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第八話 『復讐などするのは』

 炎上した店は、間もなく水の魔術によって鎮火した。

 炎上してすぐに水の魔術が使える衛兵や冒険者が駆けつけたことで、周辺への被害はほぼゼロだ。

 ただし、店は全焼。

 中にあった物も、根こそぎ燃え尽きてしまっていた。

 

 店が炎上した原因は、炎属性の魔術によるものだと判明した。

 店内に炎が撃ち込まれせいで、炎上したらしい。

 分かりきってはいたが、あれは人為的に起こされた火災だったのだ。


 間違いなく、マーウィンの手の者によるな。


 幸いなことに、ニャンメルとゾォルツの命に別状はなかった。

 現在、二人は温泉都市の病院に入院している、


 ゾォルツが庇ったらしく、ニャンメルは軽傷で痕も残らないようだ。

 だが、ゾォルツはそうはいかなかった。


 ニャンメルを庇った際に、大きな火傷を負ってしまっている。

 治癒魔術を使っても、後遺症が残ってしまうかもという話だった。

 上級の治癒魔術師に見せれば或いは治るかもしれないが、家を失った彼女たちにその余裕はなさそうだ。


 ニャンメルは病室で意識を取り戻したが、念の為に入院。

 ゾォルツは未だ、目を覚ましていない。


 二人が病院に運ばれた後。

 俺達は店の後処理がひとまず終わったのを確認して病院に向かった。

 

 ニャンメルに声を掛けた後、ゾォルツの入院している部屋へ入る。

 ベッドで眠るゾォルツの傍らで、ミーシャは椅子に座っていた。


「面倒を掛けて、すまないな……」

「ふん。この程度、大した手間ではない」

「エルフィの言う通りです。気にしないでください」


 ミーシャの表情は暗い。

 数時間前のサバサバとした雰囲気はなく、今はまるで死神に取り憑かれているかのように生気がない。


 こちらを見ないまま、ミーシャが震え声で言った。

 

「……二人がいない間に、マーウィンがこの部屋にやってきたよ」


 「お邪魔しますよ、ミーシャさん」と腕に花束を抱え、複数の人狼種ウェアウルフを引き連れたマーウィンがこの部屋を訪れたらしい。

 未だ意識の戻らないゾォルツを見て、マーウィンはわざとらしく痛ましげな表情を浮かべ、


「今回はとても不幸な事故でしたね。心中、お察ししますよ。誰の仕業かは知りませんが、魔術が店に放たれたそうですねぇ? 大変お気の毒なことです。ですが店に魔術が放たれるなど……店主のゾォルツさん、もしくはそこで過ごす店員の誰かは、誰かに恨まれるような事をしていたのですかねぇ?」


 そう言ってきたらしい。

 ミーシャは頭が真っ白になって、マーウィンに殴りかかっていた。

 だが、彼の後ろに控えていた人狼種ウェアウルフによって、ねじ伏せられてしまったらしい。


「おお、怖い。そんな風に手が早いと誰かに恨まれてしまうかもしれませんよ? 今度は火傷程度では済まないかもしれませんねぇ?」

 

 そう言い残して、マーウィンは去っていった。


 ようするに、これは脅しだ。

 ミーシャが度々人狼種とぶつかっていた。

 これ以上、突っかかってくるのならばただでは済まさないと、そうマーウィンは言いに来たのだろう。


 あれだけの火事があったというのに、周囲に殆ど被害が及んでいないのは、あらかじめマーウィンが手を回していたからなのかもしれない。


「……爺さんは、右も左も分からなかったアタシ達を拾ってくれた。

 空腹で倒れそうになっていた時、飯を食べさせてくれた。

 風呂にも入れてくれて、衣服もくれたんだ。

 働き手がいないからっていって、職まで与えてくれたんだ」


 俯いたまま、ポツポツとミーシャが語る。

 自分達がゾォルツに助けられ、どれほど感謝しているのかを。


「恩を返さなきゃって……思ってたのに。アタシが突っかかるのが気に食わないんだったら、アタシに直接手を出しゃいいだろうが……ッ! どうして、関係ないニャンメルと爺さんに……ッ」


 机に拳を叩きつけ、ミーシャが慟哭する。

 その瞳は仄暗いのに、ギラギラと光だけを放っていた。

 しばらくして、ミーシャは荒々しく肩で息をし、手のひらで顔を覆った。


「すまない、取り乱した。せっかく来てもらったのに悪いが……今日はもう、帰って貰えないか」

「……分かりました。行くぞ、エルフィ」


 エルフィと共に、病室を去ろうとする。

 入り口の扉が閉まる前。


「ミーシャといったな」


 エルフィが、病室へと振り返った。


「自分がするべきことを見誤るな。お前には大切な者が、守りたい者が残っているのだろう。ならば、目を離すな」


 そう言い切ると同時に、音を立てて扉が閉まった。


「……復讐などをするのは、全てを失った者だけでいい」


 その呟きがミーシャの耳に入ったかは、扉越しには分からなかった。


「行こうか」

「ああ」


 まずは、ウロチョロと跡を付けてきているゴミを掃除しておこうか。





 日が沈み、温泉都市に夜が訪れている。

 あちこちに設置された街灯が眩しい程に都市を照らしている。

 だがそれでも、照らしきれない場所もある。


 例えば、裏通り。

 街灯の設置されていないそこは夜の闇に覆われている。


 火事があったからか、今夜は人通りが少ない。

 裏通りは輪を掛けて、人がいなかった。

 

「ひ、ひっ」


 そんな暗闇の中で、ゴードンは地面に倒れ伏していた。

 ありえないと、引き攣った喉が叫んでいる。

 こうも簡単に、自分達がやられるなど――――。


 今日、マーウィンから与えられた指示は一つ。

 黒髪の少年と、銀髪の少女の動向を監視することだった。


 後は仲間と共に、ただ尾行して動向を監視するだけ。

 愚鈍な人間は狩りに長けた人狼種ウェアウルフの尾行に気付けない。

 だから、いつもの通り、楽な任務になる筈だった。


 マーウィンによって、あのクソ生意気な猫人種ワーキャットの店は無くなった。

 中にいた連中も怪我をして、それを見て泣き叫ぶミーシャの姿にゴードンは笑いが止まらなかった。

 俺達に逆らうからそうなるんだと、直接嘲笑ってやりたいくらいだ。


 そんな上機嫌のまま、マーウィンから与えられた指示についた。

 途中までは、何の問題もなかった。

 だが、二人が裏通りに入っていってから、全てが壊れた。


 黒髪の少年と、銀髪の少女。

 裏通りへ入っていた二人をつけていった仲間からの連絡が途切れた。

 そこで様子を見に行ったのが、間違いだったのだ。


 中へ踏み込んですぐに、ゴードンは飛んできた剣で足を地面に縫い止められた。

 激痛で状況が理解できなくなる。

 次の瞬間、紅蓮の光が見えたかと思うと仲間たちが一斉に地面にひれ伏した。


「ふむ、簡単に釣れたな」


 銀髪の少女の目が、いつの間にか紅く光っている。

 それが魔眼だと気付いた時には、誰一人として身動きをすることができなくなっていた。


「声を出すな。大声を出したら、命は無いものと思え」


 別の声。

 それまで気配を遮断していたのか、闇から出てくるかのように、少年が姿を現した。


「お前、ゴードンとか言ったな」


 剣の刺さったゴードンを見下ろし、少年がそう尋ねてくる。

 ゴードンは声を出せないまま、頷くしかない。


「俺達の後を付けていたのは、マーウィンからの指示か?」


 低い声で尋ねてくる。

 「そうです」などと答えられるわけもなく、無言でいると――、


「ぐぅ、がああぁ!?」


 足に突き刺さった剣で肉を抉られた。 

 叫び声を上げた瞬間に口を抑えられ、助けを呼ぶこともままならない。


「もう一度だけ聞くぞ。マーウィンからの指示か?」

「ひっ。そ、そうだ! マーウィンさんから頼まれたんだ!」

「何故マーウィンは俺達を尾行するように指示を出したんだ」

「知らねえよ! 俺達はただ指示に従っただけだ!」


 これは本当だった。

 ゴードンには、監視しろという指示しか来ていない。

 それが何故かという理由までは聞かされていないのだ。


「なるほど。そのマーウィンはいまどこにいる?」

「や、屋敷だ。多分、屋敷にいるはずだ」

「あそこか……」


 少年は小さく呟くと、ゴードンの足から剣を引き抜いた。

 その乱暴な所作に、悲鳴を上げそうになる。


「じゃあ一応、最後に聞いておこうか。ミーシャの店を燃やしたのは、お前らか」


 感情の篭っていない声だった。

 怒りも、悲しみも感じない。

 それ故に何を考えているか分からず、恐ろしかった。


「あ、ああ……。で、でも、燃やしたのは俺達じゃない! マーウィンさんの指示で、他の奴がやったんだ!」


 地面に伏している仲間が、自分を睨んでいるのが見える。

 だが、仕方ないだろう。

 足を貫かれているのだ。

 逃げることも逆らうことも出来ない。

 殺されるくらいなら、素直に話した方がいい。


 そんな風に思ったゴードンの表情は、次の瞬間に凍りつくことになる。


「用済みだな。エルフィ、消してくれ」

「!? け、消すって、そんな、嘘だろ!?」


 ゴードン以外の人狼種も、怯えたように尋ねる。

 そんな様子に、少年は薄っすらと笑みを浮かべていった。


「先に俺達を追ってきた連中の姿がないだろ? あいつらはどうなったと思う?」


 その言葉を受けて路地を見回し、ゴードンは見つけた。

 地面に炭のような汚れが付いていることに。

 汚れだと思った。

 だけど、あれはまさか――。


「――答え合わせは、自分の体でするといい」


 次の瞬間、紅蓮の閃光が瞬いた。

 



「追ってきていたのはこれで全部のようだ。周囲に気配はないな」

「了解」


 裏通りには誰もいない。

 ただ、灰燼と化した炭が散らばっているだけだ。


 俺は復讐がしたいのであって、殺人を犯したいのではない。

 だがそれでも邪魔をするのなら容赦しないし、こいつらに情けを掛ける理由もない。


 これで取り敢えず、後を付けてきていた連中の掃除は終わった。


 後は。


「ゴミの大本を処分するだけだ」


 闇に紛れ、俺達はマーウィンの屋敷へと向かった。

 


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