第九話 『笑わないな』
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奇妙な二人組に助けられてから数日。
エルフィスザークは彼らの小屋の中で傷を癒やしていた。
この数日で、いくつか分かったことがある。
どうやら、この周囲にはそこそこの規模の村があるようだ。
魔術で村の存在を隠し、ひっそりと暮らしている。
驚くことに、その村には人間と魔族、少ないながらも亜人がともに暮らしているという。
顔を見れば殺し合う他種族同士で共存するなど想像も付かないが、人間と魔族でありながら仲睦まじくしているフェルナとライを見る限り、嘘ではないように思えた。
フェルナとライはその村で暮らしており、村を守る自警団の一員らしい。
フェルナは魔術師、ライは戦士としてペアを組んで行動している。
見たところ、二人とも手練だ。
谷底にやってきたのは、村の近辺で起こっている異変を確認するためだとフェルナは言っていた。
その異変というのが――あの黒い化物だ。
ある時期から急に姿を現し、近隣の魔物を無差別に襲っているらしい。
そのせいで、化物から逃げて魔物が村の周囲までやってきたり、近隣のバランスが崩れている。
二人はあの化物が何なのか、今どこにいるかを小屋拠点にして探索しているようだ。
「分からないことばかりだな」
魔眼を喰らってもピンピンしていた、魔物でも魔族でもない化物。
そして、敵対しているはずなのに行動をともにしているフェルナ達。
情報が集まれば集まるほど、疑問が増えていく。
「ただいま!」
「……戻った」
扉が開き、小屋の中にフェルナとライが入ってくる。
「ふぅ。良い運動になったわね」と妙に年寄り臭いことを良いながら椅子に腰掛けるフェルナと、ベルトに狩ってきたのであろう野うさぎや野鳥をぶら下げながら無言で扉を閉めるライ。
化物の調査に出かけたようだが、二人の様子からすると見つけることはできなかったらしい。
「何かが暴れた痕跡はあったんだけど、肝心の化物は今日も見つからなかったわ。どこかに隠れちゃったみたい」
「ほう。あれだけの強さを持ちながら、気配を消して行動するのか。知性もかなり高いようだな」
「……臭いを追ってみたが、厄介なことに水浴びか何かをして自分の臭いを消している。ただの魔物にしては用心深すぎる。思っていたより、ことは深刻かもしれん」
人狼種や人犬種ほどではないが、ライは優れた五感を持っている。
そんな彼が数日間探して見つけられないなど、ただ事でない。
厄介な状況に眉間に皺を寄せ、ライが面倒そうに溜息を吐く。
「一度、皆に報告した方が良いかもしれないわね。……でも、悪いことばかり考えてたら疲れちゃうわ。せっかく動物が捕まえられたんだし、ご飯にしましょうか!」
「……そうだな」
頷くと、ライはベルトにぶら下げていた野うさぎや野鳥を手に、調理場に向かっていった。
手際良く、皮や羽をむしっていくライに、エルフィスザークは感嘆の息を吐いた。
どういう効果があるのかは分からないが、血抜きやら何やらという下処理をしているらしい。
「エルフィもお腹減ったでしょ?」
「ん……む」
ベッドに腰掛けているエルフィスザークに、屈託のない笑みを向けるフェルナ。
エルフィ、という聞き慣れない愛称にむず痒さを感じながら、小さく頷いておく。
出会ってから数日。
得体の知れないはずのエルフィスザークに対して、フェルナはフレンドリーに接し続けている。
それどころか、ドンドンドンドン距離を詰めてきている。
愛称で呼ばれたり、髪を梳かれたり、魔族の話を聞かれたりと、すべてが初めてだった。
最初は警戒していたライの態度も、次第に軟化してきている。
恐らく、根が優しいのだろう。
あれこれと良いながらも、体を洗う水を汲んできたり、食料を分けてくれている。
魔族の村にも助け合いはあったが、それは同じ種族で、仲間だったからだ。
こんな外から来た得体の知れない存在を助けようと、村の人々は思わないだろう。
自分だって、警戒して助けようとはしない。
フェルナもライも、そしてあの黒い化物も、本当に初めて見るモノばかりだ。
未だ分からないことが多い。
――しかし、一つだけ確かに分かったことがある。
「ほら、できたぞ」
出来上がった料理を、ライがテーブルに持ってくる。
木の器に乗せられているのは、鶏肉と兎肉の香草焼きだ。
こんがりと焼き目の付いた肉からは、鼻孔を擽る香ばしい匂いが漂ってくる。
味付けには、塩や酒、帝国発祥の魚を発酵させたタレなどが使われている。
「お……おぉぉ」
出てきた料理に、エルフィスザークの口から思わず声が漏れていた。
エルフィスザークが分かったこと。
それは――食事というのは、栄養摂取のためだけにあるのではないということだ。
小屋に来た初日に、エルフィはライの料理を食べた。
そのあまりの美味さに、思わず震えた。
臭くない。渋くない。苦くない。痛くない。
ただ味付けして焼いただけという鶏肉が、びっくりするほどに美味だった。
涙腺が刺激されて、わけも分からず泣きそうになったほどだ。
今まで食べてきたモノが何だったのかというくらい、美味しかった。
聞けば彼らは、昔から伝わっている手順で食材を下処理し、調味料で味付けしているらしい。
当たり前だが、魔族だって料理はする。調味料だってある。
だが、格が違った。
調味料を舐めてみたが、調味料の時点で美味しかった。
これらの調味料の多くは、人間が試行錯誤を重ね、長い歴史の中で作り上げきたものだとライは言った。
人間は正面から戦わず、小細工を弄する劣等だと村の人達は言っていた。
だが、違う。
小細工などという言葉で済ませて良いようなモノではない。
努力と研鑽と飽くなき向上心によって生み出された、“技術”だ。
――などと思考を巡らせてしまうほどに、彼らの作る料理は衝撃的だった。
「んむ……んむ……」
「ふふ。本当に美味しそうに食べるわね」
出された料理を一心不乱に口に運ぶエルフィスザークに、フェルナが顔を綻ばせる。
二人からすればいつも通りの料理だが、ここまで美味しそうに食べてもらえるのは嬉しいことだった。
「……ふう」
料理を食べ終え、満足げに腹を撫でるエルフィスザーク。
「料理はどうだった?」
「満足だ。非常に美味だったぞ」
「そう! それは良かったわ!」
料理もだが、この小屋での生活にまったく不満はない。
それどころか、暮らしてきた村よりも快適なくらいだ。
置いてある家具などを見ても、生活をより良くしようとする意志が伝わってくる。
「本当に満足か?」
「ああ」
ライに問われ、エルフィスザークはもう一度頷く。
「……そうか」
少し目を瞑った後、
「――お前は笑わないな」
不意にライがそんなことを言った。
「俺も笑う方ではないが、お前はまるで人形のようだぞ」
「……笑う、か」
ライの言った通り、エルフィスザークは笑わない。
これまでの人生で、心を大きく動かされるような出来事がなかったからだ。
両親とはあまり会話をする方ではない。
これといった友人もいなかったため、これまでに笑うということをしたことがない。
「笑えないというのは、いけないことなのか?」
「いけない、というわけじゃない。ただ、気になっただけだ」
「……どういう時に笑えば良いのか分からないのだ」
人間や亜人を殺した時などに、村の戦士は笑みを浮かべていた。
しかし、エルフィスザークは笑えなかった。
笑う意味も見出だせなかった。
「簡単よ。嬉しい時や楽しい時に笑えば良いのよ!」
エルフィスザークの疑問に、にへらと笑みを浮かべながらフェルナが答えた。
思えば、この少女はいつも笑っているように思える。
「例えば、美味しいご飯を食べている時に笑うのでも良いわ」
「ふむ……」
「笑えば、周りの人に自分が楽しいってことを伝えられるの。そうすれば周りの人も楽しい気分になれるわ。それに、嬉しいことがあった時に、他の人と喜びを分かち合うこともできるし」
フェルナの言葉を聞いても、あまりピンとは来なかった。
しかし、料理を食べている時は良い気分だった。
それに、この二人と話している間も嫌な気分ではない。
「……少し、考えておこう」
「うん。無理に笑わなくても良いわ。でも、エルフィと一緒に笑い合えたら、とっても楽しいと思うから」
その時のフェルナの笑みが、何となく頭に残った。
◆
それからさらに、数日が経過した。
二人と過ごす内に、今まで感じたことのないポカポカとした温かい気持ちになることが増えてきた。
この感情が何なのかまだ分からないが、知りたいと思った。
それに、二人から聞く人間の話は非常に興味深かった。
人間の国の都市部では、最新の美味な料理が食べられるという。
その他にも、帝国では新しい魔術や魔力付与品が次々に生み出されているらしい。
人間についても、もっと知りたいと思うようになった。
三人の仲は深まっていったが、フェルナ達の当初の目的である黒い化物は結局見つからなかった。
そのため、二人は一度村に報告をしに帰ることに決めたようだ。
傷がほぼ塞がったエルフィスザークに、フェルナが自分の村に来ないかと誘ってきた。
「……フェルナ。時期が悪い。魔王軍に襲われて犠牲者が出たばかりだ。魔族を連れて帰るのは、村の人達に良い顔はされないだろう」
ライはエルフィスザークを連れて帰ることに反対のようだった。
エルフィスザークが信用できないというよりは、魔族であるということが原因らしい。
もっと、この二人や、彼らの生活について知りたいと思った。
「魔族でなければ良いのか?」
だから、村から拝借してきた『偽装の腕輪』を嵌めることにした。
今のエルフィスザークは頭部の角が消え、また魔力も人間のそれに変化している。
どこからどう見てもただの人間だ。
魔力が抑制されてしまうというデメリットもあるが、村に行くには仕方ない。
「何だその魔力付与品は……。そんなものがあったら、敵国に侵入し放題じゃないか」
「行き掛けの駄賃として借りてきた。とても便利だぞ」
「へぇぇ。でも、なんだか角がないと不思議な感じがするわね!」
戦慄するライに、こともなげに答えるエルフィ。
その隣で、関心したようにフェルナが角があった部分を凝視している。
「嘘だろお前ら……」
頭痛を堪えるように目元に手を当てた後、大きく溜息を吐くライ。
まあ、と話を区切ってライは頷いた。
「……それなら大丈夫のはずだ」
村で外さないことを条件に、エルフィスザークは二人が暮らしている村に行くことになった。
◆
村にやってきて最初に驚いたのは、展開されている結界魔術の精度の高さだ。
物理的、魔術的な攻撃への高い耐性に加えて、巧妙に村自体の存在を隠している。
よほど魔術に精通した者でなければ、この村を見つけるのは難しいだろう。
「帰ってきたか。二人とも怪我はないか?」
村に入ると、村人達が次々にライとフェルナに声を掛ける。
村人には人間、魔族、亜人が入り交ざっていた。
賑やかな彼らの様子に、本当に種族関係なしに暮らしていることが分かる。
「おや。そちらの子は?」
「黒い化物に襲われて怪我をしていたところを助けたの」
「しばらく一緒に過ごしたが、信用できると判断して連れてきた。まだ怪我が完全に塞がり切っていなかったしな」
二人がそう言うと、
「そうか。それは災難だったな。傷が塞がるまで、村でゆっくりしていくと良い」
村人達はあっさりとエルフィスザークを受け入れた。
他種族と見れば排斥し、殺そうとする自分の村とは、彼らはあまりにもかけ離れていた。
自分とは違う者を受け入れる寛容さが、この村にはあった。
それから数日間、エルフィスザークはフェルナの家に泊まり、生活することになった。
その中で、やはり工夫して作られた料理が美味いことや、彼らがより良い生活をするために工夫していることが分かった。
家に設置された、魔力を流すだけで水や炎が出て来る魔力付与品が良い例だ。
少ない手順で多くのことをできるようにして、時間を短縮しようとしている。
村でこんな便利な生活できているのだから、人間の暮らす首都はどれほど生活が豊かなのだろう。
また、戦士の教育にも彼らは力を入れていた。
彼らは個の強さよりも、群としての強さを重視していた。
自分の力を過信する者の多い魔族とは大違いだ。
この村で見たことや、聖堂騎士達の戦いを見て分かったことがある。
彼らは自分が弱い存在であると自覚して、その弱さを力以外の者で補おうと工夫し続けている。
楽できる部分は楽をして、出来る限りの無駄を省こうとしている。
最強であるとあぐらをかき続ける魔族と違い、弱いことを理解して前に進もうとしているのだ。
――素晴らしい、と思った。
言われたことを盲目的に信じるのではない。
何が正しいのかを自分で考えて、今ある答えよりもより正しい者を探し続けるその姿勢。
彼らの姿は尊敬に値すると、心からそう思った。
そして、同時に。
戦争が刻み続けている悲惨さも、目の当たりにした。
村人の何人かの体が欠損しているのを見た。
外に出ている時に、暴れ回る魔王軍のせいで大勢の死傷者が出たらしい。
だから、村人達には魔王軍に怯えている者が多くいると聞いた。
「…………」
「どうしたの、エルフィ」
墓の前で佇んでいると、フェルナが声を掛けてきた。
「この村の人達は『魔王軍』に怯えても、『魔族』には怯えないのだな」
何となく、エルフィスザークはそんなことを口にした。
「そうね。魔王軍に入っていない魔族だっているし、魔族そのものを怖がる必要はないもの。良い魔族だってたくさんいるしね」
「……そうか」
フェルナの言葉を聞いて、不意に聞いてみたくなった。
「フェルナ。お前は、自分が何のために生まれてきたのか考えたことはあるか?」
「んー? 急に難しいこと言うわね。……そうね」
しばらく考え込むようにした後、
「そんなに深く考えたことはないけど、怪我を全部治して、安心して皆が村で暮らせるようにするために、私は生まれてきたのかもしれないわ。治癒魔術は得意だし!」
「それが、お前の生まれた理由か」
「ん……。まあ、今考えたけど、多分間違ってないと思う」
フェルナのその言葉を聞いて、エルフィスザークは理解した。
これまで探し求めていた、自分が生まれてきた理由。
それは、生まれた瞬間に発生するモノでも、他人に決めてもらうモノでもないということに。
その上で、自分の生まれた意味が何なのか。
まだ、エルフィスザークには決めることができなかった。
――村が黒い化物に襲撃を受けたのは、それから三日後のことだった。
当初一話にまとめる予定だった過去編が予想外に長くなってしまった。
次話で回想終了予定です。




