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偽話 『降臨魔王の復讐譚』

エプリルフール(に投稿するつもりだった)短編です

グロ注意


 ボタボタと音を立てて、赤い液体が地面にぶち撒けられていく。

 右腕がなくなったことで右半身が軽い。穴が空いた胸を生温い風が吹き抜けていくのを感じる。

 痛いという感覚が失われ、残ったのは刻一刻と体の芯が凍えていく感覚のみ。


「争いのない世界? ああ……貴方は本気でそんなことを思っていたのですね。異世界からやってきた分際で、この世界を救う? おこがましいとは思わなかったのですか?」

「くははっ! 傑作だなァ、アマツ。そんな目標を持って戦ってたのは、てめぇだけだってことだよ」

「夢は寝て見た方がいいんじゃないかなぁ?」


 リューザスが笑っている。

 ディオニスが笑っている。

 ルシフィナが笑っている。

 仲間達が笑っている。


 ――たくさんの泣き顔を見た。


 この世界に来て、傷付き、苦しみ、悲しむ人達がいた。

 流されるばかりだった俺に、生きる意味をくれた人達がいた。

 ともに戦えば、どんなことでも成し遂げられると思える人達がいた。


「……信じていたんだ」


 だから、だから、だから、だから。

 だから、助けたいと思ったんだ。

 たくさんの泣き顔を、すべて笑顔に変えられたら、どんなに素敵だろうと。

 そう思えたからこそ、


「自分で英雄になるって決めたんだ。流されてばかりだった俺が、初めて」


 リューザスが嗤っている。

 ディオニスが嗤っている。

 ルシフィナが嗤っている。


「この期に及んでまだそんなことを言えるなんてさ、頭湧いてるんじゃないかな? 気持ち悪いな」

「何が英雄だよ。てめェにそんな資格はねェよ。……遅すぎるんだよォ、何もかもッ!!」

「貴方は本当に愉快ですね、アマツさん。最後の最後まで、私を愉しませてくれるなんて」


 ――仲間達が、嗤っている。


「全部、“嘘”だったに決まってるじゃないか」


 何かがひび割れる音を聞いた。


「必要な分の魔力は頂いた。ルシフィナ、そこの残りカスを掃除してくれ」

「じゃ、アマツ。永眠して、好きなだけ夢を見てなよ」


「さようなら――“英雄アマツ”」


 地面に蹲る俺に向けて、ルシフィナが『天理剣』を振りかぶる。

 魔力が増幅され、極大の斬撃が放たれるその刹那。

 

「――――」


 ルシフィナのはっと息を呑み、横へ飛びのいた。

 直後、小規模な爆発が部屋を揺らす。


「まだ、そんな余力が――ッ」


 何が起きたか、俺は理解していなかった。

 ただその一瞬、内から湧き上がる衝動に突き動かされていた。


 走る。

 爆発に気を取られたリューザスを蹴り飛ばし、斬り落とされた腕を回収。

 犬のように口に加える。

 

 そこから先は、世界がゆっくりと動いて見えた。


「ルジヴィガァアアアアアアアアァアアアアアアアッ!!」


 醜い絶叫。目を見開くルシフィナの顔。剣が振り落とされる。右側の視界が暗転。突き出した腕が鎧を貫く。血肉を掻き分ける温かな感覚。それはぬるま湯に浸かるような穏やかで。だからきっと、俺は嗤っていたのだろう。

 

 ――落ちていく。


 ルシフィナとともに、魔王城の外へ落ちていく。 

 落ちていく。


 ――――。

 ――――――――。

 ――――――――――――――――。

 ――――――――――――――――――――――――――――――――。


「ぁ…………か」


 か細い呻き声で我に返る。

 魔王城から落下したと言うのに、俺はまだ生きていた。

 血で滑る左手を使って起きると、脇に血塗れになったルシフィナが倒れていた。

 貫かれた胸からは夥しい量の血が溢れ、両手足はあらぬ方向へ折れ曲がっている。

 

「なぁ……ルシフィナ」

「アマ……ツ……さ」


 無意識の内に、懐の内側へ手が伸びる。


「俺さ……お前らが大好きだったんだ」


 こんなに大切に思えた存在は初めてだったんだ。

 冷たい鉄の手触り。


「だから、ここまで一緒に戦ってこれた」


 どんな辛い戦いも乗り越えることが出来た。 

 体の芯は冷えているのに、濡れた手はこんなにも温かい。


「なのに」


 湿った音が連続する。

 小気味よく、グチュグチュと、まるでトマトを潰すかのように。


「――どうして裏切ったんだよ?」


 返事はない。


「どうして答えてくれないんだ」


 返事はない。


「なぁ、おい。答えろよ」


 目の前にあるルシフィナだったモノは、もう何も答えない。

 左手に握ったナイフには、ルシフィナの血液がベッタリと付着している。


「ああ、そうか。俺が……殺したのか」


 英雄になってでも、守りたかった大切なモノを。

 俺を殺そうとした、最低最悪の裏切り者を。


「――は」


 俺を殺そうとしたくせに、ルシフィナはもう何も答えない。


「ははは」


 それが腹立たしくて、許せなくて、可笑しくて、面白くて、悲しくて、楽しくて、


「あはははははははははははははッ!!」


 ルシフィナに跨って、何度もナイフを振り下ろした。

 心の底から込み上げる笑いが収まるまで、何回も。

 頬を伝う気持ち悪い液体が止まるまで、何回も。


 何度振り下ろしただろう。


「――何を、して、いる」


 噎せ返るような血の臭いの中、後ろから聞こえてきた声に振り返った。

 人狼種ワーウルフの一団が、呆然とした表情で俺を見ている。


「アマツ……殿。それは……ルシフィナ殿ではないのか……? 何故、そんな……」


 ぽたり、と左手に握るナイフの刃から血の雫が落ちた。

 表情筋が狂ったのか、顔に歪んだ笑みが張り付いているのを自覚する。

 今の俺を他人が見たらどう判断するかに、遅れて気が付いた。


「待ってくれ。違うんだ、これは」


 呆然とした表情で見つめる人狼種の中に、見知った人物がいるのに気付く。

 眼鏡を掛けた人狼種は、かつてともに戦った戦友とも呼べる男だ。

 

「ま、マーウィン。これは……」

「全員、構えなさいッ!! そこにいるのは“英雄アマツ”ではありません!! 偽物ですッ!!」

「……は?」


 マーウィンの叫びが理解できない。

 何を言っている、と尋ねようとして――マーウィンの顔に浮かぶ焦燥に気が付いた。

 混乱する仲間へ呼びかける彼の目は、「何故生きている」と言っているように見えた。


「お……お前も、なのか……? なあ、マーウィン……?」


 信じたくなくて、引き攣った笑みを浮かべたまま彼らに近付く。

 誰かが、ヒッと悲鳴をあげた気がした。


「どうした!? 何かあったのか!!」


 ガチャガチャと音を立てて、マーウィン達の背後から複数の騎士がやってくる。

 王国の騎士達は、血だらけの俺を見て目を見開き、次いでズタズタになって転がっているルシフィナに視線を向けた。


「ルシ……フィナ……さん?」

「嘘だ……どうして」


 騎士達の視線が、俺が握っているナイフに向けられる。


「お、俺は……」

「――あの男はアマツさんの形を取った魔族ですッ!! 彼は笑いながら、ルシフィナさんを滅多刺しにしていたのです!!」


 俺の言葉を遮るようにして、マーウィンが叫ぶ。

 他の人狼種がそれに同意し、次第に騎士達がこちらに剣を向け始める。

 

「マーウィン。お前も、俺を裏切るのか……」

「偽物め……! 何を言っている!!」

「何なんだよ……お前ら、何がしたいんだよ……」


 ぞろぞろとにじり寄ってくる騎士と人狼種。

 半分になった視界が、チカチカと点滅する。

 グツグツと湧き上がってくる感覚に、俺は――――


「             」


 次に目を開いた時、周りは静かになっていた。

 右腕のない右半身は軽く、代わりに何がを掴んでいる左半身は重かった。

 ふと視線を向けると、俺はボールのような物を持っていた。

 ボールからは無数の糸が伸びていて、左手に糸が絡みついている。

 腕を動かす度に、ボールからはポタポタと赤い液体が滴り落ちる。


「――――」


 手に持っていたのは、マーウィンの首だった。

 周囲に視線を向けると、無数の死体が転がっている。


「ああ、俺がやったのか」


 何となく、マーウィンが叫んでいるのを聞いた気がした。

 自分はルシフィナ達に誘われただけだ、裏切ったのは私だけじゃない、全部話すから助けてくれ。

 そんなことを言っていた気がする。


「なあ。お前らも、俺を裏切ったのか?」


 鬼族、聖堂騎士、選定者、帝国魔術師、魔族、魔物。

 気付けば、争い合っていたはずの連中が、仲良く俺を囲んでいた。

 死体を注意してみると、どうやら騎士と人狼種以外も混ざっている。

 無意識の内に、襲い掛かってきた者すべてを殺していたようだ。


「動くな! お前は……本当に“アマツ”なのか?」


 選定者の一人が、そんなことを尋ねてくる。


「ああ、そうだ。俺は――」


 そしてそれよりも早く、俺の元へ魔術が降り注いだ。


「な!? お、おい、何をしている!?」

 

 選定者がギョッとして叫ぶのが聞こえる。

 異様に目を見開いた帝国魔術師が、次々と魔術を撃ってきているのだ。

 左手を前にかざし、魔術の盾で攻撃を防ぐ。


「あいつはアマツさんじゃねぇ! ディオニスさんから偽物が出たって連絡があった!! 全員、俺様に続けッ!!」


 鬼族から叫び声があがる。

 

「全員、鬼族達に続くのだ!!」

「勇者の偽物を生かしてはおけないわッ!!」


 聖堂騎士団から叫び声が上がる。

 

 それを皮切りにして、なし崩し的に俺を囲んでいた連中が押し寄せてくる。

 マーウィンの言葉、明らかに不自然な周囲の動きを見れば分かる。

 俺を裏切った連中が、俺を殺そうと画策しているのだと。


「分かった。……もう分かった」


 ――それを悟った瞬間に、“英雄アマツ”は完全に壊れた。



「――俺を裏切ったすべてを殺し尽くしてやる」


 そう絶叫し、立ち塞がる者すべてを殺し、アマツ・・・は戦場から離脱を図った。

 彼が消えた戦場に残ったのは、夥しい数の死体だ。


 自分がどこにいるのか、どこへ向かっているのかも分からないまま、走って、走って、走って――電源を落とすように、彼の意識は途切れた。



 次に目を覚ました時、アマツはアイドラーという少女に保護されていた。

 全身に大怪我を負った状態のアマツを、アイドラーが治癒して人気のない場所まで運んできたのだという。


「完全に潰れちゃった右目は、天才のボクでもどうすることもできなかったよ。残念だけど、仕方ないよ。目の傷、脳にまで達してたんだよ? 君、一ヶ月も目を覚まさなかったんだからね。もう助からないかと思ったよ」


 黙ったままのアマツに、アイドラーは饒舌に色々なことを喋った。


 一ヶ月の間に、世界中で、“英雄アマツ”の凶行が大騒ぎになっていると。

 凶行に対して、魔族に寝返った、“堕光神”ハーディアの手先だった、戦いの中で狂った、最初から人間を裏切るつもりだった、挙句の果てに『世界を滅ぼすつもりだ』などと、色々な噂が流れている。


 度重なる戦争で戦力を大幅に削られていた魔王軍は、これを機に魔王城へ完全に撤退。

 人間と亜人の連合軍も戦争を中断し、事実上の休戦状態にある。

 “天騎士”ルシフィナ・エミリオールや、人狼種の指導者マーウィン・ヨハネスを始めとした多くの人物が虐殺されたことによって、連合軍は“アマツ”の討伐に乗り出している。

 また、魔王軍もアマツの息の根を止めるため、各地を捜索しているらしい。


 凄いことになってるね、と笑うアイドラーに、


「それで? お前は何のために俺を助けた?」


 アマツは冷たく尋ねた。

 凍えるような声音に、アイドラーはおどけるような表情を消し、微笑むように思惑を口にした。


「ボクは君の敵じゃない。ただ、君にオルテギアを殺して欲しいだけさ」


 アマツはオルテギアを殺せる可能性を持った、唯一の人物だ。

 そのために、アイドラーはアマツを助けたのだという。


「……俺は、信じていた仲間に裏切られたんだ」

「…………?」


 アイドラーの言葉を無視して、アマツはボソボソと話し始める。


「みんなを助けたくて、ここまでやってきた。笑顔にするために、英雄になった。だってのに、あいつらはそれを踏み躙って、嗤ったんだよ」


「…………」


「俺はここまでされなきゃいけないほど、悪い人間だったのか? 俺はそんなに酷い人間だったのか?」


「……世間では、君は世界の希望を裏切った、最悪の裏切り者として騒がれているよ。魔王軍からは、仲間を虐殺する悪魔扱いだね」

 

 アイドラーの答えに、アマツはクツクツと嗤った。

 マーウィンの口ぶりからすると、各国の権力者が裏切りに加担しているようだった。

 連合軍がアマツを始末しようとしているのは、間違いなく彼らが手を回したからだろう。


「――失望したよ、世界に」


 心底おかしそうに、アマツは呟く。


「最悪の裏切り者。仲間を虐殺する悪魔。――ああ、良いじゃないか」


 連合軍を完膚なきまでに裏切り。魔王軍を完全なまでに虐殺する。

 世界を蹂躙する、最悪の悪魔。


「そんな最低な奴なら、仲間に裏切られるのも当然だろ?」

 

 だから、


「――お望み通り、なってやるよ。誰もに疎まれ、憎まれ、裏切られるような、そんな最低の存在に」

  


 この日、“英雄”は世界に失望し。

 世界を滅ぼすことを、決意した。



 アマツの“個”の力は隔絶していた。

 一対一で戦えば、彼に勝てる存在は“魔王”を除けばこの世界にいないだろう。

 どんな強者も、アマツには届かない。


 しかし、いくら強大な“個”を持っていたとしても、それだけですべてを破壊できるわけではない。

 強大な魔王に“四天王”や“五大魔将”という部下がいるのは、一人だけでは人間や亜人の“群”の力に対抗出来ないからだ。

 大量の戦力と“大魔導”や“天騎士”のような隔絶した戦力が合わされば、強大な個でも討ち滅ぼすことができる。

 それは、“群”の力によって討ち取られた、先々代の“魔王”シャルナークが証明している。


 ――故に、アマツは正面から戦うことを放棄した。


 気配を消し、姿をくらませながら、アマツはゲリラ戦を仕掛け続ける。

 アマツの力の前に、連合軍と魔王軍の被害は瞬く間に拡散していった。


 或いは、アマツ一人ではここまで上手くいかなかっただろう。

 いくら強大な力を持っているとはいえ、相手には魔術のエキスパートが多数いる。

 いつかは見つけられ、総力戦を仕掛けられていたかもしれない。


 しかし、彼にはアイドラーがいた。

 彼女の多彩な魔術は敵を撹乱し、アマツの行方を気取らせない。


「俺はいずれ、魔王軍もオルテギアも皆殺しにする。そのために、お前を利用してやる」

「うん、それで良いよ。お互いに利益優先で行こうじゃないか。ボクは……どのみちオルテギアを殺さなくちゃ生きていられない。だから、君に縋るしかないんだ」


 そうして、アマツは人狼種の残党を皆殺しにして。

 聖堂騎士団を半壊させ、選定者を皆殺しにし、冒険者を壊滅させる。

 だが、どれだけ世界を暴れまわろうと、リューザスは姿を表さなかった。


「……あの男はまだ見つからないのか?」

「死んでいるわけじゃなさそうだけど……どうやら、完全に行方をくらませたみたいだね。ボクが見つけられないなんて、相当だよ」

「……チッ」

「舌打ちしないでよ……怖いから」


 アマツは憂さ晴らしのように世界を蹂躙していく。


 例えば、帝国の領地。

 帝都を荒らし、村を焼く。


「……どうして、君のような優しい人間が、こんなことを……」

「優しい……? それは違うよ、ガッシュ」


 帝国貴族、ガッシュ・レイフォードを跪かせ、アマツは嗤う。


「――俺は最低最悪のクズなのさ」


 ガッシュの首を刎ね、アマツは帝国を進む。

 意志がないかのように突っ込んでくる兵士達を殺し尽くした先にいたのは、赤髪の女だ。

 

「よう、オリヴィア。お前だろ? 洗脳魔術を使って、俺を裏切ったのは」

「ひっ。わ、わたくしは、ただ――」

「言い訳は良いんだ。お前が裏切ってようが裏切ってなかろうが、どのみち殺すしな」


 爪を剥がし、皮膚を剥がし、神経を剥がし、それでも死ねないように治癒魔術を掛け。

 アマツはオリヴィアを生きた彫刻にして、帝都に飾った。

 


 例えば教国の聖都シュメルツ。

 戦っても勝てないと隠れた聖堂騎士を焼き殺し、メルト教団本部を魔術で吹き飛ばす。

 仲間をおいて逃げようとした二人の騎士を捕まえて、アマツは嗤う。


「ジョージとリリーだったか。マーウィンがお前らの名前を出していたぜ」


 弁明しようとする二人を、アマツは十字架で串刺しにする。

 それを聖都に飾り、アマツはクツクツと嗤う。

 帰り道、立ち塞がった聖堂騎士を惨殺し、騎士団長の“魔眼騎士”の片目をくり抜き、アマツは自らの目に嵌め込む。

 片側だった視界が正常に戻った。

 

 片目を紅く光らせて、アマツは進む。


 例えば。

 例えば。

 例えば――――。



 鬼族の里が、真っ赤に染まっていた。


「どうした、ディオニス」

「……っ」


 アマツの両手には、二つの首が握られている。

 一つは“炎鬼”ベルトガ。

 もう一つは、ディオニスの幼馴染のシャーレイ。


「お前の両親もしっかり殺したよ。手は二つしかないから、首は持ってこなかったけどな」

「――――」


 苛立ったように睨み付けるディオニスに、アマツは意外そうな表情を浮かべた。


「何だ。お前でも、仲間を殺されたらショックを受けるのか?」

「そいつらはみんな、いずれ僕が自力で殺そうと思っていたんだ」

「…………」

「それを全部奪って、僕を見下して……ッ!! お前のそういうところが大っ嫌いなんだよッ!!」


 剣を振りかぶったディオニスが、絶叫しながら突っ込んでくる。

 アマツの右目に嵌っている魔眼が輝く。

 相手の動きを予測する“予見眼”でディオニスの動きを見切り、アマツが口元を歪ませる。


「勝てると思ってんのか? てめぇみたいな雑魚が」


 そして、両者が激突した。

 

 ――その日、鬼族は壊滅した。



 最初に“国”を維持できなくなったのは、王国だった。

 騎士団、魔術師団、選定者、王国はすべての戦力を失った。

 最後の切り札である“大魔導”リューザス・ギルバーンは姿を晦まし行方不明。

 最終的に国王がアマツによって公開処刑されたことにより、王国民は他国へと散り散りに逃げていった。


「綺麗になっちゃったね、王国も」


 誰もいなくなった王都で、アイドラーが他人事のようにつぶやく。

 人っ子一人いなくなった王都は、不気味なほどに静まり返っていた。


「国王も貴族も、膿はすべて殺したからな」

「膿どころか、全部殺し尽くされちゃってるけどね?」


 ああそれと、とアイドラーが空を指差す。


「“視てるよ”」


 上を向いたアマツの目に、上空にとどまる魔力が映る。

 見覚えのあるそれは、リューザスのものだった。


『てめェは一体、何がしてェんだ』


 エコーの掛かった声が、王都に響く。


「――世界を滅ぼす、最悪の存在になりたいんだよ」


 リューザスの問いに、アマツは退屈そうに答えた。


『……復讐がしてェなら、どうして俺達だけを狙わねェ』

「聞いてなかったのか? 俺は世界を滅ぼそうとしてるんだ。個人に復讐しても意味ないだろ? まあ、お前は殺すけどな」

『……前のてめェの光は、眩しくて目障りだった。だが、今のてめェなら、ようやく正面から見ることができそうだ』

「はぁ?」


 リューザスの声が、次第に遠くなっていく。

 その中で、最後にハッキリと言葉が聞こえた。


『――てめェは俺が殺す』


 その言葉に、アマツは涙を零し、喉が嗄れるまで嗤った。

 それから無表情に戻ると、早足に王国を後にした。



 人間も、亜人も、魔族も、魔物も、大量に殺した。

 すべてを殺し、悪魔だと罵られ、それでもアマツは嗤う。


 “勇者”に相応しくないと判断されたのか、『勇者の証』が次第に薄くなり、力も弱まっていく。

 次第に傷を負い、急激な魔力に体が衰えていくのも構わずに、アマツは殺し続けた。

 リューザスの襲撃を受け、アマツはアイドラーを盾にして生き延びる。

 すべてを裏切り、それでもアマツは嗤い続けた。



 そうして。

 すべての国が崩壊した。

 生き残った人々は、森へと逃げ込んだ。


「ははははははははははッ!!」


 轟々と音を立て、木々が燃えていく。

 森へ逃げた人々の逃げ場を封じ、アマツは悠々と進む。


 ――たくさんの泣き顔を見た。


「ようやく、ここまで来た」


 ――たくさんの人を傷付け、俺が涙を流させた。


「俺は、最低のゴミクズ野郎だ」


 ――誰もに憎まれる最悪の存在だ。


「だから……お前らが俺を裏切ったのは。俺を殺そうとしたのは、正しかったんだ」


 ――世界を救うために、仕方のないことだったんだ。


「なぁ、そうだろ。ルシフィナ。俺が、全部悪いからこうなったんだろ?」


 だから、お前は被害者なんだ。

 あんな風に殺されたのは、俺が悪かったからなんだ。


「――お前も、そう思うだろ?」


 その問いに対して、返ってきたのは空から降り注ぐ重力だった。

 魔力で形作られた重力は、森を焼き尽くさんとしていた炎を樹木ごと押しつぶし、瞬く間に鎮火させていく。

 魔力で盾を作ったアマツ以外のすべてが押しつぶされ、森の大部分が平地と化していた。


「――――」


 最後に立ち塞がったのは、たった一人の魔族だった。

 長い銀色の髪を揺らし、黄金に輝く瞳に強い戦意を浮かべた少女。

 小さな体をしていながら、内包している魔力は尋常ではない。

 これまでの戦いで、幾度となくぶつかり合ってきた強大な力を持つ顔見知りの魔族。

 

「魔族が誇る最後の切り札のお出ましってわけか。……そして」


 遠方から、砲弾ほどに凝縮された凄まじい魔力が降り注ぐ。

 魔力の盾を貫通し、アマツの体を後方へ吹き飛ばす。


「ようやく、お前も出てきたなぁ、リューザスぅうう」 


 魔眼を光らせて嗤うアマツの遥か遠方に、赤髪の魔術師が一人立っている。

 “大魔導”リューザス・ギルバーン。

 人間が誇る、最後の切り札。


「人間と魔族の切り札が一度にお出ましとは、随分と大盤振る舞いじゃないか。どうかしたのか?」

「……貴様を殺して、今日ですべてを終わらせる」


 せせら笑うアマツに、少女は静かに答えた。

 彼女の両目には、紅蓮の魔眼が煌々と輝いている。

 アマツの持つ魔眼よりも、遥かに上位のモノだ。


「ああ、そうだ。あの場で俺が逃げられたのは、お前のお陰だったな。感謝してるぜ、魔族」

「――――」

「でも、どうして俺を助けたんだ?」

「貴様が、私を殺さなかったからだ……!」


 激しい憎悪に染まった双眸がアマツを睨み付ける。

 しかし、同時に寂しげな色が浮かんでおり、未練のように揺れている。


「貴様が平和を実現するために戦っていたのは知っていた。異界からこの世界に呼び出され、何年も戦わされていることを、私は知っていた」

「…………」

「だから……敵である私を前にしても、殺さずに刃を収めてくれた時ッ!! 私は、お前となら……ッ!!」


 そこから先の言葉が出てくることはなかった。


「俺となら……何だって言うんだ、魔族」

「それもただの勘違いだったよ。貴様は嗤いながら人を殺す、化物だ」


 少女の放つ気迫に、世界が凍て付く。

 “英雄”にすら匹敵しうるその気迫に、アマツは犬歯を剥き出しにして嗤った。


『――アマツ。てめェを殺して、俺が世界を救う。そして、英雄になってやるよ』

 

 リューザスの声が響くと同時に、遠方で凄まじい魔力が噴き出す。

 それは、以前のリューザスとは比べ物にならないほどの勢いだった。


「ああ、なるほど。逃げ回っていたのは、俺を殺すための手札を揃えるためだったのか」


 他人事のように嗤うアマツに、少女の双眸が向けられる。

 

「“英雄アマツ”だったか。貴様を殺して、すべてを終わらせる」

「――違う。俺は“英雄アマツ”じゃない」

「……ならば、貴様は一体何だ」


 少女の問いに、


「俺は世界を滅ぼそうとする存在。そしてお前達は、世界を救おうとする“英雄”だ。なら、俺はこう名乗るのが相応しいんだろうさ」


 悍ましい笑みを浮かべて、アマツは答えた。



「――――“魔王”と」


 

 その言葉に、少女は皮肉げな笑みを浮かべ、


「確かに、貴様にこそ相応しい名かもしれんな」


「ああ、そうだ!! 俺は世界を滅ぼす、最低最悪の存在だ!!」


「―――」



 その言葉を受けて、少女は名乗った。

 奇しくも、あの魔王城の時のように。


「――エルフィスザーク・ギルデガルド」


 灰色に染まった髪が、激風に揺れる。

 紅と黒のオッドアイが、三日月のような笑みの形に歪んだ。

 その身を覆う、血で紅く染まった漆黒のローブを翻し、



「――“魔王”アマツ」



 こうして、終焉が始まる。







 ――さぁ、最後の復讐を始めようか。







『降臨魔王の復讐譚』完

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