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閑話 逢

 背中を強かに打った鈍痛で飛んでいた意識が戻った。

 痛みに顔を歪ませ、起き上がって現状を確認する。戦場に身を置いている者の最低限の行為だ。

 現状を確認し、愕然とした。

「――――」

 見慣れた筈の崩壊の光景に思考が停止する。

 世界の終わり、そんな言葉でしか言い表せないものが目に飛び込んで来る。

 黒雲に覆われた空は雷が鳴り響き、大地は絶え間なく揺れ、恐怖と混乱の極みに達した人々は逃げ惑う。阿鼻叫喚の巷と化したそこは、住宅街だったのか多くの家屋が倒壊していた。

 滅亡の様相を呈した光景に見入る。

 停止していた思考がようやく動き出したが、搾り出すように呟く事しか出来なかった。

「――――嘘だろ」

 先ほどまで張り詰めていた物が消えた。意識を失っても放さなかったナイフを地面に落とした。乾いた音が幻聴に思える。

 後に、第二次神話戦争と呼ばれる戦争の余波を受けただけで、この世界は滅びの道を辿っていた。

『世界はそこまで脆くない。少しばかり戦争を起こしても簡単には壊れないさ』

 誰かがそんな事を言っていたのは覚えている。だが、果たしてそれは本当なのか?

「っ!?」

 雷鳴が轟く中、その泣き声だけははっきりと聞こえた。

 取り落としたナイフを拾い、声の方に向かって走り出した。周囲の人間と服装の違いはあったが、混乱の中で些細な事を気にする者などいなかった。

 声の方に向かってただひたすらに走る。走る事以外に何も思い浮かばなかった。瓦礫に何度か足を取られたが、辿り着く事が出来た。

 

 瓦礫の傍で一人の子供がしゃっくりを上げて泣いていた。


 その隙間から、刀剣と呼ばれる類の剣を握った白い手が伸びていた。子供はその手を何度も引っ張っていた。

 背後からなるべく音を立てて近付いたが気付く気配はない。

 無意識に伸ばした手を止め、幼馴染すら守れなかったその手を見る。

(どこまでお人好し何だ俺は?)

 こんな時に呆れつつ、手を引っ込めて片膝を付いて子供に視線を合わせて話し掛けた。

「どうしたんだ?」

 思えば、これが初めての出逢いだった。

 目の前にいる子供が、いずれ最も嫌いな人間になろうとは誰も思うまい。

 運命の悪戯にしては悪質で、宿命と言うには縁無き出会い。

 果たして、神すら知らぬ 物語(シナリオ)は誰が望んだ物なのだろう。


 障子越しに届く朝日に目が覚めた。

 懐かしさを覚える奇妙な夢を見た様な気がするが、内容は覚えていなかった。

(疲れているのか? 最近、頑張った覚えはないんだが)

 見飽きた天井をしばし眺め、藜は身を起こし、ふと思い出す。

(青嵐が子供の頃は修行に付き合えと蹴り起こされたんだよな)

 今この屋敷にいない彼女を思いつつ、寝巻きのまま障子を開けて縁側に出る。

「さむ」

 大寒の日なのでこの寒さは当然である。加えて時刻は朝の五時半である。

 寒さが眠気を消してくれる筈もなく、暖かな蒲団に戻りたくなって来る。

 洗面所で顔を洗い、私室に戻る。服を着替え、日課をこなす。

(ん~~?)

 武道場で素振りを行う。だが、身が入らない。別の何かが引っかかる。

(最近一葉とか見かけなくなったよな。何か仕事でもあったか?)

 それだけではない。

 ここ数日奇妙な、言葉で言い表し難い、感覚があった。

 使用人と話をしても、使用人がその内容をすぐに忘れる――などが良くあり、青桐一族を全体的に見ても、何かがおかしかった。

(そう言えば、麻佐とも話してないな)

 素振りを中断し、麻佐の私室に向かう。早朝とは言え、彼も既に起きている時間になっている。

「麻佐、いるか」

 返事がない。念の為もう一度呼んでみるがやはりない。

 障子を開け、部屋の中を見る。

「あれ? いない」

 部屋には誰もいなかった。所々薄っすらと埃が積もっている所を見ると、もう何日も使われていない事を告げていた。

 通りすがりの使用人に麻佐の事を尋ねるが、これまた奇妙な答えが返って来た。

「麻佐? どなた様でしょうか?」

 演技とは思えない反応に、嫌な予感がする。何でもないと話しを終わらせ、最近会っていない一葉の部屋に向かう。

「一葉っ」

 返事を待たずに襖を開ける。予感は的中し、一葉の私室であった部屋は麻佐の部屋と同様の状態になっていた。

 他の部屋も見て回ったが、結果は同様だった。

(何が起きている?)

 朝食までの時間にほとんどの部屋を回ったが、結果は同様だった。

 朝食の時間に食堂に顔を出したが、そこには藜と数人分の食事しか出されていなかった。

 訪れた朝食の時間はいつもと変わらない。

 突如消えた住人に、誰も関心を抱いていない。


(消える住人。誰も覚えていない)

 書庫を漁って見つけた地図を片手に、青桐の里の地下道を歩く。

 懐中電灯で足元を照らし歩きながら、今朝の事を思い返す。

(誰の記憶にも残らずに消える)

 あの頃みたいだな、と呟く。

 後世に伝わっていないがその昔、藜は青桐と秋津両家に知られてはならない事をした。

 藜自身特に何かをした訳ではない。

 記憶と名前を失い、かつてこの地に蔓延っていた物の怪に襲われていた一人の女性を助けただけだ。

 問題があったのはその女性だ。

 その女性の名は、秋津青華あきづせいかと言う。

 記憶と名前を失くしていたとは言え、秋津の人間を助けた――それが問題となった。いや、藜の失脚を目論んだ者達によって問題にされた。

 青桐全体に知れ渡る前に計画を立てた者達は闇に葬られた。

 間の悪い事に、同時期に秋津の総攻撃を受け、その最中に彼女は命を落とし、戦いが終わった頃に、傷を受けたまま無茶を重ねた藜も後を追う様にこの世から去った。

「・・・・・・」

 思い返しても去来するのは後悔だけである。今思い返すべき事は、彼女が死んだ後の事だった。

(あの後も確か、そうだったよな)

 青華と過ごした記憶が消えて行き、彼女もまた光の粒子となって消えた。記憶は維持出来ず、ただ『いた』と言う事実だけが記憶に残った。

 麻佐と一葉に関する事柄も、今となっては思い出せない。彼女と同じ様にいたと言う事だけしか覚えていない。

 藜が生きていた時代よりも以前にその様な事はあっただろうか。

(何にせよ、また書庫を漁って調べる必要があるな)

 地図を片手に地下道を一通り回った藜は地上に戻った。

 

 翠石滅亡の報告が藜の元に届いたのはその日の夕方だった。


 天原です。第五話とほとんど同時の投稿になりました。

 閑話なので短いです。

 

 今までいた人はふと気付けばいないってホラーになるのでしょうか?と思いつつ藜の過去が少しだけ明かされる。

 こいつは行く先々で女性と何かしらの問題を起こしているのか?それともただの貧乏くじを引きやすい体質なのか。

 どっちもありえそうだから駄目なやつだなぁ。


 次回、終わりが近づく。青嵐は高校を卒業した去年の春を懐かしむ間もなく、事態は進む。

 春を迎える事もなく全ては終わりを告げてしまうのか。

 

 終わりが近いので読んでいただければ幸いです。可能ならば日付が変わる前後に投稿予定です。

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