるような経験も、したことがなかった。

 こっちの人間の世界から言えば、頭がお花畑って奴だろうか。


「伊織の住んでいた国は、いい所なのだな」

「……ああ」

「元の世界に帰ろうとは思わないのか?」

「全部終わったら、探そうと思う。けど……」

「……けど?」

「あっちとこっちで時間がどうなってるか分からないからな」


 実際には違うが、俺が異世界に召喚されてから三十年が経過している。 

 あっちでもそれだけ時間が経過しているとすれば、帰った所で俺の居場所はないだろう。

 俺は殆ど外見が変わっていないしな。


「…………」


 沈黙。

 焚き火がパチパチと音を立てる。

 少し、空気を重くしてしまったか。


「ふう」

「……エルフィ?」


 息を吐くと、おもむろにエルフィが立ち上がった。

 

「そういえば、迷宮核を吸収してある程度力が戻ったんだったな。どれ程のモノか、私が確かめてやろう」

「……唐突だな」

「腹ごなしにはちょうどよかろう?」


 重くなった空気を破って、エルフィがぶんぶんと腕を回す。

 まぁ、いい機会だ。

 魔力が戻ってきてから、ちゃんと力を試していない。


「分かった」


 焚き火から離れた所に移動する。

 月明かりのお陰で、夜だがそれ程暗くはない。

 お互いに距離を取り、向かい合った。


「ふ……殺す気で掛かって来ると良い」


 魔力を放出しながら、エルフィが不敵な笑みを浮かべた。

 両腕を取り戻し、魔力が増えている。

 文字通り、腕に自信があるらしい。


 翡翠の太刀の効果で身体能力を上昇。

 "身体強化"、"加速"などで身体能力を高める。

 魔力の量が多くなったことで、魔石を使わなくてもある程度の魔術を使えるようになった。


 とはいえ、劣化版の"魔技簒奪スペル・ディバウアや"魔毀封殺イル・アタラクシア"を使えば魔力の殆どを持っていかれるし、"魔撃反射インパクト・ミラーに関しては魔力が足りない。

 未だ力不足には変わりないのだ。


 力を失っているとはいえ、相手は元魔王。

 体に負担が掛からない限界まで魔術の効果を高め、翡翠の太刀を構えた。


「ハンデだ。私は腕を使わない」


 見せ付けるように両腕を上げ、エルフィが笑う。

 腕を組み、代わりに足をぶらぶらと動かしていた。

 蹴り技で来る気だろう。


「――――」


 柄に手を添えたまま、太刀を隠すように構えた。

 そのまま腰を落とし、動きを止める。


「…………」


 動かない俺にエルフィが怪訝な表情を浮かべた。

 それから「ふむ」と呟くと、


「では、私から行くぞ」


 腕を組んだまま、勢い良く地面を蹴った。

 その威力で、足元が陥没し、草木が揺れる。

 弾丸もかくやという速度で、エルフィが突っ込んできた、

 言葉通りに腕は使わず、どうやら足技で攻めてくるつもりらしい。

 腕だけではなく、魔術も使わないのは様子見だからだろう。


 間合いを一瞬で詰める跳躍。

 エルフィがこちらの間合いに入る僅か手前で、俺は動いた。


「――――ッ!!」


 居合い。

 こちらの世界で待剣とも呼ばれる、カウンターの剣術。

 先に動いた相手を、間合いに入った瞬間に斬る技だ。


 威力を落とし、速度にのみ比重を置く。

 全盛期の速度に出来る限り近づけた、最高速の一閃。


 その一撃を、エルフィは容易く――――


「あっ」

「え」


 躱せず、モロに受けた。

 刃がエルフィの首元を通過する。

 そのまま、エルフィの首がポーンと森のどこかへ飛んでいった。

 首を失った胴体が、トサリと地面に倒れ込む。


「……………え?」


 月明かりが照らす中、視界に映るのは首を失ったエルフィ。

 ピクリとも動かず、音が消える。

 

 どうしようかと思ったその時。


「……あ」


 エルフィの首が戻ってきた。

 泣き別れになった胴体にすっぽりとくっつくと、よろよろと起き上がる。

 その顔には珠のような汗が浮かんでいた。


 息を荒くし、エルフィが俺を睨みつけると、


「殺す気かッ!」

「お前が殺す気で来いって言ったんだぞ!?」


 相当焦ったらしい。

 動悸を抑えるように胸に手を当て、汗を拭っている。

 いや、今心臓ないんじゃなかったのか。


「し、死ぬかと思ったぞ」

「……そんなにか?」

「今の一閃を見ると、かなり力が戻ってきたんじゃないか?」

「……いや、全然だ」


 威力を犠牲にしなければ、あの速度は出せなかった。

 人間なら斬れば殺せるが、魔物や魔族ならそうはいかない。

 あの速度でも、炎龍や土魔将なんかには弾かれて終わりだろう。


「……前から思っていたが、伊織の剣の腕は相当なモノだな」

「まぁ、多少はな」


 ……一時期、元仲間に教わっていたからな。


「……何か疲れたから、もう寝る」


 それからエルフィは戦いを止め、焚き火の下に戻っていってしまった。

 油断していたとはいえ、首を落とされたのがショックだったらしい。

 あいつが本気なら、まず魔眼で近づけないし、そもそも魔力で弾かれていたと思うんだけどな……。

 

 汗を拭いてから、俺も寝ることにした。

 焚き火を消すと、何故かエルフィがかなり接近してきたのは謎だったが。

 疑問に思いながらも、眠りについた。




 翌日。

 エルフィと並び、街道を歩く。

 進むにつれて風景が変わり、遠くに草原が見えてきた。

 

「……懐かしいな」

「来たことがあるのか?」

「ああ。三十年前に、死沼迷宮を攻略しに来た時にな」


 何となく見覚えがある。


 旅の過程で、魔物に襲われている人々を助けた。

 そこで礼としてご馳走をしたり、息抜きに踊ったりしたものだ。

 仲の良い者も何人か出来た。

 あの村の人々はいま、何をしているのだろう。


 そんな懐かしい気持ちに浸りながら、道を進んでいる時だった。


「……これは」


 前方から、馬の嘶きが聞こえてきた。

 それだけでなく、小さな爆発音も連続している。

 エルフィと顔を見合わせて、音の聞こえる方でゆっくりと向かう。


「魔物か……」


 前方で馬車が魔物に襲われているのが見えた。

 馬の御者や、中に乗っている者達が魔術を使って魔物と戦っている。

 馬車を襲っているのは、"泥熊マッド・グリズリー"という魔物だ。


 口から土の魔術を使用して獲物を追い詰める、強力な魔物だ。

 それが六匹、同時に馬車を襲っている。


「……妙だな」


 泥熊は基本、単独で行動する。

 あれ程の数が集まれば、共食いを始めてもおかしくない。


 だというのに、泥熊達は異様に統率が取れていた。

 息を荒らげているが、咆哮することもなく、連携を取って攻撃している。

 まるで、何かに操られているような不自然さがそこにはあった。


「…………」

 

 そのさまに違和感を覚え、目を細めた時。


 馬車から悲鳴があがった。


 一匹でも厄介な魔物が、六匹もいる。

 持ちこたえているのを見ると、馬車に乗っている魔術師は腕が立つようだが、そう長くは持たないだろう。

 

 どうしたものか。


『…………!』


 その時、馬車を襲っていた泥熊の一匹がグルンと首をこちらへ向けた。

 

「気付かれたようだな」


 六匹の内、二匹が馬車への攻撃を止め、俺達の方に猛然と走り始めた。

 熊というだけあって、その走行速度は相当なモノだ。


「チッ、闘うしかないか」

「ちょうどいい。取り戻した"腕"の調子でも確かめるか」


 なし崩し的に、襲ってきた魔物との戦闘が始まった。


前話のリューザスの設定を修正しました 11/7

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ