第十三話 『魔王オルテギア』
吹き抜ける風に銀髪を揺らしながら、オルテギアは重々しく息を吐いた。
「私の創り出した幻覚では、足止めは敵わなかったか。貴様を止めるために、それなりの数の魔族達を配置していたはずだが」
「すべて倒してきたさ。だから、俺はここにいる」
「そうか」
エルフィによく似た金色の瞳を伏せ、オルテギアは小さく言う。
「やはりこの世界は、弱き者は死に、強き者が生き残る世界だな」
「貴様が悟ったようなことを言うな」
その言葉に反応したのはエルフィだ。
憎悪に瞳を光らせながら、低い声でオルテギアに食って掛かる。
オルテギアの言葉に憤りを覚えたのは、俺も同じだ。
「ルシフィナは、弱くなんてなかったぞ」
「……そうか」
どこか苛立ったように鼻を鳴らすと、オルテギアは答えた。
「ならば訂正しよう。この世界は、より強き者のみが生き残ることのできる世界だとな」
どの口でそれを言う。
頭に血が上りそうになるのを、何とか抑える。
こいつは、激情に駆られながら戦って勝てる相手ではない。
会話の間に、一通りオルテギアの観察は終わった。
武器は魔力で練り上げられた、漆黒の大剣のみ。
体は、三十年前に戦った時と同様、魔力で構成された強固な鎧で覆われている。
エルフィとの戦いで多少の手傷を負っているが、その立ち振舞からまだ余裕があるのが見て取れた。
……どうやら、ルシフィナから奪い取った『天理剣』はまだ使っていないらしい。
「アマツ。貴様も、エルフィスザークと同じ考えか? 魔族と人間が手を取り合って、平和に生きていけると、そう考えているのか?」
こちらを真っ直ぐに見据えながら、オルテギアが静かに問いかけてくる。
少し意外だな。
言葉を交わすことすらせず、斬りかかってくるものだと思っていたが。
「当然だ。そのために、俺達はここにきた。誰になんと言われようが、考えは変わらない。俺はエルフィとなら、魔族と人間が手を取り合って生きていける世界を作れると、本気で思ってる」
「理解できんな。どうやら、貴様らと世界の在り方を語っても、無意味のようだ」
溜息を吐きながら首を振り、オルテギアは魔王城の下へ視線を向けた。
「レフィーゼは間に合わんか。あの女ならば、聖堂騎士が相手であろうと、容易く蹴散らせるものと考えていたが。どうやら、私は同盟軍とやらを甘く見ていたらしい」
そう呟くと同時、オルテギアは地面に手をかざした。
身構える俺達を意に介さず、オルテギアは呟く。
「接続――“断絶結界”」
鎧に覆われていない素肌から見える“魔王紋”が赤く輝いたかと思うと、この屋上を囲うようにして透明の結界が展開された。
魔力を探ることで分かる。
どうやら、この結界は球状なっており、上下左右、俺達全員を囲むように広がっていた。
「……魔王権限か」
エルフィの言葉で理解する。
この結界は、魔王が魔王城に対して行使できる管理者権限のようなものらしい。
「内と外とをわける結界だ。貴様らとの戦いでこの城を瓦礫の山にされては敵わん。それに、下にいる同胞が戦いの余波に巻き込まれるのは、私の本意ではない」
「…………」
……何だ?
上手く言葉にできないが、違和感を覚える。
形容できないのがもどかしい。
「話は終わりだ。今度こそ、貴様らを滅ぼす」
思考を断ち切るように、オルテギアが大剣を腰だめに構えた。
「――“天骸・顕現”」
直後、オルテギアの魔力が膨れ上がった。
それが粘土細工をするように変形し、瞬く間に巨大な鎧武者のような形を成す。
オルテギアの背後に、鎧武者のようなものが姿を現した。
俺達を見下ろすほどの巨体だ。
その両手には、オルテギアの手に握られているものと同じ大剣が二本、握られていた。
「来るぞ、伊織!」
直後、鎧武者の持つ二本の剣が同時に振り下ろされた。
俺達はそれぞれ、跳躍して回避する。
振り下ろされた剣が、容易く地面を粉砕する。
「まずは貴様だ、アマツ」
「!」
そこへ、オルテギアの本体が突っ込んできた。
まるで瞬間移動でもしたかのように、オルテギアは俺の目の前にいる。
漆黒の大剣が振り下ろされる。
速い。
だが、見えないほどではない。
「第二鬼剣――乖裂ッ」
迫る大剣に、こちらも鬼剣で対抗する。
刃が交差し、魔力と衝撃が雷のように拡散する。
想像以上に、オルテギアの一撃が重い。
どれだけ力を込めても、大剣を押し戻すことができない。
「オルテギアァ!」
拮抗する俺達に向かって、分断されていたエルフィが近付いてくる。
そこへ鎧武者の剣が振り下ろされ、エルフィの接近を妨げる。
ならばと、エルフィが魔眼を放つも、鎧武者の二本の剣が正面から魔眼を両断した。
オルテギアの狙いは、俺達の各個撃破か。
二人を同時に相手にするのではなく、先に潰せる方を潰す。
合理的な戦法だ。
当然、このままにはさせない。
オルテギアと刃を躱しながら、片手で“魔技簒奪”を発動する。
鎧武者を消し飛ばそうとするが、
「無駄だ」
鎧武者の一部が削れるも、その部分が即座に再生した。
駄目だ。
この速度で再生されては、意味がない。
再度、オルテギアが大剣を振り下ろす。
柔剣で受け流そうとするも、あまりの威力にたたらを踏む。
「くっ」
【英雄再現】を使った状態でも、押し負けるか。
そこで、次の一手を打とうとしたタイミングだった。
「消し飛ぶがいい――“魔王腕・壊裂断光”」
エルフィの腕から、五本の魔力の爪が現れる。
大きさは、以前のものと変わらない。
違うのは、その圧倒的な魔力濃度だ。
エルフィが爪を振り下ろした瞬間、鎧武者の剣が砕け、体勢が大きく崩れた。
それを見逃さず、エルフィが魔眼を連発する。
鎧武者は圧倒的な頑強さで魔眼を受け止め続けるも、徐々にヒビが入り、綻びが生まれ始める。
「――――」
だが、オルテギアは意に介さない。
エルフィを一瞥すらせず、大剣を振るう手を全く緩めなかった。
人の胴ほどもある大剣を、まるで片手剣でも扱うかのように、軽々と振り回す。
次に繰り出されたのは、大きく踏み込んでからの鋭い突きだ。
何とか動きを見切り、足捌きで斜め後ろへ回避する。
刃は掠りもしなかったが、刺突の際の剣圧が防風のように吹き荒れるのを肌で感じた。
一撃一撃が、鬼剣に匹敵するレベルの威力だ。
間髪入れず、オルテギアが間合いを詰めてくる。
背後で爆発音が繰り返し聞こえているが、オルテギアは猛攻の手を緩めない。
「――――」
この動き、オルテギアの狙いは各個撃破だけじゃないな。
こいつは俺を攻め続けることで、エルフィの動きを制限している。
魔眼や魔腕は高い威力を誇るが、同時に広範囲に攻撃が及ぶ。
オルテギアが俺にピッタリとくっついていることで、エルフィは必然的に使用できる技が限られてしまうというわけだ。
だが、こちらも無策でここに来たわけじゃない。
俺とエルフィ、双方の弱点はとっくに把握しているし、対策済みだ。
オルテギアの振るう剣を形容するなら、ただ殺すための剣だ。
騎士の振るう剣や、鬼剣のような型というものがまったくない。
敵に喰らいつくかのような、一撃一撃が必殺の剣。
言うなれば、オルテギアは常に敵を殺すために最善の一撃を叩き込んでくる。
そこに、付け入る隙がある。
「くっ」
重い一撃に押し負け、背後に下がる。
体勢を崩した俺を、オルテギアは見逃さない。
音速に迫る、必殺の一刀が迫る。
ここだ。
「柔剣」
振り下ろされた大剣の表面を、こちらの刃で撫でる。
勢いに逆らわず、滑らせるようにオルテギアの大剣をこちらから逸した。
威力で敵わないなら、技で対応すればいい。
ここで、攻守を入れ替える。
「ふ――ッ!」
力強く地面を蹴り、大上段から剣を叩き込む。
当然のように、オルテギアはこちらの一撃を受け止めてみせた。
「むっ」
打ち込んだのは、第五鬼剣――"砕衝"。
相手の剣を通じて衝撃を叩き込み、柄を握る指の骨を砕く技だ。
流石というべきか、オルテギアは初見でその技に対応してみせた。
手首を捻り、衝撃が指に伝わる直前に刃を動かし、衝撃を外へ逃した。
だが十分だ。
「“風撃”」
魔術を使い、突風を放つ。
使うのはオルテギアではなく、自分にだ。
弾けるように、俺はオルテギアから一気に距離を取る。
「今だエルフィ!」
鎧武者に対応していたエルフィが、双眸を光らせてオルテギアを睨む。
「させん!」
オルテギアが猛る。
地面を踏み砕き、先程の瞬間移動のような速度で距離を詰めてくる。
そう簡単に、こいつから距離を取れるなんて思ってはいない。
「“魔毀封殺”」
オルテギアと俺を分断するように、巨大な盾を展開する。
直後、大剣が叩き付けられ、盾に亀裂が入るが、十分に時間は稼げた。
「魔王眼・灰燼爆鎖――!」
赤光が視界を塗り潰した。
魔毀封殺の残骸が消し飛び、俺の下にも爆風が届く。
魔力でガードしても、肌を焼くような熱量が伝わってくる。
「――――」
爆煙が渦巻き、一瞬にして霧散した。
中から、オルテギアが姿を現す。
いたるところに火傷を負い、纏っていた鎧も砕け散っている。
だが、その瞳から光が消えていない。
瞬く間に、砕けていた鎧が修復されていく。
同時に、二本の剣を持った鎧武者が姿を現す。
あの威力の魔眼を受けても、決定打にならないのか。
だが、確実にダメージは入っている。
――畳み掛けるぞ。
会話はなかった。
視線だけで意思疎通をすませ、エルフィとともにオルテギアに突貫する。
俺が鬼剣を、エルフィが魔腕を、同時に放つ。
鎧武者の二本の剣が、俺達の攻撃を受け止める。
それに構わず、攻撃の手を緩めない。
「おおおおおォォ!」
「はああああああッ!」
柔剣で剣を滑らせ、オルテギアに迫る。
エルフィも、拳を突き上げて剣を弾き、オルテギアに殴りかかる。
「ぐっ」
大剣で、オルテギアが俺の鬼剣を受け止める。
刹那、空いたオルテギアの脇腹にエルフィが拳を叩き込んだ。
バゴン、と鈍い音が響き、オルテギアが後退る。
そこを、俺が攻める。
攻める。
攻める、攻める、攻める、攻める、攻める。
体が軽い。
もはやエルフィと目配せすらせず、完璧な連携が可能になっていた。
オルテギアの鎧は硬い。
全力の鬼剣を叩き込んでも、かすり傷程度しか負わせられない。
エルフィが殴っても、鎧に阻まれて威力が消されてしまう。
それでも、攻め続ける。
オルテギアと鎧武者に攻撃の間を与えない。
だが、
「地落!」
俺達の攻撃を大剣と鎧で受け止める刹那、オルテギアが地面に足を叩き付けた。
瞬間、すべての足場が崩壊した。
その場の全員が、急激に下へと落下していく。
その合間、オルテギア大剣がエルフィの腹部に叩き付けられた。
「がふッ」
血を吐き、エルフィが吹き飛ぶ。
オルテギアに斬りかかるも、鎧武者が動き、俺の剣を受け止めた。
その際の衝撃を利用して後方に下がり、俺もオルテギアの間合いから離脱する。
それからすぐに、俺達は透明な足場に着地する。
戦場が、オルテギアが展開した結界の上に移る。
「無事か、エルフィ」
「問題、ない……。めっちゃ大きな痣ができた程度だ」
オルテギアの大剣をもろに喰らったエルフィの顔色は悪い。
胴体を両断されなかったものの、ダメージは内蔵にまで響いているようだ。
対してオルテギアは、全身に火傷と切り傷、打撃のダメージを負っているものの、未だ健在だ。
化け物じみたタフさだな……。
「硬さが想定以上だ。戦法を変える」
「お前は大丈夫なのか? よしんば上手くいっても、伊織を巻き込みかねんぞ」
「心配するな。それは、俺がどうにかする」
ここからは、俺一人でオルテギアの相手をすることになる。
ちまちまと攻めていても、あいつを倒しきれない。
リスクを負ってでも、仕留めきれる攻撃を叩き込むべきだ。
懐に手を突っ込む。
念のために、持ってきた魔石を確認しておく。
「話は終わったか? ならば、行くぞ」
オルテギアが動いた。
魔毀封殺を使用して進路に盾を生み出すも、鎧武者とオルテギアの同時攻撃で、即座に破壊される。
「第一鬼剣・断界――ッ!!」
正面から突っ込んでくるオルテギアに、全力の一撃を放つ。
オルテギアは、真正面からそれを受け止めた。
巻き起こる衝撃に、ギシギシと結界が軋む。
その間に、エルフィは後方に下がっていた。
今は、魔眼の魔力を溜めることに集中している。
「なるほど」
エルフィを一瞥して、オルテギアが呟く。
「エルフィスザークが魔眼を溜めるのが早いか、私が貴様を殺すのが早いか。競争というわけだ」
良いだろう。
言葉とともに、鎧武者の腕が四本に増えた。
そのすべてに、剣が握られている。
「――――!」
四方から、鎧武者の剣が唸りを上げながら打ち込まれる。
一撃目を剣で相殺し、二撃目を横に跳んで回避し、迫る三撃目を跳躍して躱し、回り込む四撃目を剣で受け止め、自ら後ろに飛ぶことで威力を殺す。
そこに、畳み込むようなオルテギアの五撃目が斬り込まれる。
「魔撃反射!」
「むっ」
何とか突き出した翡翠の太刀が大剣に触れた瞬間、受けた攻撃の倍の威力がオルテギアに叩き込まれた。
弾けたようにオルテギアが後ろへ吹き飛ぶ。
凌いだか。
そう思ったのも束の間。
鎧武者が、地面に剣を突き立てる。
空中で体勢を立て直したオルテギアは、その剣を足場にすると、弾丸のようにこちらに戻ってきた。
息を吐く間もない追撃。
突進を辛うじて受け止めるも、威力を殺し切れない。
内臓をかき回されるかのような衝撃とともに、今度は俺がぶっ飛んだ。
「が、ごふッ」
着地点を狙い、鎧武者が剣を振り下ろしてくるのがぼんやりと見える。
無茶な体勢と理解しながら、空中で翡翠の太刀を振り、斬撃を放って何とか鎧武者の攻撃を自分から逸らす。
その代り、受け身すら取れずに結界の上を無様に転がった。
追撃は終わらない。
残った三本の腕と、オルテギアが同時に剣を振るう。
四本の斬撃が結界の上を滑るようにして向かってきた。
寝そべったまま、右手で魔毀封殺を発動。
左手を地面に付け、地面に向けて“風撃”を撃ち込み、その反動で上空へと飛び上がる。
真下で盾が粉々に砕け散るのを感じながら、オルテギアに向けて“第二鬼剣・乖裂”で斬撃を撃ち込んだ。
当然のように、鎧武者の四本の剣が斬撃を受け止めた。
僅かに鎧武者がぐらつくも、それだけだ。
ダメージは、まるで入っていない。
強い。
全力で挑んでも、時間稼ぎすら危うい。
三十年前にこいつと互角に戦えたのは、ルシフィナ達の援護と、直前にオルテギアがエルフィと戦って消耗していたからだろう。
「最弱の勇者、か」
これほど差があれば、そう言われたことにも納得がいく。
確かに、本当に俺は最弱かもな。
だが、それでも最弱なりにやりようはある。
「私を相手に、一人でここまで粘る強さは称賛しよう。だがな、私は魔王として、負けるわけにはいかん」
「負けるわけにいかないのは、こっちも同じだ。オルテギア」
再び、鎧武者が剣を振り下ろす。
柔剣、鬼剣、魔術、使えるすべてを使ってそれらの攻撃をやり過ごす。
俺は、負けるわけにはいかない。
『伊織さんに会えて、本当に嬉しかった』
死の間際の、ルシフィナを思い出す。
ヒルデ・ガルダに憑依され、三十年もの間、ルシフィナは一人で戦い続けてきた。
あいつは、何も悪くない。
やり直せるはずだった。
ルシフィナはもう一度、やり直せるはずだったんだ。
それを、こいつが、オルテギアがぶち壊した。
――物欲しそうな顔だな、勇者。分けてやっても良いぞ。
ルシフィナの首が弾けるのが網膜に焼き付いている。
――必要がなければ、穢らわしいハーフエルフの皮など、視界に入れるだけで気分を害する。
死んだルシフィナを侮辱するオルテギアの言葉が、耳から離れない。
それに。
『ボク達……仲間でしょ……?』
俺を庇って、アイドラーが死んだ。
『嫌だ……伊織君、助けてよぉ! 死にたくないよ』
『ボクの加護を……あげる。伊織君。……お願い。オルテギアを……あいつを……倒して……』
死にゆくアイドラーが残した言葉も、覚えている。
「何が、より強き者だけが生き残ることができる世界だ。ふざけたことを、抜かしてんじゃねえぞ、オルテギア」
「――――」
「俺は、絶対にお前を殺して、復讐を果たす。ルシフィナの分も、アイドラーの分も、ここで返させてもらうぞッ!!」
鎧武者の攻撃をくぐり抜け、オルテギアに斬り込む。
大剣に受け止められる。
俺の一撃を受け止めながら、オルテギアが口を開く。
「何を言っているんだ、貴様は?」
「なに?」
「アイドラー? 知らんな、そんな者は」
「――――」
怒りに、視界が赤く染まった。
「!」
次の技を放つ。
第五鬼剣・砕衝と、第一鬼剣・断界の合わせ技。
断界の威力を、衝撃として相手の腕に叩き込む。
「ぐっ」
仰け反ったオルテギアの首に、鬼剣を叩き込んだ。
刃が鎧を砕き、肌を斬り裂く。
だが、首を落とすには至らず、肌を僅かに裂いたところで刃が止まった。
「……なるほど。剣技では貴様の方が上をいく。だが」
「ごっ」
オルテギアの拳が、腹に突き刺さった。
貫通には至らない。
だが、骨が砕ける感覚があった。
「膂力では、私が上だ」
打撃の威力で宙を舞う。
懐に入れていた魔石が、地面に零れ落ちる。
胃の内容物と血が、せり上がってくる。
そこへ鎧武者の斬撃が殺到し、回避すらできずに飲み込まれた。
「が、ぁ……」
意識が飛びかける。
地面に転がり、心象魔術が解けそうになるのを何とか堪える。
「……終わりだ」
オルテギアが近付いてくる。
今だ。
「“壊魔”……!」
わざと地面にばら撒いた魔石が輝き、オルテギアを巻き込んで爆発した。
大剣で爆炎を斬り裂き、オルテギアが出てくる。
「小賢しい。だが、この小賢しさこそ、貴様ら人間の強さなのだろうな。しかし、私に対しては意味を成さぬことくらい、理解しているだろう?」
当然、オルテギアは無傷だ。
だが、これで良い。
オルテギアの足が、止まった。
「……時間切れだよ、オルテギア」
エルフィの、準備が整った。
オルテギアが、目を剥く。
「貴様に殺された部下の無念、今ここで晴らすぞ」
オルテギアが動くよりも先に、エルフィが真紅の瞳を見開く。
「――“魔王眼・灰燼爆鎖”――ッ!!」
オルテギアを取り噛むように、無数の光が現れる。
紅蓮の地獄が、目が眩むほどの光とともに炸裂した。
完全体のエルフィが放つ、全力の一撃。
これならば――――、
「おォォォォォ――ッ!」
爆炎の中から、咆哮が迸る。
続くようにして、オルテギアが紅蓮の地獄から飛び出してきた。
体の大部分が、どす黒く炭化している。
顔半分が焼かれ、片目がなくなっていた。
着地と同時に、炭化していた右足が砕け散った。
「――――」
だが。
だが、オルテギアは倒れない。
片目と片足を失ってなお、大剣を握ったまま、オルテギアは立ち続けている。
「――見事だ」
喉が焼けているのか、その声はしゃがれていた。
「私に伍する者など、本当にごく僅かだ。強さという一点においては、本当に、称賛に値する」
だが、と。
残った片目が、俺とエルフィを睨む。
「先ほども言ったはずだ。この世界は、より強き者のみが生き残れるのだと」
焼け焦げた全身から、振り絞るように魔力が吹き出した。
「――“天骸・無双”」
その身に覆っていた鎧すら取り去って、オルテギアの魔力のすべてが大剣に集約されていく。
「守りを捨てた、最大の一撃だ。あれほどの魔眼を使った後だ。貴様に、もう打つ手はないだろう」
大剣の鋒が、エルフィへ向けられる。
今のエルフィに、あれを対処する余力は残っていない。
「……より強き者のみが生き残れる世界か」
オルテギアを正面から見つめ、エルフィが独りごちる。
「確かに、今はそうかもしれんな」
「――――!」
ガクン、と。
オルテギアの大剣に集まっていた魔力が減少する。
まるで、何かに奪われているかのように。
「……まさか」
「確かに、貴様は私よりも強い。だがな」
オルテギアの視線が、倒れ伏していた俺に向く。
俺の手には――漆黒の渦が浮かんでいた。
「貴様、まだ――ッ」
オルテギアが、攻撃の対象を俺に向けようとする直前。
エルフィの重圧潰が、オルテギアの動きを一瞬だけ止めた。
それで、十分だ。
「――私達の方が、貴様よりも強い」
俺達の本命は、魔眼じゃない。
最初から、本命はこっちだ。
「やれ、伊織――!!」
それは、かつて"英雄アマツ"が"魔王オルテギア"を殺すために編み出した魔術。
魔力を吸収する魔術を発展させて創りだした、アマツが誇る最大魔術。
その名は、
「――魔天失墜――」
魔力の奔流が、矢のように放たれる。
何事かを叫ぶオルテギアを、漆黒の光が塗り潰した。
あと三話で今章完結予定です。




