第四話 『漸く、見つけた』
冒険者ギルドを出た後は、適当に空いていた宿を取った。
小さな浴場のある宿だったのだが、「もっと大きな温泉がいい」とエルフィは駄々を捏ねていたな。
翌日。
別料金の朝食を食べた後、俺達は宿の外へ出た。
審査の結果が出るのは明日で、武器の完成もまだだが、この国でもやっておきたいことがあったのだ。
三十年の間に起こったこと。
魔王によって再建された煉獄迷宮について。
ディオニス、ルシフィナに関しての情報がないか。
復讐対象の情報がないか。
調べたいのはこんなところか。
そういうわけで、屋台に見蕩れるエルフィを引きずって図書館へ向かった。
その道中、ちらほらと人狼種を見かけた。
大手を振って歩く連中を、街の者は避けているように見える。
「む、偉そうな連中だな」
「だから、お前がいうな」
そうこうしている内に、図書館へ到達した。
◆
入館料を払い、中を進む。
持ち出しは不可、と到る所に注意書きのある館内には、古い紙の臭いが漂っていた。
人はそれほどおらず、中はシンとしている。
司書がアクビをしているくらいだ。
所狭しと本が詰め込まれた棚から、目的の物を取り出していく。
新聞なんかもあるので、ここ数年分の物をいくらか手に取り、椅子に腰掛ける。
エルフィは何かを探しにいってくるといって、どこかへいってしまった。
「さて」
持ってきた本へと、視線を落とす。
俺が死んでから最近まで、魔王軍はそれほど活発ではなかったらしい。
人間の軍を蹴散らし、五将迷宮と半壊した魔王城を再建してからは、それほど活動を行っていない。
だがここ最近になって、また動きだしているようだ。
その被害を受け、家族や住む場所を失った人や亜人の多くは、この連合国に来ているらしい。
人が増えているのは、観光客が多くなっただけでなく――、
――思ったんだ。見てきた沢山の泣き顔が、
「――――ッ」
一瞬、頭に浮かびかけたかつての理想。
くだらないと振り払い、新聞などに目を通す。
やはり、全滅させた四天王も新しくなっているようだ。
今の所、"歪曲"を名乗る魔族がよく目撃されているらしい。
魔王城に攻め入った人間の軍を、あっさりと半壊まで追い込んだという。
残念ながら、ルシフィナとディオニスの情報はなかった。
だが、あの二人の実力を考えると、四天王、もしくは魔将になっていてもおかしくはない。
歪曲は違うにしろ、そういった情報には目を通しておいた方がよさそうだ。
煉獄迷宮に関しては、目新しい情報は特になかった。
前回と大きく変わっていないらしい。
目新しい情報はこれ以上ないか、と本を置き、チラリと新聞へ視線をやった時だ。
ある一つの記事を見て、俺は動きを止めた。
何年か前に、連合国に魔物が攻めてきたらしい。
冒険者が迎え撃った物の徐々に追いつめられていく。
その時に、人狼種が人間に加勢したらしい。
その時に、人狼種を率いていた人物は――――。
「聞いてくれ伊織!」
その時、憤慨した様子のエルフィがズカズカとこっちに歩いてきた。
「図書館で大声を出すんじゃない。……それで、どうしたんだ?」
「それがな、オルテギアに関する本はいっぱいあるのに、私の本が一冊もないのだ!」
そりゃ、俺もこいつが魔王だなんて、知らなかったからな。
ほんの数年しか、魔王やってなかったみたいだし。
「確かに短い間しか魔王やってなかったが、これはあんまりだ。本になるようなことはたくさんやったというのに」
「へぇ、なにかやったのか?」
性格はともかく、実力は確かだ。
何か武勲をあげていたのだろうか。
「魔族同士が競い合うトーナメントで優勝したし、暴れ回る龍種を手懐けてペットにしたし、人間の美味しい料理の特集本を書いたりしたし、とにかく色々なことをやったぞ。それに色々な物を頭の中に収集するのが趣味としても知られていた」
「俗っぽすぎんだろ」
暴虐の限りを尽くした魔王オルテギアの隣に、『エルフィスザーク。龍をペットにし、料理本を書いた魔王』なんて書いてあったら浮いてる所の話じゃないぞ。
「……むぅ」
「それより、だ」
ある新聞の記事を、俺はエルフィに見せた。
「……それは」
「俺の標的だ」
やはり俺の標的は、ここにいる可能性が高いらしい。
「結構前の記事だから、詳しい居場所まではわからないがな」
「……なるほどな」
収穫はあった。
得た情報に満足し、俺達は図書館を後にした。
◆
図書館を出て、街を歩く。
昼間だからか、行きよりも人が多い。
「……しかし、本当にここでは人間と亜人が共に暮らしているのだな」
人混みの中には、妖精種、猫人種などの亜人も多く含まれている。
それを見て、どこか遠い目をしながらエルフィが口を開いた。
「魔族だけでなく、亜人と争う人間も多く見てきた。時には戦争になっている所もな」
確かに、かつて人間は魔族だけではなく、亜人とも争っていたらしい。
俺が来た時には、魔王軍のせいでそれどころではなかったようだが。
その様を見ていたエルフィからすれば、この光景は不思議に思えるかもしれない。
この国では、亜人が普通に暮らしている。
俗習などの違いからトラブルも多いようだが、それでも共に過ごしている。
「そう考えると、この光景は凄い物なのかもしれんな」
――共存。
「――下らない」
エルフィの言葉に、俺は思わずそう呟いてしまっていた。
共生、共存。
その言葉を聞くと、胸が悪くなる。
なるほど、確かに共生しているのだろう。
この街は、見掛けは平和なのだろう。
だから、何になる。
共に過ごしていたとしても、人間も亜人も、何の関係もなく裏切るだろうさ。
自分の欲望の為には、仲間すら斬り捨てられる連中なのだから。
「……伊織」
何か言いたげに、エルフィが口を開いた時だった。
すぐ近くから、怒声と悲鳴が響いてきた。
「何かあったらしいな」
「見てみるか」
人混みをかき分け、通りを進む。
怒声と悲鳴の主は、すぐに見つかった。
「ご、ごめんなさいニャ……」
「ぶつかってきておいて、謝罪で済まそうってのか? 誠意ってのが足りねえんだよ」
そこでは、一人の猫人種が大柄な人狼種に絡まれていた。
顔を青ざめ、ガタガタと震えるその猫人種には、見覚えがある。
「あの鍛冶屋の店員か」
確か、ニャンメルとか言ったか。
話の流れからして、ニャンメルがが人狼種にぶつかってしまったのだろう。
それに人狼種がキレ、謝罪している少女に金銭を要求している。
女性が絡まれているというのに、野次馬達は何もしようとしない。
それどころか、女性たちの方へ迷惑げな視線を向けていた。
「人狼種に喧嘩を売るなんて、何を考えているんだあの女は……」
そんな声が、あちこちから聞こえてくる。
それを聞いて人狼種はニヤリと嫌らしい笑みを浮かべた。
「いいのか? この街で俺達に逆らってよぉ。なあ、お前ら?」
その言葉と同時に、ゾロゾロと別の人狼種がやってきた。
「にゃ、にゃぁ……」
ニャンメルは涙を浮かべ、縮こまってしまっている。
だというのに、街の人間は手出ししない。
これだけの騒ぎになっているのに、衛兵すらやってこない。
どうやら、この街では人狼種が幅を効かせているらしい。
まるで絡まれているニャンメルの方が悪者のような雰囲気だ。
「メンツに泥を塗られちゃ、やってけねえからな。ちょっと痛い目を見てもらおうか?」
「にゃ……」
怯えるニャンメルに、人狼種達が詰め寄っていく。
誰も助ける様子はない。
「どうする、伊織」
「……どうもしないさ。助けに入る意味なんて……」
いや。
確かあの店では、あの老人とこの猫人種しか働いていないのではなかったか。
ここで怪我を負ってしまえば、剣の製作に支障が出る可能性がある。
万が一、迷宮の討伐に間に合わなければ、厄介なことになる。
「……いや」
「伊織?」
溜息を吐いて、俺は前へと踏み出した。
「……おい、なんか用か、人間」
威圧してくる人狼種を無視し、ニャンメルを引き寄せて背中に隠す。
こいつらになんぞ興味はないが、剣の製作が遅れるのは困る。
俺は早い所、迷宮の攻略と復讐に取り掛かりたいのだから。
「そこまでにしておいたらどうだ? 謝っているのに、乱暴することはないだろう」
「ああ? 人間、てめぇは関係ねえだろ。すっこんでやがれ」
話が通じそうもないな。
さて、どうするか。
痛い目を見て、引いてもらうか。
人狼種が手を伸ばそうとしてきた時だった。
「――そこまでにしなさい。衆目の面前で見苦しいですよ」
野次馬の中から聞こえてきたその一言で、凄んでいた人狼種達が一斉に大人しくなった。
「す、すいません」
コツコツと音を響かせながら、一人の人狼種がやってくる。
その一人に、その場にいた人狼種達がヘコヘコと頭を下げだした。
やってきたその人物を見て、思わず目を見開いた。
――あぁ、まさかこんなにも早くお前を見つけられるとはな。
口を抑え、浮かびそうになる笑みを隠す。
糊のきいたスーツを身に纏った、神経質そうな顔つきの人狼種。
茶色の髪をぴっちりと整えており、服装や髪型から几帳面さが伺える。
あぁ、ようやくだ。
ようやく、一人目だ。
かつて人狼種の軍の参謀を務めていた男。
報酬の為に、俺の殺害に協力した裏切り者。
――マーウィン・ヨハネス。
復讐対象が、そこにいた。