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第十五話 『終わる戦場』

 ――戦場で、人間も魔族も時が止まったように固まっていた。


 数瞬前まで、魔術が吹き荒れ、刃が交差し、血の花が咲狂っていた戦場。

 それが今や、大きく様変わりしていた。

 戦場の最前線では、局地的な嵐が起きたかのように破壊が撒き散らされている。


『ヴォオオオオッ!!』


 知能のない魔物が嵐に立ち入ろうとして、瞬く間に血霧に変わる。

 立ち尽くしていた魔物が、破壊の余波によって砕け散っていく。

 人も魔族も、その嵐に飲まれぬように逃れ、災害のような戦いを呆然と眺めていた。


「おらおらおらおらおらァ――ッ!!」


 嵐の中央で、"歪曲"ヴォルクが咆哮する。

 両手で握る薙刀を体の一部のように自在に扱い、魔力を乗せた刃を振り回している。


「…………」


 血に濡れた黒髪を揺らしながら、伊織はその連撃を『翡翠の太刀』で受け流していく。

 弾かれた斬撃が後方へ流れ、様子を見ていた魔物が巻き込まれた。

 龍種の堅牢な鱗すら砕くヴォルクの剛剣は、伊織の柔剣によって滑り、未だ掠りもしていないかった。


「――――」


 薙刀による攻撃を受け流した伊織が、返し技をヴォルクに放つ。

 呼吸の間を縫うかのような、精密な一撃。

 圧倒的な剣速にヴォルクが目を剥くのと同時に、伊織は剣を振り終えていた。

 

「っと。……危ねえな」


 汗を垂らしながらも、ヴォルクはニィっと口元を歪ませる。

 確実にヴォルクを斬り裂いたはずの刃は、またもや空を切っていた。

 ヴォルクは未だ無傷のままだ。


「…………」


 振り下ろした刃が唐突に別の方向を向いたかのような奇妙な感覚に、伊織が目を細める。

 即座に同時に片手で火球を生み出して撃ちこむも、やはり火球はヴォルクに当たらない。


「おらよぉ!!」


 上下左右、あらゆる方向から、薙刀の刃が伊織に迫る。

 一撃一撃が人体を粉々に砕いて余りある、化物地味たヴォルクの斬撃だが、伊織は正面からそれを弾いている。

 刃が交わる度に戦場が揺れ、地面がひび割れていく。


「何だよ……あれ」

「四天王と戦っているのは、本当に人間か……?」


 あまりに人間離れした伊織の動きに、戦況を見守る騎士達は思わずそう呟いた。

 それも、無理もないだろう。

 伊織の一撃によって、数十という魔物が巻き込まれて消し飛んでいるのだから。

 

「それどこか、あいつ、四天王を押してるぞ……」


 騎士達の視線の先、伊織と刃を交えたヴォルクが、力負けして何メートルも後ろに後退させられていた。


「く……おおッ。おいおい……なんつー力だよ、お前」


 即座に反転し、ヴォルクが反撃に移る。

 攻撃の軌道を悟らせぬよう、クルクルと薙刀を回転してから、左斜めからの一撃。

 顔色一つ変えず、伊織は攻撃の軌道を読み、対処へ移る。


「――――」

 

 瞬間、薙刀の軌道がグニャリと歪んだ。

 左斜めから、横薙ぎへと攻撃が変化する。

 伊織は人間離れした跳躍力で後方へ下がり、あり得ない軌道からの攻撃を回避した。


「……なるほどな」


 着地と同時に襲いかかってきた魔物を一瞥すらせずに消滅させながら、伊織は静かに口を開いた。


「お前のそれは、"心象魔術"か」

「大正解」


 能力を言い当てた伊織に、ヴォルクが上機嫌に口笛を鳴らした。


「曲がれども折れず――っていうのが、そのまんま俺の心象らしくてな。グニャリグニャリと、空間を曲げられるってわけだ」


 心象魔術はその人間の心を形にした魔術だ。

 ヴォルクの場合は、それが"歪曲"という形で現れている。

 どんな重い攻撃であろうと、軌道を"曲げる"ことによって攻撃を逸らす。

 これまで攻撃が当たらなかったのは、心象魔術の力によるものだ。


「……で。ネタが分かったところで、どうする気だ?」


 自身の心象に、ヴォルクは絶対の自信を持っている。

 例え正体を見破られようと、この歪曲を破ることは出来ない。

 薙刀を弄びながら、ヴォルクは余裕気な態度で伊織を挑発するが――、


「――っおお!?」


 直後、目前に迫っていた伊織の刃に大きく仰け反った。

 顔に焦りを浮かべながら、何とか刃を回避する。

 "歪曲"させていたはずの空間を突き破り、攻撃が迫ってきたからだ。

 柔軟に体をしならせ、ヴォルクは伊織の追撃を危ういところで躱す。


「どういう……ことだッ」

「お前の戦いは、空から見ていた。戦いの中で、お前は相手の攻撃を直接薙刀で防いでいたな」

「!」


 その言葉に、ヴォルクは二重の意味で驚愕する。

 あの距離から、こちらを視認していたこと。

 そして、"歪曲"の弱点を見抜かれたことに。


「だから推測した。お前のそれは、一定以上の威力、もしくは魔力を持った攻撃は受け流せないのではないか、と」

「――――」

「当たりのようだな」

「ッ」


 一切の感情を見せず、伊織は冷たく言ってのける。


「なら、魔力を込めて斬れば良いだけだ」


 そこから、伊織の攻撃が激化した。

 刃を覆う魔力の量が跳ね上がり、上下左右斜め刺突、四方八方あらゆる方向から、ほぼ同時に攻撃が飛んでくる。

 その一撃一撃に、"歪曲"を突破出来るだけの魔力が込められていた。


「マジかよ、お前ッ」


 歪曲を破れるだけの魔力を込めれば良い。

 単純だが、確かな対処策だ。

 伊織の言う通り、あまりに強力な攻撃は歪曲で受け流すことは出来ない。

 レオが放った斬撃も、歪曲では対応しきれなかったから薙刀で受けたのだ。


 ただし、ヴォルクの歪曲を突破出来るのは、火力に特化した上級魔術以上の攻撃のみ。

 人間が、おいそれと放てるような威力ではない。

 心象魔術を使用出来るレオですら、渾身の一撃でなければ歪曲を突破出来なかった。


「おいおいおいおいおいッ!! 何つーガキだ!?」


 全身から汗が噴き出すのを感じながら、ヴォルクは伊織の攻撃を必死に防いだ。

 ヴォルクの戦闘力は"歪曲"に依存しない。

 混ざり者ではあるが、魔族の血からくる人間を凌駕した膂力と、これまで積み上げてきた卓越した技術を利用した薙刀術は圧倒的だ。


「これが勇者……ッ!! 本気で化物レベルじゃねぇかよ!?」

 

 ――そんな彼をして、伊織の攻めに防戦一方になってしまっていた。


 翡翠の剣閃が奔る。

 常人には、無数の光が宙を泳いでいるようにしか見えないだろう。

 そんな剣撃を、ヴォルクは懸命に受け止めていた。

 ただし、伊織の腕がブレる度に、全身の肉が少しずつ削がれ始めていた。


「ヴォルク様を助――」


 追い詰められているヴォルクを助けようと、戦いの行方を見守っていた魔族が動こうとするが、


「がばっ!?」


 その瞬間に肉塊に変わっていた。

 ヴォルクを追い詰めながらも、伊織には斬撃を飛ばす余裕が残っていたのだ。

 

「エルフィスザークの居場所を教えろ。邪魔をしなければ、殺しはしない」

「……はっ。やっぱ、お前みたいなのは好きだよ」

「――――」


 警告に対し、ヴォルクはそれでも不敵に笑みを浮かべた。

 伊織の視界が、これまでの比ではないほどに大きく歪む。

 質の違う魔力の動きを警戒した伊織は、大きく後ろへ跳んだ。


「……大切な仲間は、命を賭しても守りたいモンだよな」


 ヴォルクが薙刀を構える。


「――俺だって、そうだ」


 ヴォルクの周囲に、膨大な量の魔力が集中していく。

 ねじ曲がった伊織の視界で、ヴォルクだけが正常な形を保っている。


「――――」


 突き出された薙刀の周囲で、魔力が高速で回転を始めた。

 その回転は空間をねじ切り、どす黒い空間を生み出していく。

 巻き上げられた草が飲み込まれ、跡形もなく消滅していくのが見えた。


「――行くぜ」

 

 伊織は悟る。

 あの黒は、空間がねじ切れたことによって生じた"虚無"であると。

 原理は分からないが、アレがヴォルクの辿り着いた心象の奥秘であると。



「――【曲がれど折れずヴェイン・我は剣を謳うレルム】」


 

 虚無が捻じれ狂う。

 竜巻のように回転しながら、槍先のように伊織へ向かって突き進み始めた。

 虚無に触れた草原が、瞬く間に削り取られて消滅していく。


「……こんなところで、立ち止まってる暇はないんだよ」


 苛立ちを短く吐き出すと、伊織は正面へと手を掲げた。

 

「"魔毀封殺イル・アタラクシア"」


 巨大な盾が出現し、【曲がれど折れず、我は剣を謳う】を正面から受け止めた。

 激震が走り、衝撃は大聖門を突き抜けてシュメルツすらも揺らす。

 騎士も魔族も、吹き飛ばされないように地面にしがみつくことしか出来なかった。


 虚無を受け止めるは、すべての攻撃を受け止め、削り、封殺する盾。

 威力が殺され、虚無の勢いが衰えていく。

 だが、盾も無事ではすまなかった。

 大きくひび割れ、次第に崩壊を始めていく。


 ――やがて。


 盾が崩壊し、かろうじて威力を残した虚無がその先を貫いた。

 伊織の立っていた空間がまるごと消滅し、大きな穴が空いている。


 仕留めた。

 ヴォルクがそう考えたのは、ほんの一瞬だった。


「な――」


 影がさし、頭上を見上げた彼の視界に伊織の姿が広がった。

 盾で自身の姿を隠し、大きく跳躍してヴォルクの目の前にまでやってきたのだ。

 反射的に、薙刀で防御態勢を取るヴォルク。


「――鬼剣・砕衝」

「ッ、があぁ!?」


 攻撃を受け止めた瞬間、ヴォルクの両腕に凄まじい衝撃が走った。

 この技には見覚えがある。

 以前、ディオニスが使っていた技だ。

 その時の経験から何とか衝撃を殺し、骨折を免れたヴォルクだったが、痺れた腕から薙刀を取り落としてしまう。


「……っ」


 そこへ、首元に刃を突き付けられた。

 完全なる詰みだ。


「強えな……お前」


 絶対の自信を持っていた必殺の一撃を躱された屈辱に歯を食いしばり、ヴォルクは絞り出すように賞賛の言葉を送る。 


「最後にもう一度だけ聞く。エルフィスザークはどこだ」


 伊織の問いに、思わずヴォルクは頬を緩めてしまった。

 正直に答え、邪魔をしなければ、伊織は本当に自分を見逃すということが分かったからだ。

 悪鬼のような悍ましい表情と、言動から見える優しさのギャップが、どこか可笑しかった。


 ただし、答えなければ容赦なく首を刎ねられるだろう、ということも理解出来た。

 優しくはあるが、甘くはない。

 この男は、自分の障害になるものは容赦なく斬り捨てる冷徹さも兼ね備えている。


「……俺の負けだ」


 こういう状況で、『喋るくらいならば死ぬ』という者もいるだろう。

 高いプライドと、強い意思を持つ、それはそれで立派な志だとヴォルクは考える。

 だが、自分はそうではない。

 折れるしぬくらいならば、曲げるはなす。 

 大切な家族達・・を守るため、こんなところで死ぬわけにはならないのだ。


「エルフィスザークは――」


 元魔王の居場所を口にしようとした時だ。


「……悪りぃ」

「――――」

「――時間切れだ」


 伊織の体を悪寒が走り抜ける。

 予感に従って跳躍した直後、先ほどまで伊織が立っていた場所を刃が貫いていた。

 

「……今のを躱すか」

「まあ、腐っても勇者ですからね」


 いつの間にか、戦場に二つの影が現れていた。

 緑色の髪と捻れた角を持つ魔族、"消失"グレイシア・レーヴァテイン。

 そして、金髪のハーフエルフ、"天穿"ルシフィナ・エミリオールが。


 二人とも体のあちこちから血を流しており、服も汚れていた。

 誰と戦った結果そうなったのか、伊織は即座に悟った。


「おい、あいつはどうした!」

「くす。そんなにムキになって、やっぱりアマツさんってば、あの人のことが好きなんじゃないですか?」

「お、前は……ッ」


苛立つ伊織へ、嘲笑を浮かべたルシフィナが、冷たく告げる。


「――殺しましたよ?」


 瞬間、伊織から殺気が噴き出した。

 そのおぞましさに、知能の低い魔物ですら本能的な恐怖にその場から逃走を始めている。

 ヴォルクと戦っていてなお、これほどの殺気は出ていなかった。


「……っ」

「――――」


 ヴォルクとグレイシアですら、あまりの殺気に息を呑む。

 動じていないのは、薄ら笑みを浮かべたルシフィナだけだ。


「そんなに怒らないでください。大丈夫ですよ」

「……何を」

「だって、貴方もそちら側に行けるんですから。エルフィスザークさんとは冥府で……って、ああそうでした! あんな惨めな死に方じゃ、冥府にはとても行けないですよね。うふ、ごめんなさい」

「ルシフィナァああああああああああああッ!!」


 猛烈な勢いで伊織が踏み出した瞬間、


「――ッ」


 ガクン、と伊織の体から力が抜けた。

 心象魔術が消滅し、伊織が纏っていた一切の魔力が消滅する。

 そしてそれは、致命的な隙だった。


「『天理剣』」


 ルシフィナが、紫に輝く大剣を持ち上げる。

 魔力が増幅され、紫の光が天を突いた。


「悪く思うなよ、勇者。貴様のようなイレギュラーは、オルテギア様が目覚める前に片付けておかねばならん」


 同時に、グレイシアも腕に魔力を集中させた。

 キィィンと甲高い音が響き、その手の中に魔力が杖状に凝縮されていく。

 

「今度こそ、本当にお別れです」


 ルシフィナが天理剣を振り下ろした。


「――"踊れレーヴァ闘争テイン"」


 同時に、グレイシアが魔力の杖を振り下ろした。


「――――」


 世界から音が消え去る。

 二つの絶技が、微動だにしない伊織を飲み込んだ。

 眩い光が戦場を隈なく照らしていく。

 光が消え去った時、その先にあった伊織の体は原型をとどめていなかった。

 かろうじて残った肉片が、草原で無残に転がっている。


「今度こそ、確実に仕留めたな」


 伊織の肉片を確認したグレイシアが頷いた。

 あの距離から逃れる術はなく、この肉片から感じる魔力の残滓も伊織の物だ。

 間違いなく、あの男は死んだ。


「ふふ。教えてあげるべきでしたね。しつこい男は、嫌われますよって」


 転がった肉片をグリグリの踏みにじりながら、ルシフィナは笑う。


「しつこくなくても、ずっと嫌いでした。世界平和なんて退屈な理想を本当に掲げて、何度も私の邪魔をして。初めてあった時から、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずうっと」


 狂気すら感じる表情で、ルシフィナは何度も何度も肉片も踏み潰す。

 グチャグチャと音が響き、血が地面に染みこんでいく。


「……でも、そんな貴方だから、私は愉しむことができました」


 そう言うと、潰れた肉塊を掬い上げ、ルシフィナは愛おしそうにそれを眺める。


「こぉんな肉塊になってしまうと、貴方でも可愛らしく見ててきてしまいますね。撫で撫でして、愛でてあげたくなってしまいます。ふ、ふふふふ」


 全身を震わせ、腹を抱え、涙すら浮かべ、ルシフィナは嗤う。


「あは、昂ぶりますね……。ふふ、ねぇ、そうでしょう? うふふふふ!」


 心底愉快そうに、ケタケタと。


「……後の指揮は任せたぞ。私にはやることがあるのでな」


 グレイシアは何とも言えない表情でルシフィナを一瞥すると、ヴォルクにそう言い残してどこかへ消えてしまった。


「……チッ」


 どいつもこいつも勝手だと、ヴォルクは思わず舌打ちした。


「……どうかしてる」


 肉片を手に、はしゃいでるルシフィナを見て、そう口にせざるを得なかった。

 敵とはいえ、あの勇者は敬意を払うべき相手だった。

 それを踏みにじり、嘲笑するルシフィナをヴォルクは理解出来ない。

 ディオニスの時にも感じたが、一体どうしたらそこまで醜く生きることが出来るのか。

 理解し難いルシフィナの言動から視線を外し、近づいて来た部下へと指示を飛ばす。


「――撤退だ」

 

 ヴォルクの指揮によって、魔王軍は撤退を開始した。

 こうして、シュメルツで起きた戦いは終結した。

 この戦いが引き金となり、魔族と人間の戦いは終末へと加速していくことになる。

 



 シュメルツから離れた場所にある丘の上からは、戦いが刻んだ跡が良く見えた。

 草は散り、大地は割れ、まるで巨大な獣が暴れ狂ったかのような酷い有様だ。


「ふふん。ほら、ボクの言った通り、エルフィスザークはちゃんといたでしょ?」


 その光景を見下ろしながら、ピンク髪の少女が得意げに呟いた。

 黒のチューブトップにグレーのスカート、膝まである長いブーツに太腿を覆うニーソックスという、ラフな格好だ。


「……うん。確かに、いた」


 ピンク髪の少女の視線の先には、黒髪の女性が立っていた。

 女性は、ゆったりとした着物に近い衣服を身に纏っている。

 赤みがかった黒い瞳で戦場跡を睥睨しながら、女性は背中まである黒髪を揺らして頷く。


「……でも遅すぎ。助けられなかった。やっぱり、街で声を掛けるべきだった。……役立たず」

「尊いボクに、キミってば容赦ないよね!?」


 半目で呟いた女性の言葉に、上機嫌に胸を張っていたピンク髪の少女が不満げに叫ぶ。

 口喧しく訂正を求めるが、女性はどこ吹く風だ。

 そんなくだらないやり取りを見ていられなくなり、は口を開いた。


「――それで、お前たちは何者だ」


 岩に腰掛けながら、俺は二人の女を睨み付けた。

 

 ルシフィナに斬り掛かる直前。

 俺はこいつらに干渉され、唐突にこの場所に転移させられたのだ。

 あの二人に吹き飛ばされたのは、どうやって作ったのか、俺を模した精巧な人形だった。


 ピンク髪の少女曰く、「あのまま戦うのは得策じゃなかったから、介入させてもらった」。

 頭に血が登り、消耗具合を考慮せずに突っ込んだ俺を見ての判断らしい。

 確かに、ルシフィナの言動に耐えられず、あの時の俺は冷静ではなかった。

 

「……ん。説明、する」


 俺の言葉に、二人がこちらを向いた。

 黒髪の女性――否。

 何らかの魔術で人間の姿になっている・・・・・・・・・・黒炎龍カースドラゴンが口を開く。


 俺はルシフィナの斬撃によって、忌光迷宮から地上へと叩き落とされた。

 地面へ叩き付けられる直前、俺は唐突に現れた黒炎龍によって助けられたのだ。

 それが、目の前のこの黒髪の女性だ。 

 魔術を使って人間になるのを、俺はこの目で見ている。


「……こんな状況だから、仕方ない……か」


 何かを呟き、納得するような素振りを見せると、黒炎竜は名乗った。


「――私はベルディア。ご主人様……エルフィスザーク様のペット」


 それは、聞き覚えのある名前だった。

 ベルディア――エルフィが飼っていた黒炎竜カースドラゴンの名だ。

 黒炎竜から人間の姿になるのを実際に見ているため、こいつが嘘を付いているとは思えない。

 こいつは、オルテギアの元から逃げ出して生存していたらしい。


 ベルディアは感情を感じさせない、平坦な声で言葉を続けた。


「……今代の勇者。ご主人様を助け出すために、どうか協力して欲しい」

「エルフィを、助けだす……?」

「……そう。ご主人様はまだ生きている」


 ベルディアは、確信のある表情でそう言った。


「どうして分かる」

「……死ぬような人じゃない。それに、グレイシア……四天王に連れ去られていくのを見た」


 確かに、あいつは簡単に死ぬような奴じゃない。


「…………」


 ルシフィナは殺したと言っていたが……もしかしたら、あれは嘘だったのかもしれない。

 俺を挑発して、嘲るための。


「……何故俺に声を掛けた? 助けたいのなら、さっさと助けに行けば良かっただろう」

「……私一人では、ご主人様を助けられない。お前の力が必要」

「街で声を掛けなかったのは?」

「……状況が分からなかったから。人間と一緒に行動していて、驚いた」


 ……分からない点が多過ぎる。

 矛盾している点は見つからないが、とてもではないが信用出来ない。


「……お願い。協力して欲しい」


 そう言って、ベルディアが一歩近づいてくる。


「……止まれ」


 翡翠の太刀を抜き、殺気をベルディアとピンク髪の少女へ向ける。


「ひぇっ」


 ピンク髪の少女は怯えるような素振りを見せ、ベルディアの後ろに隠れた。

 すぐに邪魔、と突き飛ばされていたが。


「助けてくれたことには感謝する。だが、俺はお前らを信用出来ない」


 エルフィを助けたいというのは、本当のことかもしれない。

 だが、それは信用する理由にはならない。

 協力しようと持ちかけて、俺を何か別のことに利用しようとしているのかもしれないからだ。

 

「……どうして。私が龍だから?」

「関係ない。人間だろうが、魔族だろうが、龍だろうが同じだ。信用出来ない相手と、行動をともにすることは出来ない」


 いつ裏切られるか、知ったものじゃないからな。

 相手が信用できるかどうかを見極められない限りは、迂闊な行動を取ることは出来ない。

 

「……関係ない。そう」


 ベルディアは、俺の殺気を正面から受け止めると、無言のまま俺を見つめ出した。

 その表情からは、何を考えているか読み取れない。


「信用出来ない、か。まぁ、そうだよね」


 俺とベルディアの沈黙を破るように、ひょっこりとピンク髪の少女が前に出てきた。

 この女には、見覚えがある。

 それも、信用出来ない理由の一つだ。


「……お前、シュメルツでぶつかった女だな」


 少し前、街が翼龍ワイバーンに襲撃される直前に会っている。

 ベルディアと行動をともにしていることから、やはりただの人間ではなかったようだ。


「そうだよ。まったく、痛かったんだからね! ボクの清らかな体が傷付いたらどうするつもりだったのさ?」

「……それで。お前もエルフィスザークを助けたいのか?」


 口調も声音も違うが、こいつの言動はどこかエルフィを連想させる。

 場違いな言動が、今は苛立つ。

 おちゃらけた言葉を無視して、質問を投げかける。


「少し違うかな。確かにエルフィスザークを助けたいとは思うけど、ボクの目的はその先にある」


 小さく首を振り、少女は答えた。


「――ボクは、オルテギアを殺したいんだ」

 

 少女は桃色の瞳を細め、薄く笑みを浮かべている。

 その双眸に、微かな憎悪の色が覗いていた。


「それが、どうして俺とエルフィを助けることに繋がるんだ」

「エルフィスザークはきっと、オルテギアと殺し合うことになるはずだ。ボクはエルフィスザークに勝ってもらって、オルテギアには死んでもらいたいんだよね」


 ベルディアと違い、この少女は表情豊かだ。

 会話の中でも、コロコロと表情が変わっている。

 だというのに、そこから真意を見透かすことが出来なかった。

 嘘を言っているのか、本当のことを言っているのか、読み取ることが出来ない。


「ちょ、ちょっと。そんなに怖い顔でボクを見ないでよ」


 慌てたように手を振って、少女が後退る。

 後ろのベルディアにぶつかって、「……邪魔」と押し返され、俺の目の前に戻ってきた。

 あたふたしている少女からは、エルフィや四天王などから感じるような、強者の雰囲気は感じられない。

 意識の向け方も、体の使い方も、素人そのものだ。 

 だからこそ、この得体のしれなさが気持ち悪い。


「あ、そうだ」


 沈黙に耐えかねたように、少女は指を立てた。


「ボクとしたことが、申し遅れちゃったね」


 胸を張りながら、少女は誇らしげに名乗った。


「ボクの名はアイドラー! 畏怖と敬愛を込めて、アイちゃんとでも欲しいかな!」


 アイドラー。

 聞いたことのない名だった。

 ベルディアと違い、エルフィの部下でもなさそうだ。


「まあ、これだけじゃしっくり来ないよね」


 アイドラーは頷くと、


「……これを付け足すのは、キミに対する誠意の印だと思って欲しいかな」

「……何?」

「これを口にしたら、多分、キミからはもっと警戒されちゃうと思うからさ」


 アイドラーは依然として微笑みを浮かべている。


こっちの名前・・・・・・なら、キミも聞いたことがあると思うんだけど――」


 ただし、その質が変わった。



「――ボクは"死神"とも呼ばれているんだよ」



 こちらの奥の奥を覗きこむような、見透かすような笑みを浮かべ、アイドラーはそう言った。

第六章、完!

第七章に続く!

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