↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
153/165

第十一話 『魔の王』


 ――戦場は地獄のような様相を呈していた。 


“雨”レフィーゼ・グレゴリアの魔術により、同盟軍は甚大な被害を被った。

 王国軍は壊滅状態に陥り、それに引き摺られ、亜人軍も劣勢を強いられている。

 帝国軍は危ういところで均衡を保てているが、敵に援軍が来ればそれもすぐに崩れるだろう。


 魔術による爆発が起こり、肉塊が雨のように降り注ぐ。

 血に濡れた大地を駆け、同盟軍と魔王軍は更に流す血の量を増やしていく。


 その中で、唯一優勢に立っているのは教国軍だ。

 聖騎士達が押し寄せる魔族を蹴散し、次々に前へと進んでいく。

 その先頭で戦っているのが、人類最強の名を冠するマリア・テレジア・シュトレーゲンだ。


「まさか、これ程とは」


 人類最強の正面に立ち、レフィーゼ・グレゴリアは苦い表情を浮かべていた。

 レフィーゼが放った千を超える魔術を、マリアはその剣技と聖唱魔術のみで凌ぎ切っていた。

 当然、マリアも無傷ではない。


 蒼銀の鎧には無数の傷が刻まれており、一部にはヒビも入っている。

 裂けた額からは血が溢れ、その白い肌を赤く汚していた。

 しかし、そのどれもが致命傷には至らず、未だマリアは余力を残している。


「どうした。雨はもうこれで終わりか?」

「戯言を。私はまだ、貴女達に“雨”の真髄を見せていませんよ?」


 マリアの挑発に、レフィーゼは嘲笑で返す。

 これまでの攻撃で、マリアを仕留めきれなかったのは事実。

 だが、僅かに負傷したマリアに対して、レフィーゼは無傷だ。


 魔術で浮遊しているレフィーゼに対して、マリアは主に斬撃を飛ばして攻撃を仕掛けてくる。

 しかし、すべての斬撃は魔術の雨に掻き消され、一度足りともレフィーゼには届いていない。

 マリアの力は驚愕に値するが、倒せないほどではない。

 このまま魔術を放ち続ければ、いずれは力尽きるだろう。


 次の魔術を、レフィーゼが放とうと構えた時だった。


「――――」


 後方――魔王城から、背筋が凍るほどの魔力が噴出した。

 それは漆黒の光となって、魔王城の天蓋を突き破り、天に向かって高く伸びていく。

 同時に、レフィーゼは“雨”の力が大きく揺らぐのを感じた。


「まさかッ」


 “雨”の力は、当代の魔王の許可がなければ使用することができない。

 当然、レフィーゼはオルテギアから力の使用を許可されている。

 にも関わらず、“雨”の力が揺らいだということは――――、


「――オルテギア様ッ!!」


 主の身の異常を察したレフィーゼは、即座に魔術の行使を中断。

 オルテギアの元へ、魔術で転移を試みようとするが、


「行かせると思っているのか?」


 背後から聞こえた声に、身を凍らせた。


「――“神は越えられる試練(アライズ・グロリ)しかお与えにならない(アス・オーディール)”」


 振り返り、風の魔術でマリアから距離を取ろうとして、


「うっ!?」


 レフィーゼは勢いよく壁にぶつかった。


「何が……」


 背後を振り返り、レフィーゼは目を見開いた。

 瞬きの間に、レフィーゼは結界の中に囚われていた。

 四方八方、全方位を純白の壁が覆っている。

 先程まで聞こえていた戦場の音が、今は聞こえなくなっていた。

 まるで、この空間だけ世界から隔絶されたような感覚。


「ッ」


 魔術を放つも、純白は小揺るぎもしない。

 その堅牢さに、レフィーゼは歯噛みする。


「無駄だ。貴様は、ここから抜け出すことはできない」


 純白の空間に、凛とした声音が響く。

 結界の中心に、不敵な笑みを浮かべたマリアが立っていた。


「これは、私が授けられた聖唱魔術の中でも最たるもの。その効果は、敵に一対一、正面からの戦いを強制することができるというものだ」

「――ッ」


 レフィーゼが最初に攻撃を仕掛けた時から、薄々感じていた。

 教国だけは、レフィーゼの攻撃を無傷で凌げた。

 教国だけは、まるでレフィーゼだけを狙うかのように攻撃を仕掛けてきた。


 それが今、確信に変わった。


「貴女の、貴女達の目的は――ッ」

「――勇者が魔王を殺すまでの間、レフィーゼ・グレゴリアを全力で足止めする。それがメルト様が私達にお与えになった役目だ」


 笑みを深めるマリアに、レフィーゼは呟く。

 させない、と。


「オルテギア様を、殺させてなるものか――!!」


 人類最強――“天稟”マリア・テレジア・シュトレーゲン。

 四天王最強――“雨”レフィーゼ・グレゴリア。


 純白の結界の中、両者が激突した。


◆


 エルフィスザークの体から噴出した膨大な魔力が、光の柱となって天蓋を突き抜ける。

 ガラガラと乾いた音を立てて崩れ落ちる天蓋の破片を物ともせず、二人は魔王城の頂上に立っていた。

 オルテギアは、収納魔術によって体内に隠していたそれ(・・)が消えていることに気付き、黄金の双眸を鋭く細めた。


「虚空迷宮に私の『心臓』がなかった時点で、魔王城にあるのは分かっていたぞ。問題はどこにあるか、だった。貴様なら他の者には任せず、自分で所有する――どうやら、私の読みは当たっていたらしいな」


 オルテギアの視線を物ともせず、エルフィスザークは超然と笑う。

 初めから、エルフィスザークの狙いは一つだった。

 通じないと分かっている技でオルテギアの目を晦ませ、隠し持っているであろう自身の『心臓』を取り戻す。


 これは、賭けだった。

 オルテギアがもし、レフィーゼや他の者、他の場所に隠していれば、エルフィスザークの勝機はなかった。

 だが、エルフィスザークはその賭けに勝ったのだ。

 故に、“魔王”エルフィスザーク・ヴァン・ギルデガルドとして再臨を果たした。


「魔王城も、力を取り戻した私を主として認め始めているようだな」


 オルテギアとエルフィスザーク。

 両者の体に、半分だけ赤い魔王紋が走っている。

 これまでオルテギアが独占していた“魔王”という座は、今エルフィスザークによって脅かされつつあった。


 だが。


「――それがどうした」


 この程度の逆転劇で、オルテギアは揺るがない。


「私から『心臓』を奪い取ったその手癖の悪さは称賛しよう。その上で、言おう。――それがどうした(・・・・・・・)」


 全身を魔力で覆い、大剣を持ち上げ、オルテギアは言う。


「貴様が力を取り戻そうが、私の力に変わりはない。私と貴様、どちらが魔王に相応しいかなど、とうの昔に結論が出ている。何が起ころうと、貴様が私に敗れた敗北者だという事実は変わらないのだから」


 これは、過去の再現に過ぎない。

 そう答えを出し、オルテギアは軽い跳躍でエルフィスザークに接近する。


「私の力に変わりはない、と言ったな」


 自身に肉薄するオルテギアを見据え、エルフィスザークが浮かべるのは嗤い。

 その双眸が、地獄のように紅く輝くのをオルテギアは見た。

 エルフィスザークが何をしようと、大剣で斬り裂けば済むだけの話――――。


「――?」


 刹那、オルテギアの目には空が映っていた。

 遅れて、自身が宙を舞っていることを自覚する。

 全身に纏っていた魔力の鎧が解けている、全身が焼けるように熱い。


「馬鹿な」


 数十年ぶりの痛みを感じ、オルテギアは理解した。

 自身が、エルフィスザークの魔眼を受けて吹き飛ばされたということを。


「私は変わったぞ、オルテギア」


 着地し、体勢を整えたオルテギアの耳に声が届く。


「弱体化した体で、仲間とともに世界を歩いた。色々なことを知り、色々な経験を積んだ。狭い視野で理想だけを追い求めていたあの頃の私とは、違う」


「――――」


「今の私は、あの頃よりも強い。その上で、言おう。――私の理想は、間違ってなどいなかったのだと」


 そう告げる瞳には、一切の曇りも、揺らぎもない。

 

「そうか」


 オルテギアは、短く呟く。

 それで、会話は終わった。

 交わす言葉はないと、オルテギアは大剣を構える。

 エルフィスザークが魔眼を発動し――両者は激突した。


 ――そこから繰り広げられたのは、紛うことなく死闘だった。


 爆炎が、斬撃が、極光が、炸裂する。

 激しい魔力が魔王城を巻き込んで倒壊させていく。


 弱体化した体で世界を回り、エルフィスザークは“魔”の扱いが格段に上達していた。

 以前よりも視野が広がった彼女には、既に死角が存在しない。

“灰燼爆”は本来の力を取り戻し、“重圧潰”は空間すら歪ませるほどの力を見せる。


 それを、オルテギアは正面から受け止めた。

 不意を突かれ、攻撃を受けたのは一度だけ。

 一切の油断を捨てたオルテギアに死角はない。

 あらゆる魔眼を両断し、あらゆる魔腕を受け止め、あらゆる魔脚を受け流す。


「――――」


 エルフィスザークが、魔腕を自身の頭上で交差させる。

 その中央に、オルテギアの大剣が叩き付けられた。

 重い音を響かせ、地面を砕き、衝撃が撒き散らされる。


「――――」


 両腕で大剣を受け止めたまま、エルフィスザークはオルテギアの脇腹に蹴りを放つ。

 大剣に重心を乗せ、オルテギアはエルフィスザークの背後へ跳躍し、蹴りを回避する。

 振り向きざまに、魔腕と大剣が交差し、激しい火花を散らした。


「ッ」


 大剣の威力に、エルフィスザークの腕に傷が入り血が流れる。

 間髪を入れず、オルテギアは横薙ぎに大剣を振る。

 魔脚を使い、上空へ逃れるエルフィスザーク。

  

 そこへ斬撃を叩き込もうとして、刹那、オルテギアは自身の頭上に大剣を構えた。

 遅れて、そこへ不可視の重圧が襲い掛かる。

 

「――“魔眼・重圧潰”」


 しかし、オルテギアが重圧を受けたのは一瞬。

 大剣に魔力を纏い、上向きに振ることで重圧潰を両断した。


「――これを使うのは、久方ぶりだな」


 自由の身になったオルテギアの耳に届く声。

 エルフィスザークは魔脚で魔王城の遥か上まで昇っていた。

 彼女の全身に、それまで以上の魔力が集中するのを、オルテギアは感じた。


「――魔王眼・灰燼爆鎖(かいじんばくさ)」


 それは、連なった紅蓮の地獄。

 一つひとつが最上級の魔術に匹敵する威力の“灰燼爆”が、鎖のように繋がり、オルテギアを囲むようにして現れる。

 それらが、一斉に炸裂する。

 ともすれば、“英雄アマツ”の“魔天失墜(エクリプス)”に迫るほどの凶悪な破壊力――。


 が、


「こんなものか?」


 爆炎を突き破って、オルテギアが姿をあらわす。

 全身に火傷を負いながらも、オルテギアは尚健在。 

 こちらの番と言わんばかりに、エルフィスザークの“灰燼爆鎖”を上回る魔力を大剣に乗せ、斬撃として放つ。


「こんなものかどうかは、その身で試すが良い」

「――!」

「――“魔王眼・重圧潰葬(じゅうあつかいそう)”」


 それを迎え撃つのは、空間を捩じ切りながら降り注ぐ重圧の濁流。

 エルフィスザークは知る由もないが、元四天王“歪曲”には心象魔術の果てに習得した、空間を捩じ切り、虚無で敵を粉砕する技がある。

“重圧潰葬”はそれと同等以上――空間を捩じ切って虚無を生み出し、オルテギアを飲み込まんと落下していく。


 魔王同士の一撃が交差し、そして――――。

 

◆


 ――走る。


 押し寄せる魔物を蹴散らし、ただ上へ上へと走り続ける。

 どうやら、エルフィは賭けに勝ったらしい。

 城を震わせた魔力の波動は、『心臓』を取り戻したエルフィの物で間違いないだろう。


「――エルフィ」


 今も、破壊音とともに城全体が激しく揺れている。

 逸る気持ちを抑え、俺はただ走る。


 これまでに、何度もオルテギアと戦うシミュレーションは行ってきた。

 三十年前のオルテギアを元に、俺達の勝率も大まかに予想している。

 

 四割。


 俺が予想した、完全体のエルフィが一人でオルテギアに勝利できる確率だ。

 オルテギアは、俺がこれまで戦ってきた者の中で、最も強い。

 エルフィよりも、上だ。

 だからこそ、二対一で戦える状況を作りたかったのだ。


「そう、上手くは行かないよな」


 壁を突き破って、牛型の魔族が姿を表した。

 見上げるほどの巨体は、他の魔物を巻き込みながら真っ直ぐ俺へ突進を仕掛けてくる。

 それを、脚の隙間に潜り込んで回避し、通り過ぎざまに両足を斬り落とす。

 絶叫とともに魔族が地面に倒れる音を聞きながら、俺は前へと進む。


 体が軽い。

 アイドラーから貰った、指輪の効力だろうか。


 魔物を斬り、魔族を斬り、罠を躱し、進む。

 どういう構造になっているのか、もはや上へ進む階段も扉も存在しない。

 魔術を撃ち込んで天井を破壊し、瓦礫を足場に強引にショートカットする。

 音が、近づいて来ている。


 後少し。

 後、少し。

 何度も天井を崩し、上に進み。

 俺は、屋上にたどり着いた。


 ――瞬間、一際大きな音が響き、音が止んだ。


「エルフィ……!」


 叫び、屋上へと脚を踏み入れた。

 床の殆どが崩れ、足場はほぼ存在しない。

 膨大な魔力がぶつかりあった影響か、空間が歪んでいるのが分かる。

 そこに、二人の魔族がいた。

 

 一人は床に倒れ伏せ、もう一人はそれを見下ろしている。


 倒れていたのは、


「……勝ったのか、エルフィ」


 ――オルテギアの方だった。


 ゆっくりと、エルフィが振り返る。

 全身に切り傷が刻まれ、片腕は皮一枚で繋がっているような状態。

 顔には大きな切り傷があり、エルフィの左目は潰れていた。


「ああ」


 平坦な声とともに、エルフィが頷いた。


「戦いの途中で、オルテギアから『心臓』を取り戻すことに成功した。そこから全力でぶつかり合い――私が、勝利した」

「そう……か」


 これまでと違い、俺は一切手を出していない。

 どこか、肩透かしを食らったような気分だ。


 エルフィに駆け寄って、治癒魔術を使う。

 焼け石に水だが、ないよりはマシだろう。


「あとはこいつに復讐して、戦争を終わらせるだけだな」


 エルフィの隣に立って、オルテギアを見下ろす。

 オルテギアはうつ伏せになったまま、ピクリとも動かない。


「ここまで来られたのは、伊織。お前のお陰だ」


 エルフィの言葉に頷く。


「……長かったな」


 奈落迷宮でエルフィと出会って、半年以上が経った。

 あの時、オルテギアへの憎悪を語ったエルフィの表情は今でも思い出せる。

 これでようやく、すべてを終わらせられる。

 いや、始められる。


「ああ、本当に、長かった。封印から外に出て、伊織に出会った時のことは、昨日のことのように思い出せる。あの日からずっと、この時を待ち続けていた」


 万感の思いが込められた、エルフィの言葉。


「だから伊織。改めて礼を言わせてくれ。すべて、お前のお陰だ」

「全部は言い過ぎだろ。お前だって――――」


 横に立つエルフィの方へ視線を向け。

 その、表情を見て。

 俺は、凍り付いた。


「――ありがとう、伊織。ご苦労だった」


 ドスッ、と。

 胸に、衝撃があった。

 見下ろせば、胸にエルフィの腕が刺さっていた。

 

「ご……ぁ」


 こみ上げてくる嘔吐感、思わず吐き出したそれは真っ赤な血だった。

 自身の鉄の臭いが、周囲に広がっていく。


「くふふ」


 エルフィは、


「お前の役目は、もう終わりだ」

 

 嗤って、そう言った。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。