第四話 『死神の決意』
――空から降り注ぐそれは、死だった。
雨粒の一つひとつが、人を殺して余りある強力な威力を持っている。
各国は即座に上空に結界を張り、降り注ぐ魔術を防御する。
しかし、どの国も完全に防ぎ切るまではいかなかった。
戦士の多くが雨に打たれ、瞬く間に命を落としていく。
そして、レフィーゼの作った好機を四天王達は見逃さなかった。
突撃命令を出し、大きく陣形の崩れた同盟軍に向かって苛烈な攻撃を加えていく。
特に甚大な被害を被ったのは、王国だった。
結界で魔術は凌いだものの、直後に訪れた四天王の襲撃に耐えることができなかったのだ。
亜人軍が援護しようとするも、大量の魔物によって身動きを封じられてそれも敵わない。
やがて、王国軍の最奥部にまで、飛行可能な魔族が襲撃を仕掛けてきた。
「馬鹿な!? 選定者は何をやっている! 亜人どもはどうしたのだ!?」
メルトのお告げによって戦場にいた国王が、部下に怒鳴り散らす。
しかし、この現状を変えることは不可能だった。
元々王国は、戦闘においては他国に一歩劣る。
それをリューザスや選定者、勇者というような強大な個によって補ってきたのだ。
主力を失った時点で、王国の敗北は決定していた。
「こんな馬鹿な! メルト様のお告げ通りに勇者を召喚したというのに、何故こんなことになるのだッ」
直後、強大な魔族の攻撃により、王国の本陣は壊滅した。
逃走しようとした国王も、魔族の攻撃に巻き込まれ死亡することとなった。
◆
王国軍が致命的な被害を受けている最中。
一つの戦場を睨み、レフィーゼは苦々しく呟いた。
「やはり、簡単にはいきませんか」
彼女の視線の先には、ほぼ無傷で“雨"を凌ぎ切った聖堂騎士達の姿があった。
上空に展開された聖唱魔術“神は我を見捨てず”が雨の大半を弾いた。
それに加え、騎士達は慌てることなく、各々で雨に対応し、レフィーゼの攻撃を耐えきったのだ。
聖唱魔術を発動したのは、一番隊隊長のマリアだ。
しかし、いくらマリアが強くとも、戦場すべてをカバーする結界を張ることは不可能。
それを可能にしたのは、二番隊隊長レオの心象魔術による効果だった。
即座に騎士達の魔力をマリアに譲渡し、彼女の力を爆発的に強化したのだろう。
王国には大打撃。
亜人軍、帝国軍、連合国軍にもある程度の損害は出せた。
しかし、ここにおいて教国の強さだけが異彩を放っていた。
どちらにせよ、事前に想定していたほどの被害を出せなかった。
まるで、“雨”の存在を事前に知っていたかのような対応速度だ。
これはでレフィーゼが表に出ていない以上、人間と亜人がこちらを知っているはずはないのだが――。
「ッ」
直後、そんな思考が斬り裂くようにして、遥か遠方から剣が投擲されてきた。
横に移動し、間一髪のところで剣を回避するレフィーゼ。
剣が飛んできた方向を強化した視力で見ると、こちらを睨む灰髪の女性の姿があった。
「マリア・テレジア・シュトレーゲン。やはり、私の存在に気付いていた。だとしたら、一体どうして」
レフィーゼがその疑問の解を見つけるよりも早く、聖堂騎士が動き出した。
魔術部隊が再び一斉掃射し、迫る魔物を片付ける。
それから間髪入れず、マリアとロザリオの率いる騎兵部隊が突撃した。
彼らの進撃を阻まんと多くの魔族が立ちはだかるも、その勢いは留まることを知らない。
少数の騎兵が、龍種を容易く屠っていく異様な光景が広がっていた。
これも、レオの心象魔術による効果だ。
後退している部隊の力を、騎兵達に譲渡している。
これによって、騎兵部隊は恐ろしいほどの突撃力を発揮していた。
「これ以上、好き勝手にはさせん」
魔族の部隊を率いて、“粉砕”ガルバが騎兵部隊の前に立ち塞がった。
ガルバは、広義で炎属性魔術に分類される、振動の魔術を使用する。
あらゆる物体を高速で振動させ、破壊するその能力から、彼は“粉砕”と呼ばれているのだ。
「砕けよ、忌々しい騎士ども」
剣を掲げ、突撃してくる騎兵達に向け、ガルバは腕を振り下ろす。
直後、乗っていた馬ごと、騎兵達は肉塊と化した。
防御の魔術を発動するも、ガルバの振動はそれを容易く砕いてしまう。
防ぐことすらできない不可視の攻撃に、近付くことすらできない騎兵達だったが――、
「実に、実に、哀しいですね」
そんな高い声音とともに、振動の攻撃が両断された。
「見えないのなら感じれば良い。防げないのなら斬れば良い。未知の攻撃への対処など、神への信仰心とともに積み上げてきた鍛錬で可能なはず。それができずに散っていった方々の未熟さが、私はどうしようもなく哀しい」
女性のようなサラサラとした長い水色の髪に、中性的な顔出しの美丈夫が立っていた。
「お初にお目にかかります。私はロザリオ・スレイ・ファーヴニル。神の下僕です」
「悪名高い“戦狂士”か。嫌というほど、聞いた名前だ」
「それは重畳。貴方達に悪名が届いているということは、我が神にも私の名が届いているということ。さらに、さらに、貴方達を狩り尽くして、励まなくては」
舞うように馬から飛び降り、ロザリオは微笑みを浮かべたままガルバに斬り掛かってきた。
一切の殺気を感じさせない接近に目を剥きながら、ガルバは刃を回避する。
回避の最中、不可避の振動を放つも、ロザリオは驚異的な勘の良さで躱していく。
型にはまらない、実戦で鍛えられた身のこなし。
恐ろしいほどの勘と、それに対応できる瞬発力。
そこにレオの心象魔術が合わさり、ロザリオの刃は四天王にすら迫っていた。
そして、ロザリオがガルバを足止めしている間。
マリアは、真っ直ぐにレフィーゼに向かって突き進んでいた。
立ち塞がる一切を蹴散らし、マリア率いる一番隊は走る。
「確定ですね。同盟軍……少なくとも、教国は私の存在を知っている。その上で、私を優先して潰そうと動いている」
遠巻きにそれを見ながら、レフィーゼは確信した。
同時に、言い表すことのできない奇妙な不安を感じ始めていた。
「報告通りならば、勇者とエルフィスザークは必ず魔王城に攻め入ってくる。魔王軍と同盟軍がぶつかっている、このタイミングを逃すはずがない」
故に、本気を出す必要がある。
他国はともかくとして、教国だけは早々に手を打っておかなければならない。
隊長一人ひとりが四天王に迫る実力を持つ教国を潰すには、四天王以上の力を持つレフィーゼが動くしかない。
「速やかにマリア・テレジア・シュトレーゲンを仕留め、オルテギア様の下に戻らなけれなば」
◆
「――みたいなことをレフィーゼは考えるだろうけど、しばらくは大丈夫なはずだよ。マリア・テレジア・シュトレーゲンは強い。今だったら、伊織君の次くらいに強い人間だろうからね。“雨”を殺せるかどうかはともかくとして、マリアを相手にすれば、レフィーゼは身動きが取れなくなるはずだ」
アイドラーの言葉に頷きながら、俺は前方に見える建築物を睨み付ける。
魔王軍と同盟軍が本格的に戦い始め、“雨”が戦場に出てからすぐ。
俺達は気配を遮断したまま、魔王城が見える位置までやってきていた。
「でも万が一には気を付けてね。オルテギアとレフィーゼの二人が相手になれば、今の君達ではひとたまりもないだろうからさ」
「無論だ。“雨”の力は、私が一番分かっている。レフィーゼが帰ってくるよりも早く、オルテギアを殺せば良いだけのことだ」
どちらにせよ、オルテギアを倒すのに時間を掛ければ俺達に勝機はない。
魔族を大量に控えている魔王城に忍び込む以上、どれだけ早くオルテギアを殺せるかに掛かっている。
しかし、
「本当にお前も魔王城に付いてくるのか、アイドラー」
俺とエルフィの後ろから着いてきているアイドラーに向けて、気になっていたことを聞いた。
俺とエルフィは当然、魔王城に行く。
ベルディアは、脱出時や不慮の事態に備えて待機してもらっている。
アイドラーも、ベルディアと待機するのが良いと思っていたのだが。
「うん。ボクも着いていくよ」
「お前、戦闘能力はないんだろう? 魔王城に来るのは危険だろ。大丈夫なのか?」
「全然大丈夫じゃないよ。流れ弾が当たったら、即死だろうしね」
「では、何故付いてくる。ベルディアちゃんと一緒にいた方が安全だろう」
俺達の問いに、アイドラーが答える。
「確かに安全と言えば、そうだね。けど、ボクは覚悟を決めたんだ。ここで君達が勝てなければ、どのみちボクも殺されることになる。だったら、近くにいて少しでもボクができることをしたいんだ」
普段と違う、真剣な表情でアイドラーはそう言った。
それを聞いても、エルフィはアイドラーの動向には反対のようだった。
まっすぐに桃色の双眸に見つめられ、俺は息を吐く。
「……勝手にしろ。ただし、足手まといになりそうだと判断したら置いていく。お前もすぐにベルディアの下に帰れ」
「うん、もちろんだよ」
「……伊織がそう判断するのなら、それで良い」
エルフィは何か言いたげだったが、結局何も言わなかった。
「行くぞ」
それから、俺達は魔王城に向かった。
9章序盤終了です。
更新は一旦ここまで。続きはまた小分けにして更新します。
次の更新は1月予定です。




