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第六話 『虚空迷宮』


 オルドリン大森林に訪れてから、数日が経過した。

 俺達はしばらくの間、借りていた部屋で寝泊まりし、虚空迷宮への対策を立てていた。

 昨日、ようやくすべての準備が整った。


 手はずは完璧のはずだ。

 あいつにも気付かれていないだろう。

 だから、後は俺の問題だ。


 そして今日、俺達は大森林の外にいた。

 気配遮断の結界を張っており、この場にいる者以外には気付かれていない。

 結界の中には、俺、エルフィ、ベルディア、そしてセプルとクゥをはじめとした少数の人犬種ワードッグが集まっている。

 全員、俺達が虚空迷宮に挑むことは知っている。

 知った上で、俺達に協力してくれているのだ。


「まさか、龍種を手懐けるなんてな。初めて見た時、腰を抜かすかと思ったぜ」

『…………』


 結界の中には、人化を解いたベルディアがいる。

 虚空迷宮へ行くには、ベルディアの協力が不可欠だ。

 そして、確実性を追求するためには、人犬種達の協力が必要だった。


 結界の中には、大砲に近い形をした魔力付与品マジックアイテムがある。

 これは、込めた魔力量に応じて中に入っているモノを空に打ち上げることができる。

 当然、人や龍種もだ。

 大森林の戦士達が虚空迷宮へ向かう時は、手懐けた鳥型の魔物に乗って、この大砲で打ち上げてもらっていたらしい。

 高度が高すぎて、普通に向かうのでは鳥の体力がもたないからだろう。


 ベルディアなら、体力は問題ない。

 だが、迷宮に到達するまで時間が掛かる。

 その間に、迷宮からの攻撃も受けるだろう。


 虚空迷宮には、『あいつ』が待ち構えている可能性が高い。

 そうでなくとも、虚空迷宮には危険が多い。

 間違いなく、魔王軍は俺達を警戒して何らかの手を打っているだろう。

 道中で犯すリスクや、消耗する体力は少ないに越したことはない。

 だから、より安全に虚空迷宮に向かうために、この大砲を使うことにした。


 俺は、セプルにいくつか協力を要請した。

 その内の一つが、これだ。


 セプルならば、信頼できると思った。

 自分の目で見て、自分で考えて、そう思った。

 だから、セプルに協力してもらうことにした。


「発射装置の準備が整いました。エルフィさんに注いでもらった魔力で、問題なく起動しています。……それにしても、凄まじい魔力量ですね。戦士達なら、これだけ込めるのに数人がかりでも一週間は掛かりますよ。それを一瞬で……」

「相棒さん凄い!」


 セプル達がエルフィを口々に褒め称えている。

 確かに、こいつの魔力量は桁違いだ。

 こいつよりも多く魔力を持っている者を、未だに見たことがない。


「ふふん」

『……ふふん』


 エルフィとベルディアが、同時に自慢そうな表情を浮かべる。

 あまり褒めるとこいつら調子乗るから、控えめにしてもらいたいな……。


「伊織さんだけじゃなくて、相棒さんも凄い人だったんだね!」

「ふっ、当然だ。犬娘よ。崇め奉っても良いのだぞ?」

「うん! 相棒さんさん万歳!! ちょっと変な臭いするけど!」

「私は変な臭いなんてしない!! しない……はずだ! 伊織、しないと言ってやれ!」


 エルフィとクゥが、ぎゃーぎゃーと騒いでいる。

 以外なことに、ベルディアはクゥの言動に腹を立てることなく、どこか嬉しそうに見ていた。

 エルフィが楽しそうにしているのが、嬉しいのかもしれない。


「相棒さん、お風呂入ってる……?」

「ちゃんと入ってるわ!!」

「えー……じゃあ何でこんな臭いするんだろ。スンスン。相棒さん、その腕輪なに?」

「さ、触るな! 寄るな! 匂いを嗅ぐな!!」


 逃げ回るエルフィを、クゥが楽しそうに追いかけている。


「こら、クゥ! エルフィさんに失礼でしょう!」


 セプルに叱られて、クゥがシュンと耳を垂らす。


「……ごめんなさい」

「別に、謝罪せずとも良い。全然、まったく、これっぽっちも私は気にしていないからな」

「そっか! ありがとう、変な臭いの相棒さん!」

「貴様、さては私に喧嘩売ってるな!?」

 

 どこかで見たようなやり取りをするエルフィを尻目に、準備を進めていく。

 後は、俺達が大砲に乗り込む、という段階にまで進行した。


「セプルさん……セプル、ありがとな」


 セプルに頭を下げる。

 

「お礼なんていりませんよ、お兄さん」


 クゥや、準備を手伝ってくれた人犬種達が集まってくる。

 彼らを見ながら、セプルは言った。


「ここにいる人は皆、三十年前にアマツさんに助けてもらっているんですから」

「――――」

「だから、お礼なんていりません」


 人犬種達が、口々に行ってくる。

「虚空迷宮をお願いします。だけど、死なないでくれ」と。


「……ああ。行ってくる」


 そうして、俺達は空高くに打ち上げられた。




 凄まじい勢いで、空へ飛んでいく。

 ベルディアにしがみつき、振り落とされないように耐える。

 よほどの量、エルフィが魔力を込めたのだろう。

 瞬く間に、大森林が遠のいて行く。


『……そろそろ、気付かれる』


 ベルディアがそう言った直後、膜のようなものを貫通する気配があった。

 その瞬間、周囲の空間が揺れる。

 揺れは波紋のように広がっていき、中から大量の魔物が吹き出してきた。

 

 これが、迷宮に近付くと襲ってくる魔物達か。

 どうやら、普段は結界の中に隠れているらしい。

 敵が近付くのを感知して、表に出てくるようだ。


「このまま、突き進め……!」


 打ち上げられた勢いのまま、俺達は魔物達を置き去りにして飛んでいく。

 魔物達は追いかけてくるが、こちらの速度の方が圧倒的に上だ。

 虚空迷宮があるであろう場所に向けて突貫していく。


 そして再び、膜を貫通する感触があった。

 それと同時に、ガラリと見えていた風景が変化する。

 目の前に、巨大な建造物が見えてきた。


「……!」

「これが、今代の虚空迷宮か」


 それは、巨大な城だった。

 城が、空を浮遊しているのだ。

 周囲をぐるりと円型の結界が覆っている。

 何層にも重なったあの結界が、城を空に浮かべているのだろう。

 

「……前と、全然違うな」


 あの時よりも、でかい。

 それに、前はこんな城ではなく、魔力の結晶で作られていた。

 結晶は、迷宮核を奪ってから、数時間で消滅したが……。


「……なあ。あれ、迷宮核を取ったら落ちるんじゃないか?」

「……可能性はあるな」


 あれは、どう見ても魔力で作られている城じゃない。

 普通に作った城を結界で浮かせて、虚空迷宮にしているのだ。


「私の数代前から、虚空迷宮は魔力の結晶を空に固定したものだった。建築物を空に浮かせるなど、並大抵の魔術師では不可能だからな」

「じゃあ、あれはオルテギアがやったのか?」

「……あいつはここまで器用ではないな。“雨”もその性質上、このような建物は作れまい」

「…………」

「そういえば、最初に虚空迷宮を作ったヒルデ・ガルダは、迷宮が攻め落とされると悟るや否や、メルトの頭上に迷宮を落としたらしい。メルトは、それを一撃で粉砕したそうだが」


 エルフィの言葉に、息を吐く。

 

「今この場で、吹き飛ばすのはどうだ」

「今は無理だ。あの結界の強度は尋常ではない。穴を開けて中に入ることは可能だろうが、結界を丸ごと破壊するには時間が掛かり過ぎる。結界がなければ、話は別だが」

「……言ってみただけだ。最悪、迷宮核を取ったら、この城を吹き飛ばさないといけないわけか」

「迷宮を移動させる方法もあるはずだ。迷宮核を取る前に、それを探った方が良いな」

「……そうだな」


 そんなことをしている暇があれば、だが。

 

 会話が一段落ついた、数秒後だった。

 俺達のすぐ目の前の空間に波紋が現れ、中から龍種に乗った魔族が何人も飛び出してきた。


「侵入者だ!! 迷宮に近づかせるな!!」


 魔族が魔術を、龍種がブレスを吐いて一斉に攻撃を仕掛けてくる。

 エルフィが先んじて魔眼を放つが、魔族達の体を覆っていた結界に阻まれた。


「報告通りだ! あの銀髪の女は魔眼を撃ってくる! 防御結界で対処しろ!」


 魔族達は龍を操り、エルフィの魔眼を警戒する動きを見せている。

 やはり、対策されていたか。 


『……ちょっと危ない』


 ベルディアが攻撃を躱すが、敵の数が多すぎる。

 突貫しようにも、目の前の魔族達が邪魔だ。


「伊織」

「ああ。“魔技簒奪スペル・ディバウア”」


 頷き、魔族達の体を覆っている結界を消滅させる。


「何だと!?」

「落ちるが良い。――“魔眼・重圧潰”」


 重力に叩き落され、目の前の魔族達が龍ごと地面に落ちていく。

 これで、正面の道は開いた。

 だが、後ろからは無数の魔物と魔族が迫ってきている。

 悠長にしている暇はない。


 ベルディアが、迷宮に向かって突き進む。

 だが、迷宮は結界に覆われている。

 中に入るには、あの結界をどうにかしなければならない。


「私の仕事だな! 任せるが良い!」


 目を紅く輝かせ、エルフィが結界を見通す。

 結界に限らず、魔術は大きくなれば大きくなるほど、ほつれが生じやすくなる。

 この虚空迷宮も、これだけ大きな結界ならば間違いなく魔力が薄い部分が存在するはずだ。


「……何だ、この嫌らしい結界は」


 結界を見ながら、エルフィが何か言っている。

 だが、それを気にしている暇はない。


 俺は、後ろからの攻撃を“魔毀封殺イル・アタラクシアで防御する。

 追いつかれるまで、あと十数秒といったところか。

 大砲を使っていなければ、既に囲まれていたところだったな。


「……よし、見つけたぞ。ベルディアちゃん、あそこに突っ込め!」


 そう言って、エルフィが結界の一部分に魔眼を撃ち込んだ。

 咆哮し、ベルディアがそこへ突っ込んでいく。

 俺も、その部分に“魔技簒奪スペル・ディバウア”し、結界を薄くする。


『……ッ!!』


 そして、ベルディアが結界を突き破った。

 衝撃を受け、俺達はベルディアから飛び降りて迷宮に着地する。

 ベルディアも、結界に空いた穴をこじ開けながら、中に入ろうとする。

 無事入れた、と思った瞬間だった。


『……な!?』


 結界がブルンと柔らかく揺れたかと思うと、中に入ろうとしていたベルディアの体を外へ弾き飛ばした。

 そして、瞬く間に空いていた結界が修復されてしまった。

 ベルディアが、迷宮の外に取り残されてしまった。


「ッ!! ベルディア、すぐに穴を作る」

「いや、その時間はないな」


 エルフィが、即座に俺の案を否定する。


「ベルディアちゃんは、一度迷宮の攻撃圏外に逃れてくれ。そして、迷宮の結界が消えたら、合図を送る。すぐに迎えに来てくれ」

『……分かった』


 コクリ、とベルディアが頷く。

 だが、後ろからは魔物達の大群がこちらに向かってきている。

 そんな俺の不安を見透かしたように、エルフィは笑った。


「私が選んだペットだぞ? この程度の包囲網、容易く潜り抜けるさ。誰も乗せていないしな」


 エルフィのその言葉を証明するかのように、


『――“獄炎鎧”』


 ベルディアの全身から、凄まじい黒炎が吹き出した。


『……ご主人様、伊織。頑張って』


 そう言い残すと、ベルディアが凄まじい勢いで迷宮から離れていく。

 魔物達が攻撃を仕掛けるが、黒炎に阻まれてベルディアに届かない。

 それどころか、炎に焼かれて落ちていっている。


 ……まさか、あんな切り札があったとはな。

 先に言って欲しかった。

 そう思い、エルフィを見ると、


「凄い……あんなこと出来たのか……」

「お前も知らなかったのかよ」


 そんなやり取りをしている間にも、魔族達はこっちに向かってきている。

 連中なら、結界を通って迷宮に入れるだろう。


「行くぞ、エルフィ」

「うむ」


 エルフィとともに、俺は最後の迷宮へ足を踏み入れた。



 内部は真っ暗だった。

 光を吸収する魔術か何かを、壁か地面に仕込んでいるのかもしれない。

 魔力付与品マジックアイテムを使って、周囲を照らす。


 虚空迷宮の内部は、複雑な構造をしていた。

 上を上がる階段や、横道が大量に存在している。

 どれが正規の道かは分からず、また罠も大量に設置してあった。

 一歩一歩、慎重に進んでいかなければならない。


 仕掛けられている罠は、三十年前と似た物が多かった。


 踏むと、足場が消滅して地上に落とされる床や階段。

 一定周期で床がなくなる部屋、入った瞬間に入り口が閉まり、同時に床が開く部屋。

 魔術を一切使わない、古典的な落とし穴など。

 周囲が暗闇なのが、余計に危険度を高めている。


 かなり、嫌らしい。

 初見殺しや即死といった意味では、これまでの迷宮で一番危険だ。

 エルフィの魔眼だけを頼りにするのではなく、俺も周囲を警戒する。

 二人で罠を潜り抜け、先へ進んでいく。


「空中にあるというだけでも厄介なのに、本当に嫌らしい迷宮だな、ここは」

「お前の時もあったんだろ?」

「確かにあったが、私は休戦協定を結ぼうとしていたからな。迷宮はあまり使っていなかったのだ」


 罠を避け、上へ上へと進んでいく。

 ベルディアのお陰で、最初から迷宮の真ん中辺りにまで来ることが出来た。

 早くも、濃い魔素が漂い始めてきている。

 当然、魔物も多い。


 虚空迷宮の魔物は、どれも飛行手段を持っている。 

 多くは頭上から不意打ちを仕掛けてくる。


『キェェェェ!!』


 2メートルほどもある蝙蝠が、空から襲い掛かってきた。

 風蝙蝠エア・バッドという、風属性の魔術を扱う魔物だ。

 一体一体の強さはそれほどでもなく、群れできても対処は難しくない。


 だが、この迷宮においては話は別だ。


「走るぞ、エルフィ!」


 風蝙蝠が鳴き声を発する数秒後、足元が消滅した。

 俺達はダッシュで風蝙蝠に接近し、通り過ぎざまに魔術で全滅させていく。

 

 どうやら、風蝙蝠の声に反応して、一部の床がなくなる仕組みらしい。

 床が消える前に走り抜ければ何とかなるが、かなり危険な罠だな。


「これは、仮に大森林の戦士達が迷宮に入れても、中でかなりの犠牲者が出ただろうな」


 大森林の戦士は強い。

 単体での戦闘力は、聖堂騎士団に引けを取らないだろ。

 もともとの身体能力が高いのに加えて、戦士達は鍛錬を怠らない。

 魔王軍も、迂闊には手を出せないレベルだ。

 それでも、この迷宮はキツイだろうな。


「やはり、空に浮かんでいるというのは、空を飛べぬ者にとっては最悪だな」

「ああ……」


 前方に魔物の存在を探知して、鳴かれる前に魔眼で殲滅する。

 俺も先へ続く道を探し、罠を突破してエルフィを誘導する。

 今のところは、順調だ。

 三十年前のように、犠牲もない。


 前は仲間と、何人かの亜人と協力してようやくだった。


 俺達、勇者パーティ。

 そして、戦士達の中でも選りすぐりの者。

 その十五名で、迷宮に挑んだ。


 亜人達が捕まえた鳥型の魔物に乗って、迷宮に接近。

 中に入るまでに、三人死んだ。

 入ってからは、魔術的な罠をリューザスが探知し、それ以外の罠を戦士達が野生的な勘で見抜いた。

 それでも、中で四人死んだ。

 三十年前の虚空迷宮が今のだったら、もっと死んでいただろうな。

 

 進む度に、魔物の数が増していく。

 風蝙蝠のように、迷宮と連動して攻撃してくる魔物もいれば、かなりの戦闘力を誇る魔物もいた。

 翼竜ワイバーンや、炎龍フレイム・ドラゴンのような、龍種も多く生息している。

 エルフィも知らないような、古代種の魔物も存在していた。

 魔物のレベルが、尋常じゃなく高い。


 だが、その尽くをエルフィは屠っていった。

 ほとんど、俺が手を出すまでもなかった。

 予め、出て来る魔物の種類を知り、対策を立てていたのもある。

 だがそれ以上に、『胴体』を取り戻したエルフィの力が圧倒的だった。


 魔腕を使うまでもなく、素手で魔物を引き裂く。

 魔脚を使うまでもなく、ただの蹴りで魔物を吹き飛ばす。

 魔眼を使えば、龍種ですら、瞬く間に消滅させられる。


 俺が今まで戦ってきた殆どの四天王より、既に強いんじゃないだろうか。

 少なくとも、“消失”や“歪曲”よりは上だ。

 三十年前に戦った、“千変”や“裁断”は、判断が難しいところだな。

 

「心臓を取り戻してないのに、この強さか。こんなのがいたんじゃ、勇者でも喚ばなきゃ人間が勝てないわけだよな」

「こんなのとは失礼だな」


 エルフィが頬を膨らませながら言う。


「勇者を喚ばずとも、人間が魔族に勝った例などいくらでもあるぞ。私の先代の魔王、シャルナーク様も、人間に敗れている」

「そういえば、そんな話を聞いたことはあるな」

「人間の強さは群だ。あの数と、勝つための工夫が何より恐ろしい。ただ、まあ、私は歴代の魔王の中でも強い方だからな。確かに伊織みたいなのを喚ばないと、私に勝つのは難しいな」


 そんなエルフィを破ったオルテギアが、今の魔王なのだ。

 人間サイドは相当厳しい戦いになるだろう。


「それにしても、随分久しぶりに感じるな」


 歩きながら、ふとエルフィがそう呟いた。


「何がだ?」

「伊織と二人きりで、こうして歩くのが、だ」

「まあ、そうだな。最近はベルディアもいるし、二人で行動することがないからな」


 思えば、忌光迷宮に挑んでからは、二人で行動していないな。

 そう思うと、確かに懐かしいような気分になってくる。


「奈落迷宮で出会ってから、もう随分たったな。振り返ると、短いようで長かった気がするよ」

「うむ。四つの迷宮を越え、多くの者を葬り去ってきた。私の人生を振り返っても、随分と濃い期間だった。今回で、最後の迷宮を潰すことになる。大きな節目だな」


 大きな節目、か。

 そうだな。色々な意味で、そうなるだろう。


「魔素が随分と濃くなってきた。もう半刻もしない内に、最上階に辿り着くだろう。心の準備は良いか、伊織」

「……ああ。きっと、厳しい戦いになる」


 周囲を警戒したまま、エルフィに言う。

 

「エルフィ。――俺を助けてくれ」


 弱気な発言だと、思った。


「当たり前だ」


 間髪入れず、エルフィは頷いた。


「龍の背に乗った気分で、伊織は自分のやるべきことだけをやるが良い。私が支えてやる」

「……ああ」


 俺達は、先へ進んだ。


 


 それから、十五分ほど歩いた。

 魔素の濃さから、迷宮核が近くにあることが分かる。

 だが、部屋や上へ続く階段が無数にあった。

 罠を躱し、魔物を蹴散らし、一つずつ道を絞っていく。

 そうして、唯一残ったのは上へ続く階段だった。


「……行くぞ」

「うむ」


 一歩一歩、警戒しながら上へ進む。

 肩透かしなことに、階段には何の罠もなかった。

 何事もなく、上の部屋に辿り着く。

 慎重に、部屋の中に足を踏み入れた瞬間だった。


 何もない、円型の部屋。

 迷宮核どころか、魔将や魔物も存在しない。


「……そういうことか」


 直後、入り口が音を立てて閉まった。

 同時に、足元が音を立てて崩壊した。

 足場を失い、俺達は真っ逆さまに落下していく。

 下に視線を向けると、雲海が広がっているのが見えた。


「――っ」

「む、う――」


 通れる道は、すべて探った。

 その上で残ったのが、この部屋だった。

 つまり、最初からすべての通路が、上に繋がっていなかった言うことか。

 この迷宮を作った奴は、本当に良い性格をしている。


「頼む」

「了解した」


 短く言葉を躱し、俺は風の魔術でエルフィのすぐ近くまで移動する。

 そして、エルフィは俺を掴むと、魔脚を使って空を蹴る。

 タン、タン、タン、と空を駆け上がり、虚空迷宮の外壁に近付いていく。


「魔素の濃さ的に、あの部屋のすぐ上辺りだ。そこまで持つか?」

「大丈夫だ」


 そのまま上へ上へと移動し、


「――魔王キック!!」


 外壁に向かって、エルフィが蹴りを叩き込んだ。

 轟音とともに壁が崩壊し、そこから俺達は部屋の中に入り込む。


 そこは、大きな円型の部屋だった。

 天井は高く、ドーム状に膨らんでいる。

 部屋の最奥に、次の部屋に繋がる入り口が見えた。

 また、別の場所には上に通じる階段もある。

 どうやら、まだ上があるらしい。


 だが、そちらへ進む前に相手にしなければならない者がいる。


「……まさか、本当にここまで辿り着く者がいようとは」

「レフィーゼ様のいつもの心配性……では済まなかったな」


 部屋の中には、無数の魔族がいた。

 人型、動物型と、様々な形の者がいる。

 纏っている雰囲気から、戦い慣れている強者であることが見て取れる。


「警備ご苦労、と本来ならば労ってやりたいところなのだがな。生憎と、私達はこの先に用がある。命が惜しければ、そこを退け、戦士達よ」

「…………」


 エルフィがそんな言葉を掛けるが、魔族達は反応しない。

 各々が武器を構え、肌がひりつくような殺気をこちらに向けてきている。

 当然だが、会話の余地はなさそうだ。


「シルフェルド様、敵襲です。そのお力を、存分にお振るいください」


 魔族の一人が、静かにそう告げる。

 直後、部屋の中に凄まじい風が吹き荒れた。

 バチバチと音を立てながら、空間を裂いて何かが部屋の中に姿を現した。


「貴様が、今代の魔将か」


 現れたのは、巨大な龍種だった。

 全身を覆う白い鱗、頭部から突き出た鹿のような角、口元から生えている鯰のような長細い髭。

 蛇のような長い胴体から、鋭い爪の生えた腕と足が生えている。


 ――天風龍テンペスト・ドラゴン


 主に空に生息している、風属性の魔術を操る龍種だ。

 ここへ来る途中にも、何匹か相手にしてきた。

 だが、目の前の天風龍は、それらの個体の数倍の大きさはある。

 土魔将に匹敵するほどの巨躯だ。


 こいつが、“風魔将”。

 最後の迷宮を守護する、最後の魔将。


『――オオオオォォォォォォォォォ』


 風魔将が、こちらを睥睨しながら咆哮する。

 ギュルギュルと音を立てながら、体を竜巻が覆っていく。

 それに続くように、魔族達が動き始めた。


「悪いが、蹴散らすぞ」


 こうして、風魔将との戦いが始まった。



 ――ルシフィナの姿は、どこにも見えぬまま。




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