第九話 『遅すぎる答え合わせ』
――三十年前。
仲間と協力し、俺は五将迷宮をすべて突破した。
激闘の末に、四天王も三人まで倒した。
残る脅威は、最後の四天王“千変”ヒルダ、そして“魔王”オルテギアのみ。
すべての迷宮がなくなり、もはや各国は迷宮からの不意打ちを恐れる必要がなくなった。
最後の迷宮が陥落してすぐに、各国は会議を開く。
その結果、総力を上げて魔王領へ侵攻することに決まった。
だが当然、魔王軍も黙っていない。
“千変”率いる軍勢が、勇者パーティが滞在している帝国に襲撃を仕掛けてきた。
これまでとは比べ物にならないほど、大規模な侵攻だ。
各国が準備を整えるまで、俺達は戦力に余裕があった人狼種と協力して、軍勢と戦うことになった。
当時、帝国の近くにあった人狼種の拠点地に滞在し、昼夜問わず襲い掛かってくる魔族を退ける。
それを数日間、繰り返した。
人狼種達と協力し、三度目の襲撃を退けた日の夜のことだ。
俺は、ルシフィナと二人で夜風に当たっていた。
「今日の夜、王国の準備が整ったそうです。他の国も三日以内には準備が終わると報告がありました」
「……最終決戦まで、あと少しだな」
「はい。これで、戦争を終わりにしましょう」
魔王軍の主だった戦力は、オルテギアとヒルダ。
それに、名前の分からない銀髪の魔族くらいだ。
すべての国の軍と、勇者パーティが力を合わせれば、必ず勝てる。
俺達は、そう確信していた。
「ねぇ、伊織さん」
長い金髪を夜風で揺らしながら、頬を染めたルシフィナが囁くように俺の名前を呼ぶ。
鼓動が早くなるのを感じながら、それを表に出さないように努めた。
平静を装って、いつも通りの態度でルシフィナに聞き返す。
「どうした?」
「戦いが、全部終わったら……」
そこまで言って、ルシフィナは言い淀んだ。
酷く悲しげな目をして、躊躇いがちに口を開き、やがて閉じた。
「いえ……。ごめんなさい、何でもないです」
続きを聞かなくても、ルシフィナが何を言い掛けたかは分かった。
戦いが終わった後――俺は元の世界へ返して貰う約束になっている。
そのことを、ルシフィナは気にしているのだろう。
「戦争が終わった後もさ、魔族はたくさん残っているよな。子供とか、女性とか、戦うのが嫌いなのもいるかもしれない」
キョトンとした表情を浮かべ、遅れて「そうですね」とルシフィナが頷く。
「教国あたりは、そういう魔族も皆殺しにしようっていうかもしれない。けど、それは嫌だ。俺は人間と亜人だけでなく、魔族とも手を取り合って過ごせる世界を作りたい」
これは前に、ルシフィナが話していた夢だ。
そして、俺の夢に近いものでもある。
俺は、皆に笑っていて欲しい。
その『皆』には、魔族も含まれているのだ。
「……だから、さ。この戦いが終わっても、俺と一緒に来てくれないか」
「――――」
ルシフィナがはっと息を呑み、目を大きく開いた。
「あ、いや、その、リューザス達も仲間だから、誘うけど、さ。ルシフィナには、何ていうか……。ずっと、一緒にいて欲しいんだ」
銀色の瞳から雫を零し、とびっきりの笑みで、
「――約束ですよ、伊織さん」
ルシフィナは、頷いた。
◆
その後すぐ。
俺達は、ヒルダと最後の戦いに望んだ。
ヒルダは人狼種の一人を脅して、俺を生け捕りにしようとしてきた。
それを逆に利用し、俺達はヒルダとの決着をつけることにしたのだ。
「捕まった振りをして、アタクシを騙すなんてぇ!! 嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき、うぅぅぅそぉぉぉぉつぅぅぅきぃぃぃ――っ!!」
怒り狂ったヒルダが、全身を大きく膨れ上がらせ、巨人のような姿に変貌を遂げる。
その質量を利用して、ヒルダは駄々っ子のように両手足を無茶苦茶に振り回す。
ふざけた攻撃だが、喰らえば一撃で肉塊にされる攻撃に、俺達は中々近付くことができなかった。
「嘘を吐いたら、メルト様の罰が下るって人間は教わってるんッスよねぇぇ!? じゃあ、なんで嘘吐くんッスか!? メルト様の罰が下っても良いんッスか!? 良いんッスね!?」
「いい加減、そのふざけた口を閉じてろォ!!」
そこへ、リューザスが魔術を叩き込んだ。
岩石で構成された無数の弾丸が、雨のように降り注ぐ。
ジタバタと転がっていただけのヒルダは、全身を弾丸で貫かれて絶叫した。
「鬱陶しいんッスよ、その魔術ぅ!!」
すぐさま傷を再生させながら、ヒルダが地面に拳を叩き付ける。
その瞬間、周囲一体が巨大な結界に覆われた。
ズン、と全身が重くなるのを感じる。
「……チッ。身体能力の阻害と、消費魔力増加の結界か……!」
結界に、リューザスの魔術が止まった瞬間。
待ってましたと言わんばかりに、ヒルダがリューザスに襲い掛かった。
「おらぁぁぁ! 神様代わりにアタクシのお仕置き喰らえやぁぁぁ!!」
リューザス目掛けて、ヒルダの巨大な拳が迫る。
「あのさぁ、グニャグニャ体こねくり回してさ、気持ち悪いんだよねぇ!!」
その一撃を、ディオニスが鬼剣で迎え撃つ。
ヒルダの巨大な腕が、鬼剣を受けた衝撃で勢い良く弾け飛んだ。
「ぐ……うううううッ」
よろけたヒルダの顔面を、リューザスの魔術が撃ち抜いた。
その隙に、俺とルシフィナがヒルダに接近し、両足を剣で斬り落とした。
悲鳴を上げ、ズダンと地面に叩き付けられるヒルダ。
「あぁぁぁ!! こんな女の子を寄ってたかって虐めて、アンタらは最低の――」
「うるさい」
「黙っててください」
戯言をほざこうとするヒルダの胴体を、俺とルシフィナが同時に斬りつける。
上半身が千切れ、ヒルダは血を撒き散らしながら地面を転がる。
その最中に、巨人の体を捨て、ヒルダは人間サイズに戻った。
「――ッ!! 鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい!! 本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当の本当に、アンタら何なんッスか!? アタクシの邪魔ばっかりしやがって!! 目障りなんッスよ!!」
叫びながら、ヒルダが魔術を撃ってくる。
魔技簒奪で、即座に無効化した。
顔を歪め、ヒルダは俺ではなくリューザスに向かって魔術を乱れ撃つが、そのすべてをディオニスが防ぐ。
俺とルシフィナが距離を詰めると、ヒルダは魔術をやめて大きく後ろへ飛び退いた。
「はぁ……はぁ……。聞いたッスよ? アンタら、人間と亜人だけでなく、魔族とも共存したいって言ってたそうッスね? 本気でそんなこと言ってるんッスか!?」
「本気だよ。俺達は、戦争を終わらせて、すべての種族が手を取り合える世界を作る」
俺の返答に、ヒルダは身震いしながら、両腕で自分の体を抱く。
「きっも! 気持ち悪くて今、鳥肌立ったッス!! あああ、無理無理無理無理無理無理無理!! そういうの、アタクシ吐き気がして胃がムカムカしてぁああああああああッ!!」
ガリガリと頭を掻き毟り、地団駄を踏むヒルダ。
隙だらけのヒルダに、すかさずルシフィナが斬り掛かった。
無防備な胴体を、『天理剣』で真っ二つに両断する。
だが、ヒルダは死なない。
「アンタ邪魔ぁ!!」
「くっ」
体を再生させるとともに、ルシフィナに蹴りを叩き込んだ。
『天理剣』で受け止めるも、勢いを殺しきれずにルシフィナが俺のいる位置まで下がってくる。
ヒルダはルシフィナを気にも留めず、俺に鋭い視線を向けてきた。
「これだけ殺し合っておいて!! わけが分からない!! そこまでする価値がどこにある!?」
吐き捨てるような、ヒルダの叫び。
「人間は愚昧で、亜人は愚劣で、魔族は愚鈍な者ばかり!! 手と手を取り合うことなんて、できるわけがないッ!!」
すべての種族を悪し様に罵りながら、俺の考えを心底理解できないとヒルダが叫ぶ。
ここまでの戦いで、ヒルダのスタンスはある程度理解していた。
こいつは、本当に自分のことしか考えていない。
たまたま魔族に生まれたから、一番自分が楽しめる組織であろう魔王軍に所属した。
他の魔族に仲間意識はなく、自分以外は等しく玩具程度にしか見ていない。
「お前には、分からないだろうな」
自分のことしか考えられない奴には、一生分からないだろう。
それでも、俺は言った。
これで、こいつと言葉を交わすのも最後になるだろうから。
「俺は『亜人だから駄目』『魔族は穢らわしい』みたいな、差別意識がないんだよ。ただ耳や尻尾が生えていたり、肌の色が違う人間にしか見えない」
「……はぁ?」
「今日、ここに辿り着くまでに、俺は多くの人を見てきた。その多くが辛そうにしていたんだ。戦争に村を焼かれ、家族や仲間を失って、自分自身も傷付いて、人も、亜人も、魔族も、皆が悲しそうにしていた。それを見て、俺は嫌な気分になったんだ。だから、皆が笑える世界にしたい」
「……差別意識がないから、敵である魔族にも手を差し伸べると?」
「ああ。オルテギアのように戦争を望んでいる魔族は多くいる。人間でもそれは同じだ。けど、戦いたくないって思っている魔族も確かにいたんだ。だから、俺はこの戦争を終わらせて、すべての種族が手と手を取り合えるようにしたい」
「……それは、アンタら全員の総意なんッスか?」
「人間や亜人全員が望んでるわけじゃない。けど、俺も、ルシフィナも、ディオニスも、リューザスも、仲間は皆それを望んでいる」
「――――」
ヒルダが、口を閉じた。
遠い日を思い出すように一瞬だけ目を伏せ、小さく息を吐く。
らしくない仕草に、俺は期待してしまった。
「――おっ花畑ッスねぇ」
しかしそれは、ヒルダの嘲笑にやって呆気なく砕かれた。
「プ、プププププ!! あーーはっはっはっはっはっはっは!! 仲間が皆それを望んでいるぅ!? 本当に、本当に、アンタはお花畑ッスねぇ!! あっはっは、面白すぎるのが行き過ぎて――心底うぜぇッス」
「……ああ。お前なら、そう言うと思ったよ」
「悲しんでる人、苦しんでる人、辛そうな人、死にそうな人、悔しそうな人!! そのどれも、人生を愉しむための最ッ高の娯楽ッス!! それをなくそうとするなんて、アンタとあそこのハーフエルフは、脳みそイカれちゃってるんじゃないッスかぁ!? くっだらねぇ!! 他人の不幸ほど、甘いモノなんてこの世には存在しないっていうのに!! アタクシはそれをペロペロ舐めて、ずぅぅぅっと幸せに生きていきたいんッスよねぇ!!」
「……くだらないのはお前の方だよ、ヒルダ。他人の不幸しか愉しめないなんて、お前、可哀想な奴だな」
心の底から、そう思った。
「――はぁ?」
オレンジ色の髪を振り乱しながら、甲高い声で叫んでいたヒルダがピタリと動きを止めた。
狂気を灯していた双眸に得体の知れない何かが混ざり、まるで別人がヒルダの声帯を使っているかのように、声のトーンが変わる。
その雰囲気の変化とともに、全身を舐めるかのような粘着いた空気が俺を包んでいく。
「くだらない……? 何も知らない癖に、随分と知った風に言ってくれる。生きていく上で、最も大切なモノは娯楽だ。君が持つような正義感でも、ルシフィナが持つ慈愛の心でもない。そんなくだらないモノに拘泥している君達にこそ、ワタシは憐憫を覚えてしまうよ」
「……それがお前の本性か?」
「さぁ、どうッスかね。まあ何はともあれ、アタクシは誰かが不幸になってくれないと、生きていけないんッスよ。だからだから、アンタらにはたっぷりと不幸になってもらってぇ――」
先ほどの豹変が嘘だったかのように、ヒルダが元の口調に戻る。
悪意を煮詰めたような凶悪な笑みを浮かべ、身勝手な主張を口にし始める。
「だったら、とっとと死にやがれ」
しかし、ヒルダが最後まで言葉を言い切るよりも早く、リューザスの魔術が割り込んできた。
真上から降ってきた劫火に呑まれ、ヒルダの体が瞬く間に消し炭へと変わっていく。
リューザスは、これ以上は言葉を交わす価値がないと判断したのだろう。
そしてそれは、俺も同感だった。
「……はぁ。面倒な連中ッスね」
ジュッと瞬く間に炎が鎮火し、全身を炭化させたヒルダが姿を現す。
瞬く間に全身が元の状態へと再生していき、数秒後には無傷になった。
「……いい加減学習したらどうッスかぁ? アタクシの体はぁ、常にパーフェクトに保たれる!!」
攻撃は無駄だと、ヒルダはケタケタと嗤う。
ヒルダの言う通りだ。
こいつは、どれだけ傷を付けても殺せない。
跡形もなく消し飛ばそうとしても、肉片が少しでも残っていれば元通りになってしまう。
通常の攻撃は、無意味だ。
だから、
「――う、ぷ」
俺はヒルダの胸を素手で貫いた。
隙だらけのヒルダは、無抵抗のままに貫かれた自分の胸を見下ろしている。
「いやん。いきなりどうしたんッスか? アタクシのナカにそんなモノを突っ込んで」
「お前がどうやって体を自在に変形しているのか、最近になってようやく分かったよ」
「……はい?」
ヒルダは以前、自分をシェイプシフターと言った。
シェイプシフターは魔族に分類される存在の一つだ。
繰り返される戦争で数が大きく減ったらしく、得られた情報は少なかった。
だが、最近になって、決定的なことが分かった。
――シェイプシフターは、体を自在に変形させる“魔術”を使うことができると言われている。
そう、魔術だ。
ヒルダは、情報にあったシェイプシフターとは、比べ物にならないほどに体を変形させられる。
だが、それを可能にしているのが魔術ならば――――、
「――魔力をすべて奪い尽くせば良いだけのことだ」
ヒルダの体内で直接、魔技簒奪を発動させる。
瞬く間に、ヒルダの体内の魔力が減少していった。
「あ……アタクシの体内から、直接魔力を……ッ!?」
「ああ。それで、終わりだ」
「勇者ぁ、お前えぇぇぇぇッ!!」
鬼のような形相を浮かべ、俺に手を伸ばしてくるヒルダ。
だが、届くことはなかった。
「この人には、触れさせません」
ルシフィナが、ヒルダの両腕を斬り落としたからだ。
「あ……あぁ……! やめろっ!! やめろやめろやめろやめろやめろめろめろやめろめろぉぉぉぉ!!」
ジタバタと藻掻くヒルダだが、体を変形するよりも、俺が魔力を吸う速度の方が速い。
暴れ回るだけで、ヒルダは俺から逃れられない。
ヒルダから流れ込んでくる、大量の魔力。
その中にある違和感を覚えながらも、俺はすぐに思考を切り替えた。
「不幸が好きなんだってな」
「……ッ」
目を見開くヒルダに、言ってやる。
「――自分の不幸を、あの世で愉しんでろ」
その言葉の直後、俺はすべての魔力を奪い尽くした。
喘ぐように息を漏らし、ヒルダの目がグリンと裏返る。
そしてそのまま、ヒルダの体が傾ぎ――、
「――これで、終わりじゃないッスよ」
倒れながら、ヒルダが裂けるような笑みを浮かべた。
「な」
「……ッ」
悪寒が走り、俺とルシフィナは即座にヒルダから下がる。
直後、ボコボコとヒルダの体が、風船のように膨れ上がった。
これまでの変形とはどこか違う、不自然な変形。
「は、ははははは!! お前らぁぁ、全員道連れだぁぁぁ!!」
勝ち誇ったような、叫びの直後。
ヒルダの体が光り輝き――爆発した。
それは自爆だった。
ヒルダの体から溢れ出したのは、眩い光だ。
この場にいる俺達全員を呑み込む勢いで、猛烈に広がっていく。
回避しきれない――、そう思った瞬間。
「この身は誰かを守るため。
この手は誰かを救うため。
例え我が身を裂こうとも、誓いは決して朽ちはしない」
早口の詠唱とともに、ルシフィナが魔術を発動した。
「――【誰も傷付かぬ世界で在りますように】」
それは、ただの魔術ではない。
ルシフィナの強い思いから生まれた、心象魔術だ。
真にルシフィナが、仲間を守りたいと思った瞬間にしか発動することができない。
ルシフィナの体から光が溢れ、俺の体を覆っていく。
後ろにいる、リューザスとディオニスの体も同様だ。
この光はあらゆる苦痛を遮断する結界。
――ただし、この結界は発動者であるルシフィナを守らない。
ルシフィナの村は、魔王軍の攻撃によって滅んだ。
その先に、生き残ったのはルシフィナだけ。
そのため、ルシフィナはずっと罪の意識を感じていた。
皆を犠牲にして、自分だけ生き残ってしまった、と。
だから、今度はこの身を犠牲にしてでも、大切な人を守ってみせる。
それが、ルシフィナの心象だ。
「ルシフィナぁぁぁッ!!」
叫ぶのと同時に、光が視界を覆った。
ルシフィナの心象魔術は、光から俺達を完全に護りきった。
一切の傷も、痛みもない。
波が引くように、光が消えていく。
視界が正常に戻った時、傷だらけで地面に倒れているルシフィナが目に映った。
直後、解けるようにしてルシフィナの心象魔術が崩れていく。
「……ッ」
駆け寄り、倒れたままのルシフィナに視線を落とす。
爆風に炙られたのか、ルシフィナの体は全身が焼き爛れていた。
だが、まだ息があった。
「高位治癒ッ!!」
即座に、ルシフィナに治療を施す。
何度も、何度も、治癒魔術を掛けた。
「……伊織さん」
ルシフィナが、薄く目を開く。
「……怪我は、ありませんか……?」
「ああ……」
「……良かったぁ」
ルシフィナは、安堵の表情を浮かべた。
「……お前は、いつもそうだな」
ルシフィナは、いつも誰かのために戦ってきた。
自分を傷付け、自ら危険の前に飛び出して、その身を犠牲にしながら誰かを守ってきた。
傷だらけになって、血塗れになっても膝を屈することのないルシフィナは、誰よりも美しいと思った。
だけど、
「俺は、そんな風にお前に傷付いて欲しくないんだよ……ッ」
ルシフィナは強い。
だから、皆を守って戦える。
皆が、ルシフィナに支えられてきた。
そうやってルシフィナが傷付きながら進むことを許したら。
ルシフィナは、際限なく傷付くだろう。
それでも、笑いながら誰かのために戦い続けるのだろう。
そんなルシフィナを、俺は見たくない。
「……泣いてるん、ですか……?」
俺の頬に手を当てて、知らず零れていた雫をルシフィナが拭い取る。
その慈しむような笑みを見て、俺は思った。
誰もが傷付かない世界を作るために、ルシフィナが傷付くのなら。
俺が、ルシフィナを守ろうと。
だって、俺は。
ルシフィナにこそ、笑っていて欲しいから。
治療の末、ルシフィナは回復した。
三日後には、普段通りに戦えるまでになった。
さらに数日後、すべての国と協力して、俺達は魔王領に突入した。
そして、
『後のことは、私達に任せてください。貴方の役目は、もう終わったのです』
『争いのない世界? ああ……貴方は本気でそんなことを思っていたのですね。異世界からやってきた分際で、この世界を救う? おこがましいとは思わなかったのですか?』
『さようなら――“英雄アマツ”』
俺は、ルシフィナに裏切られた。
◆
「――お前、誰だ?」
少し前から、ルシフィナに対して違和感を感じていた。
その違和感を突き詰め、原因を探り、俺は一つの考えに辿り着いた。
あのルシフィナは、本当にルシフィナなのか、と。
「誰だ、とは。これは困りましたね。とうとう、目の前にいる人の名前すら分からなくなってしまったのですか?」
一瞬だけ浮かべた悍ましい笑みを消し、ルシフィナは呆れたように溜息を吐いた。
心底こちらを馬鹿にしているのが伝わってくる。
その姿はルシフィナのもので、その顔は間違いなくルシフィナで、その声はルシフィナそのものだ。
「惚けるなよ」
それでも俺は、眼前の女がルシフィナでないと確信している。
「“歪曲”の村に、お前は結界を仕掛けていたな。俺はその結界に触れた。違和感を覚えたのはその時だった」
「……違和感?」
「結界を構築している魔力は、確かにルシフィナのモノだった。だが調べる間に、魔力の内側に“別の魔力”が混ざっているのに気付いたんだよ」
最も近くで感じ続けたルシフィナの魔力だからこそ、俺は断言できる。
あれは、ルシフィナの皮を被った別人の魔力だった。
この迷宮で喰らったあの光や、今この部屋に展開している魔力からもそれは感じ取れる。
「魔力が混ざっているから、私はルシフィナではないと?」
「そうだ。それにお前の言動にも、違和感があった」
冥界を冥府と呼んだことも、違和感の一つだ。
忌光迷宮や、砦の近くで戦った時のことを思い出すと、妙な点がある、
「そうしてあれこれ考えて……思い出したんだよ」
「何をですか?」
「ルシフィナの内側に混ざっている魔力を、俺は知っている」
「へぇ。では、私は誰なんですか?」
ルシフィナが期待するように、俺を見てくる。
こっそりと仕組んでおいたいたずらに、相手が気付いた時のように。
嬉しそうな笑みを浮かべて。
「――“千変”ヒルダ」
俺は、その名前を口にした。
ルシフィナの内側にあった魔力は、厳密にはヒルダの魔力とは別物だ。
ヒルダのものとは、質が異なっている。
だが、魔技簒奪でヒルダから奪った魔力を思い出すと、ある点において同じだと気付く。
――ルシフィナに混ざっていた魔力が、『ヒルダの中に混ざっていた魔力』と同じだったのだ。
「ふ。ふふ……ふふふっ。あは、あはははははははははは!!!!」
ヒルダの名前を聞いたルシフィナが、体を震わせながら大声で笑い始めた。
まるで、とびっきりの冗談を聞いたかのような、心の底からの笑いだ。
「ふ……ふふ、ふふふっ。ああ、ヒルダ。懐かしい名前ですね。『アタクシ』でしたっけ? 彼女は面白いキャラクターでしたね。グニャグニャと自由に体の形を変えて、敵に斬られようと、魔術で撃ち抜かれようと、道化師のようにヘラヘラと笑って。今でも、彼女のことは覚えていますよ」
遠い日を思い出すように天井を見上げ、ルシフィナはしみじみとした口調でそう口にする。
まるで他人事のような口ぶりに、まだ惚けるのかと激昂しかけた瞬間だった。
「――演じていて、楽しかったからね」
口調が、変わった。
いや、口調だけではない。
笑みの質も、声の抑揚も、目付きも、姿勢も、纏っていた雰囲気さえ、まるで別人のようにガラリと豹変した。
その変化に、エルフィですら目を剥いている。
「確かに、ワタシはルシフィナじゃない。君の言う通り、かつては“千変”ヒルダと名乗っていたのも事実だよ。だが、それでは不十分だ。ワタシの正体を十分に言い当てたとは言えないね」
「なら、お前は誰だ」
「ワタシの正体を半分見破った勇者と、生き汚くここまで辿り着いた元魔王に敬意を評して、数百年ぶりに正式な名乗りをあげるとしよう。少々遅すぎたが、三十年越しの答え合わせだ」
ルシフィナの顔で、裂けるような笑みを浮かべながら、そいつは言った。
「ワタシの名は、ヒルデ・ガルダ。
――かつて、“陰”の称号を戴いた者だ」
◆
ルシフィナが口にした名前に、思考が止まる。
まったくの予想外の名前だったからだ。
「……あり得ん。貴様が、ヒルデ・ガルダなはずはない」
それまで沈黙を保っていたエルフィが、険しい表情でルシフィナの言葉を否定する。
否定した理由は、聞くまでもなく分かった。
――ヒルデ・ガルダ。
初代魔王に仕えた、“死天”の一人。
“陰”の称号とともに恐れられた、原初の魔族だ。
直接戦闘よりも、結界や封印といった搦め手を得意とした。
そしてヒルデ・ガルダは、大昔の戦争の最中に死んだとされている。
「ほう。何故、そう言い切れる?」
挑発するような口調で、ルシフィナがエルフィに言葉を投げかける。
「ヒルデ・ガルダは死んでいるからだ。それも、数百年も前に。そんな人物が何故、ハーフエルフの姿をして私達の目の前に立っているのだ」
「確かに、ワタシは一度死んだよ」
死を事実と認めた上で、ルシフィナは言葉を続けた。
「肉体は大きく損傷し、魂にもヒビが入った。治癒魔術を使っても治しきれないほどの、大きな傷を負った。だが、それは完全な死ではない。ワタシは死を迎えるよりも早く、別の体に入ったのだから」
「別の……体だと?」
「たまたま近くにいた魔族の体の中に、潜り込んだんだ。端的に表現するならば“憑依”だ。ワタシは別の体に入ることで、死を免れた。憑依魔術が使えたのは、完全に偶然だったけれどね」
憑依。
その言葉を聞いて、数日前にしたアイドラーとのやり取りを思い出す。
あの夜、俺はアイドラーにこう尋ねたのだ。
『他人の体を乗っ取る魔術を知ってるか? 近いモノでもいい』
ルシフィナが偽物であるならば、誰かがルシフィナの体を使っている。
そう考え、魔術に詳しいアイドラーに聞いた。
そして、あいつは頷いた。
『あるにはある。昔、そんな文献を見た覚えがあるんだ。けど、出来損ないの魔術って書かれていたよ。誰も使えない魔術ってね。ボクもそう思う。他人に化けたり、そっくりな人形を作る魔術ならともかく、他人に乗り移るなんて、ボクでもできる気がしない』
それでも、一応は存在するとアイドラーは認めた。
他人の体に憑依するというような魔術は、大昔に研究だけはされていた。
その結果、リスクが高く、成功率も零に近い出来損ないの魔術が生まれたという。
ルシフィナの魔力のことを伝えた結果、アイドラーは悩んだ末に『低いけど、可能性はある』と結論付けた。
中に他人の魔力が混ざっているのは、通常ではあり得ないことだからだ。
「ここまで言えば分かるだろう? ワタシはこれまでに、多くの人間の体に憑依してきた。ヒルダも、そしてルシフィナも、その中の一つということさ」
「――――ッ」
見知った顔と、聞き慣れた声を、他人が身勝手に使用しているという事実に、視界が赤く染まるほどの怒りが湧き上がってくる。
何が……その中の一つだ。
どうして、お前が我が物顔でルシフィナの体を使っているんだ。
そんな怒りに苛まれながらも、俺がまともな思考を保てているのは、まだ分からないことが多くあったからだ。
正直なところ、困惑している部分も少なくない。
何かをする前に、疑問を解消しておきたかった。
「いつ……ルシフィナの体に乗り移ったんだ」
「自爆した直後さ。とても簡単な作業だったよ。ルシフィナは必ず心象魔術で君達を守ると確信していた。だからワタシは、爆発に乗じて無防備なこの体の中に入るだけで良かった」
「待て。じゃあ、お前は最初から、ルシフィナの体を乗っ取るつもりだったのか?」
「そうだよ。何とかという人狼種が君の生け捕りに失敗することも、君が生け捕りにされた振りをして奇襲を仕掛けてきたことも、シェイプシフターの弱点を突かれて魔力を奪い取られたのも、すべて、この体に入るためにワタシが仕組んだことだ計画の内のことだ」
「――――」
得意げに語るヒルデ・ガルダに、俺は言葉を失った。
じゃあ、何だ。
俺は最初から、こいつの手のひらで踊っていたということか……?
ヒルダの作戦を逆手に取ろうなんて俺が提案したから、ルシフィナは乗っ取られたのか?
天地がひっくり返ったような衝撃に、体から力が抜けかける。
寸でのところで、俺はエルフィに支えられた。
「……貴様が本当にヒルデ・ガルダだとして、随分と伝承と違うな」
「うん?」
「伝承のヒルデ・ガルダは、魔族のために身を粉にし、最後まで戦い続けたと記されている。他者を嘲笑い、魔族すらも踏み躙る貴様とは、違いすぎる」
「それは、ワタシが“陰”だった時の話だ。“陰”という立場からではなく、何の力も立場もないちっぽけな魔族や人間、亜人の体から世界を見て、ワタシは気付いたのさ。どの種族にも、ワタシが尽くしてやる理由など、最初からなかったのだと」
伝承との違いを指摘するエルフィに対して、吐き捨てるような口調で答えるヒルデ・ガルダ。
「君達は知っているかい? 人間と魔族は大昔から延々と戦争を続けてきたかのように言われているが、何度も異なる種族同士で、手を取り合おうとした瞬間があったことに」
「……何だと?」
「陰ながら、ワタシも世界平和を成し遂げようと尽力していたよ。平和こそ、初代魔王様の悲願だったからね。だが、そんなのは無意味だった。すべての種族が、いつも下らない理由で平和を放棄するからだ。ワタシが何度繰り返しても、戦争は終わらなかった。だから、ワタシは気付いたんだ」
クツクツと低い笑いを零しながら、ヒルデ・ガルダは言った。
「人間は愚昧で、亜人は愚劣で、魔族は愚鈍な者ばかり。故に平和など実現せず、このワタシが身を粉にして貢献する意味もない」
エルフィから視線を外し、顔を上に向けながら、ヒルデ・ガルダは何かを思い出すように目を細める。
「それからしばらくは辛かったよ。何のために生きているのか分からなくなった。目的を失って、何度も死にたくなった。けど、死ぬのは怖いだろう? ディオニスじゃないが、自分という個が消えることはとても恐ろしい。だから、退屈という毒に犯されながら、ワタシは死んだように生き続けた」
「……その果てに、今の貴様があるというのか?」
「その通りだ。ある日気付いたんだよ。すべての種族は愚かだからこそ、ワタシを楽しませてくれるとね。君達が不幸に喘ぐのを見ると、胸が踊る。もっと見たい、と生きる希望が湧いてくる」
目を輝かせて、ヒルデ・ガルダは他者の不幸こそが自分の生き甲斐だと語る。
「そう理解してからは楽しかったよ。まず、乗っ取った体を使って遊ぶことにしたんだ。体の持ち主の家族を皆殺しにした時は、絶望の表情を浮かべる彼らを見て、あまりの快感に腰が抜けそうになったくらいだよ。より愉しむコツは、体の持ち主になりきることだ。言動を真似ながら、持ち主が大切にしていた人や場所を無残に壊す。これが、最高の娯楽だよ」
歌うような口調で悪意に塗れた言葉を紡ぐヒルデ・ガルダ。
「ヒルダを覚えているかい?」
エルフィから視線を外すと、恍惚とした表情で俺を見つめてくる。
「彼女は家族を持たぬ、天涯孤独の身だったんだ。それが、ヒルダは寂しくてたまらなかった。寄り添える仲間が欲しかった。だから、彼女は努力した。仲間ができるように、明るく愉快な口調を心掛けたんだ。その結果、ヒルダにはたくさんの仲間ができた。しかし、当時は戦争中、仲間はいつも不安そうにしていた。だからヒルダは、あえて大袈裟で、道化ぶった言動をすることで、仲間を励まそうとしていたのさ」
そう言ったヒルデ・ガルダが、裂けるような笑みを浮かべるのが見えた。
ヒルダが浮かべていた笑みと同じ。
吐き気を催すような、悪意に塗れた笑み。
「だから、彼女の体を乗っ取ったワタシは、それを全力で踏み躙ってあげたんだ。彼女が励まそうとしていた仲間を、道化ぶった言動のまま皆殺しにした。彼女なりに考えた『他人を愉快にする』言動のまま、ワタシは多くの者を不快にして、殺してきた」
ヒルダの言葉を、思い出した。
――こんな愉快な性格ッスから、慕ってくれる仲間はたくさんいたんッスけど……。あ、過去形なのは、全員、アタクシがお遊びで殺しちゃったからッス!!
「実はね、体を乗っ取っても、しばらくは元の持ち主の考えが分かるのさ。だから、ワタシはずっとヒルダの叫びを聞いていた。『やめて、アタクシの仲間を殺さないで』。『ただ、皆を励ましたかっただけなのに』。『痛い、やめて、斬らないで』。ずっと……ヒルダは、悲鳴を上げ続けていたんだよ。まあ、そのヒルダは君に魔力を吸い尽くされて、殺されてしまったわけだけどね?」
その言葉に、俺は息ができなくなった。
無実のヒルダを手に掛けた、罪悪感は確かにあった。
だが、それ以上に最悪のことが頭を過ぎる。
その可能性を考えなかったわけじゃない。
考えて、吐きそうになった。
けど、違って欲しいとも思っていた。
「それじゃあ……まさか。ルシフィナも、ずっと……」
「ああ。――ルシフィナの心の声も、ワタシは聞き続けていたよ」
頷いたヒルデ・ガルダは、これまで俺が見てきた誰よりも、醜悪で悍ましい笑みを浮かべていた。
そして、恍惚とした表情で言った。
ルシフィナの顔で、ルシフィナの声で、ルシフィナの喋り方で。
『嫌だ。伊織さんを殺したくない。私は、伊織さんを裏切りたくなんてない』
『どうして……。どうして、リューザスさんもディオニスさんも、伊織さんを殺そうとするんですか?』
『今まで……一緒に、頑張ってきたのに。何で、皆そんなことを言えるんですか』
『伊織さんは、関係のない世界から無理やり連れてこられただけなのに』
『やめて。私はどうなっても良い。だから、伊織さんだけは殺さないで』
『やだ……伊織さん、逃げて……』
『あ……あああ……あああああ』
『何で……こんなことを』
『私が……私が、私が、伊織さんを……殺した……』
『嫌だ、嫌だ、どうしてぇ……伊織さん、伊織さん……伊織さん』
「――こんな風に、君を想って懇願するルシフィナを観察するのは、最高の娯楽だったよ」
ルシフィナは、全部見ていたんだ。
リューザス達が、嬉々として俺を裏切る様子をルシフィナは見ていた。
自らの手で、俺を斬り殺す光景も。
全部、全部、全部、見せつけられていたんだ。
あの心優しいルシフィナが、そんな光景を見せられたらどう思うんだ?
「……ぁ」
膝から力が抜ける。
エルフィが支えてくれなければ、きっと倒れていただろう。
そんな俺の様子を、ヒルデ・ガルダは楽しそうに見ている。
「それだ……。最高だ……堪らない。その絶望の表情……んっ。ああ、やっぱり、この世で最も大切なモノは娯楽だね」
頬を赤く染め、目を輝かせ、両手で自分の体を抱き、熱い吐息を漏らしながら、恍惚の表情で見ていた。
「……どうして、ルシフィナの体を乗っ取ったんだ。計画を立ててまで」
「ああ。ワタシは、君が掲げていた理想が許せなくてね。無関係の世界から来たたかだか十数歳の子供が、何を言うかと思えば、すべての種族が手と手を取り合う世界を作る? ふざけるにしても限度がある。何が勇者だ。メルトから力を与えられただけで英雄気取りとは、愚かすぎて目眩がしたよ」
「だから……ルシフィナを……?」
「その通りだ。そんなふざけた理想を徹底的に踏み躙るには、この体が必要だった。“英雄アマツ”が、心底入れ込み、惚れていたこの女の体がね」
「――――」
「それに君は、ワタシがヒルダの体で用意した娯楽を、尽く潰してきた。君みたいなのに、愉しみを取り上げられるのは、心底腹が立ったよ」
「――――」
「だから……そうだね。ルシフィナの体を使ってやってきた行為を、君達にあわせて言うのなら――」
ヒルデ・ガルダが両腕を大きく広げる。
ルシフィナの体を見せつけるように、大きく前に踏み出し。
「――これは、ワタシの復讐だ」
心底愉快そうに嗤いながら、そう言った。
「――――」
これまで、多くの復讐対象を殺してきた。
その全員を、俺は心の底から憎悪している。
けど、思い知らされた。
底なんて、自分で勝手に決めつけた値であると。
憎悪という感情に際限なんて、ない。
「……伊織。聞くな。これ以上は、もう」
「――天月伊織。ワタシの復讐はどうだった?」
案じるようなエルフィの言葉。
ヒルデ・ガルダは、それを早くに遮った。
「君が最も憎悪したであろうルシフィナが、被害者だったと知って。気丈で心根の優しいルシフィナが、ワタシに君を殺さないでくれと泣きながら懇願していたことを知って。自らの手で最愛の人を殺し、絶望に泣き叫んでいたと知ってッ!! さぁ、天月伊織!! 是非とも聞かせてくれ! 今、君は一体どんな気分なんだい!? 」
ヒルデ・ガルダは狂喜の表情で、言葉を並べ立て、感想を問うてくる。
傷を抉るような言葉に、エルフィが口を開きかけるが、俺はそれを手で制した。
「復讐」
ルシフィナの体を使って、俺を殺す。
「これが……お前の復讐か」
痛みと絶望を味あわせ、その末に殺す俺とは違う。
嘲笑とともに甚振って、その末に殺すリューザスとも違う。
滴る悪意の蜜に相手を沈めて、骨の髄まで舐る――これがヒルデ・ガルダの復讐。
「ク……クク」
ああ……本当に、傑作だ。
「はははははは、あはははははははははははははははははははッ!!」
ああ。
確かに、俺を絶望させるには最適の手段だっただろう。
大した復讐だと、心底そう思う。
「……何が可笑しい」
哄笑する俺に向かって、ヒルデ・ガルダが怪訝そうな視線を向けてくる。
「これで満足か、ヒルデ・ガルダ。これで終わりか? 後は何だ? エルフィを甚振って殺すのか? それとも人質の悲鳴でも俺に聞かせるか? 大森林を燃やして、死んでいく亜人達を俺に見みせてくれるのか? そうして甚振った後に、ルシフィナの体で、もう一度俺を殺すのか?」
「何を言っている?」
「どちらにせよ、その人質を盾に取って俺を殺してくれるんだろ? 最初に言ってたもんな。俺だけは絶対にぶち殺すって。つまりお前は、俺を『終わらせてくれる』ってわけだ」
「だから、何を言っている!!」
ヒルデ・ガルダ。
その程度の復讐で満足できるんだろ?
俺を絶望させて、殺してそれで満足なんだろ?
「俺なら、そんなんじゃ足りねえよ。そんな程度のちんけな復讐じゃ、満足できねえって言ってるんだ」
「――――」
だからこそ、
「――見せてやるよ、俺の復讐を」
終わらない地獄を、お前に見せてやる。