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第六話 『死』

5巻が1/30に発売になります。

表紙絵や詳細など、活動報告に書きましたので、良かったら見てください。

 

 脳の奥が、ツンと痛んだ。

 目の前の惨状を、脳が理解することを拒もうとしている。


 通路に広がる、鼻を突く鉄の匂い。

 一歩前に踏み出すと、血溜まりがピチャと揺れた。

 冷え切った通路に、ぶちまけられた臓物が湯気を立てていた。


「う、ぁ……? あれ、ボク……」


 地面に伏せったアイドラーが首を傾け、自分の下半身に視線を向けた。

 そこにはあるべき両脚と臀部がなく、大量の血液とそれに浮く臓物が揺蕩っているだけだ。

 引き攣ったような息を漏らし、アイドラーが力なく首を戻した。


「あーあ……。伊織君の死相が、見えた時……こんな風になるんじゃないかと思ったけど。あ、はは、そっか。まさか本当に、こんな……」

「黙ってろ! すぐに治癒魔術を掛けてやる!」

「い、や……それより、次が来るよ」


 大穴が空いた壁の向こう側から、無数の光がこちらに飛来しているのが見えた。

 魔技簒奪スペル・ディバウア魔毀封殺イル・アタラクシアを同時使用した瞬間、壁をぶち破って光弾が城内を蹂躙していく。

 こちらに向かってきていた暴龍達も、破壊の光に巻き込まれ、跡形もなく消し飛んでいくのが見えた。

 数秒ほど光弾が城内を蹂躙し、魔毀封殺にヒビが入ったところで止んだ。


「“雨”の攻撃だろう、ね。魔族を退避させていたのは、ボク達を魔王城ごと吹き飛ばすつもりだったからか……。同盟軍と戦ってる間は大丈夫だと……思ってたんだけど……油断しちゃったね」


 新しく魔毀封殺を生み出してから、すぐにアイドラーの治療に取り掛かろうとする。

 だが、俺の使える治癒魔術ではどうしようもないことは、ひと目で分かった。

 ありったけの治癒魔術を使用するが、アイドラーの傷が塞がることはなかった。


「クソッ! その傷を治せる治癒魔術はないのか!? お前なら、知ってるんじゃないのか!」

「あはは……。流石に、これはボクでもどうしようもない……ね。エルフィスザークなら、違ってたのかもしれないけどさ」


 自分の血に噎せながら、アイドラーは諦めたように笑う。

 どうすることも、俺にはできない。


「どうして、俺を庇ったんだ」


 魔術的に遮断された城の中からでは、外の攻撃に気付くことができなかった。

 だが、アイドラーは攻撃を受ける直前に気付いていたのだ。

 その上で、自分の身を犠牲にして俺を庇った。


「そりゃ……ね。非力なボクだけ生き残っても、どうしようもないし……」

「この城からでも、お前なら逃げることくらいできただろ……?」

「まあね。でもさ……ほら」


 アイドラーが、血塗れの顔で微笑む。


「ボク達……仲間でしょ……?」


「――――」


 仲間。

 俺と、アイドラーが?


「そんなに、びっくりした顔しなくても良いのに……ほんと、伊織君は酷いなぁ……」


 利害の一致から、行動はともにしていた。

 お互いに利用し合う関係だと、その程度にしか考えていなかった。


「お前……」

「まあ、態度を見れば、分かるよ? 君……いつボクが裏切っても良いように、ずっと気を張ってたもんね……?」


 その通りだ。

 俺はこいつを、“死神”アイドラーを信用したことなど、一度もなかった。


「けど、さ。ボクは結構……楽しかったんだ。こんな風に……誰かと行動をともにして、騒ぐのなんて、久しぶりだったから……。そんなことをできる人は……ずっと前に、いなくなっちゃったからさ……」


 そう言って、アイドラーは大きな血の塊を吐いた。


「……ちくしょう。……ボク、死んじゃうのかぁ」


 しばらく、強がるように笑っていたアイドラーだが、次第に呼吸が浅くなってきていた。

 顔色も土気色に変わってきている。

 俺の手を、アイドラーが弱々しく握った。


「……やだよ。死にたくないよ」


 小さく、アイドラーが言葉を溢した。


「せっかく……ここまで来たのに。こんなの、あんまりだよぉ……」


 桃色の瞳から、ポロポロと雫が零れ落ちる。

 

「嫌だ……伊織君、助けてよぉ! 死にたくないよ」


 どうすることも、できない。


「……っ」


 嗚咽を漏らすアイドラーに、掛ける言葉がない。

 俺にはアイドラーの手を握り返すことしか、できなかった。

 

「……ねぇ、伊織君」


 しばらくして、アイドラーが涙を拭った。


「ボクの正体には、もう気付いてるんでしょ?」

「……ああ」

「こんなところに……こんな世界に喚んでしまって、ごめんね」


 そうか……。

 やっぱり、お前は。


「権能も、神気も全部失って……何もできない役立たずで……。ちゃんと導けなくて、ごめんね」

「そんなことはない。エルフィを救出する時も、ヒルデ・ガルダの時も、お前のお陰で上手くいったんだ。だから役立たずなんかじゃない」

「仲間として……ボクを……信じてくれる……?」

「当たり前だ」


 良かった、とその顔に笑みが浮かんだ。


「ボクは……無茶、しすぎたせいで……もう駄目みたい。けど……君達なら、きっと大丈夫。外から攻撃してきた“雨”も……きっとマリアが止めてくれる……」


 俺の手を掴んでいた指から、ゆっくりと力が抜けていく。

 

「今、俺がお前に何かできることはあるか?」

「……これ、を」


 渡されたのは、白い指輪だった。

 受け取った瞬間、内包されている魔力の量に驚いた。


「はめ、て」


 言われるまま、指にはめる。

 直後、スッと体が軽くなった。

 チリチリと『勇者の証』に熱が走り、魔力が満ち溢れるのを感じた。


「ボクの加護を……あげる。伊織君。……お願い。オルテギアを……あいつを……倒して……」

「ああ。任せろ。俺とエルフィで、オルテギアは倒してみせる」


 大きく息を吐くと、そのままアイドラーの全身から力が抜けていった。


「……じゃあな。メルト」


 俺の言葉に、口元に小さく笑みを浮かべ――。


 アイドラーは、そのまま息を引き取った。



「――一つ、貴様に問いたいことがある」


 玉座に腰掛けたまま、オルテギアは抑揚のない声音でそう言った。

 憎悪と殺意を瞳に浮かべ、今にも飛び掛かろうとしていたエルフィスザークは無言で先を促した。


「エルフィスザーク。貴様は、何のために生まれた?」

 

 予想していなかったオルテギアの問いに、訝しげに眉をひそめる。

 目の前の男から、そのような哲学めいた問いを投げかけられるとは思っていなかった。


「知れたこと。魔王となり、魔族と人間、亜人種との戦争を終わらせるためだ。すべての同胞が安寧の中で暮らせる世界を実現させるために、私は生まれてきた」


 一切の淀みなく、エルフィスザークは己の生まれた理由を口にする。

 オルテギアは、黄金の瞳を僅かに細める。


「そうか。貴様は、自身の生誕に意味を見出しているのだな」

「……?」


 どこか羨望がこもったオルテギアの呟き。

 目の前の男は、一体どんな意味があってこのような問いを投げかけてきたのか。

 エルフィスザークの疑問は、次のオルテギアの言葉で解消されることとなる。


「私は、私が生まれた意味を見つけられないでいる。オルテギアという個は、一体何のために生まれたのか。他ならぬ貴様の答えを聞けば、何か答えが見つかるのではないかと思ったのだがな」


 僅かに落胆した表情のオルテギアを見て、エルフィスザークは鼻を鳴らした。


「くだらんな」

「……何?」

「自分が何のために生まれたのか、だと? 笑わせるなよ、オルテギア。随分とふざけたことを言うのだな」


 あまりのくだらなさに、思わず溜息を吐きたくなる。

 伊織がこのような問いを投げかけてきたら、何時間か説教をしなければならなくなる。

 そんなことを宿敵に問い掛けられた日には、怒りを通り越して呆れしか出てこない。


「己が生まれた理由は、貴様がしているような探し方をして見つかるような物ではない」

「では、どのようにして見つけるというのだ」

「それを貴様に答えてやる義理が私にあると思うか? それに生まれた意味を貴様が見出す必要はない。貴様は今、これから、死ぬことになるのだから」


 その言葉の直後、玉座に腰掛けていたオルテギアが爆発に呑み込まれた。

 紅蓮の地獄が顕現し、室内に爆炎が迸る。


「――そうだな」


 冷えた声音とともに、爆炎が弾き飛んだ。

 先程と変わらず玉座に座ったままのオルテギアが、無傷のまま頷く。


「生憎と、私も死ぬわけにはいかん。そして、貴様の生まれた意味が実現することもない。ここで死ぬのは貴様だからだ。エルフィスザーク」


 オルテギアが、玉座から立ち上がった。

 エルフィスザークの頭上から、漆黒の大剣が振り下ろされたのは直後だった。

 大剣を握るオルテギアの姿が、一瞬の内にエルフィスザークの正面にあった。


「――――」


 息を呑む、間もない。

 踏み込みに床を粉砕しながら、エルフィスザークは全力で刃を回避した。

 生じた斬撃の威力に部屋の後方が真っ二つに両断される。


「“魔眼・灰燼爆”」


 間髪入れずに撃ち込んだ魔眼だが、オルテギアは意にも介さない。

 爆心地に立ちながら、オルテギアの肌には火傷の一つも刻まれていなかった。


 ――オルテギアの持つ特性、魔力による圧倒的な防御力。


 オルテギアの身を覆う魔力は、あらゆる攻撃を弾く鎧となる。

 溜めもなく魔眼を撃ち込んでも、オルテギアには一切通用しないだろう。

 それを理解した上で、エルフィスザークは次々とオルテギアに魔眼を撃ち込んでいく。


「無駄だ」


 退屈そうに呟き、オルテギアは大剣を振った。

 魔腕を発動し、即座に防御態勢を取るエルフィスザーク。

 しかし、漆黒の斬撃が煌めき、その刹那には腕から血を吹き出しながら大きく後退させられていた。


「……ッ」


 その言葉を否定するように、エルフィスザークは吶喊する。

 魔脚を使って瞬く間に距離を詰め、渾身の魔腕を叩き付けた。

 しかし、腕を通して伝わってきたのは、破壊の手応えではなく、弾かれた衝撃だった。

 オルテギアが大剣を使用して放ったカウンターを受け、鈍い音を立てながら腕の骨が砕け散る。

  

 これ以上オルテギアの間合いにいるのは致命的だと判断し、エルフィスザークは魔眼を放ちながら距離を取った。

 事も無げに魔眼を大剣で両断したオルテギアは、追撃するでもなく言った。


「心臓を持たぬ貴様など、私の敵ではない」


 劣勢に立たされたエルフィスザークを侮蔑するために発せられた言葉ではない。

 それは、純然たる事実だった。

 心臓を持たず、全力を出せないエルフィスザークではオルテギアの相手にすらならない。

 そんなことはここに来る前から知っている。

 だからこそ、伊織とタッグを組んでオルテギアと戦う作戦を立てていたのだから。


 今のエルフィスザークはオルテギアには勝てない。

 ならば、自分が取るべき行動は――。


「――私は、貴様の配下にいたままでも良かった」


 頭で作戦を練るエルフィスザークに向かって、唐突にオルテギアが言った。


「四天王として、あのまま貴様に従っていても良かったのだ」

「何だと?」

「だが、貴様は甘かった。致命的なまでにな」


 ふざけるな、と魔眼を撃ち込むエルフィスザークに構わず、オルテギアは言葉を続ける。

 

「人間や亜人との共存など、不可能だ。我々は、どちらかが滅びるまで争い続ける宿命にある。貴様に従っていても、他種族の脅威は消えはしない。私は死にたくないのでな。死の危険性を排除するためには、貴様の理想は邪魔だった」

「私はそうは思わない。人間も、魔族も、亜人も、手を取り合って生きていける。魔族の私と、人間の伊織がここまで歩んでこられたように、他種族同士でも争わずに共存できるはずだ」

「理想論だな」


 短く吐き捨てるオルテギアに、


「そうとも。だが、私はすべての魔を統べる王だ。理想を実現出来ずしてなんとする」

「…………」

「すべての種族が平和に暮らせる世界を作る。――そんな理想を実現させるために、私は魔王を志したのだ」


 圧倒的な実力差を理解した上で、エルフィスザークの戦意は微塵も衰えない。

 全身から溢れ出す魔力は、それまで以上に高まっていた。


「……愚かだな」


 失望したように、オルテギアは目を細める。

 刹那、エルフィスザークの魔腕と、オルテギアの魔剣が激突した。

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