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第十九話 『先に進むために』

格格おじさんに復讐タイム

 煉獄迷宮の最深部は静まり返っていた。

 ベルトガによる攻撃で、冒険者達は全員意識を失っている。

 重症のモノが何人もいるが、出来るのは応急処置だけだ。

 俺の手持ちには使える・・・ポーションは既になく、迷宮の停止を確認した者達が救援に来てくれるのを願うしか無い。


 そして。


「逃がさんぞ?」

「い、ぎゃああああああッ」


 冒険者達の応急処置をしている間、ベルトガはエルフィに見張っておいて貰っている。

 どうやら逃げようとしたらしく、エルフィが冒険者から借りた武器で片足を突き刺していた。


「いてぇ……いてぇよぉ……」


 ベルトガは全身の大怪我と、吹き飛んだ足の痛みで呻いている。

 炎に耐性があるとはいえ、これだけの火傷をおってショック死しないのは、流石鬼族と言った所か。

 それでも、このまま放置しておけば確実に死ぬだろうが。


「さて伊織。この鬼はどうするつもりだ?」


 ベルトガを見下ろして、エルフィが底冷えするような声で聞いてくる。

 こいつはエルフィの部下の亡骸を玩具にして遊んでいたと言っていたな。

 一応、ベルトガはエルフィの復讐対象でもあるのか。


「そうだな」

「ま、まって……待ってくださいっ」


 息を荒くしたベルトガが、目の前で跪いていた。

 

「な……なんでもします。だから……ゆるして、許してください」


 地面に頭を擦り付け、ベルトガは涙声で懇願してくる。

 この変わり身の早さには、ある意味感心してしまう。

 炎で体を焼かれた後も、しばらくは「殺してやる」って喚いていたのにな。


「ふん……散々偉そうな口を叩いておいて、死にそうになると媚びてくるとはな」

「す、すいませんでした……。アマツさんとエルフィスザークさんの事を舐めてました」

「吐き気がする。私の名前を呼ぶな」

 

 エルフィは嫌悪の視線で、ベルトガを見下している。

 俺が止めていなければ、今すぐにでも殺しそうな雰囲気だ。


 それにしても、リューザスといい、マーウィンといい、どいつもこいつも面白い程同じ反応をしてくれる。

 人を嘲笑って殺そうとしていた癖に、自分が死にそうになるとこうだ。

 この光景が、見たかった。


「何でもする、と言ったな?」

「は、はい……! 俺が話せることなら、何でも話します……!」

「じゃあ、ディオニスとルシフィナが今どこで何をしているか、教えて貰おうか。そうしたら、ポーションをやるよ」


 一本だけ残しておいた赤いポーションをベルトガに見せる。

 支給品とは違う、俺が別途で用意した高価なポーションだ。

 効き目も高い。


 それを見せると、ベルトガは目の色を変え、あっさりと二人の現在についての情報を漏らした。


 今は奈落迷宮が陥落したことによって、魔王城で会議が行われている。

 そこに、ルシフィナとディオニスも参加しているらしい。

 二人とも、俺を殺して以降は魔王軍の上層にいるようだ。

 

「二人は俺が生きていることを知ってるのか?」

「……い、いえ。魔王軍で知ってるのは、マーウィンから話を聞いた俺だけです」


 それは都合がいい。

 俺が生きていると知った時の驚きの表情を見たいからな。

 

 エルフィが脱出していることは、流石に伝わっているらしい。

 恐らくは他の迷宮に警戒するように呼びかけるのだろう。

 今の所、追っ手を出すという話は出ていないようだが、それも時間の問題だろうな。


「二人は魔王城か。厄介だな」


 それから、数分でベルトガが知っている情報を聞き終えた。 

 

「や、やっぱり、復讐しに行くんですか……? だ、だったら、二人に協力しますよ、俺! 前からあの二人は気に食わなかったんですよ」

 

 どうやらこいつはディオニスの部下で、使いっ走りのような事をさせられていたらしい。

 炎魔将にしてくれない四天王達や、こき使ってくるディオニスが気に食わないのだと語っていた。

 だから、二人が復讐するなら、自分も協力すると。

  

 ……終わってやがる。

 

「……助けて欲しいか、ベルトガ」

「え……ぁ、はい! お願いしますッ!!」

「ここに来たのは復讐の為だったんだがな」

「ひ……ぁ、ゆ、許してください……! お、俺なんかに復讐しても意味無いですって!」

「……そうだな。復讐は何も生まない」

「は、はいっ! その通りです! そ、それで……あの」


 助かるために、ベルトガはコロコロと意見を変えてくる。

 こちらに賛同して機嫌を取っているつもりなのだろう。

 

「ああ、やるよ」

「……ふぅ。後は伊織に任せる」

「分かった」


 見るに耐えないという風に、エルフィがベルトガから視線を外す。

 それに頷いてから、ベルトガにポーションを渡してやった。


「ありがとうございます……!」


 渡してすぐに、ベルトガはガブガブと飲み始めた。

 それなりに高価なポーションなだけあって、飲んですぐにベルトガの火傷が軽くなっていく。

 瀕死の状態から、大怪我をしている、という状態程度には戻せただろう。


「っ……」

「伊織!」


 立っているのが辛くなり、よろめいてしまった。

 ベルトガに背を向け・・・・、地面に膝を付く。

 エルフィが心配して、俺に駆け寄ってきた。


「あまり無茶をするな。……人間のお前は簡単に死んでしまうのだからな」

「ああ……分かってる」


 そんなやり取りを、エルフィとしている時だった。


「は、くははは!」


 後ろから、強い魔力が吹き出した。

 振り返れば、片足で起き上がったベルトガが片腕で魔術を発動しようとしている所だった。


「……何のつもりだ、ベルトガ」

「何のつもりだぁーあ? 殺すつもりに決まってんだろうがよぉ」


 傷が治り、弱っている俺達になら勝てると踏んだのだろう。

 あまりの変わり身の早さに、いっそ笑いそうだ。


 エルフィが小さく息を吐くのが聞こえた。

 もう、何も言うことはないという意思表示だろう。


「ははははは!! 二人揃って、消し炭にしてやるよぉ!!」


 強者には媚び、弱者にはとことん強くでる。

 それまで媚びていた相手にでも、立場が変わればあっさり強く出る。


 本当に、救えない。


「……ポーションで助けてやったのにか?」

「それがなんだってんだぁ!? 地獄で言ってなぁ!!」


 そう叫び、ベルトガが魔術を放とうとする。

 予想通りに・・・・・


「――ぎっ!?」


 次の瞬間、ベルトガの全身の血管が浮きだした。

 目はどす黒く変色し、体は小刻みに痙攣を始めている。

 

「ぇ……づああああああああ!?」


 魔術の行使どころではなくなったベルトガが、再び地面に転がってもがき苦しむ。

 その苦しみようは、全身を焼かれていた時の比ではない。

 血の涙を流し、鼻水と涎で顔をベタベタにし、挙句の果てには痛みで嘔吐している。


「なにッ……なにがぁあ!?」

「なぁ、鬼の爪って知ってるか?」


 転がっているポーションの空き瓶を拾い、ベルトガに見せてやる。


「あああああッ!? まざがッ、ポーションにッ!?」

「ああ。前にお前、俺に飲ませてくれたもんな。お返しだよ」


 毒を飲まされたと知った時から、こいつに対しての復讐方法は決めていた。

 同じように、毒入りのポーションを飲ませてやることだ。

 さっきまでの状況では、そんな手段は取れないかもしれないと思っていたが、思い通りになって良かった。


「ぐがっ、ぐぎゃぁああああああああああああッ!?」


 ビクビクと地面を跳ね回り、ベルトガは悶え苦しんでいる。

 確か、この毒を飲んだモノは『体内を小さな鬼で抉られているような痛み』を感じるんだったな。

 

「鬼が鬼の爪を飲むっていうのも、随分な皮肉だとは思わないか?」

「がっ、ごぇあああああ」


 答える余裕はないらしい。


 ただ飲んだだけでは、効果が出るのに数分が掛かる。

 毒が回って死ぬにも時間がかかるそうだ。

 だが、毒を飲んだ状態で魔術を使うと、急速に毒が回る。


 こいつは俺の思い通り、魔術で攻撃しようとしてきた。

 わざと背を向けたらすぐにこうだ。 

 まぁ、そう来ると思ってわざと隙を見せたんだけどな。


 こいつが心底、俺を裏切ったと思わせるのは、精神的なモノじゃだめだ。


 痛み。

 マーウィンに与えたような精神的なモノではなく、圧倒的な痛みを与えなければこいつは後悔しない。


「このままだと、もう三分も立たない内に、その激痛の中でお前は死ぬ」

「ぎぃいいぁああッ……!! だずげでッ……だずげてぇえええ」


 そこでポーチから、もう二本の瓶を取り出した。

 中には青色の液体が入っている。


「解毒剤だ。今すぐこれを飲めば助かる」

「ぐださいッ! お願いしますおねがいします!」


 呂律の回らない口調で、ベルトガは再び懇願してくる。

 のたうち回りながら、縋り付いてこようとしていた。


「もう逆らいませんからぁ! ぎぇ……なんでもじまず! ゆるじて!」

「解毒剤を飲ませたら、また攻撃してくるんだろ?」

「じばぜんッ! ぜっだい!! づああ……ッ だがらおねがじします!!」


 ベルトガが、何度も謝りながら解毒剤をくれと頼んでくる。

 もってあと一分。

 解毒剤を飲ませても、多分助からないだろうな。

 けど、仕上げだ。


「よく見てろ」


 ベルトガに解毒剤を見せつける。

 助けてくれるのかと、感謝の言葉を叫びながら手を伸ばしてくるのを避け、


「ぇ?」


 目の前で解毒剤の内の一本を叩き割ってやった。

 瓶が砕け、解毒剤が地面に流れる。 

 ゴツゴツした岩の地面の隙間に、解毒剤は流れ落ちていってしまう。


「あ、ぇ?」

「復讐は何も生まないって言ったな」


 確かに、それは正しい。

 裏切った連中を皆殺しにしても、俺が裏切られた事実は戻ってこない。

 復讐した所で、何かが返ってくる訳ではない。


 だけど。


「裏切った代償を払わせないと、俺が先に進めないんだよ」


 裏切られて殺されたという過去に縛られて、先に進めない。

 こいつらが忘れてのうのうと生きているのに、裏切られた事実は俺の心に刻み込まれている。

 

 冒険者達が裏切らなかったことで、少しだけ、救われた気分になった。

 だけどそれとこれとはまるで別だ。


「それにな」


 もう一つの瓶から手を離す。


「やべろぉおおおおおおおおおおッ!!」


 ベルトガが絶叫する。


「――こうやって殺すと、すっきりするだろ?」


 その叫びと同時に、最後の解毒剤が砕け散った。


「どぉおじてえええええええ」

「裏切ったからだよ。三十年前に、お前が、俺を」


 ベルトガが激痛と、解毒剤がなくなった現実に泣き叫ぶ。

 無様に地面を舐めているが、毒の効果でパンパンに膨れ上がった体を見ると効果はなさそうだ。

 それを見て笑いながら、言ってやった。


「裏切らなきゃ、死ななくて済んだのにな?」


 その言葉を聞いて、ベルトガの顔が後悔に染まるのが見えた。

 あんなことをしなければ、アマツを裏切らなければ。

 そんな感情が見て取れる。


 最期の最期で、ようやく見ることが出来た。


「ゆるじで……ゆるじでぐれえええええええええッ」


 聞きたかった、謝罪の言葉。

 それには、さっきお前が言っていた言葉で返そうか。


 ああ――、それこそ。


「――地獄で言ってろ」


 断末魔の絶叫。

 毒で膨れ上がったベルトガの体が限界を迎え、弾け飛んだ。

 


「……終わったようだな」

「……、ああ」


 これで二人目だ。

 最も直接的に裏切ったリューザス、ディオニス、ルシフィナにはまだ手が届いていないが。

 それでも、復讐は復讐だ。

 全員に復讐して、ようやく俺は先に進むことが出来る。

 

 何をするかは、まだ決めていないが。


「相変わらず、えげつない手を取る」

「……付きあわせて悪いな」

「馬鹿者」


 どうしてか、気遣うような、優しい口調でエルフィは言った。


「これは私の復讐でもあるんだぞ。

 私にはお前のような、凝った復讐は出来ないからな。

 あの鬼に関しては、感謝しているくらいだ」


 「一時間くらい、何も食べたくないがな」とエルフィが舌を出す。

 たった一時間だけかよ、と俺が突っ込み、二人で小さく笑う。


「あ、れ」


 その時、視界がぐらりと揺れた。

 急に地面と天井が逆転する。

 なんだ、これ。


「伊織!」


 ボスッとエルフィに抱き止められた。

 それを確認してすぐに、スッと意識が遠くなっていく。


「……お疲れ様」


 頭を撫でられているような感覚。


「……お前となら、今度こそ私は――――――が、出来るのかな」


 そう、信じている。

 そんな声を最後に、俺は意識を失った。




 それから数十分後。

 駆けつけた後詰めの冒険者によって、討伐隊は救助された。


 


 

 


 

 

二章は次かその次で終わりです。

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