第十五話 『動き出す世界』
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グランシルク帝国の首都たる、帝都ヴァンデル。
強固な城壁に覆われているヴァンデルは、城殻都市とも呼ばれている。
その護りは非常に強く、未だに破られたことはない。
構造上、帝都の上空には城壁は存在しない。
だが、有事の際には強大な結界が展開され、上からの攻撃も寄せ付けない。
魔力のコストの問題上、魔王軍と事実上の停戦状態である現在は結界は張られていないが、それでもヴァンデルはレイテシアに存在する各国の中でも、三指に入る安全な都市と言えるだろう。
そんな都市に、各国からの来訪者が集まっていた。
彼らは帝城の中へ案内され、広い一室で待機している。
椅子に座り、会議が始まるのを待っているのは、各国の首脳達だ。
そして、椅子に座る彼らの後ろには、護衛として連れてこられた者達が控えている。
「のう、マリア。偉い人が集まる会議じゃし、甘い菓子とか出てきたりするのかの?」
堅苦しい部屋の中で、一人の少女が場違いに明るい声を出した。
サイズのあっていないローブを身に纏った、栗色の髪の少女だ。
琥珀色の瞳を眠そうに細め、あくび混じりに隣に立っている女性に話しかけている。
彼女の名は、クリス・グリムノーツ。
帝国を守るために結成された、護帝魔術師の筆頭である。
かの“大魔導”と競い合ったことがあるほどの、天才魔術師として知られている。
「恐らく、今回の会議は長丁場となる。茶菓子程度は出るはずだ。もし出なかったとしても、私が来る前に買ってきた個人用の菓子がある。会議の後ならば、振る舞おう」
クリスの問いに答えたのは、蒼銀の鎧を身に付けた灰髪の女性だ。
その名を、マリア・テレジア・シュトレーゲン。
教国が誇る聖堂騎士団の一番隊隊長にして、団長でもある。
「わーい、やったのじゃ! どんな菓子かの?」
「シュメルツの近くで取れた、麦を使った甘い菓子だ。サクサクとしていて非常に美味で、私も好んで食している」
嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねるクリスに、マリアは至って真面目な表情で答えている。
しかし、そんなやり取りをしてすぐに、マリアは眉をひそめ、クリスに問いを投げ掛けた。
「不躾な質問ですまないが、貴殿はクリス・グリムノーツで間違いないのか? 前に会った時は妙齢の女性だったと記憶しているのだが」
「ああ、それは儂の母じゃよ。実はの、クリス・グリムノーツは世襲制なのじゃ」
「何と。そうだったのか。先代のクリス殿には随分とお世話になった」
「いやいやいや、お嬢ちゃん何コロッと騙されてんのよ」
驚きに目を見開き、クリスの言葉を素直に受け入れるマリア。
そこへ、マリアの向かい側から呆れ声でツッコミが飛んできた。
「クリスさんは、全身を魔術で弄くり回して、挙句の果てに魔力付与品とかを埋め込んだりしてる。だから姿形が定期的に変わるのさ。俺が前に会った時は、ボンキュッボンの姉ちゃんだったんだぜ?」
うへぇ、とクリスに向かって嫌そうに視線を向けながらそう口にしたのは、青みがかった黒髪の中年男性だった。
顔には歴戦を思わせる傷がいくつも刻まれているが、浮かべている表情のせいか見る者に厳ついイメージを感じさせない。
世間的には気の良いオッサンと呼ばれるような、そんな男だった。
男の名は、ガーダル・アガロンテ。
連合国に所属する冒険者だ。
代表議会から直々にスカウトされた、五人しかいないSランク冒険者の一人。
気の良さそうな態度ではあるが、この場においても周囲への警戒をまったく怠っていない。
「これガーダル! つまらんネタばらしはやめるのじゃ。せっかくマリアをからかって遊んでおったののに!」
「聖堂騎士のトップをからかって遊ぶなよ婆さん! ただでさえアンタ、異端っぽいことばっかしてんだから、ちょっとは自重してくれ! もし戦いになったら、外に出てやってくれよ!」
言い争う二人を見て、マリアは「ふむ」と興味深そうに顎に手を当てる。
「つまり、クリス殿は前のクリス殿と同一人物か。魔術で容姿を変えるとは、中々に面妖なことをする。だが、興味深いな。実は、私も美容には気を使っているのだ。クリス殿はどのような方法で若さを保っているか教えてもらっても良いか?」
「企業秘密じゃ」
「……そうか。残念だ」
「いやいやいや、美容とかそういうレベルじゃないからな、この婆さんは!」
クリスの体で、魔術が使われていない部分は一つも存在しない。
四肢、頭、髪、皮膚に至るまで、魔術と魔力付与品によって改造が施されている。
容姿を若いままに保てる者はいても、外見をコロコロ変えることができる人間は、クリス以外には存在しないだろう。
「けど、クリスさんよ。何でまた、そんな戦いにくそうな体にしたんだ? 筋肉隆々の体とかでも良かったんじゃねえの?」
「たわけ。そんなん鏡見るたびにうへぇってなるじゃろうが。鏡を見て、儂可愛い! ってなるのが楽しいから体をコロコロ変えているまであるからの、儂!」
「ろくでもねえなおい」
呆れ顔のガーダルから視線を外し、クリスはニヤニヤと笑みを浮かべてマリアに話しかける。
「実はの。今、巷ではロリババアというのが流行っとるらしいんじゃ」
「ロ……リ?」
「ロリババアじゃ。中身や口調は老人のものなのに、外見は可愛らしい童のことを指す。今後、ロリババアは世界的に有名になるから、マリアも勉強しておいた方が良いぞ」
「ロリ、ババア。ロリババアだな。よし、覚えた。帰ったら、ロザリオ達に教えてやろう」
「だから、変なこと教えんじゃねえよ! そんなん聞いたことないわ! てか、嬢ちゃんもコロッと騙されないでくれよ!」
そんなやり取りをしている内に、部屋の中に各国の要人達が入ってくる。
オンリィン王国の国王。
その護衛として連れてこられた、選定者。
そして、古強者として知られる退役騎士、レンヒ・アベンジャー。
亜人自治区から代表としてやってきた三人の代表。
妖精種代表、ミカエラ・ルミナリエ。
土妖精代表、ゴッサム・ボッサム。
人犬種代表、アインス・ドルグレン。
三人とも、大森林の中でも上位に入る実力者として知られている。
「どうやら、全員揃ったようだな」
やってきた者達が席に付いたのを確認し、それまで黙していた皇帝が口を開いた。
「では、世界の命運をかけた会議を始めるとしようか」
◆
帝国に各国の重鎮が集まったのは、会議を開くためだ。
数ヶ月前から、相次いで五将迷宮が陥落していっている。
各国を悩ませていた迷宮がここまで減った今が、魔王軍を叩く好機となる。
さらに数日前、魔王領の方向から異様の魔力が広がるのが確認された。
同時に、各地の魔物が活性化し始めていることから、オルテギアが復活したのではないかと推測されている。
オルテギアが目覚めれば、否が応でも状況が動く。
それならば、こちらから動くことでイニシアチブを握ろう、というのが各国の共通認識だ。
これからどのようにして魔王領に軍を送り込むか。
そのことについての議論が始まろうとした時だった。
「その前に、一つ王国にお聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
教国の教皇が挙手して、国王に視線を向ける。
「王国は、我々に何か隠しているのではないですか? それも、魔王軍と戦う上で、非常に重要なことを」
教皇の指摘に、国王は目を見開いた。
脂で光っている額から、汗が流れる。
「あ、ああ……。リューザス・ギルバーンがこの場にいないことに関しては――」
「それも気にはなりますが、それ以上に重要なことです。教国は、王国が秘密裏に勇者を召喚したのではないかと考えています」
「ッ!?」
迷宮の陥落が、王国から始まって線のように続いていること。
奈落迷宮が陥落する数ヶ月前から、王国が各地から大量の魔石をかき集めていたこと。
教国内で、勇者と思わしき人物が目撃されていること。
それらを、教皇は滔々とした口調で語る。
「!」
「まさか」
それを耳にして、連合国の代表と、皇帝が同時に声を漏らした。
そして、煉獄迷宮、死沼迷宮を陥落させたのは、二人の冒険者の存在があったと口にする。
その容姿は、教国内で目撃された人物と一致していた。
「もう一度、お聞きします。我々に隠していることが、あるのではないですか?」
「い、いや、それは……」
国王が、なおも言い逃れようとした瞬間だった。
「――――」
教皇のすぐ背後から、凍えるような殺気が国王に向かって放たれた。
マリアが、表情の抜け落ちた表情で国王に視線を向けている。
聖堂騎士には、神に報いるためなら命を惜しまない者達が存在する。
実力差や、人数の差など関係なく、神敵に斬りかかっていく狂信者が。
マリアは、その一人だ。
“聖光神”メルトの威光を穢す者は、例え一国の主であっても容赦はしないだろう。
「陛下。申し訳ないけど、彼女相手じゃ守りきれないよ」
マリアの殺気に反応して、国王の護衛たるレンヒと、選定者が身構えている。
だが、彼らが全員がかりでもマリアに勝てないのは瞭然だった。
レンヒの言葉に、国王は観念して口を開いた。
「……確かに、王国は勇者を召喚した」
国王の一言に、部屋中でざわめきが起こる。
勇者を召喚した。
それは、各国にとっての希望に他ならないからだ。
しかし、国王はすぐに言葉を続けた。
「だが、これは王国の総意ではない」
「それは、どういう意味ですか?」
「先ほども名を出したが……此度の召喚は、リューザス・ギルバーンが独断で行ったことだからだ」
再び、ざわめきが起こる。
リューザス・ギルバーンと言えば、三十年前の戦いでアマツとともに戦った英傑だ。
彼の存在は、王国だけでなく、各国にとっても大きな意味がある。
国王は語る。
リューザスは、その権力を用いて独断で勇者を召喚した。
しかし、正式な召喚でないため、喚び出されたのは『勇者の証』を十全に扱えない者だった。
だとしても、メルトによって選ばれた存在。
王国は勇者を手厚くもてなそうとしたが、リューザスはまたもや独断で勇者を奈落迷宮に連れ去った。
どうやったのかは不明だが、リューザスは勇者とともに奈落迷宮を討伐した。
それだけならば良かったが、リューザスは勇者とともにそのまま姿を晦ましてしまった。
王国は勇者を連れ戻すために、選定者にリューザスを追わせた。
その後、リューザスを発見したが、勇者を見つけることができなかった。
選定者達は勇者の居場所をリューザスから聞き出そうとしたが、戦闘になってしまった。
選定者のほとんどが死に、その末にリューザスも死亡した。
現在も勇者のことは探索しているが、見つかっていない。
「魔王軍にこのことを知られれば、勇者を殺そうとするだろう。そのため、我々は勇者を保護するまでは、勇者の存在を伏せることにしていたのだ」
国王の言葉に、その場の全員が黙り込む。
勇者は行方不明で、リューザスは死亡した。
選定者の多くが死に、王国は大きく戦力を失った。
最悪な状況だ。
「……嘘じゃろ? リューザスの奴、死んだのか……?」
そんな中で、呆然とクリスが口を開く。
「負けっぱなしのままじゃから……今度こそ、勝ってやろうと思っとったのに」
肩を落とすクリスに、室内の空気がより重くなる。
このままではいけないと、皇帝が口を開こうとした時だった。
『――聞け、愚かな人間と亜人どもよ』
帝都の上空から、声が響き渡った。
◆
帝都ヴァンデルの上空で、無数の魔物が飛んでいた。
その内の一匹、他の魔物よりも二回り以上大きな個体が、牙の生えそろった口を大きく開く。
『我が名はゴルバルド。偉大なる魔王、オルテギア様の配下である』
ゴルバルドと名乗った龍種が、魔術を使って声を帝都中に響き渡らせる。
『聞くが良い! 我らが王、オルテギア様が復活なされた!! 故に、愚かな貴様らに、終わりを告げに来てやったのだ!!』
地の底から響くような声が、オルテギアの復活を帝都に知らしめる。
これは、魔王軍からの宣戦布告だった。
眼下で悲鳴をあげ、慌てふためく帝国民を見て、ゴルバルドは鼻を鳴らす。
何が帝都、何が城殻都市。
人間と亜人が会議を開く場所と聞いて来てみれば、大したことのないくだらない場所だった。
宣戦布告と様子見に徹するように指示されたが、このまま帰るのは癪だ。
『では……宣戦布告ついでに、帝都を落として帰るとするか』
ゴルバルドが、天に向かって咆哮する。
瞬間、共鳴するように他の龍種が咆哮し、帝城に向かっていく。
帝城に、各国の重鎮がいると聞く。
帝都を落とし、各国の重鎮を殺せば、この戦争は一気に楽になるだろう。
ゴルバルドが率いてきたのは、どれも若い凶暴な魔物だ。
中には、魔物の王とも呼べる、龍種も多くいる。
そして、ゴルバルド自身も、“土魔将”に匹敵するほどの強大な力を持っている。
帝都を落とすなど、造作も無いこと。
最初に帝城へ向かっていった龍種達がブレスを放つのを見て、ゴルバルドは勝利を確信した。
「儂は今、気が立っておる」
そんな声をともに、すべてのブレスが帝城に届く前に弾かれた。
帝城の屋上に、少女が立っていた。
少女が両手を前に突き出すと、掌から筒のような物が飛び出てくる。
「――じゃから早々に逝ね、雑魚ども」
直後、筒から凄まじい勢いで魔術が放たれた。
少女――クリスを襲おうとしていた龍種達が、一瞬で撃ち抜かれて地に落ちていく。
『小癪な……! あの人間を殺せ!!』
ゴルバルドの指示に従って、魔物達が人間に突撃していく。
だが、クリスに届く前に、魔物は別の攻撃によって撃ち落とされた。
「ひー、婆さんが怒ってるよ。おっかねえな」
「あの人は確か、リューザス殿を一方的にライバル視していたからねえ。勝ち逃げされて悔しいのかもしれないね」
「あー……。あの婆さん、どんだけ属性詰め込む気なんだよ……」
軽口を叩きながら、さらに二人の人間が現れる。
Sランク冒険者ガーダルと、王国の老騎士レンヒだ。
二人は会話しながら、近付いてくる魔物を事も無げに倒している。
ガーダルは魔術で魔物の胴体を穿ち、レンヒは斬撃を飛ばして首を刈り取っている。
攻撃は一度として外れず、二人が動く度に魔物は数を減らしていった。
「レンヒさん、やりますね。流石は“英雄アマツ”と一緒に戦ったお方だ」
「全然本気出してないアンタに褒められても、素直に喜べないねえ」
「うへ、見抜かれてるよ。オレはお年寄りと相性が悪いみたいだなあ、どうも」
その間にも、魔物は恐ろしい勢いで数を減らしている。
攻撃しているのは、屋上にいる三人だけではない。
帝城の窓から、三人の亜人が魔術を撃っている。
彼らの攻撃によって、龍種達ですら次々とやられている。
『おのれ……!』
ゴルバルドは、自分の認識が甘かったことを思い知った。
帝城を守っているのは、戦闘に長けた魔族に匹敵するほどの化物達だ。
正面から戦うのは、得策ではない。
故に、ゴルバルドは逃走することに決めた。
ただし、強大な一撃を撃ち込んだ後に。
ゴルバルドは帝城から離れた位置に移動して、強大な魔術を発動する。
『――“崩杭”』
生み出すのは、自身に匹敵するほどの大きさの杭だ。
これが命中すれば、あの連中でもただでは済まないだろう。
『死ぬが良い、下賤な人間ども!!』
ゴルバルドが、魔術を放とうとする直前だ。
「――死ぬのも、下賤なのも、お前の方だ」
声がした。
人間の声が、すぐ近くから。
『な……!?』
声の方へ視線を向け、ゴルバルドは驚愕した。
一人の女が、空を飛ぶ龍種を次々と足場にして、ゴルバルドのすぐ目の前にまでやってきていた。
足場にされた龍種は、巨大な何かに踏み潰されたかのように体をひしゃげさせ、地面に落ちていっている。
その身に纏うは蒼銀の鎧。
そしてそれは、聖堂騎士であることの証。
『まさか……貴様が、最強の聖堂騎士……ッ』
“天稟”マリア・テレジア・シュトレーゲン。
人類最強と呼ばれる聖堂騎士が、ゴルバルドの目の前にいた。
『――――ッ』
狙いをマリアに変え、ゴルバルドは崩杭を放つ。
いくら人類最強であろうと、不安定な足場でこの一撃は受けきれまい。
そう考えた直後、ゴルバルドは、なおも自分の認識が甘かったことを思い知ることになる。
「――――」
マリアは、手にしていた剣を振り下ろした。
それだけだった。
それだけで、崩杭が消し飛び、その先にいたゴルバルドも両断された。
『そ……ん、な』
その言葉を最期に、ゴルバルドの意識は消滅した。
マリアは首魁の死に感慨も見せず、来た時と同じように、龍種を足場にして地上へ戻っていく。
戦闘が始まって僅か十分足らずで、帝都へやってきた魔物達は全滅することとなった。
「片付いた」
返り血一つ浴びず、マリアは帝城の屋上へと降りてきた。
「こっちはこっちでおっかねえ」
「人類最強の名は、伊達じゃないみたいだねえ」
既に他の龍種を片付けていたガーダルとレンヒが、魔将クラスの敵を倒してなお、息すら切らしていない姿に戦慄を浮かべる。
この場においても、マリアの戦闘力は異常だった。
「おお……! 魔物達がこんなにもあっさりと!」
「圧倒的じゃないか……! 勝てる、勝てるぞ!」
窓から戦いを見ていた首脳達が声を上げる。
下から聞こえてくる歓声を聞きながら、マリアは魔物達の死体を見下ろしていた。
そして、見る者を魅了する、美しい笑みを浮かべながら言う。
「――では、戦争を始めるとしようか」
 




