表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
120/165

第十五話 『元魔王と元勇者』

 

 ――煙を吹き上げる砦の姿が、次第に遠のいていく。


 龍の姿に戻ったベルディアの背に乗り、俺達は砦を後にした。

 追手はあったが、空中戦において、エルフィの魔眼は反則級の力を誇る。

 龍種や鳥型の魔物に乗って追いかけてきた魔族達は、抵抗すらできずに撃ち落とされていた。


 ルシフィナや歪曲がどうなったかは分からない。

 逃走経路に選んだのは、来た道と全くの逆方向からだからだ。

 まだ周辺にいる可能性が高かったが、幸いなことに出会すことはなかった。


 疲労困憊のベルディアに治癒魔術をかけて、誤魔化し誤魔化し飛行してしばらく。

 追手を振り切った俺達は、進行方向に深い森を発見した。

 監視の目に警戒しながら、俺達はひとまずこの森で休息することにした。


 これで、一段落。


 当初の目的だった、エルフィの回収に成功した。

 また、今後の活動の障害になるであろう、四天王の一角を落とすことにも成功した。

 帝国からの侵攻を守っていた砦の防衛力が著しく落ちたことで、魔王軍もしばらくてんてこ舞いだろう。

 

 エルフィも、仲間を裏切った相手に復讐を果たすことができた。

 アイドラーの行方や、四天王の側近が弱すぎた点など、いくつかの疑問点はあるが、それを加味しても上等な結果だろう。


 だがそれは、あくまで結果だけを見た場合の話だ。

 当事者の心境は、含まれていない。

 


 深い森には、当然多くの魔物が生息している。

 幸いにもそれほど強い魔物はいないようだが、量の方は相当多い。

 念を入れて、周囲にはかなり強めの結界を張っておいた。

 重ねて、結界の存在を隠蔽する魔術も使っておく。

 これで、一日くらいは誰にも見つかることはないだろう。


『……はぁ……はぁ……はぁ』


 森に降りてすぐ、ベルディアは力尽きて地面に倒れてしまった。

 当然だ。半日飛び続けて、砦で戦闘し、そこからまた飛行したのだから。

 むしろ、ここまで持ったことの方が驚きだ。


 それも、エルフィの存在があってこそだろう。


「ご苦労だったな、ベルディアちゃん」


 エルフィが、ぐったりとしたベルディアに労いの言葉をかけた。

 慈愛を感じさせる手つきで、優しくベルディアの頭を撫でている。


『……ご主人様ぁ……』


 ベルディアも、甘えるような声を出し、ズリズリとエルフィに頭を擦り付けている。


「お前が生きていてくれて、私は嬉しい。凄く嬉しいぞ」

『……ずっと、会いたかった』

「ベルディアちゃん……。ひしっ」

『……ひしっ』


 効果音付きで、二人が抱き合っている。

 いや、ベルディアは龍のままだから、厳密には抱き合えていないのだが。

 確かに、これは部下というよりはペットだな……。


「しかし……驚いたぞ。まさか、ベルディアちゃんが人になれるなんて」

『……頑張ったら、できた』

「おお。流石、私のペットだな!」


 満面の笑みで、エルフィが自分の手柄のように胸を張って喜んでいる。


「そうだ、ここまで長旅だっただろう。体は大丈夫か?」

『……うん、大丈夫。ご主人様こそ、大丈夫?』

「うむ。見ての通り、私はピンピンしているぞ! 胴体も戻ったし、すこぶる元気だ!」

『…………』


 そこで、エルフィが野営の準備をしていた俺に視線を向けてきた。


「伊織も、来てくれて助かった。流石の私も、もう駄目だと思ったぞ」

「……ああ」

 

 頷きながら、手を動かす。


「道中色々あった。それも、後で説明するよ」

「うむ……。それはそうと、少し腹が減ったな! ご飯を食べたいぞ、伊織!」


 そう言って、エルフィが腹を擦る。

 まあ、あんな砦では、まともに飯も食えてないだろうからな。

 ポーチを漁り、調理道具を取り出す。


 保存してあった食材を取ろうとして、


『…………』


 ジッと俺を見つめる、ベルディアの視線に気付いた。


「……三人分作るには、少し材料が足りないかもな」


 俺は、そう呟いた。


「む……そうなのか? では、私が保存しているとっておきの肉を」

「いや。森を降りる時に、周囲に木の実や、獣がいるのが目に入った。せっかくだし、そっちを使おう」


 そう言って、ベルディアの方を向く。


「ベルディア。食材を探してきてくれないか?」

「む、おい伊織。別にベルディアちゃんを使わなくても良いだろう。道中疲れているのだぞ」


 怪訝な顔をして、エルフィが反発してきた。

 まあ、当然の反応だな。


『……大丈夫』


 しかし、ベルディアはのっそりと体を持ち上げた。


『……私、行ってくる』

「別に、無理をしなくても良いのだぞ? 食材なら私も持っているし」

『……ううん。何だか急に食材が取りたくて取りたくて仕方なくなってきた。きっと黒炎龍カースドラゴンの本能。めっちゃ行きたい』

「そ、そんなに行きたいのなら、構わないが……」


 ベルディアは食材を探しに、のそのそと拠点から離れていく。

 その間際、


『……お願い』


 そんなことを、言い残して。


「むぅ、行ってしまった」


 去っていったベルディアを見て、不満げにエルフィが呟く。


「それにしても、ベルディアちゃんが私以外の者の言うことを素直に聞くとはな」


 どうやら、エルフィ以外の者には結構反発していたらしい。

 何となく、アイドラーへの態度を見れば分かったけどな。


「随分と、仲良くなったのだな」

「まあな」

「ふむ……。しかし本当に、お腹が減った。前に伊織と食べた、ばーにゃかうだとか食べたいな。流石にソースがないから厳しいか。むぅ」


 腕を組み、明るい口調でエルフィは喋る。

 黙っている俺に気付かず、空回っている。

 もう、見ていられなかった。


「エルフィ」

「む? どうした、伊織よ」

「俺は、お前の部下じゃない」


 エルフィの目を見て、言う。


「だから、強がらなくて良い」


 一瞬の間が空いた。


「……ふむ、何だ急に。別に私は強がっていないぞ」


 伊織は何を言っているのだ、とエルフィは苦笑いする。


「まったく、ベルディアちゃんにも言ったが、私はこの通りピンピンしているぞ。あの程度でどうにかなるほど、この私はやわではないわ。そんなことより、私は腹が減っていてだな」


 エルフィは、いつものように笑い、いつものように喋り、いつものように空腹を主張する。

 だけど、


「酷い顔を、してるぞ」


 その言葉に、エルフィの瞳が揺れた。

 それでも平静を保とうと、言葉を紡ごうとするエルフィに、


「そんな、ことは」

「俺はお前の部下じゃない。散々、お前に情けないところを見せて、どうにかここまでやってこれた弱い男だ」

「…………」

「だから、強がらなくて良い」


 俺は、最初と同じ言葉を投げ掛けた。


「わ……私は、別に」


 そう言いかけて、エルフィは言葉に詰まった。

 口元を震わせ、金色の瞳が何かを堪えるように細まる。


 ――強い女だと、思っていた。


 約束を反故にされ、仲間を惨殺されて、三十年も暗闇の中に閉じ込められていた。

 それなのに、エルフィはいつも笑っていた。

 宿敵だったはずの俺の前でもはしゃいで見せて、道化のように振る舞って。

 

 だから、俺はエルフィスザークを強い女だと思っていた。


 ――嫌だ……嫌なんだ。暗いのは……もう。

 ――一人に、しないでくれ。


 だが、違うのだ。

 強いわけではなかった。

 魔王として、そして復讐を果たすために。

 この女は、強かであるという仮面を被らざるを得なかったのだ。


「…………」


 目の前の女は、酷い顔をしていた。

 涙を必死に堪らえようと笑みを浮かべ、震える唇を隠すために大きな声を出す。

 きっと俺も、こんな顔をしていたのだろうと思った。


 その時に胸に湧き上がったのは、言葉に出来ない感情だった。

 怒りとも、悲しみとも違う何かだった。

 その感情を堪えきれず、俺は。


「エルフィ」


 気付けば、エルフィを抱きしめていた。


「大丈夫だ」


 腕の中で、エルフィが息を呑む。


「……ぁ」


 エルフィが、言葉にならない声をあげる。

 ビクリ、と小さく体を震わせる。

 何度も息を吐き出し、そして。


「……殺した」


 ゆっくりと、エルフィはそう言った。


「あいつを……グレイシアを、殺した」

「……ああ」

「あいつは……私の仲間を殺したのだ。私を、裏切った。だから……」


 金色の瞳から、雫が零れ落ちた。

 一つ落ちたそれは、次第に堰を切ったかのように数を増していく。


「だから……っ、殺さなくては、ならなかった!」

「……ああ」

「あいつは……真面目で、いつも私を心配してくれて……だから……っ。ご飯も、よく作ってくれて……っ。私は、あいつが、好きで……っ」


 呼吸を乱し、声を震わせながら、エルフィは言う。


「なのに……トール達を……っ。殺して……人形にしてっ」

「…………」

「幸せだった……。あいつらと一緒に戦えて……一つの目的に進んでっ!! それだけで……私は……幸せだったのに……。ぁぁ……ああ……うぁああ」


 嗚咽を溢しながら、エルフィは俺の胸に顔を埋めた。

 俺の背に手を回し、強く抱き締めながら、押し殺して泣いている。

 その銀色の髪を、俺は梳くようにゆっくりと撫でた。


「……っ……」


 それから、どれくらいの時間が経っただろう。

 しゃくりあげながらも、エルフィは少しだけ落ち着いた。

 その頭を撫でながら、俺はエルフィに問う。

 

 或いは、それは残酷な問いだったかもしれない。

 それでも、聞かなければならなかった。


「復讐したことを、後悔しているか?」


 エルフィは、小さく首を横に振った。


「私は……決めたのだ。絶対に復讐を成し遂げて……先へ、進むと」


 俺を強く抱き締めながら、それでもハッキリと言う。


「だから、後悔はしていない」

「……そうか」


 再び、沈黙が続いた。

 エルフィが鼻を啜る音だけが聞こえてくる。


「……伊織」

「なんだ」


 エルフィが、ゆっくりと顔をあげた。


「――ありがとう」


 泣き腫れた目で俺を見上げながら、微笑んで、エルフィはそう言った。

 その表情に、言葉を失う。


「お前がいなかったら、私はまた暗闇の中に閉じ込められるところだった。何もできず、復讐も果たせず……今度こそ、終わってしまうところだった。だから……助けてくれて、ありがとう」

「それは……お互い様だ。俺もお前がいなければ、これまで復讐をすることはできなかった」


 そう言って、もう一度頭を撫でる。

 エルフィはくすぐったそうに、「ん」と息を溢した。

 そんな彼女を見て、俺はいつかのやり取りを思い出した。


「……俺達は似ているな、エルフィ」

「……ああ」


 エルフィも、思い出しただろうか。

 悲しげに微笑みながら、エルフィは頷いた。


「私はもう一度、魔王になる」


 俺の顔を見て、エルフィは静かにそう宣言した。


「魔王になって、今度こそ私は――」

「……今度こそ?」


 以前と、同じやり取り。

 だが、エルフィはその先を口にした。


「――人間と亜人、そして魔族。戦争を止め、すべての種族が手を取り合って生きていける世界を作る」


 正面から俺を見据え、エルフィはそう言った。


「お前となら、今度こそ私は戦争を終わらせることが出来ると――そう信じている」


 戦争を終わらせる。

 すべての種族が手を取り合っていける世界。


 それは。

 仲間達に嗤われ、そして俺自身も嗤った、甘い夢だ。

 

「知っていた」

「……」

「お前が、それを目指しているくらい、知ってたさ」


 エルフィは、今まで面と向かって俺に自分の目的を言わなかった。

 それは、何故か。

 俺が、世界平和だなんて心象りそうを憎んでいたからだ。


 出会った当初にエルフィが口にしていれば、俺は嘲笑していただろう。

 行動をともにすることも、恐らくなかったはずだ。


「――不可能だ。くだらない」

「…………」

「かつての力を取り戻しても、そう思う気持ちはある」


 それは変わらない。


「……だけど、俺はお前の心象りそうを嗤わない。無理だと、踏み躙ることはしない」

「…………」

「それでも……受け入れて協力することは、できない。俺はもう、皆を救う勇者は、やめたんだ」


 すべてに、自分に失望して。

 勇者をやめて、その先で、俺は復讐のために元魔王と組んだ。

 俺はもう、勇者じゃない。


 もし仮に、勇者に、“英雄”に戻る理由があるとすれば、それは――。


「ああ」


 俺の言葉に、エルフィは優しく頷いた。

 

「それで良い。だけど私は、お前が復讐を終えた先に、平和な世界が待っていると信じている」

「――――」


 ……俺には、その言葉が信じられない。

 復讐した後のことなんて、まだ考えられない。

 平和な世界を作るために英雄になるなんて、御免だ。


 しかし、そうだとしても。


「エルフィ」


 黄金の瞳を、俺は正面から見据える。


「俺は、最後まで復讐を成し遂げる。俺を裏切った者を、利用した者を、踏み躙った者を、一人残らず殺し尽くす」


 そのために。


「俺に協力してくれるのなら、俺もお前に協力しよう。

 俺の復讐に手を貸してくれるのならば、お前の復讐にも手を貸そう」


 裏切られ、欠けた者同士。

 復讐を成し遂げるために、こいつの力が必要だから。


「お前が俺の仲間である限り、俺はお前を裏切らない」


 だから――。


「復讐の終わりまでは、俺と一緒に来い――“元魔王”」


 手を伸ばし、俺は言った。

 

「――あぁ」


 元魔王が、俺の手を取る。

 

「言われずともそのつもりだ、“元勇者”」


 意趣返しのその言葉に、俺は思わず笑った。

 


 それからしばらくして、野兎を大量に持ったベルディアが帰ってきた。

 それを受け取り、皮の処理や血抜きなどを行った後、シチューの具材にした。

 グツグツと食材を煮ていると、エルフィが尋ねてくる。


「次に行く場所は決まっているのか?」

「当然だ」


 まだ、俺達には行かなければならない場所がある。


「最後の迷宮――“虚空迷宮”へ行く」


 虚空迷宮にある、最後の迷宮核。

 そして、エルフィの心臓。

 それを手に入れ、俺達は決戦のための力を取り戻す。


「……私も着いていく」


 人間形態に戻ったベルディアがそう言うと、エルフィは嬉しそうにはしゃいだ。


「ああ、嬉しいぞ、ベルディア! お前がいてくれれば十龍力だ!」

「……ん。よしよしして」

「よーしよしよし……よしよしよしよし」


 撫でるエルフィに、ベルディアが嬉しそうにしていた。

 しばらくして、俺の顔を見てくる。


「……私、頑張った。伊織も褒めて……?」

「断る。エルフィに撫でてもらってろ」

「……んぅ。意地悪……」


 そう言いながら、ベルディアは頬を染めて嬉しそうにしている。

 何なんだ、こいつ……。

 それから、ベルディアはふっと笑い、


「……伊織」

「何だ」

「……ありがと、ね」


 赤い目で俺を見つめながら、そう言った。

 その礼の意味を理解して、苦笑する。

 良いペットを持ったな、エルフィ。


「む……お前達、本当に仲良さげだな。何の話をしている? 私も混ぜろ」


 肝心のエルフィは、頬を膨らませて、少しつまらなさそうにしているが。


「……ご主人様を助けるまでに、色々あった」

「むぅ。気になるな。何があったのだ?」

「……それはね」


 楽しげに語らう二人を尻目に、俺は空を見上げる。

 日が傾き、空が茜色に染まり始めている。


 エルフィの理想には、賛同できない。


 受け入れ、協力することはできない。

 だが、まだ道は分かたれていない。

 俺達の復讐は、まだ終わっていないのだから。


 ――ルシフィナ。


 ……待っていろ。

 次は『お前』だ。

 俺を踏み躙ったことを後悔させてやる。



 こうして。


 “元魔王”と“元勇者”。

 

 交わるはずのなかった二人の旅は、続いていく。



 ――その先に何が待っているのかを、まだ知らずに。


 

明日の幕間で、七章完結です

ついにあの人が登場

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ