第十四話 『焛に沈む』
魔王軍四天王――“歪曲”。
ヴォルク・グランベリアは帰途についていた。
体の大部分に傷が刻まれており、額には包帯が巻かれている。
「……チッ。あのクソ女が……」
疼く傷に、ヴォルクは思わず毒づいた。
結局、ヴォルクとルシフィナの戦いに決着は付かなかった。
戦いの最中に、我慢の限界といった表情で、ルシフィナが勝負を切り上げて消えたからだ。
一人残されたヴォルクは、四天王の義務として、砦の後始末を行った。
ヴォルクが砦に到着した時には、すでに勇者とエルフィスザークは姿を消していた。
砦はあちこちが崩れ、また四天王のグレイシアも死亡していた。
ヴォルクは四天王の権限を使って、砦に残っていた魔族達に指示を出し、態勢を整えさせた。
また、レフィーゼに報告し、砦を管理するための魔族を派遣させた。
そうして一段落つけ、ヴォルクは一度自分の村に戻ることにした。
躾けた小型の龍種の背に乗り、ヴォルクは村へと向かう。
「……借りは返した。だから、次に会う時は敵だ、勇者」
過ぎていく風景を眺めなら、ふとヴォルクは思い出す。
自分が、今の自分になったきっかけを。
◆
ヴォルク達の村は昔、人間や魔物に襲われる度に移動する、定住しない村だった。
戦争に巻き込まれぬように、戦争には干渉せず、移動する村。
時折、魔王軍の者がやってきては、麾下に加わるように勧誘してくるが、当時の村の長――ヴォルクの父親は、それを断り続けていた。
戦争から逃げ回り、戦わぬその村を、魔族達は次第に馬鹿にするようになった。
戦わないヴォルク達を見て、亜人や人間からも腰抜けだと笑われることもあった。
ヴォルクは、村を馬鹿にする連中が許せなかった。
だが、父親は怒るヴォルクを宥めて言った。
『小さいことを気にすんな。本当に大事なもんにだけ目を向けろ。馬鹿にされようが舐められようが、大事なものを守れたらそれでいい』
そんなことを言い、村の名誉を守ろうともしない父親を、ヴォルクは腰抜けだと思った。
苛立ち、憎んだこともある。
ある日のことだ。
村は移動した先で、龍種に襲撃された。
戦争の影響で住処を終われ、ここまで逃げてきたのだろう。
大量の龍種が村に降り立ち、村人達を襲い始めた。
力のないヴォルクは、ただ逃げることしかできなかった。
戦うことも出来ず、逃げるしかなかった。
そんな中で、村を守るために最後まで戦ったのは、ヴォルクの父親だった。
傷だらけになりながらも、村人を一人でも多く助けるために戦い続けた。
逃げよう、と叫ぶヴォルクに向かって、父親は言った。
『仲間を守るためだったら、嫌なことがあっても俺は筋を曲げる。けどな、本当に大事なものは折るんじゃねえ。最後まで筋を貫き通せ』
そうして、父親は多くの村人を救い、死んだ。
その父親の遺志を継いで、ヴォルクは戦士長になった。
『曲がれど、折れず』。
どんな主義主張も、大切なものを守るためにだったら曲げる。
だけど、仲間を守るという一点だけは折らない。
それが、ヴォルク・グランベリアという男の生き方だ。
父親の想いがきっかけで、ヴォルクは今の自分になった。
だから、これからもヴォルクは村を守るために戦い続けるだろう。
それが、彼の生きる理由なのだから――――。
◆
――村は劫火に包まれていた。
帰還したヴォルクが見たのは、激しく火の手の上がる自分の村だった。
村を守っていた結界はなく、建物の多くが崩壊し、村人の姿が見えない。
その惨状を目の当たりにして、ヴォルクは絶句した。
「何だよ……これ」
龍から飛び降り、村の中に入る。
あちこちに村人の死体、そして魔物の死体が転がっていた。
見知った顔が骸となっているのを見て呻きながら、ヴォルクは走る。
しばらく走り、魔物の死体が大量に転がっているのが見えた。
その中央に、一人の女性が倒れている。
それは、副戦士長の一人、タイラだった。
「タイラッ!!」
駆け寄ったヴォルクが見たのは、全身をズタズタに引き裂かれ、息絶え絶えになったタイラだった。
地面を赤く濡らしている血は、どう見ても致死量。
治癒魔術を使っても、助かる見込みはない。
「戦士……長。すいま……せん」
「どうした! 何があった!」
「村人が……裏切り、魔物を……中に引き入れたのです……。その数に……村を、守りきれず……」
「……ッ」
裏切った村人は、新参者の女性達。
『ディオニスが昔、奴隷にしていた女性達』だと言う。
「クルーグと……ベッドルトも……すでに、魔物にやられて……」
「もう良い……喋るな、タイラ」
「戦士長……すいま、せん……でした」
その言葉を最後に、タイラは息を引き取った。
閉じられた瞳から、涙が零れ落ちる。
「クソ……クソがぁぁあああああああッ!!」
絶叫し、ヴォルクは走る。
村にはまだ魔物が残っており、叫びを聞きつけてヴォルクに殺到してくる。
「おォォォぁあああああああ!!」
薙刀を振るい、ヴォルクは魔物を一蹴する。
歪曲の前に、魔物は手も足も出ない。
「ふざけるな……ふざけるなァァァァ――!!」
村の守りは完璧だった。
四天王が攻めて来ても、聖堂騎士団が攻めて来ても、守りきれるだけの強固さはあった。
しかし、それはあくまで外からの攻撃に対しての話だ。
裏切り者を想定していない内側からの攻撃は想定していなかった。
それでも、ヴォルクがいればどうにかなった。
どんな敵が来ようとも、心象魔術を使えば対処できたはずだった。
「俺が……この村を空けなければ。俺が……俺がァァ!! ちくしょォオオオ!!」
村は灼かれ、生存者は見つからない。
どこへ行っても、転がっているのは死体ばかり。
村を裏切ったという女性達の姿はどこにも見当たらなかった。
「誰か……誰か……いねぇのか……」
ヴォルクが膝から崩れ落ちそうになった、その時だった。
「戦士……長……?」
村の一角。
火の手があまり届いていなかった建物の中から、四人の子供が出てきた。
煤で服が汚れているが、大きな怪我をしているようには見えない。
「良かった……お前ら……」
すぐさま、子供達に駆け寄るヴォルク。
たった四人。
それでも、生きていてくれて本当に良かった。
安堵から、ヴォルクの瞳に涙が浮かんだ時だった。
ドスッ、と。
鈍い衝撃が、腹部に走った。
「……あ?」
腹部に突き刺さっている、小さなナイフ。
それを握っていたのは、子供だった。
「お……い。何をして……」
そう言いかけて、ヴォルクは気付いた。
子供達の瞳に、光がない。
明らかに、異常な目付きをしていた。
「お姉さんに聞いたんだ。戦士長のせいで、僕のお父さんとお母さんが死んだって」
「戦士長が殺した」
「戦士長のせいだ」
「お前のせいだ。お前が殺した。お前が」
狂気じみた目付きで、四人の子供達はヴォルクを睨み付ける。
三人の子供は、ただ恨みがましくヴォルクを見ているだけ。
だが、ヴォルクにナイフを刺した子供は、獣のような叫び声を上げて、隠し持っていたもう一本のナイフでヴォルクに襲い掛かる。
「おい、やめろ……! おいッ!! 何があった!?」
「お前がァァァァ!!」
錯乱した子供に、ヴォルクの言葉は届かない。
やむを得ず、子供を気絶させようとした時だった。
「あが――っ」
唐突に、子供が弾けて死んだ。
肉塊がぼたぼたと飛び散り、辺り一面を赤く染めていく。
「貴方に言わせれば、仲間は助け合うもの、でしたよね」
耳心地の良い、女性の声が聞こえた。
「その考えに則って、子供に殺されそうな貴方を助けてあげましたよ?」
屋根を見上げたヴォルクの視線の先に、ルシフィナが立っていた。
『天理剣』を握り、ニヤニヤと嗤いながらこちらを見下ろしている。
ヴォルクが、ブルブルと体を震わせる。
「てめぇか……」
「はい?」
「ルシフィナぁぁぁッ!! てめぇの仕業かッ!!」
「あら、何のことですか? 私は仲間の村が襲われているのを気にして、助けに来たんですよ」
「――ッ」
聞く価値のない戯言。
憤怒のまま、ヴォルクがルシフィナに斬りかかろうとした時だった。
「――子供、巻き込んでしまいますね?」
囁くようにルシフィナはそう言った。
はっとして、子供達に視線を向けるヴォルク。
三人は、恨みがましい目でヴォルクを睨んだまま、先ほどから黙っている。
「何が……目的だ」
「あら、人聞きが悪いですね。私は別に、子供達を殺したいわけじゃないんですよ?」
「……ッ」
白々しいその言葉に、ヴォルクの頭が真っ白になりかける。
それでも踏みとどまったのは、腹部に刺さったナイフの痛みと、傍らの子供達がいたからだろう。
「ただ、貴方に襲われるのは嫌なので……そうですね。でしたら、これを飲んでもらえますか?」
そう言って、ルシフィナは液体の入った瓶を投げてきた。
それを受け取り、ヴォルクは中身を確認する。
瓶の中に入っているのは、半透明の液体だ。
水――に見えるが、そんなものをルシフィナが渡してくるはずもない。
「…………」
瓶に視線を落とし、沈黙するヴォルク。
ルシフィナはそれを見て、『天理剣』を傾けながら、微笑んでいる。
「これを……飲めば、子供達には手を出さないんだな……?」
「手を出さないもなにも、魔族の未来を担う有望な若者です。そんな萌木に手を出すなんてこと、私もしたくありませんから」
レーヴァス砦の前で戦って、分かった。
ルシフィナは強い。
子供を守りながら戦える相手ではない。
だから、最初からヴォルクには選択肢はなかった。
「……っ」
瓶を開け、ヴォルクは中の液体を一息に嚥下した。
生温い無味の液体が、喉を伝って体内へと降りていく。
やがて、
「う……ぐッ!?」
体内に激痛が走り、ヴォルクは呻いた。
まるで、体の中で小さな何かが暴れ回っているような、そんな痛みだった。
脂汗を流しながら、唇を噛み締めてヴォルクは意識を保つ。
そんなヴォルクを見て、ルシフィナは感心したような声を上げた。
「流石は四天王の一角ですね。『鬼の爪』を飲んで、まだ立っていられるなんて」
「鬼の、爪……ッ」
平然と、ルシフィナは猛毒の名前を口にした。
「やっぱり、この毒は魔力耐性が強い人に飲ませるものじゃないですね。四天王クラスでこの程度の効き目しかないんだったら、レフィーゼさんやオルテギアさんにはまったく通じないでしょうし。アマツさんに通じる道理がありませんよね」
クスクスと、ルシフィナは楽しそうに笑う。
遠いいつかを思い出しているように、懐かしげな表情で。
「これで……満足か?」
「ええ。効き目が薄いと言っても、数分の間は貴方に襲われる心配もなくなりました。これで、ひとまず私は自分の無事を確保できたわけです。だから、白状しますね?」
そう言って、ルシフィナは笑みを浮かべた。
その悍ましい笑みを見て、ヴォルクは思わず目を見開く。
まるで、この世の悪意を煮詰めたような、そんな邪悪な笑みだった。
「――この村を燃やしたの、私なんですよ」
ニヤニヤと嗤いながら、ルシフィナは言う。
「いやぁ、苦労しましたよ。思いの他、村の守りが厳重で、私でも簡単には中に入れないんですからね。だから、村の中から攻めさせてもらいました」
「――――」
「ほら、貴方、ディオニスさんが残した奴隷達を引き取ったじゃないですか。あの中には、私好みに調教した子が何人か混ざっていたんですよ。本当は、ディオニスさんを殺す時に役立ってもらうつもりだったんですが、今回、いい具合に役立ってくれました」
「――――」
「内側で暴れさせて、結界を綻ばせて――そこに、私の可愛いコレクションを送り込んだんです」
そう語ったルシフィナの背後に、何匹かの魔物が姿を現す。
それは、現代では生存していない、古代種の魔物達だった。
「あら。この子達がここに来たということは……どうやら、もうこの村には貴方達以外は残っていないようですよ? 寂しいですねぇ。あんなに活気のある村だったのに」
「――――」
「やれやれ。今回の件で再確認しましたが、やっぱりコレクションは自分で扱うに限りますね。ディオニスさんなんか、わざわざ覇王烏賊を貸してあげたのに、無意味に使い潰しちゃいましたし」
「――――」
「まあ、あの人は頭悪かったですし、仕方ないですよね。無意味に喪失魔術なんか覚えて、キャッキャと喜んじゃって……。彼、鬼化を鍛えて、剣の腕でも磨いていれば、結構良いところまで行ったと思うんですよね。まあ……それをしないのが、ディオニスさんの可愛くて、馬鹿で、滑稽なところなんですけど!」
長々と喋り続けるルシフィナを睨み、ヴォルクは憎悪を押し込めた声音で問う。
「何なんだよ。てめぇ、一体何なんだよ……ッ!!」
「何だとは失礼な。貴方の同僚にして、魔王軍四天王“天穿”、ハーフエルフのルシフィナ・エミリオールちゃんですよ?」
そのふざけた回答に激昂し、ヴォルクは叫ぶ。
「そんなことを、聞いてるんじゃねえ……! てめぇは一体、何がしてぇんだよ!! どうして……こんなことをしやがるんだッ!!」
「どうしてって……」
当然の事柄に答えるかのように、ルシフィナは言った。
「――愉しいからに、決まってるじゃないですか」
「――は、ぁ?」
理解の範疇を越えたその言葉に、ヴォルクは絶句した。
そんな態度をするヴォルクがおかしいとばかりに、ルシフィナは言葉を続ける。
「貴方みたいな、気に入らない人を踏み躙って、地獄のどん底に叩き落とすのって、愉しいじゃないですか。今回も、焼けた村を見た時の貴方の表情! ふ、ふふふ。あぁ、堪りませんでした。思い出すだけで、濡れてしまいそうです」
頬を染め、体にしなを作りながら、ルシフィナはうっとりとそう言った。
「何だよ、それ……」
……愉しい?
人を踏み躙って、地獄の底に落とすのが愉しい?
「そんな、くだらない理由で、俺の仲間達を殺したのか……ッ!!」
理解できない。
狂っている。
どうかしている。
そんなふざけた理由で、誰かを殺すことのできるこの女が理解できない。
「くだらない……?」
ルシフィナが表情を消し、静かにヴォルクの言葉を反芻した。
そうだ、とヴォルクが激憤のまま怒鳴ろうとした時だった。
「――この世で最も大事なことは、娯楽だよ」
凍えきった口調で、ルシフィナはそう言った。
「な――」
ルシフィナの豹変に、ヴォルクは絶句する。
これまでの、慇懃無礼な態度とは、打って変わったような態度だった。
「本当は、この村を焼くのは戦争が一段落ついてからじっくり楽しむつもりだった。けれど、あの勇者が現れたせいで、その計画は台無しだ。だから、ワタシは急いでこの村を焼かなければならなかった」
「――――」
「まったく、あの勇者を見ていると頭がおかしくなりそうだよ。楽しみは後に取っておく派のワタシが、必要に駆られて娯楽を一つ使い潰さないといけないなんて――。本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当の本当に、あの勇者はワタシの邪魔ばかりしてくれる」
銀色の双眸でヴォルクを見下ろし、金色の髪をかき上げながら、ルシフィナは言う。
「四天王を一つ潰したせいで、レフィーゼには散々文句を言われるだろうが――それよりも、今ワタシが愉しむことの方が、遥かに重要だ。それに、別に君達がいなくなっても、戦況に大きな変化はない。勇者に元魔王、それに人類最強の聖堂騎士。不確定要素は多いが、それでも結局のところ、“雨”とその部下、そしてオルテギアがいれば、魔王軍の勝利は堅いだろうからね」
まあその分、魔王軍側の死者は増えるだろうけど、ね。
薄く笑みを浮かべながら、ルシフィナはそう語った。
別人のように流暢に語るルシフィナに、得体の知れなさを覚え、ヴォルクはもう一度尋ねる。
「てめぇ……一体、何なんだ」
鼻を鳴らし、ルシフィはその問いに答える。
「だから、さっきも言ったじゃないですか。貴方の同僚、ルシフィナちゃんですよ?」
嘲笑するようにそう言うと、ルシフィナは「さて」と会話を区切る。
「そろそろ、帰りましょうかね。煤でドレスが汚れちゃいましたし、早く帰ってシャワーを浴びたい気分です」
そう言って、ルシフィナはパチンと指を鳴らした。
途端に、それまでヴォルクを睨み付けていた子供達がハッと目を見開く。
「あ……あぁあ」
頭を押さえながら、子供達が体を震わせる。
「!? おい、大丈夫か!?」
「パパとママが魔物に食べられて……皆、魔物にやられちゃって……」
「ここまで逃げてきて……それで……」
まるで、錯乱から解けたかのような態度。
「子供達に、何をした……!」
「少し錯乱させていただけですよ。ヴォルクさんに敵意を向けるように、疑心暗鬼に陥らせてみました。でも、安心してください。もう元に戻しましたから」
ルシフィナの言う通り、子供達の目は普通に戻っている。
だがその代わり、自分達の身に降り掛かったことを、思い出してしまっていた。
「みんな死んで……それで……」
「あぁ……僕達……戦士長に、酷いことを」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……っ」
絶望の表情を浮かべ、涙を零す子供達。
「……っ」
バッと、ヴォルクは子供達を抱きしめた。
「謝るんじゃねえ……。俺は、お前達の父ちゃん母ちゃんを守れなかった。全部……戦士長の俺の責任だ……。すまなかった。すまなかった……っ」
そう言って、ヴォルクはグシャグシャと子供達の頭を撫でる。
涙声で謝罪するヴォルクに、子供達は嗚咽を溢した。
その様子を、ルシフィナは優しげな表情で見守っている。
「……ヴォルクさん、優しい人ですね。そういうところ、やっぱり少しだけ、アマツさんに似ています。だから、私は貴方が気になっていたんでしょうね……」
「……ッ。俺は、どうなっても良い。だから、子供達には手を出さないでくれ」
「ええ。約束は守ります。子供達には、決して手を出さないと誓いましょう」
そう懇願するヴォルクに、ルシフィナはゆっくりと頷いた。
「――私は」
パァン、と。
ヴォルクの手の中で、三人の子供が風船のように破裂した。
「……ぁ?」
子供の肉塊に混ざって、ぼたぼたと半透明の液体が地面に落ちてくる。
それは、スライムの死骸だった。
最初から、子供達の体内に、スライムが入り込んでいたのだ。
「言ったじゃないですか。私は別に、子供達を殺したいわけじゃないんです」
――ただ、
「貴方の絶望する顔を、見たいだけなんですよぉ!! ヴォルクさぁぁん!! ふは、あははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」
「――――」
「『曲がれど、折れず』でしたっけ? あは、折れちゃいましたね。今、貴方の心がポッキリと!」
「ル、シ、フィ、ナァァァァァァァァァ――――ッ!!」
獣のように咆哮し、ヴォルクはルシフィナに斬り掛かった。
まだ、『鬼の爪』の効果は途切れていない。
だが、そんなことはどうでも良かった。
目の前の女を殺すことができれば、それだけで良かった。
「――【曲がれども折れず、我は剣を謳う】ゥゥゥゥッ!!」
薙刀の切っ先から噴出する魔力が、空間を捩じ切った。
歪曲によって生まれた虚無が捩れ狂い、竜巻のように回転しながらルシフィナに進む。
「あらあら」
眼前に迫る心象魔術を見て、ルシフィナは呆れたように苦笑した。
「だから、前にも聞きましたよね? 同じ四天王だからって、勝てるつもりですかって」
そう言って、ルシフィナは『天理剣』を掲げた。
紫色の大剣に魔力が奔り、その量を瞬く間に倍増させていく。
そして、
「――“天突く明星の剣”」
神々しさすら感じさせる、輝きが放たれた。
光は虚無を容易く斬り裂き、その先に立っているヴォルクに突き進む。
視界が光に包まれる。
そして、唐突にヴォルクの右側の視界が闇に覆われた。
「ぁ……?」
直後、気付く。
ヴォルクの右半身が、跡形もなく消滅していることに。
「あらあら、少しズレてしまいましたね」
左半身だけになったヴォルクが、ベチャリと地面に落ちる。
血溜まりの中、獣染みた生命力で、ヴォルクはルシフィナを睨む。
「ご……ろず……」
「あは、気持ち悪い」
そう嗤って、ルシフィナは『天理剣』をもう一振りする。
「さようなら、ヴォルクさん」
「ぢぐ……しょ……。ル……フ……ァァァァ」
光がヴォルクを呑み込んだ。
直後、一瞬の間を置いて、凄まじい爆発音が響き渡る。
巻き上がった爆煙が消えた時、“歪曲”ヴォルク・グランベリアは跡形もなく消滅していた。
「まあ、四天王としては、中の中ってところでしょうか。ふふ、あははは!」
涙を流すほどに嗤いながら、ルシフィナはそう評価を付けた。
それから、ルシフィナは自分の胸に手を当てる。
「ふ、ふふ……はぁ」
裂けるような笑みを浮かべた後、ルシフィナは空を見上げる。
ヴォルクとこの村からは既に一切の興味がなくなり、彼女の脳裏にあるのは一人の男だ
その人物を想いながら、ルシフィナは呟いた。
「――今度こそ、私と遊んでくださいね。天月伊織さん」
幕間を含めて、後二話で7章終了です