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第十三話 『失墜』

「――さぁ、状況が動くよ。干渉するタイミングを見誤らないようにね」




 魔天失墜エクリプスの極光が、リューザスを呑み込んだ。

 それでも止まらず、迷宮の壁を突き破ってようやく消滅する。

 魔力を絞り尽くした感覚に、俺は膝を付いた。

 心象魔術が、解けていく。


「はぁ……はぁ……」


 終わった。

 やった。殺してやったぞ。

 ディオニスに続いて、二人目のパーティメンバーだ。


 全身を焼いて、毒を飲ませて、何度も剣で斬り付けた。

 俺と戦うために使った魔術で、あいつは地獄のような苦痛を味わい続けていたはずだ。

 身の丈に合わない魔術の行使によって、俺が手を下さなくてもそう長くなかっただろうな。

 

 それでも。


「俺が、殺してやった」


 あいつが用意したすべてを砕いて、殺してやった。

 何一つとして、あいつの目的を叶えさせることなく。

 すべて、何もかも、全部を潰してやった。


「ク……クク」


 ――てめェ、本当にグズだな。


「……ふふ」


 ――そんなことも出来ねェってのかよ。


「ははは」


 ――ったく、仕方ねェな。


「はははは」


 ――俺が力を貸してやるよ。


 英雄に憧れていたあいつを、英雄の力で。

 こんな皮肉も、そうはないだろう。


「あはははははッ!!」


 爽快だ。最高の気分だ。

 こんなに愉快な気持ちになったのはいつぶりだろう。

 楽しくて仕方ない。


 だって、俺は。


「は、ははは……」


 こんなにも、笑えて、いるんだから。


「…………」

 

 人を騙して、利用して、裏切って、殺して。

 乱暴で、ぶっきらぼうで、クズな男だった。

 "英雄"になりたいという名誉のためだけに、俺を裏切った。

 そう、思っていた。実際に、そうだった。


 旅の中で時たま口にしていた『妹』の存在も、すべて嘘だと思っていた。

 俺を同情させて、付け入りやすくするための。

 事実は分からない。

 本当に、甘い俺に付け入るために話していたのかもしれない。

 

 あいつの復讐は、逆恨みでしかない。

 勝手に期待して、勝手に恨んで、勝手に妹の死の責任を押し付けて。 

 良い迷惑……ではすまない。最悪だ。


 魔王城で、俺を裏切った理由。

 それは、ベルトガや、オリヴィアや、ディオニスとは、まったく違う物だった。

 ただ欲望に塗れていた、あいつらとは。

 だが、どんな理由があろうと、俺が殺されたことは変わりない。 


 復讐に妥協なんてしない。

 だから、殺した。

 それで、終わりだ。

 終わりの、はずだ。


「伊織」


 エルフィの言葉で、我に返った。

 リューザスにやられた傷は、大分回復したらしい。

 いつの間にか、エルフィがすぐ隣にまでやってきていた。


「……もう大丈夫なのか?」

「ああ。立って動けるようになった。私は問題ない」


 吹き飛ばされた部分は、すでに治りかけていた。

 まだ視力が戻っていないようで、片目だけ閉じたままだが。

 それも、すぐに治るだろう。


「そうか。なら、お前の身体を探そう」

「伊織」

「早いところ、用を済まさないとな。あまり、長居は……」


「――伊織」


 静かだが、無視出来ない声音だった。


「座れ。少し、休むぞ」

「……まだ、体調は優れないか?」

「私ではない。休むのは、お前だ」


 ……俺?


「温泉都市で、あの人狼を殺した時と同じだ」


 エルフィが、頬に手を当ててきた。


「……酷い顔をしているぞ」

「…………そうか」


 ……ああ、そうだな。

 そういう顔を、しているかもしれない。


「あの魔術師のことを、気にしているのか?」


 肩に手を掛け、エルフィは俺を地面に座らせる。

 それから、静かに尋ねてきた。


「後悔は、一欠片もない」

「…………」

「どんな事情があろうと、あいつが俺を裏切ったことは変わらない。何を言われたとしても、俺は絶対にあいつを許せなかった」


 何があっても、俺はあいつに復讐しなければならなかった。

 それは、間違いない。


「……だけど、少しだけ、考えた。もし、俺があいつの妹を助けられていたらって」


 もし仮に、俺がリューザスの懇願に耳を傾けていたら。

 俺がもう少し、早く戦う気になっていたら。

 あんな結末には、ならなかったのではないか、と。


「――自惚れるな、伊織」


 穏やかな口調のまま、エルフィはピシャリとそう言った。

 脳裏に浮かんでいた光景が、その言葉に霧散する。


「お前は万能ではない。私もそうだ。誰にでも、手の届かない物はある。そこに責任を感じるのは、傲慢という物だ」

「……俺は」


 その先の言葉が、口から出てこない。

 片目だけの金眼が、見透かすように俺を見ていた。


「三十年前のお前には、今のように戦える力はなかった。見知らぬ世界に召喚されて、混乱もしていただろう。そのことについて、お前を責められる者はいない。伊織は、何も間違ったことはしていないのだからな」

「……分かってる」


 あの時の俺には、誰かを助ける余裕なんてなかった。

 仮に戦っていたとしても、呆気無く殺されていただろう。

 リューザスの叫びは、まったくの逆恨みだ。

 その果てに殺された俺が悩むことなど、何もない。


「……分かってるさ」


 それでも、言葉に出来ない何かがある。


 今までの連中は皆、自分の欲望のためだけに俺を裏切った。

 あいつは、リューザスは、少し違ったのだ。

 リューザスは、俺に復讐しようとしていて。

 ……俺は、あいつの妹を見捨てていて。


「それは罪悪感か?」


 静かに、エルフィが問うてくる。

 本当に、見透かされているようだ。


「……そんなの、分からねぇよ」


 エルフィの問いに、今度は答えられなかった。

 この感情が何なのか、自分でも分からない。


「……誰にだって、出来ないことはある。それは、いつになっても変わらん。あの男の妹に関して、伊織に責はない」


 答えを持たない俺に、エルフィは言葉を重ねた。

 

「……けど」


 晴れない感情に、反射的に何かを口走ろうとして、


「――――」


 エルフィが、ポンと頭に手を乗せてきた。

 優しく、柔らかに、指が動かされる。

 撫でられている……と気付いたのは、しばらく経ってからだった。

 

「……伊織は、優しいな」

「っ」

「そんなお前だから……私はまだ、こうしてお前と組んでいられる」


 そう口にした元魔王は、慈しむような表情だった。

 その言葉に、その表情に、思わず息を呑む。  


「気にするのは良い。だが、忘れるな」


 見慣れた顔に、見慣れない表情を浮かべ、


「――お前は、悪くない」


 エルフィは、そう言った。


 内心では分かっていても、飲み込めなかった何かを、受け入れられた気がした。


 ……ああ。

 本当に、俺は単純だ。

 

 ……俺は何度、こいつに助けられるのだろう。


「気分はどうだ?」

「……もう大丈夫だ」


 思うところがないわけではない。

 愉快な気分ではない。

 自身の感情に、いまだ答えは見つからない。

 


 ――それでも、前に進むことは出来る。



 ポーションを飲んで、魔力を回復させた。

 用意していたすべてのポーションを飲んで、ようやく魔力が三分の一程度にまで戻った。

 傷もほとんど塞がったが、この疲労感だけはどうにもならないな。


「……迷宮核が残っていれば良かったんだけどな」


 残念ながら、迷宮核はリューザスに使われてしまった。

 今回は魔力を取り戻すことは出来なかったな。

 まあ、心象魔術の発動条件を知ることが出来たから、良しとしよう。

 ……助けたいという気持ちが条件だなんて、と思わなくもないが。


 それから、エルフィとともに部屋の中を調査する。

 入口付近には、リューザスに殺された雷魔将の魔核が落ちていた。

 戦いの余波で砕けてしまっていたが、念のため回収しておく。


 リューザスが持っていた、俺の腕は跡形もなく消し飛んでいた。

 あれだけの魔術を喰らって、残っている方が可笑しいだろう。

 複雑な気分ではあるが、これでもう、あの腕を悪用することは不可能になった。

 過去の因縁に、また一つケリを付けることが出来たのだ。


「……見つけた」


 不意に、エルフィがそう呟いた。


 何もない空間に手を伸ばし、エルフィが爪を立てる。

 砕ける音とともに、不可視化されていた封印が解除された。

 唐突に、ぼとりと宙から何かが落ちてきた。


「私の身体だ」


 それは、黒い布に覆われた女性の胴体だった。

 布から覗く素肌に、手足と同じように黒い紋章が張っているのが見えた。

 エルフィから聞いた通り、四肢はなく、赤と白の混ざった断面が覗いている。

 綺麗な切断面から、刃で斬り落とされたのが分かった。

 これを、ルシフィナがやったんだったな。


 もう三十年近く、ここで封印されていたことになる。

 だというのに、肌には艶があり、血が通っているのが分かった。


「心臓でなくて残念だ」

「……かなりグロテスクな絵面になりそうだな」


 今でも、十分にグロテスクではあるのだが。


「よっこいしょ」


 そう言いながら、エルフィは胴体を自分の体に押し当てた。

 スポンと分身体が床に落ち、代わりに本物の胴体がくっついた。

 黒い布は消え、胴体をドレスが覆っていく。

 地面に落ちた分身体は、コロコロと転がってそのまま消えていった。

 ……もう少し、まともなやり方はないものか。


「ふむ……ふむ……」


 エルフィは自分の体をペタペタと触れ、具合を確かめているようだ。

 納得が言ったのか、しばらくして大きく頷いた。


「調子はどうだ?」

「……まぁまぁだな。胴体が戻ってきたことで、魔力総量は全盛期の半分近くまで戻った。治癒速度もさっきまでとは段違いだ」


 心臓を除くすべてを回収しても、まだ半分近くか。

 よほど心臓は重要な部位だったらしいな。

 いや、当然のことなのだが。


「それでも、あの魔術師にやられたダメージが大き過ぎる。目を吹き飛ばされたのは、特に痛かった」

「視力はまだ戻らないのか?」

「うむ。こっちの眼だけ、魔眼も使えん。だが、胴体が戻った状態ならば、あと数時間で全回復するだろうさ」


 本当に、魔族っていうのは便利な体をしている。

 俺の疲労は、取るのに数日は掛かりそうだというのに。


「ずいっ」


 エルフィのデタラメさを改めて感じていると、変な効果音とともに顔を覗きこまれた。


「うむ、良い顔になった。さっきまでの伊織は、ずぶ濡れになった小鬼ゴブリンのような顔だったからな」


 ……そんなに酷かったか?


「くふふ」


 俺の内心を読んだかのように、エルフィは意地悪な表情で笑う。

 普段はおちゃらけているのに、こういう時は意を汲んでくれる。


「…………」


 エルフィは、俺だから組んでいられると言った。

 

 俺だって、そうだ。

 ここまで組んでいられたのは、エルフィだったからだ。

 ……癪だから、口には出してやらないが。


 天井に空いた穴と、壁に空いた穴から、朝日が差し込む。

 忌光迷宮は力を失い、今は明るい。

 帰りは目薬を差すことなく、楽に道を歩くことが出来そうだ。


 そろそろ、行こうか。

 そう口にしようとした時だった。


「伊織」

「……どうした?」


 戦闘で解れた銀色の髪が、朝日に照らされたキラキラと輝いている。

 その眩しさに目を細めながら、エルフィのどこか改まった様子に疑問を覚えた。


「……今のお前ならば、きっと」


 どこか悩むような素振りを見せながら、エルフィは意を決したように口を開く。


「……伊織。私は、お前と――――」


 言葉の先が、紡がれることはなかった。 

 上から差し込んでいた日光が、陰った。


「――――っ」

「――――!」


 直後、頭上から、輝く何が降り注いだ。

 俺とエルフィは、反射的にその場から飛び退く。

 地面に降り注いだ何かは、爆ぜると同時に部屋全体に拡散した。


「"旋風"ッ!!」


 風で吹き飛ばすのと同時に、降って来た何かの効果が現れた。

『勇者の証』の動きが鈍り、魔力の出が弱まっていく。

 顔を顰める様子から、エルフィも同様のことが起きているようだった。


「ふ」


 ――頭上から、声がした。


「ふふ」


 それは、女の声だった。

 優しく、穏やかで、聞く者の心を甘やかに融かすような。


「ふふふ、ふ、あはははははは!!」

「お、前……」


 天井に空いた、大きな穴。

 そこから、一人の女性が迷宮の中を覗き込んでいた。


 それは、ハーフエルフだった。

 癖の強い金髪に、穏やかな印象を覚える銀色の瞳。

 純白のドレスを身に纏ったその女は、口元を上品に抑えながら、可笑しくて堪らないという風に肩を震わせていた。


 ――ルシフィナ・エミリオール。


 三十年前、ともに旅をし、俺を裏切った女。

 最後のパーティメンバーだ。


「ふふふふふ、あぁ、最高に愉快な物が見られました。こんなに愉快なのは、三十年ぶりかもしれませんね」

「ルシ、フィナ」

「くだらない茶番過ぎて、ふ、ふふふ! 思わず、涙が出ちゃいました」


 銀の瞳に涙を浮かべながら、ルシフィナはくすくすと嗤っている。

 三十年前に見た姿と、まるで変わらない。

 穏やかで、優しげで……けれどその顔には、隠しようのないほどに悪意が張り付いていた。


「あの時、魔王城でリューザスさんを見逃して大正解でしたね。前からお馬鹿な人だとは思っていましたが、ふふふ、ここまでだとは思いませんでした。 英雄? ぷっ……リューザスさんみたいな、馬鹿で、幼稚で、みっともなくて、情けない人には、最初からなれるわけがないのに。本当に、笑ってしまいますね」


 どうやら、上の穴から俺達の話を盗み聞きしていたらしい。

 まったく、気付けなかった。


「ふふふふ、ふふふっ!」


 俺達を見下ろしながら、ルシフィナは涙を流すほどに嗤っている。

 こいつの声が、こいつの言葉が、ここまで癇に障ったのは初めてだ。

 どうしようもなく、不快だよ。


「ねぇ、アマツさん。そうは思いませんか? リューザスさんって――」

「黙れ」


 小首を傾げながら尋ねてきたルシフィナへ向けて、"火炎弾"を放つ。

 激しく射出された炎は、ルシフィナに触れる前に掻き消えた。

 いつの間にか、彼女が取り出していた一本の大剣によって。


「リューザスさんとの会話からして……貴方、アマツさんなんですよね。驚きましたよ、生きていたなんて」


 やはり、俺がアマツだということに気付いていたらしい。


「……ちゃんと、殺したはずなのに」


 ルシフィナの顔から嘲笑が消え、蔑むような表情に変わる。

 それは、殺意と悪意、そして僅かな怒気を滲ませた口調だった。


「久しぶりだな、ルシフィナ」

「三十年ぶりですね。勇者と聞いた時はどんな人なのかと期待していましたが……まさか、また貴方だとは思いませんでしたよ」

「あれじゃ、死んでも死に切れないんでな。お前達に復讐するために帰ってきたよ」


 ルシフィナが目を細め、嘲るように口元を歪ませる。


「まあ、確かにあんな死に方じゃ、死に切れませんよね。今でも覚えていますよ。死ぬ直前の、貴方の顔は。ふふ、とっても可笑しかったです」

 

 くすくすと、ルシフィナの笑みが迷宮に反響する。


「それにしても……」


 チラリと、ルシフィナがエルフィへ視線を向けた。

 エルフィは、片目でルシフィナを睨み付けている。


「……酷いです、アマツさん。あんなに私と仲良くしてくれたのに、たった三十年で、もう別の女の人を見つけたんですか……? 私、泣いてしまいそうです」


 目元に手を当てて、ルシフィナが涙を拭うような素振りをする。

 口元は、悪意で歪みきっている。


「二人っきりの時は『伊織と呼んで欲しい』だなんて、あんなに可愛らしいことを言ってくれたのに!」


 戯言を並べながら、ルシフィナは胸を抑え、悲劇のヒロインを気取っているようにクルクルと回る。

 ドレスを揺らしながらの、その演技ぶった態度に、


「不快だ、ハーフエルフ」


 俺が動くよりも早く、エルフィが魔眼が発動した。

 大剣を振り下ろし、ルシフィナは灰燼爆を正面から両断する。

 片目が使えないことによって、やはり魔眼の威力は低下してしまっているらしい。


「……嫌ですね、エルフィスザークさん。嫉妬ですか?」

「貴様は、そうやって戯言を口にするためにここまで来たのか? ならば、もう十分だろう。楽しませてくれた褒美に、その四肢を斬り落としてやる」

「……つまらない人ですね」


 ルシフィナが、再び俺の方へ視線を向けてきた。


「こんな人のどこが良いんですか、『伊織』さん?」

「……それが、お前の本性か」


 こちらの神経を、いちいち逆なでしてくれる。

 吐き気がするほどに、不愉快だ。


「さて、どうでしょう。これは演技で、内心では、本当は誰もが笑える、そんな幸せな世界を作りたいと強く願っているかもしれませんよ?」


 ルシフィナは、おどけるように肩を竦ませる。

 まともに会話する気はないらしい。


「……不愉快だ。もう、黙れ」


 リューザスとの戦いで消耗が激しい。

 いつもと違って、一瞬だけ心象魔術を発動する、ということは難しそうだ。

 まともに発動するには、条件を揃えなければならないだろう。


 エルフィの傷も、治りきっていない。

 何か、手を考える必要がある。


「私も不愉快です。宮廷道化師なリューザスさんの喜劇は楽しめましたが、アマツさんが生きていたのは最悪でした」


 ルシフィナが、大剣を持ち上げる。

 それは、紫色に輝く不可思議な形状の剣だ。

 三十年前に彼女が使っていた、選ばれた者にしか扱うことの出来ない魔剣――『天理剣』。


「……不愉快で仕方ないので」


 ……何だ?

 ルシフィナの態度に、どこか違和感を覚える。

 まるで、何かを焦っているような――。


「――もう一度、死んでください」


 『天理剣』は、使い手の魔力を瞬間的に数倍にも跳ね上げる。

 自身の魔力を上昇させ、ルシフィナがそれを斬撃として放とうと大剣を持ち上げた。


 当然、そんなものは撃たせない。


「――"魔技簒奪スペル・ディバウア"」

「――"魔眼・灰燼爆"」


 それよりも早く、俺とエルフィの魔力が炸裂した。

 魔技簒奪で大剣の効果を一瞬抑え、エルフィが加減なしの魔眼を撃ち込む。

 ルシフィナは、対処する間もなく爆発に飲み込まれた。


「……ふざけた女だ」

「一緒に旅をしていた時は、あんなんじゃなかったんだがな」

「……本当に、ちゃんと旅ができていたのか?」

「自分でも自信がなくなってきたな」


 今、エルフィの魔眼は確実に命中していた。

 威力が落ちているとはいえ、あれが直撃すればタダでは――。


「――余所見だなんて、余裕ですね」


 背後から、ルシフィナの声。

 唐突に、気配が現れた。

 それも、二人分・・・


「――――」


 ルシフィナの背後に、一人の魔族が立っているのが見えた。

 軍服を身に纏った、深緑の髪の女性だ。

 山羊のように捻れた角が、頭部から生えている。


 魔力を最大限にまで高めた『天理剣』を振り下ろした。


「――"魔毀封殺イル・アタラクシア"ッ!!」


 咄嗟に、盾を展開する。

 だが、こんな物ではルシフィナの攻撃は防げない。

 時間稼ぎにしかならない。


「エルフィ、魔脚で回避を――」


 声を掛けるも、返事はなかった。


「どうして、お前が……」


 隣で、エルフィは絶句していた。

 驚愕を顔に貼り付け、大きく見開いたその瞳は、深緑の魔族を捉えている。


「エル――」


 斬撃が放たれた。

 魔毀封殺が耐えたのは、ほんの一瞬。

 直後、俺達はルシフィナの斬撃をモロに喰らい、背後へ吹き飛ばされた。


「――――ッ」


 背後にあるのは、魔天失墜イクリプスで開けた大穴――。

 俺達は、そのまま迷宮の外に放り出された。


 視界一杯に、曇天が広がる。

 直後、すべての内臓が浮かび上がるような浮遊感とともに、地上に向けて急激に落下を始めた。


「う、お……ッ」


 その感覚に、思わず息を呑む。


 忌光迷宮は、塔の形になっている。

 最上部はかなりの高さだ。

 落ちれば、タダでは済まない。


 俺と同じように、エルフィも地上に向けて落下していた。

 銀色の髪が揺れているのを、どうにか視界の淵に捉える。


「伊織! 手を掴め!」


 そう叫びながら、エルフィが手を伸ばしてくる。

 魔脚ならば、ここから落ちても何とかなる。

 揺れる視界の中、どうにかエルフィの手を掴もうとして――、


「させませんよ?」

「――!」


 頭上から、大剣が落ちてきた。

 翡翠の太刀で何とか防ぐも、一気に下へ叩き落とされる。


 気付けば、頭上にルシフィナと魔族の姿があった。

 まただ。何の前触れもなく、目の前に現れた。

 高速移動とかいう次元じゃない。

 

「……くッ」


 落下する俺を助けようと、エルフィが魔脚を発動しようとするが、


「……檻よ」

「なっ」


 魔族が何かを唱えた瞬間、エルフィの体が黒い檻に囚われた。

 何らかの魔力付与品マジックアイテムに包まれ、エルフィの動きが止まる。


「エル――」

「余所見しちゃ嫌です。私を見てください」


 魔技簒奪を使おうとするが、ルシフィナがそれを許さなかった。

 空中で、視界が交差する。

 俺と同じように落下しながら、ルシフィナが『天理剣』を持ち上げた。


「……ああ、やっぱり貴方に見られると不愉快ですね」

英雄――」

「落ちて、死んでください」


 心象魔術も間に合わず、俺は斬撃に飲み込まれた。

 防御態勢を取るも、防ぎきれるはずもなく、全身がバラバラになったかのような衝撃に襲われる。

 視界が乱れ、急激に落下する。


「……エル、フィ」


 落下の中、檻に囚われたエルフィの姿を遥か頭上に捉えた。

 エルフィの檻を、ルシフィナと魔族が掴んでいるのが見える。


「――――」


 直後、三人が一瞬にして視界から消失・・した。 

 頭上を探すも、影すら見つけることが出来なかった。

 そして、三人がどこへ消えたのか、今の俺に気にしている余裕はない。


「く、そ――」

 

 手足を動かすことも出来ず――。

 俺は凄まじい勢いで地上へと落下していった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 普通の俺tueee物では妹と故郷をさらりと救ってリューザスさんが親友ポジにつくんでしょうけど、世の中そう都合良くはいかない
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