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第十六話 『BAD END』


 ――急速に崩れていた門の崩壊が、緩慢になった。


「やれやれ、予定が狂っちゃったな。門に取り込むのは伊織君の予定だったんだけど。なかなか上手くいかないものだね」


 ハーディアの声が、遠く聞こえる。

 網膜に、鼓膜に、エルフィの最期の言葉が焼き付いている。

 包み込むような笑顔と、慈しむようなあの言葉が。


「ああ……親切心で、一応言っておくね。エルフィスザークが蘇るなんて、期待はしない方が良い。確かに彼女は不死に近い特性を持っているけど、絶対に死なないわけじゃない。膨大な魔力で残滓も残さずに消し去るか、もしくは神の権能を使うか。どちらかの手段を用いれば、エルフィスザークは殺せる。――今回の場合は、後者だね」


「――――」


「エルフィスザークが蘇ることは、ない」


 ――頭の中の何かが、焼き切れる感覚があった。


「あああああああァァァァァァァァ――――ッ!!」


 殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。

 絶対に、殺してやる。


 パキンと嵌めていた指輪が砕ける音がした。


「……ボクの権能を砕いたか」


 ハーディアが息を呑む音が聞こえた。

 どうでも良い。

 どんな手段を使ってでも、俺は、この女を殺す。


 前に、踏み出そうとして――、


「――やっぱり、君達は危険だ。予定とは違うけど、エルフィスザークの代わりに君に落ちて貰おう。同じように喰ったら、メルトの権能がどう作用するか分からないからね」


 ――ハーディアが、指を鳴らした。


「――――」


 ズブリ、と。

 水面に踏み込んだかのように、足が地面に沈んだ。

 見下ろせば、足元に『門』があった。

 眼前にあったはずの門が、今は俺の足元で口を開いている。

 

「ハーディアァァァ!!」


 ありとあらゆる手段を用いて、穴から抜け出そうと試みる。

 だが、無駄だった。

 ゆっくりと、ゆっくりと、体が穴へ沈み込んでいく。


『――伊織ッ!』


 視界の外から、俺を呼ぶ声があった。

 双翼を広げ、瞳から涙を零す黒炎龍――ベルディアが、こちらへ向かって飛んできていた。


『ご主人様は、伊織に生きてと言った!! だから、伊織は生きないと――』


「邪魔だよ」


 鬱陶しそうに、ハーディアが『天理剣』を振った。

 放たれた斬撃が、ベルディアを飲み込む。

 爆風とともに、ベルディアが魔王城の下へ墜落していくのが見えた。


「ベル、ディア……」


「魔物風情が、ボクに随分と舐めた口を利いてくれてたものだよね。無礼にも程がある。ただ、ボクにも慈悲の心はあるんだ。ご主人様と同じ末路を辿るといいよ」


「お前……だけはッ! お前だけは、絶対に殺してやる!!」


 ハーディアが、鼻で笑う。

 それから、ハーディアは思い付いたかのように、嗜虐の笑みを浮かべた。


「君に感謝しているのは、本当のことなんだよ。だからこそ、君を一番最初に殺してあげようと思ったんだ。けど、順番が逆になってしまったし、代わりに教えてあげるよ、ボクのことを」


「―――」


「――その方が、愉しめそうだしね」


 じゃあ、最初から話そうか。


「もう知ってると思うけど、メルトとボクの戦争で、魔族はボクを裏切って、メルトの側についた。つまり、魔族と人間は和解したんだよ。それなのに何故、今をもって人間と魔族は争っているのか。ヒルデ・ガルダと話して、少しは疑問に感じたんじゃないかな?」


「簡単なことでね――ボクがそうなるように仕向けたのさ。戦争を起こすのなんて簡単なことさ。魔族、人間、亜人、それぞれの姿に化けて、お互いがお互いにを憎しむように調整すれば良い。どっちかの要人に魔術の一発でも撃ち込めば、簡単に憎しみ合ってくれるよ」


「そのたびに、“陰”ヒルデ・ガルダの奴が戦争を止めようと頑張っていたけどね。あいつの頑張りは全部全部、ボクが邪魔してやってんだ。あいつが狂っていく姿を見るのは、結構楽しかったよ」


「あ、そうか。っていうことは、結果的にルシフィナがあいつに取り憑かれたのは、ボクのせいになるのかな?」


「まあ、良いや。でね、何百年も戦争を続けてる間に、魔族が優勢になっていったんだ。数は人間の方が多いけど、やっぱり一人ひとりの質は魔族の方が上だからね。だから人間が負けてしまわないように、ボクが人間の側にお告げを出して、戦争が一方的にならないように調整したんだ。これは結構簡単だったよ。魔族側の拠点や戦略をそのまま伝えるだけで、良いからね」


「あー、思い出した。グレイシア・レーヴァテインとかいう魔族が、人間を強く憎むようになったのも、ボクが原因だね。確か、レーヴァテインの町の位置を人間に教えたの、ボクだからさ。まあ、あの町を放置しておいたら、人間の側がかなり不利になってたから、仕方ないよね?」


「なんでそんなことをしたかって? ボクのことを知ってるなら、分かるでしょ? 魔族どもはわざわざ産んでやったボクを裏切ったからね。ただの腹いせだよ、腹いせ。強いて付け加えるなら、暇つぶしっていう意味もあったかな。ほら、ボクは冥府に閉じ込められてたからね。こっちに分身を送り込んで、遊ぶのが唯一の娯楽だったのさ。この点は、ヒルデ・ガルダと同じだね。あは、出来の悪い子どもだけど、そこはちょっとボクに似てたみたいだ。まあ、嬉しくないけどさ」


「……で。そんなことをしながらオルテギアを作って、現世に送り込んだは良いものの、あいつがエルフィスザークを喰らったせいで面倒なことになった。門を簡単には開けなくなった。本当に困ったよ。エルフィスザークがオルテギアを殺してくれたら楽だったんだけど、あっさり負けちゃったからねえ。――だから、天月伊織君。君を、喚ぶことにしたんだ」


「メルトの振りをして、王国に勇者を召喚するようにお告げを出したんだ。本当はボク一人で喚び出せたら良かったんだけど、そんな魔力残ってなかったしね。それに、他の世界に干渉する術式は、ボクよりメルトの方が優れてるんだ。だから、メルトの術式を利用して、君をこの世界に喚んだ」


「いやぁ、惜しかったね。英雄アマツだっけ? 三十年前のあれはボクとしても残念な結果だったよ。まったく、儘ならないよね。……と、言っても、あれはボクが色々やり過ぎた結果みたいなものなんだけどね」


「実はね、鬼族が戦争に参加するようになったのはボクが原因なんだ。ちょっとずつ魔族が鬼族に圧力を掛けるように調整して、人間側の味方をするようにしたんだよ。それで、ほら、ディオニス? とかいう鬼族がそこそこの才能を持ってたからさ。夢の中に干渉して、彼が他者に強い劣等感を持つようにしてあげたんだ。その結果、彼は鬼族の誰よりも努力をするようになった。……そこまでは良いんだけど、仲間になったはずの君にまで強い劣等感を抱いちゃったみたいでさ。その結果、君を裏切っちゃうんだから、本当あいつは駄目だよね。クズは何をやってもクズだった、ってことがよく分かったよ」


「それから、ほら、リューザスとかいう魔術師。あいつの村が滅んだのも、ボクが原因なんだ。彼、魔術の才能はピカイチだったからさ。魔族を憎んで戦争に積極的に参加してもらえるように、妹を殺してあげたんだ。あれは上手くいったと思ったんだけど……結果、妹を殺した魔族じゃなくて、君を逆恨みしちゃったのは想定外だったよ。魔術の才能は良かったけど、頭の方は残念だったね。あれを君の仲間にしたのは、ボクのミスだ。あはは、人間って本当に馬鹿だよねぇ」


「いやでも、その後もボクは必死に頑張ってたんだよ? ほら、えーと、帝国の貴族に、オリヴィア・エリエスティールって女がいたよね? 彼女が洗脳魔術を研究し始めたのは、ボクが知識を与えてあげたからなんだ。人間は魔族より痛みに弱いからさ、そういうのを無視して戦う兵士を作れるように手を回して上げたんだ。まあ、ボクの思うような結果は出なかったね。本人は究極の魔術が思い付いたー、とか馬鹿みたいに喜んでたけど」


「あと、教国の聖堂騎士に、ジョージとリリーってのがいたよね。君が死んだ後、セカンドプランとして彼らにアマツのホムンクルスを作らせたのもボクなんだ。人間側の戦力増強を狙ったんだけど、やっぱり駄目だったよ。メルトの権能を宿した勇者と、不出来なホムンクルスじゃ比べ物にならないね」


「マルクスなんとかとかいう騎士に、君の力を移植させる実験もしてみたけど、やっぱりただの人間じゃメルトの力を扱いきれなかったなあ。いやあ、あれは本当に失敗だったね。全部君が壊してリセットしてくれたから、まあ良いんだけど」


「とまあ……ボクはこんな風に色々頑張りながら、魔王になっちゃったオルテギアを殺せるよう、あれこれ手を回してたんだ。けど、予想以上に彼らが役に立たなかったから、もう一度勇者を召喚することにした」


「実はね、封印されていたエルフィスザークを解放したのもボクなんだ。と言っても、あれはギリギリだったけどね。三十年間、術式を解析して、君が奈落迷宮にきたタイミングで結界が壊れるように調整したんだ。ああでもしないと、エルフィスザークは何百年何千年あのままだったからね」


「どうかな? ボク、頑張ったよね? 教国で君が死にそうになった時も、グレイシアの砦に潜入する時も、大森林の時も、ボク、凄く役に立ったと思うんだ。そんな怖い目をしないで、少しぐらい労ってくれてもいいと思うんだけど」


「ぷ、あははは! ちゃんと君に言ったじゃん! このままだと、君は地獄を見るよーってさ! しっかり忠告してあげたのに、聞かなかったのは君だよー?」


「君達がオルテギアを追い詰めてくれたお陰で、ボクは本来の力をとりもどすことができる。そして、これからボクはこの世界からすべてを生物を滅ぼす。人間も魔族も亜人も、出来損ないしかいないからね。一度全滅させて、この世界を綺麗にしなくちゃ。じゃなきゃ、レイテシアとウルキアスを分断した意味がなくなっちゃうし」


「伊織君はすべての種族が手を取り合って生きる世界を作りたかったんでしょ? なのに、君の行動のせいで、この世界からすべての生物が消え去る。ある意味、地獄って言えるんじゃないのかな? 君は自分の手で地獄を作って、奈落に落ちていくっていうわけ」


「ああ、そうそう。オルテギアの姿で、君に『最弱の勇者』って言ったでしょ? あれは本当のことだよ」


「オルテギアを倒せれば勇者は用済みだし、そもそも別の世界から連れてきた人間を元の世界に返す手段がボクにはないからさ。オルテギアを倒した後に邪魔にならないよう、ボクが楽に殺せる程度の奴を喚ぶように設定したんだ。『勇者の証』から、大して魔力を引き出せない雑魚を、さ」


「それと、もう一つ条件があるんだ」


「それは――優しくて、甘い人間だってこと」


「世界を救いたいだなんて本気で考えたり、他人のことをすぐに信用しちゃうような、甘い人間を喚びたかったんだ」


「――だって、その方が扱い易いでしょ?」


「現に君は、大森林でした身の上話に同情して、ボクを信用してくれていたわけだし。ふふふふふ。君って、エルフィスザークみたいな、おちゃらけているけど、重い信念やら執念やらを持ってる奴が好きでしょ? だから、そういう君好みのキャラクターを演じてあげたんだ」


「あはははははははは! ありがとう、伊織君! 君との旅は、悪くなかったよ。いつも辛そうで、必死で、いっぱいいっぱいで、分不相応に悩んで頑張る君の顔は、滑稽で、見てて最高に楽しかったよぉ!!」



 ――――。

 ――――――。

 ――――――――。



「ふ……ざ、けるなァ!! ハーディアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ――――ッ!!」


 藻掻く。

 どんな手段でも良い。

 何でも良い。

 とにかく、あのクズを殺すことができれば、それで良い。


「そんなに大きな声を出さなくても、ちゃんと聞こえてるよ」


「殺す! 降りてこいッ!! お前だけは!!」


「いつも冷静ぶろうとしている君でも、流石にエルフィスザークの死を目にしたら無理か。ま、どうでも良いけどさ」


 落ちていく。

 門に飲み込まれ、下へ下へと。

 ハーディアの姿が、遠くなっていく。


「――じゃあね。せいぜい、そっちでボクの養分になってくれ」


 最後に、そんな声が聞こえた。



「――神の姿を盗み見るなんて、随分と悪趣味だね」


 門の底へと消えていった天月伊織を見送った直後、ハーディアは低い声でそう言った。

 彼女が睨む先には、何も存在しない。

 何も存在しない空間にハーディアは手を伸ばし、不可視の何かを強引に握り潰した。


「虫が」


 低く呟き、ハーディアは自身の魔力を放出し続けている門に視線を落とす。

 崩れかけていた門は、エルフィスザークを取り込んだことである程度は安定している。

 だが、想定していたよりも完成した門の規模が小さい。


「完全に力が戻るまで、それなりに時間が必要か。……まあ、いいや」


 四本の翼を広げ、ハーディアは魔王城から離れ――戦場の上空へと姿を現した。

 異常なことに、同盟軍と魔王軍、彼らは争いをやめ、ただ呆然と立ち尽くしていた。


 ――原因はハーディアにある。


 ハーディアは、オルテギア、エルフィスザーク、そして天月伊織。

 人間と魔族の希望となりうる存在が潰れていく様を、戦場の上空に映像として投写していた。

 魔王城から離脱していたベルディアが駆け付けてきたのは、あの映像を観たからだろう。


「――良い表情だ」


 彼らが顔に浮かべているのは、絶望。

 その表情に、ハーディアは頬に手をあて恍惚と息を吐く。

 目障りな人間、そして自分を裏切った魔族の末裔どもに、相応しい顔だ。


「我々を、騙していたのか」


 静まり返った戦場の中で、一人の女性が声を上げる。

 マリア・テレジア・シュトレーゲン。

 ハーディアが最も目を掛け、最大限に利用してきた聖堂騎士だ。


「――ああ。ボクをメルトと勘違いして平伏していた君達には、随分と助けられたよ」


「――っ」


 マリアのすぐ近くに立っていた魔族が、鋭い敵意を向けてくる。


「よくも、オルテギア様を――ッ」


 レフィーゼ・グレゴリア。

 ハーディアが最初期に生み出した、魔族の末裔。

 この女がオルテギアに付き従ったことで、手間が随分と増えた。

 レフィーゼが魔王城にいたことで、眠っているオルテギアに手が出せなかったのだ。


「――産んでやった恩を忘れる不出来な子どもも、ボクから彼女を奪った人間も、もう必要ない」


『天理剣』を掲げる。

 ハーディアの魔力を吸い込み、権能で作られた剣はようやく真価を発揮する。

 どす黒く濁った魔力が剣に増幅され、魔王領の上空で激しく渦巻いていく。


「さあ、メルトを迎え入れるために、相応しい場を整えよう」


 マリアが、レフィーゼが、何かをしようとするが遅い。

 すべてが手遅れだ。

 



「――“終焉世界・万魔融解ワールドエンド・メルトダウン”」




 終焉が、落ちる。



 

 ――その日、魔王領が消滅した。



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