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第九話 『人狼の罠』

 冒険者ギルドや宿場を越えた先にある住居街。

 その最も奥に、マーウィンの屋敷はある。

 

 そこには日夜問わず、ゾロゾロと人狼種ウェアウルフが出入りしている。

 この街にいる大半の人狼種はマーウィンの配下に降っているらしい。

 本人の手腕に加え、マーウィンは四天王"千変"を倒した件で人狼種からは英雄視されているため、連中は抱き込まれているのだろう。

 火事などの一件を見る限り、マーウィン本人の悪事は承知で従っているようなので、連中に配慮の余地はない。


 深夜、闇に紛れて住居街を進む。

 目撃されないように気配遮断の魔術を使用しているが、今のところ人通りはない。

 それでも細心の注意を払って進む。

 エルフィの魔眼で完全に焼き尽くしているから証拠は残らないだろうが、目撃者がいては面倒だからな。

 

「ここだ。それなりに大きな屋敷だな」


 大きな門がそびえ、その両脇に狼の像が立っている。

 入り口へ続く石畳の道、整えられた庭、その隅にある噴水。

 住居街の中でも一際目立つ大きな屋敷だ。


 これだけなら普通だが、特筆すべきは至る所に張り巡らされた魔力付与品マジックアイテムによる警備だ。

 門や像、噴水などの中に偽装された魔力付与品が埋め込まれている。

 下手に踏み込めば、一発でバレる。

 それなりに厄介だ。


「魔王城と比べれば、設備も警備もあばら屋同然だ」

「当たり前だろ」


 ラストダンジョンと比べる方が間違っている。

 まあ確かに警備は『それなりに厄介』程度のモノでしか無い。

 侵入はそれ程難しくない。


「エルフィ。分かっているとは思うが、気を抜くなよ」

「無論だ」


 俺達は行動に移す前から、マーウィンの手下に監視されていた。

 俺とマーウィンは街で一度あっただけなのに、だ。

 あくまで可能性の話だが、推測が正しければ少し面倒だ。


「行くぞ」


 気配遮断を発動したまま、屋敷に進入する。

 

「――"魔技簒奪スペル・ディバウア"」


 魔力付与品マジックアイテムは、当然だが魔力で動いている。

 だから、内部の魔力を散らせば、その分だけ動きを停止するのだ。

 完全に止めてしまえば相手に伝わる危険性が出るが、ほんの数秒動きを止めるだけならば気付かれない。


 警備の魔力付与品マジックアイテムを軽く突破し、俺達は屋敷の中へと侵入した。



 屋敷内にも所々魔力付与品マジックアイテムが設置されていた。

 魔石の補助を受けながら動作を停止させ、その横を素通りしていく。

 ほぼ魔力付与品による警備に頼っているようで、屋敷内の見回りをしている者の数はかなり少なかった。


 人狼種ウェアウルフの察知能力は厄介だが、気配遮断を使っているため、相手が探索の魔術でも使わない限りは気づかれない。


 屋敷の中は、魔力付与品が仕込まれていること以外は普通だった。

 掃除が行き届いているのか、清潔感がある。

 人の気配を辿り、マーウィンの姿を探す。


「…………」


 ここまでは順調だ。

 だからこそ、油断は出来ない。

 好き勝手やっているのだから、当然報復されることも考慮しているはずだ。

 この程度の警備で、あいつが安心するだろうか。


 やがて、俺達はマーウィンの書斎に辿り着いた。

 しかし、中には誰もいない。

 机などに視線を向けるも、重要な書類は置かれていなかった。


「……伊織」


 しばらくして、エルフィが地下室を発見した。

 床に仕組みがあり、魔力を通すと地下への通路が開くようになっていた。


「エルフィ。万が一の場合があったら、言った通りに頼む」

「……あまり気は乗らぬがな」


 視線を交わし、俺達は地下へと続く階段を降りた。

 壁には等間隔で光源が設置されており、なんとなく迷宮を思い出す。


「お、おい伊織。あまり離れるんじゃない」

「……?」


 やたら密着してくるエルフィに首を傾げている内に下に付いた。

 階段の先に部屋が広がっている。

 ベタだが、屋敷の下には地下があるようだ。


 それも結構広い。

 降りてすぐに、大きな部屋に到着した。

 明かりも何もない、真っ暗な部屋だ。


 ただし、魔術と人の気配がする。


 なら、先手必勝だ。


「――――」

 

 踏み込むと同時に攻撃を仕掛ける。

 魔術を使用しようとして、異変に気付いた。

 体内から、急激に魔力が吸いだされている――――。


「伊織――」


 そう気付いた瞬間、風が吹いた。

 剣を抜き、それを弾く。

 それと同時、隣に立っていたエルフィの首が飛んでいた。


 風の刃が体と胴体を切り分けていた。

 ドサリ、と音を立ててエルフィの胴体が地面に倒れ、遅れて首が落ちた。

 

「……!」


 体内の魔力が完全に消失した。

 魔力欠乏による酩酊感に襲われ、膝を着く。

 足元を見れば、真っ赤に輝く魔法陣が刻まれていた。

 対象の魔術を消失させたからか、魔法陣は輝きを消す。


「……結界」

「ご名答」


 パチパチと拍手が響き、室内に明かりが灯る。

 正面に複数の人狼種ウェアウルフが立っていた。


「そろそろ来る頃だと思ったので、準備して待っていたんですよ」


 ニタニタと笑みを浮かべ、マーウィンは言った。


「お久しぶりですね、アマツ・・・キ伊織さん」




 大雑把に見て、全員がBからAランクの冒険者クラス。

 リューザスが率いていた騎士達よりも、個の実力は高いであろう人狼種が五人。

 精鋭らしき五人を左右に並べ、マーウィンがネットリとした口調で話しかけて来た。

 俺の名を呼ぶニュアンスから、あいつが俺の正体に気付いていることは分かった。


「……どうして俺達が来ると分かった?」

「王国にいる知人から連絡がありましてね。念の為に警戒しておいたのですよ」

「……リューザスか」


 予想通りの答えだ。


 俺達を尾行していた人狼種の存在で、ある程度の予測はできていた。

 マーウィンが俺達の存在に気付いていると。

 それに加え、リューザスは何故かマーウィンの居場所だけは正確に知っていた。

 つまり、こいつらにはまだ繋がりがあるということだろう。


「貴方達の動きは、常に部下に監視させていました。連絡がない所を見ると、既に処分されてしまったようですがね。非常に残念です」


 口調とは裏腹に、何の痛痒も覚えていない表情だ。

 最初から、あの連中は捨て駒だったのだろうな。


「姿形は大きく変わっていますが、あぁ、確かに面影がある。まさか三十年越しに、その悍ましい顔を見るとは思いませんでしたよ」

「お前も、その性根共々変わってないようで安心したよ」

「ええ、おかげさまでね」


 クツクツと、マーウィンが嗤う。


「貴方のことですから、あの猫人種ワーキャット達の店を燃やせば、その日の内に来ると思っていましたよ」

「……ミーシャの店を燃やしたのは、俺をおびき寄せる為だったのか?」

「ええ、勿論。まあ前から目障りだったので、警告させて貰ったというのもありますがね。邪魔者は消え、貴方もおびき寄せられる。一挙両得とはまさにこのことですね?」


 仲間は選んだ方がいいという、エルフィの言葉を思い出す。

 人は急には変わらない。

 この様子では、共に戦っていた頃から、こいつの性根は腐りきっていたのだろう。

 

 俺達をギルドに加入させなかったのは挑発と言った所か。

 自分がいる限り、目的は達成できないぞという。


「――"魔奪いの結界"。魔力を吸い尽くされた気分はどうです?」


 魔力の欠乏で動けない俺を見て、マーウィンがクツクツと嗤う。

 

 結界。

 以前から、マーウィンが好んで使っていた魔術だ。

 三十年前に俺を罠に嵌めた時も、こいつは結界を使っていた。


 マーウィンが口にした、"魔奪いの結界"。

 事前に仕込みが必要な、上級の結界魔術だった筈だ。

 結界を発動させる為の仕掛けがどこかにあるのだろう。

 恐らくは、この部屋の裏側辺りに。

 

 効果は対象の魔力を吸い尽くすまで継続して発動するという物だ。

 今は俺の魔力を吸い尽くして、役目を終えているようだが。

 

 魔石の効力は奪われていないようだが、使用するには最低限の魔力が必要となる。

 完全に空になってしまえば、魔石を使用することは出来ない。


「しかし、拍子抜けです。この結界はそこのお仲間のために用意したというのに、魔力を奪うまでもなく死んでしまうとはね」

「……てめぇ」

「おや、動きませんか。どうやら、多少は、冷静に物事が見れるようになったみたいですねぇぇ?」


 首を失って転がっているエルフィを指差して、マーウィンが嫌らしく笑う。


 挑発されている。

 だが、魔力を失った体では思うように動かない。

 剣の柄を握り締めるも、まだ動けない。


「ああ、そうだ。――"火炎弾フレイム・バレット"」

「ッ」


 マーウィンの腕から、勢い良く炎が放たれる。

 剣で受け流すも、その熱にジリジリと肌を焼かれた。


「これは……店を燃やしたのはお前か?」

「さあ、どうでしょうね」

「……違うみたいだな。やったのはどいつだ。答えろ」

「ご冗談を。今度は私が手ずから、あの店のように貴方を燃やしてあげましょう」


 そう宣言した直後、連続して火炎弾が飛来する。

 俺はそれを、剣で受け流すことしか出来ない。

 そんな俺の姿を、人狼種ウェアウルフ達は口笛を吹いて楽しんでいる。


 だが、長くは続かない。

 やがて火炎弾をモロに喰らい、俺は地面を転がった。


「無様ですねぇ。かつての貴方が見たら、さぞ嘆くことでしょう」


 魔術の手を止めて、マーウィンが嗤う。


「……てめぇッ」

「あぁ、それですよ、そ・れ。貴方の救世主面は見ていると気分が悪くなる。その余裕の無い表情、いいですねぇ」


 倒れても、剣の柄は離さない。

 剣を握ったまま、マーウィンを睨む。


「人間が滅ぶ姿を見せたら、さぞいい表情をしてくれるのでしょうねえ」


 そんな様子に身を震わせて笑うと、堪え切れないといった様子でマーウィンはそう言った。

 人間が、滅ぶ?


「じきに魔王オルテギアが力を取り戻す。そうなれば、人間は滅ぶでしょう」

「お前……魔王側に寝返るつもりか?」

「力ある者に着くだけです。私はまだ死にたくないのでね」


 仲間も既にそのことは知っているのか、控えている人狼種に動揺はない。


「最初の標的はここ――連合国。私達は侵略の手伝いをして、晴れて魔王軍入りという訳ですよ」

「……そうやって、自分が助かるために、また他人を売ろうとするのか」

「ええ。 私は自分がいちばん大事ですからねぇ。それが何か間違っていますかぁ?」

「…………」

「まぁ、いいです。そろそろ終わりにしましょうか。三十年前の亡霊にはここでご退場願いましょう」


 そう言って、マーウィンが再びこちらに腕を向けた。


「さて、では覚悟はいいですか?」


 どうやらこれ以上、会話をする気はないらしい。

 潮時だな。


「"火炎弾フレイム・バレット"」


 飛来する火炎弾。

 それに対して俺は、


「――"魔技簒奪スペル・ディバウア"」


 魔術を行使する。

 放たれた魔術の威力が減少するのを確認し、握った剣で軽く両断した。


「なに……?」


 驚愕を浮かべるマーウィンを前に、ゆっくりと起き上がる。

 火炎弾をモロに喰らったが、大したダメージはない。

 ローブの耐魔性と、『防魔の腕輪』の効果で威力が激減しているからな。


「……魔力は全て奪い尽くしたはずだ」


 先ほどから、ずっと握りこんでいるのは『翡翠の太刀』だ。

 その効果の一つに、地に足が付いている限り、魔力を少しずつ回復していくという物がある。

 魔力の絶対量が少ない今、会話の間で殆どの魔力が回復した。


「……結界よ!」


 マーウィンが腕を振り上げ、結界の発動を促す。

 しかし、結界は発動しない。


「どういうことだ……」

「どうした。仕掛けは終わりか?」

「ッ……あまり調子に乗らないほうが懸命ですよ……!」


 マーウィンが指を鳴らした。

 部屋の裏に控えている伏兵に合図を出したのだろう。


 だが、誰も出てこない。


「……どうして誰も出てこない!?」


 ようやく、マーウィンは動揺を露わにした。

 どうやら、仕掛けはこれで終わりらしい。


「まだ気付いていないのか?」

「何を……ッ?」

 

 俺を甚振ることに集中し過ぎたようだな。

 首を切断されて、地面に転がっていたエルフィの首と胴体。

 そのどちらもが、今は消えている。


「出てきていいぞ、エルフィ」

「……うむ」

「は!?」


 壁の裏側へと通じる扉が開き、中からエルフィが姿を現した。

 斬り落とされた筈の首は繋がっており、傷は一つもない。

 幽霊でも見るような表情で、マーウィンはエルフィを見ている。


「伊織が警戒しろというから、わざわざ殺された振りをしたというのに。駄犬が数十匹が控えていただけではないか」

「ああ、悪いな。これなら正面から戦っても良かったな」

「な……なぁ?」


 エルフィは現在、首だけしかない。

 それ以外の部位は全て分身体だ。

 

 マーウィンの罠を警戒した俺は、分身体を利用して死んだふりをし、注意がそれている間に仕掛けられている罠をどうにかするよう、エルフィに頼んでいた。

 対俺用に色々な結界を仕込んでいるようだったが、これまでの間にエルフィが破壊してくれたようだ。

 

 これで残るのは、マーウィンと精鋭の人狼種のみ。


「さて、覚悟はいいか?」


 エルフィと並び、マーウィンへと剣を向けた。


 

 


 

 

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