表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
126/165

第四話 『アイドラー』


 三十年前、戦った相手の中で一番強かったのはオルテギアだった。

 膨大な魔力、圧倒的な攻撃力、そして絶望的なまでの防御力。

 これまで戦った誰よりも強かった。


 だが、一番厄介だったのは誰かと問われれば答えは変わる。


――“千変”ヒルダ。


 この女が、最も厄介だった。



教国への道中で戦ってからも、俺達は何度もヒルダと交戦した。


 結界や罠でこちらの戦力を削ぐ。

 部下に特攻させ、俺達の体力を削ぐ。

 その後、本人が現れて戦場を蹂躙する。

 自分が不利になれば、なりふり構わずその場から逃走する。

 

 これが、ヒルダの常套手段だった。


 ヒルダと、四度目の交戦をした時だ。


 戦場に結界を張り、俺達の戦力を分散。

 ディオニスが孤立してしまっていた。

 そこに、ヒルダが姿を現した。


「――アタクシが思うに、この中に一人!! 要らない子がいるッス!!」


 ヒルダは自身の体を変形させ、巨人のような姿となって暴れ回る。

 結界によって能力を削がれたディオニスが、ヒルダの一撃を受けて吹き飛ばされた。


「く、そ……ッ」


 悪態をつきながら、ディオニスがゴロゴロと地面を転がる。

 そこへ、ヒルダがヘラヘラ笑いながら近付いていく。


「アンタ、弱いッスね! なんで勇者の仲間やってるんッスか?」

「――ッ」


 激昂したディオニスが立ち上がろうとするも、ヒルダはそれを許さない。

 瞬く間に人間のサイズに戻ると、ディオニスの顔面に膝を叩き込んだ。

 呻きながら、ディオニスが再び地面に倒れ込む。


「でも、アンタみたいなちっちゃな器で頑張ってる愚か者、嫌いじゃないッスよ?」


 ふざけたことを言いながら、ヒルダが体を変形させる。

 下半身が以上に膨れ上がり、腹部に巨大な口腔が生まれた。

 一口で人間を数人丸呑みできるほどに口を開き、ヒルダがディオニスに襲い掛かった。


「馬鹿にするなぁ!! 僕は鬼族最強の“水鬼”で……」

「あっはぁ! その愚かさが可愛いッスねぇ。可愛くて可愛くて可愛くて可愛くて、食べちゃいたいくらぁぁぁぁい!!」


 巨大な口が、ディオニスに迫る。


「お一人様、おー死まい!!」

「僕を甘く見過ぎなんだよ、お前ぇぇ……!」


 懐から剣を取り出し、ディオニスが振りかぶる。

 そして、不完全な体勢のまま、上段から剣を振り下ろした。


「第一鬼剣・断界ぃぃぃぃッ!!」


 剣が煌めく。

 刹那、ヒルダは巨大な口ごと、真っ二つに両断されていた。


「うっひゃあ!!」 


 半分になったまま、ヒルダが目を見開く。


「驚いた、そんな技が使えるんッスか!? なのにその小物感!! くぅ、逆に痺れるッスねぇ!! アンタは生かしておいた方が、後々楽しめそうッス!!」

「馬鹿にしやがってぇ!」


 激怒し、ヒルダに斬り掛かろうとするディオニス。

 だが、既にヒルダの興味は別の方に移っていた。


「――けどアンタは駄目ッスよ、ルシフィナ・エミリオール」


 そんな言葉とともに、ルシフィナを覆っていた結界が消滅した。

 ヒルダは足をバネのように変形させ、一息でルシフィナの元まで跳躍する。

 天理剣で迎撃するルシフィナだが、ヒルダの猛攻に徐々に追い詰められていった。


「アンタはツマラナイ。ツマラナイは死。お解り?」

「……っ」


 そう言って、ヒルダがルシフィナにトドメを刺そうとする。


「――させねえよ」


 そのタイミングで、俺が間に割り込んだ。

 力尽くで結界を突破し、ここまでやってきたのだ。


「“魔撃反射インパクト・ミラー”」


 反転したヒルダの攻撃が、倍の威力となってヒルダ自身を引き裂く。

 一瞬動きが止まったところに、俺は氷の魔術を叩き込んだ。


「寒ス!?」


 そのまま、凍結するヒルダ。

 氷塊に攻撃を加え、粉々に砕いておく。


「大丈夫か、ルシフィナ」

「は、はい。助かりました。ありがとうございます」


 手を取って、ルシフィナを立ち上がらせるのとほぼ同時だった。


「ヒルダちゃん、リターンズ!! ふひー、一瞬、冥府に行ったお婆ちゃんの姿が見えたッスよ」


 事も無げに氷を溶かし、バラバラになった体を繋ぎ合わせたヒルダが立ち上がった。


「まあ、アタクシにはお婆ちゃんどころか、両親もいないんッスけど!! 天涯孤独パーフェクトビューティ!! それがヒルダちゃんなのでした!!」

「凍らせても駄目か……」


 ヒルダを殺すために、これまで色々な手段を試してきた。

 頭を潰し、心臓を潰し、粉々にし、燃やし、凍らせ、封印し――それでも殺すに至っていない。

 驚異的な再生能力と、氷や封印を解除する魔術の腕が原因だ。

 後は、跡形もなく消滅させるくらいしか思いつかない。


「いやはや。アタクシ、“シェイプシフター”の突然変異らしくって、肉親がいないんッスよね。それでもほら、こんな愉快な性格ッスから、慕ってくれる仲間はたくさんいたんッスけど……。あ、過去形なのは、全員、アタクシがお遊びで殺しちゃったからッス!!」

「なあ……ヒルダ」

「何ッスか、アマっち」

「家族もいない。仲間もいない。それでお前……何で、戦ってるんだ?」


 こいつは、仲間を囮や捨て駒にして楽しんでいる。

 とてもじゃないが、魔族や魔王軍のために戦っているとは思えなかった。


「そらぁ、オルテギアサマの近くで、面白いモノを見たいからッスよ」

「……何だと?」

「ほら、アタクシは戦場エンジョイ勢ッスから、特等席でああいう革命児が何をするのかを見るのが愉しいんッスよね。やー、アマっちと、オルテギアサマが戦ったらどうなるのか、今からワクワクッスねー」


 気持ち悪い、と思った。

 この女は、ふざけた言動をして自分の本心を隠している――わけではない。

 今、こいつは本当のことを口にしている。

 それが、どうしようもなく気持ち悪かった。


「ふざけないでください」


 そこで、ルシフィナが怒りの声を上げた。


「そんなふざけたことのために、貴方は大勢の人を犠牲にしているのですか!?」

「……あー冷めるッスね。なんつーか、白々しいっつーか、臭いっつーか。端的に申し上げて、アタクシ、貴方のことが嫌いです」

「……私だって、貴方のことは嫌いですよ」

「わーい、分かり合えた! やったね!」


 そんなふざけたことを言った後、


「じゃあ、そろそろ剣のお稽古があるので、本日はこれにて」


 ヒルダはくるりと俺達に背を向けて、走り出した。

 追い掛けるが、結界や、他の魔族の攻撃によって阻まれる。

 今回も、まんまとヒルダに逃げられてしまった。


 その後も、何度も交戦しては、俺達はヒルダに逃げられた。

 そうして時は流れ、この女と決着が付いたのはかなり後のことだ。


 決戦の地は帝国。

 死沼迷宮を攻略した、すぐ後のことだった。



 ――てへぺろ、と舌を出しながら浮かべながら現れたのは、アイドラーだった。


「……お前、どうやったここまで来たんだ?」

「気配を遮断して、こっそりだね」


 気配を遮断、か。

 今は若干緩めているようだが、こいつが本気を出したら俺でも気付くのは難しいかもしれない。

 人犬種達の見張りを掻い潜ることくらいは、問題なくできるだろうな。


「伊織君が虚空迷宮を潰しに来るだろうと思って、この森にやってきたんだよ」

「俺を追ってきたのか?」

「うん。君達が無事か心配でね。ほら、君達がオルテギアを殺してくれないと、ボク、一生魔物に追いかけ続けられることになるわけだし」


 確か前に、アイドラーはオルテギアによって、魔物に追われる呪いを掛けられた、と言っていたな。

 その呪いを解除するために、オルテギアを殺したがっているんだったか。


「まあ良い。そういえば、あの時真っ逆さまに落ちてったが、大丈夫だったのか?」

「大丈夫だと思ったけど、着地に失敗してちょっと死にかけたね。しばらく気絶してたよ。こんな可愛らしいボクが、気絶している間に襲われなかったのは奇跡だよね」

「……言ってろ」


 こいつと喋っていると、疲れる。

 エルフィを数倍面倒くさくした感じだな。


「俺達はベルディアに乗ってきたが、お前はどうやって来たんだ?」

「召喚陣を使ってチョイッとね。前にこの森に来た時、こっそり仕掛けてたんだよ。今回ので壊れちゃったけどね」

「召喚陣を作れるのか……?」

「たくさんの魔石と、補助の魔力付与品マジックアイテムがあれば何とか。まあ、数ヶ月単位で掛かっちゃうけどね」


 召喚陣を作るには、優秀な魔術師が数十人規模で集まり、一年近くの時間を掛けなければならない。

 それを一人で、しかも数ヶ月で作れる……?

 やはり、こいつの魔術の才能は異常だ。

『勇者の証』を持っている俺でも、こいつのように大量の魔術を使いこなすことができない。

 

「一体、どこでこれだけの魔術を習得したんだ?」

「どこで……っていうのはないかな。言い伝えとか伝承とか、昔の記録を漁って、自分で使えないか片っ端から試したんだよね。その結果、今の天才なボクになったってわけさ」

「それは凄いな。“冥人乖離”っていう魔術も、伝承から再現したのか?」


 リューザスが、“死神”から教わっていた魔術だ。

 確か、冥界に存在をズラして、相手の攻撃を回避するという喪失魔術。


「ん、そうだよ」

「俺でも、使えるか?」


 あれはかなり便利な魔術だった。

 どんな攻撃でも、回避することができるからな。


 だが、アイドラーは険しい顔をして首を振った。


「やめておいた方が良いよ。リューザスに教えて気付いたけど、あれは習得した人間の体を蝕む禁術だ。彼ほどの魔術の才能があっても、習得すればただじゃすまない」


 そういえば、死神のせいで、魔術がまともに使えなくなった……みたいなことを言っていたな。


「それに、仮に使えたとしても、使用する度に魂が削れてしまう。便利な魔術に見えたかも知れないけど、リスクが高いんだ」

「……なるほどな」

「冥府……ああ、最近は冥界って言うんだっけ。冥界は生身の人間を拒絶して消滅させようとするからね。一瞬あっちに行くだけでも、大変なことだよ」

「…………」


 そんなことよりも、と。

 アイドラーは真面目な顔をして話を切り替えた。


「……歪曲が死んだみたいだよ」

「……!」


 歪曲。

 魔王軍、四天王。

 ヴォルク・グランベリア。


「……どうして死んだんだ」

「ルシフィナに殺されたみたいだ」

「――――」


 あいつは、借りを返すと言って、ルシフィナの相手をしていた。

 まさか、あの場で殺されていたのか?


「殺されたのは、君達が砦を去った少し後だよ」


 俺の考えを否定するように、アイドラーが言った。

 

「ルシフィナは、あの村の中に自分の部下を忍び込ませていたんだ。それで村人を皆殺しにして、帰ってきた歪曲も一緒に殺した」

「村に……部下を」


 その言葉に、俺はハッとした。

 あの村にいた時の、アイドラーの言動を思い出したからだ。

 村を去る間際、アイドラーはジッと村を見ていた。

 そして、「どうした」と問うたベルディアにこう答えていた。


『んー……。いや、何でもない。どうにかなることでもないしね』


 アイドラーを睨み、低い声で聞く。


「アイドラー。お前、ルシフィナの部下に気付いていたな」

「うん」


 事も無げに、アイドラーは頷いた。


「何故言わなかった」

「言っても、どうしようもなかったから」

「お前が言っていれば、あの村の人達は死ななかったかもしれない」


 すると、アイドラーは心外といった顔をした。


「いや、まさか仲間割れをして、ルシフィナが“歪曲”を殺すなんてボクに分かるわけないでしょ? それに、あの部下達は特に何をする様子も見せなかったわけだし。これってボクが責められなきゃいけないことかな?」

「……そうか、いや、そうだな」


 その言葉で頭を冷やす。

 今のは俺が間違っていた。

 言いがかりだ。

 そもそもこいつは魔王軍の連中に味方をする理由なんてないのだ。

 アイドラーを責めるのはお門違いだった。


「伊織君。君のその甘さ……優しさは、一緒にいる上では心地良いものだ。けれど、勝つ上では邪魔になることも往々にしてある。それを、君は知っているはずだよ」


 優しい口調で、アイドラーに諭される。

 その通りだ。

 俺は、甘い。


「……悪い」

「ううん、気にしなくていいよ。今も言ったけど、伊織君の優しさは心地良い。ボクは好きだよ。だからこそ……ボクの冷たさが、際立ってしまっているけどね」

「…………」

「あのね、伊織君。ボクは、どんな手を使ってでもオルテギアを殺すと決めているんだ」


 桃色の双眸で俺を見つめながら、アイドラーはハッキリとした口調でそう言った。


「見ての通り、ボクは強くない。小細工はたくさんできるけど、それだけだ。オルテギアを殺すためには、ボクは手段を選ぶことができないんだよ」


 確かに、アイドラーが自力でオルテギアを殺すのは不可能だ。

 それどころか、四天王にすら勝つことは難しいだろう。


「だから、どんなことでもする。卑怯者のそしりを受けようが、臆病者と罵られようが構わない。ボクは絶対に、オルテギアを殺して、復讐を成し遂げないといけないんだ」


 いつも見せている、ふざけた態度はどこにもない。

 静かに、だが確かに内面にある憎悪を滲ませて、アイドラーはそう言い切った。


「それは……呪いを掛けられたことへの復讐か?」

「それもあるよ。だけど、それだけじゃない」


 以前、アイドラーは言っていた。

 自分は争いが嫌いで、魔王軍には籍だけを置いていた。

 しかし、オルテギアが魔王になった際に、魔王軍から追い出され、今の体質にされたと。

 それ以上のことは聞いていない。


「伊織君。君は、自分の大事な人を手に掛けたことがあるかい?」


 不意に、アイドラーはそんな問いを投げ掛けてきた。


「家族でも、恋人でも、親友でも良い。大事な人を、その手で殺したことはあるかい?」

「……ないな」

「ボクはある」


 驚くほど、冷たい口調だった。


「……ボクには、親友がいたんだ。掛け替えのない、たった一人の親友が」

「……親友」

「ボクは、あいつと一緒にいられるだけでそれで良かった。それだけで幸せだった」


 ――けれど、幸せは続かなかった。


「純粋な奴でさ。悪い奴に、コロッと騙されちゃったんだよね。自分が間違ってるって気付かずに、あいつはたくさん間違っていることをした」


 アイドラーはそれを止めようとした。

 親友を説得し、また、親友を唆している者にやめるように叫んだ。

 しかし、それでも親友は止まらなかった。


 一人では親友を止められないと悟ったアイドラーは、仲間に頼った。

 仲間とともに、親友を誑かす悪者を倒しに行った。


「けど……けどさぁ」


 目尻に涙を浮かばせ、震え声でアイドラーは話を続ける。


「その……なか、仲間に……ボクは、裏切られちゃったんだよ」


 血が出るのも構わず、アイドラーは唇を強く噛みしめる。

 ゴシゴシと顔を擦って、涙を拭った。


「仲間だと思っていた奴らは、親友を誑かした奴らと繋がっていたんだ。何も知らなかったボクは、あっさりと騙されて、殺されそうになったよ」


 アイドラーは、何とかその場から逃げ遂せた。

 その逃げた先に、親友が待ち構えていた。

 親友はアイドラーに襲い掛かってきたという。


「前、ボクの背中見たでしょ? あのおっきな傷は、親友に斬られてできた傷なんだよ」


 そこからは、アイドラーも記憶が曖昧だという。


「けど一つだけ、ハッキリ覚えていることがある。この手で、あいつを殺す感触さ」


 無我夢中で、アイドラーは抵抗した。

 その結果、アイドラーは殺してしまったという。


「……ボクは決めたんだ。あいつを騙した連中を……ボクを裏切った奴らを、絶対に許さないって」


 それから、アイドラーは秘密裏に暗躍して、復讐をしてきたらしい。

 

「魔王軍に入ったのは、その方が復讐するのに都合が良かったからだ。一応は、庇護下に入ることができるし、行動もしやすくなる」


 アイドラーは魔王軍に入りながら、復讐を続けた。


「そして今、ボクは復讐の完遂を目前にして、足踏みしているんだ」

「……つまり、お前の最後の復讐相手っていうのが」

「そう、オルテギアさ。まあ……復讐どころか、魔王軍を追い出された挙句、魔物に追い掛けられるハメになっているけどね」


 自嘲するように、アイドラーが笑う。

 

「……ボクを馬鹿だと笑うかい? 裏切られて、親友を殺して……その挙句、弱いくせに、復讐しようなんてってさ」

「笑うわけないだろ」


 笑えるわけが、ない。


「……君は優しいね」


 そう言って、アイドラーが俺の手に、自分の手を重ねてきた。


「……うん。やっぱり、君といると心地良いや」

「…………」

「ボクのは、こんな感じ。つまらない話しちゃって、ごめんね?」

「……聞いたのは俺だ」

「ふふ。そうだったね」


 初めて、アイドラーの心の声を聞いたような気がした。

 普段、ふざけた言動を取っているのは、相手を油断させるためだったのかもしれないな。

 ……エルフィと同じように、素という可能性もあるが。


「だーから、ボクは反オルテギアのエルフィスザークにはかなり期待しているんだ。彼女と一緒にいる、君にもね」

「なるほどな」

「……でも、ふと思ったんだけど、伊織君もエルフィスザークと一緒にオルテギアを殺すの?」

「どうしてそんなことを聞くんだ?」

「んー。君はルシフィナを強く憎んでいるみたいだけど……オルテギアはどうなのかなって思って。話をした感じ、伊織君はオルテギアを憎んでいる様子はないみたいだからさ。オルテギアを殺す気が本当にあるのかって疑問に思ったんだ」


 確かに……俺はオルテギアを憎んでいるわけではない。

 敵ではあったが、ルシフィナ達のように裏切られたわけではないからだ。


「確かに、俺はオルテギアに恨みがあるわけじゃない。敵ではあっても、復讐対象ではないからな。……それでも、俺はエルフィと一緒にオルテギアを殺しに行くよ」


 そういう契約だ。

 俺は、あいつの復讐の手助けをする。

 復讐の終わりまで、一緒にいると決めたからな。


「ふぅん、そっか」


 微妙そうな表情で、アイドラーは頷いた。

 理解はしたが、納得はしていないという風だ。

 その部分が気になりはしたが、俺は他にもっと、アイドラーに聞かなければいけないことがあるのを思い出した。

 

「なあ、アイドラー」

「うん?」

「お前、千変って知ってるか?」


 “千変”ヒルダ。

 三十年前の、魔王軍四天王。


「あーうん、一応知ってるよ。確か、帝国で死んだ四天王だよね」

「ああ、そうだ」

「それがどうかしたの?」

「いや。じゃあ、アイドラー」

「うん?」


 俺は、


「■■■■■■■■■■■を知ってるか? 近いモノでもいい」


 そう尋ねた。


「――――――」


 アイドラーが目を見開く。

 

「……どうして、そんなことを聞くの?」

「俺が、勝つためだ」


 しばらく考え込んだ後、アイドラーは答えた。

 知っている、と。



 それから、しばらく話をした。


 俺は、あいつのことを良く知っている。

 だからこそ、あいつも俺の弱みを良く知っている。


 アイドラーとの会話で、確信した。

 虚空迷宮で俺を待ち構えているのは、ルシフィナだと。


「……頼めるか?」

「大丈夫。ちょっと危ないけど、協力してくれる人がいるなら大丈夫だと思う」

「悪いな」


 会話を終えて、俺は部屋に戻ることにした。

 流石に、これ以上の長話は不味いだろう。

 夜も深くなってきたし、明日以降に備えてもう眠った方が良さそうだ。


「ねえ」

 

 立ち上がった俺を見て、アイドラーが聞いてきた。


「当たるか、外れるか。伊織君は、どっち・・・が良い?」

「……どっちでも、俺のやることは変わらない」

「ん、そっか」


 そのまま去ろうとすると、アイドラーに服の裾を摘まれた。


「……気を付けてね」

「ああ」


 頷く。

 

 最大限に、気を付けなければならないだろう。

 どっち・・・が良いかなんて、最悪過ぎて考えたくはないが。

 当たっていたとすれば、


 ――俺は、あいつに勝てないからだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ