第十三話 『失墜』
「――さぁ、状況が動くよ。干渉するタイミングを見誤らないようにね」
◆
魔天失墜の極光が、リューザスを呑み込んだ。
それでも止まらず、迷宮の壁を突き破ってようやく消滅する。
魔力を絞り尽くした感覚に、俺は膝を付いた。
心象魔術が、解けていく。
「はぁ……はぁ……」
終わった。
やった。殺してやったぞ。
ディオニスに続いて、二人目のパーティメンバーだ。
全身を焼いて、毒を飲ませて、何度も剣で斬り付けた。
俺と戦うために使った魔術で、あいつは地獄のような苦痛を味わい続けていたはずだ。
身の丈に合わない魔術の行使によって、俺が手を下さなくてもそう長くなかっただろうな。
それでも。
「俺が、殺してやった」
あいつが用意したすべてを砕いて、殺してやった。
何一つとして、あいつの目的を叶えさせることなく。
すべて、何もかも、全部を潰してやった。
「ク……クク」
――てめェ、本当にグズだな。
「……ふふ」
――そんなことも出来ねェってのかよ。
「ははは」
――ったく、仕方ねェな。
「はははは」
――俺が力を貸してやるよ。
英雄に憧れていたあいつを、英雄の力で。
こんな皮肉も、そうはないだろう。
「あはははははッ!!」
爽快だ。最高の気分だ。
こんなに愉快な気持ちになったのはいつぶりだろう。
楽しくて仕方ない。
だって、俺は。
「は、ははは……」
こんなにも、笑えて、いるんだから。
「…………」
人を騙して、利用して、裏切って、殺して。
乱暴で、ぶっきらぼうで、クズな男だった。
"英雄"になりたいという名誉のためだけに、俺を裏切った。
そう、思っていた。実際に、そうだった。
旅の中で時たま口にしていた『妹』の存在も、すべて嘘だと思っていた。
俺を同情させて、付け入りやすくするための。
事実は分からない。
本当に、甘い俺に付け入るために話していたのかもしれない。
あいつの復讐は、逆恨みでしかない。
勝手に期待して、勝手に恨んで、勝手に妹の死の責任を押し付けて。
良い迷惑……ではすまない。最悪だ。
魔王城で、俺を裏切った理由。
それは、ベルトガや、オリヴィアや、ディオニスとは、まったく違う物だった。
ただ欲望に塗れていた、あいつらとは。
だが、どんな理由があろうと、俺が殺されたことは変わりない。
復讐に妥協なんてしない。
だから、殺した。
それで、終わりだ。
終わりの、はずだ。
「伊織」
エルフィの言葉で、我に返った。
リューザスにやられた傷は、大分回復したらしい。
いつの間にか、エルフィがすぐ隣にまでやってきていた。
「……もう大丈夫なのか?」
「ああ。立って動けるようになった。私は問題ない」
吹き飛ばされた部分は、すでに治りかけていた。
まだ視力が戻っていないようで、片目だけ閉じたままだが。
それも、すぐに治るだろう。
「そうか。なら、お前の身体を探そう」
「伊織」
「早いところ、用を済まさないとな。あまり、長居は……」
「――伊織」
静かだが、無視出来ない声音だった。
「座れ。少し、休むぞ」
「……まだ、体調は優れないか?」
「私ではない。休むのは、お前だ」
……俺?
「温泉都市で、あの人狼を殺した時と同じだ」
エルフィが、頬に手を当ててきた。
「……酷い顔をしているぞ」
「…………そうか」
……ああ、そうだな。
そういう顔を、しているかもしれない。
「あの魔術師のことを、気にしているのか?」
肩に手を掛け、エルフィは俺を地面に座らせる。
それから、静かに尋ねてきた。
「後悔は、一欠片もない」
「…………」
「どんな事情があろうと、あいつが俺を裏切ったことは変わらない。何を言われたとしても、俺は絶対にあいつを許せなかった」
何があっても、俺はあいつに復讐しなければならなかった。
それは、間違いない。
「……だけど、少しだけ、考えた。もし、俺があいつの妹を助けられていたらって」
もし仮に、俺がリューザスの懇願に耳を傾けていたら。
俺がもう少し、早く戦う気になっていたら。
あんな結末には、ならなかったのではないか、と。
「――自惚れるな、伊織」
穏やかな口調のまま、エルフィはピシャリとそう言った。
脳裏に浮かんでいた光景が、その言葉に霧散する。
「お前は万能ではない。私もそうだ。誰にでも、手の届かない物はある。そこに責任を感じるのは、傲慢という物だ」
「……俺は」
その先の言葉が、口から出てこない。
片目だけの金眼が、見透かすように俺を見ていた。
「三十年前のお前には、今のように戦える力はなかった。見知らぬ世界に召喚されて、混乱もしていただろう。そのことについて、お前を責められる者はいない。伊織は、何も間違ったことはしていないのだからな」
「……分かってる」
あの時の俺には、誰かを助ける余裕なんてなかった。
仮に戦っていたとしても、呆気無く殺されていただろう。
リューザスの叫びは、まったくの逆恨みだ。
その果てに殺された俺が悩むことなど、何もない。
「……分かってるさ」
それでも、言葉に出来ない何かがある。
今までの連中は皆、自分の欲望のためだけに俺を裏切った。
あいつは、リューザスは、少し違ったのだ。
リューザスは、俺に復讐しようとしていて。
……俺は、あいつの妹を見捨てていて。
「それは罪悪感か?」
静かに、エルフィが問うてくる。
本当に、見透かされているようだ。
「……そんなの、分からねぇよ」
エルフィの問いに、今度は答えられなかった。
この感情が何なのか、自分でも分からない。
「……誰にだって、出来ないことはある。それは、いつになっても変わらん。あの男の妹に関して、伊織に責はない」
答えを持たない俺に、エルフィは言葉を重ねた。
「……けど」
晴れない感情に、反射的に何かを口走ろうとして、
「――――」
エルフィが、ポンと頭に手を乗せてきた。
優しく、柔らかに、指が動かされる。
撫でられている……と気付いたのは、しばらく経ってからだった。
「……伊織は、優しいな」
「っ」
「そんなお前だから……私はまだ、こうしてお前と組んでいられる」
そう口にした元魔王は、慈しむような表情だった。
その言葉に、その表情に、思わず息を呑む。
「気にするのは良い。だが、忘れるな」
見慣れた顔に、見慣れない表情を浮かべ、
「――お前は、悪くない」
エルフィは、そう言った。
内心では分かっていても、飲み込めなかった何かを、受け入れられた気がした。
……ああ。
本当に、俺は単純だ。
……俺は何度、こいつに助けられるのだろう。
「気分はどうだ?」
「……もう大丈夫だ」
思うところがないわけではない。
愉快な気分ではない。
自身の感情に、いまだ答えは見つからない。
――それでも、前に進むことは出来る。
◆
ポーションを飲んで、魔力を回復させた。
用意していたすべてのポーションを飲んで、ようやく魔力が三分の一程度にまで戻った。
傷もほとんど塞がったが、この疲労感だけはどうにもならないな。
「……迷宮核が残っていれば良かったんだけどな」
残念ながら、迷宮核はリューザスに使われてしまった。
今回は魔力を取り戻すことは出来なかったな。
まあ、心象魔術の発動条件を知ることが出来たから、良しとしよう。
……助けたいという気持ちが条件だなんて、と思わなくもないが。
それから、エルフィとともに部屋の中を調査する。
入口付近には、リューザスに殺された雷魔将の魔核が落ちていた。
戦いの余波で砕けてしまっていたが、念のため回収しておく。
リューザスが持っていた、俺の腕は跡形もなく消し飛んでいた。
あれだけの魔術を喰らって、残っている方が可笑しいだろう。
複雑な気分ではあるが、これでもう、あの腕を悪用することは不可能になった。
過去の因縁に、また一つケリを付けることが出来たのだ。
「……見つけた」
不意に、エルフィがそう呟いた。
何もない空間に手を伸ばし、エルフィが爪を立てる。
砕ける音とともに、不可視化されていた封印が解除された。
唐突に、ぼとりと宙から何かが落ちてきた。
「私の身体だ」
それは、黒い布に覆われた女性の胴体だった。
布から覗く素肌に、手足と同じように黒い紋章が張っているのが見えた。
エルフィから聞いた通り、四肢はなく、赤と白の混ざった断面が覗いている。
綺麗な切断面から、刃で斬り落とされたのが分かった。
これを、ルシフィナがやったんだったな。
もう三十年近く、ここで封印されていたことになる。
だというのに、肌には艶があり、血が通っているのが分かった。
「心臓でなくて残念だ」
「……かなりグロテスクな絵面になりそうだな」
今でも、十分にグロテスクではあるのだが。
「よっこいしょ」
そう言いながら、エルフィは胴体を自分の体に押し当てた。
スポンと分身体が床に落ち、代わりに本物の胴体がくっついた。
黒い布は消え、胴体をドレスが覆っていく。
地面に落ちた分身体は、コロコロと転がってそのまま消えていった。
……もう少し、まともなやり方はないものか。
「ふむ……ふむ……」
エルフィは自分の体をペタペタと触れ、具合を確かめているようだ。
納得が言ったのか、しばらくして大きく頷いた。
「調子はどうだ?」
「……まぁまぁだな。胴体が戻ってきたことで、魔力総量は全盛期の半分近くまで戻った。治癒速度もさっきまでとは段違いだ」
心臓を除くすべてを回収しても、まだ半分近くか。
よほど心臓は重要な部位だったらしいな。
いや、当然のことなのだが。
「それでも、あの魔術師にやられたダメージが大き過ぎる。目を吹き飛ばされたのは、特に痛かった」
「視力はまだ戻らないのか?」
「うむ。こっちの眼だけ、魔眼も使えん。だが、胴体が戻った状態ならば、あと数時間で全回復するだろうさ」
本当に、魔族っていうのは便利な体をしている。
俺の疲労は、取るのに数日は掛かりそうだというのに。
「ずいっ」
エルフィのデタラメさを改めて感じていると、変な効果音とともに顔を覗きこまれた。
「うむ、良い顔になった。さっきまでの伊織は、ずぶ濡れになった小鬼のような顔だったからな」
……そんなに酷かったか?
「くふふ」
俺の内心を読んだかのように、エルフィは意地悪な表情で笑う。
普段はおちゃらけているのに、こういう時は意を汲んでくれる。
「…………」
エルフィは、俺だから組んでいられると言った。
俺だって、そうだ。
ここまで組んでいられたのは、エルフィだったからだ。
……癪だから、口には出してやらないが。
天井に空いた穴と、壁に空いた穴から、朝日が差し込む。
忌光迷宮は力を失い、今は明るい。
帰りは目薬を差すことなく、楽に道を歩くことが出来そうだ。
そろそろ、行こうか。
そう口にしようとした時だった。
「伊織」
「……どうした?」
戦闘で解れた銀色の髪が、朝日に照らされたキラキラと輝いている。
その眩しさに目を細めながら、エルフィのどこか改まった様子に疑問を覚えた。
「……今のお前ならば、きっと」
どこか悩むような素振りを見せながら、エルフィは意を決したように口を開く。
「……伊織。私は、お前と――――」
言葉の先が、紡がれることはなかった。
上から差し込んでいた日光が、陰った。
「――――っ」
「――――!」
直後、頭上から、輝く何が降り注いだ。
俺とエルフィは、反射的にその場から飛び退く。
地面に降り注いだ何かは、爆ぜると同時に部屋全体に拡散した。
「"旋風"ッ!!」
風で吹き飛ばすのと同時に、降って来た何かの効果が現れた。
『勇者の証』の動きが鈍り、魔力の出が弱まっていく。
顔を顰める様子から、エルフィも同様のことが起きているようだった。
「ふ」
――頭上から、声がした。
「ふふ」
それは、女の声だった。
優しく、穏やかで、聞く者の心を甘やかに融かすような。
「ふふふ、ふ、あはははははは!!」
「お、前……」
天井に空いた、大きな穴。
そこから、一人の女性が迷宮の中を覗き込んでいた。
それは、ハーフエルフだった。
癖の強い金髪に、穏やかな印象を覚える銀色の瞳。
純白のドレスを身に纏ったその女は、口元を上品に抑えながら、可笑しくて堪らないという風に肩を震わせていた。
――ルシフィナ・エミリオール。
三十年前、ともに旅をし、俺を裏切った女。
最後のパーティメンバーだ。
「ふふふふふ、あぁ、最高に愉快な物が見られました。こんなに愉快なのは、三十年ぶりかもしれませんね」
「ルシ、フィナ」
「くだらない茶番過ぎて、ふ、ふふふ! 思わず、涙が出ちゃいました」
銀の瞳に涙を浮かべながら、ルシフィナはくすくすと嗤っている。
三十年前に見た姿と、まるで変わらない。
穏やかで、優しげで……けれどその顔には、隠しようのないほどに悪意が張り付いていた。
「あの時、魔王城でリューザスさんを見逃して大正解でしたね。前からお馬鹿な人だとは思っていましたが、ふふふ、ここまでだとは思いませんでした。 英雄? ぷっ……リューザスさんみたいな、馬鹿で、幼稚で、みっともなくて、情けない人には、最初からなれるわけがないのに。本当に、笑ってしまいますね」
どうやら、上の穴から俺達の話を盗み聞きしていたらしい。
まったく、気付けなかった。
「ふふふふ、ふふふっ!」
俺達を見下ろしながら、ルシフィナは涙を流すほどに嗤っている。
こいつの声が、こいつの言葉が、ここまで癇に障ったのは初めてだ。
どうしようもなく、不快だよ。
「ねぇ、アマツさん。そうは思いませんか? リューザスさんって――」
「黙れ」
小首を傾げながら尋ねてきたルシフィナへ向けて、"火炎弾"を放つ。
激しく射出された炎は、ルシフィナに触れる前に掻き消えた。
いつの間にか、彼女が取り出していた一本の大剣によって。
「リューザスさんとの会話からして……貴方、アマツさんなんですよね。驚きましたよ、生きていたなんて」
やはり、俺がアマツだということに気付いていたらしい。
「……ちゃんと、殺したはずなのに」
ルシフィナの顔から嘲笑が消え、蔑むような表情に変わる。
それは、殺意と悪意、そして僅かな怒気を滲ませた口調だった。
「久しぶりだな、ルシフィナ」
「三十年ぶりですね。勇者と聞いた時はどんな人なのかと期待していましたが……まさか、また貴方だとは思いませんでしたよ」
「あれじゃ、死んでも死に切れないんでな。お前達に復讐するために帰ってきたよ」
ルシフィナが目を細め、嘲るように口元を歪ませる。
「まあ、確かにあんな死に方じゃ、死に切れませんよね。今でも覚えていますよ。死ぬ直前の、貴方の顔は。ふふ、とっても可笑しかったです」
くすくすと、ルシフィナの笑みが迷宮に反響する。
「それにしても……」
チラリと、ルシフィナがエルフィへ視線を向けた。
エルフィは、片目でルシフィナを睨み付けている。
「……酷いです、アマツさん。あんなに私と仲良くしてくれたのに、たった三十年で、もう別の女の人を見つけたんですか……? 私、泣いてしまいそうです」
目元に手を当てて、ルシフィナが涙を拭うような素振りをする。
口元は、悪意で歪みきっている。
「二人っきりの時は『伊織と呼んで欲しい』だなんて、あんなに可愛らしいことを言ってくれたのに!」
戯言を並べながら、ルシフィナは胸を抑え、悲劇のヒロインを気取っているようにクルクルと回る。
ドレスを揺らしながらの、その演技ぶった態度に、
「不快だ、ハーフエルフ」
俺が動くよりも早く、エルフィが魔眼が発動した。
大剣を振り下ろし、ルシフィナは灰燼爆を正面から両断する。
片目が使えないことによって、やはり魔眼の威力は低下してしまっているらしい。
「……嫌ですね、エルフィスザークさん。嫉妬ですか?」
「貴様は、そうやって戯言を口にするためにここまで来たのか? ならば、もう十分だろう。楽しませてくれた褒美に、その四肢を斬り落としてやる」
「……つまらない人ですね」
ルシフィナが、再び俺の方へ視線を向けてきた。
「こんな人のどこが良いんですか、『伊織』さん?」
「……それが、お前の本性か」
こちらの神経を、いちいち逆なでしてくれる。
吐き気がするほどに、不愉快だ。
「さて、どうでしょう。これは演技で、内心では、本当は誰もが笑える、そんな幸せな世界を作りたいと強く願っているかもしれませんよ?」
ルシフィナは、おどけるように肩を竦ませる。
まともに会話する気はないらしい。
「……不愉快だ。もう、黙れ」
リューザスとの戦いで消耗が激しい。
いつもと違って、一瞬だけ心象魔術を発動する、ということは難しそうだ。
まともに発動するには、条件を揃えなければならないだろう。
エルフィの傷も、治りきっていない。
何か、手を考える必要がある。
「私も不愉快です。宮廷道化師なリューザスさんの喜劇は楽しめましたが、アマツさんが生きていたのは最悪でした」
ルシフィナが、大剣を持ち上げる。
それは、紫色に輝く不可思議な形状の剣だ。
三十年前に彼女が使っていた、選ばれた者にしか扱うことの出来ない魔剣――『天理剣』。
「……不愉快で仕方ないので」
……何だ?
ルシフィナの態度に、どこか違和感を覚える。
まるで、何かを焦っているような――。
「――もう一度、死んでください」
『天理剣』は、使い手の魔力を瞬間的に数倍にも跳ね上げる。
自身の魔力を上昇させ、ルシフィナがそれを斬撃として放とうと大剣を持ち上げた。
当然、そんなものは撃たせない。
「――"魔技簒奪"」
「――"魔眼・灰燼爆"」
それよりも早く、俺とエルフィの魔力が炸裂した。
魔技簒奪で大剣の効果を一瞬抑え、エルフィが加減なしの魔眼を撃ち込む。
ルシフィナは、対処する間もなく爆発に飲み込まれた。
「……ふざけた女だ」
「一緒に旅をしていた時は、あんなんじゃなかったんだがな」
「……本当に、ちゃんと旅ができていたのか?」
「自分でも自信がなくなってきたな」
今、エルフィの魔眼は確実に命中していた。
威力が落ちているとはいえ、あれが直撃すればタダでは――。
「――余所見だなんて、余裕ですね」
背後から、ルシフィナの声。
唐突に、気配が現れた。
それも、二人分。
「――――」
ルシフィナの背後に、一人の魔族が立っているのが見えた。
軍服を身に纏った、深緑の髪の女性だ。
山羊のように捻れた角が、頭部から生えている。
魔力を最大限にまで高めた『天理剣』を振り下ろした。
「――"魔毀封殺"ッ!!」
咄嗟に、盾を展開する。
だが、こんな物ではルシフィナの攻撃は防げない。
時間稼ぎにしかならない。
「エルフィ、魔脚で回避を――」
声を掛けるも、返事はなかった。
「どうして、お前が……」
隣で、エルフィは絶句していた。
驚愕を顔に貼り付け、大きく見開いたその瞳は、深緑の魔族を捉えている。
「エル――」
斬撃が放たれた。
魔毀封殺が耐えたのは、ほんの一瞬。
直後、俺達はルシフィナの斬撃をモロに喰らい、背後へ吹き飛ばされた。
「――――ッ」
背後にあるのは、魔天失墜で開けた大穴――。
俺達は、そのまま迷宮の外に放り出された。
視界一杯に、曇天が広がる。
直後、すべての内臓が浮かび上がるような浮遊感とともに、地上に向けて急激に落下を始めた。
「う、お……ッ」
その感覚に、思わず息を呑む。
忌光迷宮は、塔の形になっている。
最上部はかなりの高さだ。
落ちれば、タダでは済まない。
俺と同じように、エルフィも地上に向けて落下していた。
銀色の髪が揺れているのを、どうにか視界の淵に捉える。
「伊織! 手を掴め!」
そう叫びながら、エルフィが手を伸ばしてくる。
魔脚ならば、ここから落ちても何とかなる。
揺れる視界の中、どうにかエルフィの手を掴もうとして――、
「させませんよ?」
「――!」
頭上から、大剣が落ちてきた。
翡翠の太刀で何とか防ぐも、一気に下へ叩き落とされる。
気付けば、頭上にルシフィナと魔族の姿があった。
まただ。何の前触れもなく、目の前に現れた。
高速移動とかいう次元じゃない。
「……くッ」
落下する俺を助けようと、エルフィが魔脚を発動しようとするが、
「……檻よ」
「なっ」
魔族が何かを唱えた瞬間、エルフィの体が黒い檻に囚われた。
何らかの魔力付与品に包まれ、エルフィの動きが止まる。
「エル――」
「余所見しちゃ嫌です。私を見てください」
魔技簒奪を使おうとするが、ルシフィナがそれを許さなかった。
空中で、視界が交差する。
俺と同じように落下しながら、ルシフィナが『天理剣』を持ち上げた。
「……ああ、やっぱり貴方に見られると不愉快ですね」
「英雄――」
「落ちて、死んでください」
心象魔術も間に合わず、俺は斬撃に飲み込まれた。
防御態勢を取るも、防ぎきれるはずもなく、全身がバラバラになったかのような衝撃に襲われる。
視界が乱れ、急激に落下する。
「……エル、フィ」
落下の中、檻に囚われたエルフィの姿を遥か頭上に捉えた。
エルフィの檻を、ルシフィナと魔族が掴んでいるのが見える。
「――――」
直後、三人が一瞬にして視界から消失した。
頭上を探すも、影すら見つけることが出来なかった。
そして、三人がどこへ消えたのか、今の俺に気にしている余裕はない。
「く、そ――」
手足を動かすことも出来ず――。
俺は凄まじい勢いで地上へと落下していった。




