第二話 『街道を歩む二人』
ダルドス帝国。
レイテシア南部に位置しており、大きく海に面してる。
その環境の為、レイテシアの中で最も水産業や造船業が発達している国だ。
連合国を立ち、俺達は帝国にやってきた。
港町であれこれと買い物をした後に一泊。
現在は港町と目的地を繋ぐ街道を歩いて進んでいる。
街道というだけあって、連合国へ行く時に通ったウルグスの森よりも道が整っている。
雲はほとんどなく、燦々と降り注ぐ日光が気持ちいい。
魔物もあまり出没せず、潮風のせいで髪がややベタつく事を除けば快適と言えるだろう。
「帝国か……もぐもぐ。確か、ここは魔術に秀でた国だったか?」
「秀でているというか、魔術の研究が盛んだな」
新しい魔術を発明するのは、大抵の場合が帝国だ。
かなり大雑把に言うと、帝国が新しい魔術を発明し、王国や教国が改良・簡易化する、という流れになる。
"心象魔術"の存在を世に広めたのも、確か帝国だったか。
「帝国はかなりの実力主義だから、他国の優秀な魔術師に声を掛けて集めているんだと。リューザスの野郎も、帝国から声を掛けられたと自慢してやがったな」
「んぐ……。"大魔導"だったか? 確かにそれなりの魔術師だったが、アレは卑怯な小物にしか見えなかったぞ?」
「実際にそうだが、魔術の腕だけは別だ」
人間性はともかく、並み居る帝国の魔術師を差し置いて、"最強の魔術師"と呼ばれた実力は本物だ。
今は衰えているようだが、三十年前は間違いなく人類最強の一角だった。
魔術師の典型である後衛タイプだったから、前衛がいなければ実力を発揮できない奴ではあったがな。
「はむ……。どんな魔術師だったんだ?」
「広域殲滅型って言えばいいのかね。あのオルテギアにすら通じる威力の魔術をぶっ放してた」
「はむはむ……なんと」
だからこそ、あいつは俺抜きでもオルテギアを倒せると踏んだんだろう。
「ま、あの野郎のことはどうでもいい」
「はむはむ……んぐ?」
「……どんだけ食うんだよ、お前」
ご機嫌にステップを踏みながら進むエルフィの両手。
連合国で買い占めていた温泉まんじゅうは消滅し、今は魚介串が握られている。
こいつ、迷宮出てから常に何か食ってんな。
「いや伊織。獲れたての魚介の美味さを舐めるなよ。お前も食ってみろ」
「ん……。いや、確かに美味いけども」
こいつ、迷宮討伐で貰った報酬を食い物にしか使ってないんじゃないか……?
俺が連合国や帝国で冒険用の道具などを購入してる間も、ずっと何か食ってたしな。
「忘れたか? 今の私は体質的に腹が減りやすいんだ。常に分身体を維持している分、常時魔力を消費している訳だしな。消せば、ある程度食欲も抑えられるぞ」
キョロキョロと周囲を見回すと、唐突にエルフィが分身体を消した。
空中浮遊する生首と、その両脇に浮かぶ二本の腕。
ただの化物じゃねえか。
シューティングゲームのラスボスみたいな風貌だ。
「ほれ」
「ほれじゃない、早く戻れ」
そんなやり取りをしながら、街道を進んだ。
◆
歩いている内に日が暮れてきた。
ウルグスの森の時と同じように、二人で分担して野宿の準備を進める。
一度やっているだけあって、エルフィも手際が良くなっていた。
野宿用の道具を購入しておいた為、前よりも快適に過ごせそうだ。
連合国で買った鍋を使い、魚介類を入れたスープを作った。
エルフィの頭に結構な食材が入っているため、料理の材料には困らなかった。
あれだけ魚介串を食べていたというのに、エルフィは皿いっぱいにスープを注いで飲んでいる。
食べ物を食べている時のこいつ、ずっと顔が緩んでるな。
「このスープッ! 伊織! シェフを呼べ!」
「だから俺だって言ってるだろ」
どうやらお気に召したらしい。
「ふぅ……」
食事を終え、一息つく。
聞こえるのは虫の鳴き声と、さわさわと木々が揺れる音だけだ。
「なぁ、伊織。お前、この世界に来るまでは何をしていたんだ?」
焚き火をジッと見つめていたエルフィが、唐突にそんな事を聞いてきた。
「何というか、お前はアンバランスだ。成熟している部分もあれば、幼い部分もある。それだけの技術と強さがあれば、普通は何かしらの境地に達している筈なのだがな」
「…………」
それは自分でも自覚がある。
見る目がなく、仲間を信じきって、甘い理想に浸る。
肉体ではなく、精神が酷く未熟だ。
「……学生だよ」
「ガクセイ?」
「学校……学園に通ってたんだ」
ここに来る前は、十六歳で、高校生をやっていた。
周囲に流されて、何となくで過ごす日々。
両親が事故で死んでしまっている……という点を除けば、意思の弱い普通の学生だったはずだ。
「戦いはなかったのか?」
「全くない訳じゃないけど、少くとも俺の国は平和だった。魔族とか魔術とかなくて、争いとは無縁だったな」
誰かに手酷く裏切られるような経験も、したことがなかった。
こっちの人間の世界から言えば、頭がお花畑って奴だろうか。
「伊織の住んでいた国は、いい所なのだな」
「……ああ」
「元の世界に帰ろうとは思わないのか?」
「全部終わったら、探そうと思う。けど……」
「……けど?」
「あっちとこっちで時間がどうなってるか分からないからな」
実際には違うが、俺が異世界に召喚されてから三十年が経過している。
あっちでもそれだけ時間が経過しているとすれば、帰った所で俺の居場所はないだろう。
俺は殆ど外見が変わっていないしな。
「…………」
沈黙。
焚き火がパチパチと音を立てる。
少し、空気を重くしてしまったか。
「ふう」
「……エルフィ?」
息を吐くと、おもむろにエルフィが立ち上がった。
「そういえば、迷宮核を吸収してある程度力が戻ったんだったな。どれ程のモノか、私が確かめてやろう」
「……唐突だな」
「腹ごなしにはちょうどよかろう?」
重くなった空気を破って、エルフィがぶんぶんと腕を回す。
まぁ、いい機会だ。
魔力が戻ってきてから、ちゃんと力を試していない。
「分かった」
焚き火から離れた所に移動する。
月明かりのお陰で、夜だがそれ程暗くはない。
お互いに距離を取り、向かい合った。
「ふ……殺す気で掛かって来ると良い」
魔力を放出しながら、エルフィが不敵な笑みを浮かべた。
両腕を取り戻し、魔力が増えている。
文字通り、腕に自信があるらしい。
翡翠の太刀の効果で身体能力を上昇。
"身体強化"、"加速"などで身体能力を高める。
魔力の量が多くなったことで、魔石を使わなくてもある程度の魔術を使えるようになった。
とはいえ、劣化版の"魔技簒奪や"魔毀封殺"を使えば魔力の殆どを持っていかれるし、"魔撃反射に関しては魔力が足りない。
未だ力不足には変わりないのだ。
力を失っているとはいえ、相手は元魔王。
体に負担が掛からない限界まで魔術の効果を高め、翡翠の太刀を構えた。
「ハンデだ。私は腕を使わない」
見せ付けるように両腕を上げ、エルフィが笑う。
腕を組み、代わりに足をぶらぶらと動かしていた。
蹴り技で来る気だろう。
「――――」
柄に手を添えたまま、太刀を隠すように構えた。
そのまま腰を落とし、動きを止める。
「…………」
動かない俺にエルフィが怪訝な表情を浮かべた。
それから「ふむ」と呟くと、
「では、私から行くぞ」
腕を組んだまま、勢い良く地面を蹴った。
その威力で、足元が陥没し、草木が揺れる。
弾丸もかくやという速度で、エルフィが突っ込んできた、
言葉通りに腕は使わず、どうやら足技で攻めてくるつもりらしい。
腕だけではなく、魔術も使わないのは様子見だからだろう。
間合いを一瞬で詰める跳躍。
エルフィがこちらの間合いに入る僅か手前で、俺は動いた。
「――――ッ!!」
居合い。
こちらの世界で待剣とも呼ばれる、カウンターの剣術。
先に動いた相手を、間合いに入った瞬間に斬る技だ。
威力を落とし、速度にのみ比重を置く。
全盛期の速度に出来る限り近づけた、最高速の一閃。
その一撃を、エルフィは容易く――――
「あっ」
「え」
躱せず、モロに受けた。
刃がエルフィの首元を通過する。
そのまま、エルフィの首がポーンと森のどこかへ飛んでいった。
首を失った胴体が、トサリと地面に倒れ込む。
「……………え?」
月明かりが照らす中、視界に映るのは首を失ったエルフィ。
ピクリとも動かず、音が消える。
どうしようかと思ったその時。
「……あ」
エルフィの首が戻ってきた。
泣き別れになった胴体にすっぽりとくっつくと、よろよろと起き上がる。
その顔には珠のような汗が浮かんでいた。
息を荒くし、エルフィが俺を睨みつけると、
「殺す気かッ!」
「お前が殺す気で来いって言ったんだぞ!?」
相当焦ったらしい。
動悸を抑えるように胸に手を当て、汗を拭っている。
いや、今心臓ないんじゃなかったのか。
「し、死ぬかと思ったぞ」
「……そんなにか?」
「今の一閃を見ると、かなり力が戻ってきたんじゃないか?」
「……いや、全然だ」
威力を犠牲にしなければ、あの速度は出せなかった。
人間なら斬れば殺せるが、魔物や魔族ならそうはいかない。
あの速度でも、炎龍や土魔将なんかには弾かれて終わりだろう。
「……前から思っていたが、伊織の剣の腕は相当なモノだな」
「まぁ、多少はな」
……一時期、元仲間に教わっていたからな。
「……何か疲れたから、もう寝る」
それからエルフィは戦いを止め、焚き火の下に戻っていってしまった。
油断していたとはいえ、首を落とされたのがショックだったらしい。
あいつが本気なら、まず魔眼で近づけないし、そもそも魔力で弾かれていたと思うんだけどな……。
汗を拭いてから、俺も寝ることにした。
焚き火を消すと、何故かエルフィがかなり接近してきたのは謎だったが。
疑問に思いながらも、眠りについた。
◆
翌日。
エルフィと並び、街道を歩く。
進むにつれて風景が変わり、遠くに草原が見えてきた。
「……懐かしいな」
「来たことがあるのか?」
「ああ。三十年前に、死沼迷宮を攻略しに来た時にな」
何となく見覚えがある。
旅の過程で、魔物に襲われている人々を助けた。
そこで礼としてご馳走をしたり、息抜きに踊ったりしたものだ。
仲の良い者も何人か出来た。
あの村の人々はいま、何をしているのだろう。
そんな懐かしい気持ちに浸りながら、道を進んでいる時だった。
「……これは」
前方から、馬の嘶きが聞こえてきた。
それだけでなく、小さな爆発音も連続している。
エルフィと顔を見合わせて、音の聞こえる方でゆっくりと向かう。
「魔物か……」
前方で馬車が魔物に襲われているのが見えた。
馬の御者や、中に乗っている者達が魔術を使って魔物と戦っている。
馬車を襲っているのは、"泥熊"という魔物だ。
口から土の魔術を使用して獲物を追い詰める、強力な魔物だ。
それが六匹、同時に馬車を襲っている。
「……妙だな」
泥熊は基本、単独で行動する。
あれ程の数が集まれば、共食いを始めてもおかしくない。
だというのに、泥熊達は異様に統率が取れていた。
息を荒らげているが、咆哮することもなく、連携を取って攻撃している。
まるで、何かに操られているような不自然さがそこにはあった。
「…………」
そのさまに違和感を覚え、目を細めた時。
馬車から悲鳴があがった。
一匹でも厄介な魔物が、六匹もいる。
持ちこたえているのを見ると、馬車に乗っている魔術師は腕が立つようだが、そう長くは持たないだろう。
どうしたものか。
『…………!』
その時、馬車を襲っていた泥熊の一匹がグルンと首をこちらへ向けた。
「気付かれたようだな」
六匹の内、二匹が馬車への攻撃を止め、俺達の方に猛然と走り始めた。
熊というだけあって、その走行速度は相当なモノだ。
「チッ、闘うしかないか」
「ちょうどいい。取り戻した"腕"の調子でも確かめるか」
なし崩し的に、襲ってきた魔物との戦闘が始まった。
前話のリューザスの設定を修正しました 11/7




