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緋色ノ鳥ハ花ニ舞ウ  作者: なかゆん きなこ
第一部 緋色ノ鳥ハ花ニ舞ウ
6/14

六、追跡



 いったん酒楼に戻って夕方になるのを待ち、二人は再び街に繰り出した。

 浅葱がなるべく人気の少ない所を歩き、その後を距離を置いて紅が追っていく。

 人攫いが浅葱に目を付けるのか、それがいつになるかはわからないが、二人とも長期戦を覚悟していた。

 油断させるために手ぶらでいる浅葱とは反対に、紅は片手に小さな虫籠に移した蝶と、懐に非常食として金平糖を―浅葱には苦笑されたが―忍ばせ、腰には二振りの木刀と脇差しを差している。準備は万端だ。

 しかし人攫い達は、二人の予想を裏切って早々に現れた。

 昨日浅葱に絡んできたゴロツキ達とは違う顔ぶれ。けれど似たような身なりの男数人が、あれよと言う間に浅葱を取り囲む。

(…早いな…)

 恐るべし浅葱の美貌、とでも言うべきか。

 紅は男達に見つからないよう、物陰に隠れながら少しずつ距離を縮める。

 浅葱はしばらく抵抗するフリをしていたようだが、やがて男の一人から鳩尾に拳を受けて「うっ」と小さく呻いた。

 男を殴り倒したい衝動を堪え、紅がじっとその様子を見る。

 今出て行っては、浅葱の献身が無駄になる。

(…っ、だが…っ)

 わかっていたはずなのに、いざそれを目にすると腹立たしい。

 やはり囮などは使わずに、男達を捕まえてしまおうか。

 しかし紅は、一歩踏み出ようとしたところで動きを止めた。

 浅葱が、確かにこちらを向いて微笑んだのだ。それは、「大丈夫だから」とでも言うように。そしてその後、フリなのか本当にそうなったのかはわからないが気絶した。

 紅はくっと唇を噛んで、耐えた。

 予定通り、見つからないように物影を移動し、見失わないように後をつける。

 男達は気を失った浅葱を抱え、人目を避けるように夕闇の中を川沿いに歩いて行った。

 ここからは身を隠せるような物陰が少なくなる。紅は小柄な体を川沿いに並ぶ桜の木の陰に寄せながら、つかず離れず後を追った。

 やがて男達は、小さな船着き場へと向かった。どうやらここから船を使うらしい。そうなると船で追うしかないが、それでは簡単に気付かれる。

 紅は船着き場から漕ぎ出す船を見送りながら、蝶を買っておいて良かったと苦笑した。

 船が完全に見えなくなるまで、そしてその後もしばらくの時を置いてから、紅は虫籠から蝶を放つ。

 ぶわっと、風が桜を散らす。蝶はその一瞬、風に流されるように飛んでから、ふわふわと優雅に空へ舞い上がった。

 そして迷いなく、ある方角へ飛んでいく。

 浅葱の衣に吹き付けた、香料の匂いを追って。

 紅は時に陸路を走り、時には水路を船で進み、蝶の後を追った。

 やがて辿り着いたのは、一軒の広い屋敷。場所が六条の柳町であるから、恐らく遊郭だろう。火の都では、主に六条柳町に遊郭が点在している。表の看板を見ればわかるのだろうが、ここはあいにく裏手のようだ。

 蝶は確かに、この屋敷へ入って行った。

 そして裏口近くの水路に、確かにあの男達が乗っていた船が泊められている。

 どうやらこの屋敷の中に、浅葱と、そして人攫い達がいるらしい。

 紅はこの屋敷を取り囲む高い塀を見上げた。

 漆黒の板塀は、紅の身長を優に超えている。足を引っ掛けられるようなとっかかりも無い。普通に考えて、この塀を乗り越えての侵入は無理だ。

 しかし紅は、じっと塀を見据えていた。まるでその高さを測り、飛び越えようとするように。

(随分デカイ店だな…。この店が黒幕か、はたまた隠れ蓑にされているだけか…)

 人攫いのアジトは無人の建物だろうと踏んでいたが、まさか営業中の遊郭の中に消えるとは。この店の者が出しているのか、ただここへ身を隠しているだけなのか…、わからない、が。

「…フン、まあいい。中へ入ればわかることだ」

 日が沈み、ただ月明かりだけが照らす裏路地で、紅が微笑う。


「こんな塀など、なんの障害にもならんわ」




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