第七話 『炎上する悪意』
冒険者ギルドへ行く道中。
人混みを避けて先に進むミーシャの体捌きは、やはり流石だ。
冒険者としてどれくらいの地位にいるのかが気になって、訪ねてみた。
「ミーシャさんは、冒険者ランクはいくつなんですか?」
「アタシは、Bランクかな」
「冒険者を始めて、あんまり経っていないのにBランクですか。凄いんですね」
冒険者にはランクがある。
Aランクを頂点とし、最低ランクがEランクとなっている。
つまりミーシャは上から二番目のランクにいるということだ。
「ランクの説明を聞き流していたが、Bランクとは凄いのか?」
「ああ。Bランク冒険者になれば、十分な実力があると判断されるな」
ランクのイメージとしては、Aランクが熟練の戦士、Bランクが実力者、Cランクが一人前、と言った所だろうか。
Bランクに上がれる者はそれ程多くないため、ミーシャは十分に凄い、
あくまで人間基準のため、強大な魔族や魔物を相手にすれば、単独では太刀打ち出来ない場合も多いが。
「といっても、アタシなんてまだまだだよ。Aランクの冒険者には到底叶わないし」
まあ、冒険者も玉石混交で単独の強さだけでなく、チームワークなども大きく評価されるから一概にランクで実力は測れない。
「それより、二人の審査での戦いを見ていたが、凄かったよ。両方共、相手を瞬殺だろ? アタシが審査を受けた時は粘っただけで勝てなかったよ」
「ふふん。有象無象では私の相手にならんからな」
また偉そうに……。
まあ確かに、俺はともかくとして、エルフィは今の段階でもAランク以上の実力があるからなぁ。
そんな話をしている内に、俺達は冒険者ギルドへ到着した。
◆
「おい、どういうことだ!」
激昂したミーシャが、カウンターに拳を叩きつける。
受付嬢がビクリと体を震わせる。
俺とエルフィの審査結果。
その二人共が、審査に落とされていたことが受け付けで伝えられた。
俺達が何かを言うよりも早く、ミーシャが受付嬢に激高した。
「こ……これは、審査員がだした正式な結果でして」
「この二人共、審査の相手を倒しているんだぞ!? 倒せなかった私が冒険者になれて、この二人がなれないというのはどう考えてもおかしいだろう!!」
怒鳴りつけるミーシャに、受付嬢は怯えた表情をしてしまっている。
審査の結果は、この人が出した訳ではない。
ここで文句を言っても、結果が変わるとは思いにくいな。
「おい、うるせえぞ猫人種。そいつらは冒険者の格じゃなかったってことだろうが」
「なんだと……てめぇ!」
「ミーシャさん。それくらいにしておいてください」
席に座っていたフルフェイスの兜を被った大男が、低い声でミーシャに文句を付ける。
納得行かない、といった表情でミーシャが食い下がろうとするのを俺は押しとどめた。
納得がいかないのは、こっちも同じだ。
ミーシャや他の冒険者の反応からして、俺達の戦闘は悪くなったのだろう。
それが落とされているのは、明らかにおかしい。
例えば、そう。
まるで誰かが意図的に、俺達を審査で落としたかのように。
「はっ、みっともねぇぞミーシャ。ギルドの正式な審査の結果、そこの二人は落とされたんだろ? それに文句を付けるなんざぁ、ただのイチャモンだぜ?」
不意に後ろから、一人の人狼種が声を掛けてきた。
審査の日、帰り際に俺達に絡んできた男だ。
「ゴードン、てめぇ……」
ミーシャが人狼種を睨みつける。
どうやらこの男は、ゴードンというらしい。
「なるほどな。そういうことか」
「……みたいだな」
落ちたと聞かされた時点で、おおよその予想は付いていた。
俺達が落ちたのは、マーウィンが裏で手を回したからだろう。
聞いた所によると、あの男はこの街で地盤を固めている。
ギルドの職員の中に、あいつと繋がっている者がいても何らおかしくはない。
ニャンメルを助けた時の「この街で私達に逆らって、やっていけると思わないことだ」という台詞。
まあ、そういうことなんだろう。
「二人共今回は残念だったなぁ? 審査は何回でも受けられるし、また頑張って挑戦するこった。ま、何回やっても……受かるとは思えねえけどな?」
そう言い残して、ゴードンは去っていった。
ギルド内は静まり返っており、半分は目を逸し、もう半分はゴードンの後ろ姿を睨みつけている。
「……すまない。アタシ達のせいだな」
ニャンメルを助けた時に、マーウィンに目を付けられたから。
そう言って、ミーシャが頭を下げてくる。
「気にするな。お前も、あの無礼な店員にも落ち度はない」
「でも……」
「俺達は別に、冒険者になりたくてここに来た訳じゃないですからね。駄目なら駄目で、他に手はあります」
とはいえ、面倒なことになったのは確かだ。
迷宮に入るには、ギルドからの許可がいる。
結界を突破して、無理やり中に入るという手段も考えて置かなければならないな。
「そうだ。数日前から『迷宮討伐』の要員を募集していたんだ。二人がどうしても迷宮に入らないといけないっていうんなら、この応募に参加する手も……」
「それも、裏で人狼種が手を回せば、通らんだろうな」
「…………」
さて、どうするか。
そう思考を巡らせようとした時だった。
「ミーシャいるか!? 大変だ!」
ギルドの中に、一人の男が駆け込んできた。
確か、ミーシャの仲間の一人だったか。
酷く狼狽した様子で、ミーシャの名前を呼んでいる。
「ルーア。どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたもねえ! 大変なんだよ! すぐに来るんだ!」
要領の得ない質問に、ミーシャが訝しげな表情を浮かべる。
だが、その表情はすぐに凍りつくことになる。
「――お前の店が、大変なんだよ!」
◆
通りには、酷い臭いが漂ってきていた。
上空へもうもうと黒煙が立ち上がっている。
大勢の野次馬が、一つの店を遠目から眺めていた。
それらを掻き分けて、鍛冶屋へと到達する。
広がっていたのは、凄惨な光景だった。
鍛冶屋は炎上していた。
轟々と紅蓮の炎が店を焦がし、ゆらゆらと揺れている。
「治癒魔術師はまだかッ!」
「燃え移る前に水出せる魔術師呼んでこいよ!」
見ている者から、そんな声が聞こえている。
「あぁ……ニャンメル、爺さんッ!」
店のすぐ側に、火傷を負ったニャンメルとゾォルツが倒れていた。
ニャンメルは比較的軽傷だが、ゾォルツの方は全身に酷い火傷を負っている。
これでは治癒魔術を使っても、後遺症が残ってしまうかもしれない。
意識を失っているのか、二人はピクリとも動かない。
「しっかりしろ! おい、おいッ!」
冷静さを失って、ミーシャは二人を揺すっている。
「……大丈夫だ、息はある」
酷い火傷だが、すぐに処置を施せば大丈夫なはずだ。
どうにかミーシャを落ち着かせて、今できる応急処置を二人に施す。
治癒魔術が使える者が駆けてきたのは、それからすぐのことだった。
「……伊織」
エルフィの視線の先。
人狼種を引き連れ、犬歯を剥き出しにして嗤うマーウィンの姿が、そこにあった。
炎上する店を見て満足気に頷くと、マーウィンは一瞬だけこちらに視線を向け、その場から去っていく。
「……迷宮よりも先に、やるべきことがあるようだな」
鍛冶屋が音を立てて崩壊していく。
焼けた店から、黒煙が空へと立ち昇っていった。
高く、遠くまで。




