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第五部 滅

 十分な休息を取った紅は、紅は秋津の主要戦闘員を集めた。

「駒は揃った。討伐対象を青桐から翠石に移す」

 いきなりの決定であるが、誰もざわつかない。

 驚く者はいたが、それは少数の者である。何も言わずにここに呼ばれた意味を考える。

 紅が今、ここにいる主要メンバーを集めたと言う事は翠石に関する事だと分かっていたからである。

 秋津の何名かも翠石に討たれている。

 秋津の者を討った代償がどれほどの者かを教えるいい機会だ、と大半の者はそう取った。

 何より、生まれた時点で次の当主とされていた紅の決定である。逆らっても何もないが、紅の判断はいつも最善であった。

 常に最善を尽くし、紅が出す結果にここにいる者は付いて来た。

 

 秋津の翠石討伐が始まった。


 その動きは青桐にも伝わっていた。

 だが、動く気配はない。秋津と翠石が共倒れになるのを望んでいるからである。

 唯一の心配は、青嵐だけ。

 動こうと考えもあるが、今は見定めるべきだと、麻佐が止めた。

 青桐は静観を決め込む。

 たった一人を除いて。


 白刃が翻る度に、悲鳴が上がった。

 弧を描くも、疾風の如き太刀筋。

 敵味方、美しく弧を描くそれに見惚れる。

 だが、誰一人それを見届ける事は出来ない。

 再度、白刃が翻る。その太刀筋は止まる事無く弧を描き続けた。


「お、おお!」

 老人は、感嘆の声を漏らし、周りにいる者はそれに魅入った。

 打ち刀を翻らせる青嵐は舞を舞っている様でもあったが、

 その舞は見た者を、黄泉の国に誘う舞である。

(これほどの実力者が敵であったら)

 老人は『もしも、青嵐がこのまま敵であったら』を考えた。

 考えるだけで背筋が寒くなる。

 老人は考える事を止めた。

 最後の一人が悲鳴を上げ、斃れた。

「・・・・・・」

 老人は何と声を掛ければいいのか見当も付かなかった。

 少し前まで敵だった少女。しかし、今は味方としてここにいる。

「この先に、中継所が一つ」

 やっとの思いで掛けられた言葉はそれだけ。

「そう」

 血振りをし、鞘には収めずに、青嵐はそのまま先陣を切って行く。

 老人を含めた数人は青嵐に付いて行った。


 秋津の勢いは止まる事を知らず、

 中継所を次々に破壊し、占拠して行く。

 その影には、青嵐の単独での中継地点破壊と、紅の策略が存在した。

 翠石は僅か三ヶ月で勢いに呑まれて行く。これには翠石当主も驚いた。だが、どの並行世界でも勝って来た、と言う思い上がりがついに足元をすくわれる要因となる。

 そして、大寒間直に、その勢いはさらに強くなり、翠石の里を取り囲むほどになった。


 その日は雪が降っていた。降り積もった雪は、辺りを白一色にし、白以外の色などいらないと言わんばかりに、雪はさらに降り続ける。


 翠石は驚き慌てふためいていた。

 秋津がここまで勢力を伸ばし、翠石を打ち破って行く等、今までにあり得なかった事。

 打って出ても、返り討ちにされ、

 守りを固めても突破される。

 進退窮まるとはまさにこの事だ。

 

 翠石は緊急会議を開いていた。翠石の主要メンバーだけでなく、戦闘員全てが集まっていた。

「事態は深刻である」

 そう口火を切ったのは翠石の当主である老婆―――翠石緑紗。

「秋津の者がこの里に迫っている。この現状を打破するには、方法は一つしかない」

 緑紗はそこで一度息を吐いた。

「それは、並行世界からの攻撃である。主要戦闘員は並行世界からの攻撃の準備をせよ。非戦闘員は、直ちに我等が生まれし世界に戻れ。それ以外に者は、秋津を引き付ける囮となってもらう」

 以上、と緑紗は解散させた。


 翠石緑紗は焦っていた。

 この世界の秋津がここまでやるとは思わなかったからだ。

(何かよい手駒を手に入れたか。あるいは、この翠石を打ち滅ぼすほどの力を手に入れたか。どちらにせよ、このままでは翠石は滅びる)

 既に確定した事を受け入れるか、最期まで抗い滅びるか。

 残された選択肢は残っていない。

(秋津の若造が当主になってからはあまり動かなくなったが、油断しすぎた様じゃな)

 秋津の若き当主は、固定観念に囚われない者。でなければ、この様な快進撃はない。

(じゃが、翠石の面子もある。抗わずに散るなど受け入れられん)

 先の集まりで唯一と言った戦法も、恐らく読まれているだろう。

 どんな対策を使うかは不明である。だが、今までにない新しい方法であるには違いない。

(ともあれ、この身はここで散る。抗う準備でもするか)

 翠石緑紗は、選択をした。


 最期まで抗って滅びる事を。


 音もなく降る雪。

 離れの縁側に置かれた、暖を取る火鉢は少し大き目だった。

 秋津紅は縁側の柱にもたれ、厚手の上着を肩に掛けたままで外を眺めていた。

 傍らには、数本の熱燗と二人分の御猪口がある。

 数時間前、秋津では翠石との最終決戦に備えての集会を行っていた。


「翠石との戦いも残す所、本拠地である里を襲撃するだけとなった」

 秋津のほとんどの者がここ―――大広間に集まっている。

 戦いに参加していない者にも結果を伝える為に先ず、今までの事を少し話す。

「翠石が誇る唯一と言っていい能力は、並行世界を渡る事だけだ」

 もともと翠石は、それしか能力がない。そうであるにも拘らず、一族として成り立ったのは、単にこの能力を駆使した戦いを繰り広げ、勝利して来ただけなのだ。

「囮を使い並行世界からの攻撃でこちらを返り討ちにしようと考える筈だ」

 それを打破するには、少数精鋭で本拠地に乗り込む。

 あるいは、並行世界を渡ると言う能力を無力化する。

「今までの戦いで疲れている者の多い。この戦いの最期は、俺が直接手を下す」

「わ、若!?」

 お目付け役らしい老人がすぐに慌てる。

「俺の他に少数精鋭として、五人――――正確には六人だが、ここで五名の名を挙げる」

 お目付け役らしい老人を始め、五人の者が選ばれる。

 正確には六人であるなら、その六人目は誰になるのか。

 言うまでもない。

前代未聞を打ち破った紅が連れて来た者―――青桐青嵐である。集会に関しては、参加せず、口出しもあまりしない。

外見は小柄で細い少女だが、実力は紅と劣らぬも勝らぬ。

外見と実力の差が天と地ほどもある少女――――それが秋津の青嵐に対する印象だった。

「残りの者はここの守りを固めよ。今挙げた五名は明日の朝に、翠石の里に攻め入る為の準備をせよ。――――では、解散」

 そこで、解散させた。


 何度思い返しても、勝手な事をして来たな、と紅は思う。

 青嵐を戦力に加え、無茶な注文を数多くして来た。

(だが、それも明日で終わる)

 翠石との最終決戦。一つの戦いに幕を下ろせる。

 ギシギシ、と床が軋む音が聞こえて来た。

 その方向に顔を向けると、若草色の着物を着た青嵐が来る。

 青嵐をここに連れて来た時の服は幾度と重なった戦いで、血で赤黒く染まっている。

 そのままの格好でいさせる訳にも行かないので、小袖の着物を貸した。

(袴を穿かせ、髪を頭の上で結えば、完璧なる武士だな)

 二刀流の剣士の像が浮かび上がるが、直に忘れる。

 これより先に、関係の無い物は持ち込めない。


 ぶっきらぼうに青嵐は紅に尋ねる。

「私に何の用だ?」

 そこには早々に話を終わらせようと言う意図が見える。

 紅は無言で御猪口を見せる。

「酒は好かん」

「・・・・・・そうかい」

 間を置かずに一刀両断される。

 御猪口を置く。青嵐は近くに座ったが、紅に背中を見せる気がないのか、紅の後ろに間を空けている。

「翠石がどういう動きで来るかは分かっているな?」

 何も返さずにただ頷く。紅はそれを確認せずに続ける。

「恐らく――いや、これしかないか。並行世界からの攻撃が来るだろう。それに対抗する手段は今までなかった」

 お猪口に注がれている酒を少し飲む。立春間近とは言えこの時期はまだ寒い。

「秋津が一族として成立した頃の文献に、面白い事が書かれてあった。『異界より、凍て付く裁きの力を持った一族がこの地を踏む』――」

「!?」

 青嵐は驚き、紅を見たが、紅の続きを待つ。

「これが意味する事は、分かるだろう?」

「青桐は、翠石と同じく別の平行世界からやって来た一族なのか?」

 青桐一族が操る力である[氷]は異質だといわれて来た。

 それに疑問を感じ研究した者も過去に何人かいた。その研究結果と資料は今も残ってはいるが、五百年前でその研究が綺麗に止まっている。五百年前に何があったのか、あるいは、五百年前に誰かが止めたのか。

 真相は判明していない。

 青桐の文献は見た事はないが、青嵐もどう言った文献が存在するかは聞いている。

(待て)

 五百年前、何かがあった筈だ。

 やがて、青嵐はひとつの答えに辿り着く。

「秋津」

 紅は答えない。ただ、笑みを返すだけ。

 五百年前――藜が当主を勤めていた頃だ。

 ここであの男が絡んでいる。それを奇妙と感じなかった事に違和感を覚える。五百年前の文献は少なからずとも存在する。

 しかし、その文献の内容は五百年ほど前――藜が当主を務めた以降の事からしか書かれてなく、成立頃の事は何一つ分かっていない。

(秋津はこれを知ったから私に接触して来たのか)

 あの秋の夜空の下、接触して来たのはただ翠石を討つのに手が足りないだけだと思っていたが、それは違った。

 紅が言った事が真実なら、

「――?」

 視界が歪む。思考が中断される。聞かなくてはならない事があるのに、舌がもつれ言葉が上手く出ない。

「少し寝ているといい」

 前に倒れかけて手を着くが、その手も直ぐに震え出した。

「何を撒いた?」

「何の事だい?」

 とぼけた答え――それが、答えだった。

 顔を上げている事も苦となって来た。白い手が視界に入った。頬に添えられる。

「大丈夫」

 その囁きも遠くなる。頬に添えられていた手は下顎を掴みそのまま青嵐の顔を上に向かせる。いつもの腹黒い笑みではなく、邪気のない笑みを浮かべた紅の顔が見える。

「君はただ寝ていればいい。本来なら、君は知らなくていい事で――に関わる必要もない」

 一部聞き取れなかった。聞き返す余力もない。

 青嵐はそのまま意識を失った。


 何度目か分からぬ、紅が何もしなくとも決まっていた眠りに落ちた青嵐を横たえる。

 火鉢の火を落とし、熱燗と御猪口を片付ける。

 さて、本当の用事を手短に済まそう。


 立春間直とは言え、雪が振っている中を歩くには防寒着が必要となるほどの寒さである。

 青嵐と話していた時の格好のままスニーカーを突っ掛けて、雪で白く染まった道を、眠りに着いたままの青嵐を抱えて歩く。

 吐く息が白い。寒さが身に染みる。体温が少しずつ下がって行く様な感覚。頭に降った雪が紅の体温で溶けて、彼を濡らす。無風で良かった。

 だが、それに意味はない。

 この力を使えば、この程度の雪など――

(何を考えているのだろうな)

 力の本当の意味に気付いたのは何度目か。

 世界の仕組みに気付いたのは何度目か。

 多くの『何度目か』に気付き、今まで動いて来た。

 終わりは近い。悔恨無く行けるのか。これ以上の失敗は許されない。

 何より、

「・・・・・・、すぅ」

 これ以上の負荷は彼女が持たない。最悪の展開が頭を掠める。気力で振り払う。あれはもう見たくない。今回で、必ず成功させる。

(けれども、それでは)

 そう、彼が報われない。

 身を粉にして来た彼が報われなければ、彼女は何度でも望むだろう。例え、己に何が起きても。だが、彼女が救われなければ、彼は報われない。

 それ所か、彼が報われても彼女は悔恨を残す。

 多くの難題が紅の前に転がっている。

 それら全ての解決は不可能だ。出来たと言うのなら、それは奇跡としか言いようがない。

 奇跡は起きない。例え起きても、彼らが潰すだろう。

(どちらにせよ、必要最大限の事はしなくては意味がない)

 必要『最低限』ではなく必要『最大限』の事を常に続けなければならない。今までの計画達成率からするに、今回が最初で最後となるだろう。

 要は五百年前の二の舞にならなければいいのだ。

(俺はあいつではない。必ず成功させる)

 決意はここにある。

 紅は秋津の里で禁踏とされている区域に入った。

 更に進み、洞窟を抜け、近空洞に到着した。

 紅の到着を歓ぶかのように、灯りである青白い炎が視界の端で独りでに灯る。

 二重の円と九芒星が描かれた地面の中央に台が在るだけと言う、シンプルな祭壇だった。

 台に青嵐を寝かせる。準備はそれだけで済んだ。

 元より、必要な道具など存在しない。

 己が持っている[冥]を行使する為に右手に集中する。闇よりも深い黒い何かが紅の腕に纏わり着く。

 秋津が[冥]と呼んでいるその力に色など存在しない。

 青桐の[氷]も同様だ。

 では、この黒いものは何なのか?

 その答えを紅は知っている。

 これこそが本来の姿だと。

 球体となったそれを青嵐の上に運ぶ。


 青嵐の身体が跳ねた。


 球体から手を離す。重力に逆らい、落下せずにその場に漂う。

 一度、手順を確認した。今までに何百回と行っている事だが、念を入れて確認する。

 これ以上の失敗は許されない。

 今回で成功させなければならない。

 軽く息を吐いてから実行した。

 後戻りは出来ない。失敗は許されない。

 残された時間は少ない。

 この二年間が、これまでのどの二年間で最も成功に近く、多くの欠点を孕んでいる。それでも、紅には迷いが無かった。

 存続よりも生かす事を優先する。

 紅が彼から受け継いだ唯一の願いを叶える為に。


 青嵐を連れて離れに戻った。運良く、彼女は離れに着いた頃に目を覚ました。

「先の事は他の者には内緒だ」

 母屋に戻る間際に紅はそう言った。それには異議はない。

「夜明けに動く。それまでに万全にする様に」

「お前もな」

 それを最後に二人は分かれた。

 夜明けまで後数時間。

 雪は止んでいた。


 夜は明け、紅を先頭に六人が秋津の里を出た。


 翠石の里は秋津の里から車を使って十数時間の所にあり、早朝に秋津の里を出たにも拘らず、翠石の里に着いたのは日が完全に沈む少し前である。

 車を安全な所に止め、運転手にもここにいる様にと言い付けた紅を先頭に森の中を歩く。

 夕闇が支配する森の中、罠の類があると警戒したが何もなく、罠以前に張られてあった筈の結界もない。

(戦の準備が整ったからか。あるいは逃げ出す準備が終わったのか)

 どちらにせよ、行って見なければならない。

 無言で森の中を歩き、

「!」

 何かに気付いた青嵐が抜刀した。

 金属同士がぶつかる音。青嵐は獣の様に動き、草むらの中に消える。

 その音で、紅を除く四人に緊張が走る。

 金属片が地面に落ちるよりも先に、

「がっ!?」

 くぐもった声と、何かが倒れる音が聞こえて来た。

 数秒後に、青嵐が何事もなかったかの様な顔をして草むらから出て来た。

 四人の男達は息を呑むしかなかった。

 自分よりも小柄な青嵐。戦闘能力、身体能力、共に自分達よりも遥かに上回っていると再確認する事になった。

 紅が暗闇に向かって何かを投げる。

 湿った音が届く。

「がっ」

 空気が漏れ、何かがまた、倒れる。

「連中はこの先で待っているな」

 紅が独り言の様に呟く。

 何も言う事がないのか青嵐は抜刀したまま佇んでいる。

「行くぞ」

 誰も何も言わなかった。


 二つの白刃が華麗に舞い、

 何かが何かに突き刺さる音が響く度に、

その度に空気が漏れる音が響く。

「っ―――――」

 一人がまた斃れた。


 異様に数の少ない翠石。

 その理由を考えずに先に進む。

 すれ違う者を切り伏せる青嵐と紅。

 四人の付き添いの男は何の役にも立っていなかった。

 ただ、青嵐と紅の舞を見ているだけとなっている。それでも、両手に持った拳銃を手放さずに持って、辺りを警戒している。ここが敵地であり、自分達の本来の仕事が何なのかだけは忘れていない様である。

 茂みを掻き分けると、日本家屋が見えた。

「母屋かな?」

 紅は頭に浮かんだ疑問を口にするが、例外を除いて誰も口を開こうとしなかった。

 そして、その例外とは、近くに樹がないかを探し、すぐに登った青嵐である。

「離れだろ。奥にもまだ建物がある」

 常人よりも夜目が利く青嵐は目を細めて遠くを見る。

「広いか?」

「広い」

 紅の質問に即答する。敷地の広さは青桐、秋津の里とほぼ同等だが、屋敷の大きさはいくらか翠石の方が大きい位である。

「特攻か?」

アナクロな、と青嵐は紅を見る。紅はそれに対して口元を歪めて応える。

「無論」

 その一言で青嵐は木の枝から飛び降り、

 紅は先陣を切って走った。


 屋敷内は無人だった。土足で上がり、部屋を一つ一つしらみつぶしに調べながら奥に進む。

 しかし、誰一人として部屋にいない。

 現在二十数室調べたが、どの部屋に綺麗に掃除がされた後で、埃一つ落ちていない。

(撤退した後か? なら、先の者達は雇った者達か)

 紅はいくつかの事を考えるが、どれも違う、とあっさりと捨てる。

 先頭を歩くのは青嵐。打ち刀の柄で、器用に襖を開けて中を見る。数秒見ただけで、次の部屋を見る。

 それを何度も繰り返し、奥に進む。


 先頭を切って走り、部屋を調べていた青嵐は十を越えた時点で数えるのを止め、ただ見て行くと、

「!」

 矢が飛んで来た。矢の半ば辺りを斬って落とす。

 そして、反射的に棒手裏剣を打つ。

 しかし、重く硬い何かに突き刺さる音が聞こえただけである。

「?」

 不審に思った青嵐は矢が飛んできた方に歩み寄る。

そこには、誰かが人を引くと矢が放たれると言う罠があっただけである。

(全員撤退したのか?)

 これではもう、奥に行かねばもう分からない。

 青嵐は先を急いだ。


 翠石緑紗は、静かに茶を飲んでいた。

「ふぅ」

 それは死を覚悟した者の顔。

 今飲んでいるお茶は、正に『最期の一服』と言う事である。

 平行世界からの攻撃が出来なくなっている事に気付いたてから数時間が経過していた。誰にも話していない。囮の任を与えていた者は犬死に等しい死を迎えているはずだ。

 今頃攻撃準備に入った者達も慌てふためいているだろう。

 廊下から誰かが近付いて来る気配を感じた。

 人の気配に敏感なのは幾ら年を取っても変わる事はない。逆にどんどん鋭くなって行く。それはこの家に生まれた性か。

 音もなく襖が開く。

 両手に打ち刀を持った青嵐である。

「ようやく来たか。青桐の者」

 青嵐は何も言わない。目の前にいる老婆はただの殺す敵。そこに情けや情はいらない。

 例え、身内であっても。

 いや、身内ならばなおの事である。

「他の者は皆帰らせた」

 緑紗は独り言の様に、語る様に、呟く。

「まさか、この様な手段で出るとはな。流石、秋津の若当主と言った所か」

 それに、青嵐は何も言わない。

 喉元に右手に持っている打ち刀を突き付ける。

 しかし、緑紗の口は閉じる事を忘れた様に動く。

「わしの代になってから、三十年。この様な結末も悪くはないのう」

 刃の冷たさが、皮膚越しに伝わって来る。

 グ、と青嵐が少し力を込めると、喉の皮膚を浅く裂け、血が滲む。

「青桐の若造に伝えておくれ。そなたを殺れなくて残念じゃった、とな」

 緑紗は、そこで口を閉じ、両の目蓋を下ろした。

 それを合図と取った青嵐は、そのまま突き出す。

「待った」

 紅がそこで割って入った。

 紅は、緑紗に突き付けられている方の打ち刀の柄を、小さな青嵐の手の上から握る。

「なぜここに誰もいない?」

「そこの小娘に話しわい。知りたくば、小娘から聞け」

 緑紗は目を閉じたまま言う。

 青嵐は無言で紅を見る。

 その視線に気付いた紅は、頭を横に振り、

 片手に提げていた、太刀を構え、鯉口を切った。

「死して、無に還れ。翠石緑紗」

 居合い切りの要領で、

 一刀の許、

 翠石緑紗の首を刎ねた。

 血が辺りに飛び、壁や畳を血の真紅に染め上げる。

 紅は血振りをしてから、鞘に収める。

 青嵐は血で紅く染まった壁や畳を見る。

 一瞬だが、あの時の光景が頭を過ぎる。

 そして、かつて慕っていた―――

(! 何を考えている。馬鹿か私は)

 二度と思い出さないと決めた事を思い出そうとした自分を叱咤し、

 同時にある事を思い出す。

(そう言えば、私が秋津と組んでいられるのは翠石を撃ち滅ぼすまで)

 その翠石はたった今当主である緑紗を討ち、

 他の者は皆別世界に退去している。

 青嵐にとってこの後どうするかが最大の難問となる。

(流浪の生活を――――。何て無理か)

 大人しく青桐の里に戻るか、と思案するが直ぐに捨てた。

 一方、

(大体は終わったが、すぐに青桐と殺り合うのには無理だな)

 紅はそんな事を思っていた。

 翠石との全力戦。幾ら青嵐が戦力に加わったとしても、士気を上げる位にしかならない。

 秋津の里にいる者の戦闘要員の半分近くが減っている今、青桐と直に戦う事は出来ない。

 それは、秋津の所にいるとある者が青桐の里に戻ったら、の話であるが。

 紅はそのとある者を見る。

 その者もこれからどうするかを考えている。

(ここは)

 口元を一瞬だけ歪める。手駒ならぬ、手札である。

「青桐」

「?」

 青嵐に紅は一つのとある事を提案した。



 天原です。ここまで飽きもせずに読み続けていただきありがとうございます。

 翠石編終了です。紅が何だか黒い。いつも通り(?)の青嵐。影が薄いぞ藜。何て作者も思いつつ、話は続いていきます。

 

 高校時代に書いていたものを手直しする作業は思ったよりも進まず、「滅茶苦茶省いてるな」「誤字満載?」「造語のオンパレードだー」などと読んでいると時間が過ぎていく。――正直に言うと書いた本人であるにもかかわらず恥ずかしくなって来る。何でだろう。


 次回、影の薄かった藜が何をしていたかのちょっとしたお話。

 ちなみに藜は調べ物の真っ最中。紅が知りたいものを調べていれば見逃されるんじゃないかと思っている今日この頃。

 日常の変わり目ってどこなんでしょうね。

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