第二話 『ターニングポイントⅡ』
木々の隙間から差し込んだ夕日が、地面を茜色に染め上げている。
その光を頼りに、不安定な足場を止まることなく進んで行く。
目的地には未だ遠く、ひとまずこの森を抜けなければならない。
進む方向は南西。
大陸の東部にある教国から、帝国に向かって南西に進むと、その途中でレイテシア大陸の中央部に到達する。
中央部――つまり俺達は今、魔王城の方向に向かって歩を進めていた。
リューザスや四天王との戦闘から、二日が経過している。
既に傷は癒え、消耗した魔力も回復した。
英雄時代、こうした足場の不安定な道を何度も経験しているため、俺の進行速度はそれなりに速い。
経験がない人間ならば、恐らく付いてこれない程度には。
「…………」
そんな俺の歩調に、無言のままピッタリと付いてくる者がいた。
大きめの着物のような衣服を身に纏った、黒髪の女性だ。
背中ほどまである黒髪を尻尾のように揺らしながら、息を切らすことなく俺と並んでいる。
この女性の名はベルディア。
人の姿を取っているが、こいつは人間ではない。
魔術を使って人間に扮している黒炎龍――魔物だ。
元魔王であるエルフィをご主人様と呼び、あいつのペットを自称している。
両者の話に食い違う部分はなく、本当のベルディアであると考えて間違いはないだろう。
「……魔物の群れが来る」
そんな思考の最中、不意にベルディアが口を開いた。
それから数秒後、彼女の言葉通り、狼型の魔物が群れを成して姿を現した。
この森に入ってから、ベルディアは何度か魔物の接近を言い当てている。
「龍種の嗅覚は流石だな」
ベルディア曰く、臭いで魔物の接近が分かるようだ。
龍種に限らず、魔物の視力や嗅覚は高い。
人間形態になっても、それは変わらないようだ。
「……ふふん」
こちらの言葉に、ベルディアはどこか得意げに鼻を鳴らす。
無表情のため、顔と動作が噛み合わず、どこか不気味だが。
もしかしたら、エルフィの物真似をしているのかもしれない。
『アォオオン!』
獲物を前にして荒く息を吐いていた狼達が、リーダらしき個体の叫びとともに動き出した。
こちらの逃げ場を塞ぐようにしてふた手に別れ、牙を剥き出しにして走り出す。
そんな魔物達の動向に、ベルディアは無表情のまま一歩前へ踏み出す。
そして、小さな口を精一杯広げると――、
「ォオオオオオオオオオオ――――!!」
龍種の咆哮を、迫り来る狼達へ叩き付けた。
質量すら持つその叫びに、狼達はキャンと悲鳴を上げて地面を転がる。
そのまま、か細く情けない悲鳴をあげながら、一目散に森の奥へと逃げていった。
「……大したものだな」
……龍種の咆哮。
上位の鬼族が使用する“鬼神の威容”と同等の、威圧能力を持った叫び。
森に入ってから何度も魔物に襲われているが、そのすべてがベルディアの咆哮によって撃退されていた。
いちいち相手にしていたエルフィよりも、下手をしたらベルディアの方が魔物の扱いに長けているんじゃないだろうか……。
「……大きな声を出すと、皆逃げてくから便利。ちょっぴり悲しい」
悲しい……?
「でも、ご主人様は怖がらなかった。むしろ可愛いって言ってくれた。だから好き」
「……そうか」
木々から差し込んでいた夕日も、すっかり頼りなくなっていた。
「……もうすぐ日が落ちる。今日はここで野宿しよう」
完全に暗くなる前に、拠点を作って起きたい。
「……分かった。手伝う」
「ああ」
ベルディアとともに、野営の準備を始めてから数分が経過した頃だ。
「おぉーい……!」
後方から、そんなか弱い声が聞こえてた。
声の主はゆっくりと、時間を掛けて少しずつこちらに近づいてくる。
やがて、息を荒くした汗だくの少女が見えてきた。
少女は俺達を見ると、ラストスパートとばかりに駆け寄ってくる。
ぜぇぜぇと息を切らし、乱れたピンク色の髪を整えること十数秒。
やっとのことで、少女が口を開く。
「はぁ……はぁ……! 二人とも……足早すぎ!! 少しはか弱いボクを労って欲しいんだけど!?」
憤慨したように叫ぶ少女の名は、アイドラー。
“死神”を自称する魔族だ。
「……お前が遅過ぎるだけ」
「そもそも、お前が調子に乗って走り回ったのが悪いだろ」
「ぐぬぬ……そうだけどさぁ!」
森に入った当初、アイドラーは「ひゃっほー!」などと叫びながら走り回っていた。
それが続いたのは最初の五分で、その後はずっと息を切らしていたが。
はしゃぐこの女の姿が、どこかあいつと被って胸がざわつく。
「……どうでもいいから、早く準備手伝って」
「ぐぅ……。分かったよ。周囲に結界を張ってくる」
辛辣なベルディアの言葉にがっくりと項垂れると、アイドラーはトボトボと歩いていった。
よく分からないな、こいつらの関係は。
「……まあ良い。始めるか」
ポーチから布や鍋などの道具を取り出し、野営の準備を進めていく。
荷物をエルフィと俺で分散させておいて良かった。
食べ物の大半はあいつの頭に入っていたが、念のために数日分の食料はポーチにしまっておいたのだ。
今日は教国で仕入れておいた豚肉、野菜、チーズ、赤ワインを使って料理することにした。
刻んだ玉ねぎ、じゃがいも、豚肉を塩コショウと赤ワインで味付けしながら炒める。
その後鍋に入れ、水と食べやすい大きさに切ったトマトを投入。
塩コショウで味を調整しながら、しばらく茹でる。
最後にチーズをかければ完成だ。
豚肉と野菜のトマトスープが、鍋の中でグツグツと煮え立っている。
これと、麦パンが今日の夕食だ。
「…………」
食事の準備を終えてから、ふと気付く。
エルフィに接するのと同じように、つい人数分作ってしまった。
あいつらにも食事の備えくらいはあるだろうし、そもそも俺が作ってやる義理もない。
「……じゅるり」
「…………」
匂いを嗅いだのか、準備をしていたベルディアが涎を啜るのが見えた。
「……それ、伊織が全部食べる……?」
「……人数分あるよ」
物欲しそうな顔で尋ねてくるベルディアに、溜息を吐く。
流石に一人では食べきれないし、分けても問題ないか。
結界を張り終えたアイドラーが帰ってきたのを見計らって、食事の時間にした。
スープを器に注ぎ、スプーンとともに二人に手渡す。
ベルディアは再度涎を啜り、器の中身をじっと凝視している。
「ボク達にも分けてくれるの?」
器を受け取りながら、アイドラーは不思議そうな表情を浮かべて尋ねてきた。
「作りすぎたからな」
「あ、はっはーん。さては可愛いボクへの貢ぎ物だね?」
「……別に食べなくても良いが?」
「貰う貰う頂きます!」
慌ててスープに口を付けたアイドラーだが、猫舌なのか「熱ちゃ!?」と叫んで涙目になっていた。
舌を出しながら、息を吹き掛けてスープを冷ましている。
そんなアイドラーを無視して、ベルディアは黙々とスープを啜っている。
無表情だが、どこか嬉しそうだ。
ただ、渡した麦パンは苦い顔をして食べていた。
硬いし、パサパサしているからな。
「……スープにパンを浸して食べても美味しいぞ」
「……ん」
柔らかくなるし、スープの染みた麦パンは案外いける。
エルフィも、教えてやると嬉しそうにスープに浸していたな。
「……美味しい」
しばらく経ってから、ベルディアがポツリと感想を零した。
長い黒髪が、感情を示すようにブンブンと動いている。
龍種がこの料理を食べられるか疑問だったが、どうやら気に入ったらしい。
人間形態になっているから、味覚が人間に近づいているのだろうか?
「是非、ご主人様にも食べさせてあげたい」
随分と評価してくれたようで、ベルディアはおかわりをしながらそんなことを呟く。
「……エルフィには、前に作ったよ」
美味しい美味しいと喜びながら、俺の分まで平らげやがったのを覚えている。
ベルディアは三杯目を自分の器によそうと、ふと思いついたように顔を上げた。
良いことを思いついた、と言わんばかりにその目は輝いている。
「そうだ、伊織。ご主人様の料理人になると良い。三食分作って、爪磨きもすれば十分だと思う……!」
「……断る」
「……!?」
理解できないと、驚愕の表情を浮かべるベルディア。
このやり取り、前にもした記憶があるんだが。
「どうして……? じゃあ、爪磨きはなしでいい。三食作るだけで良い……! ……あと私の分も作って欲しい」
「結構だ」
「……!?」
あり得ない、という表情でベルディアが震える。
というか、さらりと自分の分も付け加えるな。
「…………」
ベルディアを見ていると、少し複雑な気分になる。
主従関係を結んでいたからか、ベルディアの言動の節々がエルフィを彷彿とさせるからだ。
気を許すつもりはないが、奈落迷宮でエルフィと出会った時のように、少し気が抜ける。
「……もぐもぐ」
やはり、ベルディアはあいつに似ているな。
ペットは飼い主に似ると、日本にいる時に聞いた覚えがある。
ベルディアが俺の分のスープに手を伸ばそうとしているのも、エルフィに似たせいだろうな。
「…………」
あいつは、無事でいるだろうか。
あっさり死ぬような奴ではないが、不安は拭えない。
「……ご主人様のこと、考えてる?」
四杯目のスープを飲み干したベルディアが、こちらを覗き込んでくる。
赤みがかった黒い瞳に、無言で頷く。
「無事だと、良いんだけどな」
「ご主人様は、きっと大丈夫」
間髪入れず、ベルディアはそう断言した。
その瞳は、あいつのことを信じ切っていた。
「……ああ、そうだな」
あいつは殺しても死なない迷惑な元魔王だ。
どうせ今頃、腹が減ったと喚いていることだろう。
それに、あいつとの契約はまだ終わっていない。
こんなところに、あんな奴らに、邪魔をされてたまるものか。
「早いところ、あいつを迎えに行こう」
「……うん」
ベルディアが僅かに微笑み、そう頷いた時だった。
「……美味しい! ねぇ、伊織君これ美味しいよ! 何これ!?」
器を片手に、アイドラーが目を輝かせながら叫びだした。
こいつ、今までずっとスープを冷ましていたのか。
今さらになって、美味しい美味しいとはしゃいでいる。
「……うるさい。黙って食え」
「ちょっとボクとベルディアで対応が違い過ぎない!?」
当然だ。俺は、こいつを信用したわけではないのだから。
それは、ベルディアも同じことだが。
涙目で騒ぐアイドラーを睨みながら、思い出す。
俺が何故、こいつらとともに行動しているのかを。
◆
「――ボクは"死神"とも呼ばれているんだよ」
二日前、教国の丘の上。
アイドラーと名乗った少女は、自らを"死神"であると口にした。
幼さを感じさせる外見に見合わぬ、見透かしたような微笑みを浮かべながら。
――死神。
その名は、何度か耳にしたことがあった。
最初は、奈落迷宮でエルフィがその単語を口にしていた。
"因果返葬"を使えるのは、オルテギアの部下だった死神くらいしかいないと。
また、リューザスからも、死神という単語は聞いている
死神から、魔術を教わったと。
アイドラーが本当に死神だとしたら、危険な相手だ。
「――――」
ピンク色の髪を揺らし、友好的な笑みを浮かべて、アイドラーがこちらへ手を伸ばしてくる。
その手を躱し、俺は翡翠の太刀を握りながらアイドラーを鋭く睨み付けた。
「わひゃあ!?」
こちらの殺気を感じ取ったのか、アイドラーは悲鳴を上げて転がるように後ろへ下がった。
「待って待って! ひとまず落ち着こう!? キミと争う気なんて、ボクはさらさらないんだよ!!」
その慌てる姿からは、まるで武の気配を感じさせない。
戦闘に関しては、まるで素人であることが分かった。
「お前、本当に"死神"なのか?」
死神はオルテギアの部下だと、エルフィは言っていた。
しかし、こいつはオルテギアを殺したいと先ほど口にしている。
「そう聞かれてもね。証明する手段は持っていないんだけど……」
「リューザスから、お前の名前を聞いた。魔術を教えたんだろう?」
「……うーん、そうだね」
眉を寄せ、しばらく悩むような素振りを見せた後、アイドラーは懐から小さな石を取り出した。
よく見れば、魔石だ。
魔石を握りながら、アイドラーは指で空中に何か文字のような物を描いた。
その、直後、
「――"喪失魔術・因果返葬"」
指でなぞった部分が輝き、ある紋章を形作った。
それは、リューザスのローブにあったものと、まったく同じ物だ。
「――――」
「ボクの魔力量じゃ、こうして紋章を描くのが精一杯で、効果は発揮出来ないんだけどね」
紋章が浮かび上がっていたのは一瞬で、次の瞬間には霞のように霧散していった。
「リューザス君には、これの他に"冥人乖離"なんてのも教えた覚えがあるね。こっちも、ボクじゃとても使えないけどさ」
「確かに、本物の死神みたいだな」
だが、本物だったとしても疑問な点はまだある。
「オルテギアを殺したいと言っていたな。"死神"はオルテギアの部下だと耳にしたが?」
「……ボクがあいつの部下? エルフィスザークがそう言っていたのかい? だとしたら、笑えない冗談だ」
俺の問いに、アイドラーが表情を歪めた。
アイドラーは不快げに細められた双眸をこちらへ向け、
「――もう一度言うけれど、ボクはオルテギアを殺したいんだよ」
吐き捨てるように、先ほどの言葉を繰り返した。
「ボクはあいつのせいで、厄介な体質になっているのさ。ただ普通に過ごしているだけで、魔物が寄ってくる体質にね」
「魔物が、寄ってくる……?」
「体内の魔力を常時放出してしまう"放魔症"と同じさ。厄介なことに、ボクは常時、魔物を引き寄せてしまう"臭い"のような物を放っているらしい」
そんな体質は聞いたことがない、と口に仕掛けて、ふと思い出した。
アイドラーに会った直後、魔物が近寄らないはずの聖都に翼竜の群れがやってきたことを。
「思い出したかい? 確かに、シュメルツを翼竜が襲撃したのはボクのせいさ」
こちらの考えを読んだかのように、アイドラーは肯定した。
「おっと、だけどそのことでボクを責めないで欲しいな。ボクだって街でゆっくりしたい時はあるし、うっかり長居しすぎてしまう時もある。それに、魔物を引き寄せてしまうのは、オルテギアのせいなんだから」
「何故、その体質がオルテギアのせいだと言えるんだ」
「ボクは元々、争いが嫌いでね。人間とか魔族とか、どうでも良かったんだ。魔王軍に籍だけおいて、大陸中をぶらぶら回っていたんだよ。だけど、オルテギアが魔王になった時に、『お前は不要だ』って追い出されちゃってね」
その際に、今の体質にさせられたのだと、アイドラーは語った。
「何とか解呪出来ないか探ったんだけど、解決方法は一つしか見つからなかった。原因を作った人間――オルテギアを殺すしか、この呪いを解く方法はないんだよ」
「だから、オルテギアを殺したいと?」
「その通り。近寄ってくる魔物は、問答無用でボクを食べようとするんだ。非力なボクが、何度魔物に殺されそうになったことか。こんな体質じゃ人の多いところには住めないし、一箇所にとどまることも出来ない」
たまらないよ、とアイドラーはうんざりするように首を振った。
「だったら、リューザスに喪失魔術を教えたのも、オルテギアを殺させるためか?」
「そうだよ。彼は力を欲していたし、ちょうど良いと思ったんだ。勝てなくても、相討ちくらいには持ち込めるんじゃないかって期待してね。結局、上手くいかなかったけどさ」
「…………」
ひとまず、アイドラーの言い分は理解した。
オルテギアに呪いを掛けられており、それを解呪するためにオルテギアを殺そうとしている。
自分では勝てないから、オルテギアと敵対している俺とエルフィを助けたのだと。
「……アイドラーと私の目的は違う。けど、利害が一致している」
それまで黙っていたベルディアが、会話に入ってきた。
「そう。ボクはオルテギアを殺すためにエルフィスザークを助けたい。ベルディアはかつてのご主人様を助けたい。エルフィスザークを助けたい、という点は一致しているのさ」
そして、それはキミも同じだろう? とアイドラーが手を伸ばしてきた。
「キミも、仲間であるエルフィスザークを助けたい。目的は違えど、ボク達がやるべきことは一つだ。だったら、協力し合うのが効率的だと思わないかい?」
握手を求めるように、手を突き出すアイドラー。
その後ろで、ベルディアがジッと俺を見つめてきている。
オルテギアを殺そうとしている魔術師に、エルフィを助けようとしている龍種。
両者の事情を鑑みて、
「助けてくれたことには感謝者するが、協力は不要だ。俺は一人であいつを助けに行く」
俺は、二人の提案を断った。
龍種のベルディアはともかく、アイドラーは戦力として役に立ちそうにない。
むしろ、足でまといになる可能性の方が高いだろう。
裏切られるリスクを負ってまで、行動する利点を感じ取れない。
「ベルディアのことは、エルフィに伝えておく。俺が助けた後に会いに来てくれ」
そう言って、俺が二人に背を向けて歩き出した時だった。
「ふぅん。まあ、それも一つの選択だけどさ。その選択の結果、エルフィスザークを助けられなかった時、キミは酷く後悔するんだろうね」
後ろから聞こえた冷たい声音に、俺は足を止めた。
「――なに?」
振り返れば、ピンク色の髪を撫でながら、どこか嘲るようにアイドラーは笑っていた。
「そもそも、キミはどこへ行こうとしているのかな? もし、エルフィスザークを助けるために魔王城に向かおうとしているのなら、無駄な労力としか言いようがないね」
「……どういうことだ」
「簡単な話さ。残念ながら、魔王城にエルフィスザークはいない」
そう言い切ったアイドラーに、背後のベルディアが小さく頷いた。
「……ご主人様は、四天王の一人に連れ去られてる」
グレイシアという、あの深緑色の髪の魔族だったか。
あいつに、エルフィは連れて行かれたと、先ほどベルディアは言っていた。
「ボクは、エルフィスザークが今どこにいるのかを知っている。さっきキミを助けた時、グレイシアに探知の魔術を仕掛けておいたからね」
「そんなことが出来るのか?」
すっと、アイドラーが人差し指を立てた。
「過大評価されるのは誇らしいし、気持ちが良いけれど、過小評価はいただけないな」
教師が生徒に指導をする時のような、そんな雰囲気で、
「あらゆる戦況を俯瞰し、あらゆる情報を収集し、持ちうる手段を最大限に利用する。これまでボクはそうやって、人、亜人、魔族、村、街、城、国――ありとあらゆるものの滅びを予言してきた。――故に"死神"だ」
「――――」
「だから、キミの質問にはこう答えよう。――この程度のことは、当然のように可能だよ?」
思わず、息を呑んだ。
エルフィやオルテギアのような、絶対的な力から来るものではない。
リューザスのような、果てのない執念から来るものでもない。
それは、今までに感じたことのない圧だった。
「彼女の居場所を自力で探しても良いけれど、時間を掛けるのはあまり賢いとは言えないね。そうだろう、ベルディア?」
「……うん。急がないと、駄目」
その双眸に僅かな憎悪を浮かばせながら、ベルディアは語った。
急がないといけない、その理由を。
「―――――――」
彼女が語った内容に、思わず口を噤んだ。
それが本当だとしたら、エルフィは――――。
「……今代の勇者。私にできることは、なんでもする。だから……お願い、します。ご主人様を、助けてください」
悔しげに顔を歪ませて、ベルディアが深々と俺に頭を下げた。
懇願するベルディアの横で、アイドラーが言う。
「ボクは、エルフィスザークがいる場所までキミを案内することができる。ベルディアは、キミを手っ取り早く目的地まで運んでくれる。そしてキミは、その力を以ってエルフィスザークを助けることができる」
――キミは、何を選択するんだい?
「――――」
◆
こうして俺は、エルフィを助けるために、こいつらと手を組む選択をした。
だが、心を許したつもりはない。
俺が信用しているのは、エルフィだけなのだから。
「……そんなに怖い顔をしないでよ。尊いボクに向けるのは、畏怖と尊敬にして欲しいね」
おちゃらけたことを言いながら、アイドラーがスープを啜る。
「まあ、分かりやすく行こう。ボクはキミを利用するし、キミもボクを利用する。契約を交わし合う商人のように、お互いの利益のため、存分に利用し合おうじゃないか。それで良いだろう?」
「文句はないよ。ただ、一つだけ言っておく」
二人を見て、言っておく。
「協力関係にある限り、俺は絶対にお前達を裏切らない。絶対にだ。だから、そっちも裏切らないと誓ってくれ」
「……ふむ」
「利用するのは良い。都合の良いように扱うのも良い。だが、裏切ることは絶対に許さない」
「へぇ。興味本位で聞いておくけど、もし裏切ったらどうなるんだい?」
そんなのは、決まってる。
「――どんな手を使ってでも、裏切ったことを後悔させるさ」
どれだけ時間が掛かろうと、絶対にな。
「…………」
俺の言葉にベルディアはコクリと頷き、アイドラーは無言のまま微笑を浮かべる。
「……理解したのか、"死神"」
黙ったままのアイドラーに念を押すと、「……怖いよ」と少し顔を青ざめさせた後、
「うん。改めて、伊織君。短い間になるだろうけど、よろしくね」
差し出してきたアイドラーの握手を今度は受け入れ、俺も頷いたのだった。




