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第七話 『敗北』

 

 ――結論から言おう。


 エルフィスザーク・ギルデガルドに勝ち目はない。

 彼女とオルテギア・ヴァン・ザーレフェルドとの間には、越えられない壁があるからだ。

 どう足掻いても、今のエルフィスザークではオルテギアを打倒することは不可能といえる。

 

 エルフィスザークの強みは、その圧倒的な魔力量にある。

 当然、並の魔族とは比べ物にならない膂力も彼女を強者たらしめている。

 しかしそれ以上に、圧倒的な魔力をそのまま破壊力として外部に放出する、魔眼、魔腕、魔脚があったからこそ、彼女は魔王になることができたのだ。

 

 魔力炉――心臓を失っている現状、エルフィスザークの攻撃力は半減している。

 その半減した攻撃力では、どうあってもオルテギアの攻撃を凌げず、その防御を貫くことは不可能だ。


「――“魔腕・壊裂断”ッ!」


 エルフィスザークの爪先から現れる、龍種の物に近い巨大な五本の爪。

 左右合わせて、計十本の魔爪がオルテギアに向けて容赦なく振り下ろされる。


「他種族との共生を望む一点を除いて、貴様は賢明な女だと思っていたのだがな」


 対してオルテギアの行動はシンプルだ。

 握る大剣を上に向けて斬り上げる。

 たったそれだけで、十本の魔爪は粉々に粉砕された。


「この三十年で呆けたか」


 魔脚で間合いから逃れようとするエルフィスザークに、オルテギアは一息で追いつく。

 そして無防備な腹部に向かって、強烈な蹴りを叩き込んだ。


「――それとも、憎悪に目を曇らせたか?」

「が、はっ」


 腹部に突き刺さった爪先に、エルフィスザークは壁を弾みながら地面に叩き付けられる。

 血を吐き、呼吸もままならぬ状態のまま、エルフィスザークは視界一杯に“灰燼爆”を撒き散らした。

 無数に生まれる紅蓮の地獄を無造作に引き裂いて、オルテギアは当然のように無傷の姿を現す。


「今の貴様の行動に何の意味がある。接近戦もままならず、無闇に魔眼を撒き散らすだけ。私を打倒するにはあまりに無謀で、時間を稼ぐにはあまりに前のめりだ」


 訝しげなオルテギアに答えず、両手を地面についてどうにか立ち上がるエルフィスザーク。

 防ぎきれなかった斬撃に全身を切り刻まれ、今や出血していない箇所の方が少ない。

 無傷で息すら見出していないオルテギアに比べて、今や息も絶え絶えだ。

 実力差は歴然で、勝利の目がないことは瞭然だった。


 そして、天月伊織はこの場に間に合わない。

 今現在、雨”レフィーゼが城外から魔術の一斉掃射を行っているからだ。

 魔王城の破壊すらいとわない攻撃に、伊織は足止めを喰らっている。

 この場に辿り着くまで、まだしばらくは掛かる。


 その『しばらく』は、エルフィスザークが敗北するには十分な時間だった。


 あらゆる魔眼が、一刀の下に斬り落とされる。

 あらゆる魔腕が、魔力の鎧を突破するに至らない。

 あらゆる魔脚が、間合いに踏み込んだ瞬間に止められる。


 そのすべての原因が、オルテギアの振るう大剣にあった。

 伊織の扱う、“柔剣”の繊細さや、“鬼剣”の技術とは別種。

 ただ相手を斬り伏せるためだけにあるような、“獣”の剣がそこにあった。


「――――!」


 エルフィスザークの双眸が輝き、放たれた光がオルテギアの視界を覆う。

 連続して、特大の“灰燼爆”が放たれた。

 オルテギアは視界に頼ることをせず、目を瞑ったまま“灰燼爆”を両断した。


「――愚かな」


 ドスッ、と鈍い音がした。

 灰燼爆に紛れてオルテギアの背後に回っていたエルフィスザークが、大剣に腹部を貫かれていた。


「か、ふ」

「……愚かな」


 振り返ることすらせず、オルテギアはもう一度繰り返す。


「黙、れ……ッ!」


 腹部を貫かれたまま、エルフィスザークはオルテギアの後頭部に拳を叩き付けた。

 大した威力はなく、鎧を発動して防ぐまでもない脆弱な拳だった。

 無言のまま、オルテギアは握っている大剣に魔力を流す。

 強烈な魔力の波動が、刃を通してエルフィスザークの体内で炸裂した。


「――――っ」


 上半身に大穴を空け、エルフィスザークが力なく地面を転がる。

 両腕はひしゃげ、両脚はあらぬ方向に折れ曲がっている。

 まだ魔力は尽きていないが、回復が追いつかないほどにエルフィスザークは満身創痍になっていた。


「……本当に無策のまま、私に挑んでいたのか?」


 壁にもたれかかって血を吐くエルフィスザークに、オルテギアが静かに問いかける。

 エルフィスザークは答えない。

 ただ、その双眸には言い表せない程の憎悪の炎が浮かび上がっている。


「だとすれば、失望したぞエルフィスザーク。貴様はこれまで出会った魔族の中で、唯一私に比肩しうる個だった。その最期がこれとはな」

「…………」


 無言で睨み付けるエルフィスザークに、オルテギアは僅かに目を伏せた。


「貴様を野放しにすれば、必ず私の障害になるだろう。故にここで消し去る。三十年間、溜め続けた魔力をもってすれば、貴様ですら殺しうるだろう。よしんば蘇ることができたとしても、それは数千年後の話となる。貴様と私の戦いは、これで終わりだ」


「…………」


「――何か言い残すことはあるか」


 トドメを指す前に、オルテギアは静かに問うた。

 エルフィスザークは答えない。


「……そうか」


 その姿に目を瞑り、息を吐いた後。


「――さらばだ。エルフィスザーク・ギルデガルド」


 エルフィスザーク・ギルデガルドを殺す一撃が放たれた。



 ――エルフィスザークの話をしよう。


 彼女には血の繋がった家族というものが存在しなかった。

 親に捨てられたのか、戦争で親を失ったのかは分からない。

 物心付いた時から、彼女は魔王軍の庇護下にある村で生活していた。


『人間を殺し、亜人を殺せ。魔族こそ最も優れた種族である』


 育ての親である父と母を始めとして、村で暮らすすべての大人は口々にそう言っていた。

 戦時中だったこともあり、魔王軍に入軍させるための熱心な教育が行われていたのだ。

 それを受けて、村の子供達はそれが真実であると信じて疑わなかった。


 エルフィスザークを除いて。


 魔族は人間より高い膂力を持つ。

 高い魔術適正もあり、戦闘という面においては人間や亜人よりも上だろう。

 だが、果たしてそれだけで他の種族より優れていると言えるのだろうか?


 大人も含めて誰も彼も・・・・・・・・・・子供である自分より・・・・・・・・・も劣っているというの・・・・・・・・・・


 何十年も鍛錬を重ねたという魔族の戦士を見ても、エルフィスザークは“弱い"としか思えなかった。

 それもそうだろう。

 彼女の体には、他の者にはない“魔”が宿っていたのだから。


 時間を掛けて魔術を撃つくらいならば、魔眼を撃つ方が良い。

 接近戦をするのであれば、魔腕で叩き伏せた方が良い。

 間合いを詰めるのであれば、魔脚で接近した方が良い。


 自分よりも圧倒的に劣る彼らを見て、エルフィスザークは大人達の言葉に懐疑的だった。


 そもそも、魔族だけが優れているのであれば、戦争はもっと魔王軍優位に進むはずだ。

 現在において、人間の使う魔術や道具、戦術によって魔王軍は少しずつ不利になってきている。

 人間だから劣っている、魔族だから優れている――この考え方は、間違っているのではないか?


 その疑念は大きくなっていく。

 ただ魔族が優れていると叫ぶ大人も、それを信じて疑わない子供も、酷く滑稽に見えた。


 そして、次第にエルフィスザークの疑問は別の場所へと移っていく。

 即ち、自分という存在についてだ。

 

 魔族が誇る膂力――自分のそれは大人すら凌駕する。

 人間が誇る魔術――自分のそれは魔術師すら凌駕する。

 亜人が誇る特異――自分のそれは戦士すら凌駕する。


 他の誰とも違う自分とは、一体何なのか。

 どうして自分だけが優れていて、他と違うのか。

 この特別な力を持った自分は、一体何のために生まれてきたのか。


 この村にいては、その答えを見つけることはできないだろう。


「村を出て、世界がどうなっているのかを見て回ってくる」


 村に保管されていた、姿を人のそれに変えるという『偽装の腕輪』をくすねて、エルフィスザークは村を飛び出した。



 村の外に出てすぐに分かったのは、やはり自分は優れているということだった。

 何度か野良の魔物や、魔王領に攻め入ってきていた人間と争うことになったが、そのすべての戦闘においてエルフィスザークは苦戦をしなかった。

 敵が近付いてくる前に魔眼を撃ち込むだけで戦闘が終わるのだから、当然といえば当然だったのだが。


 毒がどうの、可食部がどうの、という知識もなしに、エルフィスザークは木の実や獣の肉を喰らった。

 当然、不味かった。

 食事というものが苦痛に感じるほど、舌に合わなかった。

 村で出てきた料理も簡素で味気ないものだったが、やはり食事というのは栄養を摂取するためだけの行為らしい。

 村を出て次に思ったのは、こんなことだった。


 ブラブラと魔王領を彷徨き、他の村や街を見に行った。

 しかし、どこを見ても求めていた答えは見つかりそうもない。

 行く宛もないまま、北東方向に歩を進めてしばらく。


 エルフィスザークは初めて、苦戦する相手と出会った。

 教国に属していると言われる、聖堂騎士団だ。

『偽装の腕輪』で誤魔化しても良かったが、興味本位で近付いたのが間違えだった。


 魔族と分かるや否や、恐ろしい勢いで攻撃してくる聖堂騎士達。

 魔眼で吹き飛ばそうと、彼らは恐れずに向かってきた。

 しまいには、隊長と呼ばれる者が出て来る始末。

 

 嫌気が指して逃げても、連中はいつまでも追いかけてくる。

 命の危険は感じなかったが、流石に面倒だった。

 心象魔術とかいう厄介な魔術を破り、何とかまいて逃げた先には大きな谷があった。


「……しつこかった」

 

 溜息を吐き、適当な木の実を食べるエルフィスザーク。

 ここまでで、『偽装の腕輪』を使わずに出会った人間とは必ず戦闘になっていた。


「魔族も人間も変わらんな」


 お互いに、憎み合い、殺し合う。

 相手が人間、魔族であるというだけで殺戮の対象となる。

 もはや、それがこの世界の常識だ。


 だが、どうしてこの現状が当たり前になっているのだろう。

 何故憎しみ合って、争っているのだろう。

 お互いの優劣を、戦闘の結果で証明しようとしているから?

 しかし、戦う彼らの形相を見るに、もっと他の部分に原因があるように思えた。


 渋い実に顔を顰めながら、思考に沈んでいたエルフィスザークだったが、ふと我に帰った。

 気付けば、目の前に“ナニカ”がいたからだ。


「――――」

 

 どす黒い化物だった。

 楕円形の体から、四本の脚が生えている。

 顔らしき部分に目はなく、口と思しき穴が開いているだけだ。


 エルフィスザークの知る、どの魔物とも違う異形。


「――――」


 エルフィスザークが息を呑むと同時、化物が襲い掛かってきた。 

 四本脚で地面を蹴って跳躍してきた化物に対して、反射的に魔眼を叩き込む。


「なっ」


 灰燼爆が直撃するも、化物は動きを止めなかった。

 黒い泥のようなものを撒き散らしながら、エルフィスザークの眼前に迫る。

 魔腕で迎え撃とうとするも、化物の方が早かった。


「――あ、が」


 化物の脚が二本、エルフィスザークを貫いた。

 一本は左目を、もう一本は腹部を大きく抉る。

 

『――――』


 化物の腕がビクビクと脈動し、エルフィスザークの血肉を体内に取り込んでいく。

 これだけでは足りぬと、大きく口を開き、化物が喰らいついてくる。

 その瞬間にエルフィスザークは灰燼爆を、化物の顔面に叩き込んだ。


「う、ぁ」


 至近距離の爆発に巻き込まれ、エルフィスザークが宙を舞う。

 その先にあったのは、深い谷だった。

 体を抉られた痛みに身動きすら取れず、エルフィスザークは谷の底へと転落していった。


 ――これが、エルフィスザークの初めての敗北だった。


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