表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/165

第六話 『……くだらない』

 翌日。


 マーウィンの情報は、昨晩に少し集めた。

 今の所、あいつが住んでいる場所を掴んでいる。

 後は、どのタイミングで行くかだ。


 それは保留に、ひとまず今日は別の用事がある。

 今日は冒険者審査の結果が出る日だ。

 それと同時に、あの老人に顔を出せと言われていた日でもある。


 ひとまず今日は、鍛冶屋とギルドへ行くことにした。


 最初に向かったのは鍛冶屋だ。

 どれだけの物ができているか、少し楽しみだな。

 今使っている剣も十分に使えるが、上等な物を持っておくことに越したことはない。


 外へ出ると、相変わらずの人混みだ。

 だが、昨日よりも街中に活気がある。


「なあ、伊織。何だか今日はより一層騒がしくないか?」

「ああ。何かあったんだろうな」


 騒がしい原因は、すぐに分かった。

 「号外、号外!」と叫びながら、街中で新聞が配られているのだ。

 その内容は、街を歩く者をざわめきで耳に入ってきた。

 

「おい、この記事マジか? 王国が奈落迷宮の討伐に成功したってよ……」

「ああ。少し前に、王国が正式に発表したらしい。土魔将の骸が、王都で堂々と公開されてるんだってよ」

岩窟龍アースドラゴンだろ? 通常個体の数倍は大きいらしいぜ」


 なるほどな。

 ようやく王国が、大々的に迷宮の討伐を公開したのだ。

 そろそろ来る頃だとは思っていた。


「土魔将を討ち取ったのは、王国最強の魔術師、"大魔導"リューザス・ギルバーンだってよ!」

「"英雄アマツ"と一緒に、魔王軍を追い詰めた生きる伝説だろ? もう長いこと名前を聞いてなかったけど、その腕は衰えてなかったってことか」

「こりゃ、各国で迷宮討伐の流れが出来るな。連合国でももう少しで冒険者の迷宮討伐が行われる頃あいだろ?」

「俺達も王国に続きたいもんだな」


 "大魔導"か。

 よほど王国はリューザスが大事らしい。

 あれだけの失態を犯しておいて、罰どころか功績を与えられるなんてな。

 右腕の欠損は名誉の負傷ということにでもなっているのだろうな。


「全部あの男の手柄か。少し不快だな。最後に来て、軽く蹂躙されただけの癖に」


 確かに面白くはない。

 だが、あの男に待っているのは後悔と絶望と死だけだ。

 今はせいぜい、偽りの名誉に縋っているといい。



 それから十数分後。

 俺達は鍛冶屋に到着した。

 

「いらっしゃいませニャー!」


 中へ入ると、前と同じようにニャンメルが声を掛けてきた。


「あっ! 助けてくれたお客さん!」


 俺の顔を見ると、パッと笑顔を浮かべて駆け寄ってきた。

 猫耳をパタパタする様は、猫というより犬に近い。


「昨日は本当にありがとうございましたニャ。囲まれた時は、死んだかと思ったニャ」

猫人種ワーキャットと言えば逃げ足が早いことで有名だろう。あのような連中は無視して、逃げ出せばよかったものを」

「あ、頭が変なお客さん」

「私の頭は変じゃないッ!」


 エルフィがニャンメルに文句を言っていると、奥の方からもう一人出てきた。


「おっ、妹の恩人さんじゃないか」


 あの老人ではなく、冒険者のミーシャだ。

 

「ミーシャさんもこの店で働いているんですか?」

「働いているのはニャンメルで、アタシはたまに手伝いするくらいかな。アタシは大体、冒険者業をしてるからさ。今日はたまたま仕事が入ってなかったから店にいるんだ」

「なるほど……。冒険者はもう長いことやってるんですか?」


 ミーシャの身のこなしは洗練されている。

 猫人種ワーキャット特有のしなやかさがあり、戦闘になればさぞ機敏な動きを見せるだろう。


「冒険者はほんの数年前に始めただけだな。まあ、冒険者になる前から、結構な量の戦闘はこなしてきたんだが」


 「無礼者め!」とエルフィに絡まれて困っているニャンメルを見ながら、ミーシャは目を細めて言った。


「この街に来る前は猫人種ワーキャットの集落で暮らしていたんだ。帝国の近くだったんだが、人間と魔王軍の戦いに巻き込まれてな。魔族が村を襲ってきたんだ。だから、皆を守るために、私も戦う術を身に付けずにいられなかった」

「……相変わらず、魔王軍は見境ないんだな」


 あいつらは、仲間の種族以外にはとことん冷酷な連中だからな。


 オルテギアが復活していないとはいえ、魔王軍は各地で動き出している。

 本格的な戦争はないが、小競り合いのような戦いは頻発しているという。 

 ミーシャの集落も、それに巻き込まれたのだろう。


「……結局、あそこじゃ暮らせなくなって、逃げ出すしかなくなった。アタシはニャンメルと二人でどこか暮らせる所がないかと彷徨って、連合国に辿り着いたんだ」

「それで、冒険者をやっているって訳ですか」

「いやぁ、当時のアタシは右も左も分からなくてどうしていいか全然分かんなかったんだけどな。この店の爺さんがアタシ達を拾って色々教えてくれたんだ。住む場所もくれたしな」

「それは……親切な人なんですね」

「ああ、感謝している」


 この猫人種ワーキャット達を利用して、老人は何かしようとしているのではないか。

 一瞬、そんな考えが頭を過ぎり、溜息を吐いて忘れた。


 ミーシャとやり取りしていると、奥の扉が開き、件の老人が出てきた。

 その手には、一振りの剣が握られている。


 土魔将の体と、高濃度の魔力を内包する魔石によって作られた剣。

 濡れたような輝きを放つ刀身からは、濃厚な魔力が漂っていた。


「俺が作れる限界を叩き込んだ。受け取れ」


 剣を手に取ると、ずっしりとした重みが伝わってくる。

 だが、重すぎず、軽すぎず、俺が扱うには最高の塩梅の重量だ。

 剣を握り、魔力を流した瞬間、体が軽くなった。


「分かったと思うが、それは魔力付与品マジックアイテム――魔剣だ。握っているだけで効果がある」


 鋭い切れ味に加え、高い魔力伝導性。

 それに加え、"地に足を付けている"状態で剣を握るとこの剣の持つ力が発揮される。


「"魔力防御"に"身体強化"。そして大地から力を吸い上げ、少しずつではあるが魔力を回復してくれる」

「ほう、いい剣ではないか」


 いつの間にか隣に来ていたエルフィが関心したように言う。

 確かに、俺が想像していた以上に素晴らしい剣だ。

 普通の店で買えば、屋敷の一つでも建てられる程の金額になってもおかしくはない。


「凄ニャ……」

「それは、アタシが欲しいくらいだね」


 ニャンメルとミーシャも、俺の剣を見て驚いたような表情を浮かべている。


「鍛冶のお代は幾らになりますか?」


 これだけの物が出来たのだ。

 相当な金額を取られてもおかしくはない。

 金に関しては、相当額を王国から盗んできたから、払えないことはないだろう。


 だが、老人はポーチに手を伸ばした俺を制した。


「いらん。その剣に金額を付ける気が起きないからな。ただでくれてやる」

「……それは、流石に」

「それに、内の馬鹿が世話になったと聞いた。これはその礼だ。受け取っておけ」


 老人が顎でニャンメルを差し、そういった。

 ニャンメルは、ペコリとこちらに頭を下げてくる。


「礼だそうだ。貰っておくといい」

「……ああ」

「ただより安い物はないからな。よし、払う筈だった金でお菓子を買いに行くぞ」

「それは行かない」


 老人に頭を下げ、腰のベルトに剣を差す。

 ずっしりとした重さが心地いい。


「大地の力を内包した剣だ。"翡翠の太刀"とでも呼ぶがいい」


 翡翠の太刀。

 土魔将との戦いで壊れた宝剣以上の業物だ。

 流石にこれを"壊魔ブレイク・マジック"の弾にはしたくないな。


「そういえば、二人とも審査を受けていたよな? もしギルドに行くんだったら、アタシも一緒にいって大丈夫か? ちょっと用があるんだ」

「大丈夫ですよ」


 いい武器が手に入った。

 次は冒険者登録だな。

 登録を済ませれば、ようやく迷宮へ踏み込める。


 それよりも先に、もう一つの用を済ませておきたい所だが。


「……おい」


 礼を言い、店から出る時だ。

 先に出て行ったエルフィとミーシャの後を追おうとすると、老人に呼び止められた。


「お前が持ってきた魔結晶は相当な量の魔力が内包されていた。あれは並みの岩窟龍アースドラゴンではないな」

「ええ、まあ」

「今日発表のあった、王国の迷宮討伐。倒された土魔将は……岩窟龍だったな」


「――それが?」


 恍けるも、老人の鋭い視線が、俺に向けられる。

 武器を作ってもらった手前、危害を加えるようなことはしたくないが。

 邪魔をするのなら――。


「いや、なんでもない」


 しかし、老人は首を振り、それ以上追及してこなかった。


「それよりも、改めて礼を言う。あれは何というか、孫のようなもんでな」

「……連合国に来たばかりの二人を、引き取ったんですよね。どうして、ですか?」


 俺には関係のない話だ。

 だけど、何故この老人がそうしたのかが気になった。


「……もう、三十年くらい前か。当時は人間と魔王軍との戦いが一番酷い時期だった。この連合国にも、魔王軍が攻め入ってきた。その時にな、俺はある人に助けられたんだ」

「ある人……?」


 懐かしむような表情で、老人が語る。


「ああ。今は"英雄"だなんだと言われているがな。見ず知らずの俺を、身を挺して庇ってくれた。……その時に聞いたんだ。どうして助けてくれたのかってな」

「……その人は、なんて答えたんですか?」

「助けたいと思ったから助けた。そう言っていた」


 だから、と老人は言った。


「困っている二人を見て、助けたいと思ったから助けた。それだけだ」

「――――」

「……まあ実際は店員が続けてやめてったから、代わりの働き手が欲しかっただけだがな」


 そう茶化すように老人は言って、俺に背を向けた。

 

「あなたの名前を、教えてもらえませんか」

「ゾォルツだ」


 それだけ言って、老人は奥の部屋へ入っていった。

 残された俺も、扉を開けて店を出る。


 聞き覚えのない名前だった。

 だけど、いつかそんなことを言ったような記憶がある。


「何が……助けたいと思ったから助けた、だ」


 ……くだらない。

 だけど何故か、それを口にするのは憚られた。

 


これで終われば、いい話なのに

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ