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第一部 始

 青嵐が高校を卒業してから半年と言う時間が過ぎ去り、季節は秋になろうとしていた。


 山の中を走り抜ける。

 両手には愛刀の打ち刀が一振りずつ。

 後ろには、謎の追っ手が十人程度。いや、前にもいる。

 遭遇した当初は、秋津と言う敵対している一族の追っ手かと思った。

 だが、秋津に追っ手にしてはやり方が違い過ぎる。

 まず、一人に対しての数が違う。秋津であれば数人程度だが、追っ手の数は十数人。

 青桐よりも数が圧倒的に少ない秋津がする事ではない。

 次に、秋津にしては行動か短絡的過ぎる。

 囮としてふら付いていた、青嵐に十数人で来るのは間違っている。

 青嵐が知る限り、現当主と言われているあの男の指示である筈が無い。

「はっ」

 ポケットに入れていた小石を後ろの連中に投げ付ける。もちろんただの小石ではない。[氷]を予め込めてある小石だ。大抵の秋津の者であれば、これが当たるとまず怯む。それは対の力を持つからだ。

 しかし、

「!」

 怯まない所か、飛んで来た石を手で払って、追い駆けて来る。

(どう言う事だ?)

 小石が当たっても怯まない。と言う事は、

(秋津が雇った傭兵か?)

 だが、傭兵にしては動きが遅く、連携らしい物も取っていない。

 遅いとは言ってもそれは青嵐の認識である。

 青桐の者である青嵐の身体能力は、人としての限界近くまで鍛え上げられている。その認識で遅いと言っても、常人からすれば追っ手は速い方なのだ。

 走るペースを上げて、近くの樹に向かって跳んだ。

「!」

 後ろで息を呑む気配があった。青嵐の行動は突発的な物ではない。

 青嵐は樹の幹を踏み切り板の様に踏み付けて、捻りを加えて、今度は追っ手の頭上を跳び越す様に後ろに跳んだ。

 着地と同時に立て続けに銀色が閃き、くぐもった声が上がる。

 その閃きは僅か一分ほど。

 後ろの追っ手は消えた。次に―――

「せいっ、はっ」

 裂帛の気合が二つ。前にいた数人が倒れる。

 動かない事を確認してから愛刀を鞘に収め、誤魔化す為に持ち歩いている竹刀袋に入れて走り出す。


 夜が明ける前に、帰る所である、屋敷に着いた。

「・・・・・・あー、いいか」

 ただいま、と言って入らない。いつからか、黙って入るのが常となった。玄関で彼女を待っていたのか一人の男が立っていた。

「お嬢、戻ったんですか」

「今」

 顔に傷はあるが、体格のいい、常人が見れば『いかにも頭にやの付く自由業の方』としか見えない男である。

 青嵐は一言言って、脇を素通りする。

「お、お嬢。待って下さい」

 男は青嵐に自分と話す気がないと言う事に気付いて慌てて止める。

「?」

 足を止めて振り返る。よく見れば、男は紙切れを持っていた。

「お嬢、翠石と言う一族をご存知で?」

「いや」

「そうですか・・・・・・」

 やっぱり、と呟く。先がないのであれば行く。だが、夜中の連中の事もあるので、先があるのかを待つ。

「ややこしい話になります。平行世界――分かりますか?」

「一応。関係は?」

「翠石は、並行世界を渡る力を持ち――」

「それくらい知っている。その先は?」

「は、はい」

 男に先を促す。重要なのはその先なのだ。

 並行世界――合わせ鏡の様に無限の可能性を持ち、連なる世界の事を指す。別の結果で成り立つ世界と呼ぶのが、この場合正しいか。

 そして、翠石と言えばその並行世界を渡る事しか能がない一族として耳に入れている。

「翠石がこの世界に来ました」

「いつ?」

「それは不明です。ですが、秋津と青桐に関係のある所を襲撃しており、一葉いちば様も昨日 会われた(おそわれた )と」

「それだけ?」

「いえ、藜様がお嬢を探しておりました」

「・・・・・・そう」

 藜の名が出て来たので、青嵐は足早にその場を去る。背に声がかかる。

「お嬢! お館様へのご報告は!」

「その内する」

 報告と言っても、翠石の襲撃に遭った事しかない。

 行き掛けに風呂に入り、寝る為に、離れの自室に向かった。


「ん?」

 自室の入り口である襖に手を掛けた瞬間、誰かの気配を感じた。

 竹刀袋から愛刀を出す。左手で勢いよく開ける。

 スパン、と小気味のよい音がした。

「おい」

 部屋の中にいたのは、二十代前半の男だった。

 少しばかり日焼けした肌と、肩下まである黒い髪は一本に結われている。少年の様な顔立ちであるが、大きめの瞳なので中性的な印象を持つ男。

 その男が部屋であろう事か、押入れを物色していた。

 何をしていたかは、大体見当がつく。衣類ではないのは確かだ。

「藜」

 鞘を払う。込み上げて来る怒りを抑える気はない。

 男――藜は通じない言い訳を言い出し後退りをする。

「いなかったもんだから」

「だから?」

「徹夜続きだったんで」

「で?」

「鞘に収めないのか?」

「時と場合による」

「今がその時なんじゃ?」

「それを決めるのは私」

「こ、こっちにも決定権があるだ――ろっ!?」

 青嵐は藜が言い掛けている途中で切りかかった。藜は剣風を顔面に受けて仰け反る。

「・・・・・・」

 そのまま立て続けに振るう。藜の悲鳴は完全に無視し、襖へと追い詰めて行く。最後に蹴り出して、

「二度と来るな」

 追い出し文句と共に、用心棒を襖に張る。

「ちょ、ちょっと待て! 青嵐! 青嵐!!」

 藜の声は届かなかった。

なぜなら、青嵐は既に寝巻きに着替え、蒲団を敷いて眠りに就いたからだ。僅か一分足らずの事であった。

 

 締め出された藜は、襖に寄り掛かった。懐に入れて置いた札の片割れはどうにか押入れの襖の裏に張る事が出来た。後々に剥がされなければ良いが。

「はぁ」

 口から漏れるのは溜息。

(少しは愛想良くしてくれてもいいのに)

 しかし、青嵐は自閉症的傾向がある為、常に単独行動、静けさを好み、人と関わるのを嫌う、現代からすると珍しい性格の少女なのだ。

(俺が嫌われるのは分かるけど・・・・・・。改善法がないからな)

 改善の方法はない。作った覚えはない。

 少なくとも、一族ぐるみ(例外はいる)で青嵐はこうであると、認識している限りは。

「藜様、お嬢は?」

 階段の方から先ほどの男と、

「青嵐は寝ちまったのか?」

 長身だが、四角い体格の青嵐と同い年ぐらいの青年が来た。

「ああ。さっき剣で締め出しを喰らった」

「大丈夫だったんですか?」

「一応何とか」

 青年は念の為、襖をノックする。

「青嵐。起きているか?」

「・・・・・・」

 返事はない。二度三度とノックをする。だが、返事はない。変わりに衣切れの音がするが。

「青嵐――」

 藜が襖に手を掛ける。

「?」

(軽い。・・・・・・まさか)

 そのまさかであった。襖が勢いよく開き、

「うわっ!?」

 薙刀の穂先(真剣)が飛び出して、青年の鼻先の皮一枚を押す程度で止まった。

「何だ、一葉か」

「よ、よう、青嵐」

 寝巻き姿の青嵐は取り敢えず穂先を突付けるのを止め、

「何?」

「お館様が呼んでいる。連れて来いって言われた」

「あそ」

 一歩下がって襖が閉められる。

「待った!」

 襖が閉まる寸前で手を差し込んで防ぐ。

「今直ぐだから」

「えー(棒読み)」

「えーじゃない。ほら」

 襖を開けて、薙刀を取り上げ壁に掛けて、寝巻き姿のままの青嵐を引っ張る。

「着替えてない」

「後ろを向いているから早く」

 青年――桐一葉は背を向ける。

「あんたらも」

 残りの二人にも言い付けて、青嵐は普段着に着替える。ちなみに襖は一葉が身体を張って閉まるのを防いでいる為閉められない。

 衣切れの音がしばらく続き、

「終わった」

 着流し姿の青嵐が出て来た。一葉は服の乱れを直してやった。

「早く」

 一葉は今度こそ、青嵐の手を引っ張りお館様――青桐現当主である青桐麻佐の元に向かった。

「て、俺も話が・・・・・・」

「お館様が先ですので」

 藜は傍らにいた男―――狭霧に両肩を掴まれて、止められた。


 母屋の縁側を歩く。庭から青嵐に向かって冷たい視線とひそひそといき畏忌の声が届いた。目だけを動かして見ると、数人の男女がいた。

「あれ青嵐じゃない」「本当だ」「何でもまた()って来たんだって」「お~おっかねぇ」「あんな顔でよくもまぁ出来るもんだな」「本当ね」「まったく」

 その声は一葉にも聞こえたらしく、その男女に侮蔑の視線を送る。

「最前線にも出られないくせによくもまぁ、あんな口が利けるな」

「経験していないからあんな事が言える。一度でもほっぽり出せば考えは変わる」

「そう言うもんか?」

「ああ言う輩はそんな馬鹿しかいない」

 一葉に手を引かれる青嵐は、それしか言わない。

「だけど、言われ続けていいのか」

 一場の不満は分かるが、肯定はしない。

「気にしても意味はない。無駄」

「分かってはいる」

「? じゃぁ、何が不満?」

「・・・・・・陰口ばかりで、少しも青嵐の事を考えないで、何がしたいんだよ、あいつらは」

 眉間に皺が寄り、顔が険しくなる。

「私は気にしていない」

「そういう問題じゃない」

 声が荒くなり始めている。怒りが相当積もっているらしい。青嵐は一葉に聞えない様に呟いた。

「しょうがないでしょ」

 青嵐は『この家の人間は馬鹿ばかりだから、気にするとあいつらの仲間入り』と、割り切っているが、一葉の怒りは分からなくはない。

 でも――

(何でこうなったんだろう?)

 過去を振り返る。青嵐がそうであると割り切り始めたのは遡って見ると、小学校に上がる前になる。

(あの頃、だな)

 十年近く昔。今まで振り返る間もなかった為よく覚えていない。

「青嵐」

「?」

 一葉が止まっている。お館様――青桐現当主である麻佐の部屋に着いたのだ。障子越しに一葉は声を掛ける。

「失礼します。お館様、青嵐を連れて来ました」

「そうか」

 中から巌の様な声が聞こえ、二人は中に入った。


「報告は以上です」

「うむ。しかし、翠石がこの世界に来るとはな」

 現当主――青桐麻佐は六十過ぎの老人であるが、座っている体格を見ても、まだ『現役』と言う言葉が付く。

 正座をして向かい合うが、その威圧は常人なら逃げ出すほどの物。現に同じ一族の者や分家の桐、狭霧、垂氷、蜩の当主でも、麻佐の威圧を嫌っているのだ。

 一葉も苦手としているが、青嵐は毛ほどにも感じない。暫しの間思案し口を開く。

「青嵐。当面の間一人でふら付くのを禁ずる。ふら付くのであれば最低でも二人以上だ」

「はい」

 青嵐は目を閉じて適当に答える。

「それと、藜様のお相手を最近していないと耳に入れたのだが」

「人の部屋に忍び込み――それ所か押入れを物色する様な者の相手などしたくはありません」

 青嵐はきっぱりと閉じていた目を開き、麻佐を見据えて答えた。

「そうか」

 青嵐は自分の考えを曲げない。それはよく知っているつもりである。

「だが、たまには話し相手でもする様に」

「・・・・・・分かりました」

 青嵐の返事は大抵が『はい』なのだが、『分かりました』となると嫌がっていると言う意味になる。

「では」

 腰を浮かした青嵐を麻佐は止めた。

「待て、まだ話しがある。今度は青嵐お前に関する事だ」

「私に?」

「最近秋津の者がお前の事を調べている。どう言う事か分かるか?」

 青嵐はその場に座り直し答える。

「私を利用しようと企んでいる?」

(そんな事を考えるのは、あいつしかいないな)

 青嵐の脳裏に、一人の男の姿が浮かび上がる。

 男と言うには中性的過ぎて、逆に女と言った方が、しっくり来る容姿の男だ。

 麻佐は一度頷き続ける。

「そうだ。気を付けろ。秋津の当主は、外見こそまだ若造だが、頭は回る」

「・・・・・・」

(あいつじゃないな)

 一言で否定する。あの男が秋津の当主であるとは聞いた事が無い。

「それだけだ。行ってもよい」

 言われた通り、青嵐は一葉を残して部屋を出た。


 残された一葉は後を追う様に立ち上がるが、

「一葉」

「は、はい?」

 突然、麻佐に声を掛けられた。思わず固まるが、

「頼むぞ」

 麻佐の声は固くはなく、親の様な調子であった。

「はい」

 一葉は力強く答え、部屋を後にした。


 青嵐は部屋には戻らず、草履を引っ掛けて庭に出た。

 よく昼寝をしている所――と言っても樹の枝だが――は人口溜め池の傍である。いつもの樹の下に行くと一番近くの枝に跳んで掴まり、そのまま逆上がりの要領で枝に乗る。

 さらにその上の枝に移り、幹に寄り掛かる。

 顔を上げれば、蒼穹。

 見下ろせば、澄んだ水を湛えた池。

 日は暖かく、風は心地よく、青嵐は眠りに就いた。


 その同じ空の下、もう一人の男も縁側から空を見上げていた。

 女性と見間違えるほどの容姿の男である。

 午前中であるにもかかわらず、酒を水の様に呷っていた。

 人が歩く音が僅かに耳に入る。男は盃を置いた。

「お館様」

 一人の体格のいい男が歩み寄って来た。

「話せ」

 男――いや、秋津現当主である――秋津紅は報告に耳を傾けた。

「ご報告申し上げます。青桐の者と翠石の者がり合ったと」

「生き残りは?」

「青桐の者が一人。翠石は全滅です」

「青桐は始め何人いた?」

「小娘一人です」

「その者はやはり」

「お館様から先日調べよと仰せ付かった、小娘です」

「そうか」

(よくもまぁ、るな。あいつ)

 報告にあった小娘――誰なのか予想を付ける。

 報告を終えた男は不安げに紅を見る。紅もその視線に気付いたらしく、尋ねる。

「どうした?」

「い、いえ。ただ――」

「? 何だ?」

 口ごもる男を不思議そうに紅は見る。

「ただ――この小娘をどうするおつもりなのですか?」

「使う。翠石に対して、な」

「翠石に、ですか?」

「ああ。どの世界でも、秋津と青桐が翠石に滅ぼされた原因は単体で戦ったからだ」

「と、申しますと?」

「分からないのか。単体で戦っては 滅ぼされる( まける)。ならば、これを覆すには、青桐の者を使うしかない。そう、[冥]を持つ秋津と相反する[氷]を持つ青桐の者を」

「敵を味方に引き込む気ですか」

 誰もが一度は考え諦めた事を、出来ると言い切った紅を男は我を忘れて見た。思わず発した言葉がこの男を咎めている事にも気付かない。

 勝利と一族のプライドを天秤に掛ける事もせず、勝利に手段を選ばない。

 生まれながらにしての異端児にて、一族最後の忌み子であったが故に当主に選ばれた男の考えは未だに理解出来ない。

「他にもまだ何かあるのか?」

「いえ。これにて下がります」

 男は紅から逃げる様に下がった。

「・・・・・・」

 見送った紅は、盃を手に取り、酒を煽り始めた。


 ガヤガヤ、と騒がしい。閉じていた目を開けばそこは半年前に卒業した高校の教室だった。

 机に目を向ければ、問題集が開いている。

「真面目だな」

 自分にそんな声を掛けて来るのは、一人しかいない。

「・・・・・・」

 無視して、問題を解く。視界に手が入る。じっとりと睨むと声を掛けて来た男子生徒は薄く笑う。その笑みは何度見ても熟した女性の様だ。

 しかし、こいつは男である。

 前に一度遠回しに、女と言った事もある。

「いっその事だから性転換でもしたら?」

 確かそんな台詞だった。

 そんな事を言えば、その男子生徒は、

「性転換? ああ、それはそっちがやるんだろう?」

 と返して来る。それもいつもの事だが、無闇に返すと周りから夫婦漫才と言われかねないので、一瞥で黙らす。

「はぁ・・・・・・」

 青嵐を無視して彼女の机に腰掛ける。まだ妨害をする気らしい。

「机から降りろ。邪魔」

「そうきっぱりと言う事もないだろう?」

「きっぱりと言わないと、下がらないのはどこの誰?」

「さてね?」

「・・・・・・」

「・・・・・・ふ」

 余裕の笑みを返して来る。体育の授業で護身用術がどうのっってやっていた時、私はこいつ相手に普通に殴り合いをしていた。

 その時教師から止められなかった。それ所か、こいつと一緒に空手部に入部しろとしつこく誘われた。そんな物は一瞥で却下した。

 でも、どうして今こんな事を思い出すんだろう?


 ペチペチ、と頬を叩かれる。

「ん・・・・・・」

「いつまで寝ている気だ。起きろ」

 聞きなれた男の声。この声は確か――

「おい」

 肩を掴まれて前後に揺さ振られる。だが、頭の方が眠りを欲しがっているので、手を払う。

「いい加減、もう起きろ。昼だぞ」

「・・・・・・るさい」

「は?」

 次の瞬間、青嵐を起こそうとしていた男は枝から突き落とされた。

「うわっ!?」

 突き落とされても、足で着地している。音で分かった。

「青嵐!」

 無視して再び寝る。

「?」

 また枝が揺れる音が聞こえる。

 しつこさに呆れる。

 僅かな衣擦れの音が真下から聞こえ・・・・・・る?

「――――!!」

 音の意味を理解した青嵐の意識は完全に覚醒し、

「――この、変体!」

 言うよりも早くボディブローを叩き込んだ。

「ぐはぁっ!?」

 拳は相手の鳩尾に入り、男は枝から落とされ、背中から地面に激突した。

 紐を掴むが何もされて無い事に気付く。どうやら、別の物を使って耳元で音を立てていた様だ。

「馬鹿! スケベ! 変体! もう五回死んで来い!」

 既に一度死んだ事のある者に言う台詞ではないが、青嵐はそう叫ぶと、地面に大の字になっている男――藜の上に飛び降り、マット代わりに踏み付け、

「ぐ、げほっ」

その場から去った。

「せ、青嵐~~~!!」

 青嵐は一度も振り返らなかった。


 半前の事を夢で見たからか、麻佐が言っていた事と、あいつがしそうな事が重なっている様に思えた。

(まさかな・・・・・・)

 そんな事はないと根拠は何もなかったが、それで打ち消した。

 あいつ――秋津紅は、そんな馬鹿ではない。そうである筈。

「青嵐―!」

 後ろから藜が追い駆けて来る。

 彼――藜は他の者からは、様付けで呼ばれている。

 無理もない。

 藜は過去の人間で、青嵐の前世に当たる者なのだ。

 藜の実力は麻佐以上。これで文句を言う者はいない。

 藜に向かっては。

 その藜が今ここにいるのは、青嵐の魂を半分にして、片方は青嵐の物とし、もう片方は藜の物とした。魂の分割は高等技術であり、失敗する事が多かったが青嵐と藜に限っては成功した。

 肉体は蜩家が作り、藜はその作り物の身体に十年以上も入っている。そして、藜の魂とした半分から、前世の意識を呼び出したのだ。

 古くから行われていたのか何の支障も無く、藜の意識の呼び出しに成功した。

 その結果、過去最強とまで謳われた藜が来た事で、その生まれ変わりである青嵐もきっとそこまで出来ると、常に最優秀な結果を出すまで、青嵐にあれこれと強制してやらせた。

 これで、青桐の者達は、青嵐は当主である麻佐に忠実になると思い込んでいた。そう、八年前の事件が起きるまでは。

「何で人を突き落とすんだよ!」

 青嵐の横に追い着いた藜は直に、文句を言い出した。それに対して青嵐は無表情に返答する。

「自業自得」

「自業自得って、頼まれて来ただけだって」

 しかし、青嵐には言い返しの文句を持っていた。

「紐の事は?」

 より正確には衣擦れの音である。

「うっ」

 じっとりと彼を睨む。藜は背が高く、百八十五センチほどあり、対する青嵐は百五十センチ。物差し一つちょっとの身長差。

 顔を上げて藜を睨み続けると、首が疲れる。

 固まった藜を放って置き、青嵐は歩くペースを上げる。

「あー」

 少し考えながら、歩くペースを青嵐に合わせる。

「ああでも、しないと青嵐は起きないだろ?」 

 少し考えたにしてはまともな答えである。

「だ・か・ら?」

 言葉を強調して、さらに視線で攻撃する。

「あーそれはー」

「それは?」

「・・・・・・」

 藜は再度凍り付いてしまった。

 母屋に着くまで、藜の顔は凍り付いたままだった。


 正午前後になると食堂扱いされている居間には数個の御膳と数人が静かに食事をしていた。もちろんその中には青嵐と藜も含まれている。

 しかし、居間が静かなのは、

「――――」

 不機嫌さを隠さない青嵐がいる為であった。隣の藜が口を開こうとすると、無言の怒りと殺意を込めた一瞥を与える。

「ランちゃんどうしたの?」

 この面子で青嵐をその名で呼ぶのはただ一人。彼女の向いに座っている二十代後半ほどの女性。空気を読めと非難の視線が集中する。

「その呼び方は止めてくださいと何度言えばいいんですか?」

「あはははは・・・・・・」

 女性は、一先ず苦笑気味に笑い、本題に入る。

「さっきから不機嫌なのは――」

「隣の男に聞けば分かりますよ」

 女性の台詞が終わる前に、青嵐は答える。女性は今度こそ苦笑し、

「藜様♪」

 極上の笑顔を藜に送った。当然音符付きで。

 青嵐の隣で味噌汁を啜っていた藜は、台詞の最後に付いた音符に、

「っ、っ、っ、っ」

 むせ返っていた。女性はその反応を見て、和やかに笑い出した。

「ふふふ。藜様、青嵐も、もう年頃なのですからそういう事は控えないと、いい加減、試し切り用の巻き藁にされますよ」

 さり気なく恐ろしい事を言ったが共に食事をしていた者達も頷いていた。

「あ、ああ」

「前にも言いましたね」

「そうだったか?」

 孤立無援となった藜はぎこちなく笑った。今ここで青嵐を怒らすのと、一ヶ月どこかに旅に出てしまうのだ。それは防がなくてはならない。

 助けを求める様に、一番遠くで食事をしていた一葉を見るが、一葉は藜を無視して湯飲みに入った食後の熱い緑茶を啜っていた。

(万事休す)

 こうなっては、藜の味方はいない。

 どうするかを考えていると、

「ご馳走様」

 青嵐が箸を置いた。御膳を台所にまで持って行き、別道を通って、居間から出て行った。

 居間にいた者達はほぼ同時に重苦しい溜息を吐き、視線を藜に向ける。

「努力はする」

 今度こそ静かに味噌汁を啜るが、

「時と場合が付くんじゃありませんか?」

「うぐぅっ!?」

 具を喉に詰まらせた。

「何をしているんですか?」

「っ、っ、っ、っ、っ」

 さっきよりも長くむせ返っている藜を見た女性は、席を立ち藜の背中を拳で叩いた。当然と言うべきか、

「ぐはっ!」

 喉のつっかえは取れたものの、女性は藜の背中を容赦なく、殴ったのだ。

「いづぅ~~~」

 少々涙目となって背中をさする藜。女性は何事もなかったかの様に席に戻る。

「本当に頼みますよ」

「・・・・・・はい~~」

 背中の痛みに耐えながら、藜は半分涙声で答えた。


 その後、一葉に背を見て貰った所、背中に拳大の痣があった。


「何? 愛刀を常時携帯したいだと?」

 青嵐はコクリ、と頷く。

「うむ」

 唸り声を上げて考え込む麻佐。

 秋津の者が青嵐を狙っているのだ。人を付けるつもりだったが、

(八年前のあれもある。・・・・・・下手をすれば、青嵐はこの家を捨てる)

 八年前――それは突如起こった、青嵐をこの性格にした事件。

 あれさえなければ、青嵐はもっと言う事を聞いてくれる子だった、と麻佐を除く青桐の大人は皆嘆いた。

 そして何より――

 とは言え、それを引き起こしたのも、大人達である。

 今日の今日まで、青嵐がこの家を出なかった事事態が奇跡に近い。

「よかろう」

 麻佐は考えをまとめ、それを許可した。

「ただし」

 だが、只では許可はしない。青嵐もそれが分かっていたらしく、よいと言われても直には喜ばない。

「条件が?」

 麻佐が言い掛けた事が何であるかを悟った青嵐は続きを促す。

「携帯は一人でいる時だけだ。二人三人でいる時は携帯するな」

「はい」

 渋々であるが青嵐は答え、彼女の意見は受け入れられた。

 青嵐は席を立ち、部屋から出る。麻佐はそれを何も言わずに見送った。


 数日後。事が動いた。

 外出用の服に着替える。

 竹刀袋には一振りの太刀。上着のポケットには固定式のナイフが数本。少し湿った布を袋に入れてからポケットに仕舞う。

置手紙を机の上に置いて、部屋を出て、玄関に向かう。

山の中を歩くので、足首を固定する様なブーツを履く。

 音もなく玄関を開け、外に出る。

 家の者に気付かれると動きにくい。


 一人の少年いや、青年が家を出た。


 時刻は深夜。青白い満月はガラス細工の様にも見える。

「・・・・・・」

 母屋から離れた木々に囲まれた湖の畔で、青嵐はぼんやりと佇んでいた。

(どうしてあんな事をしたんだろう?)

 昼間、またもや陰口を叩かれ無意識に叩いた者を殴った。

 なぜ殴ったのか。それは青嵐自身も分からなかった。

「・・・・・・」

 腰を下ろし、手元で愛刀の柄を弄ぶ。

 ざぁっ、と一陣の風が吹く。長い髪も風にさらわれる。


 それに紛れて、楓の葉が宙を舞った。


「?」

 この辺りに楓の樹はない。そうであると記憶している。楓の樹を見るには、山三つほど先の秋津の里に行かなければ見られない。だが、楓は今目の前で宙を舞い、湖の水面に落ちた。

 風は左から吹いた。左を見る。

「!?」

 一人の女性を間違える顔立ちの青年がそこに立っていた。

 突然の出来事に、青嵐は目を見開いたまま青年を見上げる。

「そんな顔をしなくてもいいんじゃないか?」

「――」

 半年前まで、よく顔を合わせていた青年は、見間違えるほどに女性の様に笑う。

「――」

 来る筈のない青年の登場。

 その青年を青嵐は嫌っていた。しかし、三年間も同じクラスになり、互いに友達がいなかったので話し相手になっていた青年。

「――秋津紅」

 手に持っていた楓の葉を捨て、青年――秋津紅は笑顔のまま一歩、また一歩と近付いて来た。先ほど風に紛れて舞った楓の葉はこの男が投げた物の様だ。

「っ!」

 座ったままの体勢から、愛刀を掴み後ろに跳びすさる。

(抜けるか?)

 跳ぶと同時に片方の鯉口は切れたが、青嵐の得物は二本ある。

 対して、紅の得物は一振りの刀のみ。

 抜いている状態でなければ、同じ長さの二振りの打ち刀は同時に使う事は出来ない。

 鞘込めのまま振り回しても良いが、愛刀が痛むだろう。

 紅もそれを知っていて、気配を消して近付いたのだ。

「――何の用だ?」

 最低でも、一振りは抜ける様に準備するが、距離は数メートルあるかないか。抜いている間に紅が来るのは確実であった。

 ならば、少しでも気をそらして隙を作り、その間に一振りは抜かなければならない。

 気をそらす為にも、時を引き延ばす為にも、話す。

「用事があってね」

「誰に、だ?」

 笑顔で言う紅、険しい表情で返す青嵐。

「言わなくても分かると思うけど?」

 君ならね、と付け加える。

「分からないから聞いているんだろう?」

「ワザと訊かれても答える気はない」

「ワザと、に見えるのか?」

「見えるからこう言っているんだよ」

「「・・・・・・」」

 両者睨み合うが、紅は笑ったままである。

「今日は挨拶に来ただけだからそれは収めなよ」

 紅はそう言うと、自らの得物は地面に置いて数歩下がる。

「どうかな?」

 戦う意思はない。それを確認してから、青嵐は二振りの愛刀を地面に置き、一歩前に出る。

 それで二人の距離は僅か十メートル弱。

(距離は五間か)

 学生時には、履いていたオーバーニーソックスに棒手裏剣を何本か忍ばせていた。しかし、今の服装は着物である。

 帯に忍ばせ様とも、敷地内ではその様な事はしない。

(何の為に帯刀の申請をした)

 帯に一本でも忍ばせておけばよかった、と少し後悔する間に、紅が口を開き、続きを話す。

「聞いているとは思うけど、翠石がこの世界に来たって知っているかい?」

「翠石が、どうした?」

「厄介な連中でね。どの世界でも、必ず青桐と秋津を滅ぼしている。そしてこの世界でも同じ事を企んでいる。困った事に、翠石の現当主である婆さんは青桐と秋津が殺し合うにはどうすればいいのかを考え、それを実行に移そうとしている。このまま敵対していれば翠石の婆さんが考えたシナリオ通りに青桐と秋津は潰し合うしかない。意味は分かるかい?」

「手を貸せとでも言う気か」

「聡明な君なら分かると思うけど。乗ってくれるかい?」

 今の話が本当であれば、手を貸すのもいいかもしれない。

 だが、なぜその話を今、ここで、青嵐が一人の時に、持ち掛けるのか。

 

 カチャ、と


「っ」

 微かにはっきりと聞こえた金属同士の摩擦音。

 青嵐が数歩を跳んで縮める前に、

 その黒い塊は跳んで来た。

 左に身体を開き、仰け反って避ける。

 しかし、顔を少し掠め、頬から一筋の血が流れる。

「いい反射神経だね」

「秋津・・・・・・!」

 不意打ち――いや、あえて摩擦音を聞かせたと言う事は何か企んでいるのだろう――を避けられたにも拘らず、紅は笑ったままだ。その笑顔は顔にはり付いているかの様にも見えた。

「何を試す気だ?」

「挨拶ついでの腕見」

 いつ拾い、いつ鞘を払ったのか。知らぬ間に鞘から一振りの太刀が抜かれている。

 対する青嵐は鞘に触れてもいない。愛刀は足元にある。

 不利なのは明らかだった。

「それじゃ」

 滑る様な、と言う言葉を体現する様な動きだった。

 しかし、十メートル弱はある距離を埋めるには流石に二息必要だった様だ。

 それは鞘から一振り抜くのには十分な時間でもあり、

 抜けなくとも、鯉口は切ってあるもう一振りは、片手で抜ける。

 もう一振りは柄を握り、遠心力を利用して鞘を捨てた。

 鋭い金属音を上げ、鉄と鉄がぶつかり合う。

「本当に速いね」

 激しく鎬を削りながら、紅は素直な感想を述べる。

「お前が精進すればいい事だろう!」

 受けるのは逆手に持った右の愛刀。左の愛刀はまだ使っていない。

 順手に持ち直すと横一線に払い、自ら踏み込み、怒涛の勢いで、青嵐は果敢に攻め込む。

 紅はそれを全て受け流し、カウンターを狙う。

 果たして何度目の攻防か。

 不意に、紅が後ろに飛んで間合いを広げた。青嵐はそれを追わずに、静かに構え直す。

 紅は青嵐が構えているにも拘らず鞘を拾って、太刀を納める。

「ここらで退散するよ」

「・・・・・・どう言う事だ。放棄する気か」

 いつも通りに疑う青嵐に紅は苦笑する。

「青桐の援軍とは戦う気はないからね。さっきの話しは考えてくれるとありがたいな」

 背を向け、歩き出す。

「じゃ、またね」

「二度も会う気はない」

「そう。でも、どの道また会う事になるよ。翠石がこの世界から手を引かない限りね」

 そして、と紅は続ける。

「君がまだ、過去に捕らわれている内は、ね」

「・・・・・・」

 心当たりがあるのか、青嵐は渋い顔をし、無言で紅を見送る。


 その姿が見えなくなった頃に藜や一葉、狭霧達が来た。


 お読みいただきありがとうございます。天原です。

 この小説の手直しをしている最中ある事を思い出しました。


 高校時代、国語担当の教師は言った。

「物語は三人いれば成り立つ」

 この小説を書いている最中だったので正直驚いた。何せ、この小説のメインキャラが三人しかいないからだ。


 こんな回想いらなかったですね。すみません。

 第一章ですが、メインキャラである三人の性格が大まかに掴んでいただければいいなと思っています。

 次回についてです。

 青桐家は基本的に秋津と殺し合いを続けている一族ですが、家業もやっています。次回でそのあたりが少しだけ出てきます。

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