第二話 『現状把握』
国王からされた頼みは、簡単なものだった。
『魔王を倒すために戦って欲しい』。
それだけだ。
勇者として戦えば、生きていく上で必要な物は全て用意するし、望むなら好きな娯楽を与えてくれるらしい。
一度目の時よりも、遥かに高待遇だ。
それだけ、勇者を必要としているのだろう。
俺を罰しなかったことからも、それが分かる。
元の世界に帰れるかと聞けば、『現段階では不可能だ』と返された。
俺を召喚するのに魔力を使い果たしており、帰還させるだけの魔力が王国にはない。
六年あれば確実に帰還させられると、国王は言っていた。
あぁ、笑える。
前回は『四年』と言っていたのに、今回は六年。
二年も増えているな。
国王のいうことは、まるで信用出来ない。
だがそれでも、俺は言った。
『勇者として、戦います』と。
当然、そんなつもりは毛頭ない。
だが、表面上は従っておいた方が、色々とやりやすいだろう。
リューザスを殺す機会は、多い方がいい。
それに、召喚されたばかりで事情が分からない。
最後に会った時と国王が変わっていることから、何年かの月日が経っている可能性が高い。
行動に出る前に、情報収集をするのが懸命だろう。
こうして俺は、表面上は王国の勇者になった。
「そうだ、まだ名を聞いていなかったな。
勇者殿、名を聞かせて貰えぬか」
別れ際、国王に聞かれた言葉に対して、
「――天月伊織です」
当然、アマツとは答えなかった。
◆
翌日から、王国が定めたスケジュールに従わされることになった。
午前中にこの世界の知識について学ぶ。
午後は騎士から、戦術の指導。
夕食後は、魔術師から魔術の指導。
間に昼食や休憩が入るが、大体こんな感じだ。
正直に言って、時間の無駄だ。
騎士の動きには無駄が多いし、魔術の指導も効率が悪い。
騎士団と魔術師の練度が、俺のいた時よりも落ちている。
しかし、怪しまれないように初めて聞く振りをしなければならない。
リューザスの一件で、心象は最悪だ。
四六時中、魔術師によって監視を受けているしな。
監視の目をくぐり抜けることは可能だが、それは得策ではない。
魔術が使えない現状、慎重に行動する必要があるからだ。
しばらくの間は、従順な勇者を装いつつ、監視の目が緩むまでは情報収集に徹することにした。
◆
二度目の召喚から、十日が経過した。
あれから監視が緩んでおり、夜間は多少自由に出歩けるようになっている。
一日のスケジュールをこなし、日が落ちてから書庫へと向かう。
古い紙の匂いが充満する書庫で手に取るのは、“アマツ”に関して記述してある本だ。
ここ数日の情報収集で、分かったことがある。
どうやら、あの日から三十年の月日が経過しているらしい。
流石に、時間が経過しすぎていて驚いた。
だが、それならば国王が変わっていることにも頷ける。
よくよく思い返してみれば、リューザスの奴も老けていた。
そしてもう一つ。
どうやら、“魔王”オルテギアは生きているようだ。
「全く、傑作だ」
これを知った時、余りの馬鹿馬鹿しさに思わず笑ってしまった。
要するに、リューザス達は魔王の討伐に失敗したのだ。
お前がいなくても魔王は殺せると、嘲笑っていたくせに。
一体、何のために俺は殺されたのだと、もはや笑いしか起きない。
その後、魔王は今日に至るまで、魔王城で力を蓄え続けている。
その魔王が動き出す前に、王国は慌てて勇者を喚んだみたいだ。
王国の書物庫には“英雄アマツ”や魔王についての書物が揃っていたから、調べるのは簡単だった。
事実と違う記述はかなりあった。
どうやら俺は、魔王によって殺されたらしい。
魔王の元にも、辿り着いていないというのにな。
そして一つ、書庫の本には不思議な点があった。
ルシフィナとディオニス、二人の名前がどこにも記述されていないのだ。
パーティの中から、二人の存在だけが忽然と姿を消している。
死亡したというのなら分かるが、これは異常だ。
城の中にも二人の姿はない。
鬼族のディオニスはともかく、王国騎士団に所属していたルシフィナがいないのはおかしい。
どうにかして、調べる必要がありそうだ。
「成果はなし、か」
アマツ関連の本を漁るも、やはり二人の名前はない。
目についていくつかの本を手に、書庫を出た。
わざと迂回し、遠回りのルートを選んで自室へ向かう。
城内の構造を完璧に把握するためだ。
所々改築され、部屋の位置や数が何箇所か変わっているが、大体頭に入っている。
歩いている中、何度か城の人間とすれ違った。
皆、頭を下げて挨拶してくるものの、誰もが薄っすらと侮蔑の表情を浮かべている。
「……アレはまた書庫に行っていたのか」
「本を漁る前に、魔術の一つでも使えるよう修練すべきだろうに」
すれ違った連中が、ヒソヒソと陰口を叩くのが聞こえる。
既に、魔術が使えない事は露呈してしまっている。
リューザスの件も相まって、二代目勇者への不満は多いらしい。
最初は「勇者殿」だったのが、今では陰で「アレ」とか呼ばれているしな。
魔力が使えなくとも、ある程度の技術はある。
目や耳の使い方も戦場で覚えたから、離れていてもある程度の声は聞こえている。
あの連中は、聞かれているとは考えないのかね。
「天月伊織。あれは本当に勇者なのか?
ロクに魔術も使えぬ、ただのガキではないか」
部屋の前を通る時、不意に自分の名前が聞こえて足を止める。
どうやら中で、俺のことについて話し合っているらしい。
四、五人の人間の気配が中にある。
「……ッ!」
ボソボソと話し合う中に、聞き覚えのある声があった。
「勇者なのは、間違いない。けどアレじゃあ、魔王軍と戦わせても、すぐに死ぬだろうな」
嗄れている物の、それはリューザスの声だ。
どうやら、魔術師の仲間と会話しているらしい。
部屋の中に殴り込みそうになるのを抑え、気配を殺して中の音を聞く。
「魔力が使えないのでは、まるで役に立ちませんからな」
「あぁ。最低でも四天王と相討ちになるぐらいじゃないと、とてもじゃないが割に合わない」
とんだハズレを引いたと、リューザスが吐き捨てるように言った。
「……ッ」
怒りに頭が真っ白になる。
唇を歯で噛み切って、どうにか自制する。
ここで手を出せば、従順に振舞っていた演技が無駄になる。
「リューザス殿は先代、英雄アマツ殿と共に戦っていたのでしたな。どうでしたか、アマツ殿は」
その問いに、リューザスが答えた。
「勇敢な奴だったよ。
世界の平和という、まさに勇者のような理想を抱いていた。
アイツの理想を俺も叶えてやりたがったが……あんな結果になったことを悔やんでいる」
と。
リューザスは言った。
いけしゃあしゃあと、悔やむような演技をしながら。
――そんな目標を持って戦ってたのは、てめぇだけだってことだよ
そう俺を嘲笑っていたのは、一体誰だったか。
「あぁ……よく分かった」
やはり、お前はそういう奴か。
「役に立たない勇者でも、まだ使い道はあるさ」
リューザスのそんな言葉を背に、煮え滾る感情を押し殺し、部屋に戻った。
それから、更に一週間後。
――行動を開始した。