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第十話 『正体見抜く慧眼』

 

 深い海の中に沈んでいるような感覚。

 それを知覚した瞬間、意識が上へと引き上げられていく。

 やがて、ゆっくりと目を覚ます。


「……痛っ」


 体のあちこちが痛み、風邪でもひいているかのように怠い。

 久しく感じたことのない筋肉痛と、魔力欠乏の症状だ。


「ここは……」

 

 見上げれば、ゴツゴツとした岩の天井が目に入った。

 薄暗い迷宮の風景だ。

 どうやら俺は、迷宮で寝転がっているらしい。


 ああ、そうか。

 土魔将との戦いに勝利した後、魔力切れで意識を失ったのか。


 そう思い当たった時に、床で寝ているにしては頭部がやけに柔らかいことに気付く。

 柔らかく、弾力があり、そして温かい。

 ゆっくりと顔をあげれば、エルフィスザークが俺の顔を覗き込んでいた。


「ようやく起きたか」

「うお……!?」


 どうやら俺は、こいつの膝の上で眠りこけていたらしい。


「そんなに驚かなくても良いだろう」

「……いや、膝枕されてるとは思ってなくてな」

「まさか、放り出していく訳にもいかないだろう?」

「そうだが……。いや、ありがとう。助かった」


 転移陣への道を塞ぐ障害物はもうないというのに、エルフィスザークは俺を見捨てて行かなかった。

 そのことに素直に礼を言い、彼女の膝から起き上がる。


「うむ。私に膝枕されたことを語り継いで自慢してもいいぞ」


 と、エルフィスザークは相変わらずだった。

 

 言葉を軽く流し、体の調子を確かめる。

 体は重いが、動けない程ではない。

 魔力も寝ている間に、多少は回復したらしい。


「…………」

 

 相変わらず、勇者の証の殆どの機能は失われたままだ。

 だが、迷宮核を吸収したのは全くの無駄という訳ではない。

 多少の魔力は引き出せるようになっている。

 これなら、魔石を使わずとも下級の魔術は行使出来るだろう。


「何とはともあれ、あの龍を倒せて何よりだ。私一人では、奴に止めはさせなかっただろう」


 ありがとう、とエルフィスザークが礼を言う。


「……いや、助けられたのは、俺の方だ」


 本当は、そんな風に礼を言われる権利はない。 

 何故なら俺は、あの時一度、エルフィスザークを裏切ろうとしたのだから。


「土魔将の魔術を防いだ盾、あれには私も驚いたぞ」


 そんなコチラの内心を知ってか知らずか、エルフィスザークは愉快げにしている。


 魔毀封殺イル・アタラクシア

 

 振り返っても、どうしてあの魔術が使えたのかは分からない。

 もう一度出せと言われても、もう無理だ。

 一体、あれは何だったのだろう。


「そうだ。それで思ったのだがな」


 軽い口調で、エルフィスザークは言葉を続けた。

 そして飛び出した言葉に、俺は凍ることになる。



「――お前、アマツだろう?」





「お前……」


 不意に投げかけられた彼女の言葉に硬直する。

 アマツ、と言ったのか。

 俺が?


「やはりか」


 ……しまった。

 こちらの反応に目を細めるエルフィスザークを見て、失敗に気付く。

 もう、言い逃れは出来ないだろう。


「く……!」


 座ったままのエルフィスザークから距離を取る。

 魔族からすれば、“アマツ”は俺達のいう“魔王”と同じような存在だ。

 正体がバレれば、タダではすまないだろう。


「びっくりした……。いきなりなんだ、お前」


 と、思ったのだが。

 

 エルフィスザークは動かず、飛び退いた俺に目を丸くしていた。


「私が攻撃してくるとでも思ったのか?」

「それは……そうだが。逆に、どうして攻撃してこないんだ」

「まずな、攻撃しようにも、お前を膝枕していたせいで、足が痺れて立てないんだ」

「…………」


 なんだろう。

 飛び退いた俺が馬鹿に思えてくる。


「それに、今の私にはお前と戦う理由がない。昔ならともかく、今は魔王軍から抜けているからな」

「…………」


 本当に、彼女に敵意はなさそうだ。

 冷静に考えれば、敵意があるのなら、気絶している間に殺されていたはずだ。

 膝枕など、絶対にしないだろう。

 

「……いつから気付いていたんだ?」

「土魔将の一撃を防いだ時だな。お前の魔力は、アマツの物と同質だった」


 「私ほどになると魔力で分かるんだ」とエルフィスザークは得意気に語る。


「随分と容姿が変わっていたから、気付かなかったぞ。全く、お前と私の仲なのだから、会った時に声を掛けてくれればいいのに」


 殺し合った相手に、お前と私の仲とかあるか。


「だが、久しいなアマツ。最後に会ったのは三十年前か」


 「お前に付けられた傷がまだ残っているぞ」と、エルフィスザークは楽しげに言ってくる。

 こちらがアマツと気付いているというのに、随分親しげだ。

 

「まさか、あの状況から生き延びていたとはな。驚いたぞ」

「……まあな」


 生き延びていた、というよりは気付いたら生き延びていた、という方が正しいが。


「私も人の事は言えんが、アマツも随分と弱体化しているみたいだな。昔のお前なら、あの龍如き、あっさりと倒せていただろう?」

「ちょっとした事情で、力が使えなくなったんだ。この迷宮には魔力を取り戻しに来たんだよ」

「ああ、なるほどな。迷宮核を使っていたのは、そういう訳か」

「結局、足りなかったけどな」


 迷宮核一個で足りないというのは、相当に面倒だ。

 一体、どれほどの魔力が必要になるのやら。

 

「あれからかなり時間が経っているが、まだ勇者として戦っているのか?」

「……いや」


 勇者の証は相変わらず、腕にある。

 だけどもう、俺は勇者じゃない。


「エルフィスザーク。出来れば、アマツじゃなくて伊織と呼んでくれ。その名前は、もう捨てたんだ」


 “英雄アマツ”はもう死んでいる。

 世界を平和にしたいなどという甘い理想は、もう無いのだから。


「……そうか。ならば今まで通り、伊織と呼ぼう」


 こちらの態度で、あまり昔の話はして欲しくないと察したのか。

 エルフィスザークは、過去についてグイグイと踏み込んでくることはしなかった。


 ああ、そうか。

 こいつは俺が仲間に裏切られた所を見ていたんだったな。


 何はともあれ、敵意がないのならそれでいい。


「なあ、伊織。お前はこの後どうするんだ?」


 座り込んだまま、エルフィスザークが尋ねてくる。


「……この後、か」


 今回の目的は迷宮核だった。

 手に入れることには成功したが、結局魔力は戻っていない。


 あの感覚からして、迷宮核を取り込むのは、方法としては正解だった。

 問題なのは、必要な魔力の量。

 完全に力を取り戻すには、恐らくはもう二、三個の迷宮核が必要となるだろう。


 俺の目的は、裏切った連中への復讐。

 ひとまず、リューザスの言葉の真偽を確かめる必要がある。

 そのための魔力付与品を宝物庫から盗んできたのだが、あの場でリューザスに使えなかったのは惜しかった。


「……他の国へ行って、ここと同じように迷宮に挑むかな」


 復讐の事を伏せ、彼女にはそう説明する。


 今回の土魔将バルギルドは、前回の土魔将よりも遥かに厄介な相手だった。

 次の迷宮へ挑む時は、装備を揃える以外にも、何か策を練る必要があるな。


「ほほう」

「……なんだよ」


 俺の言葉を聞いて、エルフィスザークがニヤリと笑みを浮かべた。

 何か、嫌な予感がする。


「奇遇だな、伊織よ。実は私も、迷宮に用があるのだ」

「そうか、良かったな。じゃあ、俺はあの土魔将から鱗とか剥ぎ取りするから」

「待つが良い」


 逃げようとした所を、がっしりと掴まれる。

 クソ、なんて馬鹿力だ。

 びくとも動かない。


「伊織よ。先ほどの戦いの活躍を評価して、一日三食、食事を作ることで、私に同行することを許可しよう」

「断る」

「え!?」


 予想もしていなかった、とでも言いたげな顔でエルフィスザークは驚きの声を上げる。

 いや、共闘はしたが、迷宮の外まで付いてこられるのは流石に面倒だ。

 

「じゃ、じゃあ一日二食と、爪を磨くことで同行を」

「結構だ」

「ならば、一日一食と爪を」

「いらん」


 相当しつこいな、こいつ……。


「私が良いって言ってるんだぞ!?」

「何様だよ」

「魔王様だ、元!」


 何言ってんだこいつ。

 戦ってる時はあんなに威圧感あるのに、普段はどうしてこんなに残念なんだろう。


 共闘には感謝しているが、そこまで付き合っていられない。

 駄々をこねるエルフィスザークを引き剥がし、俺は土魔将の骸の元へ向かう。


「あっ、こら伊織!」


 大型の魔物からは、いい素材が手に入る。

 そのままでも高く売れるし、加工すれば頑丈な武器や鎧を作ることも出来る。

 これほど巨大な龍なのだから、さぞかし良い素材が手に入るだろう。


 深い傷があるから、根本の肉から切り落せば、剥ぎ取りが可能だ。

 鱗や牙、など良い武器そうになりそうな部位は根こそぎ貰っていく。

 中でも、魔物の心臓部と言える『魔結晶』はとびきりの物が手に入った。

 これらを使えば、あの宝剣を越える武器を作ることも可能だろう。

 

 魔結晶を手に取り、ポーチへしまおうとした時だった。

 

「しゅばっ!」


 自分で効果音を口にしながら、エルフィスザークが魔結晶を奪い取ってきた。

 そのまま壁の方まで走っていったかと思うと、驚異的な跳躍力で飛び上がる。

 俺の届かない高さで腕を壁に突き刺し、壁にぶら下がった。


「ふふん、土魔将を名乗るだけあって、かなり良い魔結晶のようだな! 伊織! これを返して欲しかったら、私と共に来い!」

「うるさい返せ!」

「嫌だ!」

「ああもうお前、子供か!」


 何なんだ、一体!


「私はな、どうしても迷宮の奥へ行く必要があるんだ! お前も迷宮に用があるのだろう!? なら同行してもいいだろう!?」


 子供が駄々をこねるようにして、壁にぶら下がったままジタバタと手足を振り回す。


 この様子からして、言うことを聞かなければ魔結晶を返してくれそうにない。

 絶対に必要という訳ではないが、弱体化している現状、出来れば装備は最高の物を身に付けておきたい。

 あれを持って行かれるのは流石に惜しい。


「……分かったよ。取り敢えず、話は聞く」

「本当か!?」

「ああ」


 話は、な。

 話を聞いて、適当に言いくるめよう。

 

「だから、取り敢えず降りてきてくれ」

「うむ、分かった」


 エルフィスザークは、コクリと頷いた。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「いや、さっさと降りてこいよ」


 なに壁にぶら下がったまま、こっちの方見てるんだよ。


「伊織。一つ、お前に言わなければならないことがある」

「……なんだ」

「うむ、実はな、降りれなくなった」


 真顔で、エルフィスザークは言った。


「……降ろして、伊織」


 頭を抱えて、溜息を吐きたくなった。

次話→10/9 21:00

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