第十三話 『悪意の爪』
エルフィやオルテギアが魔王になるよりも前の話だ。
当時、鬼族は魔王軍の側についていた。
魔王の配下として、人間などの敵対種族と戦っていたのだ。
だが、魔王の残虐性に疑問を抱き、やがて鬼族は魔王軍から離れていった。
それから戦争には加わらず、常に中立の立場でいるようになったのだ。
そのため、人間からは元敵対種族、魔王軍からは裏切り者として睨まれることになる。
それから時が過ぎ、オルテギアが魔王となった頃。
魔王軍が世界中で残虐の限りを尽くす、そんな現状を変える為に鬼族は中立の立場を破り、人間側に付くことになった。
実情として、人間と魔王軍の両方から敵として扱われる状況から脱したい、というのもあっただろうが。
そんな鬼族の代表として、鬼族最強だったディオニスが俺達の仲間に加わることになった。
ベルトガは、ディオニスの部下だ。
人間と鬼族は何度か協力して、魔王軍の軍勢とぶつかり合うことになる。
鬼族は身体能力が高く、魔力への耐性も高い。
鬼族の活躍はめざましかった。
だが、過去に魔王軍に付いている過去があるからだろう。
共に戦っていても、人間の多くは蛇蝎の如く鬼族を嫌った。
態度や待遇を露骨に変え、鬼族を差別していたのだ。
過去に魔王軍に付いていても、今は人間の味方だ。
それなのに差別される現状は気に入らない。
状況に流されずに抗い、自分達の現状を変えようとしている彼らを見て、当時の俺はこの差別をどうにかしたいなどと思ったものだ。
だから、俺は他の人間のように態度を変えず、積極的に彼らと交流を持った。
そこを、俺はベルトガに利用されたのだ。
◆
「アマツさん!」
魔王城へ乗り込む、少し前のことだ。
最後の戦いに備えて準備をしている所へ、ベルトガがやってきた。
「良かったら、これを飲んでください!」
疲労や消費した魔力を回復する効果のある、鬼族に伝わるポーションを持ってきたという。
「アマツ殿。このような得体のしれない物は飲まない方がいい」
「私がちゃんとしたポーションを持ってきましょうか?」
ベルトガを見て、周囲の人間たちは露骨に顔をしかめ、そう言ってきた。
「やっぱり、俺達が作ったものなんて飲めませんよね……」
顔を伏せ、落ち込んだ風にベルトガが言う。
今思えば、分かりやすい三文芝居だったな。
だが俺はそれに気付けなかった。
「いや、貰うよ。ありがとう」
差別はしたくないと、俺はベルトガからポーションを受け取って飲み干した。
疲労や魔力を回復させる、というのは本当だろう。
ただ、その中に猛毒である鬼の爪が入っていただけだ。
俺の体は鬼の爪の効果をほとんど受けなかった。
魔力を行使するたび、少しずつ体が重くなっていく。
そんな程度の影響だ。
ベルトガ達も、毒で俺を殺せるとは思っていなかっただろう。
裏切る一瞬、その瞬間に俺の反応が少しでも遅れればいい。
そんな意図で、あいつは俺に毒を飲ませたのだ。
実際は、仲間から攻撃を受けるなど微塵も考えていなかったから、毒を飲まされていなくても俺は殺されていただろうが。
『アマツの野郎なら、俺様の渡したポーションをよく調べずに飲むだろうぜ。
鬼族の作った物は飲めないですよね……とか言えばな』
人間の中に魔族が紛れ込んでいた事件があってから、確かに使用するものには注意を払っていた。
仲間だからといってその警戒をあっさり解いたのは、俺の注意深さが足りなかった。
甘くて馬鹿だったのは、全くもってその通りだ。
だがそれでも、こちらの好意を嘲笑い、利用したのだけは許せない。
騙される馬鹿が悪いというのなら。
ああ、同じことをしてやろう。
俺はただ、やられたことをやり返すだけだ。
◆
応募した翌日。
聞いていたように、ギルドで討伐隊入りの為の審査が行われた。
冒険者入りの審査と違い、今回は三つの項目を突破しなければならない。
最初に、体に異常がないかの身体検査が行われた。
俺とエルフィは問題なくこれを突破した。
身体検査の後には、魔力検査と戦闘能力の測定が行われる。
この二つの評価の合計で、討伐隊に入れるかが決定するのだ。
まずは魔力検査。
"検魔石"と呼ばれる、魔力量を測定する石を使って検査を行う。
石の前に並び、順々に魔力量を測っていく。
検魔石に触れて、魔力を流す。
流れた魔力から、本人の魔力量を調べ、その結果で石の色が変化する。
「イオリさんは……D評価です」
俺の評価は、最低評価Eの一歩手前だった。
D評価。
つまり、魔力の量が人並み以下、かろうじて魔力を使える程度しかないということだ。
これでEを出していたら、討伐隊入りは無理になっていただろう。
「は、D? 魔術の才能ほぼゼロじゃねえか。そんなんじゃ初級魔術しか使えやしねえぞ」
「次の戦闘でA評価出さないと討伐隊には入れねーぞー」
審査の様子は、討伐隊への参加が決まっている冒険者達も見ている。
D評価を出した俺に、冒険者達の野次が飛んできた。
それを掻き消すように、
「エルフィさん、A評価です!」
後ろで並んでいたエルフィがやすやすと最高評価を叩きだした。
種族を隠す魔力付与品のせいで魔力量が落ちているにも関わらず、A評価か。
本来の魔力量のまま検査したら、石の方が粉々に砕けていただろうな。
「すげえなエルフィちゃん!」
冒険者達がヒューヒューと口笛を吹く。
エルフィは冒険者達を無視し、こちらへドヤ顔を向けてくる。
ちょっとうざい。
ともあれこれで、エルフィの討伐隊入りはほぼ決まったようなものだ。
後は俺がどうにかしないとな。
次は戦闘能力の測定。
前と同じように、冒険者と戦い、その過程と結果で評価が出る。
対戦相手は逞しい筋肉を持つ大男だった。
獲物が斧の所を見ると、己の腕力で相手を叩き伏せるタイプのようだ。
「残念だが、お前の評価はEだろうぜ。俺が、一撃で潰すからなぁ……!」
斧を構えた男が、自分の筋肉を誇るような構えをしながらそう言ってくる。
審査に協力する冒険者は全員がB以上らしいから、相当な自信があるのだろう。
「それでは始めてください!」
「ぬぅぅんッ!」
号令が掛かるや否や、身体強化の魔術を使った男が突っ込んできた。
巨体に似合わぬ敏捷さで間合いを詰めると、裂帛の気迫を放ちながら、手にした斧を振り下ろしてくる。
「……"震剣"」
キィンと甲高い音が響く。
次いで、男の手から離れた斧が地面に落ちた。
「は……?」
男は何が起こったか、分からないという風だ。
その瞬間に、無防備な喉元へ剣を突き付けた。
「あ……」
遅れて、男はしまったという表情を浮かべる。
それからすぐに止めの号令が掛かり、審査は終了となった。
「……何したんだ、今の」
「震剣という剣技ですが、ご存じないですか?」
男は無言で首を振った。
震剣。
この世界で俺が習った、対人剣技の一つ。
自分よりも力のある相手に対し、その力を逆に利用して衝撃をそのまま返す剣技だ。
相手の武器を通して衝撃を腕に伝え、相手の姿勢を大きく崩す。
よほど高い技量を持っていないと、この衝撃をいなすことは出来ない。
まあ……魔族が使っていたのを見て覚えた技だから、人間が知らなくても無理は無いかもしれない。
それから数十分後、全員の審査が終了した。
◆
審査の結果は口頭で伝えられた。
俺は魔力D、戦闘A。
ギリギリだが合格ラインを突破した。
エルフィはどちらもA評価で、「私の勝ちだな」と嬉しそうにしている。
審査を受けた者の大半は、一歩届かずで落ちていた。
受かったのは、俺達を入れたほんの数名だ。
今回は前回のように不当に評価が落とされることはなかった。
エルフィに探ってもらった所、魔力がDなのは……とマーウィンと繋がりがある職員が難色を示していたようが、最終的には通ったようだ。
これで落とされていたら、少し考えがあったんだがな。
ともあれ、そういう訳で俺達は討伐隊に参加出来ることになった。
その後すぐに、討伐隊についての説明を受けた。
報酬は基本的に山分け。
ただし、活躍の如何で貰える量は変わる。
迷宮核は持ち帰り、ギルドに提出すること。
冒険者との足並みを揃えるため、明日行われる会議に出席すること。
その場所で、ギルドからポーションや武器などの支援品が貰える。
希望するなら、迷宮討伐の後に冒険者になってもいい。
怪我や死亡に関して、ギルドは一切の責任を負わない。
こんな感じだ。
迷宮核に関しては、紛失したなどの理由を付けて俺が回収させて貰う。
迷宮に入る理由そのものだからな。
他は特に問題ない。
説明を受た後は、宿に帰ってギルドから配布された迷宮の資料を読み込んだ。
図書館で見た資料よりも、より詳しく内部についてのことが書かれている。
こうした討伐隊が組まれたのは一度や二度だけではなく、既にかなりの回数、迷宮討伐が行われているらしい。
失敗続きでかなりの死者が出ているようだが、生き残った者から得た情報で内部についての情報も多い。
資料を読み込み、エルフィと迷宮での行動を相談し、その日は終了した。
◆
翌日。
俺達は討伐隊会議に参加していた。
集まったのは数十人の冒険者達。
その誰もが熟練した冒険者で、平均年齢もかなり高い。
ミーシャも会議に参加していたが、彼女でもかなり若い方だ。
だから当然、外見年齡が十六歳くらいしかない俺達は浮く。
「おい……あんな子供が参加すんのか? 大丈夫かよ」
一人が俺達を見てそう言ったことで、ザワザワと冒険者達が話しだす。
「俺は見てないが、聞いた話によるとどっちも凄腕らしいぞ。討伐隊の審査突破してるし」
「そういや、あいつら冒険者になりそこねた奴らじゃなかったか?」
「……本当に大丈夫かよ」
あまり評価も良くないらしい。
全身鎧のあの男も、俺達二人の参加に不機嫌そうにしていた。
「この二人の戦ってる所みた奴なら分かるだろ? 二人の実力は本物だよ」
そこで、ミーシャが俺達を庇った。
「ガストン。昨日瞬殺されてただろ? どう感じたのか言ってみなよ」
「あ……あぁ。確かに、強かった」
ミーシャに声を掛けられ、昨日戦った斧の男は気まずそうに頷いている。
それにざわめきが起こったものの、取り敢えずは会議を進めることになった。
煉獄迷宮の特性や、出てくる魔物との戦い方など、昨日配布された資料の復習が行われる。
その後、それぞれのポジションについての話がされた。
ポジションは前々から、ある程度決まっていたらしい。
そのため俺やエルフィは口を挟む間もなく、隊列の後ろの方へ回された。
「お前ら二人に期待はしてない」という意図がひしひしと伝わってきたが、まあ特に異存はない。
楽出来るに越したことはないからな。
それから二時間ほど経過し、会議は終了となった。
「足引っ張んじゃねえぞ」
去り際、冒険者達にそんな事を言われる。
魔力がDだったからか、エルフィよりも当たりが強いな。
まあ、特に気にする程でもないが。
せいぜい、彼らには弾除けになって貰おう。
◆
翌日。
ようやく、煉獄迷宮の攻略が開始した。




