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第十三話 『悪意の爪』

 エルフィやオルテギアが魔王になるよりも前の話だ。

 当時、鬼族は魔王軍の側についていた。

 魔王の配下として、人間などの敵対種族と戦っていたのだ。


 だが、魔王の残虐性に疑問を抱き、やがて鬼族は魔王軍から離れていった。

 それから戦争には加わらず、常に中立の立場でいるようになったのだ。

 そのため、人間からは元敵対種族、魔王軍からは裏切り者として睨まれることになる。


 それから時が過ぎ、オルテギアが魔王となった頃。

 魔王軍が世界中で残虐の限りを尽くす、そんな現状を変える為に鬼族は中立の立場を破り、人間側に付くことになった。

 実情として、人間と魔王軍の両方から敵として扱われる状況から脱したい、というのもあっただろうが。


 そんな鬼族の代表として、鬼族最強だったディオニスが俺達の仲間に加わることになった。

 ベルトガは、ディオニスの部下だ。


 人間と鬼族は何度か協力して、魔王軍の軍勢とぶつかり合うことになる。

 鬼族は身体能力が高く、魔力への耐性も高い。

 鬼族の活躍はめざましかった。


 だが、過去に魔王軍に付いている過去があるからだろう。

 共に戦っていても、人間の多くは蛇蝎の如く鬼族を嫌った。

 態度や待遇を露骨に変え、鬼族を差別していたのだ。


 過去に魔王軍に付いていても、今は人間の味方だ。

 それなのに差別される現状は気に入らない。

 状況に流されずに抗い、自分達の現状を変えようとしている彼らを見て、当時の俺はこの差別をどうにかしたいなどと思ったものだ。


 だから、俺は他の人間のように態度を変えず、積極的に彼らと交流を持った。

 そこを、俺はベルトガに利用されたのだ。



「アマツさん!」


 魔王城へ乗り込む、少し前のことだ。

 最後の戦いに備えて準備をしている所へ、ベルトガがやってきた。


「良かったら、これを飲んでください!」


 疲労や消費した魔力を回復する効果のある、鬼族に伝わるポーションを持ってきたという。


「アマツ殿。このような得体のしれない物は飲まない方がいい」

「私がちゃんとしたポーションを持ってきましょうか?」


 ベルトガを見て、周囲の人間たちは露骨に顔をしかめ、そう言ってきた。


「やっぱり、俺達が作ったものなんて飲めませんよね……」


 顔を伏せ、落ち込んだ風にベルトガが言う。

 今思えば、分かりやすい三文芝居だったな。


 だが俺はそれに気付けなかった。


「いや、貰うよ。ありがとう」


 差別はしたくないと、俺はベルトガからポーションを受け取って飲み干した。

 疲労や魔力を回復させる、というのは本当だろう。

 ただ、その中に猛毒である鬼の爪が入っていただけだ。


 俺の体は鬼の爪の効果をほとんど受けなかった。

 魔力を行使するたび、少しずつ体が重くなっていく。

 そんな程度の影響だ。


 ベルトガ達も、毒で俺を殺せるとは思っていなかっただろう。

 裏切る一瞬、その瞬間に俺の反応が少しでも遅れればいい。

 そんな意図で、あいつは俺に毒を飲ませたのだ。


 実際は、仲間から攻撃を受けるなど微塵も考えていなかったから、毒を飲まされていなくても俺は殺されていただろうが。


『アマツの野郎なら、俺様の渡したポーションをよく調べずに飲むだろうぜ。

 鬼族の作った物は飲めないですよね……とか言えばな』


 人間の中に魔族が紛れ込んでいた事件があってから、確かに使用するものには注意を払っていた。

 仲間だからといってその警戒をあっさり解いたのは、俺の注意深さが足りなかった。

 甘くて馬鹿だったのは、全くもってその通りだ。

 

 だがそれでも、こちらの好意を嘲笑い、利用したのだけは許せない。

 騙される馬鹿が悪いというのなら。


 ああ、同じことをしてやろう。

 俺はただ、やられたことをやり返すだけだ。




 応募した翌日。

 聞いていたように、ギルドで討伐隊入りの為の審査が行われた。


 冒険者入りの審査と違い、今回は三つの項目を突破しなければならない。


 最初に、体に異常がないかの身体検査が行われた。

 俺とエルフィは問題なくこれを突破した。

 

 身体検査の後には、魔力検査と戦闘能力の測定が行われる。

 この二つの評価の合計で、討伐隊に入れるかが決定するのだ。


 まずは魔力検査。

 "検魔石"と呼ばれる、魔力量を測定する石を使って検査を行う。

 石の前に並び、順々に魔力量を測っていく。


 検魔石に触れて、魔力を流す。

 流れた魔力から、本人の魔力量を調べ、その結果で石の色が変化する。


「イオリさんは……D評価です」


 俺の評価は、最低評価Eの一歩手前だった。

 D評価。

 つまり、魔力の量が人並み以下、かろうじて魔力を使える程度しかないということだ。

 これでEを出していたら、討伐隊入りは無理になっていただろう。

 

「は、D? 魔術の才能ほぼゼロじゃねえか。そんなんじゃ初級魔術しか使えやしねえぞ」

「次の戦闘でA評価出さないと討伐隊には入れねーぞー」


 審査の様子は、討伐隊への参加が決まっている冒険者達も見ている。

 D評価を出した俺に、冒険者達の野次が飛んできた。


 それを掻き消すように、


「エルフィさん、A評価です!」


 後ろで並んでいたエルフィがやすやすと最高評価を叩きだした。

 種族を隠す魔力付与品のせいで魔力量が落ちているにも関わらず、A評価か。

 本来の魔力量のまま検査したら、石の方が粉々に砕けていただろうな。


「すげえなエルフィちゃん!」


 冒険者達がヒューヒューと口笛を吹く。

 エルフィは冒険者達を無視し、こちらへドヤ顔を向けてくる。

 ちょっとうざい。


 ともあれこれで、エルフィの討伐隊入りはほぼ決まったようなものだ。

 後は俺がどうにかしないとな。



 次は戦闘能力の測定。

 前と同じように、冒険者と戦い、その過程と結果で評価が出る。


 対戦相手は逞しい筋肉を持つ大男だった。

 獲物が斧の所を見ると、己の腕力で相手を叩き伏せるタイプのようだ。


「残念だが、お前の評価はEだろうぜ。俺が、一撃で潰すからなぁ……!」


 斧を構えた男が、自分の筋肉を誇るような構えをしながらそう言ってくる。

 審査に協力する冒険者は全員がB以上らしいから、相当な自信があるのだろう。


「それでは始めてください!」

「ぬぅぅんッ!」


 号令が掛かるや否や、身体強化の魔術を使った男が突っ込んできた。

 巨体に似合わぬ敏捷さで間合いを詰めると、裂帛の気迫を放ちながら、手にした斧を振り下ろしてくる。


「……"震剣"」


 キィンと甲高い音が響く。

 次いで、男の手から離れた斧が地面に落ちた。


「は……?」


 男は何が起こったか、分からないという風だ。

 その瞬間に、無防備な喉元へ剣を突き付けた。


「あ……」


 遅れて、男はしまったという表情を浮かべる。

 それからすぐに止めの号令が掛かり、審査は終了となった。


「……何したんだ、今の」

「震剣という剣技ですが、ご存じないですか?」


 男は無言で首を振った。


 震剣。

 この世界で俺が習った、対人剣技の一つ。


 自分よりも力のある相手に対し、その力を逆に利用して衝撃をそのまま返す剣技だ。

 相手の武器を通して衝撃を腕に伝え、相手の姿勢を大きく崩す。

 よほど高い技量を持っていないと、この衝撃をいなすことは出来ない。


 まあ……魔族が使っていたのを見て覚えた技だから、人間が知らなくても無理は無いかもしれない。


 それから数十分後、全員の審査が終了した。



 審査の結果は口頭で伝えられた。

 俺は魔力D、戦闘A。

 ギリギリだが合格ラインを突破した。

 エルフィはどちらもA評価で、「私の勝ちだな」と嬉しそうにしている。


 審査を受けた者の大半は、一歩届かずで落ちていた。

 受かったのは、俺達を入れたほんの数名だ。


 今回は前回のように不当に評価が落とされることはなかった。

 エルフィに探ってもらった所、魔力がDなのは……とマーウィンと繋がりがある職員が難色を示していたようが、最終的には通ったようだ。

 これで落とされていたら、少し考えがあったんだがな。


 ともあれ、そういう訳で俺達は討伐隊に参加出来ることになった。

 その後すぐに、討伐隊についての説明を受けた。


 報酬は基本的に山分け。

 ただし、活躍の如何で貰える量は変わる。

 迷宮核は持ち帰り、ギルドに提出すること。

 冒険者との足並みを揃えるため、明日行われる会議に出席すること。

 その場所で、ギルドからポーションや武器などの支援品が貰える。

 希望するなら、迷宮討伐の後に冒険者になってもいい。

 怪我や死亡に関して、ギルドは一切の責任を負わない。

 

 こんな感じだ。

 迷宮核に関しては、紛失したなどの理由を付けて俺が回収させて貰う。

 迷宮に入る理由そのものだからな。


 他は特に問題ない。


 説明を受た後は、宿に帰ってギルドから配布された迷宮の資料を読み込んだ。


 図書館で見た資料よりも、より詳しく内部についてのことが書かれている。

 こうした討伐隊が組まれたのは一度や二度だけではなく、既にかなりの回数、迷宮討伐が行われているらしい。

 失敗続きでかなりの死者が出ているようだが、生き残った者から得た情報で内部についての情報も多い。

 

 資料を読み込み、エルフィと迷宮での行動を相談し、その日は終了した。




 翌日。


 俺達は討伐隊会議に参加していた。

 集まったのは数十人の冒険者達。

 その誰もが熟練した冒険者で、平均年齢もかなり高い。

 ミーシャも会議に参加していたが、彼女でもかなり若い方だ。


 だから当然、外見年齡が十六歳くらいしかない俺達は浮く。


「おい……あんな子供が参加すんのか? 大丈夫かよ」


 一人が俺達を見てそう言ったことで、ザワザワと冒険者達が話しだす。


「俺は見てないが、聞いた話によるとどっちも凄腕らしいぞ。討伐隊の審査突破してるし」

「そういや、あいつら冒険者になりそこねた奴らじゃなかったか?」

「……本当に大丈夫かよ」


 あまり評価も良くないらしい。

 全身鎧のあの男も、俺達二人の参加に不機嫌そうにしていた。


「この二人の戦ってる所みた奴なら分かるだろ? 二人の実力は本物だよ」


 そこで、ミーシャが俺達を庇った。


「ガストン。昨日瞬殺されてただろ? どう感じたのか言ってみなよ」

「あ……あぁ。確かに、強かった」


 ミーシャに声を掛けられ、昨日戦った斧の男は気まずそうに頷いている。

 それにざわめきが起こったものの、取り敢えずは会議を進めることになった。


 煉獄迷宮の特性や、出てくる魔物との戦い方など、昨日配布された資料の復習が行われる。

 その後、それぞれのポジションについての話がされた。


 ポジションは前々から、ある程度決まっていたらしい。

 そのため俺やエルフィは口を挟む間もなく、隊列の後ろの方へ回された。

 「お前ら二人に期待はしてない」という意図がひしひしと伝わってきたが、まあ特に異存はない。

 楽出来るに越したことはないからな。


 それから二時間ほど経過し、会議は終了となった。


「足引っ張んじゃねえぞ」


 去り際、冒険者達にそんな事を言われる。

 魔力がDだったからか、エルフィよりも当たりが強いな。

 まあ、特に気にする程でもないが。


 せいぜい、彼らには弾除けになって貰おう。



 翌日。

 ようやく、煉獄迷宮の攻略が開始した。

 

 

 


 

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