第五話 『マーウィン・ヨハネス』
当時、王国や帝国などの各国が同盟を結び、魔王軍と戦争をしていた。
その際に、人狼種は人間側についていた。
四天王を三人まで倒し、最後の迷宮を突破した頃。
魔王軍・四天王"千変"の率いる軍と戦っている時のことだ。
人狼種の拠点地で、俺達パーティは寝泊まりしていた。
その際に、俺は一人の人狼種に罠に掛けられた。
"魔封じの結界"で魔力を抑えこみ、麻痺の香で動きを鈍らせ、その人狼種は俺を生け捕りにしようと襲ってきた。
当時の俺は、"魔技簒奪"で結界を砕き、動きの鈍った体で、その人狼種を押さえつけた。
そして、何故こんなことをしたのかと尋ねたのだ。
『私は"千変"の操る魔術によって、命を握られています。助かりたければ、貴方を生け捕りにしろと、命じられたのです』
自分は人狼種を守るために、こんな所で死ぬ訳にはいかない。
だから、俺を生け捕りにしようとしたのだと。
マーウィン・ヨハネスを名乗る人狼種はそう語った。
"千変"は様々な魔術を使い、特に人を利用して貶めるのを好む魔族だった。
今回も、マーウィンを利用して俺を殺そうとしてきたのだ。
結果として、俺はマーウィンに捕まった振りをして"千変"に近づき、仲間と共に討伐することに成功した。
誰一人として犠牲を出さず、勝利することが出来たのだ。
だから俺は、マーウィンを許した。
"千変"に利用されていたのだから、お前に罪はないと。
自分が生きる為に俺を犠牲にしようとしたマーウィンの裏切りは胸に仕舞い、彼の機転によって"千変"を倒せたのだということにしたのだ。
『アマツさん。あなた方に救ってもらった恩は絶対に忘れません』
涙を流し、マーウィンは俺にそう言った。
どんなことがあろうとも、貴方を助け、貴方に力を貸すと。
魔王城へ乗り込む少し前。
大量の魔物と魔族によって劣勢になった俺達を、マーウィン率いる人狼種の軍が支えてくれた。
その時に、マーウィンは言ったのだ。
『貴方に助けて貰った恩をここで返します。戦争を終わらせ、貴方達が望んだ平和な世界を作りましょう』
そう言っていた彼の本心は、『探りの金剣』で知っている。
『魔王と勇者、邪魔者が同時に消えてくれば言うことはありませんよ』
そして、
『アマツがいては、私は落ち着いて生活することが出来ないのでね』
と。
リューザス達にはこの言葉の意味が理解できていないようだったが、俺には分かった。
自分が裏切ったという事実をあいつは隠したかったのだ。
魔王軍の"千変"の討伐に貢献したことで、あの男は人狼種の英雄扱いされていた。
その地位を脅かす可能性のある俺を、あいつは消しておきたかった。
恩など、あいつは最初から感じてなどいなかった。
それだけの話だ。
俺はきっと、RPGの主人公にでもなった気でいたのだろう。
最終決戦に、それまで助けてきた人達が力を貸してくれる。
そんな展開になって、自分がやってきたことは無駄ではなかったのだと、勝手に報われた気分になっていたのだ。
くだらない。
今は心底、そう思う。
◆
「私の仲間がご迷惑をお掛けしました」
人狼種達を下げさせて、マーウィンは俺とニャンメルへ向けて頭を下げた。
その一見、真摯に見える態度に、野次馬達は「出来た人だ」とマーウィンに感心している。
この態度からして、人狼種が特別というよりは、マーウィン個人に信用が集まっているように見える。
「彼らは昔、人狼種だからと差別された経験があるのです。だから、過敏になってしまっているのでしょう。私からも良く言い聞かせておきますから、どうか許してやって貰えませんか?」
丁寧な口調で、申し訳無さそうに、マーウィンはそう言った。
野次馬達は「マーウィン様に謝らせるなんて」と、相変わらずこちらへ非難の視線を向けてくる。
「は、はいニャ……。わかりましたニャ」
「ありがとうございます」
ニッコリと笑みを浮かべて、マーウィンが礼を言う。
そして、チラリとこちらにも視線を向けてきた。
「貴方にも、ご迷惑をお掛けしました。私の部下を止めてくださり、ありがとうございます」
謝罪し、それからにこやかな笑顔を浮かべてこちらへ近づいて来た。
そしてもう一度「ありがとうございます」と礼を言った直後。
俺の耳元に顔を寄せ、
「この街で私達に逆らって、やっていけると思わないことだ」
ボソリ、と。
俺だけに聞こえる音量で、マーウィンはそう囁いた。
「――――」
驚きはない。
ああ、知っていたさ。
これがお前の本性だ。
「それでは皆さんも、お騒がせしました。私達はこれで失礼させて頂きます」
そう言って、マーウィンは人狼種を引き連れて去っていった。
「……大丈夫だったか?」
「は、はいニャ。助けてくれて、ありがとうございますニャ」
怪我もしていないし、お使いの為の金も奪われていないようだ。
これでしっかりと、剣を作るための素材を買いに行けるだろう。
「……伊織。今のか?」
「ああ」
この街に来た理由の一つが、あの男だ。
しかしまさか、こんな街中でいきなりエンカウントするとはな。
探す手間が省けてよかったよ。
「あの一瞬、お前があの男を殺すのではないかとヒヤッとしたぞ」
「それも考えたんだがな。ただ殺しただけじゃ、俺の気が収まらない。それに衆目の面前で殺せば、迷宮どころじゃなくなる」
腸が煮えくり返るのを、今後の打算で抑えこむ。
俺が復讐したいのは、あいつだけではないだろうから。
「……ニャンメル!」
その時、酷く慌てた表情で一人の女性がこちらへ駆け寄ってきた。
右目に眼帯を付けた、猫人種の女性だ。
「あの猫人種は」
昨日ギルドで会った、ミーシャという冒険者だ。
「……おねえちゃん!」
駆け寄ってきたミーシャに、ニャンメルが抱きつく。
「人狼種に絡まれていると聞いて駆けつけたけど、怪我はないか? 大丈夫か?」
「大丈夫ニャ……そこの男の人が、助けてくれたニャ」
その時になって、ミーシャは俺の存在に気付いたらしい。
ニャンメルを離し、女性が頭を下げてきた。
「お前たちが助けてくれたのか……。妹が世話になった。本当にありがとう」
「いえ……気にしないでください」
俺は自分の為に助けただけだ。
それに昨日、人狼種に絡まれている所を助けて貰ったばかりだしな。
「……取り敢えず、ちゃんと礼をいいたい。場所を移してもいいか?」
周りにはまだ、野次馬が残っている。
視線に晒されたまま会話するのは気が引けたので、俺達はその場を移動することにした。
◆
その後、俺達は近くにあった飲食店に入って話をした。
どうやら、ミーシャはニャンメルと姉妹らしい。
会話の中で、俺はマーウィンについてをミーシャに聞いた。
「あたしもこの街にやってきて、そこまで長い訳じゃないんだが」
そう前置きをしてミーシャは話しだした。
数年前に一度、迷宮から魔物が溢れだし、温泉都市が危険に晒された。
その時に、マーウィンが率いる人狼種の部隊が人間を助けたらしい。
それ以来、彼らは連合国に住み着いている。
その一件で、マーウィンは英雄視されているらしい。
図書館で読んだ新聞にも、そんなことが書かれていた。
だから俺は、マーウィンがこの街にいると確信したのだ。
「それから、この街には人間だけじゃなくて、いろんな種族が集まるだろ? あたし達みたいに。だから習慣とかの違いで、たまにトラブルが起きるんだ」
手の付けられないトラブルが起こった時、マーウィンが介入してそれを鎮めているようだ。
街に流れてきた人狼種にも荒っぽい者が多かったようだが、マーウィンはそれも制御している。
そのため、マーウィンはこの街にいる者から感謝されている。
そういった経緯から、この街ではマーウィンに、もっと言えば人狼種に手を出してはいけないという暗黙の了解があるらしい。
「これだけ聞くと良い奴に思えるかもしんねえが……マーウィンの権力をいいことに、人狼種共は街中で幅を利かせている」
マーウィンは人々からの尊敬を集めているだけでなく、色々な人物と繋がりを持っている。
冒険者ギルドの幹部、連合国議会の議長などとパイプがあるため、よほどのことがない限り、事件が起きても揉み消されてしまうらしい。
「あれだけ人が集まっていたのに衛兵が来なかったのは、そういう理由か」
「ああ。人狼種絡みになると、衛兵は働かない。動いたとしても、捕まるのは相手側だ」
なるほどな。
それで冒険者達が人狼種に関しての話をタブーにしていたのか。
「二人には迷惑を掛けた。もし何かあったら、アタシに相談してくれ。力になるよ」
「……、はい」
力になる……か。
曖昧に返事をした後、俺達はその場で別れた。
◆
その後、宿に戻ってきた。
ベッドに腰掛け、一息吐く。
「マーウィンという人狼種、奴も中々に厄介な相手みたいだな」
「関係ない。追い詰めて殺すだけだ」
とはいえ、すぐには手を出さない。
あいつの行動を分析し、人目の付かない所で襲撃する。
出来れば迷宮のように人がいない場所で、ジックリと『会話』が出来るといいんだが。
「……それより」
隣に腰掛けるエルフィへ、ジットリとした視線を向ける。
「ベッドで食うな。食べるんだったら自分の部屋へいけよ」
二人分の部屋をとったというのに、エルフィは俺の部屋にいた。
モキュモキュと、エルフィが途中で買った温泉まんじゅうを食べている。
蒸気で蒸かした、地球でいうあんまんのような食べ物だ。
宿に来る途中に、大量に買い込みやがった。
「移動するのが面倒だ。ほら、一つやるから一緒に食べよう?」
「……はぁ」
迷宮を出てから野宿続きで、体に疲労が溜まっている。
ひとまずはしっかりと食事を摂り、体調を整えなければ。
溜息を吐き、エルフィからまんじゅうを受け取る。
「やはり食事は誰かと一緒にするのがいいな」
そうして、俺達はベッドの上でモキュモキュと温泉まんじゅうを食べたのだった。




