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第四話 『現状理解』

「――――」


 そこにいたのは、魔王になる以前から自分に付き従ってくれていた、腹心だった。

 眼前で跪く、かつての部下の姿に大きな変化はない。

 身長は伸び、服装こそ違えど、その声音、立ち居振る舞いに変わりはなかった。


 ――グレイシア・レーヴァテイン。


 エルフィスザークを支えてくれた、部下の一人だ。

 あちこち動き回る自分を補佐や、情報の収集、整理、伝達を行ってくれていた。

 オルテギアによる下克上が起こる、少し前から姿を消し、そのまま安否不明だったが――


「生きていて、くれたのだな。……グレイシアよ」


 溢れそうになる感情を抑え、震える声でその名前を呼ぶ。

 忌光迷宮で姿を見た時には、酷く動揺してしまった。

 不覚を取ったのも、死んだと思っていた部下の生存に意識を持っていかれてしまったからだ。


 ルシフィナと行動をともにする姿を見て、本当にグレイシアかと自らの目を疑っていたが――。


「……はっ」


 見間違えるはずもない。

 そこにいるのは、間違いなくグレイシアだった。

 

「御身に傷を付け、あまつさえ拘束したままの無礼をお許し下さい。とある事情により、今はその封印を解除することができないのです」


 心苦しそうに、グレイシアは謝罪した。

 まるで彼女自身が傷を負ったのではないかと思うほどに、辛そうな表情だ。


「良い。お前が生きてくれていたというだけで、私は嬉しい」


 微笑み、エルフィスザークはそれを赦す。

 すぐにそう口に出来たのは、グレイシアを信頼しているからだ。

 グレイシアは、無意味にこのようなことをする人物ではない。

 彼女が封印を解けないというのならば、相応の事情があるのだろう。


「……っ。勿体無い、お言葉です」


 エルフィスザークの言葉に、グレイシアはブルリと体を震わせ、喜びを隠すように頭を垂れた。

 昔から、グレイシアは自分の一語一句に過剰な反応を示していた。

 変わらない部下の姿に、エルフィスザークは口元を緩めた。


「……懐かしいな。お前の変わらぬ態度を見て、安心した」

「それは、私も同じです、エルフィスザーク様」


 頬を赤く染め、グレイシアはうっとりとエルフィスザークへ視線を向ける。

 普段の彼女を知る者が見れば、別人かと疑うほどに蕩けた表情だ。

 

「時を経ても、御身の気高く美しい姿を見て、私も安心致しました」

「……うむ、そうであろう」


 懐かしい、声だ。

 もう三十年以上も、聞いていなかった声だった。

 グレイシアの声に、昔のことを、思い出す。

 以前はよく、こうしてグレイシアに賞賛されていた。

 懐かしさに、胸が締め付けられるようだった。


「……それで、グレイシアよ」

 

 過去を噛み締めながらも、エルフィスザークは話を切り出した。

 再会は嬉しいが、混乱も少なくはない。

 かつての部下が四天王になり、オルテギアの部下になっていた。

 どうしてそうなるに至ったのか、いくつかの可能性は思い浮かぶが、やはり本人の口から聞きたかった。


「思い至らず、申し訳ありません。直ちに説明いたします」

 

 説明が遅れたことを謝罪すると、グレイシアはことの顛末を語り始めた。


「現在の魔王……オルテギアが、エルフィスザーク様に反旗を翻す少し前のことです。私はエルフィスザーク様の麾下に加わらなかった魔族の不穏の動きを察知し、確認のために魔王城を離れていました」

「……ああ。そうだったな」


 そのことは、エルフィスザークも知っている。

 他の部下を通して、グレイシアの動向は把握していたからだ。

 オルテギアが行動を起こしたのは、グレイシアが魔王城を離れた直後のことだった。

 

 オルテギアとその部下は、エルフィスザーク派の魔族の虐殺を開始した。

 当然、反逆された時の想定はしてあった。

 問題は、オルテギアの力が想定を遥かに上回っていたことだ。

 並み居る強大な魔族達が、オルテギアにはまるで歯が立たなかった。


「魔王城を離れていたお前は、オルテギアの虐殺から逃れられたというわけか」

「……はい。ですが、オルテギアの反逆を耳にした私は、すぐに魔王城へ引き返えそうとしました。しかし、その最中にオルテギアの部下に捕らえられてしまったのです」


 その後、グレイシアは長い間、どこかで監禁されていたという。

 牢獄の外に出られたのは、すべてが終わった後。

 既にエルフィスザークの五体は、ルシフィナによって封印されてしまっていた。


「…………」

「すべてを失い、打ちひしがれる私を前に、あの男は言いました。『我が麾下に加わるのならば、貴様を生かしておいてやろう』と」


 屈辱に耐えるような声音で、グレイシアは言葉を続ける。

 その痛ましい姿に、エルフィスザークは知らぬ内に唇を噛んでいた。 

 口内に広がる鉄の味に、冷静さを失わぬように自分に言い聞かせた。


 ――抗うのならば、それでも良い。

 ――貴様は死ぬ。ただそれだけだ。

 

『……だが。その生を無意味に終わらせたくないのであれば――』


 最終的に、グレイシアはオルテギアの軍門に下った。

 戦争で減少した人材の育成、五将迷宮の立て直しなど、多くの仕事をこなし、グレイシアは現在の地位にまで至った。

 四天王になったのは、最近のことだという。


「……そうして、今に至るということか」

「はい」

「……そう、か」


 エルフィスザークがオルテギアに敗れてから、既に三十年以上が経った。

 その間、グレイシアは自らの仲間を奪った者に従い続けてきたのだ。


「……ッ」


 グレイシアが今まで、何を思って生きてきたのか。

 何を考えて、これまで過ごしてきたのか。

 

「……すまなかった」


 それを考えると、そう言わずにはいられなかった。


「……私は、無力だった。お前達を守れず、不甲斐ない姿を晒しただけだった」


 絞り出すような、悔恨の言葉に、


「――いいえ」


 グレイシアは、屹然と首を振った。


「エルフィスザーク様。貴方は無力などではありません」

「――――」

「貴方は魔族を統べるに相応しい、偉大な御方です。貴方が封印されたのは、我々部下に力がなかったから。貴方に、報いる力がなかったからです」

「そんなことはない……!」


 否定するエルフィスザークに、グレイシアは「やはり、貴方はお優しい」と微笑む。

 それから、強く拳を握り、力強く視線を上げた。


「だからこそ――私はもう二度と、同じ過ちは繰り返さない。今度こそ、正しい形で、貴方の理想を叶えてみせます」


 グレイシアが、ゆっくりと立ち上がる。

 そして、言った。


「エルフィスザーク様。――オルテギアを殺し、貴方に再び王冠を捧げましょう」



 魔力の質というのは、千差万別だ。

 身近なもので例えるなら、声や匂いだろうか。

 似ているものもあれば、まるで異なるものもある。


 エルフィの"検魔眼"のように、俺は人の魔力をハッキリと区別することはできない。

 それでも、魔術に直接手を触れれば、知っている者の魔力くらいは判別がつく。

 この結界を構成しているのは、間違いなくルシフィナの魔力だ。


 ルシフィナの名前を聞き、アイドラーが首を傾げた。


「ルシフィナ、ね。確か、四天王の一人だったね。それが、どうしてこんなところに結界を張っているんだろう?」


 考えるが、ハッキリとした答えは出てこなかった。

 アイドラーの偽装によって、俺は死んだことになっているはずだ。

 あの後、すんなりと魔王軍が撤退したことからも、偽装だとバレていないことが分かる。


「お前達の動向が、魔王軍に伝わっている可能性は?」


 俺ではなく、アイドラーとベルディアの通行を封じるための結界ではないか。

 思いついた答えを口にするも、アイドラーは首を横に振った。


「その可能性は低いと思うな。ベルディアは黒炎龍カースドラゴンとはいえ、その力は、四天王には及ばないからね。ここまで大掛かりな結界を使わなくても、四天王なら直接攻撃すれば良いだけだ」

『……力不足。無念』


 教国での戦いで、ベルディアの存在は魔王軍に露見しただろう。

 何かしらの対処はされているかもしれないが、わざわざ結界を張る必要性は低いか。


「なら、お前はどうなんだ?」

「ボクは見ての通り、可憐でか弱いから。それに、そもそも偉大なボクは、オルテギアに動向がバレるようなヘマはしていないしね」


 となると、この二人が原因という可能性も低いか。

 本性を現したルシフィナの言動は、別人のように得体が知れない。

 何かこちらの想像もつかない罠を張っている可能性も、ゼロではないだろうが――。


『……ん』


 結界に顔を近づけていたベルディアが、不意に顔を上げた。


『……中から、悲鳴が聞こえる』

「悲鳴?」

『叫び声と、戦う音も』


 俺には、何も聞こえない。

 どうやら、ベルディアには結界の中の音が聞こえているらしい。


『……中に、村があるみたい。魔物と戦っているみたい』

「ふぅん。どれどれ?」


 アイドラーが懐から魔石を取り出した。

 握り込むと、そのまま指で空中に何かの文字を描く。

 

「……なるほど。ベルディアの言う通り、結界の先には村があるみたいだね」

「今ので、分かるのか?」

「うん。結界の中に"目"送り込んだからね」


 そういえば、ディオニスが水で目を作って、俺のことを見ていたな。

 あれと、似たような魔術だろうか。


「中で、複数の魔物が暴れているね。村人が、魔物を相手に戦っているのが見えるよ」

「複数の魔物。……もしかしたら、この結界は村人を逃がさないためのものか?」


 俺達に対する結界でないのなら、村人を閉じ込めるための結界である可能性が高い。


「多分、そうだろうね、結界は周囲をぐるりと覆っているし、これじゃ中の人は逃げられない」


 ルシフィナはこの村を魔物に襲わせている。

 逃さないように、唯一の通り道に、結界を張った……というところか。


「…………」


 ディオニスの言葉を思い出す。

 ルシフィナとともに、俺が救ってきた村をいくつも滅ぼしてきたと。

 その時も、こんな風に結界を張って村人達を閉じ込めていたのだろうか。


「ルシフィナはいるか?」

「んー。結界の中にはいないね。周辺にも、強い魔力は感じられない。中にいる魔物の一匹が結界を維持しているみたいだし、魔物に村を襲わせて、自分は帰っちゃたんじゃないかな」

「……そうか」


 一瞬、残念に感じたが、むしろ良かったのかもしれない。

 今、あいつを相手にしている余裕はないからな。

 

『……どうする?』

「選択肢はいくつかあるね。まず、結界を迂回して行く。これはおすすめできないね。時間が余計に掛かるし、ベルディアの体力的にも無駄が多い」

『……うん。ここまで来るのに、結構疲れた』


 ベルディアが飛行を始めて、五時間弱が経っている。

 もう少し飛行したら休もう……というタイミングだったからな。

 遠回りするのは却下だ。


「次に、村が全滅するのを待つ。この結界はここの村人を逃がさないためのものだろうし、村人が全滅したら消えるだろうね。どの道、もう少しで休憩しないといけなかったしね。ベルディアの体力が万全になる頃には、消えるんじゃないかな?」

「…………」

「嫌そうな顔だね? じゃあ、三つ目。結界を破って、中に入る。ボクも伊織君も、結界を破る術を持っているからね」

「……三つ目だ」

 

 ルシフィナが何をしようとしているのか気になる。

 ここで何もせずに休むのは、気分が悪い。

 あいつの狙いも気になる。

 どちらにせよ、無視するという選択肢はない。


「それが妥当だね。迂回はあり得ないし、結界の周りじゃ落ち着かないからね」

「ああ。何はともあれ、まずは中の様子を確かめに行く」

「はーい。そう言うと思って、えい!!」


 アイドラーが結界に触れ、何かの文字を描く。

 その瞬間、文字を中心にして、結界の一部が消滅した。

 辛うじて、人一人が中に入れる程度の穴が生まれる。


「あまり長くは持たないから、早く入っちゃって。ベルディアは人化して」

『……分かった』


 頷き、ベルディアが人の姿に変化していった。

 ポーチの中にしまっておいた服を渡しておく。

 ベルディアから視線を外し、俺はアイドラーへ顔を向けた。


「随分と便利な魔術が使えるんだな」

「少ない魔力でもあれこれ出来るよう、いろんな魔術を調べたからね。ボクは物知りなのさ」


 戦闘力はないが、多彩さならばリューザスにも劣らない。

 戦えずとも、これだけの魔術があれば出来ることは多いだろう。

 オルテギアは『戦闘力がない』という理由だけで、アイドラーを軍から追い出したのだろうか。

 

「準備できた」


 ベルディアが服を着たのを確認し、俺達は結界の中に足を足を踏み入れた。

 


 結界の中に入ってしばらくすると、俺にも戦闘の音が聞こえてきた。

 複数の魔物の咆哮に、男達の怒声、魔術がぶつかる音。

 激しい戦闘が行われているようだ。


 気配を消して進むと、アイドラーの言った通り、村が見えてきた。

 村は魔術で補強された柵に覆われており、櫓がいくつも設置されているのが分かる。

 櫓にいる者が、村の中に魔術を連続して放っている。

 どうやら、魔物達はあの柵を破って村の中に侵攻しているようだ。


「ひゃー、やってるね。巻き込まれたら、多分即死だよ、儚いボクは」

「ここからじゃ良く見えないな。もう少し近付こう」

「気を付けてよ? 少しの間なら大丈夫だけど、ボクは魔物を引き付ける体質なんだから」


 足でまといになりそうなので、アイドラーはベルディアが抱えて移動することにした。

 櫓から見られないよう、俺達は素早く移動して柵の手前にまでやってくる。

 壊れた柵から中を覗くと、村人と魔物の戦いが目に入った。


「……魔族?」


 最初に見えたのは、魔物と激しくぶつかりあう魔族の姿だった。

 蝙蝠のような翼と尾を生やした女性が、槍を振り回し、群がる魔物を蹴散らしている。


「持ちこたえろ!! 何としてでも、ここで小奴らを仕留めるのだ!!」


 魔族は大声で叫んで周りを鼓舞すると、率先して魔物に向かっていく。

 その身のこなしは、かなりのモノだ。

 遠目で見ただけで、尋常じゃない実力者であることが窺える。


「魔族が、魔物と戦っているのか」


 魔物と魔族は、仲間みたいなイメージがあったんだけどな。


「……人間も亜人も、同族どうしてで殺し合う。それと同じ。それに、いるのは、魔族だけじゃない」


 ベルディアが指差す方向を見れば、他にも人間や亜人、半魔の姿もあった。

 様々な種族が協力し、一眼となって魔物と戦っている。


「――――」


 その不思議な光景に、一瞬息を呑む。

 だが、次の光景を見て、俺はすぐに我に返った。


「構えよ!! デカイのが来る!!」


 魔族が警戒を呼びかけたと同時に、デカイ魔物が地面から姿を現した。

 仲間の魔物を踏み潰しながら前進するそれは、百足の胴体を持った龍だ。

 目は一つしかなく、顔の半分をしめる眼球は赤く怪しい光を放っていた。

 見たことのない魔物だ。


「"百足龍セントピード・ドラゴン"か。懐かしいな。随分と前に滅んだと思ってたけど、まだ生きている個体がいたんだね」

「……あいつ、あの目で何か魔術を使ってないか?」

「うん。結界を維持しているのは、百足龍の目だね」


 どうやら、あいつの眼球が結界を維持する『要石』のような役割を果たしているらしい。

 細長い節足を小刻みに動かしながら動き回る百足龍に、村人達は苦戦しているようだ。

 リーダらしき魔族が鋭く槍を叩き込んでいるが、百足龍の傷は瞬く間に治ってしまっている。

 連戦のせいか、魔族は疲弊しており、思うように攻撃できていないようだ。


「彼女、相当強いけど、百足龍とはちょっと相性が悪いかなぁ。再生力が強いから、一気に消し飛ばさないと殺し切れないよ」


 リーダーが百足龍に付きっきりになったことで、他の魔物の勢いが増した。

 少しずつ、押され始めている。

 櫓からの援護射撃も、大した効果はない。


「このままじゃ、あの魔族達は危ないかもしれないね? さあ、どうしようか?」


 どこか、俺を試すようにアイドラーが尋ねてくる。


「……あの龍を殺せば、この結界は消えるんだよな?」

「うん、そうだよ」

「だったら、話は簡単だ。通行の邪魔だから、結界を消しに行く」


 アイドラーの言った通り、放置しておけばその内結界は消えるだろう。

 だが、ルシフィナの思い通りにするのも癪だ。

 ベルディアを休ませる前に、目障りな結界を消しておこう。


「分かった。じゃあ、か弱いボクはここで待ってるよ」

「……私は一緒に行く」


 アイドラーを置いて、ベルディアとともに駆け出そうとした時だ。


「百足龍の急所は、見ての通りあの眼球だけど、あれを潰してもすぐには死なないよ。生命力が尋常じゃないからね。目の他にも体内にいくつか核があるから、それを潰すと良い」

「分かった」


 頷き、柵を潜る。


「……まったく、生きづらそうな性格をしてるね」


 ボソリと、そんな言葉が聞こえたような気がした。


「何だお主達は!!」


 中に入ってすぐ、リーダーの魔族に睨まれた。

 他の村人達も、俺達に警戒を向けてくる。


「助太刀する!」


 俺はそれだけ言って、百足龍の背に魔術を放った。

 炸裂するも、ダメージはない。

 だが、注意はこちらに向いた。

 

「ベルディア、その体でもブレスは吐けるか?」

「……? うん」

「よし。俺はあいつの眼球を潰す。そうしたら、お前のブレスであいつを焼き尽くしてくれ」

「……分かった」


 即興で作戦を立て、百足龍へ向かっていく。

 行く手を遮るように魔物が飛び出してくるが、


「……えいや」


 ベルディアの右腕だけが龍のものになり、邪魔な魔物を一撃で引き裂いた。

 部分的に、龍の姿に戻すことも出来るのか。


『キィイイイイイ――!!』


 咆哮とともに、百足龍が地面に腕を叩き付けた。

 直後、俺達の足元がドロリと溶けた。

 地面に熱を叩き込んだのか、一瞬にして地面にマグマの沼が生まれたのだ。

 浅いが、その熱量はかなりのものだ。


「……!」


 ベルディアは、マグマに足を呑まれるよりも早く、横へ跳躍して回避している。

 俺は――回避することなく、マグマの上を走る。


 教国で手に入れた『蒼碧の靴』の効果だ。

 この靴は、足場がどのような状況でも、普段通りの走行が可能だ。

 溶岩の上だろうと、この程度の深さならば走り続けられる。


「なっ」

『……!?』


 戦いを見ていた魔族と、百足龍が驚きの声を漏らす。

 無視して、走り続けた。


『――――!!』


 焦るようにして、百足龍がブレスを吐いた。

 凄まじい熱量が、正面から押し寄せてくる。

 だが、俺はそのまま炎の中へ飛び込んだ。


「……伊織!?」


 ベルディアの動揺した声を聞きながら水属性の魔術で、軽く防壁を張る。

 当然、それだけではブレスに耐えきれるはずもないが、俺には『紅蓮の鎧』がある。

 ブレスの中を走り抜け、百足龍の目の前に飛び出した。

 そのまま、眼球を狙って斬り掛かる。


『ギィ!!』


 こちらの不意打ちに対して、百足龍は当然のように対応してきた。

 眼球を守ろうと、二本の腕をこちらへ伸ばしてくる。

 そのタイミングに合わせて、『蒼碧の靴』に魔力を流した。


 靴のブースト機能が発動し、こちらの移動速度が跳ね上がる。

 同時に"加速"の魔術も発動しておく。

 二本の腕をすり抜け、俺は大きな眼球に『翡翠の太刀』を突き刺した。


『――――ッ!?』


 さらに傷口の中に目掛けて、炎の魔術を叩き込む。

 眼球が爆裂し、血肉が飛び散った。 

 

 その瞬間、周囲を囲っていた結界が消滅した。

 目が潰れたことで、結界を維持できなくなったのだろう。


「……!」


 だが、百足龍の動きは止まらない。

 頭を失った状態で体を大きく震わせてきた。

 剣を抜き、後ろへ飛び退く。


「確かに、凄い生命力だ」


 どうやって周囲を察知しているのか、のたうち回るような動きで俺へ突っ込んできた。


「……火力不足だな」


 技術も魔力もそれなりに戻ってはいるが、生命力の高い魔物を仕留めるほどではない。

 今後の課題だな。

 だが、今は取り敢えず――、


「頼む、ベルディア」

「……りょうかい」


 俺と百足龍の間に、ベルディアが割り込んでくる。

 そして、大きく息を吸うと、


「――――!」


 大きく裂けた百足龍の頭の中へ向けて、黒いブレスを撃ち込んだ。

 傷口に入ったブレスが、百足龍の下半身を吹き飛ばす。 

 ズン、と音を立て、百足龍の残骸が地面に沈んだ。



 リーダー格だった百足龍が死んだことで、他の魔物の勢いは目に見えて衰えた。

 俺達が手を下すまでもなく、村人達が瞬く間に駆逐していく。

 あの魔族だけでなく、一人ひとりの実力が高いな。

 規模は大きくないが、冒険者の一団くらいの戦闘力はあるんじゃないだろうか。


 魔物が片付くと、何人かの村人達がやってきた。


「助太刀、感謝する」


 そう口にしたのは、リーダーらしき魔族の女性だ。

 軽そうな鎧と、魔力の込められた槍を装備している。

 鎧の隙間からは、蝙蝠の羽と尾が覗いていた。

 こちらを警戒するように、硬い表情をしている。


「いえ。あの結界が邪魔だったので、解除するためにやってきただけです」

「あの忌々しい結界を、破って入ってきたのか……?」

「ええ」


 やったのは俺じゃないけどな。

 魔族の後ろにいる村人は、俺達を訝しげな目で見ている。

 まあ、仕方ないな。


「あの珍妙な魔物を倒した手際と、魔族の私を見ても動じぬ肝の強さ。このタイミングで現れたことから、お主達と魔物の関係性を疑ってしまうが……」

「…………」


 試すように、魔族が睨み付けてくる。

 こちらに疚しいところはない。

 無言で、魔族の目を見返す。

  

 しばらくの沈黙の後、

 

「……いや。あのまま放っておけば、我らは逃れることも出来ず、魔物にやられていただろう。わざわざ助ける必要はないな」


 そう呟くと、魔族はフッと表情を緩めた。

 微笑みを浮かべ、俺に手を伸ばしてくる。


「疑ってすまなかった。私はタイラ。この村の戦士だ。村を救ってくれたお主達に、感謝を」


 魔族の女性、タイラが警戒を解くと、村人の警戒も緩まった。

 タイラの態度が軟化してすぐにこれか。

 この人は、相当村の人達に信頼されているらしいな。


「……伊織です。こっちはベルディア」

「……よろしく」

「そして、可愛いボクはアイドラーさ!」


 いつの間に近付いてきたのか、アイドラーがひょっこり現れた。

 アイドラーの登場に、村人達はぎょっとしている。


「いおりに、ベルディアに、アイドラーだな。よし、覚えたぞ。三人には、是非とも礼をしたい。もう数刻で日も沈むだろう。急ぎの用がなければ、どうか我らの村に泊まっていってもらえないだろうか?」


 泊まり、か。

 どの道、ベルディアは休ませなければならないが……。


「ボクは泊まっていくのに賛成かな。野宿はちょっと辛かったし、ちゃんとしたところで眠りたい」

「……私は、泊まりたい。この村のこと、ご主人様に教えたい、から」


 エルフィ、にか。


「……良いんですか? 俺達みたいなよそ者を泊めて。俺は、人間ですよ?」

「問題ない。恩人をそのまま帰したとあっては、戦士の名折れだからな」


 それに、とタイラは村に視線を向ける。


「見ての通り、この村には多くの種族がいる。人間でも魔族でも、気にする必要はない」

「……分かり、ました」


 ひとまず、ここは頷いておこう。

 ベルディアではないが、複数の種族が住んでいるこの村に興味が湧いた。

 ルシフィナが、どうしてこの村を狙ったのかも気になるしな。


「……よし。おい、私はこの者達を客宿に連れていく! お前達は柵の修理をしておけ!」

「はい、分かりました!」

「あと、戦士長が帰ってきたら、客宿に来るように伝えておいてくれ!」

 

 戦士長?

 タイラがリーダーというわけではなかったのか。


「では、こちらに来てくれ」


 タイラに連れられて、村の中を進んで行く。

 建ち並ぶ家は、すべてレンガ造りだ。

 魔力が込められており、どれも頑丈そうだ。

 温泉都市や帝都ほど進んだ技術はないようだが、それほど原始的な生活をしているわけではないようだな。

 レイフォード領くらいの規模はありそうだ。


「そういえば、いおり殿達はどこへ行こうとしているのだ? この村の先には、あまり人が立ち入れるような場所はないはずだが……」

「……ちょっとした用事があって、旅をしているんです」

「すまぬ。配慮の足りぬ質問だった。忘れてくれ」


 曖昧な答えを返すと、タイラはすぐに話題を終わらせた。

 深く追求してこないのか。

 戦士といっていたし、サッパリとした性格なのかもしれない。


「……驚いた。魔族と人が一緒に暮らしてる」


 辺りをキョロキョロと見回しながら、ベルディアが呟いた。

 魔物が出たからか、出歩いている人はほとんどいない。

 それでも、人間と魔族が一緒に行動しているのは分かった。


「……ああ。この村には、住む場所や身寄りのない者が暮らしているのだ。種族に関係なく、暮らしに困っている者は受け入れている」

「軋轢や問題は起こらないんですか?」

「まったくない……とは言わないが、皆、歩み寄り、規則を守って行動している故、大きな問題は起きていないな」


 人間と魔族の共存。

 誰もがあり得ないと笑った理想が、ここには広がっていた。

 雰囲気としては、連合国に近いだろうか。


「まあ、ここ最近は大勢の人が村にやってきて、少々ゴタたついているがな。お主らもここで暮らしたくなったら、言ってくれ」


 誘いを丁重に断りつつ、俺達はタイラの後をついていく。

 しばらくして、彼女が客宿の呼ぶ屋敷に到着した。

 何でも、来客者はここで応対する決まりになっているらしい。

 大きく、立派な屋敷だ。


「随分、頑丈そうな建物だね。中で魔術を撃っても、簡単には外に出ないくらいに」

「アイドラー殿と言ったか。ひと目見ただけで、分かるのか?」

「違いの分かるボクなら、当然だよ。中に入らなくても、見ただけで分かる。そう、アイちゃんならね!」


 ドヤ顔で胸を張るアイドラーに、タイラは素直に驚いていた。

 リアクションに気を良くしたのか、アイドラーが調子に乗っている。

 こいつは褒めると駄目な奴だな。エルフィと一緒で。


「感服した。アイドラー殿の言う通り、この屋敷は他と比べて、特に頑丈に作られている。招いた客に何かあっては、村の恥だからな」

「…………」


 招いた客に何かあっては……か。

 アイドラーは、『中で魔術を撃っても』と口にした。

 それが正しいのなら、屋敷の頑丈さは客を守るためのものではないだろうな。

 ……警戒が必要だな。


「さあ、中に入ってくれ」


 言われた通りに、屋敷の中に入る。

 アイドラーの言った通り、中はかなり頑丈に作られているな。

 ベルディアがブレスを放っても、一撃では壁を破ることはできないだろう。


 タイラの案内で、俺達はテーブルとソファのある部屋に連れてこられた。

 促され、ソファに腰掛ける。


「すぐに、茶を出させよう。口にあうと良いのだが」

「タイラ様!」


 そうしていると、タイラの元に一人の男がやってきた。


「どうした?」

「戦士長が戻ってきたそうです」

「そうか。なら、ちょうどよいな。是非、いおり殿達に会わせたい。もうしばらく、待ってもらえないだろうか」

「分かりました」


 戦士長、か。

 恩人に礼を尽くすタイラの態度からして、唐突に襲い掛かってくることはないと思うが……。 


「……うっわ」


 不意に、アイドラーが口を押さえてそう呟いた。


「どうかしたか?」

「あ、いやー……なんというか、面白いことになりそうだなーって」

「……は? どういう意味だ」

「……多分、危害が及ぶようなことにはならないと信じたいけど……」


 不明瞭なことを呟くと、アイドラーがソファを立ち、俺に絡みついてきた。

 何だこいつ。


「万が一のことがあったら……ボクのこと、守ってね?」

「気色悪い。絡みつくな」

「あばら!? こんな可愛い子に絡みつかれて、その反応はあり得なくないかなぁ!?」


 そんなやり取りをしていると、ガラガラと玄関口の扉が開く音が聞こえた。

 ドンドンと、足音がこちらに近付いて来る。


「どうやら、戦士長が来たようだ」

 

 ベルディアに絡みついて、吹き飛ばされているアイドラーを一瞥した後、扉に視線を向ける。

 アイドラーの反応からして、何かあるんだろうが――、


「――戻った。恩人ってのは、どこにいるんだ?」


 扉を開け、部屋に男が入ってきた。

 逆立った青髪に、不機嫌そうな三白眼。

 小さく開いた口からは、狼のような鋭い牙が覗いていた。

 大人の背丈ほどの大きさを持つ薙刀を、肩に担いでいる。


 入ってきた男を見て、俺は固まった。


「礼を言う。村を救ってくれて――――あ?」


 入ってきた男も、俺を見て固まった。


「お前、なんで生きて…………」


 なぜなら。

 入ってきたのは、教国で刃を交えたばかりの相手。

 

 ――魔王軍・四天王"歪曲"だったからだ。



 

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