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第十四話 『四天王・歪曲』

 伊織が忌光迷宮から落下する、少し前。

 聖都シュメルツは大騒ぎになっていた。

 戦力を整え、突入を目前に控えていた忌光迷宮が何者かによって討伐されたから――ではない。


 ――魔王軍が、突如として教国に現れたからだ。


 魔物と魔族を合わせて、三万を越える軍勢だ。

 偵察部隊からの報告によると、四天王"歪曲"の姿も確認されている。

 何らかの魔力付与品マジックアイテムが使用されたのか、教国が気付いた時には、魔王軍は聖都の目前にまで迫ってきていた。


 この報せを受け、聖堂騎士団は迅速に動いた。

 一番隊の騎士が、教主を始めとするメルト教団関係者や、暮らしている人々の避難誘導を開始。

 同時に、二番隊の騎士がシュメルツを囲む大聖門の上に展開した。


 未だ三番隊は聖都に来ておらず、到着には数時間が必要となる。

 聖堂騎士団は、シュメルツで籠城戦を行うことに決めた。


「……なんて数だ」


 大聖門から外の様子を見下ろした一人の騎士が、震え声で呟いた。

 周囲に広がる豊かな草原の中、溢れんばかりの異形が登り始めた朝日に照らされている。

 見慣れた風景を覆い尽くす地獄のような光景に、周囲の騎士たちも思わず喉を鳴らした。


 三十年前の戦いから、魔王軍はあまり大きな動きは見せてこなかった。

 討伐されたはずの迷宮が再び動き出した、魔王城に近付いた軍が壊滅した、青髪の鬼とハーフエルフが村を焼き尽くした――など、いくつも動きはあったが、万を越える軍勢が外に出てきたのはしばらくなかったはずだ。


「いよいよ、オルテギアが復活したのか……? それで、手始めに教国を滅ぼそうとしているとか……」

「ありえない話ではないな。少し前に翼竜が攻撃してきたのは、偵察だったのかもしれん」

「ジョージやマルクス前隊長の失踪したのも、魔族絡みだったのかもな」

「じゃあ、少し前に忌光迷宮が止まったのはなんでだ……?」


 そんな憶測が飛び交う中、


「!」


 遂に魔王軍が動き出した。

 万を越える異形が雄叫びを上げ、土煙を巻き上げながら大聖門に向かって突撃し始めた。

 空を飛び交う龍種が、大聖門の上空へ向かって翼をはためかせる。


「恐れることはない! 我々にはメルト様のご加護がある!」


 魔王軍の動きに合わせ、部隊長が声を張り上げた。


「薄汚い魔族どもを、聖都に入れるなッ! 攻撃開始ッ!!」


 号令とともに、大聖門の上から迫り来る軍勢に向けて魔術が掃射される。

 魔術に飲まれ、先頭の魔物達が爆ぜていく。

 空から襲い来る龍種は、大聖門上空に張られた結界に阻まれ、動きを止めたところを魔術で撃ち落とされていった。


 しかし、それだけでは魔王軍の動きは止まらない。

 仲間の残骸を乗り越えて、次々と魔物が押し寄せてくる。

 ただ愚直に前進するだけでなく、大聖門に向かって魔術を放ってくる魔物もいた。


「レジスト!」


 防御魔術が展開され、攻撃が無効化される。

 直後、騎士による魔術や弓が再び魔物に降り注いだ。


魔力付与品マジックアイテムとポーションはまだか!」

「詠唱完了! いつでも撃てます!」

「矢が足りない! すぐに補給しろ!」


 慌ただしく走り回り、魔王軍を迎え撃つ騎士たち。

 彼らの攻撃は、未だ魔物の一匹も大聖門に近付けてはいない。


「よし、行けるぞ」

「魔王軍め、我々を侮るなよ……!」


 援軍の三番隊が到着するまで、あと数時間。

 決して油断出来る状況ではないが、魔王軍を前にして聖堂騎士団は戦えている。

 このまま時間を稼ぎ続ければ、目の前の魔王軍を倒すことも可能なはずだ。


「……まだだ」


 楽観視する騎士たちに向け、部隊長が険しい声をあげた。


「相手は魔物だけではない。背後には、強大な魔族が控えている」

「強大な、魔族……」

「四天王……"歪曲"の姿も目撃されている。気を緩めるな」


 部隊長の言葉で、楽観視していた騎士たちが気を引き締め、再び対処に当たる。

 それから十数分、負傷者を出しながらも、聖堂騎士団は大聖門を守り続けた。

 このまま守り続ける――そう誓う騎士たちだったが。


「……!」


 一人の魔族が、魔物に混じって前に出てくるのが見えた。

 薙刀を手にした、青髪の男だ。


「何だ……!?」


 その魔族が出てきた瞬間から、放った攻撃が見当違いの方向で逸れ始めた。

 魔物には当たらず、矢や魔術は地面をえぐるばかりだ。


「しゃらくせえ。無駄な犠牲を出すくらいだったら、一気に終わらせてやるよ」


 ズンズンと、魔族は大聖門に向かって歩き始める。

 騎士たちが魔族を集中して攻撃するも、すべての攻撃は逸れてあらぬ方向へと飛んでいってしまう。

 青髪の魔族が、薙刀を持ち上げる。

 

 ぐにゃりと空間がねじ曲がるような感覚とともに、魔族の薙刀に魔力が集中していく。


「警戒しろ! 何か来るぞ」


 部隊長が警告を発するのと同時だった。

 薙刀が振り降ろされた。


「な――」


 大地を刳りながら、何かが大聖門に迫り来る。

 攻撃は弾かれ、防御魔術は呆気なく崩壊する。

 何かが大聖門に到達した瞬間、世界がひっくり返るような激震が走った。


「――にを」


 騎士たちが状況を理解するよりも早く、


「――もう一丁ぉッ!!」


 薙刀が振り下ろされる。

 連続して圧倒的な魔力が城門に叩き付けられ、やがて――


「うわああああッ!?」


 凄まじい粉砕音が響き渡った。

 上に乗っていた騎士を巻き込みながら、純白の門の一角が崩壊していく。


「馬鹿な、大聖門が……」


 門の背後に控えていた騎士たちが絶望を浮かべるとの同時に、


「悪ぃな。邪魔だったんで、ぶっ飛ばしちまったぜ」


 青髪の魔族が、牙を剥くような鋭い笑みを浮かべる。


『グオオオオオオッ!!』


 咆哮とともに、砕けた城門に向かって、魔物が殺到し始めた。


「う……ぁ」


 大聖門は、シュメルツに住む者の心の支えの一つだ。

 騎士にとっても、それは同じこと。

 長きに渡ってシュメルツを守り続けた大聖門が砕かれたという事実に、固まってしまう騎士が出始めた。

 

 騎士たちが萎縮し始める、その瞬間。


「――狼狽えるな」


 凜とした声が、大聖門に響き渡った。


 藍色を髪を揺らしながら、部下を引き連れて一人の騎士が声を張り上げる。

 そこにいるのは、第二番隊騎士を束ねる男。

 二番隊隊長、レオ・ウィリアム・ディスフレンダーだ。


「私達は、聖堂騎士団だ。迫り来る魔物の脅威に怯える人々を守れるのは、私達しかいない」


 レオが剣を振る。

 旋風が巻き起こり、砕けた大聖門を吹き抜けて迫り来る魔物を飲み込んだ。

 無数の魔物が、一瞬にして細切れになっていく。

 その力強さに、騎士たちが勇気付けられる。

 

「屈するな。立ち上がり、剣を取れ。奴らから、大切なものを守るのだッ!!」

「お――おォおおおおおッ!!」


 恐怖を呑み込み、騎士たちが立ち上がる。

 自分達の使命を胸に抱き、大切な物を自らの手で守るために。

 城壁が崩れた今、彼らに残された手は一つしかない。


「全軍、突撃――ッ!! 奴らを聖都に入れさせるな!!」


 レオの号令とともに、待機していた部隊が攻撃を開始する。

 城壁の中へ魔物を入れさせないため、魔物に立ち向かっていく。

 魔物と騎士が、正面から激突した。


「うおおおお!!」

『ギィイイイッ』


 槍で貫き、魔術で吹き飛ばし、剣で両断する。

 鍛え抜かれた聖堂騎士にとって、通常の魔物を倒すのはそれほど難しいことではない。

 ただし、数匹ならば。


「ご、がぇッ」

「ぎゃあああッ!?」


 次から次へと湧いて出る魔物に対処し切れなくなり、犠牲者が出始める。

 魔物と人間の血が吹き出し、草原を赤く染め上げていった。


「怪我をした者はすぐに下がれ!」

「"高位治癒ハイ・ヒール"」


 支援部隊が治癒魔術でサポートするも、怪我人の多さに間に合っていない。

 体勢を立て直す間もない、魔物の突撃。

 先ほどまでと一変して、良くない状況が続いていた。


「なんだ!?」


 それに加え、遠くに聳える忌光迷宮から黒い光が吹き出すのが見えた。

 圧倒的な魔力の波動が、停止したはずの迷宮で迸っている。

 気を取られ、傷を負った騎士も少なくない。


「……仕方ない」


 戦況を見て、レオが呟いた。

 迷宮で何が起きているのか、レオは何となく分かっている。

 今は、目の前の魔物を優先するべきだ。


 あの魔族による圧倒的な一撃で、戦況は大きく不利に傾いてしまった。

 戦況を整えるのならば、同じく圧倒的な一撃を放つしかあるまい。


「隊長、アレを使うつもりですか?」

「ああ。私が、戦況を整えるための時間を作る。その間の指揮は任せた」

「はっ」


 レオが部隊を率いて、前に出る。


「――その鎧は如何なる攻撃をも弾く」


 戦場に、レオの言葉が響き渡った。


「――その剣は如何なる敵をも断つ」


 レオの体から魔力が溢れだし、広がっていく。


「守りたい場所があるから。守りたい人がいるから」


 後方で待機している者、怪我を負って動けない者。

 彼らの体を、レオの魔力が包み込んでいった。

 

「我らは決して、屈することはない」


 同時に、レオと、彼が率いる騎士たちの体に力が流れ込んでいく。


「故に、我らは――」


 魔力、筋力、敏捷力。

 あらゆる力を、仲間同士で分配することが出来る心象魔術。

 その名は、


「――【無敵の騎士団ナイツ・オブ・アンライバルド】」


 仲間から得た力を持って、レオ達が迫り来る魔物に攻撃を放った。

 数十人の力を一つに束ねたその攻撃は、視界に広がる魔物達を瞬く間に消し飛ばしていく。

 レオが作ったその時間に、騎士たちは体勢を立て直していく。


「なるほど。お前が心象魔術を使える騎士か。噂は聞いてるぜ」

「!」


 門が破壊された時と同様に、レオの攻撃が唐突に逸れた。

 同時に、青髪の魔族が姿を現す。


「……守りたい奴がいるから、屈しない。良い言葉じゃねえか」

「……貴様は」


 警戒を高めるレオに向かって、その魔族は上機嫌に笑った。


「――魔王軍四天王"歪曲"ヴォルク・グランベリアだ」

「……! 聖堂騎士団・二番隊隊長。レオ・ウィリアム・ディスフレンダー」


 四天王を名乗った魔族に目を細めながら、レオも名乗りを上げる。

 "歪曲"――ヴォルクはそんなレオの様子に満足気に頷くと、薙刀を構えた。


「じゃあ早速……と言いたいところだが」

「……何だ?」

「お前、"勇者"と"元魔王"を知らねえか? そいつらを出せば、引いてやる」

「何を言って……」


 ヴォルクの言葉に眉を顰めたレオだったが、すぐにハッとした。

 "勇者"と"元魔王"――その二人に心当たりがあったからだ。

 訳の分からない組み合わせだが、脳裏にはあの二人が浮かんでいる。


「何か知ってる風だな。その二人を連れてこい。お前らは助かるぜ」

「――断る」


 ヴォルクの言葉を、レオはバッサリと斬り捨てた。

 自分とキリエ、二人を助けてくれた恩人を売るなどあり得ない。

 そもそも、魔族の甘言に従うなど言語道断だ。


 レオの即答に呆気に取られた表情を浮かべるヴォルクだったが、すぐにニヤリと笑みを浮かべた。

 提案を蹴られたというのに、やけに嬉しそうな表情だ。


「……気に入ったぜ、お前。誰かを売って自分だけ助かろうとする奴より、よっぽど良い」

 

 だが、とヴォルクは表情を鋭く引き締めた。


「こっちも仕事なんでな。出さねえってんなら、お前をぶっ倒して行かせてもらう」

「構えろ!」


 薙刀を持ち上げたヴォルクに、レオ達が魔力を漲らせる。

 相手は四天王、ここで倒すことができれば、戦況は大きく変わる。

 今後……人間と魔族との戦いにも、大きな影響が出てくるだろう。


「――行くぞ」



 魔力が弾け、大気が歪む。

 レオとヴォルクの戦いは、熾烈を極めていた。

 踏み込み、騎士剣を振るレオの斬撃を、ヴォルクは薙刀を匠に操って受け流している。

 人間より遥かに高い身体能力を持つ魔族であるということを考えても、ヴォルクの薙刀捌きは卓越していた。

 何人もの力を束ねた騎士が、ヴォルクに一太刀浴びせることしか叶わない。


「はっはぁ!」

「ふっ!!」


 だが、レオの技量はヴォルクに劣ってはいない。

 薙刀に対する間合いの短さを、体捌きで、剣捌きで埋め、鋭い一撃を放っている。

 レオの技量に、他の騎士の力を上乗せした攻撃。

 

 ――それでも、ヴォルクには当たらない。


「……ッ」


 刃がヴォルクに迫った直前、空間がグニャリと曲がり、攻撃が逸れてしまうのだ。

 門の上からの魔術が逸らされたのと、同じ現象。

 空間を歪曲させる魔術など、レオは寡聞にして知らなかった。


 正体不明の能力に、レオが距離を取ろうとステップを踏む。

 ヴォルクは強く踏み込み、レオに追随した。

 斜めから振り下ろされる薙刀を、レオは体捌きで回避する。


 だが、


「おらよッ!!」

「!?」


 グニャリと薙刀が歪んだかと思うと、その軌道が変化した。

 回避したはずの攻撃が、レオの肩を斬り裂く。


「隊長!」

「……大丈夫だ!」

 

 部下を下がらせ、不敵に笑うヴォルクを睨む。


(まさか、この魔術は……)


「おら、どうした! そんなもんか、騎士の力は!」

「……舐めるなよ」


 そう言って、レオが前に踏み出そうとした時だった。


「!?」

「……なんだ?」


 唐突に、魔王軍の遥か後方で爆発が起こった。

 遠目にだが、紅蓮の爆炎が連続して瞬くのが見える。


(後方で、誰かが魔物と戦っている……? 三番隊か? いや……)


 思考するレオと同じように、ヴォルクも訝しげな視線を後方に向けていた。

 そんな彼の下に一人の魔族が駆けて来て、何かを伝える。


「……ルシフィナどもが? チッ、連絡が遅ぇんだよ」


 ヴォルクが、何か苛立ったように舌打ちする。

 魔族が語っている内容は、レオには聞こえない。


(……だが、今のうちだ)


 ヴォルクが魔族と会話している間に、レオは負傷していた仲間に向けて治癒効果を持つ魔力付与品を使用した。

 薙刀によって傷付いた体が、瞬く間に治っていく。

 

「……まあ良い。この決着だけは付けておく」

「……!」


 グルリとヴォルクが視線をこちらへ向け、猛然と突っ込んできた。

 その速度に意表を突かれるレオだが、何とかその攻撃に対応する。


「悪いな。あまり時間がないみてぇだ」

「……何?」

「どうやら、標的が片付いたらしい」


 刃を交えながら、レオはその言葉の意味を悟った。


「……馬鹿な」

「だから、これ以上戦う意味がなくてな。取り敢えず、お前との決着だけは付けておきてえ。せっかく、良い奴と出会えたんだから、なッ!!」

「ぐッ」


 ヴォルクの膂力に、レオが弾き飛ばされる。

 靴底をすり減らしながら、何とか勢いを殺す。

 止まった頃には、すでに目の前にヴォルクの姿があった。

 魔術を放つも、相変わらずヴォルクにはあたってくれない。


「……あの二人が、簡単にやられるものかッ!!」


 接近してくるヴォルクに向けて、レオは持てるすべての力を込めた斬撃を放った。

 巨大な斬撃が大地を削りながらヴォルクに迫る。


「――ッ!!」


 その一撃は、逸れなかった。

 ヴォルクは目を見開き、薙刀を上段から振り下ろした。

 魔力が激突し、衝撃が草原を揺らす。


「おぉおおらあああああああッ!!」


 地を震わすかのような咆哮とともに、ヴォルクが薙刀を振り切った。

 レオの斬撃が両断され、消滅する。

 最大の一撃を破られ、硬直したレオにヴォルクは間髪入れずに攻撃を仕掛けた。


「がッ」


 騎士剣で防御するも、威力を殺し切れずに弾き飛ばされ、地面を転がる。


「……終いだな」


 そう言って、ヴォルクが近づいてくる。

 周囲の騎士たちが駆けて来るが、間に合わない。


「……お前は良い奴で、強い。だからこそ、生かしておいたら俺の仲間が殺されちまう」

「キリエ……ッ。僕は、こんなところで死ぬわけには!!」

「悪いな」


 尚も足掻こうとするレオに、ヴォルクは敬意を表するように目礼すると、薙刀を構えて――


「……何だ?」


 振り下ろす前に、空を見て動きを止めた。

 朝日が昇った空、忌光迷宮のすぐ上を、何か黒い物が高速で飛行している。

 二対の翼をはためかせていることから、龍種で間違いない。


 だが、その種族が問題だった。

 漆黒の鱗に覆われた、通常個体を遥かに上回る個体を持った龍種。

 飛行していたのは、”黒炎龍カースドラゴン”だった。

 

「……黒炎龍なんぞ、連れて来てないはずだ」


 空を見て、ヴォルクが小さく呟く。

 黒炎龍は、凄まじい速度でこちらに向かってきている。


「……何か嫌な予感がする。おい、あいつを撃ち落とせ!」


 自身の勘に従って、ヴォルクはそう指示を出した。

 魔族達が、飛来する龍種に向けて対空魔術を放つ。

 黒炎龍は高速で回避していくが、魔族の攻撃は徐々に数を増していく。

 やがてこれ以上は進めないと判断したのか、黒炎龍が進行を停止した。


 その、直後。


「……ああ?」


 黒炎龍の背中から、何か黒い物が落下するのが見えた。

 それは急速に落下し、魔物が犇めく草原へと着地した。

 衝撃で地面が砕け、真下にいた魔物が吹き飛んでいく。


「……余所見とは、余裕だな!」

「……ッ」


 黒炎龍に気を取られていたヴォルクに、レオの刃が迫る。

 咄嗟に薙刀で受け、ヴォルクはその勢いを利用してレオから距離を取った。

 今の間に、騎士達がレオの周囲に集まってきていた。

 傷を負ったレオを治癒魔術で癒やし、支えながら後退し始めている。


「逃がすかよ」


 止めを刺そうと、ヴォルクが魔術を放とうとした時。


「――――」


 大きな爆発が起こった。

 それは、先ほど何かが落下した地点だ。

 魔物達の断末魔が聞こえてくる。


「……まさか、あいつら」


 目が眩むような輝きとともに、何かが動き始めた。

 数十数百の魔物を蹴散らしながら、閃光が戦場を駆け抜けていく。

 巨大な魔族も、強大な魔族も、閃光は区別なく消し去る。


 そして、


「しくじりやがったのか……!」


 五メートルほどもある大鬼オーガが二つに割れ、一人の男が姿を現した。

 

 それは、赤い魔力服を身に纏った黒髪の少年だった。

 年齢は十六歳前後で、容姿にはまだ幼さが残っている。

 自身の血なのか、魔物の血なのか、全身にベッタリと血が付着していた。

 少年の体から迸る魔力に、大地が揺れている。


「……どこだ」


 翡翠色の剣を片手に、少年が低い声を発した。


「エルフィは……エルフィスザークは、どこだ」

「――――ッ」


 血に濡れた髪の間から覗く黒い目に、ヴォルクは思わず息を呑んだ。

 そこに浮かんでいたのが、すべてを呑み込むような憤怒の色だったからだ。

 とてもではないが、十六やそこらの子供が出来る表情ではない。


『ヴォオオオッ!!』


 少年の背後から、大鬼オーガが不意打ちを仕掛けた。

 巨大な棍棒を、上段から振り下ろす。

 直後、その棍棒ごと、大鬼はこの世から跡形もなく消し飛んでいた。

 少年は振り返ることすらせず、大鬼を一撃で消し飛ばしたのだ。


「やはり、生きていてくれたか……!」


 後退しながら、レオは少年の姿を見て安堵した。

 あの二人がそう簡単にやられる訳がないのだ。


(だが……あれは)


 同時に、これまで見た彼とはまったく異なる雰囲気に息を呑んだ。

 今の彼は、前回会った時とは見違えるほどの殺気を撒き散らしている。


「……答えろ。エルフィスザークはどこだ」

「……なるほどな。お前が今代の勇者ってわけか。大した気迫じゃねえか」


 答えないヴォルクに対して、少年は再度問うた。


「次はない。エルフィスザークはどこにいる」

「……きらいじゃないぜ。仲間のために、ブチ切れるその姿勢。同族を殺してヘラヘラ笑ってるあいつらより、よっぽど好感が持てる」


 次の瞬間、斬撃がヴォルクに襲い掛かっていた。

 だが、命中する直前で斬撃はそれ、あらぬ方向へ飛んでいってしまう。

 少年は、無言のまま飛んでいった斬撃を一瞥した。


「『曲がれど折れず』っていうのが、俺の信条でね。屈服はしねぇが、状況には柔軟に対応するっていう意味だ」

「…………」

「俺がそのエルフィスザークの場所を言いたくなるよう、曲げてみな」


 ニヤリとヴォルクが笑みを浮かべるのと同時。

 少年――伊織が、凄まじい勢いで斬り掛かっていった。

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