虚話 『もし、その言葉が言えていたのなら』
敵キャラの救済IFルートなので、苦手な方はお気を付けください
『――ああ、見下されていることに、気付いてないんだね。逆に疑問なんだけど、どうして見下されていないと思えるのかな。誰もが当たり前に持っている物を持たない不格好な欠落者を、見下さない者がいるとでも? 仮に見下さずに受け入れたとしても、それは優しさじゃない。両親や、幼馴染はこう思っているのさ。――何て可哀想な存在なんだろう、見ていて哀れだから、せめて優しくしてやろう、てね』
小さな頃に、同じ夢を繰り返し見ていた時期がある。
薄暗い部屋の中、鏡に映った自分が嗤いながら、そんなことを語りかけてくる夢だ。
耐えられなくなって逃げ出そうとしても、空気が泥のように体を包んで、その場から一歩も動くことができない。
目が覚めるまで、ひたすらに自分の嘲笑を聞き続けなければいけないのは、心底キツかった。
世界は優しくて、みんなが自分のことを好きで、興味を持ってくれている。
繰り返し見る夢は、そんな幼稚な考えを跡形もなく砕いていった。
他人が妬ましいと思うようになったのも、夢を見始めた頃だった。
誰もが当たり前に持っている物が、自分だけ欠けている。
文字通りの欠落者であることを自覚して、僕は何度も慟哭した。
だって、それはどうしようもないことだから。
努力では埋められない差で、頑張っても変えられない溝で、他人にとってはありふれた物で。
この先、何をしたとしても手に入らない当たり前が、羨ましくて仕方なかった。
家族が自分に掛ける言葉は、全部『可哀想』という感情から来ているもので。
村の人達が自分に向ける視線は、全部『哀れみ』で構成されていて。
これまで見えていた光景の全てが、嘘だったかのように思えた。
でも、僕は悪くない。
悪いのは、欠落者として自分を生んだ両親だ。
哀れみの視線を向けてくる、心無い村人達だ。
だから、いつか。
こんな苦しみを押し付けてきた世界に復讐してやる。
それまでは、努力家の良い子としての仮面を被って、騙されている奴らを逆に見返してやろう。
それが、ディオニス・ハーベルクが最初に抱いた強い感情だった。
そして、二番目は――。
◆
両親から借りた剣を手に、日課の素振りを行う。
静かな森の中、刃が風を切る音だけが響く。
その音を聞きながら、剣を振るのが嫌いだ、と強く思った。
汗で体が汚れるし、腕は疲れるし、悪いこと尽くめだ。
唯一の良い点といえば、日に日に剣の扱いに慣れていることを実感できることくらいだ。
剣を持ち始めて、一年が経った。
この頃にはもう、剣での戦いに限っては、村の子供の中では一番になっていた。
「はぁ……どうしてこう、手っ取り早く強くなれる方法がないんだろうね」
素振りを終えた後、剣を置いて魔術の鍛錬に移る。
扱うのは、最も適正のあった水属性の魔術だ。
村中の魔術教本を読み込んだお陰で、水属性の魔術に関しては村一番になった自負がある。
この魔術の鍛錬も、魔力が消耗するせいで体がだるくなってしんどいのだけれど。
結論、僕は鍛錬が嫌いだ。
そして、嫌いな理由がもう一つ、来た。
「お疲れ様。本当に、毎日欠かさずに頑張っているんだね」
木々を掻き分けて、無粋にも秘密の鍛錬場に入ってくる女がいた。
集中が途切れ、掌に集まっていた魔力が霧散していく。
「やあ、シャーレイ。鍛錬は毎日続けなければ、意味がないからね」
邪魔されたことに苛立ちながら、僕は本心を隠してやってきた同い年の少女に微笑み掛ける。
薄い茶髪を肩口で揃えた、褐色の肌の少女――シャーレイ。
額から生えた二本の角が視界に入って、酷く不快な気持ちになった。
「そっか、そうだよね。父様も毎日頑張らないといけないって言ってたし。でも、ディオニスは凄いね。私は、辛い鍛錬を毎日続けられないもん」
――そんなこと言って、どうせ欠落者の僕を嘲笑っているんだろう?
胸中に浮かぶ言葉を、口に出すことはしない。
本性を告げるのは、村人達を殺す最期の瞬間だと決めているから。
「僕は凄くなんてないさ。ただ、他の人よりも足りていないからね。その代わりに、他の人よりも頑張らないといけないんだ」
見せる笑みも、態度も、全てが偽りだけど、忌々しいことに、その言葉だけは本心だった。
「……そっか」
ディオニスは凄いね、とシャーレイは世辞を繰り返す。
この女のことが、理解できない。
何故、こうもしつこく僕に付きまとう?
森で鍛錬していると、決まってこの女が声を掛けてくる。
不快だし、意図が分からなくて気持ちが悪い。
「邪魔しちゃってごめんね。続けて?」
「うん、そうするよ。あまり相手にできてなくてごめんね」
鍛錬を再開する僕を、シャーレイはじっと見つめ続ける。
本当に、理解できないな。
◆
それから数年が経った。
十五を越えた僕は、数年に一度開かれる大会に参加することが許された。
魔術や剣術、体術の実力を比べる大会だ。
僕はそれに参加して、当然のように優勝した。
両親は涙を浮かべて喜び、妹は興奮で顔を赤くして僕に手を振っている。
もう僕に勝てる者は、この村には存在しない。
これまで続けた鍛錬の成果だ。
見下され続けてきた僕が、怠惰に立ち止まっていた奴らを追い抜いてやったのだ。
奴らは欠落者の僕よりも劣っているということが、証明されたのだ。
なのに。
どうして、嬉しくないんだ。
歓声も、賞賛の声も、優勝した事実も、全てがどうでも良い。
『――ああ、見下されていることに、気付いてないんだね』
声が聞こえる。
繰り返し、繰り返し、思考を蝕むような、甘やかな毒が、脳に染み込んでいく。
耐えられなくなり、僕は会場から姿を消した。
向かったのは、いつもの森の中だ。
岩に腰掛けて、何をするでもなく地面を見つめる。
耳の奥の残響に、吐きそうだった。
「――やっぱり、ここにいたんだね」
残響を掻き消すように、声が聞こえた。
顔を上げれば、シャーレイが立っていた。
「戦いの熱に当てられて、少し風に当たっていたんだよ。ほら、ここは静かだし、涼しいでしょ?」
「――本当は、嬉しくないんでしょ?」
取り繕った言葉に被せるようにして、シャーレイはためらいがちにそんな言葉を口にした。
一瞬、思考が止まった。
「……もしかして、心配掛けちゃったかな。だとしたらごめんね。でも、本当に何でもないからさ」
「だったら、どうしてそんな辛そうな顔をしているの?」
ハッと自分の顔に手を当てるも、そこにあるのはいつもの表情だ。
取り繕った、いつも通りの偽りの表情の、はずだ。
なのにシャーレイの目は、そんな取り繕った仮面の下を見ているような気がした。
「何を」
「ずっと怖くて、聞けなかった。……でも、大会で優勝したディオニスを見て、今言わないと、もうどうしようもなくなっちゃうって思ったから」
「だから、何を」
「ディオニス、いつも嘘付いてるでしょ? 私にも、家族にも」
何だ。
なんなんだ、この女。
「私、気付いてたよ。ディオニスがずっと、皆に取り繕った態度をしてること。だって、辛そうだから」
「……あのさ、シャーレイ。何を言いたいのか良く分からないんだけど」
「言いたくないことを言って、浮かべたくもない笑顔を浮かべて、ディオニスはいつも辛そうだった」
「だから、訳が分からないって。やめてくれないかな」
「不安……なんだよね。皆が自分のことをどう思ってるのかが」
「――――ッ」
自分を見つめるその瞳に、言葉を失った。
「だから、皆に何を言われても、受け取ることができない。皆も自分に嘘を付いてるんじゃないかって、不安だから。だから、ディオニスも皆に嘘をついて、本当のことを言わないようにしてる」
「……やめろ」
「その理由は、きっと。――角、だよね」
「やめろって言ってるだろうがぁ!」
その言葉を聞いた時、僕は叫んでいた。
胸の内側に溜まっていたものを抑えられなくなって、すべてをぶち撒けるように。
「不安? 不安だって!? 誰に物を言ってるんだよ! どうして僕がお前らの考えてることに、一々そんな感情を抱かないといけないんだよ!? ふざけたことを言うのもいい加減にしろ! 確かに僕には一つ、角がないさ! けど、それでも僕はお前らよりも強い! お前らが二本の角に胡座をかいている間に、見下していた僕に追い抜かれたのさ! そんな、僕よりも弱い連中に、僕が不安を感じるわけがない!」
「……そう。それが、本当のディオニスなんだね」
「はっ! ああ、そうだよ。これが本当の僕だ。僕を哀れんで見下すお前らを騙して、逆に見下しているんだ! どうだい、シャーレイ。お前が見てきた僕の姿は、全部偽りだってってわけ! ショックだろ、ええ!?」
そう捲し立てて、シャーレイの反応を伺う。
すべてが偽りだったとして、この女がどう思ったのか。
それが知りたかった。
「確かに、ちょっとびっくりした。だけど、私は今のディオニスも好きだよ」
――スキ?
すき、隙、好き?
「――ッ、は、ぁあ!? 言うにことかいて、好き、だあ?」
ふざけるな、と腸が煮えくり返った。
どこまで馬鹿にすれば気がすむのだと、視界が憤怒で赤く染まる。
「見下すのも良い加減にしろよ、シャーレイ!」
もう、自分が止められない。
隠していた本性をすべて、ぶち撒ける。
「お前らはいつもそうだ! 僕が欠落者だからって馬鹿にして、哀れんで、見下して!! 僕が好きでこんな体に生まれたと思ってるのかよ!? 僕だって、二本の角が欲しかった! お前らが当たり前に持っているそれを、当たり前のように持っていたかった! でも、どうしようもないんだよ! どうしたって、もう一本の角は手に入らないんだよ!! だから、僕は誰よりも強くなる。そしてお前らに、角の足りない欠落者にすら自分が劣っているっていう事実を突き付けてやるんだよぉ!!」
「見下してないよ」
「ああ!?」
「――誰も、ディオニスを見下してなんかいない」
何を言ってるんだ、こいつ。
誰も、僕を見下してない?
そんな訳、ないだろうが。
「お、まえに何が分かるって言うんだよ、ああ!? 僕は知ってるんだ! お前がいつもここに来るのは、汗に塗れて鍛錬する僕を見下すためだろ!? 欠落者の僕が努力しているのが、可笑しくて堪らないんだろ!?」
「違う!」
「違うもんか! じゃあ何でいつもこんなところに僕を見に来るんだよ!?」
「それは、私が――」
声が聞こえる。
『――ああ、見下されていることに、気付いてないんだね』
誰もが僕を見下している。
馬鹿にしている。
シャーレイも、どうせ僕を見下しているんだ。
声が聞こえる。
声が聞こえる。声が聞こえる。声が聞こえる。声が――――
「――私が、ディオニスのことを好きだからだよ!!」
響く声を掻き消すような、咆哮。
その声量に、木々から葉が落ちていくのが見えた直後。
僕の唇に、柔らかい感触があった。
「――――」
すぐ目の前に、シャーレイの顔があった。
「! !? !???!???????」
何だ何をした今僕は何をされたなんだなんでこんなに顔が近い分からない何がしたいんだどういうことなんだわけがわからない理解できない。
頬を上気させたシャーレイが、僕から顔を離す。
数秒の間をおいて、ようやく何をされたのかを理解した。
そして、僕が何かを言うよりも早く、
「――私は、ディオニスが好き」
シャーレイが、言葉を繰り返した。
「私はね、ずっと鍛錬を続けてるディオニスに憧れたんだ。私もね、親によく色んな鍛錬をさせられるの。やらないといけないって分かってるけど、きつくて、辛くて、やめたくて……だから、家出してこの森に逃げてきたんだ。そこで、鍛錬を続けている君を見つけた」
「――――」
「気付いてないかも知れないけど、鍛錬してる時のディオニスってすっごく嫌そうな顔してるんだよ。だから、どうしてこんな嫌そうなのに、鍛錬してるのか分からなかった。君は誰が見てるわけでもないのに、一生懸命に鍛錬を続けてた。やめたって誰かに責められるわけじゃないのに、天気が悪くても、風が強くても、ディオニスは鍛錬をやめなかった。それがね、凄く格好良いと思ったんだ。嫌なことを、頑張り続けるのって、難しいことだから。……それからずっとディオニスのことを見ていたいって思うようになって……気付いたら、好きになってた」
「僕に、角が足りないから、馬鹿に」
「最初は遠目から君を見ていたし、角がないなんて気付かなかったよ。確かに、最初に君を好きになった時は角のことは知らなかった。でもね……角が足りないって知ってからも、君への想いは全然変わらなかった」
「嘘、だ。ほ、本当だとしても、角が足りない僕の気持ちなんて、お前に――ッ」
そう言いかけた僕の前で、シャーレイは自分の角に手を伸ばした。
そして、ボキッと。
何のためらいもなく、片方の角をへし折った。
「――これで、お揃いだね」
僕を見て、シャーレイは笑った。
激痛のせいか、目尻には大粒の涙が浮かんでいる。
肌には汗が滲み、その体は痛みに小さく震えている。
なのに、シャーレイは笑っている。
「お前は……君は、何をしてるんだ」
「少しでも、ディオニスの気持ちを分かりたいと思ったから、こうしたの」
「どう、して」
まだ、声がする。
『――仮に見下さずに受け入れたとしても、それは優しさじゃない』
それはもう、僕の声ではなかった。
誰の物かは分からない。
呪いのように声が頭に響く。
分からない。
どうして、この女は、角を捨ててまで。
「どうして、そこまでするんだよ」
「さっきも言ったでしょ。私は、君のことが好きだって」
『どうせ、君が大会に優勝したからすり寄ってきただけだ。内心では、見下しているに違いない。本当に信じて良いの?』
声が聞こえる。
「……信じられない?」
頷いた僕を、シャーレイは。
「――――」
その体で、抱きしめた。
「――私は君が、『ディオニス・ハーベルク』が好き。だから君と一緒にいたい。だから、君の力になりたい」
力になりたい。
そんな言葉は、僕を見下しているから出てくる言葉だ。
――とは、思わなかった。
肌を通して伝わってくる温かさが、その言葉が、潤んだ瞳が、折れた角が。
『本物』であると、どうしてか、そう信じられたのだ。
「僕なんかが、好きなわけ……?」
「うん。好きだよ」
響いていた声が、遠のいていく。
「角がないんだよ? それに、あれが僕の本性なんだよ?」
「角がないのは、もう一緒だよ。それに、私はディオニスが努力し続ける姿を好きになったの。どうして努力が続けられてたのかが知れて、嬉しかったよ」
「何だよ、それ。角まで折って、馬鹿じゃないの……。君、趣味悪いんじゃない……?」
「……好きになっちゃったんだもん、仕方ないでしょ」
「何それ、開き直っちゃって。大体、君は――」
唇に、柔らかいモノが触れる。
言葉が、中断される。
「好きな人にしか、こんなことしないんだよ」
「――――」
よくわからない。
よくわからないけど、シャーレイの顔が直視できない。
頭がパンクしそうだ。
いきなりキスしてくるとか何考えてるんだ、というか角を折るとか、どうかしてる。
「ほん……とうに、馬鹿……じゃ、ない、の」
よくわからない物が、目から溢れて止まらない。
視界が歪んで、何も見えなくなる。
邪魔なものだ。
だけど、どうしてか、嫌な気分では、なかった。
――その日を境に、僕は『夢』を見ることも、『声』を聞くこともなくなった。
その後、色々あった。
シャーレイの角が折れたことや、今まで僕が皆に隠していた本心のこと。
全部、僕は両親にいった。
「ディオニス。角が一本でも、お前は立派な俺の息子だ」
「貴方が健康なだけで、私は嬉しいわ」
両親はそう言った後、
「けど、気付いてやれなくて悪かった」
そう言って、自分の角を折った。
何のためらいもなく、シャーレイと同じように。
それを見ていた妹すら、自分の角を折ろうとした。
それで、ようやく気付いたのだ。
皆が僕に優しくてしてくれたのは、哀れんでいたからじゃない、と。
そんな当たり前のことに、僕はようやく気付くことができたのだ。
◆
――戦いの中、僕はそんなことを思い出していた。
すぐ目の前には、僕の仲間がいる。
甘っちょろくて、けれど根の良いアマツ。
意地っ張りで我が強い、でも面倒見の良いリューザス。
すぐ自己犠牲に走ろうとする、馬鹿で、優しいルシフィナ。
面と向かっては、言ってやらないけど。
凄く、大切な仲間だ。
そんな僕の仲間と戦っているのは、銀髪の魔族。
オルテギア・ヴァン・ザーレフェルド。
魔族以外の種族を滅ぼそうとする、“魔王”だ。
人間と鬼族は手を組み、魔王軍と戦うことになった。
僕は今、人間の最高戦力とともに魔王城に乗り込み、魔王と戦っている。
オルテギアは圧倒的だった。
四人掛かりでぶつかっても、倒しきれない。
それどころか、僕は剣を失って地面に倒れていた。
アマツ達は満身創痍のまま、オルテギアと戦い続けている。
「全種族同士での共存など、不可能だ。そんな甘い夢物語を実現できるとでも本当に思っているのか?」
アマツ達を圧倒しながら、オルテギアは言った。
ああ、と僕は内心で頷く。
甘すぎて、反吐が出そうな夢だよ、本当。
「けど、あいつは本当に実現できると思ってる」
視界の中で、アマツが地面を転がるのが見えた。
その正面から、オルテギアが大剣による突きを放とうとしている。
アマツは動けない。
ルシフィナも、リューザスも間に合わない。
間に合うのは、僕だけだ。
剣は折れて、もうない。
魔力も、ほとんど残ってない。
けれど、“鬼族”として培った、この肉体がある――!
「が、は……ッ」
割り込んだ僕の腹に、大剣が突き刺さった。
体内に走る熱に、意識が白く染まる。
「オル、テギア」
「……!」
オルテギアが刃を引き抜こうとするが、両手で刃を掴んでそれを阻止する。
「全種族の共存。ほん……と、馬鹿な夢だよな。僕も……そう思うよ」
「……ならば、何故貴様はアマツに力を貸す?」
「僕も、そんな世界を作りたいと、思ったからさ」
いや、違うな。
「そんな優しい世界で暮らして欲しい人が――僕にいるからだ」
「――――」
「そして、僕達の勝利だ。オルテギア」
アマツは僕が稼いだこの時間を無駄にする男じゃない。
すぐ後ろで、アマツが“魔天失墜”を発動させたのが分かった。
「貴様……!」
オルテギアが剣を捨て、その場から逃れようとする。
だが、逃さない。
最後の力を振り絞って、水属性の魔術を発動する。
「――“大水球”」
自分ごと、オルテギアを巨大な水の球の中に閉じ込めた。
オルテギアを相手に、稼げる時間は一瞬。
しかし、それで十分だった。
漆黒の光が、僕達に向かって来るのが分かる。
『――私は、ディオニスが好き』
シャーレイの言葉を思い出した。
オルテギアを倒せれば、長く続いた戦争もひとまず終わる。
その先で、アマツ達が平和な世界を作ってくれると、僕は信じている。
そこに僕がいないとしても――シャーレイ達が幸せになってくれるなら、それで良い。
みんなは、僕が死んだら悲しんでくれるだろうか。
当たり前の答えに頬を緩め、僕は最後に言った。
結局、気恥ずかしくて本人には言うことができなかったから。
「――愛してる、シャーレイ」
満ち足りた気持ちのまま、僕は光に包まれた。




